2009-11-14

ダンス漬け

先週の日曜日は、息子とふたりでバレエ漬けの一日だった。


朝から一緒にレッスン受けて、
スタジオからまっすぐ劇場に向かって「ロミオとジュリエット」観て、
SHOKOさん会いたさに劇場外で待って。


家を出るときから夜眠りにつくまで、
バレエのことばかり考えて、バレエのことばかり話してた。
真摯にレッスンし、舞台に心ふるわせ、ちょっとミーハーチックにときめいて。


「すっごく楽しかったね」
「“バレエな一日”だったね」


いま思い出しても、バレエ漬けの一日はほんとうに楽しかった。


あれから6日後、今日の息子はダンス漬け。
はじめての先生にバレエのレッスンを受けて、
5ヶ月ぶりにタップのレッスンに行って。


遅くに帰ってきてへとへとになりながらも、その表情は晴れやか。
思い出したようにアチチュードのバランスをしてみたかと思うと、
タップのステップを踏んでみたり。
いま、彼のアタマの中はダンスのことでいっぱいだ。


実は、今日のバレエレッスンは息子にとって新たな“デビュー”。


私には「『40代の私』のバレエの恩師」がおふたりいて、
息子は9月からそのうちのおひとりに弟子入りしていたのだが、
今日はもうおひとりのレッスンを受けたのである。


「まさか、あんなに『集中砲火』を浴びるとは思わなかった…」と息子。
先生はそれこそ手とり足とり、息子の腰を持ち上げ、おなかを上げさせ、
明るくもキビしく教えてくださったそうなのだ。


「『あれだけのタップを踏める運動神経と脚力があるんだから、できる!』
っていわれた」


先生には、ずいぶん前にTAP BOYSのDVDをお見せしたことがあった。
先生がそうおっしゃるんだからきっとそうなのだ。
太鼓判押していただいたんだからがんばれ。


先生はパワフルで、エネルギッシュで、ポジティブで、
そのうえ豊富な経験に裏打ちされた確かな技術と知識があって、
ほんとうに素晴らしい先生なのである。


平日はなんだかんだと大学のカリキュラムが詰まっていて、
なかなか思うようにレッスンが受けられない息子である。
先生のレッスンもいままで受ける機会に恵まれなかったのだが、
やっとそのチャンスがめぐってきてよかったよかった。


息子よ、きっと明日は全身筋肉痛だぞ。

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2009-11-13

心臓破り

今朝の東京はぐっと冷え込んだ。
湿気を含んだ風は肌に冷たく当たり、
出がけに思い立って巻いたマフラーは大正解。
どんよりと雲がたれこめた空は、冬の寒空を思わせた。


こんな寒さがからだにしみる季節になると、iPodで聴く音楽も変わる。
嵐でも、ミスチルでも、平原綾香でもなく(最近よく聴いていた)、
チャイコフスキーの「くるみ割り人形」。
それも、雪のワルツ。


イヤホンから流れるチャイコフスキーの旋律に身をゆだねて歩いていると、
灰色の空からいまにも粉雪が舞い降りてきそうな錯覚を覚える。
小学5年の発表会で「くるみ割り人形」に出演して以来、
ずっと憧れ続けてきた雪のワルツに心が躍る。


踊りたかったなあ、雪のワルツ。


きのう、Kバレエカンパニーの「くるみ割り人形」を映像で観た。
母の知人がWOWOWで放映したのを録画したビデオで、
おそろしく画質が悪くて目がちかちかするシロモノ。
でも、だからといって
Kバレエの「くるみ割り人形」の秀逸さが損なわれはしなかった。


全篇素晴らしくて、これはぜひとも生の舞台で観たいものだと思ったが、
中でも出色だったのは雪の場面。
一糸乱れぬコールドバレエには鳥肌が立った。


それにしても。
これは心臓破りの振り付けだ。
Kバレエは観る度にそう思うが、特に。
これでもかこれでもかと踊らせる振りに、
見ているだけで心拍数がどんどん上がった。


はたちの時、牧阿佐美バレエ団の「くるみ割り人形」に出演した。
「花のワルツ」のコールドだったが、
毎日のリハーサルでは仲間たちが踊る「雪のワルツ」を羨望のまなざしで見つめた。
私も雪のワルツ、踊りたかった。


だけど、雪のワルツは最初から最後までずうっと動きっぱなしで、
それはそれはハードなのである。
仲間たちが踊りの合い間にからだを折ってぜいぜい苦しそうに呼吸するのを見て、
当時の私のからだの重さと体力じゃ無理だな、と思ったものだ。


Kバレエの雪のワルツは、輪をかけてハード。
すごいなあ。
私は心臓をはかはかさせながらただただうらやましく思う。
すごいなあ。
こんなハードな踊りを、こんなに美しく踊るなんて。


心臓破りの雪のワルツ、だけど音楽も踊りもほんとうに美しいのである。

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2009-11-10

ただいま構築中

コンスタントなレッスンを再開して先月で2年になった。


いまや、私にとって「踊ること」は「生きること」にそのままつながっている。
踊ることがあたりまえになってしまったいまとなっては、
再開以前の自分がバレエなしでどうやって暮らしていたのか思い出せないくらいだ。


子どもの頃から積み重ねてきた二十歳までのバレエと、
20数年のブランクを経て再開した40代のバレエでは、
意味合いも、カラダの使い方もまったく異なる。


一時は「生まれ変わったらまた踊るんだ」と思ったほど
ふたたび踊ることはないだろうとあきらめていただけに、
40代のバレエは踊るカラダもココロもあらためて作り直した感がある。


その“作り直し”をしてくれた恩人が3人。
ふたりのバレエの先生と、トレーナーの樋渡さんだ。
そもそも樋渡さんなくして私の40代のバレエはありえなかった。
踊るよう勧め、けしかけ、踊れるカラダ作りを促した、まさに“作り直し”の張本人である。


今日はその樋渡さんとの月に一度のセッション。
今度は息子が踊れるカラダ作りを樋渡さんとともに進めている。


いま、息子の最大の望みは「カラダを柔軟にすること」。
関節の可動域を広げ、筋肉を伸ばすことだ。
彼は股関節、足関節ともにかたくて、可動域を広げようとすれば痛みを伴う。
関節自体の動きも悪く、根性でどうにかなることではない。


「じゃ、」と樋渡さん。
「脳にアプローチしてみる?」


深呼吸しながら頭を軽くとんとんとんとん、関節に触れてまたとんとんとんとん、
しかるべき順を追って深呼吸ととんとんとんとんを繰り返す。
痛みもなく、根性もいらない。
静かにとんとんとんとん。


さ。
結果やいかに。
とんとん前の可動域と比較する。


息子がぷっと笑い出す。
「痛くないです。関節がラクです」


私が見てもわかる。
明らかに可動域が広がっている。
思わず3人で拍手。


おそるべし、樋渡マジック。


「カラダのもってる力はすごいですねえ」
樋渡さんがほっとしたように笑う。
おそるべし、カラダの神秘。


樋渡さんがついていれば、息子もだいじょうぶ。
じわじわと踊れるカラダを構築中である。

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2009-11-09

くるくる

レッスンから帰ってはくるくる。
学校から帰ってもくるくる。
お風呂からあがってまたくるくる。


息子はひまさえあれば
自分の部屋の狭いスペースでピルエットの練習をする。


彼がプレパレーションすると、私もつい手を止めて注視する。
私は自分の“コックピット”で椅子に座ったまま、彼のくるくるを見る。


「プリエ、床押して」
「肩、スクウェアに」
「回ろうとしないで、立つだけ」


1回1回注意をする私と、1回1回意識を変えて回る息子。


ある時はバランスを崩し、
ある時は顔のつけ方が遅く、
ある時はフィニッシュが決まらず、なかなかうまくいかないけれど、
それでも彼は飽きることなく何度でもくるくる回る。


たまに私のアドバイスがはまってうまく回れると、
息子は目をみはって私に笑いかける。
で、またくるくる。


きのうのレッスンでは、それなりにダブルが回れていた。
家でのくるくるの成果だ。
レッスン仲間がそっと私に駆け寄って「回れたわね!」といってくれた。
先生も「お」とちょっと驚いた顔。


息子は汗びっしょりになりながら、ひとつひとつ確かめるように動く。
それがどんな動きでも、たとえうまく動けなくても、
彼の全身からは喜びが伝わってくる。


後ろから鏡越しに彼の動きを目に焼きつける。
うちに帰ったら、細かいところをアドバイスしよう。


息子が生まれたときから、私の愛するバレエを彼も好きならいいな、と思った。
その望みどおり、ちいさい頃から一緒に舞台を観に行っては楽しんだ。
バレエではないけれど、踊ることが大好きな息子をとてもうれしく思った。


まさかこんなふうに、ともにレッスンするようになるなんて。
おなじ空間、おなじ時間におたがいに汗だらだらになって、
アイコンタクト交わしながらがんばるようになるとは、想像すらしなかった。


私が愛してやまないバレエに、彼がこれほど夢中になっていることは
なんだかすこし意外な気もする。


でも、やっぱりうれしい。
もちろん。


だから、彼のくるくるがくるくるくるくるになるよう、的確なアドバイス送らなくちゃ。
そのために、私も精進、精進。

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2009-11-08

究極の美しさ

ちょうど2週間前のこと。


先にスタジオでウォーミングアップしている私に、
後から来た息子が小声でささやいた。
「とんでもないひとが来た、と思う」


とんでもないひと?
だれ?
「思う」ってなに?


その意味深ないい方、気になるなあ、と思っていたら、
にわかにスタジオが入り口のほうからざわめきはじめた。
まるでさざ波が静かに広がるように。


ざわめきのほうを見て、息をのんだ。
凛とした長身の女性。
SHOKOさん。


「やっぱりSHOKOさんだよね」と息子。
チェックインの時に目が合って会釈したのだという。
「ね。とんでもないひとでしょ」


バレエの神さまから思いがけない贈りものをいただいて、
その日私たちはSHOKOさんとレッスンをご一緒することができた。
SHOKOさんはウォーミングアップとバーだけだったが、
同じ時間と空間を共有できたことはほんとうに光栄だった。


踊りのみならず、周りの人たちに温かい気配りをするさまにも強く魅かれた。
ホンモノはむしろえらぶらないもの、と思っていたが、やっぱりそう。
世界のプリマ・SHOKOさんの豊かな人間性を垣間見る気がした。


どうしてもSHOKOさんの舞台が観たい。
私以上に息子が強く望み、今日SHOKOさんの「ロミオとジュリエット」を観ることに。


バルコニーのシーンでロミオにリフトされるとき、息が止まりそうになった。
重量感がまるでない。


空気と戯れる、ってこういうこと。
のびやかな肢体、ってこういうこと。
それは、あえていうならバレエの究極の美しさ。


SHOKOさんの神々しいまでに美しい舞姿に、呼吸すらも忘れた。

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2009-10-31

茨の道

高校3年の秋、受験一色に染まった学校で、
早々に受験路線から離脱した私にクラスメートがいった。


「アナタには進むべき道があるからうらやましい。
私たちはそれが見つからないから、大学を受けるのよ」


長い年月が流れ、
当時を知る友人に何十年ぶりかで会うと、たいてい驚かれる。
「てっきりバレエの世界に進んだんだと思った」と。


確かに私はあのとき、
ちいさい頃から憧れていたバレエの世界をめざして一歩踏み出した。


覚悟はしていたものの、それは文字どおり茨の道だった。
とげとげの茨が生い茂った細い道を
そのときに限って太ってしまったカラダで無理やり通ろうとして、当然傷だらけ。
太っている自分も、うまく踊れない自分も、みじめだった。


それでも、バレエは好きだった。
心の中は、バレエに対する夢でいつもいっぱい。
やめたいと思ったことは一度もない。


「遊べなくてかわいそうに」
有名大学に通う幼なじみが私をそう哀れんだとき、
なんて的外れなことをいうんだろうと腹が立った。
私は心から好きなことに打ち込んでいるだけ。
日々お遊びに血道をあげているアナタにはわからないでしょうけど。


結局、バレエの道に進むことはかなわなかったが、
あのとき茨の道に分け入ろうともがいたりあがいたりしたことは、
私の血となり肉となった。
悩んだことも、涙がこぼれたことも、力がわかなくなったことも、
なにもかも、いまの私の一部になっている。


いまでもバレエは好き。
レッスンの帰り道、素敵に踊っている自分を想像しながら
真っ暗な夜道を鼻歌歌っていたはたちの私が、いまも息づいている。


今日、自分の夢に向かって邁進している19歳に会った。


打ち込むものに対する純粋に好きだという気持ち。
好きだからこそかなえたいという揺るぎない思い。
打ち込む自分を信じる強さ。


たとえ選んだ道が茨の道でも、アナタならきっと夢をかなえる。
そう思った。


幼さが残る笑顔に、時折意志の強さが垣間見えた。
まっすぐ未来を見据えたまなざしが、うれしかった。

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2009-10-23

集中集中

今日も坂の上のスタジオへ。


坂をのぼりながら、集中、集中、と自分にいい聞かせる。
今日こそは順番を覚えて間違えずに動こう。


修行時代にある先生がいった。
「バレエはバカじゃできないのよ。
すぐに順番覚えられなくちゃならないんだから」


だから覚えろ、ということ。
強烈だけど、おっしゃるとおり。
ごもっともである。


あのときのことばを持ち出すなら、いまの私はバカだ。


坂の上の先生はいつも順番がちょっと複雑で、たいてい1回しかいわない。
なんとか覚えたつもりでも、音が鳴り出すとアタマの中が真っ白になって
なんだったっけ、ということもすくなくない。


順番をちゃんと覚えていないと、動きそのものに集中できないから
レッスンの意義は半減する。
アタマが真っ白になったり間違えたりすると、
自分に対する失望感でモチベーションが下がるのもいただけない。


100%意味のあるレッスンにしたいなら、まずは順番をたたきこまないと。
覚える、覚える、覚えられる、と自己暗示をかけ、集中と同時にリラックス。
緊張しすぎて萎縮しても、これまた逆効果で覚えられないから。


先生の動きを目から映像としてたたきこみ、
動きをことばに変換してぶつぶついいながらたたきこみ、
自分のカラダでなぞりながらもたたきこみ、
と同時にはじめからの流れも反芻して全体のイメージをたたきこみ、
それと一緒に音のとり方もたたきこみ、
それらをいっぺんに行って記憶する。


覚えなさい、私のアタマ!


覚えたかどうかの確認は、音が鳴り出して動いてみないとわからない。
周りの人のを見ればいいや、なんて浅はかな考えはこの際捨てなければならない。
実際、周りの人もあやふやだったりするのだから。


さて。
相当自分に集中を強いた成果はあったように思う。
多少の間違いはあったけど。


でも、カラダに対する集中度も高まって、
なにより先生の教えをカラダにたたきこむことができた。


何事も、やるとなったら集中しなくちゃもったいない。

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2009-10-21

作り変えてくれたひと

バレエのレッスンを再開して丸2年になる。


再開してから以前の感覚は戻ったか、とよく聞かれるが、
むかしの感覚といまの感覚は別もののような気がする。
そもそもバレエに対するアプローチそのものが変わった気がするのだ。


20数年という、あまりに長いブランクがあっても、
むかしの踊り方の“くせ”みたいなものはカラダに残っている。
その“くせ”こそが自分にとってふさわしい踊り方のように思い込んでいたのだが、
それがまったく違うのだということをこの2年間でたくさん教えられた。


はじめはずいぶん戸惑った。
「これって、違うの?」と。
でも、何度も何度も先生の注意を聞くうちに、
自分のカラダにしみついた動き方は違う、と納得できるようになった。


そう納得してからは、自分の踊り方だと信じて疑わなかった古いやり方を
できるだけ忘れるようにした。
その代わり、先生が教えてくれるカラダの使い方、動かし方、踊り方と入れ替えていった。
もちろん、そう簡単に入れ替えられるものではないけれど、
カラダとアタマにたくさん指令を送って入れ替えるよう試みた。


新しく習得した動き方に自分本来の持ち味をのせて、
これこそが「踊る」ということなんだなあ、と感じられる時はうれしい。
踊れてよかった、と素直に思う。


再開したての2年前、私に大きな影響を与え続けた先生がいらっしゃる。
先生のレッスンはいつも目からウロコで、そのうえ容赦なくハードで、
間違いなく先生は私のバレエを作り変えてくれたおひとりだ。


その先生のレッスンを今日、ひさしぶりに受けた。
先生は相変わらずパワフルで、的確で、楽しくて、
レッスンはやっぱり目からウロコで、ハードだった。


レッスンを終えて、息子と合流した。
大学の創立記念日で休みの今日、息子は息子でレッスンに行っていたのだ。


息子がいまお世話になっている先生も私のバレエを作り変えてくださったおひとりだが、
思い返せば、その先生に息子を教えてもらうといい、とアドバイスしてくれたのは
今日の「目からウロコ」の先生である。
息子にとっても恩人といえる先生なのだ。


秋晴れの昼下がり、息子とレッスン談義に花を咲かせた。
まだまだ初心者の域を出ない息子は
「ついてこれるのが不思議だねえ」と先生にいわれた、とうれしそうだった。


おたがいに、今日もよく踊った。

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2009-10-20

生き直す

息子の通う大学は、高校生だった私がもっとも憧れていた大学である。
入った暁には何を勉強するのか、心に決めてもいた。
でも、結局のところ私は大学受験すらしなかった。


「アナタだったらきっと入れただろうに」
息子がいう。
「いまからだって遅くないよ」


息子にそういってもらえるのはとてもうれしい。
でも、いまの私には入る目的がない。


すくなからず「行きたい」と思ったのは高校生の時だったが、
あの時私は違う道を選択した。
その選択があったから、いまの私がいる。


しかし、選択した別の道で、私は十分力を発揮できなかった。
いや、もともと発揮するだけの力があったのかどうかもわからない。


選択の末に歩みだしたバレエの道で、
いまのようなトレーナーの存在や解剖学的な知識があったら…
とちらりと思う。
でも、あの時にはなかった。
それだけのことである。


あの時ああだったら。
あの時ああしていたら。
そう仮定することに意味はない。
思い返しても、過去は変えられないのだ。
過去を振り返って仮定で考えるのはナンセンスなだけである。


何かを選択して思うような成果が得られなかったとしたら、
選択したことを悔やむより、これから先どうするのか考えればいい。
過ぎたことは引きずらずに、前に進む。
だって、過去は変えられないのだから。
でも、未来を変える可能性は十分あるのだ。


日々レッスンやトレーニングの中で
からだの使い方が変わっていくのを実感しながら、
人は意識すれば何度でも再生できるのだ、と強く思う。
若い時には体得できなかった細かなからだの使い方を積み重ねる度に、
自分が生き直しているのを感じる。


さまざまな選択を繰り返してきたいまの私だから体得できたのだ。
こじつけでもなんでもなく、そう思う。


それは、「進歩」や「進化」といったことばで表してもいいのかもしれない。
でも、実感としては「生き直す」というほうがしっくり。
もしくは「再生」という感じ。

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2009-10-17

ロミオとジュリエット

高校生の時、ある有名劇団による「ロミオとジュリエット」を観た。
メタボ間違いなしの贅肉ぶゆぶゆ『おっさんロミオ』に、
鼻にかかった猫なで声の『かまととジュリエット』。
いま思い出しても最悪のロミオとジュリエットだった。


好きな役者がティボルトで出ていたので、
ティボルトがロミオに刺されて死んでしまうと、
あとはどうにでもなってくれ、と寝てしまいたくなったほどである。


シェイクスピアが設定したロミオとジュリエットの年齢は10代。
ジュリエットなんて14歳の若さだ。
それなのに、この役者たちの演じる「若さ」のなんと薄っぺらなことか。
「若さ」を忘れてしまった人たちに「若いということ」を馬鹿にされたようで、
18歳の私は怒りすら感じた。


ほんとうの「ロミオとジュリエット」に出会うのはそれからずっと先のこと。
藤原竜也のロミオと、鈴木杏のジュリエットである。
熱にうかされたような情熱がほとばしるふたりには真実味があった。


さて。
今日、Kバレエカンパニーによる「ロミオとジュリエット」を観た。
芝居とバレエという違いこそあれ、「ロミオとジュリエット」に関しては
「真実味あふれるものが観たい!」という明確なイメージをもっている私。
でも、それはさておき、純粋にバレエを楽しもうと劇場に向かった。


ところが、だ。
素晴らしかったのである。
バレエそのものはもちろんのこと、
清水健太のロミオと荒井祐子のジュリエットがほんとうに素晴らしかったのである。


若さゆえの鬱屈や、未知なるものへのおののき。
そして運命的な出会いにうちふるえるふたつの魂。
手練手管の駆け引きとは無縁の、純粋でまっすぐな心のぶつかりあい。
やがて若さのエネルギーそのままに命の火を一気に燃やし尽くすように
生を駆け抜けていったふたり。


上質なバレエを堪能しているにもかかわらず、
バレエを観ていることを忘れるほどにロミオとジュリエットそのものに引き込まれた。


忘れられない「ロミオとジュリエット」がまたひとつ、ふえた。

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2009-10-14

焦らない焦らない

私が通うバレエスタジオと駅の間に、割と長い階段がある。
スタジオに向かうときは、すとすとと足どり軽くおりていくのだが、
レッスンの帰りはだらだらとのぼらなければならない。


2年前にレッスンを再開してしばらくは、そののぼり階段が心底つらかった。


さんざん使ってよれよれになった太ももを無理やり上げて、
息も絶え絶えに一段一段のぼる。
最後の力を振り絞ってのぼりきると、自宅まで帰る体力が残っていない。


結局、よろよろとスターバックスに立ち寄り、
疲れきったカラダに甘い飲みものを流し込んでからようやく電車に乗り込む、
ということもしばしばだった。


やがて体力がつき、元気100%どころか120%ぐらいになると、
長い階段は友だちとおしゃべりしながらでもするするとのぼれるようになった。
階段をのぼりきったところで、空を見上げて深呼吸するのも好きになった。


さて。
夏の体調不良の養生後は、前以上にのぼり階段がきつく感じられた。


だいたいレッスンが終わるとすべての力を使い果たしているから、
着替える力が残っていない。
それでも、今日もなんとか動けたと満足し、やっとの思いで着替えて外に出る。
しばらく歩くと、待っているのは長階段だ。
相当衰えたなあ、なんて思いながら一段一段ふみしめる。


リハビリ、リハビリ。
焦らずいこう。
とにかく、1時間半のレッスンにカラダがもっただけ進歩、ってこと。
そう自分にいい聞かせて階段をのぼった。


それからしばらく体力の戻りは8割と9割の間を行ったり来たり。


焦らない、焦らない。
きっと100%に戻る日が来る。
100%から120%に振り切れる日も来る。
それまでリハビリ、リハビリ。


でも、きのう階段をのぼっていて「今日の体力、95%?」と思えた。
100%も近いかも。
階段をのぼりきったときに味わったその実感は、心からうれしかった。


100%に戻って、120%のエネルギーに満ちたら、
新しいチャレンジに向けて前に進もう。
体調不良で中断してしまったいろんなことを、また新たに練り直そう。


実は、95%のいま、すでに気持ちはうずうずしはじめている。


でも、焦らない、焦らない。
じっくり体力戻して、ココロもカラダもエネルギーで満ちるのを待って、
アタマをクリアにして。


きっとその日はもうすぐ来るから。

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2009-10-13

無理せず前へ

朝、ずっと音信不通だった友だちからメールが来た。
元気そうな文面に、うれしくなる。


この間は、めちゃくちゃ忙しくしている友だちとひさしぶりにメールのやりとり。
まずは無事を確認したところで、エールを交換。


みんながんばってるなあ。
私もがんばろう。
素直にそう思う。


今日は何を着て出かけようかな、とちょっと迷って、赤にした。
ひさしぶりの真っ赤なカットソー。
自然と気持ちが引き立つ。


秋晴れの陽射しはまぶしく、
ビルも街路樹も私もきらきらと照らされて、街全体が白く輝いている。
私は陽の光のほうへずんずん歩く。
まぶしいのがうれしくて、大股で風を切って歩く。
iPodのイヤホンから流れる歌が、私の背中をどんどん押す。


このところ私の応援歌はもっぱら『嵐』。
「前へ 前へ」と彼らが歌うのにあわせて、私の気持ちも前に向く。


エネルギーが落ち気味のとき、
自分を奮い立たせるために元気の出る歌を聴くことはよくあるけれど、
今日はそんなんじゃない。


歌と気持ちが自然に呼応して、無理なく前に進んでいける感じ。
こんな感覚、ひさしぶりかも。
いっちゃえ、いっちゃえ、どんどん前に進んじゃえ。
いいエネルギーが自分の中から湧いてくるようになったらしめたもの。


稽古場では、ココロとカラダに純粋なエネルギーが循環するのを感じながら
存分に踊った。
レッスンを終えると、今度は月に一度の樋渡さんのコンディショニングへ。


近況を話しながらコンディショニングを受けていたら、
樋渡さんがすこし驚いたようにいった。
「精神的に強くなりましたね。2ヶ月前とは比べものにならないほど」


そうですか?
だとしたらうれしいです。


毎月私のカラダとココロを見続けてきた信頼するトレーナーだからこそ、
そのことばには真実味があってありがたい。


もし私に進歩があったとしたら、
さまざまな出来事や出会いの中で
自分にとってほんとうに大切なこととそうでないことが
区別できるようになったからかもしれない。


いろんな意味で無理をしない。
そう割り切ったのも、よかったのかもしれない。

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2009-10-12

スイッチ

どこか醒めてるひと。


夫あたりは私をそんなふうに見てるかもしれないが、
いま私が頭に思い浮かべてるのは自分のことじゃなくて、
息子のこと。


彼ってどこか醒めてる。
いままで、ふとした拍子にそう思うことがあった。
力は十分もっているはずなのに、なかなかスイッチを入れない。


いや、あえて『スイッチを入れない』というより、
気持ちはあるのに『スイッチが入らない』。
それが、彼になんとなく醒めた印象を与えていたのかもしれない、と
いまになってみればわかる。


自分が心から望むものならば、入れる気がなくてもスイッチは自然と入るのだ。
TAP BOYSのときみたいに。


祝日の今日、彼の大学は通常通り講義だった。
しかし、1時限目と2時限目が休講になったので、彼は午後から行けばいいことに。


「やった! 先生のレッスンが受けられる!」
休講がわかった時点で、彼はガッツポーズ。
そしてそのことばどおり、リュックに辞書やテキストと一緒にレッスン着を入れて
今朝、先生の稽古場に向かったのだ。


きのうの今日である。
まだまだバレエ仕様のカラダにはほど遠く、
1回レッスンすれば使い慣れない筋肉があちこちで悲鳴を上げている状態だ。
ちょっと前までの彼なら、疲労感を理由に家でゆっくり、というところである。


それが2日連続のレッスンとは。
もし条件が許すなら、いまの彼は毎日だって先生のレッスンを望むところだろう。


「だって、楽しいんだよ」と彼はいう。


確かに、きのうのレッスンでもほんとうにうれしそうにしてた。
帰宅後の“補講レッスン”では、私の注意に思わず「はいっ!」と返事するほど
熱が入ってたっけ。


すこしでも柔軟性や筋力が上がるようにと、ストレッチやトレーニングもがんばっている。
ほんとうに心から望むものならば、スイッチは自然にじゃんじゃん入るのだということを
私はいま目の当たりにしている。


やりたいこと、やれるだけとことんおやりなさいな。
そこで経験することは、どんなことでもかならずキミの宝になるはずだから。

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2009-10-11

秋晴れの朝に

朝早く、息子と家を出発した。


雲ひとつない空は吸い込まれそうなほど青く澄み渡り、
その高い高い頭の上にはちいさな白い月がうっすらとはりついている。


晴れ渡った空とはうらはらに、息子と私の会話はいささかテンションが低い。
「私、実はあまり調子よくない」
「オレ、腰が痛い」


そんなことをいいながら、私たちは知っている。
3時間後にはからだいっぱいにエネルギーがあふれていることを。
食欲がわかないくらいへとへとになっていても、
充実感に心躍らせていることを。


ひんやりと乾いた朝の空気にキンモクセイの香りが漂う。
いいにおい。
季節の確かな足どり。


私たちも確かな手ごたえを感じたくて、稽古場に向かう。
息子とともにレッスンを受けるのは今日で2度目。


自分自身に強く集中していなければ振り落とされてしまいそうな90分。
おたがいにせいいっぱい燃焼した、って感じ。


息子は、感心するほどにがんばってた。
ほんとうにバレエが好きだってことがびりびり伝わってくる。
レッスン後の更衣室でも、仲間たちが息子のがんばりをほめてくれて、
母としては素直にうれしかった。


今日のレッスンでは、先生に新しい課題を与えられ、1ステップ先に進んだ息子。
うちに帰ると、部屋で何度も何度も繰り返す。
あんなにへとへとになっていたのに、汗だくになって何度も何度も。


もちろん私はコーチ役。
手本を見せるのは最初だけで、
あとはやるたびにひとつひとつ修正点をあげて調整する。


調整を繰り返すうちに、だんだんできるようになり、
おかげでピルエットがすこしカタチになった。


できるようになるとおもしろさは増す。
うれしそうににこにこしながらスリッパでくるくるくるくる回り続ける息子。
明日もレッスンに行くんだ、とすでに気持ちは前のめり。


そんなに一生懸命なキミが私はうれしいよ。
調子戻ってきた私も負けないからね。

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2009-10-04

心かよう出会い

人は生まれてから死ぬまでの間に
いったいどれくらいの人と出会うんだろう。
そして、どれくらいの人と心をかよわせるんだろう。


からだ中から絞りつくすほどに汗をかいたレッスンの帰り道、
ゆらゆら歩きながらそんなことをふと思う。


おなじ空間で、おなじ音を聴いておなじ振りで踊る。
動きや表情で伝わってくるその人そのもの。
それはひとつの出会い。


何かの拍子にことばを交わす。
何度も顔を合わせるうち自然に出てきたあいさつや、
あまりの印象深さにことばをかけずにいられない衝動や、
きっかけはなんでもいい。


おたがいの気持ちが交錯したとき、ふいに感情が揺れる。
心かよった瞬間の、高揚感。


そんな瞬間が積み重なるほどに、人とのふれあいをいとおしく思う。


ちょうど1週間前に
12歳の頃の記憶を呼び覚まさせてくれたかつての稽古場仲間と、
今日、またことばを交わした。


彼女は、ほんの1週間前まで「たまたま顔を合わせていた人」だった。
それが、子どもの頃に濃密な時間を共有していたことがわかって
おたがいの距離が一気に縮まった。
記憶のパズルのピースがはまったことで起きた、奇跡に近い再会。


彼女は、赤いレオタード姿の私を覚えていた。
私のお気に入りのレオタード。
小学3年生の女の子の記憶に刻み込まれた12歳の私。
いまよみがえる記憶。


また一方で、
日曜朝のレッスンでよくバーの前後になる仲間のことばに心がふるえた。
体調不良だった私への、彼女の温かで繊細な心遣い。
彼女の控えめなやさしさが心にしみた。


彼女との出会いは、彼女のあいさつからだった。
何げない会話の中で、彼女のふるさとが私の弟の生まれた場所だと知って、
うれしかったのを覚えている。


道行く人々とすれ違いながら、
こうしておなじ時代に生きつつも、出会える人は限られているのだ、
とあらためて思う。
おたがいに温かな心をかよわせることのできる人はまたさらに限られる。


限られていようといまいと、それでいい。
生きている限り、人と出会い、心かよう奇跡は訪れるのだから。

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2009-10-03

親子でレッスン、って?

私が通うバレエスタジオで
「親子でレッスン、ってどうですか?」と聞かれた。


どう、って?


「いえ、最近親子でおなじレッスンを受ける方が増えているんですけど、
お母さまのほうが『気が散る』っておっしゃるんですよね」


気が散る。
いや、私は別に。


「見てると『ああすればいいのに』『こうすればいいのに』って
気になってしょうがないんですって」


ふうん。
そんなに気になるなら、一緒にレッスン受けなければいいのに。
私は「お、がんばってるじゃない」って思うくらいかな。


息子にその話をすると、
「オレはむしろ『ああしたほうがいい、こうしたほうがいい』
ってもっといってもらったほうがいいよ」という。
「アナタはできる人だから」


あら、ありがとう。
じゃ、次からはレッスン後の補習をもうちょっと長くしよう、と約束した。


息子が私に教えてほしいというのは、
私をバレエの大先輩と認めて信頼してくれているからだ。
信頼されているのがわかるからこそ、
私は彼を温かな、それでいて冷静な目で見たいと思っている。


これがタップだとそうはいかない。
タップに関して私は門外漢だから。


TAP BOYS結成の頃を振り返って息子がいう。
「『タップのことわからないくせに』って、オレ結構反発してたよね」


息子にいわれるまでもなく、私はタップのことを知らない。
タップシューズを持ってて、レッスンを受けたことがあっても、
それはほんのちょっとかじっただけのこと。
長くやっている彼にタップのことで何かを語るなんておこがましい。


だからTAP BOYSも、ダンスとしてどうか、パフォーマンスとしてどうか、
という観点で彼らをサポートしたつもり。
まあ、タップについては自分のごくわずかな経験と知識をかき集めはしたけど。


「オレ、さんざん反発したけど、でもそのうち気がついたんだよ。
『この人のいうことは聞いたほうがいいな』って」


信頼してくれたんだよね。
ありがとう。


その気持ちを感じるからこそ、
息子やメンバーからの信頼は絶対損ないたくない、と思った。
タップのことは相変わらずよくわからなくて、
「ヘンなステップを振付けて踊りにくい!」と非難されたけど。


一緒にレッスンして気がもめちゃうお母さん、
気をもむ必要なんか全然ない。


自分が自信を持って教えられることなら
あとでニュートラルに教えてあげればいいし、
もしそうでないなら、専門的なことは先生にお任せして
温かい目で見守ればいい。


なにより、一緒に楽しんじゃえばいいのだ。

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2009-10-02

1㎏

体重が1㎏落ちた。


いえ、落とした。
いや、落とせた、かな。


腹八分目作戦と、レッスン&トレーニングの成果である。
ふう。


しばらく前から、なんかヘンだと思っていた。
いつのまにか体重が増えていたのである。


このところ、体重は不安定だった。
カラダに水分をため込むと、あっというまに体重が増えてむくむ。
かと思うと、水分を排出すればそれなりに減る。
とはいえ、プラスマイナスゼロになるわけではなく、
結局はじわじわ増えて、気がつけばそのまま定着していた感じ。


心地いいと感じていた体重からプラス2kg。
「誤差の範囲」で済まされない重さである。


しかし。
2kgがいったいどこにどうついているのか、自分でもよくわからない。
しばらくカラダを動かせずにいたのだから、筋肉のわけはない。
これは余分にため込んだ水分だ、贅肉なんかじゃない、と思ってみるものの、
水分だけともいいがたくて、やっぱりヘンだ。


冷静に客観的に、とくと自分を観察する。


ん。


やっぱり太った?
特に、ウェストから股関節の間。
そういうことだよね。


実際に1㎏減ってみると、いままでどれだけおなかが重かったか実感した。
余分なものがすくなくなると、おなかに力を入れたときにストレートに力が伝わるのだ。
苦手のピルエットでは、気持ちよくおなかに力が入ってするするっ、と回れ、
ああ、そういうことか、と深く納得した。


いままで食べすぎだったよねえ。
私のカラダで三度三度しっかりきっちり食べるのは量が多すぎなのよ。
体調不良続きでカラダも動かせずにいたし。


三度は食べるけど、栄養のバランスをとりつつ三食の構成比も考えて、
質の高い食事を私のカラダにとっての適量で。
あとはレッスンとトレーニングでたっぷり汗をかいて。


もう1㎏。
この調子で気持ちよく落とせますように。

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2009-10-01

タップとバレエ

大学から帰ったばかりの息子を私の“コックピット”に呼ぶ。
「見て見て、これ」
PC画面上の再生ボタンをクリック。


「ああっ、これ」
画面をのぞきこんだ息子が歓声をあげる。
「すげえ…」


「今日は『記念日』だから、プレゼント。やっと見つけたんだよ」というと、
「『記念日』か。すっかり忘れてた」だって。


息子に見せたのは、
2003年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップを受賞した
スティーブン・マクレーの映像だ。
それも、タップの。


ローザンヌ国際バレエコンクールでタップである。
信じられないが、ほんとうだ。
当時のローザンヌコンクールでは
クラシック・バリエーションのほかにフリー・バリエーションがあって、
彼はそのフリーでタップダンスを披露したのである。


見たときには度肝を抜かれた。
だいたい、由緒正しいクラシックバレエのコンクールでタップが出てくるなんて
夢にも思わないではないか。
クラシック・バリエーションも素晴らしかったのに(って、よく覚えてないがそのはずだ)、
タップも一級品。
とにかくびっくりした。


時々思い出しては、あの時の映像がないかとネットで探していたのだが、
『記念日』の今日、とうとう見つけた。
今日は、息子がタップをはじめた『記念日』なのである。


5歳だった息子は、ほんとうはバレエをやりたいといっていた。
でも、「男の子のタイツはイヤだ」という父親の保守的な反対に、泣く泣く断念。
そこに「じゃ、タップはどう?」と私の母から助け舟が出た。


「ばば、タップって何?」
「靴を鳴らして踊るのよ」
「ぼく、タップやる。ママ、習うところを探して」


かくして、タップをはじめたのが14年前。
回りまわっていまはバレエにも夢中になっているが、
そんな息子をむしろ父親は喜んで見守っている。


「結果的に、あの時反対されてよかったよ。そのおかげでタップに出合えたから」
と息子。
ほんと、そうだね。


さて、あらためてスティーブン・マクレーのタップを見ると、実に粋だ。
かろやかなタップのステップと、バレエで培った上体の美しさが融合して、
なんとも魅力的。


彼のタップを見たとき、いつか息子もこんなふうに踊れたら素敵だなあ、と
思ったものである。


タップとバレエの融合、キミならできるかもよ。
母は期待しております。

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2009-09-30

エレガントなひと

この間観た映画「ココ・アヴァン・シャネル」で
心がわしづかみされたせりふがある。


「あなたはエレガントだ」


ココがその生涯で愛した、ただひとりの人。
その男性がまだ無名のココにいうのである。


何の感情も交えずに、ただ事実をそのまま述べたような言い方が
むしろそのことばの真実味を際立たせているような印象的なせりふだった。


なんて的を射たことば。
彼女の本質をずばり言い当てて。


映画の中に描かれる若き日のココは(実際にもそうだったと思うが)、
時代の先を歩いているがゆえに、彼女の芯の部分が理解されにくかった。
しかし、びらびらした余分な飾り物が一切ない、彼女の潔いほどのシンプルさは
エレガントと呼ぶにふさわしい美しさなのである。


「ファッションはすたれても、スタイルは残る」
といったシャネルの、何ものにも左右されない彼女自身の魅力。
そのぶれのないスタイルこそが、彼女のエレガンスの源だ。


エレガントであることは、一朝一夕にはならない。
どんなに高価な洋服で着飾っても、中身はごまかせない。
たたずまいにその人自身がにじみ出てしまうのだから。


おにぎりをほおばりつつしゃべりながら電車に乗り込む30前後の女性、
電車のシートで音を鳴らしながらゲームに興じるオバサマ、
声高に人の悪口で盛り上がるオバチャンたち、…


悲しいほどに美しくない。
エレガントなひと、ってなかなかいない。


そんな現実に囲まれているからこそ、
エレガントなひととの出会いは、心のオアシスになる。
そんなひとを見た、というだけで心が澄んでいく気がする。


夏に、エレガントなひとを見た。
彼女は年若いバレリーナで、オーロラ姫を踊っていた。
長い手脚が優雅に舞うのを私は幸せな気持ちで見つめた。


レッスン中の彼女も、すれ違ってあいさつをする彼女も、
そのたたずまいは美しい。


純粋で、まっすぐで、素直で、ういういしくて。


若さゆえの硬質な部分と、彼女本来のやわらかさとがとけあって、
それが彼女のエレガンスになっている。


年は息子とおなじくらいかな。
こんなに若くしてエレガントな女の子が、現実にいることがうれしい。

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2009-09-29

柔軟なカラダ

「タイムマシーンで過去にさかのぼって、ちいさいオレをひっぱたいてきたいよ。
『柔軟はやめちゃダメだ』って」


そういって息子がうめく。
「ああ、柔軟なカラダがほしい…」


確かに、ちいさい頃の彼はカラダが柔らかくて
180度開脚だってできた。


決してはじめからくにゃくにゃと柔らかかったわけではないのだが、
同年代の子が難なく180度開脚するのを目の当たりにして
負けず嫌いの彼は、じゃあボクも、と発奮したのである。
ストレッチにストレッチを重ね、
結局1週間もしないうちにぴたっと開くようになったのだった。


ああ、それなのに。
ほうっておいたら、いつのまにかがちがちなカラダになってしまっている。
いまとなっては、180度開脚も過去の栄光なのだ。


「だいじょうぶだよ」と私。
「若いんだから、いまからでも十分柔らかくなるよ」


気休めじゃなく、そう思う。
辛抱強く続けたら、きっとだいじょうぶ。
私がそうだから。


少女時代、飛び抜けて柔軟性に富んでいたわけではなかった。
そのことを悩みもしたし、自分なりにストレッチもやってはいたけれど、
満足のいく柔軟性は得られないままに踊っていた。


そんな私が、20数年のブランクを経てレッスンを再開。
カラダが柔らかいわけがない。
わかりきったことではあったけれど、ああそうですか、とあきらめるのもくやしい。


多少痛いのはがまんがまん、でストレッチ。
あれこれ試行錯誤を繰り返し、工夫もして、しつこく続けていたら、
それなりに柔らかくなってきた。


もしかしたら、少女時代よりカラダの理論理屈をすこしは知っただけに、
効率よくストレッチしているかもしれない。
二十歳の頃にいまやってるようなストレッチやトレーニングをしていたら、
カラダの使い方もずいぶん違っていただろう、とさえ思う。


とはいえ、脚を上げようにも
カラダの使い方が不十分だったはずの二十歳の頃にかなわない現実。
それがまたくやしくて、ストレッチやトレーニングを工夫する。
もちろん、自分のカラダと相談しながら、だけど。


47歳だって思いどおりに動くカラダがほしいんだもの。
19歳ならなおのこと。


でも、だいじょうぶ。
地道に続けさえしたらね。

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2009-09-28

34年ぶりのあっちゃん

子どもの頃から「A.I.」というイニシャルが好きだ。
もし将来苗字が変わることになっても、イニシャルが変わらない苗字がいい、
とさえ思っていたほどだ。


幸いなことに、子どもの頃の願いがかなって
結婚して夫の姓を名乗ることになっても、イニシャルは変わっていない。


とはいえ、日常生活を送るにあたって、大好きなイニシャルだけで通すことができるはずもなく、
人からはどうしても苗字で呼ばれることが多い。
自分から名乗るときはフルネームだけれど、相手が私を呼ぶときはたいてい苗字。


仕事上は、旧姓を名乗っているので「いとうさん」。
プライベートでは、戸籍上の本名「いしかわさん」。


ほんとうは、ファーストネームで呼ばれるのがうれしい。
親しい人からは「あつこさん」、古い付き合いやざっくばらんな関係では「あっちゃん」と呼ばれ、
それが自分としてもしっくり落ち着く感じ。


そうはいっても、相手のあることなので、
自分の好きなようにばかり呼んでもらえるわけでもない。
バレエスタジオでも、先生からは「いしかわさん」と呼ばれ、
「ああ、私『いしかわさん』だったっけ」などと思う始末である。


ところで。
きのう、レッスン後の更衣室で「いとうさん、ですよね?」と声をかけられた。


びっくり。


だって、稽古場では「いしかわさん」か「あつこさん」なのだ。
どうして「いとう」の名前を知ってるんだろう?


彼女はたまにレッスンで一緒になったことのある方。
いままで話をしたこともなかったし、お名前も知らない。


「私、仙台で『シンデレラ』に出てるんです。あっちゃんの『シンデレラ』に」
彼女は親しげな笑みを浮かべてそういった。
「この間、気がついたんです、『あっちゃん』だって」


ええーっ!?


中一のときに発表会で踊ったシンデレラ。
聞けば、小学生だった彼女が仙台の稽古場でたった一度出演した発表会が、
その「シンデレラ」だったのだという。


「今度会ったら、絶対声をかけよう、と思ってたんです」
彼女はうれしそうにいった。


なつかしいやらうれしいやら。
胸がいっぱいになった。
12歳のか細い私が、34年の時を経て彼女の脳裏によみがえったことを思うと、
感動的ですらあった。


うちに帰って「シンデレラ」のプログラムをひっぱり出して見ると、
いまの彼女をそのまま幼くした女の子が、写真の中で笑っていた。

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2009-09-27

新・おかあさんといっしょ

長い長い休みを終え、息子は明日からふたたび大学。


「あー、また学校かあ」などといささかぼやき気味の息子だが、
休みの最後の2週間はとても充実していたので満足だとか。


充実の要因は、なんたってバレエのレッスンだ。
へろへろのよれよれになりながらも、ほぼ1日おきのバレエ生活。
もし先生が毎日クラスをもってらしたら、毎日通ったのかもしれない。
それくらい彼はバレエに夢中になった。


学校がはじまるとなかなか先生のもとに通えないのが、彼は残念でならない。
来年は先生のクラスが受けられるようなカリキュラムにしよう、と
いまから心に決めたくらいである。


ところで。
おととい、レッスンが終わると彼は先生にあいさつしたという。
「日曜は母をよろしくお願いします」


日曜朝(つまり今朝のことだ)、私が通うスタジオのクラス担当は先生で、
体調不良で休んでいた私にとって先生のクラスは2ヶ月半ぶり。


ところが、息子のことばに先生はこともなげにおっしゃったそうだ。
「何いってるんだよ。来ればいいじゃないか」
戸惑う息子に先生はさらにおっしゃる。
「やることはここと一緒だよ」


さあ、息子、困った。
先生のレッスンは受けたい。されど。
何かが引っかかり、何だかためらわれる。


母と一緒にレッスン、というのはたいした問題ではないらしい。
ただ、自分が通っていたスタジオとは明らかに雰囲気が違うところに
なんとなく踏み込みにくい、と感じたのだろうか。


でも、彼はレッスンに来た。
スタジオに一番乗りしてウォーミングアップしていた私に遅れること20分、
彼はスタジオに現れたのである。


「おおっ! 来たな!」
先生は息子を見て満面の笑み。


やるじゃない、そのチャレンジ精神。
私も心の中でVサイン。


かくして、はじめて息子と一緒にバレエのレッスンを受けた。
「新・おかあさんといっしょ」はもっと先になるかと思っていたが、
先生のおかげで思いのほか早く実現することになった。


高度な技術を要求される後半こそ見学していたが、
息子、なかなかがんばっていた。
やるなあ。


逆に、私のがんばりも見られていたわけで。
もちろん、せいいっぱい跳んで、回った(あとで「よろけたね」といわれたけど)。


水を浴びたみたいに汗だらだらで、おたがいよくがんばりました。
2週後の日曜朝、また先生のクラスで一緒に汗を流そう、と約束した。

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2009-09-26

カラダに対する感覚

「ずいぶん腹筋しっかりしてますねえ!」
息子がおなかにいた時、定期健診でそうお医者さんに驚かれたことがある。


内心、私のほうがびっくりした。
腹筋がとりわけ発達してるとか強いとか、そんな自覚は全然なかったし、
むしろ弱いほうだと思っていたからだ。
先生、ちょっとオーバーなんじゃないの、といぶかしくさえ思った。


数人の妊婦さんたちと出産時の呼吸法を練習した時にも、またまたびっくりした。
おなかに力を入れて、とか、からだから力を抜いて、とか、
うまくできなくて四苦八苦してる人が何人もいたのである。


私にとってはあたりまえのように簡単にできることが、
多くの人にも決してあたりまえなわけではないのだと、その時はじめて気がついた。
私の場合、まがりなりにもバレエをやっていたせいで、
自分のからだに意識を向けるくせがついていたということだろう。
腹筋も自覚がなかっただけで、標準的な妊婦さんよりは発達していたのかもしれない。


ずいぶん前だが、トレーナーの樋渡さんにいわれたことがある。
たぶん、パーソナルトレーニングを受けはじめた3年前だ。


「もともと自分のカラダに対する感覚はいいほうですが、
これからもっと研ぎ澄まされていきますよ」


自分のカラダに対して研ぎ澄まされていく感覚。
それってどんなだろう。


その時にはうまく想像できなかった。
私自身の感覚がいいほうだというのもぴんとこなかったし。


でも、あの頃に比べると、ずいぶん自分のカラダに対する感覚は変わってきた、と断言できる。
確かに樋渡さんのいうとおり。


むかしは、カラダのパーツの捉えかたもおおまかだった。
脚。太もも。ふくらはぎ。
カラダの使いかたも漫然としていて、どこに意識を向けるかというより、
動いた結果、適当な箇所に力が入っていた、という感じだった。


いまは、ある程度ポイントを絞ってカラダの特定の部分に意識を向けられるようになった。
たとえば「太もも」も、丸太のようにころんと全体でとらえるのではなく、
前側、後ろ側、内側、外側、で力の入り具合を感じるようになった。


意識が筋肉の細かいところに及ぶようになると、
その筋肉の名称は何で、働きは何なのか知りたくなる。
調べて動きの仕組みがわかると、今度は自分のカラダの弱点が浮き彫りになる。
この動きがやりづらいのは、あそこの筋肉が弱いからだ、と。
で、そこを強化するトレーニングをがんばってみたりする。


自分のカラダを知ったうえで鍛えたら、まだまだ進化できるかな。


そんな期待を自分のカラダに向けている、この頃の私である。

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2009-09-25

思いがけないこと

汗がひかないままに地下から階段を上がって外に出ると、
車道を隔てて向こう側の歩道に息子が待っていた。


「お待たせ。…おつかれ」


そうか。
スタジオの真ん前だと直射日光で暑いものね。
車道を渡ってから気がついた。


向かいの歩道はちょうどいい具合に日陰になっていて、
いつもは人通りの少ない歩道を
お昼休みとおぼしきサラリーマンやOLが何人か通っていく。


「疲れすぎて、おなかすいてないや。のどはからからだけど」と息子。
とにかくお昼を食べに行こう、と駅のほうに歩き出す。


強い陽射しが容赦なく照りつける中、ふたりしてゆっくり歩く。
暑い。
見上げれば、雲ひとつない晴れ渡った空。
秋晴れというより、夏空という感じ。


「すごく汗かいたよ。開始10分でぼたぼた」
「ああ、私も。床にたくさん滴り落ちてた」


息子は10時半から、私は11時から、それぞれ別の場所でレッスンしていた。
おたがいに思うように動かないカラダと格闘して、
おたがいに汗をたくさんかいて、
それぞれの1時間半をめいっぱいバレエに捧げた。


ふたりがそれぞれに肩から提げるでっかいバッグは、
飲み干したスポーツドリンクの分軽くなって、
汗をずっしり含んだウェアの分重くなった。


いつもは歩調の早い息子と私が、へとへとゆえにゆっくりゆっくり。
すれ違う人も後ろからせきたてる人もなく、一歩一歩踏みしめるようにゆったり歩く。


ふいにふわあっと風が吹きつける。
ほてったカラダから熱が奪い去られて、なんともいえず気持ちいい。
めいっぱいカラダを使って汗を流したからこその心地よさ。


息子とレッスンの話なんかしながら、風に吹かれて歩く。


人生は思いがけない。
何がどうなるかわからない。


私が20数年ぶりにレッスンを再開して、
むかしと違うカタチでバレエに没頭しているのも、
ちいさいときにバレエをやりたいと望みながら、タップをはじめた息子が
いまこうしてバレエに夢中になりはじめているのも、
ほんとうに思いがけないこと。


そして。
思いがけないバレエとの再会で、命を燃やせる時間を持てるのは
ほんとうにしあわせなこと。

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2009-09-23

楽屋で

きのう、「宮城野」の舞台がはねた後、
息子と一緒に民代さんの楽屋を訪ねた。


私は修行時代に1年間彼女と一緒にレッスンしているが、
いま民代さんと親しい交流があるのはむしろ息子のほうだ。
なんたって息子は「Shall we ダンス?」でひと目ぼれをして以来、
6歳の時からずっとファンなのだから。


「おおっ、こんにちは」
のれんをくぐった先に民代さんはいた。
舞台化粧はそのままに、ほっそりしたカラダにまとっていたのは
遊女の着物に代わってグレーにピンクのラインのジャージ。


「今度からはバレエじゃないからね、芝居だからね」
民代さんは元気いっぱいにいう。
さっきまでのせつなくも哀しい宮城野からうって変わり、
実にさばさばしたいつもの民代さん。


楽屋のやりとりはバレエ時代と変わらない。
舞台の彼女は大きな変貌を遂げたけど。


ことばを必要としない踊りから、ことばを介する芝居へ。


ダンサーとしての彼女は数多く拝見してきたが、
舞台女優としては未知数。
そんな危惧を、彼女の宮城野は瞬く間に拭い去ってしまった。
彼女にとって、表現の根本は何ひとつ違っておらず、
表現者としての新たな一歩を着実に踏み出したことを証明して見せた。


ほんとうに素晴らしい舞台だった。
表現者・草刈民代に脱帽である。


ところで。
息子は民代さんに報告をした。
「ぼく、『本格的に』バレエのレッスンはじめました」


「『本格的に』ってなに? まさかダンサーになるつもりじゃないよね?」
民代さんは身を乗り出してあわてた様子。
バレエ、楽しいんですよね、と息子は笑った。


劇場の帰り道、息子がいう。
「ダンサーになるつもりも、ならないつもりも、わからないよね。
だって、これから先、どうなるかわからないんだから」


そうだよね。そのとおりだと思う。
ただ母は、息子に夢中になれることがふえたのがうれしい。
好きで一生懸命やればこそ得られるものが
どれだけたくさんあるか知っているから。


息子は今日もレッスンに行った。
使い慣れないカラダは使うほどにへとへとになるけれど、
それでも彼は行かずにいられない。
帰ってくれば、私を相手に復習する。


自分の心のおもむくままに、夢中になれることをやったらいい。
母は応援するのみです。

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2009-09-20

認めてくれる存在

小学校1年生の作文で、私は「バレリーナになりたい」と書いた。


私が本格的にバレエを習い始めるのは、小学校3年からである。
作文を書いた当時は、住んでいたちいさな町にクラシックバレエの教室はなく、
習っていたのはお遊戯みたいなダンスでしかなかった。


それでも、3歳にテレビでバレエの美しさに魅入られて以来ずっと、
私はバレリーナに憧れ続けていたのである。


その夢がついえた時、私は自分が何者なのか見失ったような気がする。


私にとって、バレエの世界で生きていくことはちいさい頃からの夢だった。
それなのに、その夢に突き進んでいけない自分の弱さや意気地のなさ、
もとより技術力や体力の不足は不甲斐なかった。


バレエでダメな私って、いったい何者?
何ができるのか、何をすればいいのか。
そもそもバレエに代わるものなんてあるのか。


そんな思いを心の奥底に封じ込めて、何者かであろうとした。
実家の店で必死に仕事をしたし、
それ以後も、絶えず何者かになろうとじたばたし続けてきたように思う。


たぶん、いまも私は、何者かになりたいともがいたりあがいたりしている。
とはいえ、以前に比べるとずいぶん、
何者かであろうとなかろうと自分は自分でいいのだと思えるようにはなったけど。


今日、「ココ・アヴァン・シャネル」を観てきた。
ココ・シャネルが「シャネル」として富と名声をつかみとる前の、
無名だった時代を描いた映画である。


若く貧しいココが、成功者・シャネルたりえたのは、
もちろん彼女自身の稀有な才能や強固な自我によるところは大きい。
でも、自分の才能を信じて開花させるには、それを認めてくれる人の存在があってこそだ。
シャネルほどの才能の持ち主でさえも。


たんに若いということや美しいということではなく、
彼女の本質そのものをずばりといいあて、すべてを受け入れ認めてくれる存在。
そんな存在があったからこそ、彼女は自信をもって前に進んでいくのである。


シャネルでさえもそうならば、彼女のような才能に恵まれないものは
もっと認めてくれる存在がなければ前に進みにくいではないか。
そう思った。


すくなくとも、私が自分は自分でいいと思えるようになっているのは、
私をまるごと認めてくれる存在があるからだ。


映画館をあとにしながら、
私を認めてくれる存在に、心の中でありがとう、とつぶやいた。

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2009-09-18

今日もレッスン

息子は今朝もバレエのレッスンに向かった。
母としては、ちょっと感動である。


いつもなら、学校の体育の授業でもない限り
「朝からカラダを動かすなんてないよ」という息子だ。
おとといのデビューレッスンで使い慣れない筋肉を使い、全身ぐきぐき状態でもある。


それなのに、早起きし、朝ごはんを食べ、準備万端整えてレッスンに行ったのである。


すごい。
母は、ただただ感心するばかり。


大学の、初心者レベルのバレエの授業とはわけが違う。
自分以外はほとんどがプロのダンサーで、踊れる人ばかりなのだ。
確たる決意や情熱がないと、気後れしてしまうような環境だ。


いってらっしゃい。
がんばって。
息子を見送った後、私も自分のレッスンに出かけた。


さて。
レッスンを終えて大急ぎで着替えて外に出ると、
先に終えていた息子がドイツ語の単語帳を眺めながら待っていた。
彼がレッスンを受けたスタジオは、私が通うスタジオのひとつ先の駅なのである。


ファストフードでランチをしながら、またまたレッスン談義。
彼にとっては、何がどうなっているか把握する前にあれよあれよとレッスンが進むらしく、
よく覚えていなかったり、うまく説明できなかったりではある。


でも、私も先生のレッスンを受けているので、だいたい想像はつく。
「こんなのやった?」と聞けば、
「ああ、ああ、それそれ、やった」なんて答えが返ってくる。


先生は息子に「焦らないで、無理しないで、ゆっくり」とおっしゃったそうだ。
そうすれば、きっと踊れるようになるから、と。
超初心者の息子を温かく見守ってくださっている先生には
感謝の気持ちでいっぱいである。


うちに帰ると、さすがに疲れが出たのか息子はぐったり。
やり慣れないことは疲れるものだ。
「ソファーに横になってるのにつらいのって、2年前のTAP BOYSの練習以来」だという。


それでも、夜になったら「なんか回復した」だって。
「フラッペって大変」なんていいながら、ちょっとやってみたりして。


まさか、彼とこんなふうにバレエの話をするようになるとは思ってもみなかった。
バレエが好きだ、と聞くとすごくうれしいし。


私ゆずりの血が騒いだのかしらね。
いつでも補講するから、何でも聞いて、なんて張りきる母である。

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2009-09-16

デビュー

ジムでトレーニングを終え、更衣室で着替えていると携帯がバイブした。
メールかと思ったら、バイブが止まらない。
電話だ。あわてて出た。


「もしもし」
疲れきった息子の声。
やっぱり。


銀座で待ち合わせようと小声で約束し、電話を切った。
更衣室での携帯使用は禁止なのである。


息子は、待ち合わせ場所にエネルギーが抜けきった顔で現れた。
まずはおいしいピッツァでも食べよう。
話はそこでゆっくり。


テーブルをはさんで見る息子の顔には、疲労困憊ぶりがにじんでいる。
そりゃ疲れただろう、緊張もしただろうし。
そう思っていたら、疲れた顔からは意外なことば。


「緊張してるひまもないくらい、スピーディーだったよ。楽しかった」


おや。


「すごく楽しかった。体力が続く限り通います、って先生にもいったんだ」


あら。


ちょっと予想外。
でもうれしいね、その感想。


息子も私も、ともに汗をたっぷりかいた後でおなかもぺこぺこ。
あつあつのピッツァとスパゲティをほおばりながら、
息子は手振り付きで話し、私は手振り付きで聞いた。
息子の「レッスンデビュー」の話である。


私の尊敬する師に、息子はずいぶん前からレッスンにおいでと誘われていて、
今日やっとそのレッスンが実現したのである。


ダンサーのタマゴの中に超初心者の自分が混じっていいんだろうか、と
ためらいもあったようだし、
そんな自分が一流の先生に教わっていいんだろうか、と
申し訳ないような思いも抱いていたようだった。


でも、そんなもやもやは
お陽さまみたいな先生のもとで全身を120%動かして、
さっさとどこかに消えちゃったらしい。


でしょう? 
私は聞いててうれしくてしょうがない。
先生は素晴らしいもの。
先生のレッスンはまるでマジックだもの。
なにより大切な「踊る心」を教えてくださるもの。


今夜の息子は、相当筋肉痛に悩まされることだろう。
でも、あさってもレッスンに行く気満々の息子なのである。

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2009-09-15

スイッチオン

ものすごく具合が悪いわけではないけれど、
かといってうんと元気でもなく。
気持ちが高揚する瞬間は折々にあるけれど、
カラダにスイッチが入るまでは持続せず。


なんだか悪循環な状態。
きもちわるい。


もうそろそろエネルギーが上がってきてもよさそうなものなのに、
いまだカラダはエンストばかり。
水に浸かってるみたいにカラダの芯が冷たいのも不快きわまりない。


なんだろ、このうだうだ感。


家族のいたわりに触れては、自分はひとりじゃないと気づかされ、
心かよう人と語らえば、ぬくもりが心に蓄積され、
それなりに快適な住まいもあり、
とりあえず食べるものにも困らず。


そんなありがたい状況に身を置きながら、
エネルギー全開でない自分を憂えている。
わがままというか、贅沢というか。


100%元気な自分まであと一歩のところで足踏みしている。
ならば、今日は自分から仕掛けてみようか。
そう思って、稽古場に向かった。


玄関を出るまでカラダは重かったのに、
iPodを聴きながら歩き出したら
いままでぷすぷすくすぷっていたエンジンがかかりはじめた気がした。


なんだ、スイッチは自分で入れればいいんだ。


家族や友だちや、私を思ってくれる人たちの厚意に甘えてすがっていても
前には進めない。
最後の大事なスイッチはやっぱり自分で押さなきゃ。


1週間ぶりに踊ってみて、この間ほどへとへとにならずにすんだし、
レッスンの後、4週に一度のパーソナルトレーニングで樋渡さんに見ていただくと、
ここ最近続いていたヘンな歪み方はなかった。


カラダが元に戻ろうとしてるのを実感できた感じ。


この調子で、明日も自分でスイッチ押すかな。

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2009-09-13

ご機嫌にゆっくり

ゆうべの雨が都会のくすみを洗い流してくれたのだろう。
空気も、空も、澄んだ朝。


今朝は隣りの工事も、お向かいの幼稚園も、お休み。
日曜の静けさがいっそう秋の空気を澄み渡らせる。


このところの騒音や振動にはかなりうんざりしていたから、
静かな朝に感動を覚えながらほっとする。
ゆったりした朝。


ほんとうなら、日曜は私にとっていつも以上にあわただしい朝。
6時前にははりきって起き出し、そそくさと身支度を済ませて出かける。
でっかいバッグにレオタードやタオルと一緒に、
意気込みやら情熱やら思いを詰めて、稽古場に向かう。


でも、今朝の私は、出かける代わりにデスクの窓の向こうを眺めてた。
すがすがしく晴れた青い空に、刷毛でなでたような白い雲。
その雲がほんのわずかずつ移動していくのにみとれて、
見えない風を感じていた。


なんてきれいな朝。
からだが鉛のように重いけど、そんなのはほんのささいなこと。


今朝はレッスンに行きたいなあ、と思っていたし、
きっと無理すれば行けたんだろうなあ、と思う。
そうしたら、からだ中からなけなしのエネルギーをかき集めて、
無理してでも全力投球で踊ったんだろうなあ、と思う。


やればできちゃうけどね。
でも、そこまでしなくていいよ。
からだが重いなら、無理しないでお休みなさいよ。


今日は、ご機嫌な気分でゆっくりしてよう、と決める。
からだに元気がわいてこないなら、わいてくるまで待ってればいい。
うっとうしいくらいに元気になる時がきっとまた来るだろうから。


そんなわけで、母と電話でたっぷりおしゃべりをし、
すっかり忘れていたたっちゃん(藤原竜也)のエドガー・アラン・ポーのDVDを観て、
あとは眠れるだけ眠った。
気分はすこぶるらくちん。


からだ、ちょっと軽くなった。

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2009-09-09

見過ごせない本

私の少女時代、バレエ関係の書籍はそう多くなかった。
まして、芸術関連をあまり扱っていない一般的な書店では
ほぼないに等しかった。


いまはちょっとした本屋さんに行けば、ぞろりとバレエの本が並ぶ。
バレエの雑誌も増えていて、
ぱらぱらめくるとバレエファッションの指南まである。


バレエコーナーの書棚を前にすると、興味惹かれる本がぽつぽつ。
特に、ダンサー特有のカラダについて書かれた本は見過ごすことができない。
きのうも、ある本の背表紙に目がとまって思わず手にとった。


「アナタさあ」
そばにいた息子が目ざとくとがめる。
「買っちゃだめだよ。それでなくても読みきってない本がいっぱいあるんだから」


ま。
それもそうなんだけど。
でもこれ、すごく読みやすそうだよ。
モデルのバレリーナもきれいだし。


「はいはい。買わないで帰る」
結局息子にせかされるまま書店をあとにした。


だけど、今日買っちゃった。
この本もほかの読みかけの本も、ちゃんと時間作って集中して読む、と心に決めて。


「ダンサーなら知っておきたい『からだ』のこと」という本である。
さっそくページをめくって読み進む。
手持ちの「骨単」「肉単」と照らし合わせながら、おお、なるほど、と納得。
やさしい語り口で読みやすいのもうれしい。


骨のことも、筋肉のことも、やっとここ最近になって理解が深まってきた感じ。
断片的に聞きかじったり拾い読みしたりして散らばっていた点が
ようやく線になりつつあるかな。


勢いつけて読もうね。
勉強しよう。


体調を崩したり、落ち込んで自信をなくしたりしては、
復活する時には生まれ変わったような気分になる。


何度でも生まれ変わったらいいか、なんて思いながら
何度目かの生まれ変わりのいま、新しく湧き上がってきた気持ちがちょっとうれしい。

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2009-09-08

2回目のレッスン

ひと月半の“お休みモード”から“100%全開モード”へ
完全にスイッチ切り替え、といきたいところなのだが、
カラダはいまだリハビリの途上という感じである。


今朝も、鉛みたいに重いカラダをなんとかスタジオに運び、
復帰2回目のレッスン。
金曜の筋肉痛はほぼ消えたものの、
体力・筋力・集中力が最後までもつかなあ、とやや心配ではある。


とにかくケガがないよう、自分に集中、集中。
そう自分に言い聞かせ、レッスンにのぞんだ。


さて。
復帰1回目に比べたら、ずいぶんカラダは動いたかな。
お休みモードの間にも、ほそぼそとであれストレッチだけはしておいてよかったかも。
汗もたっぷりかいた。


筋力の衰え感も、初回ほどの絶望感はなかった。
用心してたから、ジャンプの着地での“ひとりひざかっくん”も防げたし。
さすがにシャンジュマンを右15回・左15回で2セットはきつかったが。


ただ、体力はまだまだ。
最後のグランワルツでは、残りすくない力をかき集めてのぞんだ、って感じ。
自分の番が終わるたびに、
顔のパーツがどこかに落ちちゃったんじゃないかと思うくらいげっそりした。
それでも、「もう1回!」と先生の声がかかれば、またなけなしの力を振り絞って跳んだ。


レッスンが終わると、先生が近づいてらして、
ひさしぶりの私にねぎらいの温かい笑顔を向けながらおっしゃった。


「ご自分のカラダの中ではあちこちでいろいろ嵐が起きてらっしゃるでしょうけど」
はい。それはもう。


「でも、外から見ててわからないですよ」


わっ。
そうですか。


“ひとりひざかっくん”もせずに済んだし、
ジャンプも力を全部出し切って跳んだし、
なんとかかんとか踊れてるように見えたのかと思うと、疲れが吹き飛ぶ思いがした。


しかし。
現実には、更衣室に戻ったらへとへとで着替える力も残っていなかったけど。


でも、なんとかかんとか踊れたことは自信になった。
リハビリ脱出もあとすこし。

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2009-09-04

復帰

今朝、やっとレッスンに復帰した。


おそるべし、ひと月半のブランク、という感じ。
もう疲労困憊、へろへろである。


ほんとうは、先週の日曜に行って行けないこともなかったのである。
でも、いくら何でもいきなり上級クラスではきつすぎる、と躊躇してやめたのだ。
プロの若いダンサーも参加するクラスに
ひと月半使っていなかったカラダでついていけるとも思えなかったから。


1週間でも間があくとこわいのに、
1ヶ月以上ともなれば、再開には勇気を要する。


実は、今朝もかなり迷った。
行けるかな、
だいじょうぶかな、
踊れるかな、と。


でも、今日は何とかレッスンを受けておきたいと思った。
そろそろ復帰しておかないと、これからますます戻るのがこわくなる。
きのうのうちにクラス時間と担当の先生は電話で確認しておいた。
復帰のからだならしにはほどよいクラスに思えた。


なんとか意を決してGO。
ひさしぶりにスタジオへの道を急ぐ。


道々思う。
何を恐れることがあるだろう。
ひと月半休んでいたからって、ダンサーでもない私を誰が気にするだろう、と。


ダンサーをめざして日々懸命に踊っていたときでさえ、
「代わりはいくらでもいるのよっ」
と先生に言い放たれることがあった。
いまの私がひさしぶりのレッスンでうまく踊れなくてもあたりまえではないか。


そんなことを自分に言い聞かせ、レッスンにのぞんだ。


いやはや。
ひと月半でこんなにも筋力が落ちるものか、と愕然とした。
ジャンプの後の着地を支える力がなくて、何度へなへなしたことか。
レッスン後のグロッキーさも、いままでには考えられなかった。


でも、逆に考えれば、コンスタントに踊っていたときは
相当体力も筋力も維持していたということ。
それって、結構すごい。


まずは復帰したのだ。
あとは、またレッスンやトレーニングに励んで体力も筋力もあげればいい。


なんであれ、音にカラダをのせてたっぷり汗をかいたのは気持ちよかった。

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2009-08-22

きのうジムで

ゆうべはからだを横たえた途端、すとんと眠りについた。
そのまま朝まで、いや、お昼までぐっすり。


…と思ったら、思いのほか早くに目が覚めた。
むし暑さのせいもあったけど、
それ以上にカラダのこわばりで寝心地が悪くて。


まあ、ブランク後のトレーニングやレッスン直後ではいつものことだ。
睡眠時間はすくなめだけど、ええい、起きちゃえ。


1ヶ月もカラダを動かさなかったなんてここ最近なかったので、
筋肉痛も全身くまなくまんべんなく、である。
当然すぎることだが、休んでいた間、いかに筋肉が使われていなかったか
あらためて思い知らされた。


きのうのトレーニングにしても、
通常のリズムでこなすのはさすがに無理だった。
といいながら、私の気質ではついついがんばってやりたくなる。
でも、結果的にはゆったりこなすことができてよかった。
それに、ちょっと楽しかった。


というのも、トレーニングの合い間に
プチ・セミプライベートバレエレッスンみたいなことをしちゃったからである。
おせっかいにもアドバイスしたら、そういうことになったのである。


なりゆきは、こうだ。


私が必死の形相でトレーニングをしているとき、
バレエのレッスンを終えた人たちが
すぐそばのベンチやストレッチコーナーでおしゃべりをしていた。
すると、バレエをはじめて間もない若い女性が、
年上の先輩女性に太ももの前側のストレッチの仕方を尋ねたのが聞こえた。
彼女は太ももの前側が何度かつって、困っているらしい。


あまり詳しくない先輩女性はジムのスタッフに尋ねた。
しかし、学生アルバイトとおぼしきスタッフが説明できるのはごくごく初歩的な範疇。
結局、若い女性・先輩女性・スタッフの3人で
「ま、なんとか毎日がんばるしかないんですね」なんてなあなあに結論づけているので、
見るに見かねて割り込んだ、というわけである。


いきなりの飛び込みに、はじめこそびっくりされたが、
私がちょっとはバレエに詳しいと見るや、質問攻めにあった。
私もつい夢中になって、実演して見せたり、彼女たちの動きを直したり。


「どこで教えてるんですか?」と聞かれた。


いいえ、教えてはいないです。


「すこしでもうまくなれるなら、教わりたいわ~!」といわれた。
「アナタがやって見せてくれると、とても簡単そうに見えるけど、
自分でやってみるとむずかしいのよね~」とも。


顔を紅潮させながらお礼をいわれて、すごくうれしかった。


バレエ、教えるのもおもしろいかも。

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2009-08-09

つながって脈々と

毎年恒例、年に一度の恩師の公演に出かけた。


開演前に、ロビーで先生の姿を見つけてごあいさつ。
ちっともお変わりなくお元気そうで、何よりである。
いまでこそ緊張せずに笑顔で話せるようになったが、むかしは縮み上がるほどこわかった。
レッスンではほんとうに厳しい先生だった。


その先生が、息子ににこやかに話しかける。
「Kくんが『バレエサークルに誘ったけど、断られた』っていってたわよ」


Kくんとは、息子の大学でバレエサークルを主宰している先生のお弟子さん。
入学後に知ったうれしい偶然だった。
先生のいたずらっ子みたいにきらきら輝く目を見て、
息子がまがりなりにもバレエをはじめたことをうれしく思ってくださってるのかな、
と思った。


さて、今日の舞台では、素敵なスターが大活躍。
就学前の、先生の3人のお孫さんたち、三代目である。


先生のお嬢さんも息子さんもともにバレエ人。
ことに、息子さんは才能あるプロのダンサーで、
お孫さんたちは、そのふたりそれぞれのお子さんだ。


可愛いおちびちゃん3人は、私がはじめて出会ったころのお嬢さんと息子さんに重なる。
さすが血は争えず、音は絶対外さないからすごい。
愛くるしさだけでなく、幼いながらもめりはりのある踊りで観客を魅了していた。
特に、坊やはスター性抜群。
これからがほんとうに楽しみだ。


終演後、息子と楽屋を訪ねた。
まずは息子の大学の先輩・Kくんに会う。
彼は素直でくせのない、とてもいい踊り手。
私は彼にとって一応“姉弟子”なんだよなあ、なんて思いながらすこし話をする。


ごった返す狭い楽屋の廊下を、小柄で華奢な少女が通りかかったので呼びとめた。
素晴らしかった、秀逸だった、と心をこめて彼女に伝える。
舞台であれだけのびやかに大きく踊っていた少女が、
そばで見ると思いのほか小柄で幼いことに、すくなからず驚く。
この妖精のような天性のバレリーナとも、私は先生でつながっているんだな、と感慨深く思う。


最後に先生にごあいさつ。
「そうそう、きのうの公演にTちゃんが来たのよ。『時間ができたから』って」


Tちゃんとは先生の愛弟子で、いまは私がレッスンを受けているスタジオの先生。
プロのダンサー時代も、現在も、その美しさは変わらない。
彼女のファンである息子は、会えなくてショック。


「ファンなの? ありがとう」と先生。


そうですよね。
Tちゃんは先生が育てたんですもの。
私もTちゃん(スタジオではT先生)とまたまた先生でつながってるんですよね。


ぼくも一応バレエやってます、なんていう息子に先生がハッパをかけた。
「『一応』なんていってないで、ちゃんとやりなさいよ」


私の二代目、先生に期待されちゃったね。
これはやるしかないよね。


つながってつながって、脈々と受け継がれていくんだから。

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2009-08-04

それでも

K-BALLET SCHOOL Workshop Performance 2009を観てきた。


K-BALLET SCHOOLは、熊川哲也氏が開校した
プロのダンサー育成を最終目的とするバレエスクール。
4歳から19歳までの生徒は、オーディションで選ばれている。
Workshopとは、平たくいうと発表会だ。


年齢とレベルで分けられたクラスによる10作品と、
キャラクターダンス(つまり民族舞踊)2作品、
そして最後に「眠りの森の美女」より第三幕と、
3時間半に渡るパフォーマンスはなかなかに見ごたえがあった。


特に上級生による作品はレベルが高く、
プロといってもいい踊り手が何人も。
スクールパフォーマンスでこれだけのものを見せてもらえるとは、
期待以上だった。


さて、上級生ダンサーの中に
時々レッスンで一緒になる男の子たちの姿があった。


彼ら、スタジオで稽古しているときより断然迫力があって、
思わず目をみはってしまった。
めりはりといい、表情といい、実に人を惹きつける。
うーん、ブラボー。


息子と同年代だけに、ふだんも関心をもって見ていたのだが、
彼らの魅力的な踊りにすごくうれしくなった。


それと、「眠り」でオーロラを踊った女の子は、
スタジオでよくすれ違ってあいさつをしていた子かもしれない。
みずみずしくもエレガントで、とても好感のもてる踊りだった。
あいさつしていた子だとすれば、ふだんの印象と踊りがぴったり。
優雅で、くせがなくて、素直で、好きだなあ。


それにしても、と思う。
これだけ踊れる若者たちの、
いったい何人がプロとして踊っていけるんだろう。


どんなに情熱であふれていても、
それだけで生きていけるほど甘くない過酷な世界である。
かつておなじ夢を胸に抱き続けた元バレエ少女は、
帰り道の月を見上げながらほろ苦い思いをかみしめる。


それでも。
いいのかな。


たとえスポットライトを浴びられなくても。
それでも踊ることはやめられないんだよね。


それでもいいのかな。

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2009-07-30

宣言

先週コンディショニングを受けたときに、
「これから週3回トレーニングをします!」と宣言して
トレーナーの樋渡さんをあわてさせた。


「いや、急にやりすぎても筋肉がぱんぱんになりますから…
まずは週1回ぐらいから、ということで」
そうやんわりと止められたほどである。


1年前はコンスタントに週2、3回トレーニングしていたのである。
そのほかにレッスンにも週3回ぐらい行っていて、
いつもカラダを動かして、汗をかいていた。


それが今年になってからトレーニングは失速。
ある時は忙しい中でレッスンのほうを優先させたせいだし、
またある時は体調不良に見舞われたせいでもある。


トレーニングが間遠になったとはいえ、
踊ってはいるのでそれなりにカラダは動く。
でも、なんだか大事なものが欠落している感じはぬぐえない。


ダンサーでもない私が20数年のブランクを経て踊っていられるのは、
ひとえにトレーニングでちゃんと筋肉を鍛えているからであって、
トレーニングを怠れば当然筋肉は衰える。
やっぱりトレーニングは大事。


どこかで切り替えなくちゃ、と思っていた。
折りしも季節は私の大好きな夏。
心機一転、決意表明をしてふたたびトレーニングに励もうと決めた。


一日のリズムを見直して、あえて時間を作ってトレーニングしよう!
いまよりさらにしなやかで強いカラダを作ろう!
もちろん、レッスンだって欠かさない。
はりきっていこう! と、やる気満々で樋渡さんへの宣言になったのである。


しかし。
この1週間、私はまったくカラダを動かせずにいる。
やる気は相変わらずみなぎっていてスタンバイOKなんだけど、
肝心のカラダを動かすことができないのである。


今回のめまい発作はしつこいなあ…


焦ったからどうにかなるものでもないので、
カラダの代わりにアタマを使おうと読書三昧の毎日。
おかげで、中途半端に読みかけだった本を何冊も読み終えることができた。


はやく踊りたいなあ、トレーニングしたいなあ、カラダなまるなあ、
と動きたくてうずうずするが、見切り発車してまたアタマがぐらぐらしてもイヤだし、
ここはゆっくり様子見。


カラダが元に戻ったら、今度こそ週3回トレーニング宣言を実行するつもり。

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2009-07-28

ことばは人を表す

時々、あるバレエ団のブログを読む。


所属のダンサーたちが交代で書いているのだが、更新頻度は高くない。
でも、活躍中のダンサーが日々のあれこれを綴っていて、興味深い。


舞台上では、ことばで表現することを求められないダンサーたち。
そのダンサーが、インタビューで他人に加工されたことばではなく、
文字どおり自分のことばで書いているのである。
綴られた文章には、
踊りで表現しているものとの共通点やギャップが見え隠れして、おもしろい。


表現豊かなダンサーの知的な文章を読んで、
ああ、やっぱり、と納得すると同時にうれしくなることもあるし、
天才肌の奔放なイメージのダンサーが年齢相応の可愛らしい日常を綴っていて、
へえ、とほほえましく感じることもある。


意外性のあるギャップには思わず心惹かれる。
でも、個人的には「やっぱりね」と納得するほうが好きかもしれない。


私の好きなあるダンサーは、彼女らしい素直な文章を書く。
すこしだけ話をしたときに触れた彼女の人柄と、
彼女の踊りと、彼女の文章はきれいに重なって、
ダンサーとしての彼女に対する期待感はますます高まる。


踊りにはその人そのものが出るものだし、ことばにも表れるものだと思う。
文章の上手い下手は別として、
ことば遣いだとか、ものの考え方や感じ方だとか、
その人がにじみ出てくるものだと思う。


さて。
あるダンサーの文章で前から気になっていることがある。
近頃、抜擢の続いている注目株のダンサーだが、
「~とゆう」という表現を連発するのだ。
もちろん、「~という」と書くべきところである。


文章の内容とは関係のない、要するに表記違い。
だがしかし。
前から気になって仕方がない。


そのダンサーの年齢は知らない。20代後半だろうか。
20歳前後でないことは確かである。
文章を読んでいると、あえて若ぶって「~とゆう」と使っているとも思えない。
単に、「~とゆう」と発音しているものを「~という」と書くことを知らないのだろう。


ただそれだけのことなのだが、そのダンサーにちょっと幻滅している。
ダンサーなんだから、踊りで評価されればいいのであって、
何をどう書こうと関係ないといってしまえばそれまで。
余計なお世話かもしれない。
でも、やっぱり幻滅しちゃうのである。


まじめな文章の中に、ひょいひょい「~とゆう」が出てくるたびに
読んでるこちらがはずかしくなるのだ。
そんなことも知らないのかなあ、と。


話題の新作でもそのダンサーは大抜擢だと聞く。
でも、そのダンサーが出てくるたびに頭の中に「~とゆう」と思い出しそうな気がして、
観るのがためらわれるなあ、と思っている。

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2009-07-22

人生を変える出会い

今日の予報は、1週間前から曇りもしくは雨。
よりによって、今日に限って、全国的に曇りもしくは雨、である。


それでも、朝からニュースでは皆既日食の話題でもちきり。
わざわざ遠くまで出かけていく人にはなんとも気の毒だなあ、と思いながら
どんよりと雲がたれこめた空を映すテレビに目をやる。
自然が相手だから仕方ないとはいえ、何も今日に限ってこんなお天気って、と
ちょっとうらめしい気持ち。


夜、皆既日食の特別番組を見た。
「テレビで見たって意味ないよ。実際にこの目で見なくちゃ」
と息子はいったが、そんなことなかった。


鳥肌が立った。
すごい。
宇宙の偶然?
いや、宇宙の創造主のなせるわざ?
遭遇した人は人生観が変わるというが、ほんとうにそうかもしれないと思った。


人生の方向を大きく変える遭遇。
皆既日食じゃないけれど、私にもある。
3才のときにテレビで見たバレエだ。


あとから考えるに、あれはキーロフバレエの「眠りの森の美女」だったのだろう。
テレビの画面にオーロラ姫のピンクのチュチュがちらちらゆれて、
幼い私は激しく心揺さぶられた。
私の心にバレエが焼きついた瞬間だった。


それは、バレエを愛する母からの贈りものだったといえる。
バレエを習ったわけではなかったけれど、踊ることが大好きだった母。
その母が、幼い私に見せてくれたはじめてのバレエ。
このうえなく美しいものとの出会いだった。


バレエを愛する心は、母から私、そして私から息子へと受け継がれつつある。
毎週授業でバレエのレッスンを受けている息子は、バレエが楽しくてたまらないという。


先週、グループごとに発表があり、なんとかカタチになったよ、と聞かされていたが、
今日、その映像を見せてもらった。
授業で撮影をして配布されたDVDである。


テレビの画面の中で、息子がココロもカラダも弾ませて踊っている。
チャイコフスキーに合わせて踊る息子は、タップと違って新鮮だ。
「バレエはほんとに楽しいよ」という息子に、心からうれしい。


さて、息子とバレエの出会いはいつだったろう? と考えてみる。
赤ん坊のときから恩師の発表会に連れて行ってはいたが、
彼の幼心とバレエが決定的に出会ったのはもっと後だ。


息子が幼稚園に入園する前、私は百貨店のカルチャーセンターで
ほんのすこしだけレッスンを受けていたことがあって、
よく彼をレッスンに連れて行った。
息子はいつもにこにことおとなしくレッスンを眺めていて、
そのうち立ち上がって自分も真似するようになった。


そして幼い息子はにこにこしながらいったのである。
「ぼくもバレエをやりたい」と。


彼のバレエとの出会いは、母の踊る姿だったかな…
そんなことを思って、ちょっと悦に入る親バカな私である。

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2009-07-21

ぽつぽつ続ける

大学でドイツ語の授業をとっている息子。
彼がテキストを音読するのを聞いて、「かっこいい…」としみじみ。
親バカである。


母国語以外のことばが話せる、って素敵だ。
撮影現場の織田裕二が
外国人俳優と英語(だと思う)でやりとりする様子をテレビで見たときにも
そう思った。
外国語が話せれば、コミュニケーションの幅も確実に広がるわけで、
それってやっぱりものすごく素敵なことだ。


…と、いままで何度思ったかしれない。
思っては、英語の勉強に取り組むことも何度かした。
で、そのたびにいつのまにか立ち消えになる。
というか、優先順位が低くなるのだ。


そもそも、私の生活が
「外国語をモノにしなければならない」という必要に迫られていない。
単なる憧れだけでは、
日々の限りある時間の中でモチベーションも持続しないのである。


外国語をマスターするのもかっこいいけれど、
私にとっては、バレエ用語をもっと数多く把握することのほうが優先順位が高いし、
筋肉や骨の名前をちゃんと覚えることも結構重要だったりする。


まあ、それらにしても一気に詰め込むのは無理があって、
日々ぽつぽつと辞典を引きながら確認、という感じではある。
また、そういう積み重ねを続けていけばいいかな、とも思っている。


さて、今日は4週間に一度のコンディショニング。
前回、前々回と、これでもかというくらいぐちゃぐちゃに歪んでいた私のカラダ。
今回はピルエットもそこそこ回れているし、たぶんだいじょうぶかなと思っていたが、
自覚どおりまともだったのでほっとした。


それに対して、私のあとに見てもらった息子のほうはぐちゃぐちゃ。
相当のストレスがカラダに出ているようだった。
ストレスの原因は、大学に入ってはじめての試験だろう。
とにかく勝手がわからなくて、しょっちゅううめいているくらいだから。


息子が歪みを修正してもらうのをそばで眺めながら、
トレーナーの樋渡さんに時々質問をする。
それって前に私もしてもらったなあ、とか、
ホリスティックコンディショニングで勉強してた時にやったことあったなあ、とか、
うろ覚えの確認。


「それって、どこの筋肉のチェックなんですか?」
「『ホウコウキン』です。ここの部分」
「ああ、長ーい筋肉なんですよね」
そうだったそうだった、と思い出しながら、ベッドでうつぶせになっている息子に話す。
「『ホウ』は『裁縫』の『縫』、『コウ』は『工具』の『工』、『縫工筋』」
ですよね? と樋渡さんに確認を求めると、「そうです」


ホリスティックコンディショニングではじめて聞いたときには、
どんな字かわからなくてカタカナで書いたっけ。
ちゃんと覚えてるもんだな、とちょっとうれしくなった。


ぽつぽつとでも、続けること、積み重ねることで自分のものになると信じて。
すこしずつでも勉強していこう、と思う。

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2009-07-19

失敗は成功のもと

このところ、日曜朝の上級クラスは
いつも“大入り満員”の様相を呈している。


参加できるのが許可を受けた会員だけだった去年までは
こじんまりと10人前後だったのが、いまや3倍の30人。
会員のみならず、
カンパニーの準団員やプロをめざすタマゴが何人も来ていて、
平均年齢は以前に比べてぐっと下がった。


今朝の稽古場は、
エアコンが効かず(というより、そもそも入れてなかったのかもしれない)、
そのうえ大人数の熱気でかなりのむし暑さ。
バーの時から玉のような汗が全身から吹き出てきて、
床にぽたぽたと滴り落ちた。


暑さは体力を奪うなあ…
めずらしくそんなことを思った。


でもがんばろ。


周りを見渡せば、息子と同世代と思しき若者たちが躍動的に踊っている。
だけどこの私も、
娘や息子といっていい彼女・彼らと一緒に、おなじように踊っている。


やるなあ、私。


若さあふれるセミプロの彼女・彼らに、パワーや技術は及ぶべくもないけれど、
気概だけは負けてないつもり。
がんばろ。


うれしいことに今日は、苦手のピルエットが右は百発百中、余裕で回れた。
左も、かなり感触はよくなっていた。


うまくいった原因は自分でわかっている。
決して「若者たちに負けない!」という気合いではない。
前回の失敗を生かせたからだ。


とにかく子どものころから回転ものが苦手で、テクニック的に不安定な私。
先生にもいろいろ注意していただくのだが、
いまひとつ弱点を把握しきれないのが現状だった。


ところが、前回のレッスンで
うまく回れていないみっともない自分の姿がたまたま鏡の中に見えた。
「あ、手首が落ちてる…」


本来なら、大きな風船を抱えるようにからだの前で丸くしているアームスが、
キョンシーみたいに手首が落ちているために、全体のバランスを崩していた。


手首。
今日は手首をいちばんに意識した。
もちろん、「プリエで床を押す」とか、「重心は前寄りに」とか、
ふだんから気をつけていることも総動員したが、とにかく今日は手首。


そのかいあって、気持ちいいほどにバランスよくするする回れたのである。


「失敗は成功のもと」というけれど、ほんとうにそうなんだな。
失敗した自分を直視すれば、きっと成功への道につながる。
今日は、しみじみそう思った。

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2009-07-14

バレエを教える

レッスンの後に、アドバイスを求められることがある。
よくわからなかったりうまくできなかったりしたステップについて
聞かれることがほとんどだ。


先生はすぐ次のクラスが控えているから、
みんな、先生にはなかなか聞きにくいのだ。
なら、私でよければどうぞ、と仲間の疑問に答える。


大人からはじめた仲良しのレッスン仲間は、
私のワンポイントアドバイスが楽しみだといってくれる。
どうぞどうぞ、なんなりと。
私でわかることならアドバイスしましょう。


直接的なテクニックも大切だけど、バレエで重要なのはやっぱりライン。
すこしでもむずかしいテクニックがこなせるようになりたい、というのは人情だが、
たとえば、めちゃくちゃな姿勢で2回転回るくらいなら、
美しいラインできちんと1回回るほうがバレエとしてはずっとずっと美しい。


だから、基本にのっとったきれいなアームスの使い方とか、
よく伸びた首筋、顔のつけ方なんかについてアドバイスすることも多い。
バレエの魅力は、人間離れしたテクニックもさることながら、
のびやかで優雅なラインの美しさなのだから。


さて、わが家のビギナーにもここ最近がぜんアドバイスすることが増えてきた。
なんたって、授業での発表は明日なのである。
息子はそもそもタップダンサーなので、
ふっと気を抜くとタップっぽい動きになってしまうことがあって要注意なのだ。


アームス曲げないで~、視線遠く~、首筋伸ばして~、と
熱心かつやさしく指導する母。
息子も何度も何度も食いついて繰り返し、あっという間に時間が過ぎる。
そんなひとときが、おたがいになんとも楽しくてしょうがないんだけれど。


ところで、今日、びっくりすることがあった。
息子と同い年の甥っ子が、なんと、「バレエを教えてほしい」というのだ。


彼が大学入学後はじめた競技ダンスにすっかり夢中になり、
ダンスに懸ける青春を送っているというのはなんとなく聞いていた。
でも、彼は血のつながらないおばが根っからのバレエ人間なのだということを
たぶんごく最近まで知らなかったはずなのである。


その彼が「競技ダンスのために、ダンスの基礎であるバレエを学びたい」
というのだ。


ほんとうにびっくりした。
まさかあの甥っ子からそんな依頼を受けることになるとは
夢にも思わなかったから。


私で役に立てるのなら。
場所とか時間とか、おたがいの条件をすりあわせたら、GO!かな。

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2009-07-11

「教えないの?」

レッスン仲間にポジティブ コミュニケーション セミナーの案内をすると
たいてい驚かれた。
「へえ~、アナタってこういうことしてる人だったんだ」


稽古場でしょっちゅう顔を合わせているのに、案外おたがいの名前も知らなくて、
ましてレッスン以外のところで何をしているのかはわからないことが多い。


私も、はじめのころは「バレエ教師…?」と見られることがよくあったが、
最近では、どうやらバレエ教師ではないらしい、ということは浸透していた。
で、コミュニケーションの仕事をしている、というと「へえ~」なのである。


でも、かなり多くの人が「へえ~」といった後にいうのだ。
「バレエは教えないの?」と。
中には「バレエを教えるんだったら、教わりたいのに」という人までいる。


バレエは教えないの?
バレエは教えてないの?
バレエは…?


あんまり何回も何回もいわれるので、考えてしまった。
バレエ、教えようかな、と。


3年前にパーソナルトレーニングをはじめたばかりのころ、
トレーナーの樋渡さんは毎月私に会うごとにいったものだ。
「踊らないんですか?」


ほんとうに、毎回毎回いうのである。
踊らないんですか?
踊らないんですか?
踊らないんですか? と。


何回もいわれているうちに、また踊ってみてもいいかなあ、と思うようになった。
そのときの樋渡さんの促しがあったからこそ、現在の「踊る私」がいるのである。


「踊る私」が復活すると、樋渡さんのセリフは変わった。
「教えたらどうですか?」


教え、ねえ。
二十歳のころに先輩の代講で何度か教えたことはあったけど、
うーん、考えたことなかったなあ。


樋渡さんに何度もいわれるうち、教えるのもおもしろそうかなあ、と心は動いたものの、
教える場もなく、その思いもなんとなく立ち消えになった。


でも、いま、新たな方向に心は動いている。
教えてみたいな。
だけど、ほかの人とは違ったやり方で。


踊ることをあきらめかけていた私が、カラダを作りなおして復活できたのは、
ひとえに樋渡さんによるトレーニングがあったからだ。
そして、踊りを再開した私が、
あらためてバレエ本来の美しさを追求したいと思うようになったのは、
バレエのラインの美しさを徹底的に説くいまの先生方のおかげだ。


トレーニングとライン。
そのふたつを融合した大人のバレエのための講座。
大人になってからバレエをはじめた方たちが、
自分のカラダがもっている力を高めたうえで、バレエの真の美しさを求めて踊れるように。


プログラム作り、取り組んでみるつもり。

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2009-07-08

充実の補講

水曜は、息子にとってバレエの授業がある日だ。
前期最後に作品を踊るとかで、今日は先週に引き続き振り付け。


帰宅した息子は、へとへとながらも楽しげな雰囲気である。
どんな感じだったのかなあ。
息子が話し出すのをわくわくしながら待つ私。


先週は30人ほどの人数を4つに分けて、
グループごとにちょこちょこ振付をはじめたということだった。
曲は「白鳥の湖」第1幕のオープニング。


バレエをやっていたら
「白鳥の湖」はちいさいころから耳にタコができるほど聞き込んでいて、
舞台を観る回数もほかの作品より多いはず。
1幕のオープニングは私も踊ったことがあるし、振りもすぐ出てくる。
わからないことはなんでも聞いて、って感じ。


グループ内で一応役柄も決めたそうで、息子は王子ということで即決。
なにせ男子は彼ひとり。
30人のクラス内でも、3人いた男子がいまや彼ひとりなんだという。
ま、そりゃ王子だ。


今日はその振り付けが終わったそうで、
彼は自分のパートを踊って見せてくれた。
「最後はシャンジュマンが4回で、ピルエット回ってひざついてポーズ」


ほほう、なるほど、どれどれ。
さっそく曲を流して私も踊ってみる。


うわっ、このテンポでシャンジュマンはきつい。
ゆっくり過ぎて跳んでられない。
なんだかんだいってキミも男の子なんだね。
初心者とはいえ、私も男の子のジャンプ力にはかなわないよ。


「あれ? 意外だね。男だと跳べるもんだね」
息子は俄然気をよくしてシャンジュマンを跳ぶ。
いやいや、滞空時間が私とは比べものにならない。
跳ぶねえ。


「それくらい跳べるんだったら、アントゥルシャカトルもできそう」
といって、私が違うのをやって見せる。
ジャンプしながら空中で足を交差して打ちつける。


ええ~っ、といいながらやってみると案外すんなりできる息子。
いいじゃないいいじゃない、アントゥルシャカトル。できたじゃない。


それとね、そこのポーズは軸足に重心のせて、
振り向くときはこんなふうにめりはりつけて、
ピルエット回るときは回ろうとしないで立つだけ。
それからそれから、…


次から次から私の実演つきコーチ。
息子も教えられたとおりに動いてみる。
夢中になって踊って、気がつけばふたりとも汗だくだく。
ああ、やっぱりバレエはいいでしょ?


「オレ、5歳のときからバレエやりたかったから」
汗をぬぐいながら息子がいう。


いまからでも全然遅くないよ。
あのときかなわなかった願いをかなえられてよかったよね。
私がしっかりコーチするからね。

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2009-07-06

「数」にとらわれない

何げなく腕時計に目をやって、あっと思った。
今日は6日だ。


誕生日まで1ヶ月切ってる。


地下鉄の窓に映る自分の顔を見る。
そこにいるのはもうすぐ47歳になるはずの私。


47、ねえ。
ちっともピンとこない。


子どものころには、47歳なんてとてつもない数字だったと思う。
そんな年齢に自分がなるなんて想像もつかなかった。


子どもだって少女だって1年たてば誕生日がめぐってくるのに、
それでも自分の年を重ねた先に40いくつという数字が訪れるとは
思いもよらなかった。


あらためて自分の年の「数」に向き合ってみると、
単純に驚いてしまう。


誕生日がやってくれば年はひとつ増える。
その事実に変わりはなく、ひとつ増えたからと何かが大きく変わるわけでもない。
そんなふうに、いつからか私はあまり自分の年齢に頓着しなくなった。


そのせいか、46歳という年齢と自分の実態がマッチしているのかどうか
よくわからない。
「年相応」ということばが具体的に何をさすのかもよくわかっていない気がする。


開き直り、というのとは違うのだが、
「いいじゃない、別にいくつでも」と思ってるところはあるかもしれない。
46歳であれ、47歳であれ、たいした意味はないと思っているのかもしれない。


今日も、もてる力をせいいっぱい振り絞って踊ってきた。
こんなにも一生懸命踊るのは、そこに命を燃やす私が存在するから。


命には限りがある。
その現実はやっぱりこわくて、ふだんは考えないようにしている分、
ふと思い出すと愕然とする。


でも、限りがあるからこそ、「数」にとらわれずに生きていきたいと思う。
そうするのが私らしい気もするし。

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2009-07-05

「くねくね」じゃなく

子どものころ、
ロシア(いや、当時はソ連だった)のバレエを観に行った後は
きまって友だちと稽古場でまねをしたものだ。


憧れのバレリーナのまねをすれば、すこしでもうまくなれるような気がして、
記憶をたどりたどり踊るのである。
とりわけ、ダイナミックで表情のあるアームスはまねのしがいがあって、
あらん限りの情感をこめた。


アラベスクのときには前のアームスを思い切り高く上げて、
手首はかくんと折って。
その特徴的なアームスこそバレリーナの象徴のような気がした。


ところが、レッスンでそんなアームスをすると先生に注意される。
つまらないほどにすっと伸びたアームスに直されて、
「どうしてだめなの?」と内心疑問に思いながらも先生には従うしかなかった。


実際、アームスをくねくねさせると、感情移入がうまくいったような気になる。
すごく気持ちよく踊れているような錯覚に陥るのだ。


でも、それがおそろしいほどの錯覚だと気づかされたのは
高校の終わりのころだ。
「くねくね」と「めりはり」はまったくの別物で、
アームスの使い方もまったく違えば、美しさにも格段の差があるのだと
新しい稽古場で新しいスタイルを叩き込まれながら痛感した。
当然、一流のバレリーナたちのアームスは感情のこもった「めりはり」だった。


まず土台にあるのは基礎。
きちっとした基礎があってこそ、そこに情感が加わって表現がふくらむ。
基礎から逸脱したカタチに情感だけが先走れば、
ひとりよがりな崩れたラインにしかならないのである。


いま、稽古場で一緒にレッスンするのは、
プロのタマゴもいれば大人からはじめた人もいる。
どんなレベルであれ、クセのない、素直な動きの人は見ていてほっとする。


一方で、どんなに脚が上がっても、どんなにテクニックをもっていても、
カラダの中心がずれてしまうほどくねくねしている人は
とてももったいないと思う。
クセがある動きは見ていて引っかかる。
もっとシンプルなラインを求めて上品に動いたら素敵なはずなのに…
と残念でならない。


かくいう私はといえば、
自分の動きを踊りながら客観的にチェックすることはできないので
ただただ自分に言い聞かせながら踊るのみだ。


できうる限りバレエ本来のラインを求めて。
そのラインにもてる情感をこめて。
でもひとりよがりにならないよう自戒をこめて。


素直で、シンプルであること。
求めるのは、そういうこと。


踊りだけじゃない。
人としてもおなじかも。




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2009-06-30

シンプルなラインをイメージする

不覚にも風邪をひいた。


あ、あぶないな、と思ったときにケアを怠ったのがまずかった。
風邪なんかこのところほとんどひいたことがなかったから、
油断していたかもしれない。


症状はのどだけで、時々咳がこんこん出る。
気温のアップダウンが激しいのがちょっとからだにこたえていて、
自律神経はすこしやられているかも。


踊ったほうがすっきりするかな。
ちょっと迷ったが、レッスンに行った。


行く道々、おととい観た「コッペリア」を思い出していた。
私の何列か前に座っていた女の子がお母さんに話していたっけ。
「ピルエットをゆっくり回ってたよ」


いいところ見てるじゃない。
タマラのゆっくりしたピルエット。
軸がまっすぐ取れていれば、勢いつけて回ろうとしなくても
するするするっと3回、4回回れてしまう。


「回ろうとしなくていい、ラインだけ守って」
先生にそういわれて意識すると、私でもするするっと回れるものね。
大事なのは軸とライン。


バレエの動きは実はとてもシンプルで、
余計な装飾がないシンプルなラインこそ真に美しいのだと思う。
そのシンプルなラインに人間性や感情をのせて、
その人だけのほんとうの美しさになる。


イメージ、イメージ。
ラインを守って、ゆっくり。
余計なことをしないで、シンプルに。


ああ、回れる。
世界のプリマに比べるべくもないけれど、私だけのラインで。


でも、イメージどおりにするするいったのは最初だけ。
あとは残念ながら総崩れ。
ピルエット、調子悪いな。


ま、今日の不調は風邪のせいっていうことにしといて、
今夜はゆっくり休みましょ。




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2009-06-28

ルイジ

息子と新国立劇場に「ローラン・プティのコッペリア」を観に行った。


今夜スワニルダを踊ったタマラ・ロホとコッペリウスのルイジ・ボニーノは、
草刈民代さんのラストステージに登場したダンサーである。
そのときの印象が鮮烈で、また観たいと思っていたところに
タイミングよく新国立劇場への出演。
迷わずすぐにチケットを取った。


「プティのコッペリア」、実は子どものころにテレビで観ている。
コッペリアのストーリーはそのままに、設定も衣装も振り付けもかなり斬新で、
オーソドックスなバレエしか知らない少女には、とても刺激的な映像だった。
ドリーブの音楽にぴったりはまった独特の振りは以来ずっと覚えていたほどである。


さて、その期待の舞台。
予想をはるかに上回る素晴らしさで、どれだけ拍手したことか。
タマラにしろ、ルイジにしろ、フランツを踊ったホセ・カレーニョにしろ、
深い洞察と確かなテクニックには興奮させられっぱなし。


殊に、スワニルダの傲慢なまでの若さとその残酷さ、
そして年老いつつあるコッペリウスの哀愁の対比が際立ち、胸に迫った。
以前は「コッペリア」の陽の部分にばかり目を奪われていたことを考えると、
この感慨は、自分が年を重ねたせいだろうと思う。


幕切れの、コッペリウスの深い喪失感。
通り一遍のハッピーエンドに終わらない「プティのコッペリア」のすごさを感じた。


さて。
終演後、楽屋口でルイジを待った。
民代さんのラストステージ後のパーティーで、息子はルイジと写真を撮っている。
そのときにことばもすこしだけ交わし、温かくオープンな人柄にますます惹かれた。
今日は、そのときの写真を渡すつもりだった。


楽屋口に本人が出てくるまでしばらく待ち、
出てきた後もたくさんのファンにサインやら写真撮影やらするのを待って、
ようやく会えたときは終演からかなりの時間がたっていた。


タクシーに乗り込むルイジに息子が声をかけると、
ルイジは息子の顔を見つめてしばらく思案顔になり、
「キミのこと、覚えてる」といった。
「どこで会ったんだっけ?」


「『エスプリ』で」
「ああ! いまも踊ってる?」
「はい、タップを」
「そうそう、タップを踊ってるんだっけね」
「バレエも最近習いはじめました」
「それは素敵だ!」


素敵なのはルイジ、あなたのほう。
一流の芸術家で、そのうえ一流の人間性。
なんという温かさ、なんという親しみやすさ。


じゃあ、またね、バイバイと手を振るうちにタクシーが走り出し、
ルイジの笑顔は見えなくなった。


「ああ、オレ、もっと英語のボキャブラリーふやそう」
息子が真剣な面持ちでつぶやいた。




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2009-06-24

Strong Atsuko

きのう、レッスン終了後に先生が笑顔で声をかけてくださって、びっくりした。
レッスン前の受付でも「『最近あまり見ないわね』って先生方がおっしゃってましたよ」
といわれ、恐縮したばかり。


お仕事お忙しいんでしょう、とおっしゃる先生に
「忙しいのもさることながら、相当緊張していて…」というと、
「ええーっ、何事にも動じないように見えるけど、緊張なさるんだ」
といわれて、またまたびっくり。


ええーっ、私ってそんなふうに見えるんだ…


でも、憧れの先生方が気にかけてくださっていたなんて、すごくうれしい。
足どり軽く、今度は月に一度のパーソナルトレーニングへ。


開口一番、「セミナー、盛況だったみたいですね。ブログで見ました」
といわれて、これまたうれしい。
トレーナーの樋渡さんは、ご自身のブログでセミナーの案内をしてくださったりして
ほんとうにありがたかった。


さて、1ヶ月前はかなりぐちゃぐちゃに歪んでいたが、今日はどうでしょう?


「はい… 今日も全身、かなり…」


あ、やっぱり。
道理でピルエット回れないわけだ。


私は基本的に、どんなときでも前向きな気持ちを忘れないでいるつもり。
つらくても、苦しくても、へらへら笑って前に進んでいこうと心がけている。


ただ、私のカラダはバカがつくほど正直で、
へこんだり、むかついたり、ネガティブな感情にとらわれると、敏感に反応する。
もちろん、知らず知らずにストレスを抱え込んでいてもそう。


まあ、いろいろあったから、それがカラダに反映されているのでしょう。


いたるところぐちゃぐちゃばらばらになった全身の歪みを
いつものように丹念に修正してもらう。
だが、今回の歪みは妙にがんこで、最後の最後がすっきりいかない。
樋渡さんも首をかしげる。


あれこれチェックを重ねた結果、原因が判明。
というか、自分でも思い当たるふしがあったんだけど。
外からの、あるネガティブなエネルギー。


最終的にきっちり修正してもらい、ラストはデッドリフト。
「デッドリフトで軸をしっかり作れば、ネガティブなエネルギーをブロックできますから」


そういえば、「こんなに歪んでないカラダはそうそう見ないです」といわれるくらい
まっすぐ軸が取れていたときは、コンスタントにトレーニングに励んでいたっけ。


トレーニング、サボっちゃだめだね。
単にカラダを鍛えるというだけでなく、
軸をしっかりもって心身ともにポジティブであるためにも。
ネガティブエネルギーに負けない私であるために。


めざせ、Strong Atsuko。




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2009-06-20

1週間自由に使えるとしたら

ポジティブ コミュニケーション セミナーでは
次から次とコミュニケーションの“エクササイズ”をする。


参加者同士でふたり組みになって、
次のエクササイズになればパートナーチェンジ。
いままで一度も面識のなかった方を相手に、
話し手役のときには提示されたテーマに沿ってただただ話し、
役割交代で聞き手に回ったらひたすら聞く。


今回は、共通点は女性だということ以外、
参加したきっかけも、出身地も、年齢も、みんなさまざま。
そんな見知らぬ同士がひざを突き合わせてあるときは語り、
あるときは聞くのだ。


今回のセミナーで、最後のエクササイズのテーマは、
「もし生まれ変われるなら何になりたい?」
もしくは「1週間自由に使えるとしたら何をしたい?」


「1週間自由に…」とイメージするときには、
お金や仕事や家のことにまったく制約がないと仮定してください、と話す。
とにかく、いまあなたは1週間自由に使えます。
だったら、何をしたい?


話し手のくちびるからことばが発せられると同時に、
イマジネーションの翼が羽ばたきはじめる。
はじめ輪郭もおぼろげな翼は
聞き手の共感に力を得て、次第に色を帯びながら空を舞う。


何の制約もなく自由に使える1週間。
実現できないかもしれないけれど、でも実現したらうれしい夢。思い。


みなさんの思いの波動が伝わってくる。
ほんとうに実現できたらいいなあ。
瞳を輝かせて話し、深くうなずいて聞く何組ものふたり組みを見渡しながら、思う。


1週間自由に使えるとしたら。
私なら何をしたいだろう?


かなり真剣に考える。
何したい?
いまの私だったら何したい?


踊りたい、かな。
1週間、大好きな先生のレッスンを毎日受けて。
踊って、休んでコンディション整えて、また踊って。


思い浮かべてふふっと笑いがもれた。
夢って、想像するだけでおもしろい。
やってみたらきっともっとおもしろい。




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2009-06-17

ワタシは好き

息子が、時々古いアルバムを引っぱり出しては
むかしの私を見て顔をしかめる。
で、「きもい」とか「ださい」とか「ひどい」とか、さんざんなことをいう。


否定はしない。
だって、自分で見てもきもかったりださかったりすると思うから。


まあ、時代の流行によってファッションもメイクも変わる。
そのせいだということにしておこう。


それにしても。
思い出のスクリーンに映し出されるかつての自分は可憐でみずみずしいのに、
写真で見るとギャップを感じてがっかりするのはなぜだろう。


思うに、自分の姿を自分で見ることはできないからだろう。
たぶん。


自分の中では「こんな表情をしてるはず」「こんなからだの動きをしてるはず」
とイメージしていても、その一部始終を見て確認することはできない。
むかしの自分にいたっては、思い出というフィルターを通す分、
美化されているところもある。


それがギャップ、ということなんだろう。


写真でさえそうなんだから、踊っている映像なんてもっとおそろしい。
欠点は自覚しているけれど、自覚のない欠点まで見えてくる。
イメージと実際とのギャップ、
それにほんものの美しいバレエとのギャップまでが加わる。
かなりキビシイ。


そんな思いがあるので、むかしの自分の映像なんてこわくて見られない。
大デブになった19のときのビデオなんかもってのほか。


なのに、あるとき意を決して16のときの映像を見た。
ショックを覚悟で。


それが、見てみたら不思議な感覚にとらわれた。
確かに、自覚どおりの欠点だらけ。
自覚のない欠点もぞろぞろ。
「でも私、このコ好きだ」と思ったのである。


このコの雰囲気、持ち味、私は好き。
うん。好き。


その発見は自分でうれしかった。
16の自分をいまの自分が好きだ、と思える感覚。


いまも、おなじような感覚を覚えることがある。
時々、自分の書いた文章をずうーっと読む。
読んで、「私、このヒト好き」と思うのである。


いろいろあるけど、私はアナタが好き。
だから、がんばって。




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2009-06-10

買おうかどうしようか

2週間ぶりのレッスンで、さぞかしひどい筋肉痛がでるものと覚悟していたが、
拍子抜けするほどたいしたことなかった。
休んでいる間もそれなりにストレッチをしていたのがよかったのかもしれない。


さて、きのうに引き続き、今日はほぼ1ヶ月ぶりのトレーニングである。
あまりにひさしぶりなので、さすがにそれぞれの負荷がきつい。
そのくせレッグプレスなんて1セット多くやったりして、がんばった私。


まあ、レッグプレスは自分を追い込もうと心を鬼にしたわけでもなんでもない。
単にぼーっとしてて間違えただけだ。
本来、両脚で50㎏を15回1セット、片脚でそれぞれ30㎏を15回1セットのところ、
両足50㎏を2セットやっちゃったのである。
その後、間違いに気づいてまじめに片脚もこなした。
ふう。


すでに帰り道でカラダがみしみしきしみはじめていたので、
今夜は相当痛むことだろう。
はは、楽しみ。


そのトレーニング中、実はずっと考え事をしていた。
「あるもの」を買おうかどうしようか、自問自答を繰り返していたのである。


「あるもの」とは、トレーニングに行く前に立ち寄った書店で偶然目にした本だ。
平積みにされていたその本を何の気なしに手にとり、
ぱらぱらめくってみたら俄然ほしくなったのだ。


でも。
私は思った。
読みかけの本が何冊もあるよね。
この本をいま買って、読むの?


うーん…


この本、430ページもあって2500円もするよ。
ほんとうに読む?


うーん…


いまでなくてもいいんじゃない?
読みかけのを読み終えて、それでもほしかったらそのとき買えば?


うーん…


どうしようかなあ、と迷ったままトレーニングを終えて、また書店に寄った。
で、その本をもう一度手にした。


いま興味あることをいま知りたいよね。
いま読みたいよね。
買いましょう。


ということで、「石井直方の筋肉まるわかり大事典」、買いました。
帰りの電車ではさっそく袋から出して読みはじめた。
イラストも楽しいし、見開き2ページで1項目なので読みやすい。


あー、買ってよかった。




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2009-06-09

ずずんと

6月は“記念日”が続く。
6日が結婚記念日で、7日が祖母の命日、
1日飛んで今日9日は母の誕生日。


おめでとう。
ゆうべのうちに打ち込んでおいたデコメールを朝7時に送信。


人によっては、年をとると誕生日がうれしくない、なんていうけれど、
どうして?って思う。
誕生日はその人が生まれた大切な記念日。
人生がはじまったその日を心をこめてお祝いしたいし、祝われたい。


8時過ぎ、母から返信。
「今日から後期高齢者の仲間入り  なんか良いことあるかしらん♪」


“後期高齢者”ってかなりヘンなことばなのに、
母にかかると楽しげに聞こえるから不思議。


かなわないなあ。
いついかなるときも前向きな母は、いつだって私の鑑だ。


母から次のメールがきたのは、移動で地下鉄に乗っていたとき。
電車が駅にすべり込むと同時にケータイがぶーっとバイブした。
そろそろ来るかな、という期待どおり。
ケータイをあけた途端に思わず顔がほころんだ。


「すてき! 素敵なスリッパ ありがとう  一目みて ずずんと 気に入りました」


“ずずんと”だって!
なんとも母らしいことば。
ずずんと気に入ってもらえてよかった。


母に贈ったのは、バブーシュという羊革の室内履き。
裏地は母の好きな小花柄のリバティプリントだ。
誕生日の贈りものに何がいいかな、とインターネットで探していて、
リバティがらみで見つけたのである。


革の色も小花柄もたくさん種類があって、
さんざん迷ったあげくに決めたのがワインレッドのバブーシュ。
実物を見ていないからちょっと心配だったんだけど、よかった。


母の「ずずんと」メールで、しあわせなきもちがからだ中に広がった。
うきうきと軽い足どりで2週間ぶりのレッスンへ。
やっぱり踊れるって素晴らしい。


いまこうして踊れる私がいるのは、母がいたから。
そんな感謝の気持ちをこめて踊った。


そういえば、6月には父の日もあるんだっけ。
父にはどんな「感謝」をしようかな…




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2009-05-28

きわめる

振り返れば、
子どもの頃から「きわめたい」と思っていたかもしれない。
「きわめる」ことへの憧れは、
ちいさいときから脈々と持ち続けていたのかもしれない。


ちいさい頃。
もちろんバレエをきわめたいと思っていた。
バレリーナになって、世界を舞台に踊る。
そんな夢を抱きつつ、楽しく稽古に励む日々を送った。


しかし、そのうち、稽古はすれども
できないことの多い現実の壁に突き当たる。


それより何より、稽古をしてしてし尽くすだけの体力が
私にはなかった。
それって、「きわめる」以前の問題ではないか。
稽古をし尽くす前に力尽き果ててしまう自分が
いつも情けなく、歯がゆかった。


きわめたい、と思いながらその道はあまりにも遠い。
きわめることに近づきたいという思いは強いのに、
現実の自分はいつも消化不良で、中途半端。
だからこそなおさら、「きわめる」ことへの憧れは増した。


いまも私は何もきわめていない。
だけど、すくなくともいまの私は
きわめていない自分を否定的にとらえてはいない。
何事かをきわめたいと願い、あがいたりもがいたりしてきた自分を
むしろ「よくやってるじゃない」と思っている。


きわめる、なんてそう簡単にできることじゃない。
でも、そこであきらめたらおしまい。
すこしでもきわめることに近づこうと一生懸命になれば、
かならず何かは手に入る。
わずかずつでも進歩する。


それに、実際のところ、私はあきらめていないのだ。
何かをきわめることを。


それは別に、誰かと比較して優劣を競ったり、
世間から大々的に評価を受けたりするものでなくていい。


私自身が納得のいくまでとことん精進すること。
それがいまの私にとっての「きわめる」。


道はまだまだ。




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2009-05-24

キーパーソンとの出会い

今日のみずがめ座の運勢。


「あなたの才能を高めてくれたり、
将来を左右するようなキーパーソンとの出会いが訪れそうです」
「前から興味を抱いていたことにチャレンジすると運気がアップしますよ」


うん、なかなかぴったりだと思った。
みずがめ座は息子である。


息子は今朝、私の受けるレッスンの見学に来た。
母の踊りを見るのが目的ではなく、先生のレッスンを見るためだ。


私は気づかなかったが、
先生は窓の向こう側で見ている息子に手を振ってくれたという。
レッスンが終わって先生はスタジオを出ると、笑顔で廊下の息子に手を差し伸べた。
男同士の握手である。


「ひさしぶり。どう?」


実は、息子は1年前にも先生にお会いしている。
「一度見学においで」という先生のおことばに甘えて、
あの時も先生のレッスンを見学したのである。


当時は浪人することが決まっていたので
すぐにバレエが習える状況ではなかったのだが、
息子にすれば、大学に入ったらバレエをはじめようかな、
というイメージはもてたかもしれない。


先生は今年息子が大学に合格したことも、
大学でバレエをはじめたことも喜んでくださり、
「またおいで」と声をかけてくださったのである。


1年前との決定的な違いは、
息子がまがりなりにもバレエをはじめた、ということだ。


レッスン後の廊下で、先生はうんうん、と息子の話に耳を傾けてくださった。
なまじ母からいろいろ聞かされている分、
アタマではわかっていてもカラダがついていかないこと、
カラダががちがちにかたくて困っていること、
ふくらはぎがぱんぱんで筋肉痛がすさまじいこと、などなど。


息子の話をひととおり聞くと、先生はお陽さまみたいな笑顔でおっしゃった。
「心配ないよ。まだ19歳でしょ? これからだよ」


私はそばで会話を聞いていて、心からうれしくなっていた。
先生はやっぱりすごい。
ほんとうにオープンマインド。
ほんとうにあったか。
ほんとうに前向き。


私の尊敬する先生に、息子は夏から弟子入りする予定である。
バレエ人としてはもちろんのこと、人間的にも魅力的で素晴らしい先生から
彼はどれだけたくさんのことを学ばせてもらえるかしれない。
まさに先生はキーパーソンなのだ。


とてつもなくプレッシャーだといいながら、うれしそうな息子である。




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2009-05-21

補習

毎週水曜は、息子のバレエのレッスン日である。
「バレエ」は息子にとって大学の正式な授業だが、
バレエである以上、やっぱり「レッスン」というほうがしっくりくる。


「死にそうだ」
学校から帰ってくると彼はうめく。
水曜はいつもそう。
「へとへとだ」


そんな息子に私は聞く。
「今日はどんなことやったの?」


先生はシラバスなんかとっくのむかしに無視しちゃって、
じゃんじゃん新しいことをやらせるらしい。
超初心者の息子には体力的にも技術的にも大変なことだ。


「えっとね」
へとへとな息子はすくっと立ち上がり、やって見せる。


「ほう。シャッセ、シャッセ、アッサンブレ。なるほど」
息子の“実技”を見せてもらうと、私もおもむろに息子の前にすくっと立つ。
「こうですね? シャッセ、シャッセ、アッサンブレ」


「アンタ、うまいね」
息子がぼそりという。


まあね。


「オレ、アナタからなまじいろいろ聞いちゃってるからさ、
腕でも足でもこういうふうに使うんだろうな、ってわかりはするんだよ」と息子。
「うまくできないけど」


いや、正しいやり方に向かって努力することは大事。
なんたって基本がいちばんなんだから。


「法学部の友だちに『ヨガに来いよ』っていわれたんだけど、
やだ、って断った。だって、バレエ楽しいもん」


おお、うれしいね。
「バレエが楽しい」って。
踊らずにいられないのは、やっぱり血が騒ぐんでしょうか。


バレエはほんとうに奥が深くて、やればやるほど深みにはまっていく。
キミもどうぞ深みにはまってください。
私がお手伝いいたしましょう。


レッスン後の筋肉痛も、いずれ快感に変わる日がくるよ。

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2009-05-19

バレエの真の美しさ

「ラインの美しさが何より大事」
先生はそうおっしゃる。


「脚なんか上がらなくていいんだ。それよりラインの美しさだよ」


長く伸びた首すじ。
のびやかな手足。
引きあがったからだ。


頭のてっぺんも、つまさきも、指先も、遠くへ遠くへ伸びて、
全身のどこをとっても絶えずしなやかなラインを描く。


それがバレエの美しさ。
それが真髄。


「回ろうとしないで! ラインのことを考えて!」


苦手の左のピルエットのときに、そう先生から注意された。
首すじから上半身にかけての美しいラインを絶対崩さないように意識してみると、
今度はそれだけでするするっと回れた。


ああ。


苦手ゆえに緊張するし、そのうえなんとかしたいと力むから
どうしてもカタチは崩れる。
バレエらしいラインは一瞬のうちに壊れ、
妙な力でねじふせようとじたばたするみっともなさが取って代わる。


脚だって、関節や筋力のことをおかまいなしにむやみやたらに上げようとすれば、
上げた、という自己満足だけの、ひとりよがりなぎくしゃくしたカタチになる。


ライン、なんだよね。
優先すべきはライン。


バレエでは何が美しいのか。
いちばん大切なのは何か。
その答えは先生がおっしゃるように「ラインの美しさ」。


脚は上がるに越したことはないし、
くるくる回れたりじゃんじゃん跳べたりすればいうことなし。
でも、いちばん大切なことはいつもシンプルだ。


バレエをもっともバレエらしく踊るためには、
いちばん大切なことをシンプルに守ること。
とてもむずかしくはあるけれど。


バレエに限らず、何でもそうではないだろうか。
小手先のテクニックや力技で何とかなる場合は多いが、
どうもそれは美しくない。
何であれ、真髄に触れ、いちばん大切なことを誠実に守るのが
美しさにつながる気がする。

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2009-05-17

エネルギーのもと

今朝はすこし雨模様。
傘越しに空の様子をうかがうと、
うっすらとした雲がものすごい速さで煙のように流れている。


私はそれを信号待ちの間、呆けたように見上げる。
空はどんな空でも、眺めているだけで心が解き放たれる。


電車に乗っておりた先は雨があがっていた。
街路樹の葉っぱは雨に洗われて緑が一段と濃い。
枝からちょんと飛び出た若い葉は、そこだけが赤みがかっている。


葉っぱの間から透かして見える薄曇りの空と、
洗いたての緑のコントラストが目に心地いい。


稽古場でたっぷりの汗をかき、その汗が引かないままに外に出る。
吹きぬける風が頬にあたる。
汗にぬれて束になったままの髪にも風が吹きつける。


私は風に向かってずんずん歩く。
胸をはって大股で進む。
もし、この行く先に困難が立ちはだかっていようとも、
このまま立ち向かっていけそうな気がしてくる。


あらゆるものが、私にエネルギーを与えてくれる。
太陽の光を浴びて走るソーラーカーみたいに、
純粋なエネルギーをカラダいっぱいにチャージして、私は歩く。


駆け込んだ地下鉄のホームで、
ついさっきまで教えてくださっていた先生の後ろ姿を見つける。
大急ぎで先生の後を追いかけると、「お疲れさまです」と声をかける。


何よりも今日、私にエネルギーを与えてくれたのは先生だ。
1年とすこし前にお会いして以来、
私は先生に「踊るいのち」を新たに吹き込んでもらったと思っている。


音楽に気持ちをのせて。
からだはどこまでものびやかに。
心はのびやかなからだとともに解き放って。


先生のとてつもなく豊かで温かなエネルギーは、
その芸術性やキャリアもさることながら
先生ご自身の人間性によるところが大きい。


先生の懐の深さと、太陽のような笑顔に触れるだけで
エネルギーがどんどんチャージされていく。


先生と、あらゆるものに感謝して、
ひるむことなく前に進んでいこう、と素直に思った私である。

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2009-05-10

若さの季節

街のすべてが強い光を浴びて輝いていた。


強い陽射しの中に飛び出していくと、私にも容赦なく光がふりそそぐ。
顔を上げれば、雲ひとつない抜けるような青空。


うれしくなって思わず深呼吸。
抑えようとしてもひとりでに笑みがこぼれる。


太陽の季節到来、といってしまうのはまだ気が早い。
でも、夏は確実に近づいている。
そう感じた。


夏。
生きてることをいちばん実感する熱い季節。


ここ数年、夏が恋しくてしょうがない。
照りつける太陽と、青い空と、流れる汗。
熱くなった筋肉と血液で絶えずほてっているからだは汗をかくごとにしぼられ、
動きはどんどんなめらかになっていく。
そんな夏が私は好きだ。


すこし前まで、夏はかなり苦手な季節だった。
仙台生まれの私に東京の夏は過酷ですらあり、
クーラーの効きすぎた部屋で半病人になって過ごしたこともすくなくない。


たぶん、TAP BOYSと過ごした夏が私を夏人間にしたのだと思う。


彼らの純粋さにエネルギーをもらい、さらに太陽が私にエネルギーをくれた。
私が生まれた夏に、
私はTAP BOYSとともに踊ることで生まれ変わったのかもしれない。
彼らと一緒に過ごせば過ごすほど、
踊ることがどれだけ自分にとってかけがえのないことか、浮き彫りになった。


そのいくつかの夏を経て、私はいま、自分のためにバレエを踊っている。


「バレエは若さの芸術」だと誰かがいってた。
じゃあ、「夏は若さの季節」といったところ。
そんなイメージ。


若さの季節に、若さの芸術に没頭する。
年齢はどこかに置きっぱなし。
特に意識する必要もなく。
それでいいんじゃないの、と思ってる。


ほんとうに、今日は夏さながらの一日だった。
夏よ来い、と待ち遠しくなった。


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2009-05-09

筋肉痛と眠り

おとといのひさびさのトレーニング&レッスンの翌朝は
予想どおりの筋肉痛。
それも、見事なまでに全身まんべんなく。


それはもう、こんなところまで筋肉使ったか、と笑えるほどで、
油の切れたブリキのロボットみたいにぎくしゃくしながら起き上がる自分に
またまた笑えた。


ただ、ありがたかったのは、
筋肉痛よりも、眠りをむさぼる肉体疲労のほうが勝っていたこと。
すとんと眠りに落ちたきり、目覚ましが鳴るまでノンストップ。
痛みにじゃまされることなくぐっすり眠れたわけだ。


さて、きのうはレッスン2日目。
予定ではトレーニングにも行くつもりだったが、
これだけ筋肉痛が出ているのにまたふたつはさすがに負担が大きいだろう、
とやめといた。


全身ぎしぎし音をたてそうなほどの筋肉痛を抱えてのレッスンである。
しかしおもしろいことに、痛みを感じていてもさして苦にはならない。


レッスン前に十分ウォーミングアップをして
ほぐせるだけほぐしておいたせいもあるかもしれない。
それよりなにより、この程度の筋肉痛だったらむしろ動いたほうがいいんだなあ、
なんて思いながら踊っている自分がおもしろい。


でも、またまたおもしろいのは、家に帰ってからの日常の動作では
筋肉痛がじゃまをしてとても難儀することだ。
椅子に腰かけたまま脚を組むとか、座り込んだ床から立ち上がるとか、
いちいちあたたたた、とゆっくりにならざるを得なくなる。


なんだろう。
踊っているときはその思いが痛みを凌駕するんだろうか。
痛みに対して多少がまん強いところはあるかもしれないけど。


3日目の今日は、
まだ全身のいたるところに筋肉痛の痕跡は残っているものの、
だいぶラクになってきた。


きっと、睡眠をちゃんと取ることが回復のカギなんじゃないかな。
ある程度のまとまった時間ももちろん必要だが、
それ以上にぐっすり眠れていることが大切だろうと思う。


肉体疲労に任せてすとんと眠りに落ちるためにも、
カラダを動かすのってやめられない。


今日は、息子が1年ぶりにタップのレッスンに復帰した。
今夜の彼はたぶんころりと眠りに落ちることだろう。


息子も体力が戻ってきたみたいで、よかったよかった。

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2009-05-08

リフト

更衣室から稽古場に上がっていくと、
そこには前のクラスの若者が数人残っていた。


ある者は床に座って仲間と談笑し、ある者は黙々とクールダウンのストレッチ中。
ひとりの青年は稽古場をいっぱいに使ってジャンプの練習を繰り返している。


私はそっとあいさつをしながら稽古場に入ると、
床に寝転んでウォーミングアップをはじめた。


彼ら彼女らは息子と同世代。
明日のダンサーを夢見るタマゴたちである。


青年と呼ぶにはまだ早いほっそりした男の子に、
小柄な女の子が「やってみる?」と声をかけた。
彼女が男の子の前に背中を向けたまますくっとトウシューズで伸び上がる。


お。


次の瞬間、ふたりは息を合わせてプリエで沈み込むと、
男の子は女の子をすくい上げようと肩を彼女のからだの下に差し出した。
女の子のからだが男の子の肩に乗っかりかかる。


しかし、バランスがとれないまま
彼女のからだはぽんと前に投げ出された。


惜しい。
ふたりはリフトの練習をはじめたのである。


次も息を合わせ、プリエ、アップ。
もう一度、プリエ、アップ。


何度めかで、彼女のからだは彼の肩にきれいに乗っかった。
男の子の肩に腰かけるかたちになった女の子は、
高いところで晴れやかにほほえんだ。


ブラボー。
リフトをふたりで一から練習するところって、はじめて見たかも。


私がはじめてリフトしてもらったのは小学6年生、11歳の時である。
パートナーはもちろん大人のプロのダンサーで、
「軽すぎて感覚がつかめない」と笑っていた。
実際、息を合わせようと合わせまいと軽々頭上にかかげられた。


その後、成長するにつれ、たとえ相手が熟練のプロであっても
体重を管理した上でちゃんと息を合わせなければ持ち上げてもらえなくなった。
それでも、たいていは安心してパートナーにゆだねることができた。


肩の上に乗っかったり、頭の上に高くかかげられたりすると
見える景色が違う。
はじめてリフトされた11歳に味わった特別な高揚感は
いつまでも変わらなかった。


息子には「そのうちリフトしてね」といってある。
「アナタよりオレのほうがケガしちゃうよ」と難色を示す息子。
そういいながら私をかかえてみて「お、軽い」なんていっている。


期待して待ってます。
私が踊れるうちによろしくね。

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2009-05-07

ひさしぶりの筋肉の日

ひさしぶりにスポーツクラブに行った。


春先は体調不良でぐずぐずすることが多くて、
今年も例にもれずそうだった。
息子にとびきりうれしいことがあったこの春は
勢いで乗り切れるかと思ったのだが、そうもいかず、
逆にこの程度で済んだのはいいことづくめだったせいかもしれない。


そんなわけで、スポーツクラブもとんとご無沙汰。


マシーン使って、ダンベルもって、腹筋して、スクワットして、と
ひととおり筋力トレーニングのメニューをこなす。
顕著に衰えている感じはなくて、ちょっと安心。
でも今夜は筋肉痛が出てくるんだろうなあ。


すこし負荷をかけただけで汗がじんわり。
休んでいた筋肉が目覚める実感。


その汗がひかないうちに、電車で移動。稽古場へ。
こちらもひさしぶりのレッスンだ。
今度はじんわりどころではなく、滝のような汗をかいた。


90分のレッスンを終えると、
余韻でまだ汗が噴き出してくるのも構わず外に出る。


たっぷり汗をかいたおかげで、すっかり毒素が抜けきった気分。
カラダからは余計な力が抜けていて、とてもナチュラル。
ココロもおなじで、雑念みたいなのが一掃されてすっきり。
いまの私ならどんなことにも立ち向かっていけそう!なんて思えたりする。


そんな汗いっぱいの後のわが家のお風呂は実に爽快だ。
お風呂上りのすっきり感は、汗をかけばこそ。
思わず「あー、きもちいい!」と声に出す。


夜になって、すでにカラダのあちこちがきしみはじめている。
筋肉痛に悩まされるのもまたうれし、だけど。


今夜は筋肉痛に負けずにぐっすり眠って、
またはりきって動く新しい一日に備えよう。


その前に、ひさびさに疲労回復サプリメントのNI(ニー)飲んでおこうかな。

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2009-04-29

息子と、バレエと

今日が「昭和の日」という祝日だと、今朝の新聞ではじめて認識した。


昭和の時代は「天皇誕生日」で、
平成になってからは「みどりの日」で、
おととしからは「昭和の日」。
「みどりの日」は5月4日。


知らなかった。


それはさておき。
今日は祝日だが、息子は授業で学校。
その代わり、明日から7連休である。


連休前の最後の授業は、バレエだった。
きのうのトレーニングの筋肉痛もあり、
まだリハビリ途上にある彼にとっては、やることなすことすべてが過酷だったらしい。
(くしゃみをしても腹筋が痛いそうである。実は私も笑うと腹筋が痛む)


それでも、バレエは「楽しい」という。


思うように動かなくても、どんなフォームが美しいか彼にはイメージできる。
なにせ、ちいさい時からバレエを観てきたのだし、
なにより、母が毎日毎日ああでもないこうでもないとそばで動いているのである。


私はレッスンから帰ると、家族がわかろうとわかるまいと
その日に発見したことや体得したことをあれこれいいながら動いてみる。
「こっちがストゥニュで、こっちがデトゥールネ」とかぶつぶついうものだから、
息子が浪人時代は「ああっ、無駄な知識入れないでくれっ!」と
よく追い払われたものだ。


しかし、彼にはいま、母の“つぶやき実演”が役に立っているようで
とりあえず何が正しく美しくて、何が間違っているのかは大体わかるという。


ただ、何事もそうだが、わかっているのとできるのとは違う。
「わかってるんだけど、もう力が残ってなくて意識してられないんだよね」
ともちろん本人も自覚のうえ。
アームスのラインを維持するのなんか特にそうだ。
私だって、はっと気がつくと意識が抜けていることがよくある。


そういうものだ。
イメージだけで踊れるなら、いまごろ私は世紀の大バレリーナだ。


それでも、イメージの美しさを追い求めながら、自らの肉体をコントロールしつつ踊るのだ。
柔軟性が高まったり、筋力がアップしたりすれば、その分コントロールする力も増す。
自分のイメージに一歩近づく。


バレエはほんとうに奥が深い。


そのバレエを息子がはじめたこと、とてもうれしく思う。

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2009-04-28

息子もトレーニング

月に一度のパーソナルトレーニング。
レッスンを終えてほとんど間をおかずに行ったので、
全身はへとへと、太ももの筋肉はぱんぱん状態。
それでも、気持ちだけは元気な私である。


さて今日は、私だけでなく息子も一緒。
息子は去年の7月以来だから、9ヶ月ぶりである。


「オレ、絶対爆笑される」
見ていただく前、息子はそうつぶやいた。
「きっと、歪みきったカラダをコンディショニングするのに
1時間でも足りないよ」


その自覚症状どおり、息子のカラダは歪んでいた。
トレーナーの樋渡さんがコンディショニングするのを脇で見ていたが、
息子の脚の長さには明らかな左右差。


「歪み方にも法則があるんですけど」と樋渡さん。
「これはその法則にのっとらないヘンな歪み方で、
完全に気の流れがおかしくなっています」


やっぱり。
大学に合格して気持ちは晴れ晴れでも、
カラダのほうは蓄積した疲れや鈍りがあいまって
悪循環にはまっていたのだろう。


樋渡さんは魔法の手で歪みを修正していく。
ベッドの上でほとんど眠りかけている息子。


でも、彼は樋渡さんの声で目覚めざるを得なくなる。
「さ、あとはトレーニング!」


今日はコンディショニングだけと予想していた息子は一瞬天を仰いだ。
「明日、バレエの授業が受けられなくなるかも…」


弱気な息子に「だいじょうぶ! 若いんだからカラダはすぐに戻るよ」と私。
「はい、スパルタコーチもそういってることだし」と樋渡さんも笑う。
かくして、息子、7ヶ月ぶりのトレーニングと相成った。


うぅ、あぁ、とうめく息子のとなりで私も一緒にトレーニング。
ストレッチを中心に、いま息子のカラダに最も必要なメニューが
的確に与えられる。


カラダもかたくなり、筋力も落ちている息子は相当つらそうだ。


でも、だいじょうぶ。
すぐに戻る。
カラダはかならずいきいきと息を吹き返す。
断言できる。


だって、私がそうだったんだから。
10代の彼はだいじょうぶに決まっているのだ。


トレーニングを終えて、青息吐息の息子。
よくがんばりました。


来月樋渡さんにお会いする時までには、
もうすこし体力が戻っていますように。


パーソナルトレーナー樋渡旭さんのブログはこちら
http://ameblo.jp/fitness-partners/

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2009-04-24

ラストステージ

「草刈民代」という人は、
ふりかえってみれば私にとって特別なバレリーナだった。


涙をこらえて懸命に笑いながら拍手に応える舞台の彼女を見て、
胸いっぱいになりながら、ふと思った。
そう思ってみると、そのことにずっと気づかなかったことがとても不思議だった。
そして、あらためて彼女は私にとって特別な存在だったと、しみじみ思った。


「バレリーナだった」と過去形なのは、
彼女が今夜の舞台をもってバレエ生活に終止符を打ったからである。


彼女の踊る姿を見るのはこれが最後。
客席の誰もが万感の思いで拍手を送っていた。
鳴りやまない拍手の中、何度目かのカーテンコールで感極まった彼女は
泣き顔を両手でおおった。
私も涙がこみ上げた。


彼女と「出会って」から28年がたつ。
私が出演する仙台の発表会に、
東京の本校の彼女たち精鋭が賛助出演したのが「出会い」である。


彼女をはじめて「見た」ときの衝撃は忘れない。
18歳の私は、客席から舞台上のリハーサルを見ていた。
数名で踊るコールドバレエ(群舞)なのに、
彼女にだけスポットライトが当たっているように見えた。


彼女はひとりだけきわだって輝いていた。
圧倒的な存在感。
15歳にして、まさに稀有な存在だった。


その後、私は1年間彼女と同じクラスで毎日レッスンをすることになる。
おなじ舞台にも立った。
「バレエは選ばれた人が踊るもの」と思い知らされた1年間だった。


思い返してみると、
あれからずうっと彼女は私の心の中に強い光を放って存在し続けた。
垣間見る真摯さやまっすぐさには心を揺さぶられ続けた。


ラストステージ。
舞台の上には、白く光り輝く彼女がいた。
そして、ドラマ。
彼女のドラマに引き込まれ、酔いしれた。


終演後に出席したパーティーで、
舞台化粧を落とした彼女はほの白く透きとおった光をまとっていた。
とても美しかった。


彼女にはどれだけ魅惑的なドラマを見せてもらってきたことだろう。
そして、これからはどんな新しいドラマを見せてくれるのだろう。


民代さん、いままでほんとうにありがとうございました。
新しいステージ、期待して待っています。

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2009-04-22

リハビリ

息子、大学に入ってから4週目。
授業は3週目に突入した。


通学時間30分という恵まれた環境である。
しかし、休み時間の校舎移動はなかなかハードなようだ。
15分の間にこっちの校舎の4階からあっちの校舎の4階まで移動、というのは
彼でなくてもきつい。


タップで鍛えた足腰も、長い受験生生活ですっかりなまってしまった。
大学に入ったらジムに再入会しよう、とか
タップのレッスンを再開しよう、とかいってたけれど、
とてもそれどころじゃない状況である。


毎日学校に通い、せっせと校舎移動をする。
それがいまの息子にとってはリハビリなのだ。


そんな状態だから、バレエの授業を取るときも実は彼はためらっていた。
「カラダ動かないよ… 後期から取ろうかな」


でも、むしろ4月からはじめることを私は勧めた。
カリキュラムを見るとストレッチからやるようだし、
かえってバレエの授業がいいリハビリになるんじゃないのかな、と思って。


さて、今日はバレエの実技授業2回目である。
へとへとの息子は、帰るなりすぐさまシャワーを浴びた。
「ひさしぶりに汗かいた~」


汗かいて、のどからからで、カラダは熱くなって。
そんな状態はほんとうにひさしぶりだという。


「でも疲れた。腕なんて全然意識してられないんだよ」
彼は腕をカラダの横に上げてやって見せる。


そうだね。
カラダにも気持ちにも余裕がないと、なかなか美しいラインは作れないのよ。
だけど、バレエはラインが命、なのよね。


さんざんおしゃべりをした後、息子は寝てしまった。
相当お疲れ。


きっとじきにカラダは戻ってくる。
なんたって若さが彼を助けてくれるはずだ。
やっぱりいまこのタイミングでバレエをはじめたのはよかったのかもしれない。


そのうち母をリフトなんてしてくださいませ。
期待して待っています。

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2009-04-19

日曜の朝

やや寝不足気味の眠い朝。


もやもやと顔のあたりに張りつく眠気を無理やり剥ぎ取って起きる。
日曜朝の上級クラスにはりきってGO!
体調不良でしばらく休んでいた日曜のレッスンに今日こそ行くのだ。


このところ、やることいっぱいで慢性睡眠不足。
電車の中でも眠い。
レオタードに着替えてウォーミングアップのストレッチしてても眠い。
でも、「はい! Begin!」と先生の声がかかればスイッチが入る。


白い空間に心を解き放つ。
伸ばした指の先にもっともっと広がりを感じて。


ほどなく汗が流れはじめる。


「踊ることを楽しんで」
「怖い顔しないで」
と先生。


先生が手を当てると、充分伸ばしていたつもりの首筋があと1センチ伸びて
すいっとバランスが取れる。
「OK!」
思わず笑みがこぼれる私。


踊ることを楽しんで。
怖い顔しないで。


力を抜いて。
音を感じて。
心をこめて。


私はきっと生まれ変わっても踊っているな。
そして、いまはからだが動かなくなる日まで踊り続けるつもり。


人生の早い時期に、私は自分でバレエを選んだ。
バレエのほうでは私を選んでくれたとはいいがたいけど、
それでもあの時バレエを選んでよかった、といまは素直にそう思える。


多感な時にバレエからしか学べないことがたくさんあったし、
いまでさえバレエから大切なことをいっぱい学んでいる。
それも、芸術家としても教師としても人間としても一流の素晴らしい先生から。


踊ることを楽しんで。
力を抜いて。
心をこめて。


さあ、また明日からはりきってGO!だ。

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2009-04-16

いたたたた

おとといの夜は、何度痛みに目が覚めたかしれない。


ウエストから下の筋肉が
まるできゅうきゅうと音をたててきしむような感覚。
もしくは無理やりに縮んでいくような。


寝る前にストレッチポールにのっかったが、
その時すでに筋肉はかなり張っていた。
ほぐしたいとは思ったけれど、あまりに痛くて早々に断念。
疲れに任せて寝るほうを優先させたのである。


ところが、一晩中その何倍もの筋肉痛に苛まれるはめに陥ったというわけだ。


起きた時には、カラダのあちこちがこわばって動きづらいことこのうえなし。
一歩足を踏み出すたびに「いたたたた…」
そんな自分に思わず笑う。


さすがに、ジムに行くのをちらりと迷う。
でも、結局は自分の思い描く理想のほうが痛みに勝った。
右の広背筋をもうちょっと強くしたいな、とか、
左のハムストリングスをもうすこし伸ばしたいな、とか。


で、カラダはいたたた、ココロはうきうき、でジムに向かった。


毒をもって毒を制す、というか。
トレーニングして、クロストレーナーこいで、ストレッチして、
カラダが温まったおかげかかえってラクになった気がした。
夜も心地よい疲れでぐっすり。


今日も相変わらず殿筋のあたりが痛い。
きのうマシーンでトレーニングした大胸筋もやや痛む。
でも、またもや嬉々としてレッスンに行く。
踊っている間は痛み知らず。
今夜もきっとぐっすりだ。


2週間ブランクがあいたせいで、筋肉痛だらけの日々である。
筋肉は鍛えだめができない、としみじみ痛感する。


ちなみに息子は今朝、筋肉痛にうめきながらのお目覚めだった。
そのつらさ、よくわかる。


まあ、痛みを乗り越えつつ
徐々にカラダを慣らしていってくださいませ。

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2009-04-15

ドイツ語とバレエ、そして

朝、息子がいう。
「今日は『ドイツ語』と『バレエ』だな」


ドイツ語とバレエ。
なんだかそれって“お習い事”みたい。
「じい、今日の予定はどうなってる?」
「はい、おぼっちゃま、『ドイツ語』と『バレエ』です」みたいな。


「ほんとだね」と笑う息子。
「『ドイツ語』はともかく、『バレエ』って大学の授業とは思えないよね」


実際、息子の友だちも私の友だちも「バレエ」と聞くと驚く。
息子の友だちは、はじめすんなり受けとめるんだそうだ。
まさか「ballet バレエ」とは思わず、「volley バレー」と思うからだ。
ところが実はボールではなく踊るほうだと知り、「へ?」となるらしい。


私の周りでは、「え? 息子さん、バレエ習うことになったの?」とか
「敦子さんが教えるの?」とかさまざまな反応が巻き起こる。
いや、それは大学の「オープン科目」の授業で、
全学部の学生が(文学部でも理工学部でも何の学部でも)受けられるんだよ、
と説明する。
「オープン科目」にはフェンシングもあって、
息子はバレエにするかフェンシングにするか迷ったんだけどね。


「そこはやっぱりバレエでしょう!」
事情が飲み込めた友人たちは誰もがそうきっぱり言い放つ。
「そばにすぐ教えてくれるコーチもいるんだし」


さてその息子、今日からいよいよバレエの実技。
「ストレッチだけでものすごく疲れた~」とへろへろになって帰ってきた。
ちいさい頃は180度開脚もばっちりだったのに、いまやがちがち。
そのうえ、1年半の受験生活ですっかりカラダはなまりきっている。
「本気でストレッチしないとなあ」とうめく。


私はさっそく補習コーチをつとめる。
どんなことをやったのか聞き、お手本とワンポイントアドバイス。
いまはそのとおりできなくても、イメージトレーニングだけはしておいてね。


それにしても、オープン科目は多彩だ。
高校時代の先輩にばったり会ったそうだが、
その彼はオープンで「ボクシング」の授業を受けに行ったとか。


更衣室(といっても、男子は「洗濯室」が更衣室代わり)で着替えていたら、
「ヨガ」に行く新入生と一緒になったそうだ。
友だちに誘われたからヨガをとったのに、
誘った友だちは選外(要するに、科目登録が通らなかったってこと)になっちゃって、
ひとりでヨガをすることになったんだという。


「『ヨガ』の後は『企業法』の授業なんだ」
とその彼。


ヨガと企業法。
ドイツ語とバレエも素敵だけど、ヨガと企業法もそのギャップが素敵。


ハンサムなヨガの彼は、もちろん法学部の学生である。

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2009-04-14

踊れてよかった

気温が上がってきたおかげで、
レッスンにしろトレーニングにしろ汗が出やすくなった。
カラダがすぐに温まるから動きやすい。
寝ぼけていたカラダにようやくエンジンがかかった感じ。


今日も踊れてよかった。


1時間半、休むことなく全身の筋肉がせめぎ合い続ける。
できうる限り神経を研ぎ澄ましながら、
わかりうる限り筋肉のひとつひとつを呼び覚ます。


踊っている間は、踊り以外のことを何も考えない。
筋肉をコントロールしながら脚を上げること、
骨格をキープしながら回ること、
床を感じながら跳ぶこと、
音に気持ちをのせること、
それだけ。


たまに、ふと思うことがある。
何やってるんだろう、私、と。


バレエ教師でもない。
ましてダンサーでもない。
どちらかになる当ては当然ない。
その私が、何をこんなに一生懸命レッスンしているんだろう、と。


でも、稽古場で踊りはじめるとそんな思いは消える。


その代わり、思うのだ。
いいじゃないの。
好きなんだもの。


ダンサーでも先生でもないけど、バレエが好きなのだ。
3つのときにテレビで観て心奪われた日から、ずうーっとバレエが好きなのだ。


踊ることは、私がもっともシンプルな私であるために必要なこと。
そういうことだ。


あちこちの筋肉が悲鳴をあげているけど、心から思う。
今日も踊れてよかった。


今夜はストレッチポールでしっかりほぐさなくちゃ。
そして、明日は踊るためのトレーニングにいそしむ予定。

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2009-04-12

三つ子の魂

ちいさいころから、脚光を浴びるのが好きだった。


といっても、「私が、私が」と我が強かったわけではない。
むしろ、幼少期は性格の強い子に押されて影が薄くなるようなところがあったくらいだ。


それでも、うれしいことは誇らしげにうれしいと表明し、
得意なことは率先して披露するのが大好きな子どもだった。
それこそ、いちばん好きでいちばん得意なバレエは、
どこでだって誰にだって踊って見せた。


私だけでなく、子どもなら概ねそういうものだろうと思っていた。
でも、どうやらそうでもないらしい、と後になってから気がついた。


小学3年のとき、同級生の女の子にすごく素敵なできごとがあった。
その「すごく素敵なできごと」がなんだったのか、いまとなっては思い出せないが、
とにかく私だったらうれしくてうれしくて黙っていられないようなことなのは確かだった。


先生がみんなの前でいったからわかったことだったが、
当の本人ははにかんだようにうつむくだけ。
それが私には不思議でならなかった。


どうして黙ってたのかな。
先生がみんなに公表しても、どうして静かにほほ笑んでいるだけなのかな。
私だったらみんなに「すごーい!」っていってもらいたいけどな。


おなじようなことが高校でもあった。
控え目でとても勉強のできる同級生に、これまた「すごく素敵なできごと」があったのだ。
(こちらも「すごく素敵なできごと」がなんだったのか忘れてしまったけど)
この彼女もやっぱり黙ってほほ笑んでいるだけ。
もちろん、彼女の口から明かされたことではなかった。


うれしくないのかしら。
私はいぶかしく思った。
みんなに知ってもらいたくないのかしら。
私だったら絶対黙っていられない。
みんなにも「すごく素敵なこと」を知ってもらって、「すごいね!」っていわれたい。


やがて大人になり、みんながみんな私のように自慢したいわけではないことを悟った。
私はいうなれば、目立ちたいのだ。
でも、世の中には「目立ちたい」と思わない人もすくなくないのである。


ただ、「目立ちたい」といっても、「悪目立ち」はいやなのだ。
目立つに値する、しかるべき正当な理由や要因があってこそ、「目立ちたい」と思うのである。


この前、「さあ、才能に目覚めよう」の「ストレングス・ファインダー」から導き出された
私の5つの特長的資質を読んで、つくづく三つ子の魂だ、と思った。
特に「自我」という資質。
子どものころから脈々と変わることなく私の中で息づいている特性である。


「あなたは、他人の眼にとても重要な人間として映りたいのです。」とある。
「具体的には、あなたの持ち前の強みによって人に知られ、評価されたいのです。」と。


そうなんだよねえ。
変わってないんだねえ。


そのうえ、「独立心の強いあなたは、(中略)好きなようにやらせてほしい、
または自分のやり方でやるための余地を与えてほしいのです。」とも。


そこは大人になってから強まったところだねえ。
独立心は、確かに強いものねえ。


この資質、「自我」ということばがいまひとつしっくりこないような気がしたが、
英語では「SIGNIFICANCE」。辞書を引くと「重要性、重大さ」。


要するに、他者から「重要だ」と評価されたいだけでなく、
自分でも自分を「重要だ」と認識したいということだろうか。


この資質、まさに私らしくて、きらいじゃない。

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2009-04-10

先生の結んでくれたご縁

息子がまだちいさかったときのこと。
旅先のリゾートホテルでスタッフによるショーがあった。


エンターテインメントに関してシロウトのスタッフたちが
衣装をつけ、メイクをし、趣向を凝らしたショーで懸命に踊るのだが、
振りをなぞるので精いっぱいな人もいる中で、
真ん中で華麗に踊っている女性は別格だった。
彼女がバレエの訓練を受けた人だということは明らかだった。


翌日、思いきって彼女に話しかけてみた。
華やかな美人で、ちょっと声をかけづらい気はしたけれど、
話してみると、彼女は思いのほか気さくだった。


どちらでやってらしたの、という私の問いかけに
「ご存知ないかもしれないけど」と前置きしながら
彼女は私の恩師の名前を口にした。


何たる偶然。
私が仙台、彼女は東京の、おなじ先生の門下生だったのだ。
それも同い年。
なんと、私がシンデレラを踊ったときには
彼女はわざわざ仙台に観に来ていたこともわかった。


彼女とはいまも友だちだ。
毎年夏に先生の公演で会うのが恒例である。


そんな偶然ってあるのだ。


ところで。
息子の大学にはバレエのサークルがある。
そのサークルの発表を息子はおととしの学園祭で観ており、
女性をちゃんとサポートできる本格的な男性ダンサーがいることは知っていた。


おととい、はじめてのバレエの授業の後に
そのダンサーと思しき男子学生とすこし話をしたんだそうだ。
どうやら彼がサークルのリーダーらしい。
もらったチラシに記された名前がなんとなくアタマに引っかかった。


そのサークルの公演記事がバレエ雑誌に掲載されているというので、
今日本屋で見てみた。
男子学生の端正な舞台写真、そして名前。
やっぱり名前には見覚えがある気がした。


どこで見た名前だろう?


あれこれ調べてみて、びっくり。
私の恩師のお弟子さんだったのだ。
じゃ、彼は私の後輩?
なんとまあ。


ということは、毎年彼の踊りを先生の公演で観ていたということでもある。
なかなかいい男の子が育っているなあ、と思っていた子が彼だったのだ。


いやはや。
そのうえ、彼は息子と学部がおなじだそうで。
世間は狭いというか、偶然というか。


先生の結んでくれたご縁、である。

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2009-04-07

レッスン復帰

きのうあたりからやっと回復モード。
ようやくめまいゆらゆらと、
首や肩のいやなこわばりから解放された感じ。


ゆらゆらしている間はとてもカラダを動かす気になれなかったが、
今日は朝からうずうず。
2週間ぶりで稽古場に向かった。


空の色は青さを増し、心地よい春の温度がからだを包み込む。
つい1週間前の息子の入学式では手足がかじかむ寒さだったのに。
あの時はあまりの寒さに会場内でもコートを脱ぐことができなかったほどだ。


だけど、もう冬物のコートに袖を通すことはあるまい。
コットンのカットソーとジャケットとジーンズで十分。


季節はめぐったんだなあ。
うれしくなって、歩幅はぐんぐん広くなる。


大股で歩くたびにジーンズがやや窮屈なのは、
2週間冬眠生活に近かったせいで、脚がむくんでいるのだろう。


それでも、気持ちはすこぶるかろやかだ。
2週間も動かずにいればさぞかしカラダはなまっているだろうが、
20数年踊らずにいたことを考えれば、どうってことのないブランクである。


コンスタントに動くことで、またカラダは戻っていくだろう。
ありがたいことに、カラダの温まりやすい季節にもなったし。


とはいうものの、現実は思う以上に厳しくて。
実際ひさしぶりに動いてみたら、カラダはばらばら。
冬眠前まではそれなりに調和がとれている状態で動けていたのが、
自分でコントロールできないほどてんでばらばらなのである。
それはもう、滑稽なほどに。


レッスンもトレーニングも、ちょっと離れると如実にカラダに表れるものだ。
トレーニングを怠ければ、せっかく増やした筋肉も驚くほどすぐに落ちてしまうし。


まあ、そんな時もあるでしょう。
また地道に積み重ねていくのみ。


稽古場近くの桜の木を見上げて、また踊れてよかった、と思った。

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2009-04-05

発表会を観て

ここ2週間ほど踊っていない。


実は、このところめまいっぽい感じが続いている。
原因は、気候の変動とかカラダのバイオリズム、といったところ。


たいしたことはないんだけれど、さりとて無理もできない感じ。
今日こそだいじょうぶかなあ、と毎日思ううちに
どんどん休養が長びいてしまっている。


ま。
そういうときもあるかな。
思い切って休むことも大事、と自分に言い聞かせながら
季節に逆行して冬眠モード。
カラダのサインを無視してアクセル踏み込むのはリスキーだ。
(それ、前はよくやっちゃったけど)


というわけで、今朝もレッスンに行く気で早起きしたが、結局断念。
夜に出かける用があったので、エネルギーはそこにとっとくことにした。


そのお出かけとは、通っているバレエスタジオの発表会である。
子どもたちがメインではあるけれど、大人の有志メンバーのプログラムもあり、
そのうえ、カンパニーのプロのダンサーもゲスト出演という豪華さ。
有志メンバーの中には、ふだん一緒にレッスンしている仲間も何人かいる。
どんな舞台になるのかなあ、と息子と楽しみにして出かけた。


うん。
いい舞台だった。


劇場全体がとてもあたたかい空気に包まれていた。
プロの公演じゃない発表会って、たいていそういうものだったりするけれど、
今日の舞台はとりわけ、期待と温かさと歓びに満ちていた気がする。
ちょっといままでに感じたことのない雰囲気だった。


順番もおぼつかないおちびちゃんたちのあどけなさも、
踊れるようになりつつある小学生たちの一生懸命さも、
踊りの表現に踏み込んだおねえさんたちのおとなぶりも、
いとおしいきもちで見つめた。


もちろん、オーディションで選りすぐられた本校の上級生たちや
プロのダンサーの見事さには舌を巻く。
繊細さに心が震え、迫力に圧倒され、文句なく見ごたえを感じる。


でも思うのだ。
みんなバレエが好きなんだよね、と。
ことに、大人の有志メンバーの笑顔の踊りには
すくなからず心が揺さぶられた。
知ってる人が出ているとか、大好きな先生の作品だから、
ということもあるかもしれないが、なんか心が熱くなった。


はやく私も踊りたいな、と思った。
明日はゆらゆらめまいから解放されていますように。

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2009-04-02

とりあえず終了

起きぬけの息子がうめく。
「科目登録の夢、見た」


悪戦苦闘、四苦八苦の末、
息子はなんとか今日の締め切り時刻までに科目登録を終えることができた。
とりあえず第一段階はクリア。


定員オーバーではじかれる科目も予想されるというので、
その時は第二段階としてまたパズルの組み換えをしなければならないというけど。


「むしろ受験の時より不安…」
げっそり面やつれしながら、息子はちょっと弱音モード。
めいっぱい科目をとったものの、
先行きが見えないことにおののく気持ちもあるのだろう。


人生の歩を進めるごとにハードルって高くなるもんだね。
受験のハードルをやっとこさ越えたと思ったら、
さっそく次のハードルがやってきた、ってところかな。


でも、キミの「勉強しよう!」って熱い思いに、私はかなり感心してるよ。
やってみたい、やってみよう、という自分の気持ちを大事にして
やるだけやったらいい。
どうしてもきつくなったら、その時に仕切り直せばいいんだもの。


授業は来週月曜9時から。
がんばれ、がんばれ。
私もキミの補習コーチとして控えているから。


実は、息子は「バレエ」を登録したのだ。
れっきとしたバレエの授業がオープン科目に存在するのである。
そのうえ、立派な実技科目なのだ。


「どう…?」と相談され、シラバスを見てみた。


いいよ、これ。いいと思う。
いずれバレエをやりたい、と思っていたキミにはうってつけ。
だって、19歳の男の子がバレエをはじめようとしたときに
ちゃんと一から教えてくれるところってそうそうないよ。
せっかくだからやるべき。


「そうだね。うちにコーチもいるし」


ストレッチから教えてくれるみたいだから、いいリハビリにもなると思うよ。
よかったじゃない。


それにしても、思いがけない展開。
降ってわいたような話に、
息子にバレエが教えられる!とわくわくする母である。

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2009-03-14

19の春

19の春は門出の春。
27年前の私にとってもそうだった。


まだ海外留学は夢のまた夢、という時代。
踊るなら東京でなければ!と思っていた。
バレエを本気で続けていくのに
仙台にいても道は開けないと思っていたから。


家族大好きな少女だったので、ひとり暮らしは正直さびしかった。
でも、これで毎日レッスンができるのだ。
それも東京で!
一流のバレエ学校で!
文化庁の芸術家国内研修員に選んでいただいたことも誇らしかった。


だけど、その1年の苦しかったこと…!
結論からいうと、私は見事に挫折したのである。


きらめくような才能の持ち主たちに圧倒されて萎縮したうえ、
激増した体重が自信喪失に拍車をかけた。


もともとの華奢な体型のままだったら
あそこまで落ち込むこともなかったのに、と思う。
でも、何をしても増えてしまった体重は減らず、
顔はアンパンマンみたいにまんまるなのだった。


何でがんばり通せなかったのかなあ…
私にはどうしてあの苦境が乗り越えられなかったのかなあ…


自分の弱さのせいだ。
精神的に弱かったせい。
がんばりきれなかった自分が情けなかった。


あれから27年がたち、息子があの時の私とおなじ歳になった。
息子とともに歩みながらおとなになった私が19歳の私を見つめなおす。


そんなに自分を責めなくてもいいんだよ、と声をかけてやりたくなる。
あの状況で、あなたなりにがんばったと思うよ、と。


家族大好き、わが家大好き、友だち大好きの私には、
家族やわが家と離れ、立場が変わってしまった友だちとも疎遠になり、
新しい友だちもできない環境はちょっと苛酷だったよね。
体型が戻らなかったのもつらかったね。


それでも、ほんもののバレエの世界に身を置くことができて貴重な時間だった。
条件はよくなかったけど、自分の望んだこと。
かけがえのない経験をしたことに変わりはなかったよね。


すくなくとも、あの時の私がいるからいまの私がいる。
そう思うと、19歳のアンパンマンみたいな顔した私がいとおしく思えるのである。

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2009-03-01

脳のトレーニング

レッスンで、順番を覚えるのはひと苦労である。


むかし、「バレエはバカじゃできないのよ」とおっしゃった先生がいた。
さすがにそのいい方は乱暴すぎるかとも思うし、
アタマの良し悪しというよりむしろ“慣れ”の要素も大きいと思うけれど、
一理あるのも確か。


順番が覚えられないと、「私ってバカなのかしら」とがっかりする。
しかし、落ち込むヒマもなく、また次の順番を覚えなければならない。


バレエの順番(アンシェヌマン。要するに振り)は
レベルが上がれば当然複雑になっていく。
順番も複雑、動きも複雑、時には音のとり方も複雑。
それをとにかく即座に覚えて、即座に動けることが求められる。


まず先生の動きを自分のからだでなぞる。
ある時は先生のやるとおり全身で、またある時は手で代用して。
と同時に、ことばにも変換してぶつぶつとなえる。
音のとり方がややこしい時はリズムを口にする。


振りが長いと、覚える先からはじめのほうを忘れてしまう。
あるいは、覚えたつもりでも、音が出たとたんに「なんだっけ?」と
記憶が飛んでいることもある。


今朝のレッスンは、とりわけ複雑なアンシェヌマンを組む先生。
とにかく集中だ!と覚悟して臨んだ。


順番を覚えることとなぞることだけに気をとられていると、
肝心の動きがおろそかになる。
アタマをフルに回転させて、カラダの記憶も総動員して、
集中、集中、集中。


このところの慢性疲労&睡眠不足ゆえ、
アタマにもカラダにもいつも以上に負荷がかかった感じ。
脳が酸欠起こしそうだと思った。


でも、これってかなり脳を鍛えてることになるよね。

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2009-02-26

「ピーターラビットと仲間たち」

すりきれ息子(&母)のリハビリ第2弾。
今日は、Kバレエカンパニーの「ピーターラビットと仲間たち」を観た。


私がこのバレエを映画で観たのは、仙台の少女時代。
そのリアルさと楽しさにどれだけ胸がわくわくしたことか。


まるでビアトリクス・ポターの描いた動物たちが
絵本からそのまま抜け出てきたかのようなのである。
さしずめ、「実写版『ピーターラビット』」。
なにがすごいって、リアルなウサギやカエルやブタがバレエを踊っているのだ。


この映画がのちに英国・ロイヤルバレエ団で舞台化され、
今回Kバレエによって日本初演されることになったのである。


いやあ、楽しかった。
観ている間中、ずっと顔が笑っていた。
たぶん、観ていた人はみんなそうだったはず。


しょっちゅうあちこちでくすくす笑いが起きるのだ。
だって、なんともいえず可愛らしいのだから。
可愛らしくて、ほほえましくて、顔はずっとほころびっぱなしだった。


ほんわかと幸せな気分に浸れるこのバレエ、これから何度でも観たいと思った。
フィナーレなんて、幸せ気分のせいで手拍子しながら涙がにじんだくらい。
知らない人は一見の価値あり。見なくちゃ損だ。


それにしても、リアルな着ぐるみとマスクであれだけの踊りを見せてくれるとは
さすがKバレエカンパニー。
すごいなあ、と何度も舌を巻いた。


さて、幸せ気分をたっぷり満喫したところで、息子とひさびさの出待ちをした。
待っていたのは、時々日曜朝のクラスでご一緒する神戸里奈さんである。
今日は、はちゃめちゃにいたずらの限りを尽くすネズミをチャーミングに踊っていた。


「神戸さん、」と声をかける。
「時々日曜のクラスで…」といいかけると、私を思い出してくれた。


「ブログ、」と彼女がいう。
え? 何のブログ? 誰の?
「母が偶然見つけて、読みました」
もしかして、私のブログ?
「私のこと書いてくださって、とてもうれしかったです」


わあ。
ご本人に読んでいただいてたなんて。
(1月に「美しいバレリーナ」と題して神戸さんのことを書いていたのである)
私こそうれしい。
ネットってつながってるんだなあ、としみじみ思った。


神戸さんにサインしていただき、また日曜朝に、と笑顔をかわしてお別れした。


幸せ気分いっぱい。
うれしいきもちを胸に抱いて、いつまでも笑顔が消えなかった。

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2009-02-24

すりきれ状態

「思考停止状態」と息子がいう。


きのうは髪を切りに行き、今日は皮膚科に行ってきた息子。
受験勉強中、ストレスが原因なのかずっと湿疹に悩まされていたのである。
塗り薬と飲み薬を処方されてひとまず安心ではあるが、
皮膚科に出かけたことで体力は使い果たしたという。


「何も考えられない。めんどくさい」


疲れすぎてすりきれ状態、なんだろう。
解放感でチャラになってしまうような疲労感ではない。
4月の新生活まで時間はあるから、ココロもカラダもリハビリだ。
十分睡眠をとって、楽しいことをして、すこしずつカラダを動かして。
焦らなくていい。


消耗しきっているのに無理をするとろくなことはないから。


私はいままでに何度かそういう失敗をしている。
そもそも自分に疲れているという自覚がないまま走り続けて、
とんでもない転び方をするのだ。


特に、カラダの疲れはまだしも、ココロの疲れは気づきにくいかもしれない。


本を書き上げた後がそうだった。
あとで振りかえってわかったことだが、
すべてを出し尽くしてからっぽ状態、ココロには余裕もバリアもまったくなし。
そんな無防備状態だったので、ささいなことに敏感に反応し、傷ついた。
自覚がなかったばかりに、しばらく傷だらけのココロを抱えて泣き暮らす羽目になった。


さて、いまの私。
実のところ、息子ほどではないにせよいささかお疲れ状態である。


いつものごとく前に進もうとしながら
「○○しなくちゃ、△△もしないと」といっている自分に気がついてはっとした。
ふだんの私ならそういういい方はしない。
「しなくちゃ」といってる時点でなけなしの力を振り絞っている状態だ。
精神的によろしくない。


たぶん、発表とか手続きとか受験にまつわるすべてが終わらないと
心底ほっとすることはできないのだろう。
それはそれで自然なことだと思うので、あとは必要以上に無理をしないことか。


といいながら、今日ももてる力をかき集めてレッスンしてきた。


だって、たとえカラダを追い込んでも踊っているときは幸せなんだもの。

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2009-02-22

ついに終了

4時過ぎ、息子からメールがきた。
「おわったーー!!!!」


彼の長い長い挑戦と闘いがようやく終わったのだ。
おつかれさま。
今夜は心おきなくたっぷり眠れるね。


今日は私大7戦目、センター試験から数えれば8戦目の最終戦だった。


彼はすでに精も根も尽き果てていた。
最後は、ありったけの力をかき集めて臨んだことだろう。


十分がんばってきた彼に、がんばれとはもういわなかった。
やるだけのことはやったね。
ラストゲームを楽しむくらいの気持ちでいっちゃって。
そう思った。


さて、今朝の私。
目覚ましは5時にセットしてあったが、2時くらいに1回目を覚ました。
いったん眠りに落ちたら朝までぐっすりの私にはめったにないことである。
その前の晩は、目覚ましが鳴る前に3回くらい目を覚ました。
結局意識が覚醒してしまったので、予定より早く起きることになった。
こんな状態がここ何日か続いたせいで、思いもよらぬ寝不足状態。
たぶん、心の奥の緊張が安眠を妨げていたのだろう。


心配、というのとはちがう。
緊張、というのがやっぱりいちばんしっくりくる。
時々自分の意に反して心臓がどくん、とおおきく鳴っては呼吸が浅くなった。
受験する当事者でない私が緊張してどうする、と思ったが、
正直なところ私の気持ちも相当はりつめていた、と白状する。


いつものようにおにぎりを握り、目覚ましのココアを淹れていると、
ケータイにひと回り下の友だちから激励のメールがきた。
ありがとう、こんな早朝に。
ふっと気持ちがなごむ。


いつもよりピッチを上げて家事と身支度を済ませ、息子と一緒に家を出た。
息子は試験会場へ、私はバレエスタジオへ。
息子を見送って家でひと眠りしようかとも思ったが、
こんな時だからこそ踊りたいとも思った。


さすがに寝不足続きのからだでレッスンはこたえる。
いつにもまして集中していないと跳べないし、回れない。
なけなしの力を振り絞って踊る、という体験を久々にした。


ああ、息子もこんな感じなのかな。
とめどなく流れる汗をぬぐいながら、ぼーっとするアタマで思った。
限界ぎりぎりで何かを絞りつくす、っていうのも悪くないかもね。


夕方帰ってきた息子は、解放感をにじませてにやりと笑った。


がんばり続けたキミを心から誇りに思うよ。
ほんとうにおつかれさま。


今夜は私もぐっすり眠れるかな。

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2009-02-19

直感の力

人のいうことを鵜呑みにしないタチである。


評判、噂話、とりあえず耳に入れる。
「ふーん、なるほど」くらいに。


○○さんってとってもいい人だから会ってみるといいですよ、とか、
△△ってつまらないから行ってもしょうがないよ、とか、
人はいろんなことをいう。


ふーん、なるほど。
そうなんだ。


ただ、それはアナタの価値観からそう思うこと。
私がどう感じるかはわからない。
周りの評価はそういうことになっているかもしれないけど、
私にとってはどうなのかな。


人から聞いたことは参考にとどめておく。
だって、いいかどうか、好きかどうかを判断するのは私。
自分の目で見て、耳で聞いた感覚をいちばんに信頼しているから。


とりようによっては、頑なで可愛げのない性質だ。
でも、私には私自身の感覚がもっとも信用できるのだ。
私の体内に埋め込まれたセンサーの反応とでもいうか、
そのセンサーが送ってくる信号が誰の助言よりもいちばん自分にしっくりくるのである。


それは「直感」といいかえてもいいかもしれない。


とても感覚的なことだから人に説明するのはむずかしいが、
そもそも感覚的な人間なのだろう。


コーチングの勉強中、
相手の話を理屈で聞こうとしている仲間に違和感を覚えることがあった。
「コーチングは目的をもって相手の話を聞くことだ」といわれると、
それはそうなんだろうと頭では理解しても、私にはそぐわない聞き方だと思った。


相手の心に添うようにしながら、あらゆる感覚を研ぎ澄ませて聞く。
そこに込み入った理屈は存在しない。
センサーだけが頼り。


もちろん、感覚だけがすべてとは思わない。
コーチングであれ、踊るのであれ、しかるべき技術は不可欠である。
感覚だけに走るとひとりよがりになる恐れもある。


ただ、自分にとっての感覚、直感は何より大事にしたい、と思うのである。


私の好きな脳科学者・池谷裕二さんがいっている。
「ひらめきや論理性のみを重んずる社会よりも、
言葉にできない直感を大切にする社会の方が、より人間の本質に根ざした社会である」と。


そう聞いて、かなりうれしくなった私である。

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2009-02-18

からだを使う、汗をかく

汗がこぼれだす瞬間、ってたまらない。


からだが徐々に徐々にあったまっていく。
汗らしきものがじわじわじわじわとしみ出してくる。
それがある時点を越えたところで汗粒となってつうーっとこぼれ落ちる。


その感覚は、実に気持ちいい。


寒い季節はふだんの生活で汗がかけなくてつらいから、
バレエのレッスンやトレーニングでは汗が存分に出るよう極力努める。


汗が出ないと、からだを使っている実感がわかないのだ。
血液がからだ中をぐるぐる駆けめぐり、
筋肉が熱を帯びはじめ、汗が流れ出てこそ
このからだとともに生きている、という感覚がもてるのだから。


汗が出るまでのからだがあったまっていくプロセスも好きだ。


バレエのレッスンでもトレーニングでも、
からだはいつだってはじめは不器用にこわばっている。
それをほぐしながら動いていくとき、
からだはけっして喜び勇んでほぐれてはくれない。


いつも、動かしたい私の意志と抵抗しようとする筋肉とのせめぎ合い。
屈服させようとムキになったらがちがちもりもりの筋肉になってしまいそうだから、
無駄な力を抜きつつ意志を通そうと努める。
自分で感じ得る限りの感覚で、ひとつひとつの筋肉の動きをとらえながら。


いやいや。
私がこんなこと考えるなんて。


ふと以前のことを振り返ると、自分のことながら驚いてしまう。


バレエを復活させるまでの長い長い間、完全に逆の日々を送っていたのだ。
汗なんて全然かかず、からだは冷え切っていて、筋肉もすくなくて、
動くと疲れるなんて思っていた。


変わるもんだなあ。


これって、愛してやまないバレエのおかげでもあるし、
いいトレーナーに出会えたおかげでもある。


動かせるからだがあるなら、動かすことです。

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2009-02-06

スイッチオン

かなり長いこと、自分は体力がなく病気がちだと思っていた。


実際、微熱でだるくなることが多く、その微熱もいったん出るとなかなか下がらない。
何度か検査もしたが、原因はわからずじまい。
ちょっとからだを動かしても疲れやすいし、これは体質なんだと思うしかなかった。


いまになってみると、なんという思い込みだったんだろう。


体力がない?
病気がち?
体質?


笑ってしまう。
いまや家族の誰よりも丈夫で、風邪すらめったにひかない。


体質改善したというより、自分の中のスイッチをオンにしたんだろうな。
思い込みのブロックを外し、年齢という壁も取り払い、自分の可能性を信じてみることで、
連鎖的にスイッチがばんばん入っている気がする。


レッスンでプロのダンサーと一緒になる時、
仲間たちは「うっとり眺めるだけで十分よね」と口を揃える。
それはそうなんだけど、と思う。
私も多少はうっとりするが、それより「どうやったらあのレベルに近づけるんだろう」と考える。


「ええっ? 何様なの? 身の程知らずもいいとこでしょ」
と息子があきれる。
「相手はプロだよ」


わかってる。
そんなこと、いわれなくたって自分がいちばんよく知ってる。
20数年前、プロの入り口に立った時にすでに経験もしている。
その時ならいざ知らず、20数年のブランクがある46歳のいま、
若いプロのダンサーに近づこうと望むのが無謀だといわれることくらい、わかってる。


でも、そうしたいと欲しているのだ、私が。
私の内側からそういう欲求が湧き上がってくるのだ。


だから、ほんのすこしでいいからレベルを上げたい、と思うし、
ほんのすこしでいいからいまより高みをめざしたい、と思うのだ。


そう思うことで、実際にすこしずつでも階段をのぼれてきたのである。
からだが思う以上に動くようになってくるのだ。
そうするとだんだん欲ばりになってきて、ますます自分に期待をかけるようになる。


いけるぞ、私。
もうちょい、いこう。


そうやってハードルを高くしていくと、クリアするための工夫や努力をするようになる。
現状に甘んじていたら決して出てこなかった発想で、クリアしようとするのである。


この分でいくと、森光子さんみたいに80代ででんぐりがえしも夢じゃないかも、
と思うこの頃である。

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2009-02-04

緊張と不安と

私にとって「試験を受けた」という鮮烈な記憶といえば、
11年前の社会保険労務士試験である。
印象的なシーンとその時の生々しい思いがセットになって、
いまだに脳裏に深く刻み込まれている。


朝どうやって家を出たのかは全く覚えていないが、
仙台駅前からタクシーに乗ろうとした時のことはよく覚えている。
タクシー乗り場の段差でつまずき、
なだれこむようにタクシーに乗り込んだのである。


極度の緊張でからだに力が入らず、足元もふわふわだったのだ。
私はよろめきながらタクシーに乗り込んだ自分にすくなからずショックを受けた。
自分がそんなに緊張しているということと、「つまずいた」ということに。


わー。
つまずいちゃった。
どうしよう。
幸先悪い。


ネガティブな思いが胸の中で渦巻き、からだ中不安でいっぱい。


結局、あの緊張感と不安はいつ消えたのだろう。
試験前に何回もフミヤを聴き、ずっと大事にしていたお守りを何度も見つめ、
試験が始まればあとはやるしかないと腹を決めたのだったと思う。


何とか試験を終え、門を出たところで解答速報を手渡された。
見るともなく目をやると、自分の間違いを次々に発見。
解放感は跡形もなく消え、一気に落ち込んだ。
絶望的な気持ちと、のろのろ重い足どりにした解答速報を恨んだ。
まさか、その後自分が合格できることになるとは夢にも思わず。


緊張といえば、20歳にバレエ団の公演に出た時の緊張感もすごかった。
舞台に出ていくのがこわくてこわくて、袖で友だちと抱き合ってふるえた。
どうしてこんなにこわいのかわからないくらい、身がすくんだ。


それでも、音が出れば何があろうと舞台に出ていかなければならない。
踊るうちに汗が蒸発するのと一緒に緊張は消えた。
3日間公演を無事終えた後に残ったのは、
達成感と、プロの公演で踊れたという誇りだった。


そういえば、幕が開く前に袖でプリマの姿を見た。
床を手の平でなで、その手を口に当てて飲み込むしぐさをしていた。
本番前のおまじない。
ふだん堂々としている大先輩の、はじめて見る緊張した姿だった。
あんなベテランでも緊張するんだな、とちょっと驚きもしたし、すこし安心もした。


大事の前にはどうしたって緊張する。
平常心で事に臨めればいいけど、やっぱり緊張する。
緊張して、身がすくんで、ふるえる。


きっと、そういうものなんだと思う。
それでも進んでいかなければならないのなら、勇気を振り絞って進むだけ。


息子は、明日から新たな扉を開けるための戦いに挑む。


進め。
キミならきっとだいじょうぶ。

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2009-01-29

ほぐす、ほぐす、ほぐす

息子が「カラダがイタイ」とうめく。
机に向かってばかりの毎日で、全身凝り固まっているのである。
「ちょっと腰を」というのでマッサージをした。


前に“肉単”(筋肉の参考書)を傍らに開いて
「これは腰多裂筋」とか「ここは広背筋」とかいいながらマッサージしたら、
「ムダな知識入れないで!」とクレームがついた。
今回は黙々とひたすらコリに指を入れる。


右手の指は息子のコリに当てながら、
左手の指は自分のおなじ場所を押してみる。
このへんって結構張っちゃうところだよね。
自分のカラダで確かめて、息子のおなじところに指を当てる。
ああ、確かに私のと比べてかなり張りがひどい。
ぐっ、と押す。


「うぐっ…」


痛いよねえ。
ちょっと待っててね、ほぐすから。


「あのさ、痛いんだけど。あんまり力入れないでよ」


あ、そ?
そんなに力入れてないんだけどね。
じゃ、ちょっと手加減、手加減。


なんて具合にマッサージすること1時間。
腰も背中も肩も首も腕も脚も全身どこもかしこも凝っていて、
どこをマッサージしても痛がる息子であった。


あとすこしの辛抱。
そのうちコリ知らずのカラダに戻れるから。


そういう私はといえば、最近レッスンごとに脚に筋肉疲労が残る。
ちゃんとケアしないとぱんぱんになって痛みも出てくるので、
自分で固まった筋肉に指を入れてほぐす。


私の筋肉がもってるめいっぱいの力を出してるってことなんだと思う。
前は「20何年のブランクがあったんだから」というかすかなあきらめや、
「46でここまでできたら御の字」といった妥協が心の奥にあった。


でも、いつのまにかあきらめることも妥協もしなくなっている。
動けちゃうんだから動いちゃえ。
まだまだできそうな気がするからいっちゃえ。
そんな感じ。


せっせとほぐして、休ませて、
筋肉に柔らかさが戻るとまた稽古場に向かうのである。

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2009-01-28

逸脱の理由

バレエの美しさって、結局のところラインの美しさではないだろうか。


プロのダンサーなら、脚が上がってあたりまえ、
くるくる回れてあたりまえ、高く跳べてあたりまえ。
でも、ほんとうにその踊りを美しいと思わせる源泉は
テクニックもさることながら、ラインの美しさ、フォルムの美しさなんだと思う。


それは、いつからバレエをはじめようと
どれくらいバレエを続けていようと変わることはない。
たとえたいして脚が上がらなくても、たくさん回れなくても、そんなに跳べなくても、
美しいラインで見せることはできる。


ラインの美しさは基礎による。
バレエには正しく美しいポジションが決まっているから、
なによりそのポジションをカラダで覚えること。
一朝一夕にはならないけれど、とにかくそこが大事なのだ。


ついテクニカルな部分に関心がいって、
どれだけ脚を上げてどれだけ回ってどれだけ跳ぶかに気をとられがちだが、
まずは基礎ありきだ。
正しく美しいポジションありき。
それがあってこその跳んだり回ったりなのである。


しかし、私が通うバレエスタジオで
ごく稀に正しいポジションから大きく逸脱している人を見かける。


たいていの人は、たとえはじめたのが大人になってからであれ
そうおおきく歪むことはない。
大体こんな動き方をするだろうな、という予想の範囲内である。


だが、逸脱している人はバレエの美しいラインから外れて
脚を上げたり回ったり跳んだりすることに夢中になっている。
そうすればするほどバレエらしさから離れていくにもかかわらず。


どういうことなんだろう。
私は傍観者として素朴にそう思う。


あんなに鏡に囲まれているのだ。
先生は美しいお手本を見せてくれ、周りにもたくさん人が踊っているのだ。
見ればわかるはずなのに、と単純に思う。
自分のラインがバレエの美しさと違っていることが、目を見開けば見えるはずなのに。


ひとりよがり?
自己陶酔?
自分が見えてない?
自己と他者の違いが見えない?


上手い下手でくくりきれないその逸脱さに、ついいろいろ考えてしまう私である。

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2009-01-19

美しいバレリーナ

先生が「おはよう」と稽古場に現れると、
床でストレッチをしていた何人かが立ち上がった。
壁掛け時計の針は、開始数分前をさしている。


彼女がふわりと稽古場に入ってきたのはその時だった。


今日は彼女と一緒にレッスンできるんだ…
ひそかに胸を高鳴らせたのは私だけではなかったはずだ。


彼女は床に座ってささっとシューズをはくとバーについた。
「はいっ!」と先生が声をかける。
きのうの朝の上級クラスはこうしてはじまった。


日曜朝の上級クラスは、時々プロのダンサーが受けに来る。
彼女もいままで何度かご一緒したことがあるが、
きのうはひさしぶりだった。


私のバーの位置から彼女のところは遠かったけれど、
それでもレッスン中に彼女の姿がふと視界に入る時があって、
その度にとてつもなくおおきな安心感を覚えた。


なんて美しいんだろう。
あれこそが、ほんとうのバレエ。
満ち足りた気分が心にあふれた。


センターでは、彼女のとなりで踊った。
彼女の波動を間近に感じながら、私も心を込めて踊ろうと思った。


30年近く前の私がなりたかったのは、まさに彼女みたいなバレリーナだ。
華奢で、ピュアで、端正なバレリーナ。


レッスンが終わって、私は彼女に近寄った。
「『コッペリア』、素敵でした」
せっかくご一緒したんだもの、と思い切ってお声をかけた。
去年の10月に観た彼女のスワニルダは、
お茶目でほんとうにチャーミングだったのだ。


「観にきてくださったんですか」
彼女はすこしはにかんだような笑顔を見せた。


ああ、やっぱり動きはその人そのものを表すんだな、と思った。
ほんのすこし話しただけだが、ピュアで端正な彼女の人柄が伝わってきた。
彼女のことがますます好きになった。


またご一緒する時にはよろしくお願いします。
その時を楽しみにしています。


神戸里奈さん。
ほんとうに美しい憧れのバレリーナである。

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2009-01-14

「やっぱり」

レッスン仲間にはバレエ教師をしている友だちも多い。
彼女たちは自分のスタジオで生徒に教える傍ら、
自分自身のためにレッスンに来るのである。


私もそうしたバレエ教師に間違われることがある。
そのたびに私は訂正しなければならない。


「いえ、私の専門はコーチングとかコミュニケーションなんです」と。


すると、相手の方は「ああ」と目を見開いて私の顔を見る。
そしていうのだ。
「やっぱり」とか、「どおりで」とか。


その反応が私にはとても興味深い。
何が「やっぱり」で、何が「どおりで」なんだろう。


私が次のことばを待っていると、相手の方はいう。


「だから話がしやすいのね」
「だからよく話を聞いてくれるのね」


そういってほっとしたような笑顔を見せる。


私はへえ、と思う。
そういう印象なんだ、私って。


コーチングやコミュニケーションの仕事で出向くと、
そこにいる人たちははじめから「コーチングの講師」という目で私を見る。
特に違和感も意外性もなく、そんなもんだと受け入れる。


でも、バレエスタジオでは相手にあらかじめ情報があるわけではない。
先入観なしに私という人間を捉えている。
丸裸の私の印象とでもいうか。
それも女性の感覚で。


「やっぱりね」ということばに続いて相手の方がうれしそうに話していると、
私もうれしくなる。
なんかよかったな、とシンプルにそう思う。


人の世に生まれ、人の中で生きていく以上、
人とのかかわりはけっして避けることができない。
人がふたり以上存在すれば、
そこにはどんなカタチであれかならずコミュニケーションが存在する。


問題が起きるのも人とのかかわりなら、問題を解決するのも人とのかかわり。
摩擦に苦しむのも、喜びを分かち合うのも、人とのかかわりあってこそ。


ならば、誰だってプラスのエネルギーが生まれるコミュニケーションのほうが
いいにきまってる。


「やっぱり」といわれるたびに、
みんなプラスのコミュニケーションを求めているんだな、とあらためて思う。

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2009-01-12

ないものはしょせんないんだけれど

子どもの頃、一緒にバレエをやっていた仲間に
ものすごく関節の柔らかい子がいた。
それはもう、ぐにゃぐにゃというほどに柔らかくて、
後ろに脚を上げると180度を超えてしまうくらいだった。


股関節の柔軟性に難あり、の私には彼女がうらやましくてしょうがなかったが、
彼女は彼女で自分のあまりの柔らかさに困っていた。
柔らかすぎてコントロールができず、よく腰を痛めていたのである。


また別の仲間には、ジャンプと回転がものすごく得意な子がいた。
彼女のまっすぐな軸と驚異的なバネはまさに天性のもので、
とても真似して身につけられるものではなかった。
難なくくるくる回り、ぴょんぴょん跳べる彼女がこれまた私にはうらやましかった。


しかし、彼女は自分の体型にコンプレックスをもっていた。
どんなにハードなレッスンを重ねても、ゴムまりのような体型は変わらず、
彼女はいつもころころしていたのである。


私は股関節の柔軟性にも、天性の回転の軸にも、素晴らしいバネにも恵まれなかったが、
ちいさい頃から細くて、バレエをやっていく上ではそれだけが救いだった。
(ただし、10代の終わりにはその救いからも見放され、ずいぶん苦しい思いをしたけれど)


人にはそれぞれ持って生まれた強みや持ち味がある。
さまざまな仲間や先輩に囲まれる中で修練を重ねながら、
そのことを自然に学んだような気がする。


どんなに努力をしたところで、条件の悪い私の股関節が飛躍的に柔らかくなることはなく、
強靭な軸もバネも持ち合わせていない私が楽々ぴょんぴょんくるくるできるはずもなく、
私は私に兼ね備わった条件のもとで最大限に努力するのみだった。


それは、ステップアップしていく時にもおなじで、
どんなにレベルの高い年上の先輩に憧れていても、
いきなりその先輩と肩を並べて稽古するなど思いもしなかった。
いつか自分もあのレベルに上がれるようにと、
いま自分が立っている位置で自分にできる努力をするだけだった。


ないものねだりをするのでも、一足飛びに壁を乗り越えようとするのでもない。
地道に地道に、自分の身の丈に合った努力を重ねるのみ。


結局、ないものは一生手に入らず、壁も一生乗り越えられないかもしれないけれど、
それでも好きなことならひたすら地道に地道にやっていくことに意味があるのだと思う。

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2009-01-09

寒い一日

今朝、東京では初雪が観測されたという。


でも、この目で雪を見ることはできず仕舞い。
6時半にカーテンをあけて窓の外に見えたのは、そぼ降る雨。
ゆうべの予報ではお昼前までに積雪があるとさんざん脅されたが、
結局雨が雪に変わることはなかった。


それでも、強い北風が冷たい雨を吹きつける寒い一日だった。
バッグにつっこんでおいた帽子だけは出番がないままだったけど、
風邪予防のマスクはあったかで助かったし、手袋も手放せなかった。


風に飛ばされないようしっかり傘を握りながら、
寒いと汗かけないからつらいんだよなあ、なんて思う。
夏だったら、こうして街を歩いている間にも
じゃぶじゃぶ汗をかいて気持ちいいのになあ、と。


だから、ふだんの生活で汗をかけない分、
稽古場ではたっぷり汗をかけるようにする。
レオタードの上にニットを2枚重ねて、レッスン開始。
動くにつれてどんどんからだが暖まり、じわじわ汗をかき始める。
そのうち汗は玉になってしたたり落ちる。


それだけ汗が出るほどからだが暖まれば、
動きも大分なめらかになるし。


さんざん汗をかき、さんざん動いた後は、
ふたたびセーターとコートに身を包んで外に出る。
汗をぬぐったばかりの髪に、冷たい風がしみるなあ。


だけど、仙台の寒さに比べたらこれくらい序の口、とも思う。
氷点下まで下がるわけじゃないし、歩く間に足が冷たくかじかむこともないし。


寒いけど、寒くない。
まだまだだいじょうぶ。


ただし、私が耐えられるのは仙台の寒さまで。
仙台以北の寒さには順応する自信まったくなし。


でも、東京暮らしが長くなったいまとなっては
仙台の寒さにだって対応はむずかしいのかもしれない。

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2009-01-04

稽古始めに思うこと

今日は稽古始め。
今年最初のレッスンは、日曜朝の上級クラスである。


このクラス、上級というだけあってむずかしいテクニックを要求される。
そのうえ先生の求める基準も高い。
たとえ大人の趣味のクラスとはいえ、「上級ですから」と先生は言い放つ。
どんなにむずかしくてもできてあたりまえ、ということだ。


ただ、受講者はみな子どもの頃から訓練を重ねてきた者ばかりである。
子どもの時にカラダに叩き込んだものって、やっぱりカラダは覚えている。
カラダが衰えて若い時のように動けなくても、その動きはカラダが知っている。
だから、それぞれが自分のカラダの状態なりに踊るのである。


ところが、クラスの状況がすこし変わった。
いままでは、先生の許可を得た者だけが参加できるクラスだったのが、
全くのオープンになったのである。


その動きをそもそもカラダが知らないせいで動けない人も参加するようになったのだ。


しかし、先生は今日も開口一番「容赦なくいきますから」とおっしゃった。


子どもだろうと、アマチュアだろうと、プロだろうと、
もともとバレエのレッスンはストイックで厳しいものである。
大人の趣味のクラスだからかなり楽しい雰囲気にはなっているものの、
それでも上級クラスではいつも厳しさと楽しさが背中合わせ。
容赦なくて当然、と誰もが思っていたし、誰もが必死で先生についていこうとしていた。


でも、先生が「できてあたりまえ」といいながら提示するステップを
全くできない(というか、やったことがない)人が参加するのってどうなんだろう。


明らかにそのレベルに達していないのに、オープンだから構わないと判断したんだろうか。
レベルの高いクラスに出れば、勉強になると思ったんだろうか。


なんか違う。
なんだか割り切れない気持ちが残った。


上手い人と一緒にレッスンすると、ものすごく刺激になるものだ。
それは、子どもの時も修行時代もいまも変わらない。
じっと観察しては発見と納得の連続。
技を盗もうとマネしたり、イメージトレーニングしたり。


だけど、あまりにもレベルが違いすぎると刺激にはならない。
ただただ見とれるだけ。
もし世界的バレリーナと一緒にレッスンすることになったら、
あまりのすごさに圧倒されてバレエをやめたくなるかもしれない。


だからレベル別にクラスが分かれているのだ。
それなのに、無謀な人っているのである。

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2009-01-01

2009年は…

あけましておめでとうございます。
「A.I.のひとこと日記」、2009年も毎日書き続けていくつもりなので
どうぞよろしくお願いいたします。


さて、新しい年。


やっぱり今年も踊るんだろうなあ、と思っている。
というか、そのつもり。


踊ることを推進力に、前に進み続けるつもりである。


舞台では、あたりまえのことだが音が始まったらかならず踊りだす。
緊張と不安に押しつぶされそうになっていても、
わけのわからない恐怖に足がすくみそうでも、
コンディション不良で脳天までしびれるほどに足が痛くても、
音が始まったら笑顔で舞台に出ていって踊る。


踊りだすと、からだと魂は音と一体化しようとする。
そのただひとつのものを求めて無心に踊るうち、
緊張も恐怖も痛みも薄れていく。


踊り終えて全身を満たすのは、「踊ってよかった」という喜び。
そしてあんなに舞台を恐れたことも忘れて、また踊りたいと思う。


数すくない舞台の経験ではあるけれど、
私のからだに濃密にしみこんだ体験である。


どんな時も前へ。
ポジティブな気持ちで前へ。
自分を信じて前へ。


その先に大いなる喜びが待っていることを信じて前に進み続ける。


2009年がどんな年になるのか、すごく楽しみである。

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2008-12-31

2008年最後の日

大晦日の今日、
わが家にTAP BOYSのメンバーがやってきた。
1週間前に会ったメンバーとは別の、
山形の大学に行ってるメンバーだ。


息子は大晦日と元日の2日間だけ冬期講習の休み。
帰省中の彼と会うのにどこか外よりうちがいいよね、
ということで来てもらったのである。


しばしおしゃべりに興じ、
「友だちはいいもんだ」のひとときを過ごした。
(むかし、劇団四季のミュージカルで聴いた好きな歌だ)
息子とメンバーのふたりのみならず、
私も一緒に楽しんだのはいうまでもない。


彼は帰り際、「がんばれよ! がんばれよ!」といいながら
息子と固い握手を交わした。
「受験が終わったら、またみんなで集まろうね」と私。
彼を見送った後、息子は「ああ、楽しかった」と満足げにつぶやいた。


やっぱり友だちっていいよね。
特に、TAP BOYSはただの友だちじゃない。
ともに踊り、熱い時を過ごした仲間だもの。


友だち。
踊る。


そういえば、どちらも私にとって今年を象徴するキーワードだったかもしれない。


とにかくこの1年、踊った。
こんなに自分が踊るようになるとは思わなかったくらい。
踊ることでたくさんのことを学び、あらゆることに気づき、自分と向き合った。
まさに、バレエあっての今年の私だった。


そして、今年はさまざまな友との交流があった。


古くからの友だち。
ひさしぶりに再会した友だち。
さらに親交を深めた友だち。
新たに友情を交わした友だち。


その多くの友だちに、
ある時はなぐさめられ、ある時は刺激を与えられ、ある時は励まされ、
常に勇気づけられてきた。


こうして振り返ってみると、いい年だったなと思う。


バレエの神さまと先生に感謝。
多くの友に感謝。
また、私を見守り、支えてくれた家族に感謝。
そして、この日記を読んでくださったみなさまに感謝。


ほんとうにありがとうございました。
来る年がまたよい年でありますように。

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2008-12-28

踊り納め

今日は、年内最後のレッスン。
日曜朝の上級クラス。


いままで先生の許可制だったこのクラスは、
年明けから完全オープン制になる。
「上級」と銘打っていても、
実質的には出たいと思う人なら誰でも参加できるようになる。


たぶんこれまでと雰囲気はがらりと変わることになるだろう。
少人数ではりつめた緊張感の中レッスンするのは、今日が最後。
こんな恵まれた環境でレッスンを受けられたことに感謝の思いをこめて
レッスンにのぞんだ。


バレエから離れていた間、
何度かレッスンを復活させたいと思いながら断念せざるを得なかったのは、
ちょうどいいレベルのレッスンをしているところがなかったからだ。


趣味の大人向けでは物足りない。
かといって、プロのオープンクラスではついていく自信がない。


かつてプロをめざしていたことがあるだけに、
プロのクラスでカラダが動かないことがどれだけみじめなものか
考えただけで身震いがした。
ブランクがあった、なんて言い訳にならない。
その道で生きている人たちの鍛錬の場で右往左往するなど、
場違いもいいところなのだから。


その点、いま通っているところはレベル的にとてもありがたい。
カラダをバレエ向けに戻していく過程では
やややさしめのレベルがちょうどよかったし、
カラダが慣れてくると
すこしハイレベルな歯ごたえのあるクラスが心地よかった。


そして、日曜朝の上級クラスといったら
ところどころプロ並みのむずかしさなのである。
何とか動くので精いっぱいなことが多いけれど、
そうしたむずかしさの中で自分なりにカラダをコントロールできたり、
単に「動いた」だけでなく「踊った」感触がつかめたりすれば、
かなり気持ちは高揚する。


今日のレッスンも先生の要求は容赦なく厳しかった。
プロであろうとなかろうと、先生の目はフェアだ。
先生と、稽古場のどこかから見守っているであろうバレエの神さまの前では、
ただ真摯に踊るのみである。


この1年、この稽古場でどれだけ汗を流したことだろう。
まさかそんな1年を過ごそうとは明けた時には夢にも思わなかったけど。


踊るのを許されたことにただただ感謝するばかりである。

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2008-12-26

誰かに教える

中学時代、勉強がとても苦手なクラスメートに数学を教えたことがあった。


何がきっかけだったかは記憶にない。
ただ、放課後の教室で彼女とふたりきりの光景はいまでもはっきり思い出せる。


黒板に数式を書きながら説明をすると、
小柄な彼女は「先生よりもよくわかる」とうれしそうに私を見上げた。
私も彼女の顔を見てにっこり笑ったのを覚えている。


誰かに何かを教えてうれしかった原体験である。


実家の店長時代は、ずいぶん多くの新人アルバイトに仕事を教えた。
新人の仕事はある程度決まっていたから
誰が教えても大差ないと思っていたのに、
私の教え方はうまい、となぜだかよくいわれた。


何がどうだからうまいといわれるのか。
よくわからなくて、私はただ「ふーん、そうなんだ」と受けとめるのみ。
でも、私が教えた新人たちが次第に仕事を覚えていきいきしていくのはうれしかった。


そういえば、息子の高校受験では勉強を見たっけ。
結果的に私との二人三脚で彼は志望高校の合格を手にした。
勉強の面倒を見るのはそれが最後、と言い渡したものの、
高校入学後も試験前には家庭教師の要請を受けた。
いわく、「教え方がわかりやすいから」。


いま、バレエのレッスン後には
たいてい誰かの求めに応じてアドバイスをしている私がいる。


仲間からの相談は、かつて私も悩んだり困ったりしたことが大半で
自分のカラダですでに経験済み、もしくは現在進行形。
自分が経験し、試行錯誤して解決していることなので
ある程度自信をもって伝えることができるのである。


「ありがとう! よくわかった」
と笑顔でいわれると、うれしくなる。


あの中学時代の原体験とおなじ。


自分がきちんと体得していることをわかりやすく伝える。
そういうことが、いまの私にとってやるべきことなのかもしれない。


それに、いままで自信をもってやってきたことも
結局すべてはそういうことだったのかもしれない。


そう思ったりする。

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2008-12-24

クリスマスイブに

今日になって、なんとなくクリスマスの飾りつけをしてみた。


ドアにリースをかけたら、開けるたびにベルが可愛らしくちりちり鳴る。
リビングと玄関にはそれぞれちいさなツリーを置いて
こまごまとクリスマスグッズを並べる。
息子が幼稚園で作った紙粘土のサンタさんも
ひさしぶりに見ると素朴で温かな味わいがいい。


実は、これらのクリスマスものはみんな
ずいぶん前にクロゼットの奥から出してはあった。
結局何日も飾りそびれて、
私の部屋にごたごたと集結させておくのもそれはそれでいいかな、と思っていたら
「さすがにちょっとはリビングに飾らない?」と息子。


今日と明日の2日間だけの飾りつけになったけど、
やっぱりそれなりに雰囲気が楽しめていいもんだな、と思う。


雰囲気が盛り上がったところでクリスマスイブ。
わが家では特別なことは何もなし。
息子の冬期講習が遅かったので、ふつうに食卓を囲み、ふつうにごちそうさま。


プレゼントも特になし。
息子は「ほしいものは何もない」という。
「いまほしいものは、志望大学の合格キップ、ただひとつ」


私は誰にも贈り物をしないくせに、自分にはちゃっかりプレゼントをした。
ずうっとほしくて、でも買おうかどうしようかずうっと迷っていた本を
きのうとうとう買ったのである。


「クラシックバレエテクニック」という。
7月に本屋で偶然見つけたときからずっとほしかった。
写真付きバレエの辞書・指南書みたいなものだ。


分厚く重たいこの本をすぐに買わなかったのは、
手元に置いても役立てる自信がなかったからだ。
そこにはたくさんの魅力的な情報が満載ではあったけど、
その時の私には手に余りそうな気がしたのである。


いまやっとこの本を手にしてみると、その感覚は間違っていなかったと思う。
いまだからこそページをめくるごとに深く納得できるけれど、
あの時だったらいまひとつしっくりこなかっただろう。


日々稽古し、先生の注意を伺い、何度もからだで確認し、
時としてひらめいたように新たなことに気づき、
そうしたことを繰り返すうちにばらばらの断片がカタチを成していく。
バレエだけでなく、トレーナーに教わったことや、
ホリスティック・コンディショニングで学んだことも、
気がつけばつながっている。


そんないまだからこその本だった、としみじみうれしい。
物事にはふさわしい時期というものがあるのだろう、と思った。


さて。
明日のクリスマスは息子が久々に予備校の休み。
ささやかなクリスマスディナーを楽しむつもりである。

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2008-12-21

捨てたもんじゃない

バレエスタジオでともにレッスンする仲間には、
かつてプロのダンサーをめざした人もすくなからずいる。


「『バレエ、ってこういう人たちが踊るんだな』って思いました」


年若い友人が修行時代を振り返っていう。
いまだって彼女はダンサーとして十分通用する。
その彼女が、バレエの世界で激しく強く生き抜いていく仲間を見て
そう思ったという。


「趣味で踊るのは楽しいですよね」


これは別の友人。
彼女も相当踊れる美しいダンサーである。
苦しい思いをするポワント(トウシューズ)はもうたくさん、と笑う。


突き詰めて踊っていけば、
そこには喜びのみならず苦しみやつらさも伴うことを彼女たちは知っている。
それを凌駕するだけのあらゆる条件が備わっていなければ、
厳しい世界で踊り続けてはいけない、ということも。


そこそこ踊れる人間は山のようにいる。
その中で、大きな舞台に立てる人間はわずか。
真ん中で踊れるのはさらにほんのひと握り。
バレエの神さまに選ばれた者だけ。


しかし。
そうとわかっても、バレエを愛する気持ちは止められない。
いったんは離れたとしても、やっぱり踊りたい。


バレエに魅せられた幼い日の純粋さを胸に、
バレエの神さまにお許しをいただいて踊る。


そこにあるのはただただ踊れる喜びだけ。


こんな幸せ感じられるなんて、人生って捨てたもんじゃない。
やっぱり踊るのはやめられないし、
自分のために踊るならば、やめなくてかまわないのである。

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2008-12-17

別の形のアウトプット

バレエスタジオに通うようになって、さまざまな人と友だちになった。


バレエ教師をする傍ら自分のレッスンに来ている友だちもいれば、
子どもの頃以来ひさしぶりにバレエを復活させた友だちもいる。
また、大人になってからはじめたという友だちも何人もできた。


みんなに共通するのは、「すこしでもうまくなりたい!」ということである。
特に、大人からはじめた人たちは切実な思いを抱えている。


よそはどうか知らないが、
私が通うスタジオでは先生が個別にじっくり見て直すことはあまりない。
時間的、人数的、内容的にむずかしいのだ。
しかし、教えてくださる内容は実に濃密である。
だから、うまくなりたかったら先生のいうことを聞きもらさず、
先生のすることをよく見て、そのとおりにからだに叩き込まなければならない。


で、みんな非常に熱心にそうしている。


だが、やがて壁に突き当たるのだ。
「先生のおっしゃるように動くために、どこをどうしていいかわからない」
「自分の動きが変なのはわかるけど、なにをどうすればいいかわからない」と。


わからないけど、悩んでてもしょうがない。
ある人はレッスン後のスタジオに残って鏡の前で動きを繰り返し、
ある人は更衣室で仲間をつかまえて動きを確認する。
とにかく練習あるのみ、と。


でも、わからないときはわかりそうな人に訊くという手がある。
そのほうが断然早いってことは結構あるのだ。


ただ、訊きたくても訊きにくい。
先生に訊くのは気後れするし、
そもそも先生は次のクラスが控えているからつかまえて訊くのは申し訳ない。


…なんて雰囲気を察知したので、
なりたての友だちにワンポイントアドバイスをプレゼントした。
すごーく基本的なことだったり、もしくはちょっとした動きのコツだったり。


いつしかそんな友だちがひとり増えふたり増え、
レッスン後にアドバイスを求められることが多くなってきた。


人に何かを教えようとするとき、自分のからだで反芻して確認する。
ふだんは自分のからだに技術や知識としてインプットし、踊りとしてアウトプットしているが、
今度は「人にわかりやすく説明する」という別の形のアウトプットが求められるのだから。


ああ、そうか。
友だちにアドバイスしながら、ふと思いあたることがあった。


踊ることに慣れてきた私に、トレーナーが何度もいっていたのである。
「クラスをもつといいですよ。人に教えるとまた踊りが変わると思います」


このことだったんだ、と思った。


確かにそうだ。
人に教えるために新たに別の経路でインプットとアウトプットを繰り返す。
そのことは踊るためのインプットとアウトプットにすくなからず影響を及ぼすはずだ。


そんなわけで、「人に教える」というのもおもしろい、と思うこの頃である。


それにしても、わがトレーナーにはつくづく恐れ入る。
彼は常に先を見越しているんだなあ。

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2008-12-16

ブランクから再生へ

私が20数年ぶりにレッスンしていることを驚く人は多い。
誰よりも驚いているのは当の本人かもしれないが。


実をいうと、20数年のブランクの間には3度ほどレッスン再開にチャレンジしている。
しかし、ことごとくうまくいかず、今回のような本格復帰には至らなかったのである。


1度目は14年くらい前。
百貨店のカルチャーセンター、週1回のクラスで、入園前の息子をよく連れて行ったものだ。
どれくらい通ったかよく覚えていないが、結果的にはケガで断念。
スタジオの床があまりにも硬いのとすべるのとで昔の古傷が再発し、
全く足が使えなくなってしまったのだ。


2度目はそれから2年くらい後。
息子のタップの発表会で、先生にバレエで出演するよう誘われたのである。
舞台に立つチャンスなんてもうないかも…と快諾。
自分で振り付けて踊った。


この時は誰かからレッスンを受けることなく、
タップのおそろしく狭いスタジオで自主レッスンのみ。
ひさしぶりの舞台出演に感無量ではあったが、
残念ながら環境が整わず、その後のレッスンへとはつながらなかった。


3度目は5年前、自宅そばにバレエスタジオができた時。
ほんとうに近くて場所はよかったのだが、レッスンは超初心者の中学生と私のふたりだけ。
ちっとも踊った気がせず、すぐに足は遠のいた。


ほかにも単発でレッスンを受けてみた経験は3回くらいある。
しかし、どれも1回きりで終わり。


ふたたび踊りたい、という気持ちはいつもあったのだが、
トライする度に「やっぱりだめだ」という気持ちに押しつぶされた。
踊りたくても思うように動かないからだにもいらだった。


もう無理。
あの頃には戻れない。
ブランクが長いんだからあたりまえ。
もう踊れない。


そんな私の背中を押したのがトレーナーである。
「踊らないんですか」
彼は踊ることをあきらめていた私に、月に一度のトレーニングの度にそういった。


何度もいわれるうちに、踊ってみてもいいかな、と思えてきた。
だったら、今度のスタジオ選びは慎重にしなければ、とていねいに調べた。
で、めぐりあったのがいまのスタジオである。


いまの私は、「あの頃」とは違うからだの使い方で踊っている気がする。
「あの頃」に戻るのはもとより無理なこと。
しかし、「戻る」のではなく新たに「作り直す」ことで踊るほうが、
自分としては再生している感じがして心地いいのである。


トレーナーとともに作り直したからだで、
当初の予想以上に素晴らしい環境のもと、
一流の先生方のレッスンを受け、踊っている。


さまざまな出会いに感謝するばかりである。

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2008-12-14

いいライバルの存在

宿命のライバル、ということばが
これほどふさわしいふたりもいないのではないだろうか。


浅田真央選手とキム・ヨナ選手。


この世に生まれたのはわずか20日違いの同い年。
背格好も似通っていて、
ともに顔小さく、手足細長く、プロポーション抜群の容姿端麗。
持ち味の違いこそあれ、実力は拮抗。


どちらが勝ってもおかしくない白熱した試合に、何度鳥肌が立ったことか。
グランプリファイナル出場選手6人のうち、ふたりがあまりにも群を抜いていて
ほかの4人はすっかりかすんでしまったような印象すら受けた。


周りはすべてライバル、というのが個人競技の世界だろうが、
彼女たちふたりのライバル関係はとりわけ際立って見える。
同い年、おなじような背格好で美少女、そして実力伯仲。


周りも何かとふたりを比較するが、当のふたりにとっても
おたがいの存在がほかの選手以上に刺激になっていることだろうと思う。


いいライバルの存在は、否が応でも自分を成長させるものだ。
自分にないものを相手に見いだし、自分も追いつき追い越そうと努力する。
その一方で、相手と自分の違いに気づけば、自分の強みを認識することにつながる。


本質的には自分との闘いにほかならないのだが、
ライバルと切磋琢磨することで自分が磨かれていくことは確かだ。


私にも少女時代ライバルがいた。
バレエをはじめて間もない10歳から17歳まで、
彼女とはずっと一緒に踊り、いつもライバルだった。


年こそ彼女のほうがひとつ上だったが、背格好は似ており、名前も酷似。
私は「あつこ」で彼女は「えつこ」。
申し合わせておなじレオタードとおなじ髪型にしていると
「どっちがあっちゃんでどっちがえっちゃんだかよくわからない」
といわれたほどだ。


発表会では、ふたりで踊る役かソロのダブルキャストをいただくことが多かった。
時々「私はあっちゃんの踊りのほうが好き」とか「私はえっちゃん」なんていう声が
耳に入ってくることもあったけど、ほとんど頓着しなかった。


ただ、周りから比較されるまでもなく
成長とともにおたがいの持ち味の違いはおたがいに自覚するようになる。
どんなに背格好の似た私たちでも、持ち味はまったく違うことに気がつくのだ。


年齢が上がれば上がるほど、彼女の踊りを意識するようになったが、
自分の持ち味で勝負するしかない、という思いも強くなっていった。


彼女がいたからがんばれた、というところはある。

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2008-12-12

クリスマスの音楽

12月になると、どこに行っても流れているのはクリスマスの音楽。
オーソドックスなクリスマスキャロルもあれば、ポップスのラブソングもあり、
耳にするだけで「12月」という季節をしみじみ感じさせてくれる。


クリスマスを迎える日までの季節限定。
クリスマスが過ぎてから聴くのは、どんなに好きでもどこか間が抜けてしまう。
だからこそ、クリスマスが来る日までいとおしんで聴くようなところがある。


振り返ってみると、繰り返し聴くクリスマス音楽はその年毎に変わっている。
プラシド・ドミンゴのクリスマスCDばかり聴いていた年もあるし、
ボーイズ・エアー・クワイアのクリスマスキャロルがお気に入りの年もあった。


今年は、去年に引き続きチャイコフスキーの「くるみ割り人形」。
それも、「雪の情景」と、「雪片のワルツ」と、「花のワルツ」を何度も。
何度も聴いては心の中で踊っている。


結局、前のシーズンはクリスマスが過ぎても「くるみ割り」を聴き続けていた。
冬の間中、空を見上げながら美しい旋律に心をのせていた。


いままた繰り返し聴いていて、ふと思った。


踊り方が変わったな、と。
音楽を聴きながらの、心の中での踊り方が。


レッスンに復帰したばかりの去年は、
どこかに必死さを漂わせながら全力疾走にも似た趣きで踊っていた。


いまはもっとかろやか。
どんなに音が速くてもあわてず、動きをコントロールしながら踊っている。
もちろん、余計な力みはない。


おもしろいなあ。
頭の中のイメージも、やっぱりいまの自分を反映するものなのだ。


もっともっとさかのぼって26年前に聴いた「花のワルツ」は
かなり悲壮感と重量感に満ちていたにちがいない。
実際、その年にバレエ団の公演で踊った「花のワルツ」は苦しかった。


無理もない。
ベスト体重から7、8kg増えたカラダと、それを支えきれずにケガ続きの足。
いま想像しても相当重くて苦しいもの。


いまぐらいのカラダで舞台に立っていたら、またすこしちがっていたんだろうなあ、
と思わないでもない。
でも、過ぎたことはいいのだ。
いまこうして踊れるだけで幸せなのだから。


今日のレッスンでピアニストさんが「くるみ割り」を弾いてくれた。
やっぱりクリスマスシーズンの「くるみ割り」はいい。

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2008-12-11

人と違うということ

宮本亜門さんの子どもの頃を回想する番組を見た。


亜門さんは、仏像鑑賞が趣味だとは誰にもいえなかったという。
みんなと違うこと、自分が変わっていることを十分認識していたし、
そんな自分は受け入れられないものと思っていたからだそうだ。


一緒に見ていた息子がいう。
「ドミンゴが好き、とか江守さんが好き、とかいってる中学生も
相当変わってると思うけどね」


私のことである。


確かにそのとおり。
アイドルの話題できゃあきゃあ盛り上がるクラスメートを尻目に
世界的テノール歌手や新劇界の渋い天才に熱を上げていたのだ。
いうまでもなくかなりの少数派で、話なんか合うはずもない。


だが、そのせいで孤独感を深めた記憶はないのである。


そもそも水の合わない中学だった。
バレエをやっていることを異端視された時点で居心地がいいはずもなく、
卒業するまで好きになれない学校だった。
とはいいながら、なんとなく話をする友だちや胸をときめかす男の子もいて
それなりには過ごしていたのだが、
「みんなとおなじ」を善しとする雰囲気にはいつも違和感があった。


あんなの、どこがいいのかな。
みんなでわあわあいってるけど、興味ないや。
私には自分が好きだと思えるものがあるからいい。
みんなと好むものが違ってたって別に気にならない。
だって、私は私だもの。


…とわが道を行くふうに毅然とした中学生だったかどうかは定かでないが、
人と違うことに恐れを抱いたことがないのは確かだ。


それはたぶん、弟の影響が大きいのだと思う。
自閉症という障害を持った弟の存在である。


私にとっては唯一無二の弟。
弟との関係だけが私にとってのきょうだい関係。


しかし、障害のあるきょうだいがいることが一般的でないというのは、
早い段階で理解していた。
でも、世間で一般的かどうかにかかわらず、
私にとってはそれがあたりまえのことなのだとも認識していた。
否定しようのないこととしてすんなり受け入れていたことが、
実は人と違っていた、というただそれだけのこと。


人と違うことに違和感を覚えないのは、弟の存在が原点なのだろう。


「人とおなじはいやだ」といってはばからない息子も、
おじの存在を受けとめつつ、伝統を引き継いだのかもしれない。

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2008-12-10

自分にとっての「いいこと」

好きじゃないことは続かない。
それがどんなに「いいこと」でも、
好きじゃなければ自分にとっての「いいこと」にはなりにくい。


結婚したばかりの頃、夫と一緒にプール通いをしたことがある。
彼は水泳部に所属していたくらいだから、泳ぐのが好きである。
「カラダにいいし、泳ぐと気持ちいいよ」
彼はそういって私に勧めた。


私はカナヅチではないが、とりたてて泳ぐのが好きなわけではなかった。
むしろ苦手な分だけキライなほうだったかもしれない。
でも、水泳が全身運動でカラダにいいとはよくいわれることだったし、
やってるうちに好きになるかもしれない、と淡い期待を抱くところもあった。


確かに、水の中は気持ちよかった。
だけど、それだけ。


泳ぎ続けるのはつらく、
プールから上がった後のメイクや髪のことなんかは面倒だった。
そのうちプールからは足が遠のいた。


マラソンのQちゃんは好きだけど、走ることにも食指は動かない。
どんなに彼女が人の心をとろかす笑顔で「走るのって楽しい!」といっても、
私にとってそうはならないなあ、と思う。


結局、好きなことが自分にとっていちばん「いいこと」なのだ。
そして、好きなことからなら、あらゆることが学びとれるのである。


バレエのレッスンを本格的に再開してから1年余り。
踊らずにいた20数年を取り戻すかのようにスタジオに通い続けた。
週に1回だったレッスンは、もっと踊りたい気持ちから徐々に回数がふえ、
いまはとにかく踊っていれば幸せである。


脚なんて上がらなくてあたりまえとは思わずに
すこしでも上がるようになりたいとあれこれ工夫をし、
高く跳べなくてあたりまえとあきらめずに
ステキに跳べるようにと鍛え、
いつもいまよりすこし高い基準を求めてレッスンにのぞんできた。


そしてたどり着いた「力を抜く」こと。


思えば、3歳の時にテレビでレニングラードバレエの「眠りの森の美女」を見てから
バレエはずっと私の一部だった。
踊っていなかったときでさえも。


生きる姿勢も、人としてのあり方も、
もっとも愛してやまないバレエからずいぶん学んできたのだ。
それは再開したいま、以前にもまして深く思うところである。


きのうより今日、今日より明日の私はもっといい。
そう思ってレッスンするのみである。

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2008-12-07

今朝のレッスン

ひざが笑う、なんてひさしぶり。
はずんだ息がなかなかおさまらないのもひさしぶり。


今朝のレッスンはいつにもまして踊りごたえがあった。
うまく踊れているかどうかは別として、
レッスンについていけてる自分にちょっぴり感動する。


やるなあ、私。
自画自賛。


「最先端のバレエです」と先生がおっしゃる。
いまやバレエの動きは分析され尽くされているのだ、と。
その解剖学的に解明されたバレエを、先生は惜しみなく私たちに与えてくださる。


20数年のブランクを経る前の私が知り得なかったやり方に、
ひとつひとつ驚き、ひとつひとつ納得する。
納得はしてもなかなか思い通りに動かないからだと格闘し、
試行錯誤を繰り返しつつ、ひとつひとつ刻み込んでいく。


もしかしたら、20年余踊らなかったことは、
新しいやり方を受け入れるためにはかえってよかったのかもしれない。


復帰したての頃こそ、
昔のやり方を思い起こそうとからだがぎくしゃくしたけれど、
新しいものを受け入れることにしてからは
むしろからだが素直に反応するようになった気がする。


すっかり落ちた筋肉や筋力を一から構築し直したのとおなじように、
踊るためのからだの動かし方も一から積み上げている実感がある。


昔はどんなからだの動かし方をしていたんだろう。
いやまおぼろげで、よく思い出せない。


いま思えば、ベスト体重から7、8kg増えた20歳の頃は
どれだけからだが悲鳴をあげていたことかと思う。
急激な体重増に、それまでの踊り方ではからだが対応しきれなかったよね、と。


最先端のレッスンをしてくださる素晴らしい先生に感謝。
そして、息が上がっても動き続けられる自分のからだに感謝。

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2008-12-05

基礎

バレエのレッスンは、たいていバーについてプリエからはじまる。


プリエ。
フランス語で「折りたたむ」という意味。
足の裏を床につけた状態でひざを曲げる動きである。
バレエの場合、足は外向きに使うので、
子どもの頃はプリエを「がに股」といって恥ずかしがる子がいたものだ。


プリエは、バレエのあらゆる動きに伴う大切な動きである。
跳ぶのはもちろんのこと、回るにしてもプリエなしには考えにくい。


それほどまでに大事で、
先生にもちいさい頃から幾度となくそういわれ続けて、
意識するまでもなく当然できてるつもりだったプリエ。


でも、バレエ復活1年にして気がついた。


私はプリエの本来の役割とほんとうのやり方を
ちゃんとわかっていなかったかもしれない、と。


9歳からバレエをはじめて以来、
プリエは「身についているはず」なんていちいち思う必要もないくらい
あたりまえの動きである。


だが、どうだ。
私がやってきたことは、単にひざだけを曲げることだったのではないか。


だから、せっかく生じた力がひざで止まってしまう。
ひざから足首、足首から足の裏に力が柔軟に伝わっていかないから、
床を押す反動が生かしきれないのだ。


子どもの頃からよく注意されたものだ。
「プリエで床を押して!」
「床を感じて!」


勘所の悪い私がやっていたのはたぶんプリエもどきだ。
ただひざを曲げるだけだから、床を押す感覚だっていまひとつつかめずじまい。
うわべだけをなぞっていたに過ぎないのかもしれない。


バレエに限らずそういうことって、案外多いんじゃないだろうか。
一見あたりまえで簡単そうだから、ちゃらっと流してしまいがち。
でも、実は奥が深くて、
きっちり押さえておかないと根幹を揺るがしてしまうようなことが。


それは、たいてい「基礎」と呼ばれるようなこと。
何事も基礎は大事だし、基礎が強い人にはかなわない。


プリエであらためて床を確かめる私である。

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2008-12-03

あきらめないこと

今日は予備校の三者面談。
息子と、私と、チューターさんとで
模試の偏差値と照らし合わせながら受験校について相談をした。


30分の予定が、なんだかんだと1時間。
ああでもないこうでもないと話し合い、
今週中にいま一度受験校を洗い出すことになった。


前回の受験状況は非常にシンプルだった。
センター試験は受けず、本試験も本命ふたつを受けるのみ。
でも今回はセンターも受けるし、趣はかなり異なる。


何にせよ、「本命いのち!」の気持ちは前回以上に高まっているようだが。


面談の最後、チューターさんが息子にいった。
「とにかくあきらめないこと。12月からが伸び時だから」


伺うと、12月からぐんぐん伸びる生徒は多いんだそうだ。
そういう生徒たちは、それまでわからなかったこと、解けなかった問題が
12月になってどんどん見えてくるようになるんだという。


「あと40日、ね」というチューターさんのことばに息子がうつむく。
「あと40日、か…」


40日もあるよ。
1日1日を濃密に過ごせば、時間はかなり自分の味方にできるんじゃないかな。
それに、成長曲線はきっとこれからぐーっと上向いてくるはず。
実際、この頃自分でも手ごたえは感じつつあるんでしょ?


息子本人は今回のほうが精神的に追い込まれているかもしれないけれど、
私のほうは前回より格段に気をラクにもっている。


無理にそう思おうとしているわけでもなければ、
息子は息子、と割り切って突き放しているわけでもない。
なんだか、事のなりゆきが楽しみでならないのだ。


息子の本気が伝わってくるだけに
私にできることは、彼がどんなふうに進歩し、進化するのか見守っていくだけ。
何より、彼がこれからどう大化けするかな、とちょっぴり楽しみなのである。


あきらめないこと、だって。
キミに与えられた最後の一日までしつこくしつこく食い下がって。


私もレッスンで注意されるのだ。
「あきらめないで!」と。
苦手のピルエットで、バランスがもうだめだ…とルティレの足を軸足からほどくと
先生から声が飛ぶ。
「軸はまっすぐなんだから、あきらめないで回り切って!」


で、もうだめだ…って時に最後の一瞬ふんばってみると、回り切れる。
あきらめないで自分の意志で最後までいきつくことは大事だ。


だいじょうぶ。
だいじょうぶだって思ってる。
あきらめないで進むのみだよ。

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2008-12-02

「踊る」こと

今日の日経新聞夕刊に
ボリショイ・バレエのプリマ、アレクサンドロワさんのインタビューが載っていた。


彼女は語る。
「今の私のテーマは、自分は何者か、ということ。
それを探すためにバレエをやっている」と。


また、バレエは哲学的な芸術であると感じている、ともいう。


プロのダンサーですらない私が
世界的なプリマの思うところを推し量れるはずもない。
しかしそれでも、ああ、そういうことなのかもしれない、と思う。


ボリショイのプリマに共感するなどおこがましいのもはなはだしいけれど、
それを承知でいうならば、
私にとっても「踊る」ことは自分を探求することなのだ。


どうしてこんなにも踊りたいんだろう。
舞台に立つわけでもなく、
ひたすらクラスレッスンで汗を流し続ける自分に問う。


単純に「楽しい」とか「はまった」とかいうのではないのである。


自分を取り戻す。
たぶん、そういうこと。


いつの間にかダンサーへの夢がついえ、
もう踊ることはできない、と長いことあきらめていた。
その封印していた20余年を、ふたたび踊ることで浄化しようとしているのだろうと思う。
自分でそうと意識したことはなかったけれど。


「踊る」ことは、いちばんシンプルに自分が表れる。
ことばを尽くして説明する必要もなく、
無駄なものをはぎとった、もっとも素に近い自分だけが存在する。


そんな素の自分と対峙したいから、
もっとカラダが思いのままに動かせるようにと鍛えもするし、力も抜くのだ。


おととい日曜の朝のレッスンで、
力を抜くようにとずっと注意し続けていた先生に
「だいぶ力が抜けてきたね」といわれた。


先生のおかげです。心から感謝します。
力を抜いてリラックスして踊る私は、
そのままリラックスして呼吸している私につながっているのだから。


踊りに変化がでることで、日々の生き方にも反映する。
踊る私は、生きる私。

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2008-11-30

繰り返し繰り返し

息子はむかしから暗記ものが得意だ。
その暗記のやり方も独特で、
テキストやプリントをひたすらじいーっと見つめて覚えている(らしい)。
とにかく集中しながら背中を丸めて見つめ続けるのだ。
声に出したり、書いたりということはほとんどしない。


「短期的な暗記はいいんだよ」と息子。
「ただね、それがなかなか定着してないんだよね」


長期的な記憶の定着を図るためにやり方を変えてみることにした、という。
予備校で繰り返されるテストの出来不出来を検証したうえで、
他の予備校生のやり方もヒントにしたらしい。
じっくりじっくり見つめて回数少なくではなく、
ある程度スピーディーにして回数を増やすのだそうだ。
繰り返すことで記憶を確かにしていこう、と。


それは理に適ってる。
何にせよ身につけようと思ったら繰り返すことだ。


私も社労士試験は1回でパスしたものの、
短期集中で無理やり詰め込んだ記憶だったから
すぐにきれいさっぱり忘れてしまった。
繰り返さなければ記憶にとどめておくことはなかなかむずかしい。


自閉症の弟は、ぱっと見ただけでずっと覚えているけれど、
それは彼みたいな特別な人に限られるだろう。


頭に記憶していくものばかりじゃない。
カラダを動かすものだっておなじである。
バレエなんてまさにそうだ。


子どもの頃のレッスンを思い返してみると、毎回毎回おなじステップの繰り返し。
おなじことばかり何度も何度も繰り返すから、時としてレッスンは退屈になる。
それでも、おなじことを繰り返し、
できるようになるとすこしレベルアップしたステップをまた繰り返し…
それを何年も続けることでカラダが覚えていく。


カラダにたたき込む、ってまさにああいうことをいうんだろうなあ、
といまさらながらに思う。


らせん階段をすこしずつのぼっていくように、繰り返し繰り返し…
何かを習得するには、結局それがいちばんのやり方なのかもしれない。

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2008-11-29

表れる人間性

NHK杯女子、浅田真央選手が見事な優勝を果たした。


技術にしろ表現にしろ申し分なし。
期待どおり、いや、それ以上である。
素晴らしく芸術的な演技だった。


観る人の心をわしづかみにして思い切り揺さぶる迫力に
一時も目が離せなかった。
どれだけ鳥肌が立ったことか。


天才少女時代からもちろんすごい選手ではあったけれど、
ここに至ってぐん、ぐん、とさらなる成長を遂げているような印象がある。
人間的な深みや厚みが彼女の魅力を増している、という気がする。


滑走前の憂いを帯びた表情から、そんなことを感じた。


数年前の真央ちゃんは、無邪気で天衣無縫。
まさにこわいもの知らずの強さで快進撃を続けていた。
「憂い」なんてまだ知らなかったはずだ。


ところが、やがておとなの階段をのぼりはじめて、こわさを知るようになる。
それまで経験のなかった恐怖や不安にどんなに身のすくむ思いをしても、
誰も助けてはくれない。


しかし、こわさと闘うことで感情のひだは細かになり、深みを増していく。
その内面の深みが、演技にも表れる。
演技や表情とは作るものではなく、結局その人そのものが出るのだから。


いや、ほんとうに素晴らしかった。
グランプリファイナルでのキム・ヨナ選手との競演が見モノである。


ところで、人間性が表れるといえば、実況アナウンサーにもそれがいえる。
NHK・刈屋アナウンサーの落ち着いた実況は非常に安定感があり、
品格さえ感じた。
さすがNHK、フィギュアの実況かくあるべし、と思った。


民放にも聞きやすい実況をするアナウンサーがいないわけではないが、
ひとりよがりなのに媚びたような声音を聞かされたりすると、
いらだって音声を遮断したくなる。
お願いだから黙ってて、とさえ思う。


それぞれの局のカラーもあろう。
でも、最終的にはその人の人間性がアナウンスに表れるのではないだろうか。
民放にも品格ある実況を望みたいものである。

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2008-11-28

フィギュアスケートに思うこと

レッスン前のウォーミングアップ中に、
誰かが「今日はNHK杯観に行くの」と話しているのが聞こえて
私はテレビで観戦するわよ、と心の中でつぶやいた。


大好きなジェフリー・バトルが突然引退してしまったので、
今シーズンのフィギュアスケートにはあまり情熱を傾けないかも…と思っていた。
ところが、開幕してみればなんの、やっぱり引き込まれて見てしまう。


ジェフやランビエールが引退してしまったのはさびしいけれど、
いままで関心外だった(というか、情報がなかった)選手から
魅力的な逸材が上位に上がってきて目が離せないのはうれしい誤算。
ジェレミー・アボットとかパトリック・チャンとかは、好きなタイプのスケーターだ。
(息子は「ジェフ以外、男子選手は興味なし」とつれないが)


高度なジャンプやスピンが決まればもちろん文句なし。
だけど、それ以上に心奪われるのは上体のやわらかさや、詩情豊かなアームス。
音楽を奏でるがごとく、歌うように滑るさまは、まさに踊りそのものだ。


その点で、キム・ヨナ選手は群を抜いている。
彼女の表現は、もはやスポーツを超えて芸術の域だ。
本人の熱心な研究や努力の成果ということもちろんあるだろうが、
そもそも彼女に備わった天性の資質があってこそということは疑いようもない。


今シーズンも、登場するなりそのすごさには舌を巻いた。
技術、叙情あふれる踊りともに、ますます磨きがかかっている。


だから、「踊る」ということに関していうと、
キム・ヨナ選手に比べれば真央ちゃんはすこし分が悪いかも…
と思わないでもなかった。


ところが。
今シーズンの真央ちゃんはどうだ。
なんとも魅惑的に踊っているではないか。


あまりの素晴らしさに、見る度に鳥肌が立つほどなのである。
あんなに情熱的な上体とアームスの動きを見せられたら、
ぞくぞくしないほうがおかしい。
ほんの何年か前の天真爛漫、無邪気な少女時代を振り返ると、
人はこんなにも大きく成長するものか、と実に感慨深い。


成長というなら、彼女のインタビューの受け答えもなんと洗練されたことか。
美しく落ち着いた日本語が耳に心地いいほどだ。
おとなになったなあ…と、端正な顔立ちを見ながらしみじみ思う。


今日のショート「月の光」はほんとうに美しかった。
真央ちゃんがドビュッシーを美しく滑るなんて、これまた感無量である。


明日のフリー「仮面舞踏会」が楽しみだ。

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2008-11-27

安定感の源

ある時期、
「よだれをたらして眠る」のを目標にしていたことがあった。


なんとも奇妙な目標ではある。
もちろん、私は大まじめだったのだが。


その頃は、眠っている時でさえ力が抜けていない自覚があった。
起きた時にあごのあたりがこわばっている感じがしたものである。
力が抜けないから、当然気持ちよく眠れない。


そんなへんてこな目標を掲げなければならないくらい、
その頃の私は日々時間に追われ、四六時中緊張していたのだった。
「よだれをたらす」のが目的ではなく、
それほどまでにリラックスしたい、という切なる願いだった。


いまとなっては笑い話みたいな目標だが、
結局達成したかどうかはよく覚えていない。


いまやそんな目標がなくても、
目をつぶればすぐさま脱力、夢の世界にまっしぐらである。
ただ、カラダとココロの両方において
文字どおり力が抜けるようになってきたのは、ごく最近のことだ。


力がいい具合に抜けているときには、安定感がある。


そう気づいたのは、もちろん踊っているとき。
ムダな力を抜くと、カラダは自然とまっすぐな軸を持ち、安定するのである。


いままで逆のことをやっていたんだなあ、とつくづく感じる。
軸を取ろうとするばかりに、カラダのあちこちにムダな力を入れていたのだ。
体感してみれば、それではバランスが取りにくいことがよくわかる。


ココロだっておなじだ。
自覚はなかったけれど、振り返ってみればずいぶん力が入っていたかもなあ、と思う。
ココロに無理をしないほうが、断然ラク。
ココロもカラダも、妙な力が入っていないほうが
ここぞというときにはエンジンがかかりやすいだろうな、という気がする。


いいことに気づくことができて、すごくよかった。
力が入っていたからこそ、力が抜けたときの良さもわかったのだと思う。


ホリスティック・コンディショニングの勉強をしているとき、
先生が事あるごとに「軸! 体軸とって!」とおっしゃっていたが、
その極意がわずかながらわかったような気がした。


必要なのは、余計な力が抜けているということ。
自然体がいちばん安定するのだから。

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2008-11-21

イメージする

イメージするのは楽しい。
踊るようになって、ふたたびイメージの世界に身を置くことが多くなった。


空想や想像、時には妄想。
頭の中に思い浮かべたことが
あたかも実体があるかのように鮮明になっていく。


イメージの世界では、のびやかに踊る。
すっと背筋を伸ばしてかろやかに歩く。
ふんわり笑う。
とびきり素敵な自分をイメージする。


イメージ・トレーニングは、スポーツでもダンスでも重要だといわれる。
どれだけ自分にとっていいイメージをはっきりと思い描けるか。
それによって、その後のパフォーマンスに影響するという。


レッスン中、センターでほかの人たちが踊っている間には
自分の世界に入ってイメージしていることが多い。
実際に思う存分からだを動かせなくても、
イメージの世界では素晴らしく踊っている私がいる。


ただ、回転ものに関しては、いいイメージを作ることがむずかしくて困る。
そここそ、いちばんうまいイメージがほしいのにもかかわらず。


レッスン中に限らず、音楽を聴いている時もそうだ。
たとえば、「白鳥の湖」第3幕の黒鳥のコーダ。
オディールが32回グランフェッテを回る有名なところ。


イメージの中でさえ、私はどきどきする。
実際に動いてるわけじゃない。これは頭の中のイメージ。
そう自分に言い聞かせて、うまく回ってるところをイメージしようとする。


それなのに、イメージの中の私はどんどん減速し、
次第に首が追いつかなくなり、目が回り始める。


ああ。
これじゃ、実際に動いてる時とおなじ。
悪い癖もみなおなじ。


まいった。
これってどういうことだろう。


つらつらと思い返してみた。
要するに、こういうことだろうか。
少女時代からの失敗の積み重ねが成功体験をはるかに上回っていて、
容易に取り崩せないダメージとして心にはびこっている、ということ。


うーん。
そんなダメージ、取り払ってしまいたい。


成功体験も確かにあるのだ。
うまく回れた時の爽快感は、ちゃんとからだが覚えてる。
それだけをかき集めてイメージすればいいのだ、きっと。


それにしてもおもしろいもので、自分の体験をはるかに超えることは
たとえ想像の世界とはいえイメージできない。
ほかの人はどうか知らないが、すくなくとも私はそうだ。


もし、自分の体験以上のことをイメージする術があるなら、
知りたいものだと思う。

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2008-11-15

不思議なこと

今日はオフ。
土曜日は基本的にレッスンもトレーニングもしない、と決めている。


ひさしぶりに、一日も欠かさずからだを動かした1週間だった。
それでも絶好調!と過信せず、いつも体調95%くらいの心づもりでいた。
残りの5%は用心の分。
またしばらく踊れなくなったりしたら、いやだから。


10日前、2週間ぶりにレッスンをしたその晩は
全身の筋肉痛でぐっすり眠れなかった。
5日前、10日ぶりに筋力トレーニングをした後は
夕方から筋肉痛が出はじめて動く度にうめき声がもれた。


でも、筋肉痛は動いているうちに消えていく。
いまは何の違和感もなし。


ただ、きのうのレッスンではしばし立ち尽くす場面があった。
具合が悪くなったかと、思わずひやりとした。
どうしてそうなったのかはわからない。


それは、センターでタンデュが終わり、ピルエットに移るときのことだ。
稽古場全体の色がふっと変わったのだ。


まるで薄緑色の照明が当たったみたいだった。
いや、映像や画像の色調を加工してすべてを薄緑色に変えた、
というほうが当たっているかもしれない。


あ、どうしたんだ、私。
突然自分の身に起こった変調にうろたえた。
いままでこんなふうに周りの色が変わって見えたことなんて、一度もない。


体調不良の予兆なら、無理して動くわけにはいかない。
私は立ち尽くしたまま自分のからだの声に耳を傾けた。


―なんでもない。
―私のからだはだいじょうぶ。
―動ける。


ほんの短い時間だったが、問題なしと判断した。
先生の振りを見て、順番を覚えて、踊りはじめる。
子どものときから苦手のピルエット。
緊張と集中で、薄緑色のことは意識から消えた。


ピルエットが終わってジャンプに移るとき、また稽古場全体の色が変わって見えた。
薄緑色に包まれていた稽古場は、ややセピアがかったオレンジ色に染まった。
そして、ふっと元の色調に戻った。


不思議な感覚だった。


これまで、レッスン中に光の度合いが強まるように感じることはたびたびあった。
でも、すべての色調が変わって見えたのは生まれてはじめてだ。


いったい何だったんだろう。
不思議な経験だった。

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2008-11-14

力を抜く

力を抜くこと。


いま私がいちばんに掲げるテーマである。


無駄な力を抜けば圧倒的に動きやすくなる、と体感してから
レッスンでは力を抜いて踊ることが目下最大のポイントだ。
それをバレエ以外でも実践しようというのである。


力を抜く。
文字どおり、街を歩くときでも電車に乗るときでも夕食の支度をするときでも、
筋肉から無駄な力を抜く、ということだ。


目にぐっと力を入れない。
眉間にしわをよせない。
歯も食いしばらない。
力を入れずにナチュラルに。


力を抜こう、と意識してみてはじめてわかる。
いままでどれだけあちこちに余計な力が入っていたか。


それはカラダだけでなくアタマの中もおなじだ。


何かを生み出さなければ。
そのためには、絶えず考え、絶えず動いていなければ。


そう自分を追い立てるようなところがあった。
そのくせ実際には新たな考えも浮かばず、たいした行動もしない。
それがかすかな罪悪感となり、さらに自分を追い立てる。
悪循環だった。


義務感で考えようとしても、いい考えは浮かばない。
力みが思考をじゃまするからだ。
振り返ってみると、いい考えが浮かぶのはいつもお風呂の中だった。
お湯の中でリラックスして、カラダからもアタマからも力が抜けているせいだろう。


思えば、力を抜くように人からアドバイスされたことはいままでも何度かあった。
でも、いくら人からいわれても、自分自身が深く納得しなければ実践できないのだ。


自分で体感すること。
そこには、劇的な気づきや感激も、みずから痛い思いをすることも含まれる。
そういった自分のカラダで感じることがなければ、
新たな領域に足を踏み入れることはなかなかできないものなのだと思う。


とにかく、力を抜く。
力を抜いて、自然体で感じる。
考えるよりも感じる。


それがテーマ。

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2008-11-12

究極の法則

長いこと、かなり長いこと、私はある誤解をしていて、
最近、その誤解が解けた。


しばらく前から気づきはじめてはいたのだ。
大きな氷のかたまりがすこしずつすこしずつ溶けだすみたいに。
でも、最後には熱が加わって、誤解という氷は一気に溶けた。


バレエは、頭のてっぺんからつま先、指の先に至るまで
全身に神経を行き渡らせて踊らなければならない。
ずっとそう思っていた。


それはつまり、絶えずどこもかしこも力が入っているということ。
そう思ってきた。


結論からいう。
力を抜くところは抜くのだ。
全部に力が入っているということではなく。


もし全身に力が入りっぱなしなら、思うように踊ることはできない。
余計なところに力を入れず、むしろリラックスしたほうがうまく動けるのである。


バーレッスンでよく「上体の力は抜いて」といわれる。
「筋肉で動かそうとしないで、骨で動かして」ともいわれる。
「余計な筋肉に力を入れないで、でも腹筋だけは絶対力抜かないで」とも。


力を抜く。
骨で動かす。
腹筋の力は抜かない。


繰り返しいわれ続けて、すこしずつ自分の思い込みが外れていった。
と同時にからだの意識も変化していった。
すこしずつではあったけど。


いま、自然と腹筋を意識し、理想的なポジションを骨が探し、
上半身は抜けるだけ力を抜いている私がいる。
腹筋の力はキープしていても、
それ以外はここまでラクにしていいんだと思うほど力が抜けていて、
それがからだをなめらかに動かしてくれる。


苦手の回転でもそうだ。
余計なところに力を入れず、いかにリラックスするかが決め手。
ヘンに力んでしまうと、せっかく骨が作った美しいポジションも崩れてしまうのだ。


腹筋と骨をきっちりして、余計な力は抜く。
究極の法則だなあ、と心の中で何度か反芻していたら、はっとした。


これって生き方そのものにも相通じることじゃないだろうか。


体幹の基盤となる「腹筋」は「土台」、
からだの枠組みを形作っている「骨」はそのまま「枠組み」とすれば、
「自分という人間の『土台』と『枠組み』がしっかりしていれば、
妙に力まず力を抜いているくらいのほうが
自分の生きたいようにすんなり生きられるんじゃないの」と。


自分、という人間の根幹を成す土台と、自分を形作る枠組み。
それさえきっちりもっていれば、
がちがちになったりせっかちになったりする必要はない。
案外、自然と自分の行きたいほうに進んでいけるんではないだろうか。
そんな気がする。


そう思ったら、ふっと肩の力が抜けた。

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2008-11-11

めぐり合わせ

もし過去の自分にメッセージが伝えられるなら、
16歳の私にいってあげたい。
「30年後のアナタはなかなかいい感じで踊ってるよ」と。


それを聞いたら、16歳の私はいったいどんな顔をするだろう。


踊っていて時々感じるのだ。
部分的には16歳の時より動けているところもあると。


けっしてうぬぼれているわけではない。
修行時代の20歳前後と比べても、
いまのほうがからだそのものの把握とコントロールがうまくできていると思うのだから。


冷静に考えると、自分でも信じられないことである。
大げさでもなんでもなく、奇跡に近い。
ふたたびレッスンに復帰できただけでありがたいのに、
ずっとバレエ用には使っていなかった筋肉や関節が
20数年ぶりに私自身の期待に応えようとしてくれるなんて、夢にも思わないではないか。


もちろん、「背中の柔軟性」のように取り戻すのがむずかしいものも多々ある。
でも、いったん失われながらふたたびできるようになったうえ、
それ以上に質が高まっているものがあるというのは驚きである。


若さと勢いのあった16歳や20歳の私にトレーナーが存在していたら、
私のバレエ生活はまた変わっていたのかもしれない。
それほどに、現在のトレーナーとの出会いは大きい。
トレーナーに出会っていなければ、レッスンを再開していなかったし、
これほどまでに筋肉や関節をバレエ用にすることもできなかったはずだ。


思い返してみると、さまざまな存在や関係が織り成すめぐり合わせによって
いまの踊っている私がいる。


前に通っていたフィットネスクラブで困ったことが起きて
家族やTAP BOYSが「変えれば?」と勧めてくれなければ、
いまのところに移ることもなかったし、
移ったからこそダンサーのからだをよく知るトレーナーに出会えた。


そのトレーナーが、会うたびに「踊らないんですか?」といわなければ、
もう無理だと思っていたレッスンを再開しようとは思わなかったし、
トレーナーのサポートがあったからこそふたたび踊るからだに作り変えることができた。


そしてTAP BOYSに関わっていなければ、
踊る喜びをあらためて感じることもなかったし、
踊る私を見た友だちが「アナタはダンサーだ」とつぶやいたからこそ
踊る自分を客観的に再確認することができた。


めぐり合わせに導かれ、いまの私がいる。
偶然だと思っていたことが、結局はすべて必然だったということなのかもしれない。


私の魂に灯をともしてくれためぐり合わせに感謝し、これからも踊っていく。

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2008-11-06

どうしたら

新聞でも雑誌でも、
うまい文章に出会ったときには思わずうなってしまう。
比喩じゃない。
ほんとうに「うーん」とうなる。


どうしたらこんな表現が出てくるんだろう。
絶対に思いつかないような言い回し。
だけど心にしっくりはまって鮮明にイメージされるフレーズ。


うーん。


文章のプロだから、といってしまえばそれまでである。
才能の違い、というのももっともである。
磨きぬかれた感性ゆえ、ともいえるだろう。


書棚から本を取り出し、ページをめくる。
石田衣良さんとか、角田光代さんとか、森瑤子さんとか。
前に読んだ時はさらさらといとも簡単に読み進めてしまったけれど、
ひとつひとつのことばをかみしめるように読んでみる。
またため息をつく。


なにげなくさらりと書いてあるからするするとひっかかりなく読めるが、
実はとても吟味されたことばであり、文章なのである。
技巧に走りすぎると違和感を覚えるものだけど、実に自然。
自然だけど、うまい。
心情が絵のように浮かぶ。


どうしたらこんなふうに書けるんだろう。


そんなふうに思うことがいかに身の程知らずなことか重々承知している。
わかってはいるけれど、
もっと自分の心情や考えをズレのないことばで表現したいと思うから。
誰かの借り物でない、自分のことばで表したいから。


バレエもそうだった。


どうしたらあんなふうに踊れるんだろう、と若い頃よく思った。
特にバレエ団のレッスンを受けていた修行時代は、
バレエ界の第一線で活躍している先輩たちの踊りを間近に見ながら
自分の動きとどこがどう違うんだろう、と毎日試行錯誤した。
海外の大好きなダンサーの舞台を観れば、
何度もまねして動いてみたり、頭の中でイメージしてみたりした。


でも、短い期間で自分でも踊りが変わったのを感じた。
うまい人たちの踊りが私の目に、肌に、毎日シャワーのようにふりそそぎ、
感性に刺激を与え続けたからだろう、といまになって思う。


そうか。
やっぱり「うまい」と思うものを、まずはたくさんインプットすること、かな。
好きな作家の好きな文章をいっぱい読んで。
堪能しながらため息ついて、そのうち主人公に感情移入して…


またそれも楽し。

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2008-11-05

おかえりなさい

2週間ぶりのレッスン。


正直なところ、最後までカラダがもつかどうかちょっと不安だった。
おっかなびっくりはじめた後、ひとつひとつ終わる度に自分のカラダに確認。
続けてもだいじょうぶ?
続けられる?
頭はくらくらしない?


バーをクリアし、ピルエットをクリアし、アレグロジャンプをクリアし、
結局ラストのグランジャンプまで踊りおおせた。


やっと踊れた。
おかえりなさい、私。


実はこの1ヶ月、ずうっと調子がヘンだった。
頭の中で、止まりかけたコマが軸を失って絶えずふらふらゆらゆら回っているような。
レッスンで汗を流しても、澱のような重さが抜けきらない。
疲れに身を任せて横になると、泥のように際限なく眠れてしまう。


そうしているうちに、10日前の朝、めまいが起きた。
軸を失いかけていたコマにぷん、とスイッチが入り、逆回転をはじめてしまったみたいな。


万事休す。


こうなったらじたばたしてもしょうがない。
休むのみ。


何日かが過ぎ、もうそろそろいいかな、とジムでトレーニングしてみた。
しかし、筋力トレーニング2セット目の途中で中断。
このまま続けたら取り返しのつかないことになるかも、あぶない、と思った。
時期尚早。
また休むのみの日々に逆戻り。


でも、精神的にはずっとスイッチオン状態だったのが救いではあった。
気持ちは落ちてないんだから、まあそのうちよくなるだろうと思ってた。


具合が悪くなれば横になり。
眠りたくなれば眠り。
すこし回復すれば起き。
そんなことを繰り返しながら、早く踊りたいなあ、とそればかり願っていた。


これでまた踊っていける。
踊れる、ってなんてしあわせなことか。


それにしても、踊りから離れていたときの私はいったいどうやって生きていたんだろう?


全身に熱い血液が循環しはじめ、やっとカラダがリセットされた感じ。
これでカラダもスイッチオン。

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2008-11-01

気合いが入るとき

気合いを入れようとすると、なぜかあごが出る。
いや、“猪木顔”になる、というほうが正しいか。


おなかにぐっと力を入れる。
歯を食いしばる。
瞬発力で動く。
強い決意を胸に秘める。
そういうとき、あごが出てる。


息子に「あご!」と指摘されることもあれば、
自分ではっと気がつくこともある。


それはなにも私だけじゃない。
指摘してくれる息子だっておなじだ。
小学校の運動会の写真がそれを如実に物語っている。
徒競走のスタートラインで構えている息子は完全に猪木顔なのである。


教えていただいているバレエの先生もそう。
「腹筋に力を入れてっ」といいながらやって見せてくださるとき、
まちがいなく猪木になっている。


息子の憧れの、あのキム・ヨナだって力が入っているときは猪木になる。
彼女だとそれはそれでなんとも魅力的な表情になるんだけど。


なんでだろうね、猪木顔。
もちろん無意識だよね。


まあ、なににせよ、気合いが入ってる状態って悪くない。
あんまり力が入りすぎてるのは逆効果かもしれないけど、
気合いによって適度なプレッシャーと緊張感がある状態って好きだ。


さらに気合を入れるために、ってわけじゃないけれど、
今日髪を切ってきた。
前回切ってから5週間がたち、この1週間は早く切りたくてむずむずしていた。


「今日はどうします?」と聞かれ、
迷わず「短くいっちゃってください」とお願いする。
はじめこそ「えっ?」とひるんだ様子のゴトウさんだったが、
あとはじゃんじゃんはさみを入れてくれた。


仕上げはちょっとパンクロッカーふう。


気合いのスイッチ、オン。
また無意識に猪木になるかも。

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2008-10-27

スケートシーズン到来

フィギュアスケートシーズン到来。


今季は大好きなジェフリー・バトルが引退してしまったので
あまり気持ちが盛り上がらない。
ノーミスで優勝した世界選手権が結果的に最後の試合だったんだよなあ。


それにしても、あの優勝はほんとうにうれしかった。
ジャンプのたびに転ばないよう祈り、成功するたびにどきどきし、
結局一度も転ばなかったことに驚き、彼の美しいスケートに酔いしれた。
彼自身が音楽になり、まさに「踊っていた」ジェフリー。
ほんとうに美しかった。


そもそも私は、フィギュアスケートをスポーツとしてというより
バレエに重ね合わせた見方をしているので
ルールもジャンプの種類もよく知らない。
それがいいかどうか別として、私が好きなのは「美しく踊っている」スケート。
技がどんなに高度でも、「ほー、すごい」と感心しこそすれ
音とひとつになって踊っていなければ興味がないのだ。


ジェフリーが引退したあと、
そんな私が好きなスケーターはキム・ヨナをおいてほかにいない。
(同い年の息子がまた彼女の大・大・大ファンなのである)


きのう今日と見たスケートアメリカの彼女は素晴らしかった。
情感あふれる演技力について評価の高い彼女だが、
あれは努力して身につく類のものではないと思う。


天性の素養、もってうまれたセンス。


そういう人がさらに研究して極めようとしたら鬼に金棒。
誰もかないっこない。


ところで。
中野選手と安藤選手のフリーがふたりともバレエ音楽「ジゼル」。
立て続けにおなじ「ジゼル」の前奏曲からはじまったのでびっくりした。
中野選手のほうは衣装がいかにも「ジゼル」の1幕、って感じだったので
容易に想像できたけど。


ただ、曲の構成はかなり違う。
安藤選手のほうは音楽の流れに破綻がなくて聴いてて違和感がなかった。
それに、演技そのものも「ジゼル」のドラマチックな部分を表現していて印象的。
今後どんなふうにすべりこんでいくのか楽しみだ。


一方の中野選手。
バレエ人間としては、耳なじみのあるバレエ音楽が
ぶつぶつ細切れにされるのを聴くのは忍びない。
(以前「シンデレラ」で演技していたときにもおなじように感じた)
音楽とストーリーをセットにして覚えている人間にとっては
音楽が細切れなばかりか、音と表情に整合性がないと違和感ばかり。


それと、ジゼルのソロの有名なステップを取り入れていたのが
パロディーみたいでなんだかヘン…


結局どうでもいいことにばかり気をとられて、
中野選手がどんなふうにすべっていたのかちっとも見ていなかった私である。

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2008-10-18

コッペリア

きのうに引き続き、渋谷のBunkamuraへ。
今日はオーチャードホールでバレエ「コッペリア」。


「コッペリア」は実に明るく楽しいバレエである。


しっとり静かな舞台が苦手な息子は
そういうバレエこそ見たい、といっていたが、
なにぶん受験勉強中ということで断念。
(「白鳥の湖」の2幕なんかは、照明も暗くて意識が遠のく…
といってはばからない息子なのである)


「コッペリア」は高校1年の時に出演したことがある。
役どころは、主役スワニルダの友だち。


スワニルダと友だちのあわせて7人娘は天真爛漫なおてんばたちで、
人形作りのコッペリウスの家に忍び込んでいたずら三昧の場面は
リハーサルも本番も心から楽しんで踊ったものだ。


心弾む音楽もいい。
わくわく踊らずにはいられない音楽ばかりなのだ。
とにかく、「コッペリア」は楽しい思い出ばかりの作品なのである。


さて、今日の舞台。
バレエの真髄を十分堪能させてもらった。


粒揃いのダンサーたち、ハイレベルのテクニック、
新演出によるストーリーのおもしろさ、衣装・美術の美しさ、…
どれをとっても文句なく質が高い。
すばらしい。


バレエの舞台では、つい自分が踊っているようなつもりになってしまうが、
すごい、すごい、すごいの連続だった。


ああ、あのテクニックをこのテンポで踊り続けるんだ…
うわ、あんなむずかしいことをきれいにきめちゃって!
ひゃあ、そろそろ息が苦しそうな頃なのに…
あれだけ踊り続けられるって、なんて強靭な足なんだろう!
などなど…


すごい。
まさにバレエの神さまに選ばれた人たちの織り成すほんものの舞台に
ただただ脱帽。


Kバレエカンパニーはすごい。
作り手としての熊川哲也氏もすごいです。

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2008-10-13

短い髪で踊ること

子どもの頃、ずっと髪が長かった。
いちばん長いときで腰ぐらいまで。
よく三つ編みにして両脇にたらしていた。


あの頃は長い髪がほんとうに好きで
女の子のショートカットが信じられなかった。
女の子なのにどうして男の子みたいな髪型にするんだろう、
と無邪気に思っていたくらい。


それが。
いまでは長い髪はありえないと思っている。


いまショートカットが好きなのは、少女時代の反動なのかもしれない。
あの頃さんざん長い髪を堪能したから、もういいのだ。


長い髪にしていたのはバレエをしていたから? とよく聞かれる。


どうなんだろう。
自分ではバレエのために長くしているという意識はなかったように思う。
ただ長い髪が好きだった、ということだったんじゃないだろうか。


でもいまは、むしろ踊っているがゆえに短い髪がいいと思っている。
髪をまとめなくていいからラクチン、とかそういう理由もあるにはあるが、
単純に短い髪で踊ることが好きなのだ。


特に、ジャンプのとき。
髪が空気をはらんでぱさっ、ぱさっ、とはねる感じは
長い髪をまとめていては絶対に感じられない。


短い髪がぱさっ、とか、さらっ、とかなびく感じが好きになったのは
中学1年にさかのぼる。


その年、私はシンデレラを踊った。
相手役の王子は、20代前半のプロなりたてのダンサー。


いまになってみれば、彼の踊りはセンスがよかったと思う。
(後にバレエ界で大活躍することになった人なのだから、当然といえば当然だけど)
ただ、12歳の私にはパートナーの踊りを見る余裕なんてあるはずもなくて、
彼がちゃんとサポートしてくれるかどうかだけが最大の関心事だった。


でも、ひとつだけ、素敵だな、と見とれていたことがある。
それは、彼がジャンプしたときの髪。


さらさらの髪が風をふくんでぱさっ、とはねる。
さらっ、となびく。


いいなあ、と。


いま、稽古場でジャンプをする度に髪がぱさっ、とはねると
すごくうれしくなる私である。

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2008-10-12

床の力

私が通うバレエスタジオには稽古場がふたつある。
日曜朝にレッスンを受けるのはそのうちの広いほう。


壁も床も天井も、白一色の稽古場。
突き当たりの全面曇りガラスからは、陽光がさんさんとふりそそぐ。


高い天井は音を反響させ、
ピアノと先生の声が稽古場いっぱいに響き渡る。


光と音であふれる稽古場は時に幻想的ですらある。
無心に汗を流せば、
この白い空間のどこかにきっとバレエの神さまがいる、と信じられる。


今朝のレッスンは9人。
ほかのクラスなら30人だって余裕でレッスンできる稽古場なのに
なんとも贅沢。
そのうえ、9人のうちバレエ団のメンバーが5人、というこれまた贅沢な構成。


贅沢な環境に感謝しつつ、バレエの神さまに祈りを捧げる。
心を集中させ、広々とした空間に魂を開放させる。
からだをどんどん引き上げ、つま先を伸ばせるところまで伸ばす。


バレエの重心は高い。
ひたすら上に、上に、高いところをめざして踊る。
トウシューズで立つ、というのはまさにその最たるものだ。


でも、と思う。
トウシューズと床の接する面がどんなにちいさかろうと、
床を感じなければ踊れない。


この間、トレーナーに軸を作るためにデッドリフトをするよういわれた。
両腕にダンベルを持ち、腰を後ろに引いて上体を前に倒しながら膝を曲げる。
上体を戻しながら膝を伸ばす時には「床を押して」とトレーナー。


床を押す。
子どもの頃から先生に何度となくいわれ続けたこと。
ジャンプでも回転でも、まず床を押してから。
単に膝を曲げるだけのポーズじゃなく、床を押して。


そうなのだ。
床の力を感じるからこそ、その反動でからだを引き上げることができる。
床を感じるからこそ、軸を作ることができる。
いくら「高みをめざす」といえども、「地に足がついていない」のではだめなのだ。


床。
地面。
ひいては大地。
大地に足をつけ、力をもらう。



踊る、ってそういうことでもあるのかな。


白い光の中でふとそう思った。

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2008-10-09

年の差

子どもの頃、2つ3つの年の差ってものすごく大きかった。
その違いをはっきりと感じていたのは
学校よりむしろ稽古場のほうだった。


稽古場でのクラス分けは厳然とした実力主義。
就学前、小学生、中学生以上といった基本的な年齢での線引きの中で、
習っている年数に関係なく先生がクラスの進級を決める。
だから、2つ3つ年が違うけど同じクラス、ということはよくあったし、
後から入った生徒が長く習っている生徒を追い抜くこともざらだった。


だけど稽古場にぎすぎすした雰囲気はなく、
どんなに年が離れていようとみんなちゃん付けで呼び合っていた。
私はいつだって誰からも、
就学前のよちよちおチビちゃんたちからさえも、
「あっちゃん」と呼ばれた。


当然、学校のような
1つ違うだけで片や先輩、片や後輩という極端な上下関係はない。
年齢や習っている年数など関係なく序列が変わるのだから。
ある意味、フラットといえばフラットだったかもしれない。


それでも、少女の年頃で2つ3つの年の差はやっぱり大きい。
10歳の女の子にとって12歳はとってもおとなびて見えたし、
15歳なんて完全におとな。
逆に年下はひどく子どもっぽく思えたものだ。
で、なんだかんだいって同い年(というか同じ学年)同士は
妙に落ち着いた。


さて、時はめぐり。
いま、年齢にさほどとらわれていない自分がいる。
同い年であろうと、離れていようと、共感をもって話ができればそれでよし。
もちろん、ぐっと年上の方に対しては敬意を忘れないけれど。


「年齢って、ある指針にはなっても」と彼女がいった。
「それですべてがとらえられるわけではないですよね」


ゆうべ、ひとまわり下の友だちと会った。
会うのはふた月半ぶり。


会いたいなあ、と思っていたら
大阪の彼女から「出張で東京です」とお誘いメール。
メールしようかな、と思っていると彼女から来たり、またその逆もよくある。


おたがいにこの日がどれだけ待ち遠しかったかしれない。
彼女がしゃべり、私がしゃべり、はっと気がついたらシンデレラタイムぎりぎり前。
まだまだ名残惜しかったけど、またね、とおたがいに駅に急いだ。


確かに彼女と年は12歳離れている。
でも、彼女がいうように年齢はものさしのひとつであって
それがすべてを決定づけるわけではないなあ、と思う。
年下であろうと、年上であろうと、よい関係はよい関係だし、合うものは合うのだ。
私のトレーナーは20年下だが、心から信頼してるものなあ。


年齢を重ねるごとに、年齢の呪縛から解放されつつあるような気がする。

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2008-10-07

今朝の気持ち

家を出ると、街はいい匂いであふれていた。
花の姿は見えないのに、どこもかしこもキンモクセイの香り。


甘い香りに包まれて、空を見上げながら歩く。
さざ波のように広がるうろこ雲のすきまから薄青い空がのぞいている。


空が青ければ満足。
つくづく私は青い空を見上げるのが好きだな、と思う。
空の高さを感じ、広がりを感じ、それだけで心が満ち足りる気がする。


iPodからは「眠りの森の美女」の美しい旋律が流れている。
やっぱりチャイコフスキーはいい。


ここ1年ぐらい「くるみ割り人形」と「白鳥の湖」ばかり聴いていて、
「眠り」にはあまり思い入れがないような気になっていた。
ところが、久々に聴いてみたらなんの。
どうしてそんな思い込みをしていたのかと思うくらい「眠り」もまた素敵。


仙台で踊っていた少女時代、発表会で「くるみ」にも「白鳥」にも「眠り」にも出た。
「眠り」は高校2年の初夏、17歳になるすこし前だった。


音楽が頭の中に広がると、16歳の私がよみがえる。
たくさん笑って、たくさん悩んで、でも毎日がきらきらしていたあの頃。
私もきっと天真爛漫に輝いていた。


ちっともうまく踊れてなかったけど、16歳の私がいとおしく思える。
あの16歳がいまの私の中で息づいているのなら
胸を張っていいような気がした。


そう思ったら、なんだかうれしくなって足どりがかろやかになる。
何かいいことが起きそうな、とってもいい気分。


気力が戻ってきた感じ。
よかった。


9日ぶりのレッスン、苦手のピルエットがひさびさに余裕で回れた。
きのうトレーナーに軸を整えてもらったおかげ。


それと、
キンモクセイの香りと、青い空と、チャイコフスキーの音楽と、16歳の私、のおかげ。

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2008-10-01

見ない見ない見ない

おととい、ひさびさにジムに行った。


有効期限が迫るバレエのレッスンチケットが結構残っていたので、
このところレッスンばかり行っていた。
そのせいでトレーニングはすっかりご無沙汰。


レッスンを重ねることで、からだはよく動くようになっていく。
続ける、ってこういうことなんだなあ、ともちろんうれしくなる。


しかし、基礎的なトレーニングはまた別物。
それはそれでちゃんと続けておくことが
すこやかに踊り続けるための土台作りとなる。


さて、筋力トレーニング。
さすがに脚は使い込んでいるからレッグプレスもそう苦ではない。


問題は体幹だ。
腹筋とか背筋とかは踊っている時にも使っているけれど、
個別にトレーニングするとそれなりにきつい。
まして大胸筋なんて踊る時にはあまり意識しないところなので、
すっかり衰えて歯を食いしばってやっとこさ、という感じ。


きつい時にはことさらに集中、集中。
ふだんよりもっと集中しないと負荷に負ける。


そもそもトレーニング中の私は、はたから見るとかなりストイックに映るらしい。
ある時、ジムで知り合いになった方に結構おちゃらけた話をしたら、
「あなたにもそんな一面があるとわかって安心したわ」
といわれたくらい。
トレーニング中のストイックさからは想像がつかない、って。


でも、そのふだん以上に集中しないと。


そんな具合に汗をにじませトレーニングしていたら、
ふっと目を上げた先にある人が目に入った。
レオタード姿のほっそりした女性。
よく見かける人だ。


見ない、見ない。
そう自分に言い聞かせた。
彼女はここのスポーツクラブのバレエレッスンを受ける前にジムでストレッチをするのだが、
ひとりの時はいつも雑誌を読みながらてれてれやるのでちっともストレッチになってない。


そんなんじゃだめだよ。
いつもそう思う。
目に入れば気になる。
だから見ない。


でも、残念ながら移動する時なんかに見るともなく目に入ることがある。
次に見た時には彼女は男性に背中を押してもらっていた。


そうなのだ。
彼女はカップルでバレエをやっている(見るからにふたりとも初心者だけど)。
で、彼女はいつも男性に押してもらいながらストレッチするのだが、
これまた理に適っていない方法でやるのでちっともストレッチになっていない。


見ない、見ない、見ない。
見たら気になる。
教えたい衝動に駆られるものの、とにかく自分のことに集中、集中。


集中するには意識的に自分の世界に入ること。
そしてそれには周りを見ないことだ。


トレーニングを終えて周りを見渡した時には、いつのまにかふたりの姿は消えていた。


それにしても、集中してきっちりトレーニングしたおかげか、
その夜の筋肉痛のひどかったこと!

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2008-09-21

歪む

4週に1回、パーソナルトレーナーとセッションの時間をもっている。
トレーナーとの出会いは2年ちょっと前にさかのぼるが、
以来、心から信頼して指導を受けている。


今月は2週目のアタマにセッションがあった。
はじめに体型・体組成測定をし、それからコンディショニング。


うつぶせの私に触れながら歪みを診ていたトレーナー、
あお向けになるよう指示するといった。


「鎖骨の下とおへそを押さえてください」
彼はこのうえなく気の毒そうな顔をして私を見た。


私には彼の指示の意味がすぐにわかった。
なぜならそれはホリスティック・コンディショニングの勉強で習っていたから。


「要するに、“スイッチング”してるってことですね?」
「はい。法則にのっとらない歪み方をしています」
彼は同情するようにいった。


骨盤が歪むにしろ、両脚の長さに差が出るにせよ、
歪むには歪む一定の法則がある。
こっちの筋肉がこわばっているとそっちの筋肉が弱くなり、
だからこんなふうに曲がっちゃったり短くなっちゃったり、というふうに。


ところが、時に法則が逆転したような歪み方をすることがある。
原因はメンタルストレスだったり、電磁波の影響だったり。
そういう場合はまず、鎖骨下のくぼみとおへその上にそれぞれ2本指を置いて時計回りに回し、
からだのエネルギーラインを整えるのだ。


9月のはじめ、私は精神的にがたがた状態。
それが原因だというのは火を見るより明らかだった。
からだってなんて正直に精神状態を反映しちゃうんだろう、と感心してしまった。


その後、トレーナーに丁寧にコンディショニングしてもらって
かなりからだから変な力が抜けたのを感じた。


あれから2週間。
残念ながら私のエネルギーラインはまたもや乱れっぱなしだ。


特にレッスンをしている時によくわかる。
ピルエットが全然回れないのだ。笑えるほどに。


プリエしたときに、からだの力が床に垂直に伝わらない。
自分ではからだをまっすぐにして素直に床を押しているつもりなのに。
からだがわずかながら変な具合に曲がっているのを感じるが、修正はできない。
苦笑。


ここ最近、また回れなくなったなあ、やだなあ、と思ってたけど、
要するにそういうことだったのだ。
調子が悪いと如実に弱いところに出るものだ。


私のからだ、いま相当歪んでるんだろうなあ…

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2008-09-17

がんばること

よく人に「がんばりすぎないで」「無理しないで」
と声をかけられる。


そんなにがんばってるかなあ。
無理してるつもりないけどなあ。


本人には自覚なし。
そうしたいからしているだけで、人が思うほど苦にしていない。
がんばれるときは無理もきいちゃうから
それがはたから見るとがんばりすぎに映るのかもしれないけど。


ただ、がんばらなくちゃと思いながら
どうにも力がわいてこなかったことがある。
がんばらなくちゃ、やらなくちゃ、と気持ちばかりが焦るものの
からだが思うように動かなかった。


20歳の年、バレエの修行のために仙台を離れ、
東京で孤軍奮闘していたときのことである。


私はそれを情けなく思った。
そしてその思いは心の奥からずっと消えることはなかった。


東京でレッスンすることは憧れだったはず。
大好きなバレエが毎日できる状況になったのに、
なぜ思う存分力を発揮できなかったのか、と。


すべては自分の弱さゆえ。
体型をコントロールできないのも、レッスンについていけないのも、
自分が弱いから。
かといって、その弱さを克服することもできずに臆病になっている自分。
そんな自分が情けなかった。


この前、レッスンが終わってから更衣室で話をした方が
私と同じような体験をしていることがわかった。


プロをめざし、親元を離れて東京でレッスンに明け暮れる毎日。
しかし、友だちのいない孤立した状態に追いつめられ、
訪ねてきた親御さんに「もう帰りたい」とわんわん泣いたこと。


「日本語が通じるとはいえ、ひとりぼっちじゃ外国と同じですもんね」
彼女がぽつりといった。


ひとりぼっち。
外国と同じ。


そのひとことに救われる気がした。


あの頃の私も彼女もがんばってはいた。
苦境を乗り越えることはむずかしかったけど。
なんとか状況を打破しようともがいていた。


もちろん、外国であれなんであれ
ひとりぼっちでも乗り越えられる人はいくらでもいる。
私たちには困難だったけど。



ただそれだけのこと。


そう思ったら、なんだかちょっと心の荷物がおろせたような気がした。


がんばりが空回りした経験があるからこそ、
手応えあるがんばりが好きなのかもしれない。

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2008-09-10

出会い

いまやレッスンをすることは
呼吸をするのとおなじくらいなくてはならないことになっている。


踊ることは私にとってかけがえのないこと。
踊りを封じ込めていた頃の私はちゃんと生きていたんだろうか。
そう思うほどに私にとって踊ることは生きることにつながっている。


20数年のブランクを経て踊ることに戻ってきた私に
もったいないほどの素晴らしい先生方。
中でも、日曜朝の上級クラスで月に2度ほど教えていただいている先生は
稽古場に一緒にいることだけでも光栄なほどだ。


名ダンサーだった。
確かな技術と深みのある表現には圧倒された。
私が神とあがめたモーリス・ベジャールの信望も厚かったと聞く。


そんな方に教わってもいいの? と
はじめてのレッスンではどきどきがなかなかおさまらなかったほど。
いまでは名前を覚えていただき、レッスンのたびに先生の魔法にかけられ、
からだも魂ものびやかになっていくのを感じる。


今日、レッスンを終えてフロントで掲示板のタイムスケジュールを眺めていたら
後ろのソファーに誰か座っているのを感じた。
それも、男性。
めずらしいな、とふと振り返ると
「ああ、やっぱりそうだ」と先生が私の顔を見て笑った。
「そうじゃないかな、と思ってたんだよ」


あれ? 先生、クラスじゃないですよね? めずらしいですね。
「うん、打ち合わせ」と先生は人待ち顔。


私はとても気分が高揚して先生に夢中で話をした。
どれだけ先生のレッスンが素晴らしいかを。


踊ることを再開して、こんな出会いが待っているとは夢にも思っていなかった。
けっしてえらぶらず、温かな心で人の気持ちをほぐし、
踊ることも生きることも楽しむように促してくださる。
バレエだけでなく、人としても心から尊敬できる先生との思いがけない出会いに
感謝してもしきれない。


溝下司朗先生はにこにこしながらしばらく私と話をしてらしたが、
「あ、来た」とソファーを立った。


そこには打ち合わせの相手、熊川哲也さんが来ていた。

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2008-09-04

復活

2週間ぶりにレッスンに行った。


ここ最近はかなりコンスタントにレッスンしていたので
こんなに間があいたのはひさしぶり。
いとしの息子の病気でそれどころでなかったのと、
ちょっとした事故(といっても交通事故ではないけど)に遭って
やっぱりそれどころでなかったのと。


前者では、なんたって息子が大事。
どんなにブランクがあこうともすぐに取り戻せるからだいじょうぶ、
ここはとにかく息子が最優先、と思っていた。


一方後者では、行く気でいたもののからだに力が入らずあきらめた。
踊ればきっと救われるんだよなあ、と思いつつも
からだが動かないんではどうにもならず、ということで。


あまり間があきすぎると、再開するのがこわくなる。
慣れ親しんでいたはずの世界が
遠くなってしまっているかもしれないような気がするのだ。


でも、今日は絶対行こうと思っていた。
余計なことを考えずにレッスンにのぞもうと心にきめて。


ひさしぶりの稽古場。
広々とした空間に心を解放させて深呼吸。
そして集中。


やっぱりいい。
踊るっていい。
こうして踊れることに比べたら、
自分をわずらわせていたこまこましたことなんかどうでもよく思えた。


レッスン終了後、メールをよこしていた息子に返信した。
「きもちいい~ ちょ~きもちいい~ なんもいえね~」


ほどなく息子から返信。
「『なんもいえね~』って先に『ちょ~きもちいい~』っていっちゃってるし」


いいじゃない、大目にみて。
素直な気持ちとしてほんとうに「きもちいい~」って感じだったんだから。
で、ほかには言い表わせないくらいバレエはいい、ってことで
「なんもいえね~」だったのよ。


ほんと、踊るって素晴らしい。


復活した。

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