録音と声
弟がまだよくしゃべれなかったころ、
彼の声をカセットテープにずいぶん録音した。
自閉症の弟からことばらしいことばが出てきたのは
彼が養護学校小学部に入学した直後だったと思う。
「イチタイヨー」というのがはじめてのことばで、
彼は玄関で「行きたいよー」といったのだった。
それ以降、弟の口からはことばが次々に出るようになるのだが、
「カキクケコ」は「タチツテト」に、「ン」は「ウ」と発音された。
そんな弟の発音を矯正すべく、
小学校6年生の姉はことば教室の熱心な家庭教師を買ってでた。
絞り出すような甲高い声で苦しげに発声する弟に
正しい発音をして聞かせ、ふたりで何度も練習を重ねた。
いまになって思うと、私はうれしかったんだと思う。
ことばが出ようと出まいと可愛い弟に変わりはないと思っていたものの、
ことばが出てみれば、やりとりする情報量は格段にふえた。
どんなにつたなくても、弟の発することばは情報であり、意思だった。
弟とことばをかわせる喜びが私を優秀なコーチにしたのだろう。
弟がいっしょうけんめい単語を羅列したり、
覚えたての歌を歌ったりすると、
すぐにカセットデッキの録音ボタンを押した。
録音したテープはどこにいっただろう。
いまもうちのどこかにあるのなら、弟の高く幼い声の歌が聞けるはずだ。
そして、女の子にしてはちょっと低めの私の声も。
少女時代からいままで、自分の声は女性にしては低いほうだとずっと思ってきた。
でも、ひさしぶりに録音した自分の声を聞いて案外高めなのに驚いた。
それと、すこし鼻にかかっているのはかなり意外だった。
さっき息子と話していたら、
彼も「ナニヌネノ」で鼻にかかることにはじめて気がついた。
ヘンなところが似るものである。
風邪ひきでもないのに鼻にかかる感じをなんとかしようと
声の出し方をいろいろ試している。
思いっきり声を下にひっぱってみたり、
腹式呼吸で声を張り上げてみたりすると、すこしは緩和されるみたいだ。
なるほど。
やっぱり腹式呼吸と発声練習って基本なのね。
30年の時を経てはじめて実感。
30年前、私は高校の放送部に所属していたことがある。ほんの2ヶ月ほど。
屋上での発声練習とか腹筋、グランドのランニングなんかも
部活っぽく毎日やった。
ほんとは続けたい気もあったんだけど、
1年上の先輩たちが理不尽すぎるのとバレエが忙しいのとであえなく退部した。
(というか、私を含めた1年生全員の一斉退部だった)
いまマイクを前に自分の本の朗読をしてみると、
あのころ1年上の先輩から憎々しげに注意されたことを思い出す。
たった2ヶ月だったのに。
経験、って生きるものなんだなあ、と思う。
★朗読「不安な気持ち・いやな気分がラクになる本」、更新しました。
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