2009-11-14

ダンス漬け

先週の日曜日は、息子とふたりでバレエ漬けの一日だった。


朝から一緒にレッスン受けて、
スタジオからまっすぐ劇場に向かって「ロミオとジュリエット」観て、
SHOKOさん会いたさに劇場外で待って。


家を出るときから夜眠りにつくまで、
バレエのことばかり考えて、バレエのことばかり話してた。
真摯にレッスンし、舞台に心ふるわせ、ちょっとミーハーチックにときめいて。


「すっごく楽しかったね」
「“バレエな一日”だったね」


いま思い出しても、バレエ漬けの一日はほんとうに楽しかった。


あれから6日後、今日の息子はダンス漬け。
はじめての先生にバレエのレッスンを受けて、
5ヶ月ぶりにタップのレッスンに行って。


遅くに帰ってきてへとへとになりながらも、その表情は晴れやか。
思い出したようにアチチュードのバランスをしてみたかと思うと、
タップのステップを踏んでみたり。
いま、彼のアタマの中はダンスのことでいっぱいだ。


実は、今日のバレエレッスンは息子にとって新たな“デビュー”。


私には「『40代の私』のバレエの恩師」がおふたりいて、
息子は9月からそのうちのおひとりに弟子入りしていたのだが、
今日はもうおひとりのレッスンを受けたのである。


「まさか、あんなに『集中砲火』を浴びるとは思わなかった…」と息子。
先生はそれこそ手とり足とり、息子の腰を持ち上げ、おなかを上げさせ、
明るくもキビしく教えてくださったそうなのだ。


「『あれだけのタップを踏める運動神経と脚力があるんだから、できる!』
っていわれた」


先生には、ずいぶん前にTAP BOYSのDVDをお見せしたことがあった。
先生がそうおっしゃるんだからきっとそうなのだ。
太鼓判押していただいたんだからがんばれ。


先生はパワフルで、エネルギッシュで、ポジティブで、
そのうえ豊富な経験に裏打ちされた確かな技術と知識があって、
ほんとうに素晴らしい先生なのである。


平日はなんだかんだと大学のカリキュラムが詰まっていて、
なかなか思うようにレッスンが受けられない息子である。
先生のレッスンもいままで受ける機会に恵まれなかったのだが、
やっとそのチャンスがめぐってきてよかったよかった。


息子よ、きっと明日は全身筋肉痛だぞ。

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2009-11-10

ただいま構築中

コンスタントなレッスンを再開して先月で2年になった。


いまや、私にとって「踊ること」は「生きること」にそのままつながっている。
踊ることがあたりまえになってしまったいまとなっては、
再開以前の自分がバレエなしでどうやって暮らしていたのか思い出せないくらいだ。


子どもの頃から積み重ねてきた二十歳までのバレエと、
20数年のブランクを経て再開した40代のバレエでは、
意味合いも、カラダの使い方もまったく異なる。


一時は「生まれ変わったらまた踊るんだ」と思ったほど
ふたたび踊ることはないだろうとあきらめていただけに、
40代のバレエは踊るカラダもココロもあらためて作り直した感がある。


その“作り直し”をしてくれた恩人が3人。
ふたりのバレエの先生と、トレーナーの樋渡さんだ。
そもそも樋渡さんなくして私の40代のバレエはありえなかった。
踊るよう勧め、けしかけ、踊れるカラダ作りを促した、まさに“作り直し”の張本人である。


今日はその樋渡さんとの月に一度のセッション。
今度は息子が踊れるカラダ作りを樋渡さんとともに進めている。


いま、息子の最大の望みは「カラダを柔軟にすること」。
関節の可動域を広げ、筋肉を伸ばすことだ。
彼は股関節、足関節ともにかたくて、可動域を広げようとすれば痛みを伴う。
関節自体の動きも悪く、根性でどうにかなることではない。


「じゃ、」と樋渡さん。
「脳にアプローチしてみる?」


深呼吸しながら頭を軽くとんとんとんとん、関節に触れてまたとんとんとんとん、
しかるべき順を追って深呼吸ととんとんとんとんを繰り返す。
痛みもなく、根性もいらない。
静かにとんとんとんとん。


さ。
結果やいかに。
とんとん前の可動域と比較する。


息子がぷっと笑い出す。
「痛くないです。関節がラクです」


私が見てもわかる。
明らかに可動域が広がっている。
思わず3人で拍手。


おそるべし、樋渡マジック。


「カラダのもってる力はすごいですねえ」
樋渡さんがほっとしたように笑う。
おそるべし、カラダの神秘。


樋渡さんがついていれば、息子もだいじょうぶ。
じわじわと踊れるカラダを構築中である。

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2009-11-09

くるくる

レッスンから帰ってはくるくる。
学校から帰ってもくるくる。
お風呂からあがってまたくるくる。


息子はひまさえあれば
自分の部屋の狭いスペースでピルエットの練習をする。


彼がプレパレーションすると、私もつい手を止めて注視する。
私は自分の“コックピット”で椅子に座ったまま、彼のくるくるを見る。


「プリエ、床押して」
「肩、スクウェアに」
「回ろうとしないで、立つだけ」


1回1回注意をする私と、1回1回意識を変えて回る息子。


ある時はバランスを崩し、
ある時は顔のつけ方が遅く、
ある時はフィニッシュが決まらず、なかなかうまくいかないけれど、
それでも彼は飽きることなく何度でもくるくる回る。


たまに私のアドバイスがはまってうまく回れると、
息子は目をみはって私に笑いかける。
で、またくるくる。


きのうのレッスンでは、それなりにダブルが回れていた。
家でのくるくるの成果だ。
レッスン仲間がそっと私に駆け寄って「回れたわね!」といってくれた。
先生も「お」とちょっと驚いた顔。


息子は汗びっしょりになりながら、ひとつひとつ確かめるように動く。
それがどんな動きでも、たとえうまく動けなくても、
彼の全身からは喜びが伝わってくる。


後ろから鏡越しに彼の動きを目に焼きつける。
うちに帰ったら、細かいところをアドバイスしよう。


息子が生まれたときから、私の愛するバレエを彼も好きならいいな、と思った。
その望みどおり、ちいさい頃から一緒に舞台を観に行っては楽しんだ。
バレエではないけれど、踊ることが大好きな息子をとてもうれしく思った。


まさかこんなふうに、ともにレッスンするようになるなんて。
おなじ空間、おなじ時間におたがいに汗だらだらになって、
アイコンタクト交わしながらがんばるようになるとは、想像すらしなかった。


私が愛してやまないバレエに、彼がこれほど夢中になっていることは
なんだかすこし意外な気もする。


でも、やっぱりうれしい。
もちろん。


だから、彼のくるくるがくるくるくるくるになるよう、的確なアドバイス送らなくちゃ。
そのために、私も精進、精進。

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2009-11-08

究極の美しさ

ちょうど2週間前のこと。


先にスタジオでウォーミングアップしている私に、
後から来た息子が小声でささやいた。
「とんでもないひとが来た、と思う」


とんでもないひと?
だれ?
「思う」ってなに?


その意味深ないい方、気になるなあ、と思っていたら、
にわかにスタジオが入り口のほうからざわめきはじめた。
まるでさざ波が静かに広がるように。


ざわめきのほうを見て、息をのんだ。
凛とした長身の女性。
SHOKOさん。


「やっぱりSHOKOさんだよね」と息子。
チェックインの時に目が合って会釈したのだという。
「ね。とんでもないひとでしょ」


バレエの神さまから思いがけない贈りものをいただいて、
その日私たちはSHOKOさんとレッスンをご一緒することができた。
SHOKOさんはウォーミングアップとバーだけだったが、
同じ時間と空間を共有できたことはほんとうに光栄だった。


踊りのみならず、周りの人たちに温かい気配りをするさまにも強く魅かれた。
ホンモノはむしろえらぶらないもの、と思っていたが、やっぱりそう。
世界のプリマ・SHOKOさんの豊かな人間性を垣間見る気がした。


どうしてもSHOKOさんの舞台が観たい。
私以上に息子が強く望み、今日SHOKOさんの「ロミオとジュリエット」を観ることに。


バルコニーのシーンでロミオにリフトされるとき、息が止まりそうになった。
重量感がまるでない。


空気と戯れる、ってこういうこと。
のびやかな肢体、ってこういうこと。
それは、あえていうならバレエの究極の美しさ。


SHOKOさんの神々しいまでに美しい舞姿に、呼吸すらも忘れた。

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2009-11-06

浦島太郎の想像

ホームレスの人が街頭で販売するビッグイシューの最新号、
特集は「自閉症、その不思議と豊かさ」である。
予告を見た前号から楽しみにしていたが、
きのうやっと読むことができた。


実は私、自閉症の弟と42年も付き合っているけれど、
昨今の自閉症を取り巻く状況についてはかなりうとい。
たまに自閉症についての本や記事を読んでも、
そのたびに浦島太郎状態なのだ。


勉強不足の“浦島太郎”の率直な印象としては、
弟が養護学校に通っていた頃に比べると
ずいぶん解明が進んでいるんだなあ、ということ。


また、「自閉症」という障害についてのとらえ方も
かなり変わってきているなあ、と思う。
知的障害を伴わずに自閉症と診断される人が増えていることは
長いこと知らずにいたし。


ただ、そうやって何か新しいことをひとつ知るごとに
そうかそうかと納得する。


そうか、そうなんだ。


納得して、弟のアタマの中、ココロの中、カラダの中を想像してみる。
私たちがふつうに見ているもの、聞いているものが
彼にはどんなふうに見えて、聞こえるのか。
それをどんなふうに感じて、何を思うのか。


弟はそういうことを自分からは表現できないから、想像する。
想像しても決してわかるはずもないけれど、想像してみる。


「森を見て木を見ないのが一般人だけど、
自閉症の人は木は見えるけれど森全体が見えない」


ビッグイシューの記事の中にあったこのことばには
私のつたない想像力が呼び覚まされた。


木は見えるけれど、森全体が見えない。
単語は聞こえるけれど、文脈がつかめない。
この瞬間は見えているけれど、前後のつながりは見えない。


そういうこと、かな。


彼が突然不機嫌になったりパニックを起こしたりするのは、
そういうことだからなのかな。


42年お気楽に付き合ってきた姉は、
いまあらためて弟の中身を想像してみたりするのである。

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2009-11-05

思い出したひとこと

日経新聞の夕刊で武谷なおみさんという方のインタビュー記事を読んだ。
武谷さんはイタリア文学者である。
日本人と比較しながらイタリア人気質について語っていて、おもしろかった。


いわく、
「イタリア人はマニュアルを持っていない、
横に合わせようという意識がゼロに近い」


それを聞いたわが家の夫は、思わずうめいた。
「うわあ、オレなんか横並び意識が強い典型的な日本人だよなあ」


だとしたら、私は典型的な日本人像から離れているかもしれないねえ。
そう思ったときに、ふとあることばを思い出した。
ずいぶんむかし、アメリカ人の青年にいわれたひとことである。


「Atsukoは日本人じゃないね」


そういわれて、ああ、確かに、と不思議に納得した。


彼は、息子が生まれる前に通っていた英会話スクールの講師。
まだ大学を出たばかりくらいの若さで、
アメリカで覚えてきたというきれいな日本語を話した。
とても厳しい目つきでシビアなものの見方をするかと思えば、
漢字を書きながらおかしなことをいって笑う青年だった。


先のひとことは、クラスで弟のことを話したときにいわれた。
「日本人って、障害があることをそんなふうにオープンにいわないよね」
Atsukoの気質や感覚は日本人的じゃないね、と彼は淡々といった。


彼のことばはなんだかとてもしっくりきた。
ああ、そうか、と妙に納得していた。
確かにそうかも、と。


弟に障害があるということは、一般的に考えると「普通」じゃないのかもしれない。
でも、私にとって弟は障害があろうがなかろうがただひとりの弟で、
それが私には「普通」のこと。
自分や自分たちがほかの人たちとおなじかどうかは
まったくもってどうでもいいことだった。


いまでも「みんなとおなじ」「みんなといっしょ」に価値を見い出さないのは、
子ども時代からのそうした考え方によるのだろう。


物事の良し悪しの根本的な基準は、他人や世間にあるのではなく、
自分の中にある。
それが私にとっては心地よいのである。

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2009-11-04

想像パーティー

携帯がバイブ。
すこし前に母にメールを送っていたので、十中八九その返信だと思って携帯をあけたら、
あれ。


予想外。
石垣島の友だち。
びっくり。


かなりひさしぶり。
どうしたんだろうと思って読んで、またちょっと驚いた。
1月に東京に来るという。
それって、用事?


返信すると、向こうからも返信。
仕事で東京近辺に引っ越しだとのこと。


うわ。
それは楽しみ。


彼と最後に会ったのは1年半前。
4年ぶりの再会だった。
まじめな話で熱く語り合い、筋肉の話でさらに意気投合したところに
予備校帰りの息子が合流し、仕事を終えた夫も駆けつけ、
4人でさんざんわいわい盛り上がった。


「まさか筋肉のことでこんなに話が合うとは思いませんでしたねえ!」
彼は真っ黒に日焼けした顔を思いっきりほころばせていった。
お陽さまをしょってるみたいな笑顔は彼のトレードマークだ。


また会おうね、また飲もうねと再会を約束しながら、
私たちが石垣に行くチャンスはそうそうないので
彼がまた東京に出てくるといいなあ、と思っていた。


まさか引っ越してくるとは。
年明けの再会を想像して、早や家族で期待が高まる。
彼はものすごくエネルギーが高くて、ポジティブで、お酒が強くて、声がでかい。
とにかく彼と会うと心底楽しくなって、がんばろうという気持ちになる。
それにとても気が合うので、自然体でいられるのもらくちんだ。


「せっかくだからさ、彼女も呼んじゃおう」と私は友だちの名前をあげる。
「ええ~っ、あんなに酒が強い人をふたりも呼んだら、オレたちつぶれるよ」と夫。
お酒は決して弱いほうじゃない私と夫が脱帽する、横綱級のふたりである。


「じゃあね、彼を呼んで筋肉の話で盛り上がろう」とまた別の友だちの名前をあげる私。
「ええ~っ、声でかい同士でご近所から苦情が来ちゃうよ」と息子。
でっかい声で筋肉について語り合うなんて楽しそうじゃない、と私はわくわくする。


「じゃあさ、とびきりエネルギーの高いあの方を呼ぼう」と今度は尊敬する方の名前をあげる。
「ええ~っ、どうしてそういうことになるの? 来るわけないよ」と息子と夫。
いいの、いいの、想像の世界でだったらなんでもできるでしょ。


私のアタマの中で、とんでもなくエネルギーの高いパーティーが繰り広げられる。
果てしなく前向きにでっかい声で熱く語り合い、底抜けに楽しくて、
誰もが笑ってばかりいるわが家のパーティー。
想像するだけで楽しい!


想像だけでこれだけ愉快な思いをしたのってひさしぶり。
(「それって『妄想』だよ」と息子)


彼との再会がほんとうに楽しみ。

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2009-11-02

11月に思うこと

5時になるととっぷり陽が暮れるようになって、
ああ、そういえば11月になったんだものなあ、と思う。


11月の声を聞くと、
指折り数えるまでもなく今年も残り少なくなってきたと感じる。
駅の改札前では年賀状が売り出されていたし、
文具店では早や来年のカレンダーや手帳を選ぶたくさんの人たち。
気の早いクリスマスのデコレーションを目にするのもそう先ではないだろう。


こうして年末に向けてどんどん急き立てられていくんだけれど、
いま私は、かなりゆったりした気分でいる。
冷え込んできた静かな夜に穏やかな心持ちでいられるのは、
なんだかちょっとうれしい。


去年もおととしも息子の受験前だったから、
平静を装いつつやっぱり内心では落ち着かなかった。
戦うのは本人なわけで、
私はただ母としてでき得るサポートをするだけ、と心得ているつもりでも、
決戦の日が刻一刻と近づいてくる音が聞こえてくるような気がして
気持ちは急いた。


だけど、見えない何かに追い立てられるように過ごした日々も、
過ぎ去ってみれば思い出のアルバムにうまい具合におさまっている。


つとめてへらへらしながらも、
一枚皮をめくれば祈るような思いではちきれそうだったあのときの私を
いまの私が温かなまなざしで振り返っている。


振り返るその時々で、その時なりに一生懸命だった私が見える。
悩んで立ち止まったり、一歩も動けなくてうずくまったり、
渦にもまれているその時にはがんばれない自分にいらだっていたけれど、
否応なしに前に進めばその意味もわかる。
あのときの自分がいて、いまの私がいる、と。


ひとつひとつの過去の積み重なりでいまがあり、
いまをひとつひとつ積み重ねていくことで未来が作られる。


思いどおりにならなくて涙をこぼした私や、
やけくそになって暴言吐いてた私でさえ、
みんないまにつながり、それなりに私の色や味になっている。


なんだかいいじゃない。


いまここにいる自分が、なかなか悪くないじゃない、って思えることが
ちょっとうれしい。

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2009-10-30

天使よ

いま、ふたたび私のもとに天使が舞い降りている。
部屋に流れるボーイソプラノの声。


「なんかさあ、気持ちよく眠くなると思ったよ」と息子。
「そんなの聴いてるんだもん」


ひとりブレーンストーミングには、やっぱり彼らに助けてもらうに限る。
Boys Air Choirとか、Choirboysとか、ボーイソプラノの歌声に。
少年たちの澄んだ歌声に清められると、
ココロもアタマも平らかになってアイデアがわいてくるのだ。


「オレにとっては『ブレーンストーミング』じゃなくて『ブレーンスリーピング』だよ」


うまいこというねえ。
座布団一枚。


自分の気持ちを高めるときには嵐かミスチル、
デスクワークしながら幼稚園児の声を撃退するときにはピアノの激しい曲、などなど、
シチュエーションによって聴く音楽は変わる。
どっぷりバレエな気分のときにはもちろんバレエ音楽だが、
モノを考えているときにバレエ音楽は向かない。
アタマの中で音楽にあわせて踊ってしまうから。


「でもさあ、」と息子が続ける。
「眠くなるのもさることながら、不安になるよね」


不安?
「うん、すごく心配になる」


ああ。
ごめん。


ひどく打ち沈んでいるときにも、ボーイソプラノはよく聴いたものだった。
考えたり感じたりすることができないほど感覚が麻痺しかけた心には、
清らかな歌声がいちばんだったから。


「ボーイソプラノが聴こえてくると、
『ええっ? まさか』ってオレ、様子見に行ったでしょ。
いい思い出ないんだよね」


その節はご心配おかけしました。
キミの気持ち、とてもありがたかった。


でも、だいじょうぶ。
いまはその類で聴いてるわけじゃないから。
さすがに悲しげな曲だとアイデアも浮かばないんで、明るめのを選んでるしね。


何年も愛聴しているBoys Air Choirも、Choirboysも、
歌っている少年たちはとうのむかしにこの歌声に別れを告げているはずだ。
限られたときにだけ許される美しい歌声。
そのはかなさゆえに、彼らの歌声はよりいっそう清らかなのかもしれない。


天使の清らかさに祈りをこめつつ、ひとりブレーンストーミングをする。

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2009-10-29

“秋の遠足”を終えて

18時2分、上野駅で“秋の遠足”の母と弟を見送った。


新幹線に乗り込んだ弟は小山のように大きくて、
たいそうご機嫌ににこにこしながら窓越しに何かいっている。
大きな弟の陰からは、小柄な母がほほえみながら私たちに手を振っている。


楽しかったね。
インフルエンザ、気をつけてね。
息子と私も手を振った。
思いがけなく会えてよかったよ。
パパによろしく。


ホームからすべり出した新幹線が暗いトンネルの向こうに消えるまで見届けると、
息子と私は家路についた。
すっかり夜の街に変わった上野を抜けて、家まで歩いて帰った。


夕食を済ませると、お風呂に入りながら、なんとなく母のことを思い返した。


私が東京でひとり暮らしをしていたはたちのとき、
大竹しのぶの芝居を母とふたりで観に行ったときのこと。


私の生涯でたった一度出演したバレエ団の公演で、
店のオープンと重なってどうしても観に来れなかった母に
3日間公演の舞台がはねるたびに電話したこと。


そんなあれこれをなんとはなしに思い出した。


そういえば。
母と旅行に行く約束、果たしてなかったっけ。
息子が大学に合格したら旅行に行こうといってたのに、
なんだかばたばたしてるうちに立ち消えになってしまっていた。


オリエント急行に憧れてやまない母だから、
ほんとうは本物に乗りに行けたらいちばん。
でも、「絶対母と一緒!」の弟が、これまた「絶対飛行機には乗らない!」といってて、
オリエント急行がだめなら、せめて寝台特急カシオペアに乗ろうか、
なんていってたんだっけ。


だけど、母の憧れの実現に何か手立てはないだろうか、と思ってたら
オリエント急行はこの年内で廃止になるというニュース。
あちゃ。


旅行、計画しなおそう。
母と弟と行けるところ。
心楽しくなれるところ。
まだ息子がちいさかったときに行った「宮沢賢治の旅」みたいな。


「宮沢賢治の旅」はいま思い出してもほんとうに楽しかった。
息子に内緒で、母と弟に仙台から新幹線に乗ってもらって一緒に行った花巻。
偶然と信じて驚き喜ぶ息子の顔と、満面の笑みの母と弟に、
仕掛けた私と夫もすごくうれしかった。
それに、冬の初めの花巻の穏やかさはなんとも心地よかった。


どこがいいかな。


まずは母に聞いてみましょ。

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2009-10-28

サプライズ!

ゆうべ、母から電話がきた。


携帯がバイブした時にはてっきりメールだと思った。
だって、夜の9時に電話をよこす人なんて私にはそうそういないから。


ひっきりなしにバイブし続ける携帯を開けて電話に出る。
母がメールじゃなくいきなり電話してくる時は急用だ。


「もしもし」
「明日、どんな予定?」
「『どんな予定?』って、午前中にレッスンに行ったりするけど」
「じゃ、会うのはあさって、かな」
「!?」
「いま東京に来てるのよ」


わ。


携帯を耳に押し当てたまま息子に告げる。
「ばばたち、東京に来てるんだって…!」
「うわ、やりやがった」
息子は聞くなり下品ないい方で答える。


息子も私も、新型インフルエンザに感染したら大変、と
東京への“秋の遠足”は避けるようにいっていたのである。
まさかの事後承諾。


「サプライズ!でしょ」
電話の向こうの母はこともなげにいう。
母の後ろからは、野太い声で私と息子の名前を呼ぶ弟の声。


ちょうど電話が来るまで、録画してあった「裸の大将」を見ていた。
市原悦子さんと、塚地演じる清が踊る姿に大笑い。
いきなり歌い踊りだしちゃう悦子さんに母が、
それにワンテンポ遅れてぎこちなくまねして踊る清に弟が見事に重なり、
ひとり笑いが止まらなかった。


きのう夫と話しながら銀座を歩いている時も、
銀座めぐりが好きな弟や母のことが何度も話題にのぼった。


母と弟が東京に来てることを感じとっていたのかしらね。


さて、今日も私は青空銀座。
今度は母と弟と3人である。
弟のちいさい頃からのライフワーク、「銀座の放送局めぐり」だ。
銀座に集まっている全国各地の放送局の東京支局を回って
タイムテーブルをもらうのである。


「お母さんが歩けなくなったらおしまいだからね」
杖をついてゆっくり歩く母が、大きな弟の背中に向かっていう。
けれど、気分が高揚した弟はわれ関せずでどんどん歩いていく。


それにしても、まあよく歩いた、歩いた。
文字どおり、“秋の遠足”。

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2009-10-27

青空銀座

カーテンが光をはらんでほの白くなっている。
今日はきっと快晴だ。
あける前からわかっていた。


ためらいなくカーテンをひくと、
窓から飛び込んできたのは、思ってた以上の光のシャワー。
まぶしさに目を細めながら見やった向こうには、
きのうの雨空とはうって変わって雲ひとつない青空が広がっている。
何かいいことがありそうな、一日のはじまり。


こんな日ははりきって過ごさなくちゃ。
そう思った。


だけど。
朝の支度を進めるうちに、ヘンな感じにつきまとわれはじめた。
なんだか力がわいてこないというか、気のりがしないというか。


無理やり火をおこすみたいに行動しちゃえばなんとかなるかな、
と気合いを入れようとするものの、やっぱり違和感。


やめた。
今日の予定は変更。


「銀座行かない?」
今日はお昼で授業が終わるという予定の息子に声をかけた。
日中時間が空いていた夫も誘った。
せっかくの快晴。
なんとなく出かけちゃおう。


ということで、なんとなく銀座。
きのうあんなに冷たい雨が降ったとは思えないくらい、汗ばむ陽気の銀座である。


何日か前に「ブラタモリ」という番組でタモリがぶらついていたみたいに、
私たちも銀座をぶらつく。
タモリが通った路地を見つけて、わくわくしながら通り抜けて、
通り抜けの途中でお社にあたって手を合わせて、
あれ、こんなところに出てくるんだね、とか、このお店ひさしぶりだね、とかいいながら
ただただ銀座をぶらつく。


ぶらつきながら、出かける間際にひらめいたことをしゃべる。
ほんのひらめき。ほんの思いつき。
夫を相手にブレーンストーミング。


まぶしいくらいに陽が燦々と降り注ぐ銀座の街を歩きながらしゃべるうちに、
単なる思いつきが確信に変わっていく。


実行すべきかな。
自分自身の資源を活かすよね。
一歩前に進みたいよね。


やってみよっか。


今日は銀座をぶらついて正解。
青空銀座が私の背中を押してくれた。
うまくいくかどうかはやってみなければわからないけど、
まずはやってみよう。


さんざんぶらついた後で学校帰りの息子と合流。
おなかぺこぺこで食べたイタリアンランチ、おいしかった。

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2009-10-26

龍馬という人

来年の大河ドラマは「龍馬伝」。
坂本龍馬が主人公である。
ということは、2010年には龍馬ブームがやってくるのだろうか。


私の中の龍馬ブームはすでに到来済みではある。
さかのぼること20年前、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んだ時だ。


「竜馬がゆく」は、もともと夫の愛読書。
彼がむかし何度もページをめくったという古びた文庫を借りて
息子がおなかの中にいた時に全8巻を読んだのである。


坂本龍馬という人の、なんと大きいことか。
そのとてつもない大きさに激しく心を揺さぶられ、
人として強い憧れの気持ちを抱いた。


もう一度読みたい、読もう、いや読まなければと思った。
しかし月日は流れ、そのうち、自分がふたたび読むより先に
息子に読んでほしいという気持ちのほうが強くなっていった。


あんまり息子にはああせいこうせいといわないほうだが、
彼が高校生になった頃から「【課題図書】として『竜馬がゆく』をかならず読むように」
と何度も伝えた。


耳にタコができるほど両親からそのせりふを聞いていた彼は、
大学生活にようやく慣れた頃、とうとう【課題図書】を読みはじめた。
いま第7巻まで進んでいるそうである。


そういえば、息子が小学2年の時には「龍馬の旅」と称して
京都と高知で龍馬ゆかりの土地をめぐったっけ。
息子はおぼろげにしか覚えていないというけれど、
行く先々で、龍馬がどんな声でしゃべり、どんなふうに笑ったのか、
いつも心に龍馬を思い続けていた旅は、濃密で充実した数日だった。


実際のところ、生身の龍馬がどんな人物だったのか想像するのは楽しい。
残された古い写真や司馬遼太郎の書く龍馬像から、
自分なりにふくらませたイメージもある。


そのイメージにぴったりの龍馬を、最近テレビで見ている。
「仁」というドラマで、私の大好きな内野さん(内野聖陽)演じる龍馬である。


とんでもないほどエネルギーが高くて、とんでもないほど熱くて、
慣習や常識がどうであれ、自分の感覚や信念に忠実にまっすぐで。
人の心を魅了する愛すべき変わり者。


龍馬って、きっとこんな人だったはず!
と、うれしくなっている私である。

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2009-10-22

ある街の坂道で

都会の真ん中で、
広い歩道を人にじゃまされずにゆったり歩くのが好きだ。
それはある意味、とても贅沢なことである。


街の雰囲気は好きなのに、人が多すぎて残念に思うことはよくある。
先を急ごうとすればあふれかえる人に阻まれ、
のんびりそぞろ歩こうとすれば人にせかされる。
どちらもすこしばかりいらっとする。


きのう出かけた街も、行く前はきっとそうだろうと覚悟していた。
まあ、いい。
街歩きが目的じゃなく、レッスンに行くためなんだから。


駅を出てすぐのスクランブル交差点。
平日の午前中だからか、人とぶつかることもなくすんなり渡れる。
スタジオははじめて行く場所。
余裕をもって出てきたので、ここはゆっくり歩こう。


スクランブル交差点を渡って右へ。
目的地は道なりに坂をのぼった先にあるはず。


カーブを曲がって勾配の先を見通すと、思いのほか人がすくない。
この道、こんなに余裕あったっけ。
なんだかちょっと得した気持ちになって坂を進む。


坂の先へ行けば行くほど、人はすくなくなっていく。
秋の陽が燦々とふりそそぎ、街路樹の緑は光を反射してきらきら輝く。


あれ。
この街、こんなにきれいだったかな。


そういえば、と思い出した。
このへんははたちの頃、レッスン帰りによく歩いたものだ。
朝のレッスンを終えて、ひとりでてくてく歩いてた。
いまみたいに携帯プレーヤーもなく、もの思いにふけりながらてくてくと。


あの頃はなにを思って歩いていたんだろう。
27年後の私は、思いがけない街のすがすがしさにちょっとした感動を覚えながら
空なんか見上げてる。
青い空は雲ひとつなく澄み渡っている。


レッスンを終えて、坂の途中で息子とおちあった。
携帯の向こうで「あ、オレンジのバッグが見えた」と息子がいった。
「目立つねえ」
私も坂の下に真っ赤なバッグを見つけた。


なんかこの街、悪くないね、なんて話しながら
ふたりで広い歩道をゆっくり歩いた。

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2009-10-21

作り変えてくれたひと

バレエのレッスンを再開して丸2年になる。


再開してから以前の感覚は戻ったか、とよく聞かれるが、
むかしの感覚といまの感覚は別もののような気がする。
そもそもバレエに対するアプローチそのものが変わった気がするのだ。


20数年という、あまりに長いブランクがあっても、
むかしの踊り方の“くせ”みたいなものはカラダに残っている。
その“くせ”こそが自分にとってふさわしい踊り方のように思い込んでいたのだが、
それがまったく違うのだということをこの2年間でたくさん教えられた。


はじめはずいぶん戸惑った。
「これって、違うの?」と。
でも、何度も何度も先生の注意を聞くうちに、
自分のカラダにしみついた動き方は違う、と納得できるようになった。


そう納得してからは、自分の踊り方だと信じて疑わなかった古いやり方を
できるだけ忘れるようにした。
その代わり、先生が教えてくれるカラダの使い方、動かし方、踊り方と入れ替えていった。
もちろん、そう簡単に入れ替えられるものではないけれど、
カラダとアタマにたくさん指令を送って入れ替えるよう試みた。


新しく習得した動き方に自分本来の持ち味をのせて、
これこそが「踊る」ということなんだなあ、と感じられる時はうれしい。
踊れてよかった、と素直に思う。


再開したての2年前、私に大きな影響を与え続けた先生がいらっしゃる。
先生のレッスンはいつも目からウロコで、そのうえ容赦なくハードで、
間違いなく先生は私のバレエを作り変えてくれたおひとりだ。


その先生のレッスンを今日、ひさしぶりに受けた。
先生は相変わらずパワフルで、的確で、楽しくて、
レッスンはやっぱり目からウロコで、ハードだった。


レッスンを終えて、息子と合流した。
大学の創立記念日で休みの今日、息子は息子でレッスンに行っていたのだ。


息子がいまお世話になっている先生も私のバレエを作り変えてくださったおひとりだが、
思い返せば、その先生に息子を教えてもらうといい、とアドバイスしてくれたのは
今日の「目からウロコ」の先生である。
息子にとっても恩人といえる先生なのだ。


秋晴れの昼下がり、息子とレッスン談義に花を咲かせた。
まだまだ初心者の域を出ない息子は
「ついてこれるのが不思議だねえ」と先生にいわれた、とうれしそうだった。


おたがいに、今日もよく踊った。

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2009-10-20

生き直す

息子の通う大学は、高校生だった私がもっとも憧れていた大学である。
入った暁には何を勉強するのか、心に決めてもいた。
でも、結局のところ私は大学受験すらしなかった。


「アナタだったらきっと入れただろうに」
息子がいう。
「いまからだって遅くないよ」


息子にそういってもらえるのはとてもうれしい。
でも、いまの私には入る目的がない。


すくなからず「行きたい」と思ったのは高校生の時だったが、
あの時私は違う道を選択した。
その選択があったから、いまの私がいる。


しかし、選択した別の道で、私は十分力を発揮できなかった。
いや、もともと発揮するだけの力があったのかどうかもわからない。


選択の末に歩みだしたバレエの道で、
いまのようなトレーナーの存在や解剖学的な知識があったら…
とちらりと思う。
でも、あの時にはなかった。
それだけのことである。


あの時ああだったら。
あの時ああしていたら。
そう仮定することに意味はない。
思い返しても、過去は変えられないのだ。
過去を振り返って仮定で考えるのはナンセンスなだけである。


何かを選択して思うような成果が得られなかったとしたら、
選択したことを悔やむより、これから先どうするのか考えればいい。
過ぎたことは引きずらずに、前に進む。
だって、過去は変えられないのだから。
でも、未来を変える可能性は十分あるのだ。


日々レッスンやトレーニングの中で
からだの使い方が変わっていくのを実感しながら、
人は意識すれば何度でも再生できるのだ、と強く思う。
若い時には体得できなかった細かなからだの使い方を積み重ねる度に、
自分が生き直しているのを感じる。


さまざまな選択を繰り返してきたいまの私だから体得できたのだ。
こじつけでもなんでもなく、そう思う。


それは、「進歩」や「進化」といったことばで表してもいいのかもしれない。
でも、実感としては「生き直す」というほうがしっくり。
もしくは「再生」という感じ。

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2009-10-18

10年変わらず

もう何年もショートヘアにしているが、
伸びてボリュームが出てくるといてもたってもいられなくなる。
で、美容院に駆け込むのがたいてい4週目か5週目。


でも、今回は伸びたのがそんなに気にならず、
気がつけば前回から7週間がたっていた。
7週もたてば長さも出て、レッスン中はピンで留めたが、
全体に絶妙なバランスは保っている。
深まる秋にはそれなりの長さも悪くないかも、なんて思ったほど。


ただ、カラーは変えたいと思った。
気分を盛り立てようと、夏からずいぶん明るめにカラーを入れていたから。


毎日鏡を見ていると、鏡の中の自分に慣れっこになってしまうところがある。
また、すこしずつの変化にも慣らされてしまうものだ。
だから、明るめのカラーが退色してますます明るくなっていることには
鈍感になっていたようなのである。


きのう、出先の大きな鏡で見た自分の髪の妙な明るさに、ちょっとぎょっとした。
このままいったら、いきつくところは金髪じゃないの、私。


やっぱり秋はシックにいきたい。
浮き立つようなかろやかな色味ではなく、こっくりと落ち着いたブラウン。


ということで、今日7週間ぶりの美容院に行った。
ここもまた息子と一緒。
ふたりしてゴトウさんに髪をゆだねる。
良きように切ってもらい、ぐっと深みのあるカラーを入れてもらった。


「うち、今年で10周年なんですよ」とゴトウさん。
「っていうことは、担当してから10年なんですよね」


10年。
もうそんなになるんですね。
オープンしたてのゴトウさんのお店に一番乗りした日のこと、
よく覚えています。


10年ずっと変わらずに髪をおまかせしてきたのは、
もちろんゴトウさんの技術の高さとセンスの良さもあるけれど、
なんだかとてもウマが合った、ということも大きい。
価値観の合うところが多いから、いつだって話してて気がラクなのだ。


オープン時には小学生で、本を読みながら私が終わるのを待っていた息子も、
いつしかゴトウさんに髪を切ってもらうようになった。


すこし短くなって秋色にチェンジした髪に、満足。
また1ヶ月後にお願いします、とお店をあとにした。


ゴトウさんにはこれからもずっと私の髪をお願いしていくだろう。
確固とした信頼と安心感は、そう簡単に手放せないのである。

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2009-10-16

戦わなきゃ

しし座の占い、「運気は絶好調です」と出ていた。


よし、いい感じ。
きてる、きてる。
私本来の元気がやっと戻ってきたところに、追い風の運気。
そのことば、額面どおりに受け取っちゃおう。


ところが、そんな私に息子が水をさすようなことをいう。
「元気になるとさ、熱苦しく(あつくるしく)なるんだよね。
ちょうどいい感じにはならないの?」


ははは。
いつもいわれること。
ごめん、ごめん。


元気なときとそうでないときとのギャップが激しいので、
そばにいる家族はいささかうっとうしいことだろう。
「『いささか』じゃなく『かなり』!」といわれるかもしれない。


否定はしない。
エネルギーが高まってくると、積極的になってよく動くし、よくしゃべるようになる。
積極的を通り越すと、やや過激だったりやや熱苦しかったりするのである。
(ちなみに、『暑苦しい』ではなく『熱苦しい』のほうが私の感覚にぴったりする)


いま、息子にうっとうしがられているのは、
事あるごとに香川照之ばりに「勝たなきゃゴミだ!」とがなること。
「カイジ」の中のセリフである。


正直なところ、さすがに「勝たなきゃゴミだ」は極論だと思っている。
私の心情としては、「戦わなきゃゴミだ!」ってところ。
それでもじゅうぶん過激かもしれないけど、でもしっくりくる。


なんとしても勝ちたい、という思いで戦いに挑んだとしても、
勝てるとは限らない。
でも、結果的に勝てなければ意味がないかといえば、そうでもない。
準備周到で戦いに臨むことも、勇気をもって戦いに挑むことも、
勝ち負けにかかわらず自分自身に何かをもたらしてくれるのだから。


しかし、はなから戦いを放棄していれば何も変わらない。
変わらないことを望むかどうかは人それぞれだが、
もし自分の人生の主導権を自分の手におさめていたいのなら、
戦わなければ。
新たな一歩を踏み出して、戦いに挑まなければ。


「戦わなきゃゴミだ!」と熱苦しくがなりながら、
どんなふうに戦おうかと戦略を練りはじめた私である。

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2009-10-12

スイッチ

どこか醒めてるひと。


夫あたりは私をそんなふうに見てるかもしれないが、
いま私が頭に思い浮かべてるのは自分のことじゃなくて、
息子のこと。


彼ってどこか醒めてる。
いままで、ふとした拍子にそう思うことがあった。
力は十分もっているはずなのに、なかなかスイッチを入れない。


いや、あえて『スイッチを入れない』というより、
気持ちはあるのに『スイッチが入らない』。
それが、彼になんとなく醒めた印象を与えていたのかもしれない、と
いまになってみればわかる。


自分が心から望むものならば、入れる気がなくてもスイッチは自然と入るのだ。
TAP BOYSのときみたいに。


祝日の今日、彼の大学は通常通り講義だった。
しかし、1時限目と2時限目が休講になったので、彼は午後から行けばいいことに。


「やった! 先生のレッスンが受けられる!」
休講がわかった時点で、彼はガッツポーズ。
そしてそのことばどおり、リュックに辞書やテキストと一緒にレッスン着を入れて
今朝、先生の稽古場に向かったのだ。


きのうの今日である。
まだまだバレエ仕様のカラダにはほど遠く、
1回レッスンすれば使い慣れない筋肉があちこちで悲鳴を上げている状態だ。
ちょっと前までの彼なら、疲労感を理由に家でゆっくり、というところである。


それが2日連続のレッスンとは。
もし条件が許すなら、いまの彼は毎日だって先生のレッスンを望むところだろう。


「だって、楽しいんだよ」と彼はいう。


確かに、きのうのレッスンでもほんとうにうれしそうにしてた。
帰宅後の“補講レッスン”では、私の注意に思わず「はいっ!」と返事するほど
熱が入ってたっけ。


すこしでも柔軟性や筋力が上がるようにと、ストレッチやトレーニングもがんばっている。
ほんとうに心から望むものならば、スイッチは自然にじゃんじゃん入るのだということを
私はいま目の当たりにしている。


やりたいこと、やれるだけとことんおやりなさいな。
そこで経験することは、どんなことでもかならずキミの宝になるはずだから。

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2009-10-11

秋晴れの朝に

朝早く、息子と家を出発した。


雲ひとつない空は吸い込まれそうなほど青く澄み渡り、
その高い高い頭の上にはちいさな白い月がうっすらとはりついている。


晴れ渡った空とはうらはらに、息子と私の会話はいささかテンションが低い。
「私、実はあまり調子よくない」
「オレ、腰が痛い」


そんなことをいいながら、私たちは知っている。
3時間後にはからだいっぱいにエネルギーがあふれていることを。
食欲がわかないくらいへとへとになっていても、
充実感に心躍らせていることを。


ひんやりと乾いた朝の空気にキンモクセイの香りが漂う。
いいにおい。
季節の確かな足どり。


私たちも確かな手ごたえを感じたくて、稽古場に向かう。
息子とともにレッスンを受けるのは今日で2度目。


自分自身に強く集中していなければ振り落とされてしまいそうな90分。
おたがいにせいいっぱい燃焼した、って感じ。


息子は、感心するほどにがんばってた。
ほんとうにバレエが好きだってことがびりびり伝わってくる。
レッスン後の更衣室でも、仲間たちが息子のがんばりをほめてくれて、
母としては素直にうれしかった。


今日のレッスンでは、先生に新しい課題を与えられ、1ステップ先に進んだ息子。
うちに帰ると、部屋で何度も何度も繰り返す。
あんなにへとへとになっていたのに、汗だくになって何度も何度も。


もちろん私はコーチ役。
手本を見せるのは最初だけで、
あとはやるたびにひとつひとつ修正点をあげて調整する。


調整を繰り返すうちに、だんだんできるようになり、
おかげでピルエットがすこしカタチになった。


できるようになるとおもしろさは増す。
うれしそうににこにこしながらスリッパでくるくるくるくる回り続ける息子。
明日もレッスンに行くんだ、とすでに気持ちは前のめり。


そんなに一生懸命なキミが私はうれしいよ。
調子戻ってきた私も負けないからね。

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2009-10-10

今日は映画

ちょっとした選択を迫られた。


前々から楽しみにしていた映画が何本かあって、
その公開がよりによってみんな今日に重なったのである。
それも、1本以外は出演者の舞台挨拶つき。


どれを観に行こう?


藤原竜也主演「カイジ」。
内野聖陽主演「悪夢のエレベーター」。
堺雅人主演「クヒオ大佐」。
そして、「パリ・オペラ座のすべて」。


時間を調べたら、3本はしごだってやれなくもない。
ま、チケットがうまい具合に取れればの話だけど。


さあ、どうする。


「オレは『カイジ』。あとはパス」
息子はにべもなく即決である。


うーん。
まあ、よくばらずに1本にしとこうか。


ということで、今日は「カイジ」に決定。
ほかの3本は後日、ということに。


1週間前、インターネットでチケットを取った。
初回が希望だったが、ようやくサイトにアクセスできた時にはほぼ売り切れ。
なんとか2回目のほうを予約した。
一度に2枚までしか取れないので、「オレはあとで観に行くよ」と夫。


さて。
出演者と監督の舞台挨拶があって、映画本編スタート。
結構期待はしていたが、その期待を裏切らないおもしろさだった。
なにより、藤原竜也がいい。


天才・藤原竜也が真骨頂を発揮するのは舞台の上だと思っているので、
実は映像の彼には舞台ほどの関心をもってこなかった。
だから、舞台は絶対欠かさず観に行くが、
映画やテレビドラマは内容に興味がなければ観ないでしまうこともあるのだ。


しかし。
「カイジ」では、舞台でよく見るぎりぎりまで研ぎ澄まされた彼の緊迫した集中力が
惜しみなく映像からあふれ出てきた。
あたかも舞台で演じる彼を生で観ているかのような錯覚を覚えたほどである。


そこにからんでくる香川照之がこれまたすごい。
クライマックスはスクリーンから火花が散ってくるような迫力だ。


「ひさびさに『もう1回観たい!』と思った映画だよ」
と息子も大満足。


「カイジ」、ほんとうにおもしろかった。

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2009-10-08

台風のいちにち

窓を打つ雨風の音に目が覚めた。


夜更けと夜明けにはさまれた、いちばん静まり返っているはずの街を
風が猛烈に吹き荒れ、雨が激しくたたきつけている。


やっぱり台風が来たんだ。
突然湧き起こった実感に、思わず意識が覚醒した。
雨風の音が急に耳について眠れなくなりそうになり、
あわてて耳を指でふさぎ枕に顔を押し当てる。
そうするうち、私はふたたび眠りに落ちたようだった。


起きだすいつもの時間には、外は拍子抜けするほど静かだった。
空は思いのほか明るく、陽が射しはじめてさえいた。


台風、もう過ぎていった?
息子はきのうのうちに午前中の講義が休講に決まったといってたけど、
起こさなくていいんだよね?


と思ったのもつかのま、またばらばらと雨の音が響きはじめ、
びゅう、っと突然吹きつける風が窓を揺らす。
まるで気まぐれを起こしているみたいに、それからも雨と風は交互にやってきた。


「午後も休講にならないかなあ」
ゆっくり起きだしてきた息子が希望を込めるかのようにいう。
午後が休講になるかどうかは大学のHPに掲示されるというので、私もアクセスしてみた。
でも、HPはなかなか表示されない。
おなじように確認を取りたい学生のアクセスが集中しているのだろう。


窓から空を見上げれば、
澄んだきれいな青空を、真っ白いもくもくした雲がどんどん風に流されていく。
「ま、天気もいいし、散歩と思って行きますよ」
息子はそういって出かけていった。


ほどなく息子から電話。
「まったく。今日一日全部休講になってた」
これから銀座のユニクロに行ってみる、と電話は切れた。


台風一過で家の中の気温もぐんぐん上がり、
ひさしぶりの陽射しにうれしくなっていると、また息子から電話。
「もう、踏んだり蹴ったりってこういうこと」
ユニクロに目当てのものがなかったという。


「シュークリームでも買っていく?」
とおもむろに息子がいう。
うわ、私を誘惑する気?
食べたい気持ちは大あり。
でも、どのみち焼きたて時間からだいぶたってるからないでしょ。


「いや、いま店の前にいるけど、『ただいま焼きたてで限定販売です』って出てるよ」
んー。
じゃ、お願いします。
この間、映画の帰りに友だちと食べたお気に入りのシュークリーム。
また食べたい、ってずうっと思ってた。


ほどなく帰った息子と、お茶をいれてシュークリームを食べた。
「おいしい!」
「うまい…!」
息子はチョコレートケーキをじっくり味わいながら目を細めた。


「オレのおごりね」
あら、うれしい。
ありがと、ごちそうさま。


ふと窓の向こうに目をやると、今日一日の陽射しの残像が街を照らして、
ビルの連なりのシルエットがきれいに浮かび上がっていた。

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2009-10-03

親子でレッスン、って?

私が通うバレエスタジオで
「親子でレッスン、ってどうですか?」と聞かれた。


どう、って?


「いえ、最近親子でおなじレッスンを受ける方が増えているんですけど、
お母さまのほうが『気が散る』っておっしゃるんですよね」


気が散る。
いや、私は別に。


「見てると『ああすればいいのに』『こうすればいいのに』って
気になってしょうがないんですって」


ふうん。
そんなに気になるなら、一緒にレッスン受けなければいいのに。
私は「お、がんばってるじゃない」って思うくらいかな。


息子にその話をすると、
「オレはむしろ『ああしたほうがいい、こうしたほうがいい』
ってもっといってもらったほうがいいよ」という。
「アナタはできる人だから」


あら、ありがとう。
じゃ、次からはレッスン後の補習をもうちょっと長くしよう、と約束した。


息子が私に教えてほしいというのは、
私をバレエの大先輩と認めて信頼してくれているからだ。
信頼されているのがわかるからこそ、
私は彼を温かな、それでいて冷静な目で見たいと思っている。


これがタップだとそうはいかない。
タップに関して私は門外漢だから。


TAP BOYS結成の頃を振り返って息子がいう。
「『タップのことわからないくせに』って、オレ結構反発してたよね」


息子にいわれるまでもなく、私はタップのことを知らない。
タップシューズを持ってて、レッスンを受けたことがあっても、
それはほんのちょっとかじっただけのこと。
長くやっている彼にタップのことで何かを語るなんておこがましい。


だからTAP BOYSも、ダンスとしてどうか、パフォーマンスとしてどうか、
という観点で彼らをサポートしたつもり。
まあ、タップについては自分のごくわずかな経験と知識をかき集めはしたけど。


「オレ、さんざん反発したけど、でもそのうち気がついたんだよ。
『この人のいうことは聞いたほうがいいな』って」


信頼してくれたんだよね。
ありがとう。


その気持ちを感じるからこそ、
息子やメンバーからの信頼は絶対損ないたくない、と思った。
タップのことは相変わらずよくわからなくて、
「ヘンなステップを振付けて踊りにくい!」と非難されたけど。


一緒にレッスンして気がもめちゃうお母さん、
気をもむ必要なんか全然ない。


自分が自信を持って教えられることなら
あとでニュートラルに教えてあげればいいし、
もしそうでないなら、専門的なことは先生にお任せして
温かい目で見守ればいい。


なにより、一緒に楽しんじゃえばいいのだ。

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2009-10-01

タップとバレエ

大学から帰ったばかりの息子を私の“コックピット”に呼ぶ。
「見て見て、これ」
PC画面上の再生ボタンをクリック。


「ああっ、これ」
画面をのぞきこんだ息子が歓声をあげる。
「すげえ…」


「今日は『記念日』だから、プレゼント。やっと見つけたんだよ」というと、
「『記念日』か。すっかり忘れてた」だって。


息子に見せたのは、
2003年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップを受賞した
スティーブン・マクレーの映像だ。
それも、タップの。


ローザンヌ国際バレエコンクールでタップである。
信じられないが、ほんとうだ。
当時のローザンヌコンクールでは
クラシック・バリエーションのほかにフリー・バリエーションがあって、
彼はそのフリーでタップダンスを披露したのである。


見たときには度肝を抜かれた。
だいたい、由緒正しいクラシックバレエのコンクールでタップが出てくるなんて
夢にも思わないではないか。
クラシック・バリエーションも素晴らしかったのに(って、よく覚えてないがそのはずだ)、
タップも一級品。
とにかくびっくりした。


時々思い出しては、あの時の映像がないかとネットで探していたのだが、
『記念日』の今日、とうとう見つけた。
今日は、息子がタップをはじめた『記念日』なのである。


5歳だった息子は、ほんとうはバレエをやりたいといっていた。
でも、「男の子のタイツはイヤだ」という父親の保守的な反対に、泣く泣く断念。
そこに「じゃ、タップはどう?」と私の母から助け舟が出た。


「ばば、タップって何?」
「靴を鳴らして踊るのよ」
「ぼく、タップやる。ママ、習うところを探して」


かくして、タップをはじめたのが14年前。
回りまわっていまはバレエにも夢中になっているが、
そんな息子をむしろ父親は喜んで見守っている。


「結果的に、あの時反対されてよかったよ。そのおかげでタップに出合えたから」
と息子。
ほんと、そうだね。


さて、あらためてスティーブン・マクレーのタップを見ると、実に粋だ。
かろやかなタップのステップと、バレエで培った上体の美しさが融合して、
なんとも魅力的。


彼のタップを見たとき、いつか息子もこんなふうに踊れたら素敵だなあ、と
思ったものである。


タップとバレエの融合、キミならできるかもよ。
母は期待しております。

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2009-09-29

柔軟なカラダ

「タイムマシーンで過去にさかのぼって、ちいさいオレをひっぱたいてきたいよ。
『柔軟はやめちゃダメだ』って」


そういって息子がうめく。
「ああ、柔軟なカラダがほしい…」


確かに、ちいさい頃の彼はカラダが柔らかくて
180度開脚だってできた。


決してはじめからくにゃくにゃと柔らかかったわけではないのだが、
同年代の子が難なく180度開脚するのを目の当たりにして
負けず嫌いの彼は、じゃあボクも、と発奮したのである。
ストレッチにストレッチを重ね、
結局1週間もしないうちにぴたっと開くようになったのだった。


ああ、それなのに。
ほうっておいたら、いつのまにかがちがちなカラダになってしまっている。
いまとなっては、180度開脚も過去の栄光なのだ。


「だいじょうぶだよ」と私。
「若いんだから、いまからでも十分柔らかくなるよ」


気休めじゃなく、そう思う。
辛抱強く続けたら、きっとだいじょうぶ。
私がそうだから。


少女時代、飛び抜けて柔軟性に富んでいたわけではなかった。
そのことを悩みもしたし、自分なりにストレッチもやってはいたけれど、
満足のいく柔軟性は得られないままに踊っていた。


そんな私が、20数年のブランクを経てレッスンを再開。
カラダが柔らかいわけがない。
わかりきったことではあったけれど、ああそうですか、とあきらめるのもくやしい。


多少痛いのはがまんがまん、でストレッチ。
あれこれ試行錯誤を繰り返し、工夫もして、しつこく続けていたら、
それなりに柔らかくなってきた。


もしかしたら、少女時代よりカラダの理論理屈をすこしは知っただけに、
効率よくストレッチしているかもしれない。
二十歳の頃にいまやってるようなストレッチやトレーニングをしていたら、
カラダの使い方もずいぶん違っていただろう、とさえ思う。


とはいえ、脚を上げようにも
カラダの使い方が不十分だったはずの二十歳の頃にかなわない現実。
それがまたくやしくて、ストレッチやトレーニングを工夫する。
もちろん、自分のカラダと相談しながら、だけど。


47歳だって思いどおりに動くカラダがほしいんだもの。
19歳ならなおのこと。


でも、だいじょうぶ。
地道に続けさえしたらね。

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2009-09-27

新・おかあさんといっしょ

長い長い休みを終え、息子は明日からふたたび大学。


「あー、また学校かあ」などといささかぼやき気味の息子だが、
休みの最後の2週間はとても充実していたので満足だとか。


充実の要因は、なんたってバレエのレッスンだ。
へろへろのよれよれになりながらも、ほぼ1日おきのバレエ生活。
もし先生が毎日クラスをもってらしたら、毎日通ったのかもしれない。
それくらい彼はバレエに夢中になった。


学校がはじまるとなかなか先生のもとに通えないのが、彼は残念でならない。
来年は先生のクラスが受けられるようなカリキュラムにしよう、と
いまから心に決めたくらいである。


ところで。
おととい、レッスンが終わると彼は先生にあいさつしたという。
「日曜は母をよろしくお願いします」


日曜朝(つまり今朝のことだ)、私が通うスタジオのクラス担当は先生で、
体調不良で休んでいた私にとって先生のクラスは2ヶ月半ぶり。


ところが、息子のことばに先生はこともなげにおっしゃったそうだ。
「何いってるんだよ。来ればいいじゃないか」
戸惑う息子に先生はさらにおっしゃる。
「やることはここと一緒だよ」


さあ、息子、困った。
先生のレッスンは受けたい。されど。
何かが引っかかり、何だかためらわれる。


母と一緒にレッスン、というのはたいした問題ではないらしい。
ただ、自分が通っていたスタジオとは明らかに雰囲気が違うところに
なんとなく踏み込みにくい、と感じたのだろうか。


でも、彼はレッスンに来た。
スタジオに一番乗りしてウォーミングアップしていた私に遅れること20分、
彼はスタジオに現れたのである。


「おおっ! 来たな!」
先生は息子を見て満面の笑み。


やるじゃない、そのチャレンジ精神。
私も心の中でVサイン。


かくして、はじめて息子と一緒にバレエのレッスンを受けた。
「新・おかあさんといっしょ」はもっと先になるかと思っていたが、
先生のおかげで思いのほか早く実現することになった。


高度な技術を要求される後半こそ見学していたが、
息子、なかなかがんばっていた。
やるなあ。


逆に、私のがんばりも見られていたわけで。
もちろん、せいいっぱい跳んで、回った(あとで「よろけたね」といわれたけど)。


水を浴びたみたいに汗だらだらで、おたがいよくがんばりました。
2週後の日曜朝、また先生のクラスで一緒に汗を流そう、と約束した。

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2009-09-25

思いがけないこと

汗がひかないままに地下から階段を上がって外に出ると、
車道を隔てて向こう側の歩道に息子が待っていた。


「お待たせ。…おつかれ」


そうか。
スタジオの真ん前だと直射日光で暑いものね。
車道を渡ってから気がついた。


向かいの歩道はちょうどいい具合に日陰になっていて、
いつもは人通りの少ない歩道を
お昼休みとおぼしきサラリーマンやOLが何人か通っていく。


「疲れすぎて、おなかすいてないや。のどはからからだけど」と息子。
とにかくお昼を食べに行こう、と駅のほうに歩き出す。


強い陽射しが容赦なく照りつける中、ふたりしてゆっくり歩く。
暑い。
見上げれば、雲ひとつない晴れ渡った空。
秋晴れというより、夏空という感じ。


「すごく汗かいたよ。開始10分でぼたぼた」
「ああ、私も。床にたくさん滴り落ちてた」


息子は10時半から、私は11時から、それぞれ別の場所でレッスンしていた。
おたがいに思うように動かないカラダと格闘して、
おたがいに汗をたくさんかいて、
それぞれの1時間半をめいっぱいバレエに捧げた。


ふたりがそれぞれに肩から提げるでっかいバッグは、
飲み干したスポーツドリンクの分軽くなって、
汗をずっしり含んだウェアの分重くなった。


いつもは歩調の早い息子と私が、へとへとゆえにゆっくりゆっくり。
すれ違う人も後ろからせきたてる人もなく、一歩一歩踏みしめるようにゆったり歩く。


ふいにふわあっと風が吹きつける。
ほてったカラダから熱が奪い去られて、なんともいえず気持ちいい。
めいっぱいカラダを使って汗を流したからこその心地よさ。


息子とレッスンの話なんかしながら、風に吹かれて歩く。


人生は思いがけない。
何がどうなるかわからない。


私が20数年ぶりにレッスンを再開して、
むかしと違うカタチでバレエに没頭しているのも、
ちいさいときにバレエをやりたいと望みながら、タップをはじめた息子が
いまこうしてバレエに夢中になりはじめているのも、
ほんとうに思いがけないこと。


そして。
思いがけないバレエとの再会で、命を燃やせる時間を持てるのは
ほんとうにしあわせなこと。

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2009-09-23

楽屋で

きのう、「宮城野」の舞台がはねた後、
息子と一緒に民代さんの楽屋を訪ねた。


私は修行時代に1年間彼女と一緒にレッスンしているが、
いま民代さんと親しい交流があるのはむしろ息子のほうだ。
なんたって息子は「Shall we ダンス?」でひと目ぼれをして以来、
6歳の時からずっとファンなのだから。


「おおっ、こんにちは」
のれんをくぐった先に民代さんはいた。
舞台化粧はそのままに、ほっそりしたカラダにまとっていたのは
遊女の着物に代わってグレーにピンクのラインのジャージ。


「今度からはバレエじゃないからね、芝居だからね」
民代さんは元気いっぱいにいう。
さっきまでのせつなくも哀しい宮城野からうって変わり、
実にさばさばしたいつもの民代さん。


楽屋のやりとりはバレエ時代と変わらない。
舞台の彼女は大きな変貌を遂げたけど。


ことばを必要としない踊りから、ことばを介する芝居へ。


ダンサーとしての彼女は数多く拝見してきたが、
舞台女優としては未知数。
そんな危惧を、彼女の宮城野は瞬く間に拭い去ってしまった。
彼女にとって、表現の根本は何ひとつ違っておらず、
表現者としての新たな一歩を着実に踏み出したことを証明して見せた。


ほんとうに素晴らしい舞台だった。
表現者・草刈民代に脱帽である。


ところで。
息子は民代さんに報告をした。
「ぼく、『本格的に』バレエのレッスンはじめました」


「『本格的に』ってなに? まさかダンサーになるつもりじゃないよね?」
民代さんは身を乗り出してあわてた様子。
バレエ、楽しいんですよね、と息子は笑った。


劇場の帰り道、息子がいう。
「ダンサーになるつもりも、ならないつもりも、わからないよね。
だって、これから先、どうなるかわからないんだから」


そうだよね。そのとおりだと思う。
ただ母は、息子に夢中になれることがふえたのがうれしい。
好きで一生懸命やればこそ得られるものが
どれだけたくさんあるか知っているから。


息子は今日もレッスンに行った。
使い慣れないカラダは使うほどにへとへとになるけれど、
それでも彼は行かずにいられない。
帰ってくれば、私を相手に復習する。


自分の心のおもむくままに、夢中になれることをやったらいい。
母は応援するのみです。

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2009-09-19

輝くとき

息子が幼稚園に通っていた頃、
彼がひとりっ子だと知ると、周りは勝手なことをあれこれいったものである。


何かいわれるたびに、
心のうちでは価値観の違いに驚いたり腹を立てたりしたけれど、
よほどのことでない限り、とりたてて異論を唱えはしなかった。


新米の未熟な親ではあったが、
それでも自分たちの信念のもとに育てている自負があったから。


いわれて不思議に思ったことのひとつに、
「ひとりっ子なのに“お受験”しないのはもったいない」
というのがある。


小学校受験に一生懸命な親御さんもちらほらいる幼稚園だったから
相手のいわんとするところがわからないでもなかった。
でも、私にとっては違和感の大きい価値観だった。


年齢相応の楽しいことを存分に楽しんで、
年齢相応の苦労をその時々で経験してほしい。
息子には、ずうっとそう願ってきた。


受験にせよ、習い事にせよ、
「みんながやっているから」とか「将来役に立つから」といった理由だけで
親が一方的に押しつけることはするべきでない、とも考えてきた。


成長していく過程で、
自分から取り組んでみたいと思うものが見つかったときに
やってみればいいのだ。
条件が許す限り。


もちろん、「みんながやっていること」も時には大事だし、
「将来役に立つこと」はやっていて損はない。


だけど、自分が「ほんとうにやりたいこと」や
「心から好きなこと」が見つかることのほうが
その人にとってはなにより素敵なことだと思うのだ。


だって、自分が「ほんとうにやりたいこと」や
「心から好きなこと」にどっぷり浸かって、
がっぷり四つに組んだ末に得られる充実感や高揚感は、
その人にとって何にも代えがたい心の宝物になっていくのだから。


この間、悦子さんも息子におっしゃってた。
「好きなことをやったらいいのよ」と。


好きなことに夢中になって、いきいきしているときが
人間、なんたって輝くのだから。


私はそんな輝く息子が見たいのだ。

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2009-09-18

今日もレッスン

息子は今朝もバレエのレッスンに向かった。
母としては、ちょっと感動である。


いつもなら、学校の体育の授業でもない限り
「朝からカラダを動かすなんてないよ」という息子だ。
おとといのデビューレッスンで使い慣れない筋肉を使い、全身ぐきぐき状態でもある。


それなのに、早起きし、朝ごはんを食べ、準備万端整えてレッスンに行ったのである。


すごい。
母は、ただただ感心するばかり。


大学の、初心者レベルのバレエの授業とはわけが違う。
自分以外はほとんどがプロのダンサーで、踊れる人ばかりなのだ。
確たる決意や情熱がないと、気後れしてしまうような環境だ。


いってらっしゃい。
がんばって。
息子を見送った後、私も自分のレッスンに出かけた。


さて。
レッスンを終えて大急ぎで着替えて外に出ると、
先に終えていた息子がドイツ語の単語帳を眺めながら待っていた。
彼がレッスンを受けたスタジオは、私が通うスタジオのひとつ先の駅なのである。


ファストフードでランチをしながら、またまたレッスン談義。
彼にとっては、何がどうなっているか把握する前にあれよあれよとレッスンが進むらしく、
よく覚えていなかったり、うまく説明できなかったりではある。


でも、私も先生のレッスンを受けているので、だいたい想像はつく。
「こんなのやった?」と聞けば、
「ああ、ああ、それそれ、やった」なんて答えが返ってくる。


先生は息子に「焦らないで、無理しないで、ゆっくり」とおっしゃったそうだ。
そうすれば、きっと踊れるようになるから、と。
超初心者の息子を温かく見守ってくださっている先生には
感謝の気持ちでいっぱいである。


うちに帰ると、さすがに疲れが出たのか息子はぐったり。
やり慣れないことは疲れるものだ。
「ソファーに横になってるのにつらいのって、2年前のTAP BOYSの練習以来」だという。


それでも、夜になったら「なんか回復した」だって。
「フラッペって大変」なんていいながら、ちょっとやってみたりして。


まさか、彼とこんなふうにバレエの話をするようになるとは思ってもみなかった。
バレエが好きだ、と聞くとすごくうれしいし。


私ゆずりの血が騒いだのかしらね。
いつでも補講するから、何でも聞いて、なんて張りきる母である。

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2009-09-16

デビュー

ジムでトレーニングを終え、更衣室で着替えていると携帯がバイブした。
メールかと思ったら、バイブが止まらない。
電話だ。あわてて出た。


「もしもし」
疲れきった息子の声。
やっぱり。


銀座で待ち合わせようと小声で約束し、電話を切った。
更衣室での携帯使用は禁止なのである。


息子は、待ち合わせ場所にエネルギーが抜けきった顔で現れた。
まずはおいしいピッツァでも食べよう。
話はそこでゆっくり。


テーブルをはさんで見る息子の顔には、疲労困憊ぶりがにじんでいる。
そりゃ疲れただろう、緊張もしただろうし。
そう思っていたら、疲れた顔からは意外なことば。


「緊張してるひまもないくらい、スピーディーだったよ。楽しかった」


おや。


「すごく楽しかった。体力が続く限り通います、って先生にもいったんだ」


あら。


ちょっと予想外。
でもうれしいね、その感想。


息子も私も、ともに汗をたっぷりかいた後でおなかもぺこぺこ。
あつあつのピッツァとスパゲティをほおばりながら、
息子は手振り付きで話し、私は手振り付きで聞いた。
息子の「レッスンデビュー」の話である。


私の尊敬する師に、息子はずいぶん前からレッスンにおいでと誘われていて、
今日やっとそのレッスンが実現したのである。


ダンサーのタマゴの中に超初心者の自分が混じっていいんだろうか、と
ためらいもあったようだし、
そんな自分が一流の先生に教わっていいんだろうか、と
申し訳ないような思いも抱いていたようだった。


でも、そんなもやもやは
お陽さまみたいな先生のもとで全身を120%動かして、
さっさとどこかに消えちゃったらしい。


でしょう? 
私は聞いててうれしくてしょうがない。
先生は素晴らしいもの。
先生のレッスンはまるでマジックだもの。
なにより大切な「踊る心」を教えてくださるもの。


今夜の息子は、相当筋肉痛に悩まされることだろう。
でも、あさってもレッスンに行く気満々の息子なのである。

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2009-09-09

見過ごせない本

私の少女時代、バレエ関係の書籍はそう多くなかった。
まして、芸術関連をあまり扱っていない一般的な書店では
ほぼないに等しかった。


いまはちょっとした本屋さんに行けば、ぞろりとバレエの本が並ぶ。
バレエの雑誌も増えていて、
ぱらぱらめくるとバレエファッションの指南まである。


バレエコーナーの書棚を前にすると、興味惹かれる本がぽつぽつ。
特に、ダンサー特有のカラダについて書かれた本は見過ごすことができない。
きのうも、ある本の背表紙に目がとまって思わず手にとった。


「アナタさあ」
そばにいた息子が目ざとくとがめる。
「買っちゃだめだよ。それでなくても読みきってない本がいっぱいあるんだから」


ま。
それもそうなんだけど。
でもこれ、すごく読みやすそうだよ。
モデルのバレリーナもきれいだし。


「はいはい。買わないで帰る」
結局息子にせかされるまま書店をあとにした。


だけど、今日買っちゃった。
この本もほかの読みかけの本も、ちゃんと時間作って集中して読む、と心に決めて。


「ダンサーなら知っておきたい『からだ』のこと」という本である。
さっそくページをめくって読み進む。
手持ちの「骨単」「肉単」と照らし合わせながら、おお、なるほど、と納得。
やさしい語り口で読みやすいのもうれしい。


骨のことも、筋肉のことも、やっとここ最近になって理解が深まってきた感じ。
断片的に聞きかじったり拾い読みしたりして散らばっていた点が
ようやく線になりつつあるかな。


勢いつけて読もうね。
勉強しよう。


体調を崩したり、落ち込んで自信をなくしたりしては、
復活する時には生まれ変わったような気分になる。


何度でも生まれ変わったらいいか、なんて思いながら
何度目かの生まれ変わりのいま、新しく湧き上がってきた気持ちがちょっとうれしい。

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2009-09-03

よかったこと

“近くて非日常な小旅行”は今日で終わり。
家族3人、それぞれによかったこと、うれしかったことがあって、
きっとわが家の楽しい思い出の1ページとして、後でしみじみ思い出すだろうな、と思う。


まず、夫の「よかったこと」は、話題の実物大ガンダムが見られたこと。


お台場・潮風公園での実物大ガンダム展示は8月31日までだったが、
私たちがお台場に出かけたのは9月1日。
ガンダムにまったく興味のない私と息子は、
「1日違いで惜しかったね、残念」ですませたけど、
夫は「もうこわしちゃったかな。まだあるかな」と何度も繰り返してはそわそわ。


あきらめきれないのか、結局散歩と称して出かけて行った。
私はお昼寝タイムと決めこんで部屋に残ったが、息子はしぶしぶ同行。


ほどなく息子から「あった」と画像つきメールがきた。
帰ってきた夫は、「まだあったよ。見られた」と子どもみたいににこにこ。
ラッキーだったね。よかった。


次に、息子の「よかったこと」は、わが家としては特筆すべきことで、
なんと、食わず嫌い王の彼が、生もののお寿司を食べたのだ。
とうとう待ちに待った“お寿司デビュー”を飾ったのである。


息子は何でも食べられた離乳食からうって変わり、
ものごころついて以降は極端な食わず嫌い&好き嫌い。
お寿司は口に入れる前からノーサンキューで、生ものなんてありえない。


でも、ゆうべは違った。


レストランで素敵な夕食を終えた後、
すでにおなかはいっぱいなのに、勢いでお寿司屋さんに繰り出した。
息子も、ゆうべは食べてみてもいいかな、という気分だったみたいで、
ついに挑戦したのである。


まず、さび抜きのまぐろ。
次に、生ものじゃないけど穴子。
最後に、わさびもちょっとの中トロ。
すべて本人による注文だ。


「中トロ、うまい」と息子。
そして、「生ものが食べられて胸がいっぱい」と感無量そうにつぶやいた。


これでやっとみんなでお寿司が食べられる。
長かったけど、こんな日が来ると信じて待ってたのだ。
よかった。ほんとうによかった。


さて、私の「よかったこと」は、接客してくれた人たちと会話の化学反応を楽しめたこと。


こちらに人とのコミュニケーションを受け入れる余裕があれば、
おもしろい化学反応が連鎖的に起きてくるんだなあ。
接客する側、される側という立場を超えて、
人同士として楽しめたのはすごくうれしかった。


ほんとうに、家族3人、それぞれによかった。

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2009-09-02

非日常的なひととき

この間息子と仙台に帰ったとき、
夫も途中で合流して、ちょっとした夏の小旅行みたいな雰囲気になった。


実は、いま夏の小旅行の第2弾。
夏というよりすっかり秋の趣だが、
遅い夏休みということで3人そろって都内のホテルでのんびりしている。


場所は、わが家からわりとするする来れる場所。
でも、非日常の空間はするりと気持ちを解き放ってくれる。


海を船がゆるゆるゆきかうのをぼんやり眺めながら潮風に吹かれ、
虫の声に耳をそばだてながら向こう岸のきらめく夜景に心ときめかす。


時間を全く気にすることなく
日々の生活からつかのま離れるこんなひとときも、時には必要かな。
そう思いながら気ままに過ごす。


夜はルームサービスを頼んで部屋でゆっくりくつろぐ案もあったけれど、
たまには素敵なところでゆったり食事をしよう、とホテルのレストランにくりだした。
すこしきどって、背筋を伸ばして、おしゃれな気分で食事をするのも
非日常の楽しみだから。


静かで落ち着いた雰囲気。
おいしい料理とワイン。
なごやかな家族の会話。


やっぱりレストランにしてよかった。


もうひとつ、レストランでよかったと思ったこと。
それは、お店の人の笑顔。


心をとろかすような素敵な笑顔って、ほんとうにうれしくなる。
ついやりとりも多くなり、おいしい食べ方なんかをうかがって、
食がいつも以上に進んだ。


帰り際にも会話がはずんで、もうすこしおしゃべりしていたいと思ったほど。


ほんとうに楽しかったし、おいしかった。
お料理も、会話も、笑顔も、ごちそうさまでした。

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2009-08-30

自分を表現するスタイル

髪を切ってきた。
といっても、伸びた分をボリュームダウンする程度。


ふとたまに、「ええい、短くいっちゃえ!」と思うときがあるが、
最近はその衝動も長く続かない。


今日も、ゴトウさんにそう話すと、
「季節的にも『うんと短く』って感じじゃないですよね」
といわれて、やっぱりそうだよね、とあっさり納得。


カラーも、特に色味を変えずにいまのままで。
これから秋が深まってきたら、もうすこし温かみのあるブラウンにするつもりだけど、
いまはまだ早い感じ。


4週間前の前回、
冗談交じりに「次は『ゴールド』ですか?」といわれたけれど、
「さすがにそれはありません」と笑った。
ぼうずと一緒でやってみたらおもしろそうだけど、絶対似合わないと思うもの。


ゴールドとおなじく、黒もないな。
もともと地毛が栗色っぽいので、真っ黒だとべたーっと重たくなりそうだし、
これまた似合わないと思うし。


いまは、サラサラな感じのこのショートヘアが気に入っている。
鏡の中の私の顔立ちにも、私が好んで選ぶ服にも、合っているんじゃないかな。
私の持ち味全体になじんでいれば、それでよし。


カラーリングをはじめたのがいつだったか、いまとなってはよく覚えていないけど、
すこしでもいいからいまの自分を変えたい、というのが動機だった気がする。


長かった髪を思いきりよく切ったときも、ピアスの穴をあけたときも、動機はおなじ。
おおきなサングラスを買ったときもそうだった。


それで何か変わったかといえば、
変わったのかもしれないし、何も変わってないようにも思う。
ただ、いろいろ試すことで、
自分を表現するスタイルをひとつひとつ築き上げてきたような気はする。


いままでメッシュだった息子は、
さんざん迷った末に今日はじめて髪全体にカラーリングを入れた。
やわらかな栗色で、かろやかな雰囲気になった。


光を当てた髪を鏡に映しては、「おお、明るい」なんていっている息子。
印象はちょっと変わったが、なかなか似合ってる。


彼も、自分を表現するスタイル探しにひとつ挑戦、って感じ。

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2009-08-29

早朝鑑賞

仙台では、ふだんなら考えられないような朝寝坊ばかりしていたが、
今朝はひさびさに5時台に起きた。


カーテンをあけたらぴかぴかの夏晴れ。
6時前からこんなに陽が高いんだっけ、としばし感動する。


さっさと身支度を済ませ、7時半過ぎには家を出る。
めざすは有楽町のTOHOシネマズ日劇。
「20世紀少年<最終章>ぼくらの旗」の公開初日なのだ。


上映開始時刻は8時35分。
早めに行って発券機でチケット出さないと、と人のすくない銀座を息子と急ぐ。
発売開始と同時にインターネットでとった、舞台挨拶つき上映チケットだ。


今回は、三部作の最終章である。
第1章は、息子が受験期で観に行けなくて、テレビで観た。
第2章は、受験終了後の上映最終日に家族3人駆け込みで観た。


そしていよいよ最終章。
結末やいかに?
はたして“ともだち”は誰なのか?


原作を知っている息子に、「“ともだち”は○○かなあ?」なんて
あてずっぽうな名前を何人かあげてはみたが、どれもはずれ。
そのうちあきらめて、とにかく映画を観るまでがまんがまん、と公開を待つことに。


待ったかいあったなあ。
おもしろかった。


ただ、そのおもしろさに水を差す残念なことが。
隣りの女の子のお行儀の悪さだ。


ふたり連れの女の子は、息子と同年代くらい。
彼女たち、心に触れるシーンがあるとすぐにふたりしてささやきあうのである。
「やっぱし~」
「すごいね、すごいね、強いね」
「やっば~」
といちいちいわなくてもいいようなことをしゃべって、とにかくうるさい。


もっと気になったのは、すぐ左隣りの女の子の食べる音だ。
はじまってから終わるまで、ずうっとポップコーンを“かじって”いたのだ。
ポップコーンって、ふつう口にほうりこんであまり音をたてずに食べないだろうか。
それを彼女は、一粒一粒くしゅっ、とか、かしっ、とか音をたてて“かじる”。
最初から最後までひっきりなしに、だ。


そのうえ、観ている間落ち着きがなくて、
シートの上にひざを抱えて座ってみたり、また足を伸ばしたり。
私寄りの肘掛けホルダーから何度も飲み物を出し入れしては
ホルダーにはめそこねそうでハラハラさせられた。


映画が終わって喜んで拍手する姿は、無邪気そのものだったけど。
お行儀が悪いのはいただけないぞ。


ま、それはさておき。
終演後の舞台挨拶では、出演者が私たちのすぐ脇の通路を通って登場したのだが、
間近で見た常盤貴子のなんとキレイなこと!
これぞ売れっ子女優、という美しさ。

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2009-08-28

胸きゅん

秋が深まったら、東京に遊びに行くつもりでいた弟と母。


だけど、予定を立てたときと情勢は明らかに変わってしまった。
「今回はやめておいたほうがいいわよね」と母が思案げにつぶやく。
「出かけないほうがいいぞ」と父も積極的に止める。
私たちもそのほうがいいと思う。


あとは楽しみにしている弟を納得させるのみ。


なにせ、仙台の家族は新型インフルエンザにかかったら
3人とも重症化するリスクをもっているのだ。
父と母は高齢だし、おまけに父と弟は糖尿病で、母にはすこしぜんそくっ気まである。


絶対やめたほうがいい。


その代わり、流行が落ち着いたころに私たちが仙台に遊びに行くつもり。
もちろん、私たちも感染しないようにしないとね。


きのう買ったPCに入っていたセキュリティーソフトは90日後に切れる。
ということは、11月の半ば過ぎ。
そのころに新しいセキュリティーソフトをインストールしに行きたいな、と思う。


今回のノートPCはVistaなので、XPに慣れた母に息子がレクチャーした。
そうたいして変わらないわね、とか、あらこの操作忘れてたわ、とか、
母はとってもうれしそうである。


いままで使っていたデスクトップは、そもそも私が母にプレゼントしたものだった。
ところが、いつのまにか父と弟が占領して母はなかなかさわらせてもらえなくなっていた。


見かねて、私が使っていたノートPCを母におさがりであげたら、
デスクトップがポンコツになってきたからとまた共用になり、
そのうちなぜか液晶がこわれて使えなくなってしまった。


東京に帰る荷作りをしながら、背中で母と息子のやりとりを聞いていた私は、
母のはずむ声に胸がきゅんとした。
母もPC使いたかったんだな、ひさしぶりに使えてよかったな、とうれしくなった。


大切な家族が心から笑っているのって、なによりしあわせだ、としみじみ思った。


あっというまの4泊5日だったね、おたがいインフルエンザに気をつけようね、
と玄関先で別れたその2時間半後には、東京駅のホーム。
これまたあっというま。


それにしても、なんて人の多さだろう!
めまいがするほどたくさんの人間が、入り乱れながら先を急いでいて、
仙台とは大違い。


思わず気持ちが引き締まる。
ふたたび戦闘モードに突入、といったらオーバーかもしれないけど。


家族が笑顔でいられるように、笑顔でがんばろ。
やっぱりちょっと戦闘モード、かな。

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2009-08-27

ねむいわけ

ねむい。
なんだかねむい。
だめ人間になっちゃったみたいにねむい。
どうしてこんなに一日中ねむいんだろう。


「眠いんだったら寝たほうがいいよ」
見かねた母と息子が口々に声をかける。


ん。
寝る。


ぱたりと横になったら、スイッチが切れた。
しばし意識不明。


ほどなく目を覚ますと、まだまとわりついてる眠気をはぎ取って身支度。
すがすがしい空の下に出る。


澄んだ水色にうっすらとうろこ雲が広がる。
うろこ雲か。
秋の空だ。


吹く風には冷たさが混じっていて、露出した肌から体温を奪っていく。
そういえば、仙台に帰ってから汗を一滴もかいていないかもしれない。


風に吹かれて息子と駅前の家電量販店まで歩く。
実家用の新しいPCを買うためだ。


PCもずいぶん安くなったものだね、なんて話しながら、
どこかに腰かけるとまたすぐ眠くなってしまいそうな私。
相変わらずカラダはぶわーんとしていて力が入らない。


「おなかすいた。がっつり食べたい」
という息子のリクエストにこたえて、
PCの箱をぶら下げてとんかつを食べに行った。
食べたら力がわいてきた。
カラダが温まった感じ。


そうか。
眠いのはこの涼しさのせいだ、きっと。
カラダが冷えて、冬眠前の動物みたいに動きが鈍くなったのかな。


それにしても、宵の気配が忍び寄ってきたと思ったらあっというまに陽も落ちて、
気配は秋。


ちょっともの寂しい気分。

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2009-08-26

ゆるやかな時間

仙台に帰ってくると、私の中で時間がゆっくり流れだす。
広い空を仰ぎ、ゆったり深呼吸する。
けやきの木々から醸し出される空気で肺が満たされる。


仙台に帰ってきたら、何もしない。
東京で仙台を思うときは、どこに行こうとか、誰に会おうとか、
たくさん心の中で予定をたてるのに、
いざ帰ってくると行動力はなりをひそめる。


いまや私にとって、仙台より東京で暮らす年月のほうが長くなった。
新しいものがあふれ、いつも刺激的な東京の街が私は好きだし、
スピード感も、喧騒も、その場に身を置いていればすっかり慣れっこだ。
それが自分を疲れさせているなんてこれっぽっちも思わない。


だけど、仙台に帰ると、カラダが仙台のリズムにすうっとなじむ。
仙台はやっぱり私の街だとカラダが覚えている。


ゆるやかな時間に身をゆだね、眠りたいだけ眠る。
母ととりとめなくおしゃべりをし、父と軽口をたたきあい、
弟とばかみたいな歌を歌う。


そうできる状況をありがたく思いつつ、
ココロからもカラダからも力を抜く。


今日は、夫と息子と3人でただぶらぶらと仙台の街を歩いた。
3人で仙台をこうして歩くなんてどれくらいぶりだろう。


一応仙台生まれだが、完全に東京っ子の息子は、
仙台の大学に在学する高校時代の友だちがいるおかげで
ずいぶん仙台の街を歩くのに慣れた。


夫はといえば、仙台では数年仕事をしていた。
彼にとっても、仙台はなつかしい街なのである。


積極的に目的をもってどこに行くでもなく、
ただなんとなく3人で歩いた。


息子と夫に遅れてふたりの後ろ姿をぼんやり見やりながら、
ふと不思議な思いにとらわれた。
夫よりもすらりと背が伸びた息子が、すこし父親を見おろしながら話している。
すっかり大人びた息子が、かつて夫に手をひかれてはしゃいでいたちいさな男の子とは
にわかに重ならない気がした。


甘やかな記憶。
思い出をやさしく包んで、仙台の時間はゆったり流れる。

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2009-08-25

仙台でのできごと

きのう私と息子が乗ったのと同じ新幹線で、夫が仙台にやってきた。


「駅に降りたときは涼しいと思ったけど、歩いてきたらさすがに汗ばむね」
駅から仙台の街並みを眺めながら歩いてきた夫は、そういって笑う。
ひさしぶりの仙台は、あまり変わってないや、とも。


「仙台で、きのう『事件』が起きたの、知ってる?」
とおもむろに聞く私。
ニュース番組で何度も報道された、あの『事件』のことだ。


「なに?」
と夫はいぶかしげな顔。やっぱり知らないか。


きのう、ちょっと時間がずれていたらきっと遭遇していたすごいこと。
定禅寺通りのけやきの1本が、突然車道に向けて倒れたのだ。


私たちが帰ってからほどなく帰宅した父が、
車道が通行止めになっていて、何かあったようだという。
なんだろうねえ、私たちが通ったときは何でもなかったけど、なんていってたら、
ニュースを見て驚いた。
樹齢60年のけやきが突然根元から折れて倒れたというのだ。
どうやら根元が腐っていたらしい。


夕方、食事に出かける道すがら、件のけやきの跡を見た。
交通量がすくないわけではないのに、
たまたま車も人も通っていなかったのは幸いだった。


私の大好きな定禅寺通りのけやき並木、
あらためて1本1本眺めれば、幹も太くて実にりっぱな大木だ。
こんなのが倒れてきたらひとたまりもないねえ、驚いちゃうねえ、なんて話しながら
けやき並木をそぞろ歩く。


仙台の家族と東京の家族の6人が顔を合わせるのはかなりひさしぶり。
おいしいものを食べるときはいつもゴキゲンな弟だが、
今日はとりわけうれしそうだ。
義理の兄と『両手を合わせてにぎにぎ』といういつものごあいさつの儀式をして、
あとは終始にこにこ。


窓の向こうに見える燃え上がるような夕焼けにみんなして感嘆の声をあげながら、
再会に乾杯。


家族の笑顔ってこんなにうれしいんだっけ。


こういうのを幸せなひととき、っていうんだろうなあ。
そう思った。

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2009-08-18

ぐちゃぐちゃの原因

今日は月に一度のトレーナーとの約束の日。
いつもは、4週間めいっぱい使ったカラダをコンディショニングしてもらうのが
最大の目的である。


しかし。
今回は前回からの4週間の間に、レッスンもトレーニングもしていない。
前回のコンディショニングの直前にレッスンを受けて、翌日トレーニングをしたが、
それ以降は体調不良のため開店休業状態なのだ。


さて、今日の調子はといえば、なんだかカラダが重い。
うーん、きのうの占いはどうなっちゃったんだ。


「樋渡さんのコンディショニングを受けたら、きっと調子が戻ってくるよ」
息子と夫がそう励ます。


そうだね、そう信じたいところ。
時間がたつにつれてカラダが重くなっていくから、
私の時間の分まで息子に受けてもらって(「殺す気か」by息子)
私は家で寝てようかとも思ったが、がんばって出かけた。


「え? 全然動いてないんですか?」
樋渡さんが驚く。
「ええ、全然」
にっこり笑う私。
この4週間、うらうらゆらゆらしてばかりでした。


だけど、カラダは案外ぐちゃぐちゃじゃないかなあ…
と思ったら、ビンゴ。
相当に歪んでいる様子。


不調が長びいている原因は複合的なんじゃないか、ということで
いろいろチェックしてもらったら、
不具合のデパートみたいにいろんなところで引っかかった。
で、いちばん気になった原因が、「何か憑いてる」だった。


「心当たりありますか?」
「あります」


2ヶ月前の歪みも、おなじ原因だった。
デッドリフトで軸作って、Strong Atsukoになるって決めたのに。


「とにかく、自分の意思でブロックしてください」
樋渡さんは真顔でそういった。


そうですね。
ネガティブな念のようなものに影響されてしまうかどうかも、自分次第。
私は私、と強く念じながらデッドリフト、します。


でも、樋渡さんのコンディショニングのおかげで、カラダがすうっと軽くなった。
がんばって行ったかいがあった。
樋渡さんには、心から感謝!である。


私のコンディショニングのあとに受けた息子は、みっちりトレーニング。
かなりカラダに効いたようで、帰り道はことばすくな。


息子に私の分の時間を譲らなくてよかった。
「殺す気か」というせりふは、決して大げさではなかったのである。

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2009-08-17

果報は寝て待て

毎日チェックしているケータイの占い。
今日のしし座は堂々の1位である。


全体運のコメントがふるってる。


―最高の夏を迎えています。つらかった出来事はもう過去のもの。
新しいあなたの前には輝く未来が。―


ほんと?
本気にしていい?
私の夏はこれからが本番ってことね?


「うんうん、そういうのは信じたほうがいいよ」と夫もうなずく。


健康運にもぐっとくる。


―体質改善のチャンスです。
精神的なケアも含めた治療を試してみて。―


ああ、きっと今日を境に上向いてくるってことだ。
実際いろいろ体質改善も試みているところだし。


やった!
遅まきながら、まだまだアクティブな夏を過ごせるぞ!


おどけて、おー!とこぶしを突き上げた私に、一瞥をくれた息子がぼそり。
「ひどい顔してるよ」


…!?


「具合悪いときの顔だよ。見ればわかる。それに、」
と彼は続ける。
「アナタはふだんからヘンな人だけど、
ことさら妙なふざけ方をしてるときは具合が悪いときだよ」


あら。
バレた?
息子の目はごまかせないなあ。


「悪いこといわないから、今日はおとなしくしてたほうがいいよ」


はい、と素直になる私。
ちょっと疲れて横になったら、そのままぐっすりたっぷり夢の中であった。


でも。
占いは当たってると信じてる。
今日を境に上向いていくんだ、きっと。


果報は寝て待て、ともいうし、あわてずあせらず、おやすみなさい。

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2009-08-14

息子とふたりで

朝起きたときには、とりわけ気分爽快でも元気はつらつでもなかった。
だけど、なんだか無性に「どこかに出かけたい!」と思った。
たぶん、体調が戻ってきている証拠。


そろそろジムでトレーニングもできそうだったし、カラダも動かしたかったが、
それを脇において、あえて非日常的な「お出かけ」をしたいと思った。


映画館、って気分じゃない。
買い物、っていうんでもない。
美術館、かな。
そうだ、美術館がいいな。
美術館で絵を観て、どこかでお茶を飲んで、それからウィンドーショッピングがいいな。


まだ眠りこけている息子に声をかけた。
「お出かけにつきあってくれない?」


息子がちいさかったころは、彼をだっこベルトにのっけてよく出かけたものだ。
ベビーカーでの外出は電車の乗り降りに負担だからと、
ふたりで出かけるときは、たいていどこに行くにもだっこ。


ちいさな息子は私の腕の中でうきうきして、いつもゴキゲンだった。
私も息子の顔をのぞきこみながら一緒にウィンドーショッピングを楽しんだ。
自分の楽しみの外出を正当化しようと、
「母の幸せが子どもの幸せ」と標語みたいに唱えていたけど、
いまになってみればそのとおりだったと思う。


私に顔を寄せてはしゃいでいたおさなごが、いまや頼りになるよき理解者に成長した。
来た道を振り返ると、時の速さには驚くばかり。
日々大事に過ごしてきたつもりでも、
時は指の間から砂がこぼれ落ちるように駆け足で過ぎ去っていくのだから。


彼とはしょっちゅう一緒に出かけているが、今日はいつもと違うお出かけにしたいと思った。
なぜだかわからないけど、そう思った。


いつもは行かない街に、いつもと違うよそおいで。
美術館でなくてもいいや。


麻のターコイズブルーのスカートをはいて、素足にハイヒール。
真夏に素足でスカートって何年ぶりだろう。
自分でもかなり新鮮。


「わっ、きもちわるい。見慣れなくてヘン」と顔をしかめてみせる息子。
いつもパンツだからね。
でもまあ、そうおっしゃらず。


ひさしぶりのスカートに背筋がいっそう伸びる。
そんなちょっとした非日常的気分で、
ふだん行かない街を時間に追われることなくそぞろ歩いた。
ウィンドーショッピングして、お茶飲んで。
お茶は息子がおごってくれた。


いつか、ターコイズブルーのフレアースカートの記憶とともに
今日のことを思い出すかもしれない。
ああ、時のたつのはなんて早いんだろう、と感慨に身をゆだねながら。


実家に帰っている夫も、今日は年を重ねた母とふたりで出かけていたかもしれないな。

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2009-08-13

お盆で

夫には無理をしないで、といわれていた。
体調が思わしくなかったら、遠慮なく家で休んでいていいよ、と。
アナタはがんばりすぎるところがあるからね、とも。


ありがとう。
夫の心遣いに感謝。
無理をするつもりはないよ。


でも、なんだかだいじょうぶそうだと思った。
一進一退の体調が、このところすこしずつ戻ってきている感じがしていたから。


ということで、今日、宇都宮に出かけた。
夫の実家である。


夫は早朝ひと足先に出て、私と息子は後発隊。
去年は夏期講習の真っ最中だった息子が今年は一緒。


「新幹線の予約を取っとこうか?」
夫はそういったが、在来線でだいじょうぶ。
頼りがいのある息子が一緒だからね。


「途中からはきっと座れると思うけど」と夫はいささか心配顔。
たとえ座れなくても、リハビリ代わりと思うから心配ないよ。


さて、池袋のホームに滑り込んできた湘南新宿ライナーには
すでに立っている乗客がいっぱいで、「混んでるね」と息子と苦笑い。
でも、乗り込んでみれば案外すかすかなのでちょっとほっとする。


1年前は、ぎらぎら照りつけるお陽さまに立ち向かっていくほど
元気であふれていて、カラダもよく動いた。
そういう時は、カラダが動くのがおもしろくて、ますます自分から動く。
けっしてがんばりすぎてるわけではなく、
動けるからがんがん動いている、という感じだ。


それに比べて、いまみたいなスローモードはちょっとまだるっこしいけど、
すこしずつ元の自分のカラダに戻っていく感覚が、ささやかながらうれしい。


湘南新宿ライナーは駅に停まるたびにお客を増やしていく。
「このまま立って行くことになるかもしれないね」
息子が途中でそう予言したとおり、座ることなく終点の宇都宮に到着。


結局、1時間半立っていたが、ひどく疲れはしなかった。
体力が戻りつつあるのを実感できた。


ひさしぶりの夫の実家は、義父も義母も思いのほか元気そう。
元気でいるのが何よりだ。


お墓参りから戻ると、ちょうどお昼時。
ひさびさに5人で囲む食卓がなごやかな空気に包まれる。
価値観や嗜好が違っても、温かいものが心に触れて自然と笑顔になる。
邪気のない笑顔を交し合えば、心はやわらかになる。


行けてよかった。
帰りの電車でうとうとしながら、しみじみそう思った。

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2009-08-09

つながって脈々と

毎年恒例、年に一度の恩師の公演に出かけた。


開演前に、ロビーで先生の姿を見つけてごあいさつ。
ちっともお変わりなくお元気そうで、何よりである。
いまでこそ緊張せずに笑顔で話せるようになったが、むかしは縮み上がるほどこわかった。
レッスンではほんとうに厳しい先生だった。


その先生が、息子ににこやかに話しかける。
「Kくんが『バレエサークルに誘ったけど、断られた』っていってたわよ」


Kくんとは、息子の大学でバレエサークルを主宰している先生のお弟子さん。
入学後に知ったうれしい偶然だった。
先生のいたずらっ子みたいにきらきら輝く目を見て、
息子がまがりなりにもバレエをはじめたことをうれしく思ってくださってるのかな、
と思った。


さて、今日の舞台では、素敵なスターが大活躍。
就学前の、先生の3人のお孫さんたち、三代目である。


先生のお嬢さんも息子さんもともにバレエ人。
ことに、息子さんは才能あるプロのダンサーで、
お孫さんたちは、そのふたりそれぞれのお子さんだ。


可愛いおちびちゃん3人は、私がはじめて出会ったころのお嬢さんと息子さんに重なる。
さすが血は争えず、音は絶対外さないからすごい。
愛くるしさだけでなく、幼いながらもめりはりのある踊りで観客を魅了していた。
特に、坊やはスター性抜群。
これからがほんとうに楽しみだ。


終演後、息子と楽屋を訪ねた。
まずは息子の大学の先輩・Kくんに会う。
彼は素直でくせのない、とてもいい踊り手。
私は彼にとって一応“姉弟子”なんだよなあ、なんて思いながらすこし話をする。


ごった返す狭い楽屋の廊下を、小柄で華奢な少女が通りかかったので呼びとめた。
素晴らしかった、秀逸だった、と心をこめて彼女に伝える。
舞台であれだけのびやかに大きく踊っていた少女が、
そばで見ると思いのほか小柄で幼いことに、すくなからず驚く。
この妖精のような天性のバレリーナとも、私は先生でつながっているんだな、と感慨深く思う。


最後に先生にごあいさつ。
「そうそう、きのうの公演にTちゃんが来たのよ。『時間ができたから』って」


Tちゃんとは先生の愛弟子で、いまは私がレッスンを受けているスタジオの先生。
プロのダンサー時代も、現在も、その美しさは変わらない。
彼女のファンである息子は、会えなくてショック。


「ファンなの? ありがとう」と先生。


そうですよね。
Tちゃんは先生が育てたんですもの。
私もTちゃん(スタジオではT先生)とまたまた先生でつながってるんですよね。


ぼくも一応バレエやってます、なんていう息子に先生がハッパをかけた。
「『一応』なんていってないで、ちゃんとやりなさいよ」


私の二代目、先生に期待されちゃったね。
これはやるしかないよね。


つながってつながって、脈々と受け継がれていくんだから。

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2009-08-08

今日はすこし

この3週間、カラダがまるで「カリモノ」みたいな感じ。


借りモノ。
もしくは仮モノ。
アンコントロール状態。


幸いなことに、
とりあえず気持ちのほうは自分で把握できているのでだいじょうぶ。
ココロまでアンコントロールになったら目も当てられないけど。


「こんなときもあるんだから、ゆるゆるしてれば」
と家族にはいたわられている。
その好意に甘えて、ゆるゆるさせてもらっている。


しかし息子は、
「アナタはカラダの具合が悪いときほど妙に笑えるこというよね」
とあきれる。
「知らない人が見たら、具合の悪い人だなんて絶対思わないよ」


でも、と彼は続ける。
「まあ、ふざける元気があるんだからマシ」
ココロがアンコントロールになったらそうはいかないから、と。


ココロがカリモノなのは、つらい。
私もつらいけど、周りもつらくさせる。


ま、だいじょうぶだよ。
ココロはちゃんと私のモノだから。
こうカラダのカリモノ状態が続くとちょっと萎えることもあるけどね。


だけど、今日はココロがゆったり深呼吸できたせいで
カラダもすこしいい感じ。
大好きな友だちがうちに遊びに来てくれて、
ゆったりゆるゆる過ごしたおかげ。


彼女を姉貴と慕う息子も混じって、3人で他愛なくおしゃべりに興じた。
イライラやトゲトゲなんかとはまったく無縁の、穏やかな時間。
彼女のお花のような笑顔を見て、私も自然に笑ってる。
とてもほっとして、とても癒されてる。


もしかして、すこしカラダが軽くなってるかも。
彼女に心からありがとう。

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2009-08-07

そういう人

いつも元気で明るい友だちがいる。


人を惹きつける魅力にあふれた彼女は
とても自然に仲間をまとめてひっぱる力をもっていて、
高校時代は学校中の人気者だった。


おととい誕生日にもらったメールも、彼女らしい愉快な雰囲気いっぱい。
思いっきり笑って、会いたいなあ、と思った。


5年前、彼女のお父さまの訃報に接し、お通夜に参列した。
お父さまは、私の中学時代の恩師でもある。


彼女は何事もなかったかのように参列者の応対をしていた。
ひとり娘の彼女が悲しくないはずがない。
でも、それを見せずに淡々とふるまっている。
そんな彼女を前に、滂沱と涙を流す若い参列者。
それをいたわる彼女。


いい加減にしてよ。
私は参列者に腹が立った。


泣くんだったらよそで泣いて。
彼女に負担かけないで。
彼女だって生身なんだよ。
彼女をいたわってやってよ。


彼女には思った。
こんなときまで無理しなくていいのに、と。


むかしからそうだった。
元気で明るいリーダーの彼女には何をいってもだいじょうぶ、と誰もが思っていた。
みんなが彼女を頼りにしていた。
彼女がへこたれるわけがない。
彼女ならだいじょうぶ、と。


でも、イメージにとらわれてるみんなは見落としがちだったけど、
実は彼女は体調を崩すことがよくあった。
体調を崩せば彼女だって落ち込む。
落ち込む姿をみんなに見せていないだけ。


なぜか私の周りにはそういう人が多い。
その最たる人が、母、かな。

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2009-08-05

Happy birthday to me!

デスクの電波時計が12時を表示し、8月5日に日付が変わった。
と、一呼吸おいて携帯がバイブ。
メールの受信だ。
タイトルは、きらきらマークとプレゼントの絵文字。


「HAPPY BIRTHDAY♪ 47才おめでとう!!」
息子からのバースデーメールだった。


ありがとう!
真っ先にキミにお祝いしてもらってうれしいよ。


さっそく息子にお礼なんかいって喜んでいたら、またバイブする携帯。
こんな夜中に誰? と思ったら、TAP BOYSのメンバーからメール。


「お誕生日おめでとうございます。
いつまでも元気なコーチでいてください。」


わあ、覚えててくれたんだ!
お誕生日のお祝いメッセージって、こんなにうれしいんだっけ?
47歳なりたては、夜更けにひとりうきうき。


と、また携帯がバイブ。
今度は息子の高校の友だちからおめでとうメール。
「あいつ、オレのときはよこさなかったくせに、なんで?」と息子が悔しがる。
いやあ、うれしくて眠れなくなっちゃうよ。


そんな具合に、大好きな人たちからお祝いメッセージをいただくたびに
今日一日胸が温かくなった。
こうして書いている間にも友だちからメールがきて、顔がほころぶ。


母からは朝にメールをもらった。
「生まれたそのときから愛し子の娘です」
というメッセージ。
思わず胸が熱くなった。


息子を生んだとき、誕生日って母に感謝する日なんだ、とはじめて気がついた。
母に生んでもらってほんとうによかった。
ありがとう。


夜は家族3人、わが家でお祝い。
父からもらったシャンパン(90年のドンペリニヨン…!)で乾杯した。


食事が終わるころ、息子の別の友だちからお祝いメールがきて、
その中の一節に大爆笑。


「『イトウアツコ』を並び替えると、あついとうこ…『ん』!『熱い闘魂!』」
なんともいい得て妙!


熱い闘魂を胸に、これからも進み続けよう。
息子からは「ガンガンと ときにゆるゆると」と進言されたので、そのように。


Happy Birthday、私!

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2009-08-01

グラス

ワインはグラスによって味わいも香りも変わってくる。


そうそう詳しいわけでもこだわってるわけでもないけれど、
せっかく飲むならおいしくいただきたいので
大まかながらワインによってグラスを使い分けている。


それはやっぱり、ワイン大好きの父からの影響にほかならない。
もちろん父は何種類もグラスをもっているのだ。


その父に、今年の父の日にはあえてグラスを贈った。
リーデルの比較的新しいラインで、デザートワイン用の小ぶりなグラス。
そこに父の名前を刻んで。


はじめ、父は名前に気がつかなかったという。
(単なる模様だと思ったのかもしれない)
母に指摘されてそれが自分の名前だと知ると、
「洗ったら消えちゃったりして」なんていいながらまんざらでもないふうだったらしい。
気に入って使っているようだと母から聞いて、贈ってよかったなと思った。


さて。
ゆうべは大好きな友だちを招いてワインパーティーをした。


私も夫もお酒は結構強いほうだと思うが、彼女は私たち以上。
シャンパンで乾杯をし、79年のボルドーを愛で、
アルザスに歓声をあげ、もう1本いっちゃおうとソーテルヌをあけた。
その間、3人とも顔色ひとつ変えず。
もちろん、グラスはとっかえひっかえ。


4本目のソーテルヌを飲み終えるころ、
それまでなんともなかったのにふいっと酔いが回った。
はれ? と思いながらふらふらと自分の部屋に行くと、何の気なしにころりん。


要するに、突然ブレーカーが落ちてしまったような状態。
結局そのまま起き上がることはできず、
彼女を見送るどころか、おやすみなさいもいえずに私は眠ってしまった。


一夜明けて。
戻りかけた意識の中で、起きたらまずキッチンの洗いものをしなくちゃ、
と考えていた。
夫もその後すぐに休んだはずである。
お皿も、グラスもたぶんそのまんま。


ところが、キッチンに行ってみると、何もかもがきちんと片づいていてびっくり。
いくつも放置していたグラスもきれいに磨かれて食器棚に収まっている。
夫…?


しかし、私より早く起きていた夫は夫で、私が起き出して片づけたと思って
「すごいなー」と感心していたという。


ということは、息子…!


グラス洗うのこわくなかった?
「こわかったねえ。薄くて」
磨くのこわくなかった?
「こわかったねえ。ぽきん、と折れそうで」


ありがとう!!
あまりにも思いがけなくて、あまりにも大助かりで、うれしい!


息子の気遣いのおかげで、一日中幸せ気分である。

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2009-07-31

感情を掘り起こす

レポート提出期限の今日を迎えた息子。


メールで送信するのかと思ったら、
印刷してちゃんと表紙もつけて学校に持参、だという。
息子はやっとこさ書き上げたレポートをもって学校に行くと、
1時間ほどで帰ってきた。
(高校、予備校同様、大学も自宅からかなり近いのである)


これで、彼にとってはひさしぶりの夏休み。
浪人生だった去年は夏休みなんてなかったから。


「それにしても、」と息子がいう。
「芸術のことを文章にするのはむずかしいねえ」


レポート提出を求められていた授業は「舞台芸術入門」。
バレエとともに、彼がもっとも気に入っている授業である。


レポートのテーマは、宝塚・ミュージカル・バレエ・現代演劇のうち、
1年以内に鑑賞した実際の舞台について論じなさい、というもの。
単なる感想ではなく、2000字から4000字の間で
作品論・作品評を展開せよ、ということだった。


ああ、そりゃ大変。
まず大前提として、緻密に舞台を観る必要があるよね。
それに、「感想文じゃない」とはいえ、
自分の心のうちを切り開いて
感じたことをわかりやすいことばで表す必要もあるよね。


舞台でも映画でも、ただなんとなく漫然と観ていれば、
観終わったときに出てくるのは
「おもしろかった」「よかった」「感動した」(あるいは「つまらなかった」「いまいち」)
といった一言で完結する短絡的なことばだけ。


それはそれでそのときの感情を端的に表しているともいえるけど、
いつもそれで完了していると
心のひだは次第に粗くのっぺりしていくようでこわい。


どうおもしろかったのか、どんなところがどんなふうによかったのか、
自分の心にはなんらかの感情が刻まれているはずなのだ。
それを面倒がらずにていねいに掘り起こしていけば、
自分のことばに広がりと真実味が増していく。


それは確かに面倒で骨の折れる作業ではあるけれど、
やってみると案外おもしろくもある。


自分はどう感じるのだろう。
自分の心はどんな化学反応を起こすのだろう。


まずはアンテナを張ってキャッチすることだ。


息子は、新国立劇場で観た「ローラン・プティのコッペリア」について書いた。
四苦八苦していたが、
自分の感情と向き合いながらことばを掘り下げるいい機会だったのではないだろうか。

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2009-07-29

伝統の継承

月曜に試験が終わった息子は、晴れて夏休みに突入!


…といいたいところだが、
月末までに提出のレポートが1本残っていて、毎日PCに向かってうなっている。


「書き出しが思い浮かばないんだよねえ…」
と浮かない顔でうめく息子。
レポートのテーマを知っている私も、思わず頭をひねる。


思いついて、ふとつぶやく私。
「ああっ、ちょっと待って! いまなんていったの!?」
息子があわてて私に詰め寄る。


デジャビュ…?
こんなことが前にもあった気がする…


「ああっ、ちょっと待って!」とあわててるのは私。
「いまなんていったの!? もう一回いって!」
思案顔のそのくちびるからことばを紡ぎだしているのは母だ。
必死の思いでそのことばに耳を傾けているのは若き日の私。


「『歴史は繰り返す』だね」
息子が苦笑いする。


ほんとうに。
まったくおなじことしてる。


洋服選びも一種のデジャビュ。
「これとこれって、合う?」
コーディネートになかなか自信がもてなくて、どれだけ母に訊いたことだろう。
母はそのたびに、色合わせの鉄則やコーディネートの極意を交えながら
アドバイスをしてくれたものだ。


いまは息子がおなじことを何度も私にたずねる。
歴史は繰り返す。
私もかつて母にされたのとおなじことを息子にしている。


文章も、洋服選びも、ちゃんと自分のものにできるかどうか自信がなかったが、
気がつけばいつの間にかどちらも自分流が身についている。
母から教わったものを土台にしながら、
私なりのスタイルを私自身で作り上げた、ってところだろうか。


母と私がしてきたことを、はからずも私と息子がしていて、
これってある意味、伝統の継承だな、なんて思う。
きっと息子も受け継いだ伝統を土台にして、彼自身のスタイルを築くはずだ。


さ、期限の迫るレポート。
伝統を糧に、がんばれ!

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2009-07-22

人生を変える出会い

今日の予報は、1週間前から曇りもしくは雨。
よりによって、今日に限って、全国的に曇りもしくは雨、である。


それでも、朝からニュースでは皆既日食の話題でもちきり。
わざわざ遠くまで出かけていく人にはなんとも気の毒だなあ、と思いながら
どんよりと雲がたれこめた空を映すテレビに目をやる。
自然が相手だから仕方ないとはいえ、何も今日に限ってこんなお天気って、と
ちょっとうらめしい気持ち。


夜、皆既日食の特別番組を見た。
「テレビで見たって意味ないよ。実際にこの目で見なくちゃ」
と息子はいったが、そんなことなかった。


鳥肌が立った。
すごい。
宇宙の偶然?
いや、宇宙の創造主のなせるわざ?
遭遇した人は人生観が変わるというが、ほんとうにそうかもしれないと思った。


人生の方向を大きく変える遭遇。
皆既日食じゃないけれど、私にもある。
3才のときにテレビで見たバレエだ。


あとから考えるに、あれはキーロフバレエの「眠りの森の美女」だったのだろう。
テレビの画面にオーロラ姫のピンクのチュチュがちらちらゆれて、
幼い私は激しく心揺さぶられた。
私の心にバレエが焼きついた瞬間だった。


それは、バレエを愛する母からの贈りものだったといえる。
バレエを習ったわけではなかったけれど、踊ることが大好きだった母。
その母が、幼い私に見せてくれたはじめてのバレエ。
このうえなく美しいものとの出会いだった。


バレエを愛する心は、母から私、そして私から息子へと受け継がれつつある。
毎週授業でバレエのレッスンを受けている息子は、バレエが楽しくてたまらないという。


先週、グループごとに発表があり、なんとかカタチになったよ、と聞かされていたが、
今日、その映像を見せてもらった。
授業で撮影をして配布されたDVDである。


テレビの画面の中で、息子がココロもカラダも弾ませて踊っている。
チャイコフスキーに合わせて踊る息子は、タップと違って新鮮だ。
「バレエはほんとに楽しいよ」という息子に、心からうれしい。


さて、息子とバレエの出会いはいつだったろう? と考えてみる。
赤ん坊のときから恩師の発表会に連れて行ってはいたが、
彼の幼心とバレエが決定的に出会ったのはもっと後だ。


息子が幼稚園に入園する前、私は百貨店のカルチャーセンターで
ほんのすこしだけレッスンを受けていたことがあって、
よく彼をレッスンに連れて行った。
息子はいつもにこにことおとなしくレッスンを眺めていて、
そのうち立ち上がって自分も真似するようになった。


そして幼い息子はにこにこしながらいったのである。
「ぼくもバレエをやりたい」と。


彼のバレエとの出会いは、母の踊る姿だったかな…
そんなことを思って、ちょっと悦に入る親バカな私である。

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2009-07-21

ぽつぽつ続ける

大学でドイツ語の授業をとっている息子。
彼がテキストを音読するのを聞いて、「かっこいい…」としみじみ。
親バカである。


母国語以外のことばが話せる、って素敵だ。
撮影現場の織田裕二が
外国人俳優と英語(だと思う)でやりとりする様子をテレビで見たときにも
そう思った。
外国語が話せれば、コミュニケーションの幅も確実に広がるわけで、
それってやっぱりものすごく素敵なことだ。


…と、いままで何度思ったかしれない。
思っては、英語の勉強に取り組むことも何度かした。
で、そのたびにいつのまにか立ち消えになる。
というか、優先順位が低くなるのだ。


そもそも、私の生活が
「外国語をモノにしなければならない」という必要に迫られていない。
単なる憧れだけでは、
日々の限りある時間の中でモチベーションも持続しないのである。


外国語をマスターするのもかっこいいけれど、
私にとっては、バレエ用語をもっと数多く把握することのほうが優先順位が高いし、
筋肉や骨の名前をちゃんと覚えることも結構重要だったりする。


まあ、それらにしても一気に詰め込むのは無理があって、
日々ぽつぽつと辞典を引きながら確認、という感じではある。
また、そういう積み重ねを続けていけばいいかな、とも思っている。


さて、今日は4週間に一度のコンディショニング。
前回、前々回と、これでもかというくらいぐちゃぐちゃに歪んでいた私のカラダ。
今回はピルエットもそこそこ回れているし、たぶんだいじょうぶかなと思っていたが、
自覚どおりまともだったのでほっとした。


それに対して、私のあとに見てもらった息子のほうはぐちゃぐちゃ。
相当のストレスがカラダに出ているようだった。
ストレスの原因は、大学に入ってはじめての試験だろう。
とにかく勝手がわからなくて、しょっちゅううめいているくらいだから。


息子が歪みを修正してもらうのをそばで眺めながら、
トレーナーの樋渡さんに時々質問をする。
それって前に私もしてもらったなあ、とか、
ホリスティックコンディショニングで勉強してた時にやったことあったなあ、とか、
うろ覚えの確認。


「それって、どこの筋肉のチェックなんですか?」
「『ホウコウキン』です。ここの部分」
「ああ、長ーい筋肉なんですよね」
そうだったそうだった、と思い出しながら、ベッドでうつぶせになっている息子に話す。
「『ホウ』は『裁縫』の『縫』、『コウ』は『工具』の『工』、『縫工筋』」
ですよね? と樋渡さんに確認を求めると、「そうです」


ホリスティックコンディショニングではじめて聞いたときには、
どんな字かわからなくてカタカナで書いたっけ。
ちゃんと覚えてるもんだな、とちょっとうれしくなった。


ぽつぽつとでも、続けること、積み重ねることで自分のものになると信じて。
すこしずつでも勉強していこう、と思う。

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2009-07-15

連続映画鑑賞

きのう今日と、2日続けて有楽町で映画鑑賞。


きのうは、息子とふたりで「トランスフォーマー/リベンジ」。
今日は、夫とふたりで「ハリー・ポッターと謎のプリンス」。


どちらも、並んで待つことなく理想的な席だったうえに、映画代は1000円。
お得に映画のおもしろさを満喫できた。


きのうは、割安チケットを買おうと映画館そばのチケットショップに行ったら、
「今日観るなら直接映画館に行ったほうが得ですよ」
とお店の人がぶっきらぼうに教えてくれた。


しかし、向かった映画館の窓口には何の表示もない。
不安に駆られ半信半疑で窓口の人に聞くと、
「はい、本日は『TOHOシネマズデイ』なので1000円です」とのこと。
観る直前だったが、後方中央通路側の指定も取れて、ラッキー。


今日は、『夫婦50割引』である。
どちらか一方が50歳以上なら、ふたりで行って1000円で観られるのだ。


さすがに封切り初日の初回、それも『レディースデイ』と重なっているので、
きのうのうちに夫が2階最前列の指定を取っておいた。
私が「トランスフォーマー/リベンジ」のついでに取れればよかったのだが、
50歳以上の夫が証明書を見せなければ取れないということで、私じゃだめ。


でも、きのう取っておいて正解。
今日の上映前窓口は思いのほか長蛇の列だったから。


さて、きのうの「トランスフォーマー/リベンジ」は
息子がどうしても観たいといい続けていた映画である。


「まさかこの映画を母さんと観に来ることになるとは思わなかったよ」
と息子はやや苦笑い。
私もまさかとは思ったけどね。


しかし、前作の「トランスフォーマー」をDVDで観たら、
これがまあ、単純におもしろかったのだ。
随所で結構笑えるし。
(特に、変態チックなお母さんには笑った)


じゃ、ということで、ふたりして大いに楽しんだ。
あれはもう、続編作る気満々だよね、なんていいながら。


で、「ハリー・ポッターと謎のプリンス」は、やっぱり公開初日に観ないと。
息子はといえば、ひと足早く試写会で観ているので、夫とふたりなのである。
(この試写会、TAP BOYSのメンバーが2作続けて当てたのだ)


「謎のプリンス」、原作を読んだときは激しく怒ったっけ。
でも、「ハリー・ポッター」のすべての結末を知って映画を観ると、
さまざまな隠れた意味が見えてきて興味深い。
おもしろかった。


DVDも手軽でいいけど、映画館で観るのはやっぱり格別。
この夏は観たい映画が目白押しなので、要チェック!である。

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2009-07-14

バレエを教える

レッスンの後に、アドバイスを求められることがある。
よくわからなかったりうまくできなかったりしたステップについて
聞かれることがほとんどだ。


先生はすぐ次のクラスが控えているから、
みんな、先生にはなかなか聞きにくいのだ。
なら、私でよければどうぞ、と仲間の疑問に答える。


大人からはじめた仲良しのレッスン仲間は、
私のワンポイントアドバイスが楽しみだといってくれる。
どうぞどうぞ、なんなりと。
私でわかることならアドバイスしましょう。


直接的なテクニックも大切だけど、バレエで重要なのはやっぱりライン。
すこしでもむずかしいテクニックがこなせるようになりたい、というのは人情だが、
たとえば、めちゃくちゃな姿勢で2回転回るくらいなら、
美しいラインできちんと1回回るほうがバレエとしてはずっとずっと美しい。


だから、基本にのっとったきれいなアームスの使い方とか、
よく伸びた首筋、顔のつけ方なんかについてアドバイスすることも多い。
バレエの魅力は、人間離れしたテクニックもさることながら、
のびやかで優雅なラインの美しさなのだから。


さて、わが家のビギナーにもここ最近がぜんアドバイスすることが増えてきた。
なんたって、授業での発表は明日なのである。
息子はそもそもタップダンサーなので、
ふっと気を抜くとタップっぽい動きになってしまうことがあって要注意なのだ。


アームス曲げないで~、視線遠く~、首筋伸ばして~、と
熱心かつやさしく指導する母。
息子も何度も何度も食いついて繰り返し、あっという間に時間が過ぎる。
そんなひとときが、おたがいになんとも楽しくてしょうがないんだけれど。


ところで、今日、びっくりすることがあった。
息子と同い年の甥っ子が、なんと、「バレエを教えてほしい」というのだ。


彼が大学入学後はじめた競技ダンスにすっかり夢中になり、
ダンスに懸ける青春を送っているというのはなんとなく聞いていた。
でも、彼は血のつながらないおばが根っからのバレエ人間なのだということを
たぶんごく最近まで知らなかったはずなのである。


その彼が「競技ダンスのために、ダンスの基礎であるバレエを学びたい」
というのだ。


ほんとうにびっくりした。
まさかあの甥っ子からそんな依頼を受けることになるとは
夢にも思わなかったから。


私で役に立てるのなら。
場所とか時間とか、おたがいの条件をすりあわせたら、GO!かな。

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2009-07-13

試験シーズン到来

大学入学後、はじめての試験シーズンを迎えた息子である。


「ああ、だめだ。無理」
彼は今朝の今朝まで憂うつそうにうめいていた。
「授業もまじめに出席してきたのに… 試験で落としそうだ」
なんだかとても弱気なのだ。


問題の“試験”は、今日の1限。
内容は、「授業時間内に課題レポートを作成せよ」。
「最近の新聞記事から出す予定なので、
国内外の政治・経済・法律にかかわる記事に目を通しておくように」
という事前予告&アドバイスつきである。


「『政治・経済・法律』の新聞記事、って、範囲広すぎだよ」
息子は頭を抱える。


「いまさら、ちゃらちゃらっと見たからって、
もともと関心がなかったことを把握できるとも思えないし」


ぶつぶついいながら新聞に目を走らせていた息子は、
いいや、もう無理して見ない、といって新聞をテーブルの隅に押しやった。
全然知らないことが出たらお手上げだ、とつぶやきながら。


夕方、彼は何事もなかったような顔で帰ってきた。
「レポートは?」
「ああ、書けたよ」
こともなげにいう。


課題は、たまたま友だちと話題にしていたことだったそうで、
資料もかなり用意されていたからだいじょうぶだった、とのこと。
なにはともあれよかった。


息子は受験期に小論文対策をしていない。
それでなくても文章を書くときはじっくり型なので、
制限時間内でのレポート作成には抵抗があったのだろう。


私もそうだなあ。


このブログもそうだが、行きつ戻りつ、書いては読み返し、
書き上げてはまた読み直し、そうして練り上げていくのが好きなのである。
決められた時間の中でじゃっじゃっじゃっと書き進めていくことにはあまり自信がない。
まして、与えられたテーマで、となると、もっと自信がない。


だけど、何事もチャレンジなんだよね。
やってみれば、案ずるより生むが易し、ってこともある。
もし、はじめは歯が立たなかったとしても、
何度かやるうちに鍛えられていく、ってこともある。


ま、がんばれ、息子。

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2009-07-12

永遠の存在

今日は祖父の命日。


朝、稽古場に向かう道々、空を見上げた。
雲を散らした青い空。
その高い高い空を見上げるうちに、ふと祖父の顔を思い出した。


ああ、おじいちゃんはいつもやさしい笑顔だった…


初孫の私が生まれる前に、脳卒中でことばを失っていた祖父。
残されていたのは、このうえなくやさしい笑顔だった。
その慈しみと愛情にあふれた顔をはっきりと思い出すのは
ひさしぶりかもしれない。


いや。
ずっと一緒だった気もするなあ…


それは15になる直前だった。
おじいちゃんがいなくなってしまうなんて
信じられなかったし、考えたくもなかった。


あれから32年。
私の人生の3分の2を祖父なしで過ごしていることになる。


でも、そうなのかな。
いや、そうじゃない。
意識していなかったけど、私はずっと祖父と一緒に生きてきた気がする。


この間、新聞にとても心に響く文章があった。
「心に思う他者が一人でもいれば、世界に生きる意味が与えられる。」


心に思っていれば。
たとえそばにいなくても。
たとえもうこの世にいなくても。


たとえかすかな思い出だとしても、
そこに希望の記憶を見い出せるなら、それを心の糧に進んでいける。


ちょうど1年前、
「あなたにはたくさんの守護霊がついている。だからだいじょうぶ」
といってくれた人がいた。
守護霊がどんなものかわからないけど、
そのとき真っ先にイメージしたのは祖父のことだった。


おじいちゃんがいつも見守ってくれている。
だからだいじょうぶ。
このうえなくやさしい笑顔で。


いま、祖父のことを強く思い出して、なんだか泣きそうになっている。


14の夏にさよならした祖父。
もう会えないと思ってたけど、ずっとずっと私の心の中で生き続けていたんだね。
私が忘れない限り、祖父はずっと生き続けるんだね。


記憶と心に存在し続ける限り、人の命は永遠なんだよね。


そう思ったらすごくほっとした。
ほっとして、稽古場へ足早に向かった。

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2009-07-10

偶然が必然になるとき

おとといの夕方、めずらしく弟から電話がかかってきた。
ひとしきりいつものごあいさつ儀式を済ませると、
弟のリクエストで歌いだす前にあることを聞いてみた。


「ねえ、明日何の日か知ってる?」
「知ってる」
「知ってるんだ! 何の日?」
「パパとママの結婚記念日。48周年」


あら、知ってたんだ。
記念日好きの弟が、この日は何もいわないから知らないのかと思ってた。
そう、知ってたのね。


夜、携帯に結婚記念日お祝いメールを打ち込んだ。
遊びに遊んだデコメール。
日付が変わったところで送信しようかなあ、と思ったが、とりあえず保存にした。
結局、私は日付が変わる前に眠りについていた。


翌朝、電源を入れると携帯が受信しはじめた。
メールは母から。
遊びに遊んだデコメール。


「ついにラスト日を迎えました 体調はいかがですか?」
セミナー最終回の、励ましメールだった。


「さあ 最後もびちっとかっこよく!」
送信時刻は日付が変わって間もなく。
母に先を越された。


父と母の結婚記念日のきのう、私は自分が企画したセミナーのシリーズ最終回。
その終了時刻の9時に、携帯がバイブ。
みんなが顔を見合わせる。
みんなわかってる。
携帯をあけると、みんなが思っていたとおり、母からのメール。


「無事 千秋楽の幕が引かれましたでしょうか おつかれさま ご苦労様でした」
そこには、参加してくださったみなさんと、協力してくれた友だちに対する
感謝のことばが綴られていた。
最後に、スタッフとしてサポートしてくれた孫息子へのねぎらいも。


「1回だけの参加でしたが 何回思い出しても愉しかったと
果汁の甘みにも似た思いをかみしめております」


あらためてみんなで顔を見合わせる。
みんな笑ってる。
みんなが母の顔を思い浮かべてる。


父と母がいたから私がいる。
出会いは、偶然の積み重ね。
でも、出会えば偶然は必然になる。


きのうのセミナーで居合わせた顔ぶれもみんなそう。
出会いのきっかけは思いがけない偶然。
でも、知り合ったいまとなってはもう偶然じゃない。


一夜明けた今朝、吹く風は湿気を含んで熱っぽく、空にはまだらな雲が広がっていた。
でも、その雲のすきまからはきれいな青。
その澄んだ空色を見やりながら、すがすがしい気持ちをかみしめていた。


温かなエネルギーを与えてくれたすべての出会いに、心から感謝します。

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2009-07-08

充実の補講

水曜は、息子にとってバレエの授業がある日だ。
前期最後に作品を踊るとかで、今日は先週に引き続き振り付け。


帰宅した息子は、へとへとながらも楽しげな雰囲気である。
どんな感じだったのかなあ。
息子が話し出すのをわくわくしながら待つ私。


先週は30人ほどの人数を4つに分けて、
グループごとにちょこちょこ振付をはじめたということだった。
曲は「白鳥の湖」第1幕のオープニング。


バレエをやっていたら
「白鳥の湖」はちいさいころから耳にタコができるほど聞き込んでいて、
舞台を観る回数もほかの作品より多いはず。
1幕のオープニングは私も踊ったことがあるし、振りもすぐ出てくる。
わからないことはなんでも聞いて、って感じ。


グループ内で一応役柄も決めたそうで、息子は王子ということで即決。
なにせ男子は彼ひとり。
30人のクラス内でも、3人いた男子がいまや彼ひとりなんだという。
ま、そりゃ王子だ。


今日はその振り付けが終わったそうで、
彼は自分のパートを踊って見せてくれた。
「最後はシャンジュマンが4回で、ピルエット回ってひざついてポーズ」


ほほう、なるほど、どれどれ。
さっそく曲を流して私も踊ってみる。


うわっ、このテンポでシャンジュマンはきつい。
ゆっくり過ぎて跳んでられない。
なんだかんだいってキミも男の子なんだね。
初心者とはいえ、私も男の子のジャンプ力にはかなわないよ。


「あれ? 意外だね。男だと跳べるもんだね」
息子は俄然気をよくしてシャンジュマンを跳ぶ。
いやいや、滞空時間が私とは比べものにならない。
跳ぶねえ。


「それくらい跳べるんだったら、アントゥルシャカトルもできそう」
といって、私が違うのをやって見せる。
ジャンプしながら空中で足を交差して打ちつける。


ええ~っ、といいながらやってみると案外すんなりできる息子。
いいじゃないいいじゃない、アントゥルシャカトル。できたじゃない。


それとね、そこのポーズは軸足に重心のせて、
振り向くときはこんなふうにめりはりつけて、
ピルエット回るときは回ろうとしないで立つだけ。
それからそれから、…


次から次から私の実演つきコーチ。
息子も教えられたとおりに動いてみる。
夢中になって踊って、気がつけばふたりとも汗だくだく。
ああ、やっぱりバレエはいいでしょ?


「オレ、5歳のときからバレエやりたかったから」
汗をぬぐいながら息子がいう。


いまからでも全然遅くないよ。
あのときかなわなかった願いをかなえられてよかったよね。
私がしっかりコーチするからね。

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2009-07-01

白いシャツ

しばらく前に、よく行くデパートの催事場で紳士服バーゲンがあった。
息子の好きなブランドもセール品が出ていたので、
忙しくて出向くことのできない息子に代わってあれこれ物色した。


彼がほしがっていたのは、Tシャツとちょっとしたはおりもの。
なかなかよさそうなのはないなあ、と思いながらぶらぶらしていると
白いシャツが目に入った。


真っ白のワイシャツ。
1枚持っててもいいかなあ。
ちらっとそう思った。


このシャツを着るときは、
入学式みたいにきちんとネクタイを締めて、ジャケットを着込んで、
ちょっとしたフォーマルな場面だ。
そのシャツはワイシャツと呼ぶより、スタイリッシュなドレスシャツだった。


しばらくそういう機会は訪れそうにない。
タンスの肥やしになるだけだから、いまはパス。
結局白いシャツは買わずじまい。


そのときは、まさかこんなに早く
白いシャツとジャケットの出番が来るとは思わなかったから。


その知らせがあったのは、日曜から日付が変わるころだった。
「先生の奥さんが亡くなったんだって。いまメーリングリストが来た」
高校の担任の先生の奥さまの訃報だった。


白いシャツを急ぎ調達しようかとも思ったが、
夫の裄丈長めのシャツでなんとか代用できた。
腕の長い息子でもつんつるてんにならずに済み、
黒いネクタイを締めて息子はきのうお通夜に出かけた。


「オレたちが現役の受験生だったときから患ってらしたんだって」
お通夜から帰って暑そうにジャケットを脱ぎながら息子はつぶやいた。
夫から借りたシャツは汗で色が変わっていた。


先生は入学から卒業まで3年間担任してくださり、
いつも悠然と変わらぬ態度で生徒たちを見守ってくれた。
TAP BOYSもほんとうにお世話になった。
先生がそんな状況にあるなんて、みんな知らなかった。


思いもしなかったことでかつてのクラスメート14人が顔を合わせ、
先生の奥さまのご冥福を祈った。


「オレがバレエはじめた、っていうと、みんなわざと『バレーボール?』っていうんだよ。
わかってるくせにさ」
大学では本気で「バレーボール?」と聞かれて、「バレエ」と知ると驚くんだという。
「誰も『バレエ』だからって驚かないんだよ。話が早いよね」


先生のもとで3年間育んだ仲間としての絆は強いんだな、と思った。
いいクラスだった。


それにしても、白いシャツの出番は早すぎた。
奥さまも、残された先生もまだお若いのに。
心からご冥福をお祈りいたします。




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2009-06-29

しあわせなこと

大学生活がはじまってからほぼ3ヶ月の息子。
クラスメートと思わず話が合って盛り上がった、なんて話が
ぽつぽつ聞かれるようになったこの頃である。


でも、新鮮味あふれる新しい友だちも、
気心の知れた高校時代の仲間たちにはまだまだかなわないらしい。
携帯メールのひんぱんなやりとりも、PCでのチャットも、テレビ電話も、
相手はやっぱり高校時代の友人たちだ。


その仲間たちがきのうひさびさにわが家に集まった。
息子を含めたTAP BOYSの3人と、その仲間の計4人。
山形の大学に行っているTAP BOYSのメンバーが
親戚の法事で帰省したということで、急遽集結したのだ。


TAP BOYSはもちろんのこと、集まった誰もが私にとっても友人みたいなもの。
はじめは外で待ち合わせ、といっていたのが、
うちに来ればばたばたしている私も彼らに会えるから、
ということでわが家に集まってくれたのである。


TAP BOYSのメンバーたちとは月の初日にかならずメールのやりとりをするし、
もうひとりの友だちとは
息子がPCのテレビ電話で話をしているときにちょっとだけ加わったりして、
私もそれぞれになんとなくつながっている。


でも、直に会って、それもみんなが集まって、というのは全然趣が違うものだ。
直接会ったときの温度感は、
メールのやりとりだけでは味わえない特別な感覚である。


それぞれが思い思いに近況報告なんかをして、いちいち盛り上がる。
ひとつひとつの話題がそれぞれの頭の中のスクリーンに
生き生きと映像化されているみたいだ。
みんながおたがいにわかり合えてる感じがする。


私には片づけなければならないことがあれこれあったので、
うちの中をあちこち移動していた。
でも、どこにいても、彼らのどっと沸く歓声が聞こえてくる。


わっ、と盛り上がり。
わっ、と笑い。


すごく健康的で、すごく明るさに満ちた男の子たちの笑い声。


彼らの笑い声が沸き起こる度に、私もつられて笑う。
うち中に希望の波動が広がる。


しあわせだなあ。
そうしみじみ思う。


いい友だちに恵まれるって、ほんと、しあわせだなあ。




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2009-06-28

ルイジ

息子と新国立劇場に「ローラン・プティのコッペリア」を観に行った。


今夜スワニルダを踊ったタマラ・ロホとコッペリウスのルイジ・ボニーノは、
草刈民代さんのラストステージに登場したダンサーである。
そのときの印象が鮮烈で、また観たいと思っていたところに
タイミングよく新国立劇場への出演。
迷わずすぐにチケットを取った。


「プティのコッペリア」、実は子どものころにテレビで観ている。
コッペリアのストーリーはそのままに、設定も衣装も振り付けもかなり斬新で、
オーソドックスなバレエしか知らない少女には、とても刺激的な映像だった。
ドリーブの音楽にぴったりはまった独特の振りは以来ずっと覚えていたほどである。


さて、その期待の舞台。
予想をはるかに上回る素晴らしさで、どれだけ拍手したことか。
タマラにしろ、ルイジにしろ、フランツを踊ったホセ・カレーニョにしろ、
深い洞察と確かなテクニックには興奮させられっぱなし。


殊に、スワニルダの傲慢なまでの若さとその残酷さ、
そして年老いつつあるコッペリウスの哀愁の対比が際立ち、胸に迫った。
以前は「コッペリア」の陽の部分にばかり目を奪われていたことを考えると、
この感慨は、自分が年を重ねたせいだろうと思う。


幕切れの、コッペリウスの深い喪失感。
通り一遍のハッピーエンドに終わらない「プティのコッペリア」のすごさを感じた。


さて。
終演後、楽屋口でルイジを待った。
民代さんのラストステージ後のパーティーで、息子はルイジと写真を撮っている。
そのときにことばもすこしだけ交わし、温かくオープンな人柄にますます惹かれた。
今日は、そのときの写真を渡すつもりだった。


楽屋口に本人が出てくるまでしばらく待ち、
出てきた後もたくさんのファンにサインやら写真撮影やらするのを待って、
ようやく会えたときは終演からかなりの時間がたっていた。


タクシーに乗り込むルイジに息子が声をかけると、
ルイジは息子の顔を見つめてしばらく思案顔になり、
「キミのこと、覚えてる」といった。
「どこで会ったんだっけ?」


「『エスプリ』で」
「ああ! いまも踊ってる?」
「はい、タップを」
「そうそう、タップを踊ってるんだっけね」
「バレエも最近習いはじめました」
「それは素敵だ!」


素敵なのはルイジ、あなたのほう。
一流の芸術家で、そのうえ一流の人間性。
なんという温かさ、なんという親しみやすさ。


じゃあ、またね、バイバイと手を振るうちにタクシーが走り出し、
ルイジの笑顔は見えなくなった。


「ああ、オレ、もっと英語のボキャブラリーふやそう」
息子が真剣な面持ちでつぶやいた。




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2009-06-26

私の自慢の

この間、レッスンの帰りに息子と待ち合わせをした。
彼の服を買うためである。


「ええっ、いいなあ!」
そういってうらやましがったのは、
もうすぐ5歳になる男の子をもつレッスン仲間だ。


「ほんと仲いいですよね~、お芝居とかバレエとかもよく一緒に観に行くし」
彼女も坊やとそんなふうになれたらいいのに、という。


「それに息子さん、バレエもはじめちゃうんだもんなあ」
そうたたみかけるようにうらやむ。


彼女は少女時代をバレエに捧げ、いまでも相当に踊れる人。
自分がこよなく愛するバレエに坊やも関心をもってくれたら…
とひそかに願っているのだ。


「どうしたらそんなふうになるんですか!?」


デパートで息子と落ちあい、さっそくその話をした。
彼はぼそっと一言。
「洗脳だよ」


洗脳。
人聞きが悪いなあ。


まあ、確かに趣味や好みに関しては当たらずとも遠からず、かな。
「スター・ウォーズ」なんて、おもしろいよ~といって
ストーリーがわかろうとわかるまいとちいさいときから一緒に見てた。
いつの間にか、私なんかよりよっぽど息子のほうが
「スター・ウォーズ」について詳しくなっている。


そうやって振り返ってみると、
いろいろ一緒に楽しんできたってことかな、と思う。


息子がちいさいときは私もほんとうに未熟な母親で、
そのせいでさびしい思いや苦しい思いをさせたこともあったはず。
でも、息子が成長するのと一緒に
私も母親として、人として成長してきたという実感がある。


ともに歩み、そしてともに楽しんできたな、と思う。


いまや、息子は私のよき理解者であり、サポーターでもある。
ポジティブ コミュニケーション セミナーでも、
撮影したり録音したり、スタッフとしてさまざまなサポートをしてくれる。
女性限定のセミナーだが、見た目が私の相似形なので
唯一の男性でも違和感がないのだ。


「別にオレ、なんもしてないけどね」
息子はいたってクール。


いや、実に心強くてありがたいのだ。


私の自慢の息子である。




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2009-06-21

父の日の贈りもの

今日は父の日。
何を贈ろう、とあれこれアタマを悩ませていたのは2週間前のこと。


父の日にせよ、誕生日にせよ、
母が何か贈るのを聞きつけて便乗するのが常なのに、
今年の父の日はちゃんと自分で選んで贈ろう、と思った。


そう決めたのはいいけれど、さて。
何にしよう。


父が愛してやまないワインは私が選べるはずもなく、
ワイングッズもグラスもたいていのものは揃えている。
でも、どうせなら父にちゃんと使ってもらえるものを贈りたい。


出かけていって贈りものを探す余裕はなかったので、
ネットで探すことにした。


何がいいのかなあ。
やっぱりワイン関係かなあ。


候補をいくつか挙げて、3日くらい迷いに迷った。
さんざん迷ったあげく、とうとう決めて手配をした。


6月21日午前必着で!


届けるのにすこし時間がかかるということだったが、
先方は快く21日必着を請け負ってくれてまずはひと安心。


この間母に会ったとき、父の日に贈りものが届くからね、と話しておいた。
父のことだから、「いらないよ」「持ってるよ」なんて
ぶっきらぼうなことをいうかもしれないけど、
ひそかに気に入ってくれたらいいな、なんてちょっぴり期待する。


父の反応やいかに、と思いながら迎えた父の日。
はたして、贈りものは6月21日午前必着!


ただし、あろうことかわが家に。


なんということ…!
私としたことが。
宛先を仙台にしないでどうする!?


「あの頃、かなりわたわたしていたからね」
息子も夫も母も、口を揃えてそうなぐさめてくれたが、ショック。
父の日の今日に、父を驚かしたかったのに。


ま、一日遅れだが、明日こそ手元に届くはず。
サプライズじゃなくなっちゃったけど、父にはそうメールした。


やれやれ。
肝心の贈りもの、喜んでもらえるといいなあ。




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2009-06-19

生かされている

夕方、きのうから東京に来ていた母と弟を息子とともに見送った。


このところ不機嫌続きで母を困らせていた弟はとってもゴキゲンで、
新幹線に乗り込んでからもめずらしく私たちににこにこと手を振り続けていた。
小柄な母は大柄な弟の陰から身を乗り出して、
帰ったら電話するね、とジェスチャーをしている。


ありがとう。
来てくれてほんとうにうれしかった。
ありがとう。


母と弟にありったけの思いをこめて手を振った。


母は、ポジティブ コミュニケーション セミナーに参加するために上京したのである。
弟は、思いがけない東京行きに二つ返事でお供してきたというわけだ。


「よかったね、セミナーを開いて」
母はしみじみとそういった。


ほんとうに。
応援に駆けつけてくれた母のありがたさが心に沁みた。


セミナーから一夜明けた今朝、上機嫌でMr.Childrenを歌っていたら
ふいに涙がこみ上げた。
私には感謝したい人がいっぱいいるなあ、と。


セミナーに参加してくださった方おひとりおひとりにも。
深い理解でずっと後押ししてくれた友だちにも。
心が萎えそうになると笑わせて気持ちを盛り立ててくれた息子にも。
「必死なアナタを応援しないわけにいかない」といってサポートしてくれた夫にも。
ひそかに娘を気遣ってくれていた父にも。
曲がったことをしないよう心の基準であり続けたTAP BOYSの存在にも。
私を励まして力を貸してくれた友人たちにも。


感謝の思いでいっぱい。


つくづく思う。
自分ひとりでがんばってるわけじゃないんだなあ、と。


たくさんの人に生かされて、私はここにいる。
そして、こうして生きてること自体が奇跡の連続なのかもしれない、と思える。


「祈るように~生きよう~」
スピーカーから流れる桜井さんの歌声。


私にいつも前向きな力を与えてくれるアナタの歌にも感謝。




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2009-06-17

ワタシは好き

息子が、時々古いアルバムを引っぱり出しては
むかしの私を見て顔をしかめる。
で、「きもい」とか「ださい」とか「ひどい」とか、さんざんなことをいう。


否定はしない。
だって、自分で見てもきもかったりださかったりすると思うから。


まあ、時代の流行によってファッションもメイクも変わる。
そのせいだということにしておこう。


それにしても。
思い出のスクリーンに映し出されるかつての自分は可憐でみずみずしいのに、
写真で見るとギャップを感じてがっかりするのはなぜだろう。


思うに、自分の姿を自分で見ることはできないからだろう。
たぶん。


自分の中では「こんな表情をしてるはず」「こんなからだの動きをしてるはず」
とイメージしていても、その一部始終を見て確認することはできない。
むかしの自分にいたっては、思い出というフィルターを通す分、
美化されているところもある。


それがギャップ、ということなんだろう。


写真でさえそうなんだから、踊っている映像なんてもっとおそろしい。
欠点は自覚しているけれど、自覚のない欠点まで見えてくる。
イメージと実際とのギャップ、
それにほんものの美しいバレエとのギャップまでが加わる。
かなりキビシイ。


そんな思いがあるので、むかしの自分の映像なんてこわくて見られない。
大デブになった19のときのビデオなんかもってのほか。


なのに、あるとき意を決して16のときの映像を見た。
ショックを覚悟で。


それが、見てみたら不思議な感覚にとらわれた。
確かに、自覚どおりの欠点だらけ。
自覚のない欠点もぞろぞろ。
「でも私、このコ好きだ」と思ったのである。


このコの雰囲気、持ち味、私は好き。
うん。好き。


その発見は自分でうれしかった。
16の自分をいまの自分が好きだ、と思える感覚。


いまも、おなじような感覚を覚えることがある。
時々、自分の書いた文章をずうーっと読む。
読んで、「私、このヒト好き」と思うのである。


いろいろあるけど、私はアナタが好き。
だから、がんばって。




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2009-06-15

私が得たもの

なんとなく確かめたいことがあって、
ここ数年の手帳をめくってみた。


2年前、3年前、4年前のいま頃。


ああ、やっぱり。
この頃って、ちょうどオーディションの結果発表だった。
TAP BOYSが芸能祭に出られるかどうかの運命の発表。


熱い夏への序章。
いまも鮮やかに情景がよみがえる。


息子の高校生活の多くは、
TAP BOYSで彩られていたといっても過言ではないかもしれない。
TAP BOYSを核にして、
彼はあの濃密な3年間を駆け抜けたのだ、と。


実のところ、私にとってもあの3年間は特別だった。
彼ら3人の単なる伴走者のつもりだったのが、
世代を超えた仲間として4人の世界を築くことになるとは
思いもよらなかった。


TAP BOYSと過ごしたあの3年間は、
私にとっても転機だったのかもしれない。


一から何かをつくっていくおもしろさなんて、
そうそう味わえるものじゃない。
はじめは素材が転がっているだけのところから、
おぼろげにイメージが浮かんできて、次第にカタチになっていく。
そのプロセスには、さまざまな葛藤もあり、ドラマもある。
時にはプレッシャーに押しつぶされそうにもなる。


だけど、心にたくさんひだが刻み込まれる分だけ
手にする達成感も大きくて。


彼らと一緒に「TAP BOYS」を磨き上げていく中で
私が得たものの大きさははかりしれない、といまあらためて思う。


彼らにはずかしくない行動を、というのがいまの私の基準。
だって、まっすぐすぎるくらいまっすぐなのがTAP BOYSの真髄。
そこから曲がるわけにはいかないものね。


ああ、またみんなで踊りたいねえ。




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2009-06-13

ミステリーツアー

知り合いが息子の様子を尋ねる。
「どう? 息子さん、コンパとかサークルで忙しい?」


いえいえ、コンパには出ないし、サークルにも入ってないです。
その代わり、一生懸命勉強してる。


ドイツ語の先生が結構厳しいらしく、
予習してないことがわかると減点するとかで毎晩遅くまで必死。
実際、先生に大減点を言い渡された学生がふたりもいるとかで、
息子は減点されてはならじと懸命に勉強している。


浪人したおかげかなあ。


そう思っていたら、本人もいってた。
「オレ、こんなに勉強するようになったのって、予備校のおかげだよね」


彼の浪人生活はムダじゃなかったんだねえ。


「ほんと、よくあの大学に入ったわよねえ」というのは私の母。
「うん、オレもそう思う」と息子も応じる。


なんであれ、大切なのは入ってからどうするか。
それは入った本人にかかっている。


入った早々授業を休む者や出席しても寝ている者が多いというが、
なんだかなあ、と思う。
もしかして、大学に入るだけで燃え尽きちゃった…?


息子が大学に入ってもそれなりにまじめに勉強しているのは、
彼がこれまでその年齢にふさわしい楽しみ方を
その時々に十分堪能してきたからだと思う。
特に、高校生活の3年間は十二分に謳歌したはず。


だから、「とにかく大学に入りさえしたら遊ぼう」とか
「羽目を外して発散しよう」とかいうことにならないのだろう。


息子の大学の同級生に、
授業に出ないで息子のノートを写してばかりいる青年がいるという。
彼がいったそうだ。
「考えなくちゃ」


何を?


「とにかく『レベルの高い大学に入る』ことしか考えてなかったから、
入ってからどうするかをまるで考えてなかった。
だから、これからどうするかまじめに考えなくちゃ」


はあ。


若者。
何を考える必要がある?
まず目の前のこと一生懸命やろう。
キミが選んだ授業、さぼってないで出ようよ。


たいそうなことしようとしなくていい。
たいそうなことなんか考えなくていいんだ。
いや、考えてもいいけど、まずはいま目の前のことからやってみようよ。
大きな何かに向かう一歩は、まずそこからなんだから。


一足飛びにジャンプなんかしなくたっていいじゃない。
時間はまだまだたっぷりある。
どこに自分の可能性が伸びていくかわからないミステリーツアーの途上でしょ。


とにかく行動しよう。
でなくちゃ、もったいない。




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2009-06-11

宇宙人

弟は突然不機嫌になることがままある。
おとといもそうだったらしい。


その日は母の誕生日。
朝早くにお祝いメールを送ったら、ほどなく母から返信があった。
お礼のメッセージの後にちらっと弟のこと。
「パニックって 煩い」と絵文字つき。


あちゃ。
せっかくのお誕生日なのに。
アイツ、なんで騒いでるの?


早くおさまりますように、と祈る。
ママの誕生日なんだから、陽気にお祝いしようよ、と弟の心に念じる。
なんでかなあ、なんでだろう。
彼の不機嫌の原因、わからないけど。


夜、母に電話をした。
弟はなんとか落ち着いたと聞いてほっとする。
突然、弟の野太い声が聞こえてくる。


「オカアサンニ、シャンパン、ノマナイノ~?」
「はいはい、飲みますよ」と母。
「オカアサンニ、シャンパン、ノミマス」
「『お母さん、シャンパン飲みます』でしょ」


父が「お母さんに『シャンパン飲まないの?』って聞いておいで」
といったのだろう。
その伝言をそっくりそのままで問いかける、自閉症ならではの聞き方である。


弟がどうして不機嫌になったりパニックを起こしたりするのか
因果関係が推測できることもあるが、想像や理解の範疇を超えていることも多い。
それは弟と暮らす母や父にとっても、また弟本人にとっても、
まるで降ってわいた災難だ。
弟にしたって、何がどうなって自分が不快なのか説明できないのだから。


「わからないのよ。『宇宙人』だから」と母がいう。
「自閉症は『星の子』ともいわれてるんだって」と私がいうと、
母は感心したように「やっぱり『宇宙人』ね」と笑った。


もっとも身近にいる母でさえわからない自閉症を、
世間の人はもっとわからないことだろう。
自閉症の姉を42年やっている私にしても、
自閉症が医学的にどこまで解明されているのかといった客観的な事情に関しては
勉強不足で追いついていってないし。


それでも、弟を例にあげながら
「こういう人もいるんだよ」っていうことは伝えられるのかな、
と思ったりする。


世の中にはさまざまな人がいて、
たまたまそういう特性をもって生まれてきちゃったこういう人もいるんだよ、と。




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2009-06-09

ずずんと

6月は“記念日”が続く。
6日が結婚記念日で、7日が祖母の命日、
1日飛んで今日9日は母の誕生日。


おめでとう。
ゆうべのうちに打ち込んでおいたデコメールを朝7時に送信。


人によっては、年をとると誕生日がうれしくない、なんていうけれど、
どうして?って思う。
誕生日はその人が生まれた大切な記念日。
人生がはじまったその日を心をこめてお祝いしたいし、祝われたい。


8時過ぎ、母から返信。
「今日から後期高齢者の仲間入り  なんか良いことあるかしらん♪」


“後期高齢者”ってかなりヘンなことばなのに、
母にかかると楽しげに聞こえるから不思議。


かなわないなあ。
いついかなるときも前向きな母は、いつだって私の鑑だ。


母から次のメールがきたのは、移動で地下鉄に乗っていたとき。
電車が駅にすべり込むと同時にケータイがぶーっとバイブした。
そろそろ来るかな、という期待どおり。
ケータイをあけた途端に思わず顔がほころんだ。


「すてき! 素敵なスリッパ ありがとう  一目みて ずずんと 気に入りました」


“ずずんと”だって!
なんとも母らしいことば。
ずずんと気に入ってもらえてよかった。


母に贈ったのは、バブーシュという羊革の室内履き。
裏地は母の好きな小花柄のリバティプリントだ。
誕生日の贈りものに何がいいかな、とインターネットで探していて、
リバティがらみで見つけたのである。


革の色も小花柄もたくさん種類があって、
さんざん迷ったあげくに決めたのがワインレッドのバブーシュ。
実物を見ていないからちょっと心配だったんだけど、よかった。


母の「ずずんと」メールで、しあわせなきもちがからだ中に広がった。
うきうきと軽い足どりで2週間ぶりのレッスンへ。
やっぱり踊れるって素晴らしい。


いまこうして踊れる私がいるのは、母がいたから。
そんな感謝の気持ちをこめて踊った。


そういえば、6月には父の日もあるんだっけ。
父にはどんな「感謝」をしようかな…




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2009-06-07

それでも前に進んでく

あの時もこんな青空だったっけ。


きのうまでの雨雲がきれいさっぱり取り払われたきれいな空。
リビングの窓から青い空を見上げて21年前を思い返した。


私は25歳で、人の痛みなんかまだよくわかってなくて、
一緒に暮らしていた祖母を突然のように失くして、
あの朝、若い私は取り返しのつかないことに呆然とした。


祖母にしてあげなかったことも、話さなかったことも、
後悔してもあとの祭り。
そんなわかりきったことを痛いほど思い知って
青い空のもとで私はなす術もなかった。


あの抜けるような青い空を見上げた朝からしばらくたって、
しなかったことを悔やむのはもういやだ、と思った。


何かをしなかったことを後悔するより、何かをして後悔するほうがいい。
それは私の性にも合っていたから、ずっとそう心に決めて生きてきた。


だけど。


何かをしないよりすることを選択した結果、
にっちもさっちもいかないと感じたときには
それはそれでやっぱりきついな、と思ったりする。
自分で選んだことだから、絶対後悔なんかするもんか、
と言い聞かせはするけれど、
実際のところ気持ちは萎えかかる。


そんな状態ですこし心のトーンが落ち気味の今日、
思い立って「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」をひさしぶりに観た。


ああ。
やっぱりいいな、「ロード・オブ・ザ・リング」。
この映画は間違いなく私のベストワンだ、とあらためて思う。
私の心のヒーローたちに胸が熱くなる。


自分が信じたものを強く胸に刻みつけて、それを頼りに前に進んでいく。
そのまっすぐさ。
その愚直さ。
その尊さ。


ひたすら自分を信じて。
仲間を信じて。


それでいいんだよね。
それをよしとする私でいいんだよね。


だって、生きていく限り、
何かをしなかったことより何かをして後悔したほうがいい、
ってそう思っているんだから。


さあ。
明日もわが心のヒーロー、アラゴン(「アラゴルン」というより私はこっちのほうがしっくり)
を胸に、前に進み続けよう。




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2009-06-06

がんばってる

今日6月6日は結婚記念日である。
今年で、えっと… 


22周年。
だんだんすっと出てこなくなってきた。
(人の年齢もそうで、さすがに自分や息子のトシはすぐに出てくるが、
母とか父とかは微妙… 
夫や弟は自分のトシに足したり引いたりするからOKだけど)


「よくもってるね」
息子から開口一番のお祝いメッセージ。
「よくがんばってるよ」


ありがとう。
今年も無事に記念日を迎えることができました。


「がんばってる」か。
がんばってるのかしらね。


性格も嗜好も生い立ちも相当(!)違うもの同士が
助けあって、時にぶつかって、それでも折り合いをつけて、
結局おたがいを尊重しあって、おなじ船に乗り続けている。
家族として支えあっている。


「がんばってる」ところもあるかな。
それはもちろん夫もおなじだと思うけど。


今朝、テレビで結婚式を挙げたばかりのカップルを見た。
若い花婿が「幸せにしなくちゃと思うと責任を感じます」
みたいなことをいっていた。


そうだね。
責任感じるよね。


ただ、これってよく聞くせりふだけど、
「幸せにするよ」「ええ、ついていくから幸せにしてね」って
なんか違うなあ、と思う。


結婚した先に幸せがあるとしたら、それはどちらかがしてあげるものじゃなく、
おたがいに築き上げていくもの。
そこには上下関係も、依存関係もない。
それぞれが自分のできること、得意なことをしながら手を携えあう。
そういうことなんじゃないのかな。


紆余曲折の22年。
あらためておたがいに違うなあ、と思う日々ではあるが、
その違いを認めあう日々でもある。
それで幸せに暮らしているならOK!だ。


さ、これからシャンパンで祝杯です。




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2009-06-02

変人

「アナタって、ほんと変人」
息子が私を評してそういう。


「具合が悪くても、落ち込んでても、
よくヘンな歌歌ったり、踊ったりしてるよね」


死ぬ間際もきっとそうだよ、変人だから、といって笑う。


確かに。
多少具合が悪かったり落ち込んだりしていても、
結構おちゃらけたことをやったりいったりしてるかもしれない。
困難な状況で不謹慎なほどに笑っちゃうこともよくある。


なんだろう。
しぼんだりしめっぽかったりする自分を景気づけたいってことかな。
無意識にそうしてるから自分ではよくわからないけど。


変人、ね。
ま、ほめことばと聞いておこうか。


ただ、そんな変人な私でも、笑い飛ばせないことはある。


「ツレがうつになりまして。」がドラマ化されておもしろそうだというので、
録画して見ることにした。
原作のコミックは私の本棚にちゃんと並んでいる。
それこそ不謹慎なほどに笑いながら読んだものだが、
うつやうつ傾向の人を理解するのにこれほどいい本はないと思う。


しかし。
ドラマは5分と見ることができなかった。
ツレさんがベランダで下を覗き込みながら涙をぼろぼろこぼしているシーンで
ギブアップ。


ああ、だめ、身につまされる、思い出す、とつぶやく私に息子がすぐ反応した。
「見ないほうがいい、見なくていいよ」
彼はテレビの画面を変えた。


もうずいぶん前になる。
ツレさんほどではないものの、私にとって非常に苦しい時期があった。
苦しんでいる自分を笑い飛ばすことなど、これっぽっちもできなかった。
あの時は、私だけでなく家族もともに苦しかったはずだ。


「ツレがうつになりまして。」のコミックでは
はいはいはい、そうそう、よくわかる、と笑えたのに、
ドラマの映像ではあまりにリアルで笑えなかった。


幸い、私は医者の助けも借りずに短い期間で済んだが、
二度とあんな思いはしたくない。


おちゃらけて、ひゃらひゃら歌い踊って笑い飛ばせる変人の自分が
ほんとうに幸せ。
なんでもない毎日がほんとうにありがたい。


しみじみそう思う。




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2009-06-01

息子の「資質」

息子に「さあ、才能に目覚めよう」をプレゼントしたのは
ゴールデンウィークがはじまる頃だったろうか。


私も持っていて、夫も持っているのに、さらに息子に贈ったのは、
それぞれの本に記された個別のIDがないと
「ストレングス・ファインダー」にアクセスできないからだ。


2ヶ月前、私が7年前の「ストレングス・ファインダー」結果を目にしたのは
たまたまだった。
たまたまだったが、その内容をいま目にしたのは必然かもしれない、
と思った。


そこに記された私の「自分だけの特長的な資質」とされる5項目は、
まさに私そのものを表していたのだから。


満足いくように人生を自分自身でプロデュースしていくには、
どう歩んでいけばいいのだろう。
日々試行錯誤していた私に、
それは「私自身」を切り開いてわかりやすく提示していたのである。


「自分自身」を認識すると、今度は家族のことも気になる。
当時、夫がやったはずの「ストレングス・ファインダー」結果を探し出すと、
これまたとても興味深い内容。
私との共通点も、私との決定的な相違点も明快に言語化されていて、
おたがいの違いがより腑に落ちた。


特長的な資質がわかれば、あとはそれを生かすも殺すも自分次第。
「自分自身」を知ったなら、あとはそれを磨くのみ。


さあ、19歳の息子も自分の特長的な資質を知っていて損はない。
そういって彼に本をプレゼントした。


その息子が「ストレングス・ファインダー」に臨み、
出てきた結果をひとつひとつ順を追って見せてくれた。


「個別化」。
ああ、なるほど。最近この傾向は顕著かもしれない。


「収集心」。
ほう。そういわれればそうだね。


「最上志向」。
おお。父も母ももっている資質、キミもでしたか。


「ポジティブ」。
うむ。父と共通の資質。積極性は良きことかな。


そして「自我」。
私と共通の資質。


「自分では『自我』がいちばんぴんときたよ」と息子。


ああ。わかる気がする。
やっぱり、という感じで、納得。
キミも、人一倍強烈に「自分自身」でいたい、と望んでるってことだ。


いいじゃない。
磨こうよ。
磨いて、光り輝く「自分」になったらいい。




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2009-05-30

眠りの変化

気がつけば、5月ももうすぐ終わり。
気候の変動は激しいものの、季節は早や初夏の風情である。


「受験が遠い昔に思えるよ」
とりあえず大学生活に慣れつつある息子がぽつりという。


なかなか起きられないながらも決まった時間に起き、毎日学校に通う日々。
自宅からの通学時間は高校、予備校とそう変わらず、
基本的な生活リズムはたいして変わっていない。


しかし、環境は大きく変わっているわけで、
受験期でカラダがなまりきったことも相まって
一度疲れるとその疲れがなかなか抜けない様子。
特に、水曜午後のバレエの授業が相当カラダにこたえているらしい。


そんなわけで、週末ともあれば彼は死んだように眠っている。
一応目覚ましはセットしているけれど、起きるはずがない。
というか、起きられない。


「起きる時間があんまり遅いと、一日をムダにしちゃった感じがするよね」
なんていうから、私も適当な時間を見計らって声をかける。


声をかけられればかすかに意識が戻る息子。
でも起きられない。


そんなやりとりが何度かあって、今日息子がようやく起きたのは2:00だった。
「おはよう」というより「こんにちは」、いや、「おつかれさま」。


寝だめはできないとか、
どんなに疲れていてもいつもどおり早く起きたほうがいいとか、よく聞く。
自分に照らし合わせてみてもそう実感する。


でも、そうできるときに寝られるだけ寝るのもいいのかな、と思う。
それができなくなる時期もいずれ訪れるから。


私も、息子くらいのときにはよく寝てた。
カーテン全開でぴかぴかに明るくされようと、そばで掃除機かけられようと、
ぐうすか寝てた。
とにかく、よく寝られた。
いくら寝ても寝たりないくらい、眠れた。


でも、その状況は息子を産んでから一変する。
かすかな物音でも、ちょっとの揺れでも目が覚めるようになった。
それは私にとって劇的な変化だった。


いまではよほど具合が悪いのでもない限り、いつも決まった時間に目が覚める。
たとえ睡眠不足でも、いったん目が覚めたらもう寝てられない。
まあ、いいか、早起きのほうが一日有効に使えるし。
そう思って起き出す。


家族でいちばんのねぼすけだった私が、まさかの変わりようである。


なんだろう。
「責任」なのかな。


そのときに背負ったもので、眠りも変化するのかもしれない。




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2009-05-27

肯定形か否定形か

ことばを発するときに心がけていることがある。
それは、「肯定形で話すこと」。


たとえば、「○○をやらなきゃいけない」とはいわずに、
「○○をやる必要がある」という。
困った事態に「しょうがないね~」ではなく、
「やっかいだね~」と変換。


「~ない」という言い回しは日常的な表現だけに、
無意識に多用しがちだ。
私にしても、意識する前は何の気なしに
「やらなきゃいけない」「仕方ない」と連発していた。


この前、出かける予定を変更しようかと迷っていたときがあった。
早くに済ませてしまいたい用事が出てきたので、
出かける時間をずらすか、もしくは違う日に変更するか、
あれこれ考えていたのである。


そんな私に夫がいった。
「出かけないの?」


わ。


迷っていた私は敏感に反応した。
まるで予定どおりに出かけないことをとがめられたみたい。
夫にそんな気持ちがさらさらないのをわかっていながら、
いささかの窮屈感。


「あ、悪かった悪かった。『出かけるの?』って聞いたほうがいいよね」
夫が笑った。


ああ、そうだねえ。
そう聞かれたほうが、さらっと事実を確認される感じ。
「うん、そのつもりだったんだけど、予定変更かな」とするっと答えられる。


私の心の持ちようがまた違うときなら、
「出かけないの?」と聞かれても、たいして反応せずにすむのかもしれない。
でも、ともすれば責めモードに変わりやすい否定形は、ちょっとリスキー。
すんなり聞き入れやすい肯定形のほうが、ことばのキャッチボールはよりスムーズだ。


でも、あえて否定形を使うほうがいい場合もあることを発見した。
それは、「ネガティブなことば+ない」。


へこたれない、とか。
くさらない、とか。
負けない、とか。


自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせるときには
かなり心にぐっとくる。


否定形もまんざらじゃない、ってちょっと納得。




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2009-05-25

あの頃の未来

子どもの頃、科学館によく遊びに行った。


当時、仙台市科学館があったのは街の真ん中。
青葉通り沿いのビルの地下で、
規模としてはかなりこじんまりしていたと思う。


こじんまりしているうえに、
いつ行ってもたいして変化がなかったように思うが、
そのこじんまり感と変わらなさが安心のもとでもあった。
何度行っても飽きなくて、行く度に新鮮な気持ちで楽しんだ。


とりわけ好きだったのは、テレビ電話。
“先客”がいると空くのを待って、かならずテレビ電話の前に座った。


2台のテレビ電話は、距離にして3メートルほどだったか。
背中合わせに離れていて、
振り返れば相手の背中が見えたような気がする。


それほどまでに近くて、
相手の気配を背後でリアルに感じることができるのに、
目の前のモニターに相手の映像が映るのがうれしくてたまらなかった。
それは、母だったり弟だったり友だちだったり、
そのときによって変わりはしたけれど。


テレビ電話の前に座ると、おたがいに笑った。
笑って、不鮮明な白黒の映像に向かって
ありきたりなあいさつなんかを口走ったりして。


とにかく、ちいさな画面に大好きな人が映っていて
自分に向かって話しかけてくれるのがうれしかった。


そんなことを思い出したのは、
ゆうべ息子が友だちとテレビ電話で話していたからだ。


パソコンに向かって屈託なくしゃべる息子。
耳にはイヤホン。
フリーハンドなので、それとはわからないほどちいさなカメラに向かって
大学の資料だの買ったばかりのバッグだのを見せている。


パソコン画面をちらりとのぞくと、左側のウィンドウに友だちの顔。
あら、髪、伸びたね。


彼らは、いつ果てるともなく長いことおしゃべりを楽しんでいた。
まるでリアルにそばにいるかのように。


あの頃の夢のような未来がこうして現実になっている。
すごいなあ、と思った。


テレビ電話のおかげでホームシックから救われている子もいるかなあ。
パソコンに向かって手を振ったりして。


だといいなあ。




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2009-05-24

キーパーソンとの出会い

今日のみずがめ座の運勢。


「あなたの才能を高めてくれたり、
将来を左右するようなキーパーソンとの出会いが訪れそうです」
「前から興味を抱いていたことにチャレンジすると運気がアップしますよ」


うん、なかなかぴったりだと思った。
みずがめ座は息子である。


息子は今朝、私の受けるレッスンの見学に来た。
母の踊りを見るのが目的ではなく、先生のレッスンを見るためだ。


私は気づかなかったが、
先生は窓の向こう側で見ている息子に手を振ってくれたという。
レッスンが終わって先生はスタジオを出ると、笑顔で廊下の息子に手を差し伸べた。
男同士の握手である。


「ひさしぶり。どう?」


実は、息子は1年前にも先生にお会いしている。
「一度見学においで」という先生のおことばに甘えて、
あの時も先生のレッスンを見学したのである。


当時は浪人することが決まっていたので
すぐにバレエが習える状況ではなかったのだが、
息子にすれば、大学に入ったらバレエをはじめようかな、
というイメージはもてたかもしれない。


先生は今年息子が大学に合格したことも、
大学でバレエをはじめたことも喜んでくださり、
「またおいで」と声をかけてくださったのである。


1年前との決定的な違いは、
息子がまがりなりにもバレエをはじめた、ということだ。


レッスン後の廊下で、先生はうんうん、と息子の話に耳を傾けてくださった。
なまじ母からいろいろ聞かされている分、
アタマではわかっていてもカラダがついていかないこと、
カラダががちがちにかたくて困っていること、
ふくらはぎがぱんぱんで筋肉痛がすさまじいこと、などなど。


息子の話をひととおり聞くと、先生はお陽さまみたいな笑顔でおっしゃった。
「心配ないよ。まだ19歳でしょ? これからだよ」


私はそばで会話を聞いていて、心からうれしくなっていた。
先生はやっぱりすごい。
ほんとうにオープンマインド。
ほんとうにあったか。
ほんとうに前向き。


私の尊敬する先生に、息子は夏から弟子入りする予定である。
バレエ人としてはもちろんのこと、人間的にも魅力的で素晴らしい先生から
彼はどれだけたくさんのことを学ばせてもらえるかしれない。
まさに先生はキーパーソンなのだ。


とてつもなくプレッシャーだといいながら、うれしそうな息子である。




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2009-05-23

エネルギッシュなヒト

「おはようございます!」とバレエスタジオにチェックイン。
手渡されたロッカーの鍵を見ると、ナンバー85。


「うわっ」と声をあげる私。
「85、私の誕生日」


「8月5日?」
受付のKさんが私の顔を見る。
「夏生まれ… イメージぴったり。夏!って感じがする」


「うん、夏大好き」
「でしょ? 夏のイメージよ。エネルギッシュで」


ありがとう、といって更衣室に向かいながら思う。


夏のイメージ、か。
エネルギッシュ、だって。
そんなふうに見られてるんだ、いまの私。
うれしい。


たぶん、10年前の私に「夏のイメージ」はなかったはず。
5年前だってそう。


ジムでカラダを鍛えはじめた頃、
「アナタに筋肉は似合わない」といった友だちがいたけど、
筋肉が燃えるカラダとか、ほとばしる汗とか、太陽の季節とか、
以前の私とは結びつきにくかったことばかもしれない。


「『ああ、また具合悪いのか。夕飯のおかず、何か買ってこなくちゃ』
ってよく思ったよ」
と夫はいう。
病弱なヒトなんだよな、仕方ないな、と思っていた、と。
「まさか、こんな元気なヒトになるとはね」


体調を崩す度に長びかせる私を、息子はよく気遣ってくれたが、
「学校から帰って寝てるアナタを見ると、『また?』って暗い気持ちになったよね」
と明かす。
その息子も、いまの私の体力にはかなわない、と脱帽してくれる。


そうだねえ。
家族にはよく心配をかけたっけ。
前向きなキモチはあの頃も持ってたはずだけど、
なにせカラダが追いつかなかった。
体力がなくて、すぐに具合を悪くする自分を、
「そういう体質」となかばあきらめているところもあった。


ぱっと見にはエネルギッシュに見えていたようだけど、
それも実体の伴わないカラ元気。
暑くても寒くても快適に過ごせなくて、それに対して特に疑問ももたず、
そんなものかなあ、と思いつつしょっちゅう横になっていた。


それに比べると、いまの私ときたら。


筋肉も体力もついた。
暑くても寒くてもなんとかだいじょうぶ。
それなりに時々体調不良を起こすものの、
「ま、そのうちよくなるでしょう」なんてやり過ごしているうちに回復してる。
とにかく元気。


なんだろう。
「自分を生き直してる」って感じ、かな。


さんざんあがいたりもがいたりもしたけれど、
自分をしっかり生き直そうとするキモチが私に真の活力を与えてくれた、
とでもいうか。


そんな感じ。

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2009-05-22

グリーンカクテル

青汁を飲みはじめた。


粉末青汁と水をシェイカーに入れて、シェイク、シェイク、シェイク。
起き抜けの「グリーンカクテル」は今朝で7日目。


「グリーンカクテル」とはうまい呼び方だと
「世界一の美女になるダイエット」を読んで感心した。
(事実、カクテルみたいにシェイカーでしゃかしゃかするし)
ミス・ユニバース・ジャパン公式栄養コンサルタントの
エリカ・アンギャルさんがそう呼んでいるのである。


そもそも「青汁」って誰が命名したんだろう。
「あおじる」という語感がいかにもおいしくなさそうでよろしくない。


実際、ずいぶん前に青汁を試飲した時には
あまりの飲みにくさにノーサンキューと思ったものだ。
どんなにカラダにいいといわれても結構です、と。


それがまたみずから進んで飲もうと思い立ったのは、
「世界一の美女になるダイエット」を読んだからである。


この本のタイトルもすごい。
世界一の美女などそうそうなれるはずもないのはわかりきったこと。
それでもこの本を買ったのは、カラダのため、
ひいては自分自身から醸し出される本当の美しさのために、
何を食べて何を食べるべきでないのかが書かれた実践的な本だったからだ。


この本を読んであれこれ納得した私は、さっそく青汁と豆乳を飲みはじめた。
ちょっとおなかがすいたときにつまむのに、
以前はよく食べていたドライフルーツもふたたび買い求めた。
甘いものがほしくなったときのために、砂糖どっさりのチョコではなく、
カカオたっぷりのダークチョコを食べることにもした。


「そんなに気をつけることないじゃない」
なぜか息子は不服そうである。
「いまだってじゅうぶん気をつけてると思うけど」


いや、とりたてて神経質にきりきりしてるつもりはないのよ。
カラダのためにいいものをバランスよく食べたらどんなふうにいいのか、
実感できたら楽しいと思うしね。


それに、私、100歳になっても元気でいたいもの。


「え? 今日で私100なの? あら、すっかりトシ忘れてた。
まだまだやりたいことあるから、まだまだ元気でいるわよ」
なんていうのが理想なんだから。


ところで青汁、いやグリーンカクテル、お味は悪くない。
ものすごくおいしいわけではないけれど、もう飲み慣れちゃった。

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2009-05-21

補習

毎週水曜は、息子のバレエのレッスン日である。
「バレエ」は息子にとって大学の正式な授業だが、
バレエである以上、やっぱり「レッスン」というほうがしっくりくる。


「死にそうだ」
学校から帰ってくると彼はうめく。
水曜はいつもそう。
「へとへとだ」


そんな息子に私は聞く。
「今日はどんなことやったの?」


先生はシラバスなんかとっくのむかしに無視しちゃって、
じゃんじゃん新しいことをやらせるらしい。
超初心者の息子には体力的にも技術的にも大変なことだ。


「えっとね」
へとへとな息子はすくっと立ち上がり、やって見せる。


「ほう。シャッセ、シャッセ、アッサンブレ。なるほど」
息子の“実技”を見せてもらうと、私もおもむろに息子の前にすくっと立つ。
「こうですね? シャッセ、シャッセ、アッサンブレ」


「アンタ、うまいね」
息子がぼそりという。


まあね。


「オレ、アナタからなまじいろいろ聞いちゃってるからさ、
腕でも足でもこういうふうに使うんだろうな、ってわかりはするんだよ」と息子。
「うまくできないけど」


いや、正しいやり方に向かって努力することは大事。
なんたって基本がいちばんなんだから。


「法学部の友だちに『ヨガに来いよ』っていわれたんだけど、
やだ、って断った。だって、バレエ楽しいもん」


おお、うれしいね。
「バレエが楽しい」って。
踊らずにいられないのは、やっぱり血が騒ぐんでしょうか。


バレエはほんとうに奥が深くて、やればやるほど深みにはまっていく。
キミもどうぞ深みにはまってください。
私がお手伝いいたしましょう。


レッスン後の筋肉痛も、いずれ快感に変わる日がくるよ。

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2009-05-16

息子と映画

ゆうべ、映画を観てきた。
きのうが世界同時公開の「天使と悪魔」である。


家族3人とも原作はずいぶん前に読んでいる。
夫も観たがっていたが、残念ながら飲み会の約束が入っており、
息子とふたりで行った。


映画館に出向くのは、3月はじめの「二十世紀少年 2」以来。
なんかひさしぶりだねー、と息子と話す。


息子が中学生の頃はふたりしてしょっちゅう映画館に出かけた。
ふたりで気に入った映画は何度も何度も映画館参り。
おもしろそうな映画がおなじ日に公開、なんていうと
1日に2本、3本観ることもあった。


「はじまる前によく大急ぎでおにぎりほおばったっけね」
それほど、すこしの時間も惜しんで映画館に行ったものだ。
きのうは銀座の直久でゆったりラーメン食べて、余裕たっぷり。


そもそも息子の周りには、
わざわざ映画館に行って映画を観る仲間がすくない。
そのうえ、原作もヒットしている「ハリー・ポッター」や「ロード・オブ・ザ・リング」の
原作を読んでいる仲間はもっとすくない。
むかしから映画好きな息子としては、話が合わなくてさびしい限り。


その点、私となら話が合う。
おたがい好みの分かれる映画もあるにはあるが、
どうしても観たいと思う映画はだいたい一致。
それに、彼にとって私は「スポンサー」なわけで、一挙両得なのである。


さて、ゆうべの「天使と悪魔」。
すさまじくスピーディーな展開で、
筋立ても着地点もわかっているのに息がつけなかった。
ずうっと浅い呼吸が続いて、終わった時にはどっと疲労感が押し寄せたほど。
いろんな意味ですごい映画だった。


帰り道、息子に聞いた。
「ねえ、どっちが好き?」


これだけで息子は意味を解する。
「ダ・ヴィンチ・コード」


やっぱりキミも。
私も「ダ・ヴィンチ・コード」のほうが好きかな。
「天使と悪魔」もおもしろかったけどね。
ま、好みの問題だけど。


それにしても、大きなスクリーンで集中して映画を観るのはいい。
今度はなに観に行く?

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2009-05-12

宝塚の男役風

真顔で「宝塚出身ですか?」と聞かれたことがある。


一度ならず、二度三度。
元タカラジェンヌに間違えていただくとは光栄至極。
そういわれるたびに恐縮した。


しかし、なにゆえ私が元タカラジェンヌ?


「そりゃ、やっぱり『男役』に見えるんだろ」と息子。
「それにしちゃちっちゃいけどね」


どちらもごもっとも。
『男役』に見えるというのも、『男役』にしては背が低いというのも。


身長160㎝。
『男役』ならせめてあと5㎝は必要だろう。
この間、宝塚の特集番組を見たら、
『男役』か『娘役』かは自己申告によるのだとはじめて知ったけど。
それにしても、160㎝だとやっぱり小柄すぎるんではないだろうか。


まあ、自分でも『男役』っぽいと見られるのはわかる気がする。
実際、家族(夫と息子)からも「オトコだ」とよくいわれるし、
きのう会った幼なじみ(男性)も「ほんと、オトコだよな」と何度もいっていた。


「話を聞かない男、地図を読めない女」という本の「男脳・女脳テスト」では
両方にまたがってる「オーバーラップ」に位置して、自分でも納得だった。
自分がオンナオンナしていないことはとっくに自覚済みだし、
「オーバーラップ」気質は自分でも気に入ってるところ。


今日、バレエ仲間の若い友だちと笑った。
「私、スカートもってないの」と彼女がはにかみながらいう。
「なんだか女らしくするのって、気恥ずかしくて」
ほんとほんと、私もそう、といってふたりで笑いあった。


でも彼女、実はとっても女の子らしいヒト。
パンツ姿でもそこはかと女の子らしさがにじみ出て、可愛らしいのだ。


私は、というと。
やっぱり「宝塚の男役っぽい」というのはいい得て妙だなあ、と思う。


で、そんな自分の気質が好きなのである。

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2009-05-11

家事、家事、家事

いまの家に越してきた時、うれしかったことのひとつに
「食器洗い乾燥機が設置されていること」がある。


以前は、夕食後にひとり黙々と洗いものをするのがゆううつだった。
前に住んでいた家はキッチンが隔離されている配置だったので、
夫と息子が楽しんでいるテレビの様子はほとんど聞こえてこない。
そのうえ、ガス給湯器が危険なほど旧式で、
キッチンではちょうどいいお湯が出ないのもゆううつに拍車をかけた。
結局、1年中ゴム手袋をはめて水で洗っていた。


私もゆっくりテレビを見たいな、とよく思ったものだ。
でも、さっさと済ませてしまわないと後でなにかと滞る。
とにかく急げ急げ、と自分に言い聞かせて毎晩洗いものをした。


いまや、食器洗い乾燥機の活躍しない日はない。
これのおかげでどれだけ夕食後の家事がラクになったかしれない。
食器洗い乾燥機に入れられないグラスやおわんも、
設定した温度どおりに出てくるお湯で快適に洗える。
前の家から比べると、極楽である。


考えてみれば、洗濯環境も同じような変遷をたどっている。
全自動になって喜び、乾燥機を買って便利さに感激し、
ドラム式一体型に買い換えてその進化に驚き、
この家に越してからは浴室を乾燥室として使えることに感謝し、と
どんどん便利になってどんどん家事はラクになっていく。


ああ、それなのに。
家事というものはどうしてこうきりがないんだろう、と思う。
ラクになってるはずなのに、やってもやっても毎日やることいっぱい。


家事のほかにやりたいことややるべきことがたくさんあるからだ。
それはわかってる。
むかしとは時間の使い方が劇的に変わっているからだ。
それもわかってる。


私を完璧主義だという人たちは
「きちんとやろうとするからじゃない?」というけれど、さにあらず。
あちこちでずいぶん簡略化しているし、
とてもじゃないけどそうしないと毎日暮らしていけない。


時間の使い方とか、要領とか、いろんな要因があるかとは思うが、
とにかくしのごのいわずにやり続けるのが家事だ。
そう思いながら、できることをできるかたちで私なりにやればいいか、という感じ。


そう考えると、母はすごい。
バレエで何かと手間のかかる娘と、障害のある息子を抱えながら、
日々おいしい食事を用意し、家の中も衣類もきれいにしてくれていた。
食器洗い乾燥機も衣類乾燥機もなかったけれど。


まだまだだなあ、私。
母を超えることは到底できそうにない。
母の偉大さにすこしでも近づくべく、しのごのいわずに家事しましょう。


でも、「いつもありがとう!」なぞといわれれば
うれしくて家事の疲れも吹っ飛んでしまうきのうの母の日であった。

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2009-05-08

リフト

更衣室から稽古場に上がっていくと、
そこには前のクラスの若者が数人残っていた。


ある者は床に座って仲間と談笑し、ある者は黙々とクールダウンのストレッチ中。
ひとりの青年は稽古場をいっぱいに使ってジャンプの練習を繰り返している。


私はそっとあいさつをしながら稽古場に入ると、
床に寝転んでウォーミングアップをはじめた。


彼ら彼女らは息子と同世代。
明日のダンサーを夢見るタマゴたちである。


青年と呼ぶにはまだ早いほっそりした男の子に、
小柄な女の子が「やってみる?」と声をかけた。
彼女が男の子の前に背中を向けたまますくっとトウシューズで伸び上がる。


お。


次の瞬間、ふたりは息を合わせてプリエで沈み込むと、
男の子は女の子をすくい上げようと肩を彼女のからだの下に差し出した。
女の子のからだが男の子の肩に乗っかりかかる。


しかし、バランスがとれないまま
彼女のからだはぽんと前に投げ出された。


惜しい。
ふたりはリフトの練習をはじめたのである。


次も息を合わせ、プリエ、アップ。
もう一度、プリエ、アップ。


何度めかで、彼女のからだは彼の肩にきれいに乗っかった。
男の子の肩に腰かけるかたちになった女の子は、
高いところで晴れやかにほほえんだ。


ブラボー。
リフトをふたりで一から練習するところって、はじめて見たかも。


私がはじめてリフトしてもらったのは小学6年生、11歳の時である。
パートナーはもちろん大人のプロのダンサーで、
「軽すぎて感覚がつかめない」と笑っていた。
実際、息を合わせようと合わせまいと軽々頭上にかかげられた。


その後、成長するにつれ、たとえ相手が熟練のプロであっても
体重を管理した上でちゃんと息を合わせなければ持ち上げてもらえなくなった。
それでも、たいていは安心してパートナーにゆだねることができた。


肩の上に乗っかったり、頭の上に高くかかげられたりすると
見える景色が違う。
はじめてリフトされた11歳に味わった特別な高揚感は
いつまでも変わらなかった。


息子には「そのうちリフトしてね」といってある。
「アナタよりオレのほうがケガしちゃうよ」と難色を示す息子。
そういいながら私をかかえてみて「お、軽い」なんていっている。


期待して待ってます。
私が踊れるうちによろしくね。

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2009-05-06

連休最後に思う

息子の7連休は今日が最後。
ゴールデンウィークもとうとう終わりである。


「疲れはとれた?」
「…ん…」
息子からは微妙な返事。


聞くまでもないか。
見ればわかる。


疲れもとれて、リフレッシュして、すっきりばっちり、
とはなかなかいい難い状態なのだ。
休んだことでかえって疲れがずるずると芋づる式に出てきて、
収拾がつかなくなっているのかもしれない。


長い受験の疲れと、合格発表の待ち疲れ、
そこに慣れない新生活の疲れがのっかったんだから無理もない。
気候の変動も激しいし。


まあ、夏を迎える頃にはカラダも慣れて
年相応の体力も戻っていることだろう。


そういえば1年前は、と思い返してみると、
ゴールデンウィークなぞまったく関係のない生活だったはず。
去年の手帳と日記をめくってみたら、息子は連日予備校通い。
模試も受けていた。


思えば、1年前はついこの前のようでもあり、はるか遠い昔のようでもある。
鮮明に思い出せることがある一方で、忘却のかなたに追いやった記憶も多い。


それでも、もっとずっと前の、息子とおない年の私を
はっきりと思い出すことはできたりする。
それに、いまの私とおない年の母も。
時を飛び越えてすぐに27年前の私に戻ることができる気さえするのだ。


「あっという間よ、人生は」
母がおととい別れ際にそういったのを思い出す。


あっという間、か。
そうかもしれない。


ついこの前までいたはずの19歳の私はいなくて、
代わりに19歳の息子がいる。
ついこの前46歳だった母は、母であることは何も変わっていないのに
気がつけば70の齢を重ねている。


あっという間。


「だから、思うように進みなさい」
母はそうことばを継いだ。


そうだね。
そうだよね。
あっという間だからこそ、自分の思うように歩みたいよね。


そんなことを思った連休最後の夜。

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2009-05-04

孝行、って…

ゆうべ遅く、父と飲んだ。


母と弟はもう寝ていたので、父と私と息子の3人。
父の「何飲む?」という声に、迷わず「シャンパン!」と答えた。


フルートグラスにきれいな黄金色が注がれ、
こまかな泡とともにはなやかな香りがたちのぼる。


「甘いね」
未成年の息子は、グラスに鼻を寄せて感想をひとこと。
季節があと三つめぐれば、一緒にグラスを重ねられるようになる。
いまはまだ香りだけ。


グラスを傾けながら、息子の大学のことや、
この間の民代さんのパーティーのことや、この1ヶ月のあれこれを話す。
父は愉快そうに聞いてはよく笑う。
母とは電話でもよくおしゃべりするが、父と話すのはこんな時くらい。


「じじのあんなにうれしそうな顔って、そうそう見ないよね」
息子のデジカメには、とびきりご機嫌な笑顔の父と私。
シャンパンはあっという間に空いた。


父の笑顔のもとは、なんたって孫の成長だ。
孫息子ががんばって憧れの大学に入学したことも、
大きな可能性を秘めながら世界を広げつつあることも、
父はわがことのように誇らしく、うれしいに違いないのだ。


じじ孝行してくれてありがとう。
息子に感謝である。


私にはどんな孝行ができるかな。
ふと思う。


私が仙台に帰ってすることといえば、ひたすら眠ることばかり。
目が覚めれば母のおいしい手料理を食べ、また安心しきって眠る。
ただただゆったりと癒されるばかり、
私のほうがしてもらうばかりなのである。


私には何ができるかなあ。


マンションのベランダから手を振って見送る母と弟に、
何度も何度も振り返って手を振りながら思った。


とうとうふたりの姿が見えなくなって、息子と私はバスに乗り込んだ。
流れる仙台の街並みに目をやりながら、次はいつ帰ってこようかな、と思う。


みんなが元気で一緒に過ごすこと。
それが私の望むことで、いまの私にできること、かな。
大したことできないけど。


東京でまたがんばるよ。
そしてまた仙台に帰るね。

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2009-05-02

20歳の私と5月のけやき

仙台駅のホームに降り立ったとき、
温度は東京とさほど変わらないと感じた。


暑くもなく、寒くもなく。
いちばんきもちのいい季節。


駅から実家まで歩きたい気もしたが、
母と弟はすでに行きつけのイタリアンで待っているという。
息子と私はバスに乗った。


青葉通りも定禅寺通りも、
3月に帰ったときには若葉の気配がまだ感じられなかったけやきが
みずみずしい葉っぱを風に揺らしていた。
控えめに萌え出た葉っぱたちのすきまから、ちらちらと光がこぼれる。


この季節のけやきがいちばん好き。


バスを降りて、メディアテークとなりのイタリアンに向かう。
若々しいけやきの緑が縁取る定禅寺通りを歩く。


5月連休の定禅寺通りがいちばん好き、とはじめて思ったのは20歳だ。
そう思ったときに何を着ていたかもよく覚えている。
ライムグリーンの五分袖のブラウスジャケットとキュロットスカート。
あの頃とても気に入っていた。


20歳の私は東京のバレエ修行から帰ってきたばかり。
文化庁の研修期間も終わっていたが、けが続きの不本意な帰還だった。


おなじ5月の定禅寺通りを歩きながら、20歳の私に思いをはせる。
すると、ただただ「この季節のけやきがいちばん好き」
と感じながら歩いていたことだけが思い出される。


失意や落胆は抱えていたかもしれない。
でも、あのときの私はそんな思いにとらわれていなかった。
定禅寺通りの広い歩道を風に吹かれて、
ライムグリーンの服の着心地に満足しながらただ歩いていた。


それから先、どんな荒波にもまれることになるかも知らず。
過去にも未来にも縛られることなく。


あのとき私が感じていたのは、
けやきのみずみずしさと、お気に入りの服のコットンの感触。


定禅寺通り沿いにあるイタリアンで食べたピッツァはおいしかった。
おなかいっぱいでお店から出て顔を上げると、
けやきの葉っぱたちがきらきら光って見えた。


やっぱりこの季節のけやきがいちばん好き、とあらためて思った。

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2009-04-29

息子と、バレエと

今日が「昭和の日」という祝日だと、今朝の新聞ではじめて認識した。


昭和の時代は「天皇誕生日」で、
平成になってからは「みどりの日」で、
おととしからは「昭和の日」。
「みどりの日」は5月4日。


知らなかった。


それはさておき。
今日は祝日だが、息子は授業で学校。
その代わり、明日から7連休である。


連休前の最後の授業は、バレエだった。
きのうのトレーニングの筋肉痛もあり、
まだリハビリ途上にある彼にとっては、やることなすことすべてが過酷だったらしい。
(くしゃみをしても腹筋が痛いそうである。実は私も笑うと腹筋が痛む)


それでも、バレエは「楽しい」という。


思うように動かなくても、どんなフォームが美しいか彼にはイメージできる。
なにせ、ちいさい時からバレエを観てきたのだし、
なにより、母が毎日毎日ああでもないこうでもないとそばで動いているのである。


私はレッスンから帰ると、家族がわかろうとわかるまいと
その日に発見したことや体得したことをあれこれいいながら動いてみる。
「こっちがストゥニュで、こっちがデトゥールネ」とかぶつぶついうものだから、
息子が浪人時代は「ああっ、無駄な知識入れないでくれっ!」と
よく追い払われたものだ。


しかし、彼にはいま、母の“つぶやき実演”が役に立っているようで
とりあえず何が正しく美しくて、何が間違っているのかは大体わかるという。


ただ、何事もそうだが、わかっているのとできるのとは違う。
「わかってるんだけど、もう力が残ってなくて意識してられないんだよね」
ともちろん本人も自覚のうえ。
アームスのラインを維持するのなんか特にそうだ。
私だって、はっと気がつくと意識が抜けていることがよくある。


そういうものだ。
イメージだけで踊れるなら、いまごろ私は世紀の大バレリーナだ。


それでも、イメージの美しさを追い求めながら、自らの肉体をコントロールしつつ踊るのだ。
柔軟性が高まったり、筋力がアップしたりすれば、その分コントロールする力も増す。
自分のイメージに一歩近づく。


バレエはほんとうに奥が深い。


そのバレエを息子がはじめたこと、とてもうれしく思う。

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2009-04-28

息子もトレーニング

月に一度のパーソナルトレーニング。
レッスンを終えてほとんど間をおかずに行ったので、
全身はへとへと、太ももの筋肉はぱんぱん状態。
それでも、気持ちだけは元気な私である。


さて今日は、私だけでなく息子も一緒。
息子は去年の7月以来だから、9ヶ月ぶりである。


「オレ、絶対爆笑される」
見ていただく前、息子はそうつぶやいた。
「きっと、歪みきったカラダをコンディショニングするのに
1時間でも足りないよ」


その自覚症状どおり、息子のカラダは歪んでいた。
トレーナーの樋渡さんがコンディショニングするのを脇で見ていたが、
息子の脚の長さには明らかな左右差。


「歪み方にも法則があるんですけど」と樋渡さん。
「これはその法則にのっとらないヘンな歪み方で、
完全に気の流れがおかしくなっています」


やっぱり。
大学に合格して気持ちは晴れ晴れでも、
カラダのほうは蓄積した疲れや鈍りがあいまって
悪循環にはまっていたのだろう。


樋渡さんは魔法の手で歪みを修正していく。
ベッドの上でほとんど眠りかけている息子。


でも、彼は樋渡さんの声で目覚めざるを得なくなる。
「さ、あとはトレーニング!」


今日はコンディショニングだけと予想していた息子は一瞬天を仰いだ。
「明日、バレエの授業が受けられなくなるかも…」


弱気な息子に「だいじょうぶ! 若いんだからカラダはすぐに戻るよ」と私。
「はい、スパルタコーチもそういってることだし」と樋渡さんも笑う。
かくして、息子、7ヶ月ぶりのトレーニングと相成った。


うぅ、あぁ、とうめく息子のとなりで私も一緒にトレーニング。
ストレッチを中心に、いま息子のカラダに最も必要なメニューが
的確に与えられる。


カラダもかたくなり、筋力も落ちている息子は相当つらそうだ。


でも、だいじょうぶ。
すぐに戻る。
カラダはかならずいきいきと息を吹き返す。
断言できる。


だって、私がそうだったんだから。
10代の彼はだいじょうぶに決まっているのだ。


トレーニングを終えて、青息吐息の息子。
よくがんばりました。


来月樋渡さんにお会いする時までには、
もうすこし体力が戻っていますように。


パーソナルトレーナー樋渡旭さんのブログはこちら
http://ameblo.jp/fitness-partners/

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2009-04-25

パーティーのよそおい

きのう、草刈民代さんの引退公演を拝見した後、
パーティーに出席した。


息子が民代さんからメールでお誘いをいただいた時は、ふたりでびっくり。
びっくりがおさまると、今度は「何を着ていこうか」とそわそわ。


息子は入学式の時のジャケットで即決。
フォーマルに、きちんと感を出しましょう、ということで。


困ったのは私のほうだ。
常々ジーンズとカットソーばかりの私である。
息子の入学式ではめずらしく薄いピンクのスーツ(それも、スカート)を着たが、
フォーマルの種類が違う。
さあ、どうしましょう。


「パンツだね!」と息子はきっぱり。
パンツ以外は認めない、といわんばかりの口ぶりだ。


パンツ、ねえ。
あいにくパンツスーツはかっちり感の強いものばかり。
バレエの後に、美しいバレリーナを囲んでのパーティーにはちょっと違う。


さんざんアタマの中で“着せ替え人形”をした結果、
やっぱり息子のアドバイスどおりパンツにすることにした。
前の晩、鏡に映して最終決定。


さて、ゆうべのパーティーには主役の民代さんはもちろんのこと、
素敵な方々がたくさん出席なさっていた。
そういう方たちのよそおいを拝見するのも、パーティーの楽しみである。


ヴィヴィッドな色遣いであれ、奇抜なシルエットであれ、
着ている人そのものになじんでいれば、素敵な雰囲気が醸し出される。
文字どおり「着こなす」ことで、その人らしさがにじみ出る。


私はパンツにしてよかった、と思った。
細身のパンツに細身のドレスシャツ、白と黒でまとめて靴はハイヒール。
パーティー会場の窓ガラスに映ったショートカットにパンツの私は
やっぱり私らしい感じがした。
もちろん緊張感はあったが、着慣れたくつろぎ感もあった。


ドレスシャツを着たのはひさしぶり。
これを着ると、いつも宝塚のまねをしたくなる。
(で、息子のひんしゅくを買いながらやった)


でも、真っ白なシャツはやっぱりいいものである。

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2009-04-22

リハビリ

息子、大学に入ってから4週目。
授業は3週目に突入した。


通学時間30分という恵まれた環境である。
しかし、休み時間の校舎移動はなかなかハードなようだ。
15分の間にこっちの校舎の4階からあっちの校舎の4階まで移動、というのは
彼でなくてもきつい。


タップで鍛えた足腰も、長い受験生生活ですっかりなまってしまった。
大学に入ったらジムに再入会しよう、とか
タップのレッスンを再開しよう、とかいってたけれど、
とてもそれどころじゃない状況である。


毎日学校に通い、せっせと校舎移動をする。
それがいまの息子にとってはリハビリなのだ。


そんな状態だから、バレエの授業を取るときも実は彼はためらっていた。
「カラダ動かないよ… 後期から取ろうかな」


でも、むしろ4月からはじめることを私は勧めた。
カリキュラムを見るとストレッチからやるようだし、
かえってバレエの授業がいいリハビリになるんじゃないのかな、と思って。


さて、今日はバレエの実技授業2回目である。
へとへとの息子は、帰るなりすぐさまシャワーを浴びた。
「ひさしぶりに汗かいた~」


汗かいて、のどからからで、カラダは熱くなって。
そんな状態はほんとうにひさしぶりだという。


「でも疲れた。腕なんて全然意識してられないんだよ」
彼は腕をカラダの横に上げてやって見せる。


そうだね。
カラダにも気持ちにも余裕がないと、なかなか美しいラインは作れないのよ。
だけど、バレエはラインが命、なのよね。


さんざんおしゃべりをした後、息子は寝てしまった。
相当お疲れ。


きっとじきにカラダは戻ってくる。
なんたって若さが彼を助けてくれるはずだ。
やっぱりいまこのタイミングでバレエをはじめたのはよかったのかもしれない。


そのうち母をリフトなんてしてくださいませ。
期待して待っています。

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2009-04-21

「ほんとうによかったなあ」

このブログを母は毎日読んでいるのだが、
最近では父も読むようになった、と母から聞いた。


ちょっと面映いけど、やっぱりうれしい。


ずいぶん前に仙台で講演会を開いたことがあった。
母とおばは早い時間から受付を手伝ってくれたし、
ほかのおじやおばもいなかから駆けつけてくれた。
でも、まさか父が仕事を早々に切り上げて聴きに来てくれるとは
思わなかった。


どきどきしながらマイクを握り、必死でしゃべりながら客席を見渡すと、
私のつたない話に耳を傾けてくれるたくさんの人たちの中に
父の白いジャケットがぼうっと浮かんで見えた。


父は目をつぶっていた。
朝が早かったから眠っていたのかもしれない。
それでもよかった。
父のうつむく穏やかな顔と白いジャケットを見ると、
あがってしまいそうな気持ちが落ち着いた。


「ほんとうによかったなあ」
父は私のブログを読みながら、何度かそう漏らすのだという。
そのことばが出るときのブログは、いつも息子のエピソード。


「『ほんとうによかったなあ』って、しみじみいうのよ」と母。
母と弟はおとといから東京に遊びに来ていた。
その母も私のとなりでしみじみいう。


父は、私がバレエの発表会で主役を踊っても、感想なんて何もいわなかった。
講演会のときもそう。
でも、何もいわれなくても、父がその場にいて私を見てくれただけで十分だった。


その父が孫の大学入学を心から喜び、ことばにしている。
父がそんなに喜んでくれて、私もほんとうによかったなあ、と思う。


今日帰る母に入学式のプログラムと写真を渡した。
母もめがねをかけ直して熱心に見入っていたけれど、
きっと父もおなじようにすることだろう。


彼は憧れの大学に入れてほんとうによかったよ。
2000字レポートの発表もうまくいったみたいだし、
なにより、これから先の4年間、しっかり勉強しようという意欲に満ちている。


ほんとうによかったです。

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2009-04-20

HP更新しました

スタジオA.I.のHP、2点ほど更新しました。
http://www.studio-a-i.com


1点目は、「セミナー」のページの情報をふやしました。
具体的にいうと、セミナーの日時、場所等について掲載しました。


「ポジティブ コミュニケーション セミナー」の第1回開催日は、6月18日に決定です。
いま、開催に向けて着々と準備を進めているところです。


この「ポジティブ コミュニケーション セミナー」、
中身は『座学のお勉強会』ではなく、『体験・体感の実験室』というイメージ。


『コミュニケーションの実験』の仕方を参加者の方たちに提示する私の役割は、
『講師・先生』というより、むしろ『ナビゲーター』。
正解のないコミュニケーションのありようを
私も参加する方たちと一緒に毎回体験・体感していきます。


そう考えると、『セミナー』という呼び方より
『ワークショップ』というほうがいいかもしれないなあ、と思ったりします。


さて、場所は「ドリームインスティテュート」さんにお借りすることになりました。
ここのスタジオが、ほんとうに素敵なんです…!


白木の床に白壁の空間は心からゆったりくつろぐことができて、
私にとってもお気に入りの場所。
お越しいただいた方にはきっと気に入っていただけると思います。
写真も掲載したので、ぜひご覧ください。
(ちなみに、セミナーの申込方法については近日中に掲載します)


もう1点更新したのは、新しいリンクです。
私が3年近くお世話になっているパーソナルトレーナー・樋渡旭さんのブログが
リンクの仲間入りをしました。
http://ameblo.jp/fitness-partners/


私のブログにもよく登場しているトレーナーの樋渡さん。
実は、彼が私より20歳年下の若者だと知って驚く友人はすくなくありません。
ただいえるのは、彼が年齢を超えて全幅の信頼を寄せられるトレーナーだということ。
向上心あふれる樋渡さんのブログもぜひご覧下さい。


さあ、4月も下旬に入りました。
息子は今日が期限の2000字レポートを無事提出し、ちょっとひと安心。
よかったよかった。


私も新しい扉を開くべく、前に進み続けるつもりです。

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2009-04-16

いたたたた

おとといの夜は、何度痛みに目が覚めたかしれない。


ウエストから下の筋肉が
まるできゅうきゅうと音をたててきしむような感覚。
もしくは無理やりに縮んでいくような。


寝る前にストレッチポールにのっかったが、
その時すでに筋肉はかなり張っていた。
ほぐしたいとは思ったけれど、あまりに痛くて早々に断念。
疲れに任せて寝るほうを優先させたのである。


ところが、一晩中その何倍もの筋肉痛に苛まれるはめに陥ったというわけだ。


起きた時には、カラダのあちこちがこわばって動きづらいことこのうえなし。
一歩足を踏み出すたびに「いたたたた…」
そんな自分に思わず笑う。


さすがに、ジムに行くのをちらりと迷う。
でも、結局は自分の思い描く理想のほうが痛みに勝った。
右の広背筋をもうちょっと強くしたいな、とか、
左のハムストリングスをもうすこし伸ばしたいな、とか。


で、カラダはいたたた、ココロはうきうき、でジムに向かった。


毒をもって毒を制す、というか。
トレーニングして、クロストレーナーこいで、ストレッチして、
カラダが温まったおかげかかえってラクになった気がした。
夜も心地よい疲れでぐっすり。


今日も相変わらず殿筋のあたりが痛い。
きのうマシーンでトレーニングした大胸筋もやや痛む。
でも、またもや嬉々としてレッスンに行く。
踊っている間は痛み知らず。
今夜もきっとぐっすりだ。


2週間ブランクがあいたせいで、筋肉痛だらけの日々である。
筋肉は鍛えだめができない、としみじみ痛感する。


ちなみに息子は今朝、筋肉痛にうめきながらのお目覚めだった。
そのつらさ、よくわかる。


まあ、痛みを乗り越えつつ
徐々にカラダを慣らしていってくださいませ。

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2009-04-15

ドイツ語とバレエ、そして

朝、息子がいう。
「今日は『ドイツ語』と『バレエ』だな」


ドイツ語とバレエ。
なんだかそれって“お習い事”みたい。
「じい、今日の予定はどうなってる?」
「はい、おぼっちゃま、『ドイツ語』と『バレエ』です」みたいな。


「ほんとだね」と笑う息子。
「『ドイツ語』はともかく、『バレエ』って大学の授業とは思えないよね」


実際、息子の友だちも私の友だちも「バレエ」と聞くと驚く。
息子の友だちは、はじめすんなり受けとめるんだそうだ。
まさか「ballet バレエ」とは思わず、「volley バレー」と思うからだ。
ところが実はボールではなく踊るほうだと知り、「へ?」となるらしい。


私の周りでは、「え? 息子さん、バレエ習うことになったの?」とか
「敦子さんが教えるの?」とかさまざまな反応が巻き起こる。
いや、それは大学の「オープン科目」の授業で、
全学部の学生が(文学部でも理工学部でも何の学部でも)受けられるんだよ、
と説明する。
「オープン科目」にはフェンシングもあって、
息子はバレエにするかフェンシングにするか迷ったんだけどね。


「そこはやっぱりバレエでしょう!」
事情が飲み込めた友人たちは誰もがそうきっぱり言い放つ。
「そばにすぐ教えてくれるコーチもいるんだし」


さてその息子、今日からいよいよバレエの実技。
「ストレッチだけでものすごく疲れた~」とへろへろになって帰ってきた。
ちいさい頃は180度開脚もばっちりだったのに、いまやがちがち。
そのうえ、1年半の受験生活ですっかりカラダはなまりきっている。
「本気でストレッチしないとなあ」とうめく。


私はさっそく補習コーチをつとめる。
どんなことをやったのか聞き、お手本とワンポイントアドバイス。
いまはそのとおりできなくても、イメージトレーニングだけはしておいてね。


それにしても、オープン科目は多彩だ。
高校時代の先輩にばったり会ったそうだが、
その彼はオープンで「ボクシング」の授業を受けに行ったとか。


更衣室(といっても、男子は「洗濯室」が更衣室代わり)で着替えていたら、
「ヨガ」に行く新入生と一緒になったそうだ。
友だちに誘われたからヨガをとったのに、
誘った友だちは選外(要するに、科目登録が通らなかったってこと)になっちゃって、
ひとりでヨガをすることになったんだという。


「『ヨガ』の後は『企業法』の授業なんだ」
とその彼。


ヨガと企業法。
ドイツ語とバレエも素敵だけど、ヨガと企業法もそのギャップが素敵。


ハンサムなヨガの彼は、もちろん法学部の学生である。

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2009-04-13

やる気のわくデスク

机の上がすっきりしていると、やる気がわいてくる。
どんどん進めちゃおう、とか、新しいこと考えちゃおう、とか、
かなり前向きになる。
そのエネルギーたるや、
ごたごたしていた時とは比べものにならないくらいだ。


いま、私のデスクの上に余計なものはのっていない。
PCのモニターと、電話と、
あとはアロマライトとか、オフィーリアのミニチュアの絵とか、
お気に入りの小物がぽつぽつ並んでいるだけ。
広々使えて、実に快適である。


本を出して用が済んだらすぐ書棚に戻すし、
書類をプリントアウトしたら、しかるべき場所にしまう。
だから、デスクの上はいつもすっきり。


これが、ひと月前までは悲惨な状態だったのだ。
デスクの上は、落ち着かない心を反映するかのようにごちゃごちゃ。
まともなスペースはほんのすこしで、何かをしようにもやる気が起きない。
片付け大好きの私が、この時ばかりは手がつけられなかったのである。


両脇に積み上げられたごたごたの山を見るたびにうんざりした。
かといって、デスクの上のみならず書棚も引き出しもわやわやになっていて、
どこにもしまいようがない。
いったいどこからどうしたらいいのか、途方に暮れるまま何日も過ぎていった。


でも、一念発起で片付ければこのとおりだ。
多少時間はかかったが、それに見合うだけの効果はばっちり。
いや、それ以上である。


ふと息子のデスクに目を転じれば、ごたごたのわたわた状態。
不用になったテキストやらプリントやらずいぶん処分したものの、
まだまだモノが多すぎるのと、追いかけるように新しいモノがふえて
一向に片付かないのである。


それに、いま本人は大学生活に慣れるのに必死。
ハードな校舎移動の連続で、帰った時にはへろへろなのだ。


これじゃ2000字のレポートもおぼつかないよね…
ちょっとお手伝いしちゃいましょうか。
すっきりデスクでアタマもすっきりさせて、
気持ちよくスタートダッシュを決めようよ。


ということで、まともなスペースがなくなりかけていた息子のデスク、
すっきりさっぱり片付けた。
ちょっとした達成感である。


「自分の机じゃないみたい」と息子。
「ありがとう」


いやいや、どういたしまして。
さ、これで2000字のレポート、がんばってくれたまえ。

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2009-04-11

母の“洗脳”

息子をはじめて劇場に連れていったのは、
1歳の誕生日を迎える前のことである。


ベビーカーで赴いた先は、私の恩師のバレエ公演。
もちろんずっと客席にいられたわけではないが、
とにもかくにも彼の劇場初体験であることは確かだ。


その後、息子は3歳で本格的な観客デビューをする。
観にいったのは、かつて私も出演した牧阿佐美バレヱ団の「くるみ割り人形」。


シートにちょこんとおとなしくおさまっているちいさな男の子に、周りのお客さんたちは
「まあ、なんておりこうさんに観てるんでしょう」
としきりに感心してくれた。
口々にほめられて、本人もはにかみながら誇らしそうにしていたものである。


ちいさな彼を連れて、映画にもよく行った。
英語で何をいってるかわからなくても、ストーリー展開についていけなくても、
ちいさな息子はおとなしくスクリーンに見入っていた。


要するに、私と夫が映画を観たかった。ただそれだけのことである。
それにしても息子はぐずりもせず、よく付き合ってくれた。


とはいえ、さすがにお芝居となると話はちがう。
いくら劇場慣れしているとはいえ、
セリフだけの凝縮された時間と空間をもちこたえられるとは思えなかった。


あるとき、高1からファンとしてお付き合いのある俳優座の堀越さんを
息子連れで楽屋に訪ねたことがあった。
(お芝居は観ずに陣中見舞いにだけ行ったのだ)


堀越さんは息子にしんみりいったものである。
「キミも早く大きくなってお芝居観にくるんだよ」


しかしそれからほどなく、
息子は小学3年生でストレートプレイも観客デビューする。
市原悦子さんと江守徹さんのふたり芝居「ディア・ライアー」である。


以来、息子とは数々の舞台をともに観てきた。
私が中2で感銘を受けた「ハムレット」を一緒に観たときには感慨深かった。
奇しくも、息子も中2であった。


そんな息子は、大学で「舞台芸術入門」という科目をとることにした。
きのうがその第1回だったのだが、
帰ってくるなり「すっごくおもしろかった!」と興奮気味。
いままでに自分が観た蜷川幸雄作品やシェイクスピアが話題だったという。


先生も、「男の子でこんなにたくさん舞台を観ているのはめずらしい」
と喜んでいたそうだ。
息子は「母に洗脳されたんです」といったそうだが。


確かに“洗脳”だったかもしれない。
とにかく一緒に楽しみたかったから。


でも、その“洗脳”が功を奏して
ともに舞台について語り合えるようになったことは、このうえない喜びである。

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2009-04-10

先生の結んでくれたご縁

息子がまだちいさかったときのこと。
旅先のリゾートホテルでスタッフによるショーがあった。


エンターテインメントに関してシロウトのスタッフたちが
衣装をつけ、メイクをし、趣向を凝らしたショーで懸命に踊るのだが、
振りをなぞるので精いっぱいな人もいる中で、
真ん中で華麗に踊っている女性は別格だった。
彼女がバレエの訓練を受けた人だということは明らかだった。


翌日、思いきって彼女に話しかけてみた。
華やかな美人で、ちょっと声をかけづらい気はしたけれど、
話してみると、彼女は思いのほか気さくだった。


どちらでやってらしたの、という私の問いかけに
「ご存知ないかもしれないけど」と前置きしながら
彼女は私の恩師の名前を口にした。


何たる偶然。
私が仙台、彼女は東京の、おなじ先生の門下生だったのだ。
それも同い年。
なんと、私がシンデレラを踊ったときには
彼女はわざわざ仙台に観に来ていたこともわかった。


彼女とはいまも友だちだ。
毎年夏に先生の公演で会うのが恒例である。


そんな偶然ってあるのだ。


ところで。
息子の大学にはバレエのサークルがある。
そのサークルの発表を息子はおととしの学園祭で観ており、
女性をちゃんとサポートできる本格的な男性ダンサーがいることは知っていた。


おととい、はじめてのバレエの授業の後に
そのダンサーと思しき男子学生とすこし話をしたんだそうだ。
どうやら彼がサークルのリーダーらしい。
もらったチラシに記された名前がなんとなくアタマに引っかかった。


そのサークルの公演記事がバレエ雑誌に掲載されているというので、
今日本屋で見てみた。
男子学生の端正な舞台写真、そして名前。
やっぱり名前には見覚えがある気がした。


どこで見た名前だろう?


あれこれ調べてみて、びっくり。
私の恩師のお弟子さんだったのだ。
じゃ、彼は私の後輩?
なんとまあ。


ということは、毎年彼の踊りを先生の公演で観ていたということでもある。
なかなかいい男の子が育っているなあ、と思っていた子が彼だったのだ。


いやはや。
そのうえ、彼は息子と学部がおなじだそうで。
世間は狭いというか、偶然というか。


先生の結んでくれたご縁、である。

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2009-04-06

スタジオA.I.

HPができました。
「Studio A.I.」もしくは「スタジオA.I.」。
『すたじお えーあい』と読んでください。


さっそくですが、よろしかったらご覧くださいませ。
http://www.studio-a-i.com
未完成な部分もありますが、追々充実させていきます。


さて。
「スタジオA.I.」は、
『コミュニケーションの実験室』をイメージしています。


人とのかかわりかたに答えはなくて、
自分と相手、おたがいの性格や状況、それぞれのコンディションとか、
いろんな要素がからみあって化学反応を起こすもの。
「スタジオA.I.」では、そんな化学反応を体感しながら、
かかわる人たちが一緒になってコミュニケーションについて探っていこう、
と思っています。


それと、「Studio」にはご存知『ダンス練習場』の意味もあるので、
ゆくゆくはカラダを動かすこともできたらなあ…、と夢はふくらみます。


今日は息子が大学で初授業。
私も時期をおなじくして新たなスタートを切ることができたわけで、
新鮮な気持ちで素直にがんばっていこう、と思っているところです。


その息子。
この間申請した科目がすべて登録となり、
今日からいよいよ本格的な大学生生活開始。


さっそく骨の折れそうな課題図書で2000字のレポートを書くよういわれ、
早くも呆然。
かと思うと、初日から先生が来ない授業もあったりして。
なかなか波乱含みのスタートで、帰ってきたときにはややぐったり。


ついひと月前は、大学がどこに決まるか気が気じゃなかったものだが、
階段を一段のぼれば、そこにはまた新たな乗り越えるべき壁。
こうして人は成長していくんだなあ。


きのう、偶然憧れのバレリーナ・神戸里奈さんに会い、
握手してもらった息子。
「がんばってね」
里奈さんは握手しながらそういってにっこり。


里奈さんにも応援していただいたのだもの。
がんばれ、息子。


もちろん、私もがんばります。

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2009-04-02

とりあえず終了

起きぬけの息子がうめく。
「科目登録の夢、見た」


悪戦苦闘、四苦八苦の末、
息子はなんとか今日の締め切り時刻までに科目登録を終えることができた。
とりあえず第一段階はクリア。


定員オーバーではじかれる科目も予想されるというので、
その時は第二段階としてまたパズルの組み換えをしなければならないというけど。


「むしろ受験の時より不安…」
げっそり面やつれしながら、息子はちょっと弱音モード。
めいっぱい科目をとったものの、
先行きが見えないことにおののく気持ちもあるのだろう。


人生の歩を進めるごとにハードルって高くなるもんだね。
受験のハードルをやっとこさ越えたと思ったら、
さっそく次のハードルがやってきた、ってところかな。


でも、キミの「勉強しよう!」って熱い思いに、私はかなり感心してるよ。
やってみたい、やってみよう、という自分の気持ちを大事にして
やるだけやったらいい。
どうしてもきつくなったら、その時に仕切り直せばいいんだもの。


授業は来週月曜9時から。
がんばれ、がんばれ。
私もキミの補習コーチとして控えているから。


実は、息子は「バレエ」を登録したのだ。
れっきとしたバレエの授業がオープン科目に存在するのである。
そのうえ、立派な実技科目なのだ。


「どう…?」と相談され、シラバスを見てみた。


いいよ、これ。いいと思う。
いずれバレエをやりたい、と思っていたキミにはうってつけ。
だって、19歳の男の子がバレエをはじめようとしたときに
ちゃんと一から教えてくれるところってそうそうないよ。
せっかくだからやるべき。


「そうだね。うちにコーチもいるし」


ストレッチから教えてくれるみたいだから、いいリハビリにもなると思うよ。
よかったじゃない。


それにしても、思いがけない展開。
降ってわいたような話に、
息子にバレエが教えられる!とわくわくする母である。

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2009-04-01

入学式

4月1日、今日は息子の入学式。


すでに2日間大学に足を運んでいる息子には、
「何をいまさら」という感じがなきにしもあらずの様子。
でも、入学式は入学式。別物だ。


それに、これで私も憧れだった大学のキャンパスに
はじめて足を踏み入れることができる。


「え? 行ったことなかったの?」


ないですよ。
だって、行く理由も必要性もないでしょ。


「そうか。じゃ、オレが入学することでやっとアナタは行くことができるんだ」


そうか、そうか、と息子は納得顔。
そう。
だから私は二重にも三重にもうれしいのよ、入学式が。


ネクタイにジャケットの息子はちょっとおとなびて見える。
今日はじめて締めるネクタイは、
仙台の母(息子にとっては祖母)からのプレゼント。
「これがいい」と息子が選んだのは、きれいな空色のネクタイだ。


今朝の空はネクタイみたいに青く晴れ渡りはしなかったけど、
ネクタイは息子によく似合った。
人生の新しい門出に立った19歳の彼にとてもふさわしい気がした。


さて、入学式。
最高5000人収容の会場で、3学部ごと4回に分かれての学部合同入学式。
息子の学部はその第2回。
私と夫は舞台向かって右側2階の最後列に着席した。


1階席に入場したおびただしい数の新入生を見おろしながら、
この中から息子の姿を見つけるのは至難の業だと思いつつ、
息子のケータイに席を知らせるメールをした。


ほどなく返事。
「座った たぶんアナタの正面ぐらいの席」という。
となりでオペラグラスをのぞいていた夫が「いたいた」と手を振る。
私もオペラグラスで見ると、ほんとだ。私たちの視線のまっすぐ先。
うれしい偶然。


式典中、時々オペラグラスで息子の姿を見やった。
とうとう彼もこの大学の学生か、とうれしかった。


式の最後、全員での校歌斉唱。
私も歌った。
あら、歌える、私。
この校歌のメロディー、ちゃんと知ってるんだなあ、とあらためて思った。


式が終わり会場を出ると、あんなに大勢いる中で息子とすぐに会えた。
感無量だったよ。
ほんとによかった。


あらためて、入学おめでとう。
19歳の門出と、空色のネクタイに乾杯。

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2009-03-31

初登校

息子がきのう大学に初登校した。


入学式は明日である。
でもその前に、きのう今日とガイダンスやら説明会やら
スケジュール満載なのだ。


いよいよだねえ。
厳密に「学生」と呼べるのは明日からだっていうのはさておき、
憧れの大学に「学生」として行った感想はどう?


「ん~、高校と雰囲気変わらないかも」


あ、やっぱり。
予想はしてたけど、実際そうなんだ。
キミが行ってた高校の、
あの自由で開放的な雰囲気ときっと似てるだろうなと思ってた。


おもしろい子がたくさんいて、
服装も思い思いで、
みんな屈託なくのびのびしてて。
高校自体がキャンパスライフみたいなところがあったよね。


私の母校もそうだった。
だからこそ、自由な校風だというあの大学に私も憧れたのだ。
(で、演劇をしたかったのよね、実は)


そっかあ。やっぱり自由な雰囲気かあ。
いいねえ。


「でもさ」と息子。
「きのう一緒にお昼食べた子はすごくそわそわしてたよ」


きのうは午前午後ともに説明会だったので、
お昼はさっそくクラスで一緒になった男の子と学食でカレーを食べたのだそうだ。
その彼が妙にそわそわするのだという。


聞けば、彼は中高一貫の男子校出身。
女の子がいるだけで落ち着かないらしい。
「まずは共学に慣れないと」といったというから、ほほえましい。


「それより何よりね、科目登録について早く考えなくちゃならないから
ちょっと焦ってるんだよね」


科目登録は期限があさっての夕方。
そりゃ焦りもするか。初登校の感慨どころじゃないね。


いまも息子はガイドブック首っ引きでパソコンに向かっている。
「まるでパズルだ~」とうめきながら、ああでもないこうでもないと試行錯誤。


でも楽しそう。
ほんとよかったね。


めいっぱい楽しんで、めいっぱい勉強するのだぞ。

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2009-03-24

新しい春

息子がにやにやしながら何かいいたげに近寄ってきた。
何をいうかと思ったら、
「なんかちょっとどきどきしてきた」
だって。


「大学に行く日が近づいてきたよ」


そっか、どきどきしちゃうんだ。
夢に見続けた憧れの大学だもんね。


この間まで「実感がない」とか「オレが行っていいのかな」とかいってたけど、
いよいよその実感がわいてきたってところかな。
英語のレベル判定テストも受けたし、科目登録の書類はどっさり届くし、
カウントダウンははじまってるもんね。


息子の春は夢いっぱい。
桜が咲いたら、青い空と桜のもとで19の春を祝福しよう。


今年の桜はとりわけ待ち遠しい。
レッスンの帰りに通った駅ビルの入り口に桜の花が飾ってあって、
それを見ただけで笑みがこぼれた。


駅ビルの通路をMr.Childrenの「東京」を聴きながら足早に通り抜ける。
すっかり東京モードに戻った感じ。


ゆったりした仙台はもちろん大好き。
私が帰っていける場所でもある。
でも、この東京もおなじくらい好き。
私がいま生きている場所だ。


その東京に、大阪の友だちが越してくるという。
今朝メールで知らされて、驚くやらうれしいやらで声をあげて笑ってしまった。
彼女が東京で暮らすなんて考えてもみなかった。
でも、これからおなじ東京の空の下でおたがいにがんばれるのかと思ったら
すごくうれしかった。


なぜかこのごろ、東京で暮らすのが想像もつかない友だちが
仕事の新しい展開によって東京(もしくは東京近郊)に移り住んできている。
今朝の彼女で3人目だ。
これって何かの偶然?


でも、いえるのはみんながんばってる、ってこと。
新しい環境で新しい春を迎えようとしている。


私もがんばらなくちゃ。
元気がわいてきた。

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2009-03-23

2日ですでに…

仙台に帰っている間は
毎日三食、母の手料理を上げ膳据え膳で食べた。
母はむかしから料理がうまい。
ほんとうにおいしかった。


羽を伸ばしてただただゆったり休ませてもらえるのだから、
実家とはなんとありがたい場所だろう。
私ときたらなんていいご身分なんだ、と帰りの車中にしみじみ思った。
両親にはひたすら感謝するばかりである。


さて、ゆったり気分から明けて2日。
すでにしっちゃかめっちゃか状態の私である。


切り捨てることのできない「やるべきこと」が山のようにあって、
それを考えただけで心拍数は上がりっぱなしなのだ。


ひとつひとつはそう面倒なことじゃない(はず)だし、
そんなに時間もかからない(はず)なので、
優先順位とそれぞれの期限を考えながら
順番につぶしていくのがいちばんだろうと思う。


そう頭ではわかっているが、
まずやることの多さに圧倒されて心臓はかはか。


そして、つぶしているのと同時に「やりたいこと」がふえていくのだから
困ってしまう。
「やりたいこと」っていうのは、「うち中ぴかぴかにそうじしたい!」とか
「いらないものを思いきりよくみんな捨てたい!」とか
ほとんど家事にまつわること。
いままであえて優先順位を下げて目をつぶってきたことだ。


そうやって「やるべきこと」は雪だるま式に増えていくのに、
やれることは限られているから、結局時間に追われてまた心臓はかはか。


そんな最中にもレッスンやトレーニングには行く。
よっぽどでない限り休みたくない。
カラダを動かすことで、かえっていいリズムが作れるものだから。


ああ、私が5人くらいいたらいいのに…!
せめてあと2人いたら助かるなあ、なんて思う。


ひとりには日常的な家事をしてもらって、
もうひとりには私のコックピットを徹底して片づけてもらう。
なにより、ごちゃついているのをきれいさっぱりリセットしたい。


そして私本人はといえば、ずうっと心に温めている新しいことを進める。


とにかく、わんさかある未完了やらごたごたをひとつでも減らして
前に進みたいと思っている。


まあ、深呼吸して落ち着いて地道につぶしていきましょ。

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2009-03-22

白いグラス…?

仙台の実家のすぐそばに、アートな小物を扱うお店がある。
以前、母がプレゼントしてくれたとても繊細な絵柄のカップ&ソーサーは
ここのお店のものだ。


そう広くない店内に、
美しいものや遊び心のあるもの、知的好奇心をくすぐるものたちが
ほどよい感じに並べられている。


眺めるだけでも楽しいはず、とお店に足を踏み入れた。
展覧会の美術品を見るように、ひとつひとつゆっくりと眺めた。
スワロフスキーを埋め込んだカップ&ソーサー、
レゴ人形みたいなUSBメモリー、スプーンのブローチなどなど…
お店の方とおしゃべりしながら見て楽しんだ。


さんざん眺めて何も買わないのも悪いかな…、と思いはじめたころ、
とてもシンプルなグラスが目に入った。
グラスというかタンブラー。
すとんと筒型で、白くコーティングされている。


お店の方の説明を聞いて、息子への贈りものに買った。


さて、突然グラスを贈られた息子はきょとんとしている。
その息子の目の前で冷たい水をグラスに注いだ。
白いグラスがふわぁっと青く変わった。


「うわあっ」
息子は目を丸くする。


WHY PEOPLE PAINT IT IN BLUE, WHEN THEY DRAW A GLASS OF WATER?


グラスには縦にそう刻まれている。
「人々はなぜ水を青色に描くのでしょう?」だって。


息子は東京に帰ってくると、牛乳をそのグラスに並々と注いだ。
真っ白なグラスがふわぁっと青く変わる。
まるで青い液体が入ってるさまは、
「スター・ウォーズ」1作目でルークが食事の時に飲むドリンクさながらだ。


青いグラスをもつと、指のあとが白くなる。
それはまるで青空に浮かんだ雲のように見える。


このグラスには水か牛乳を入れるのがなによりしっくりくる。
ビールや麦茶ではダメ。
牛乳大好きの息子にこそぴったりなグラスなのである。

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2009-03-20

定禅寺通りで

仙台在住の息子の友だちに1年ぶりで会った。


高校の同級生の彼は、仙台の大学に現役で合格している。
その入学したての彼を呼んで
息子と私と母と弟の5人でカレーランチをしたのは去年の4月。
今日はその時とおなじ顔ぶれでピッツァランチをした。


息子が彼に浪人時代の話をする。
「アナタも過去形になったわねえ」と孫にいう母。
友だちがほほえむ。


5人でおいしいピッツァをほおばりながら(息子だけリゾットだったが)
穏やかな、でも心楽しいひとときを過ごした。


「またランチに誘うわね」
「はい」
別れ際、母のことばに友だちがうなずく。


素直で、誠実で、ピュアな若者。
息子の友だちはみんなそうだ。
あの高校に行ったからこその出会いだったと思う。
ほんとうに息子はいい友だちに恵まれた。


レストランを出ると、息子は友だちと、母と弟は買い物へと
三手に分かれた。
私はひとりですこしぶらぶらすることにした。


定禅寺通りの広すぎる歩道を歩く。
まだ葉のないけやきの枝を風が揺らす。
空には白い雲がほかっと浮いている。
誰にじゃまされることなく、ゆったり、のんびりと歩く。


近くの手作りガラスのお店をのぞいたり、
芸術的な雑貨のお店に足を踏み入れたり。
ちょっとだけ眺めるつもりが、お店の人と他愛もないおしゃべりをして。


心にほんとうの余裕が戻ってきたかな。
ふとそう感じた。


何ものにも追い立てられることなく、
ゆっくりした時間をゆっくりとなぞって。


仙台はやっぱりいい。
刺激がいっぱいの東京ももちろん大好きだが、
心を癒してくれる仙台はやっぱりいい。


東京に帰ったら、またエンジン全開でがんばれそうだ、と思った。

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2009-03-19

うれしい夜

息子の合格祝いで食事に出かけた。


テーブルには、息子の席にもワイングラスがセッティングされていた。
困り顔の息子に気づいた顔なじみのソムリエが
「もしかしてまだでしたっけ」
とほほえみながら大ぶりのグラスを片づける。
「来年にはおいしいワインが飲めますね」


息子が生まれた1990年は、ワインの当たり年。
父は千秋の思いで孫と飲める日を心待ちにしているはずである。
孫とおなじ年数を経たワインを、孫とともにあけるのだ。
息子にとっては、今回の合格に次ぐじじさま孝行になることだろう。


父セレクションのワインがソムリエの手でグラスに注がれる。
父と、母と、私と、弟と、息子とで乾杯。
(息子はウーロン茶だけど)
晴れやかな、それでいて穏やかな気持ちで乾杯。


ワインの馥郁とした香りが幸せな気持ちに誘う。
黄金色の液体がのどを潤し、何度もグラスを重ねるうちに
内側から高揚感に満たされていく。


おいしい食事とくつろいだおしゃべりに促され、
ずいぶん飲んだのかもしれない。
食事を終えて外に出ると、とてもいい気分だった。


今日の仙台は3月中旬とは思えないほどの暖かさ。
夜になってもぬくぬくした空気が漂っていて、
ほろ酔い気分も相まって心地よい。


「はあ」
と声に出してみる。
なんともいえない解放感。
「いいねえ、仙台」


なんだかすごくうれしくて、ふわふわと歩く。
そんな私の腕を息子がつかむ。
「ほら、気をつけろ、酔っぱらい」


いいじゃない。
とにかく気持ちが解放されて、うれしいんだから。
キミもそのうちわかるよ。


受験サポートの疲れもようやくとれてきたかな。
すこし食べ過ぎ飲み過ぎだけど、たまにはこんな時があってもいいよね。

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2009-03-18

いなかのいちにち

4両編成のローカル線は、乗客もまばらでのどかだった。


停車駅ごとに乗り降りする客自身がボタンを押して開閉するドアから、
息せき切って駆け込んでくる時間の亡者はいない。
遠くまで見晴らせる空は、春のやわらかな光が広がっている。
電車は静かに、穏やかに、ゆったりと線路を進んでいく。


仙台から南に40分。
祖母の住むいなかに行くのは20数年ぶり。
息子はもちろんはじめてである。


去年の秋にいとこが突然亡くなり、
思いがけない形で祖母やおじおばたちと再会をした。
きっかけは悲しいできごとだったけど、
ひさしぶりに触れるなつかしい血のつながりに心は安らいだ。


その時決めた。
息子の受験が一段落したら、祖母のところに連れて行こう。
はじめての姪を慈しんでくれたおじおばたちの掛け値なしの温かさを
息子にも味わってもらおう、と。


私の父は6人きょうだいで、私にはおじおばも大勢なら、いとこも大勢。
おじおばもいとこも片手で数えられる息子にとっては、未知の世界だ。


でも、その大おじ・大おばは
自分の祖父と顔つきや話し方や雰囲気が似ているのである。
このうえなく親近感を覚えたのか、息子はすぐになじんでしまった。
実に居心地よさそうにふるまっている。


そして、その大もとである曾祖母にいたっては、
息子をして「バケモノな94歳だ…!」といわしめたミラクルな存在。


腰をすっと伸ばしてさっささっさと歩き、
段差だってなんでもないようにすすっとのぼりおり。
フットワークは実に軽く、家の中でも思い立ってはすいっと立ち上がり動く。
みだしなみだって忘れず、眉をきちんと描き、口紅もうっすらさす。
とても94とは思えない。


「バケモノなアナタの源はここにあり!」だって。
元気で長生きの素晴らしいお手本である。


なにより心地よかったのは、
私たちをふんわり受けとめてくれるふところの深さと、
ものごとを肯定的にとらえる明るさ。
温かさに包まれて、どれだけ心から笑ったことだろう。


「すっごく楽しかった!」と息子がいう。
祖母もおじもおばも「また遊びにおいでね」といってた。
次は夏休みに行こうか。


今日一日のあれこれを思い返しながら、
帰りの電車で息子とそう決めた。

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2009-03-17

ひさしぶりの仙台

ひさしぶりの仙台。
息子はほぼ1年ぶりである。


ふたりで新幹線に乗るのもひさしぶり。
そのせいとも思えないが、
指定席を間違えるという初歩的なミスに自分たちが驚いてしまった。


大宮から乗ってきた男性に切符を見せられた時は
ふたりして「ダブルブッキング…?」と顔を見合わせたくらい、
ふだんの私たちにはありえないミス。


乗り込む前のホームでおたがいに席番を確認してたのにね。
ふたり揃って2番と3番間違えるってどういうこと?
ほんと申し訳ない、と平謝りで席を移動した。


おたがいにまだ疲れが残ってるかな。
まあ、仙台でゆったりしましょう。


そんな私たちを迎えてくれた、春めいた仙台の街。
すこし霞んだような空が広い。
定禅寺通りのけやき並木、いまははだかの枝が風に揺れるだけだけど、
若葉が萌え出るさまを思い描くだけで心浮き立つ。


白い雲が風に流れる空を見上げながら、広い歩道をのびのび歩く。
東京よりも時間の流れ方がゆっくりに感じる。
ときおり吹きつける風が思いのほか冷たくて、
それまた仙台らしい、と思いながら家に向かう。


ひさしぶりの仙台の家。
この間東京で会ったばかりの母と弟も
合格をひっさげての再会を喜んでくれたけど、
とりわけ歓迎してくれたのはなんたって父だ。


補欠が出てから以降、いつものブラックユーモアは完全になりをひそめている。
あんなにストレートに喜びを表現する父って、いままでにない。
それだけ、孫の志望校合格がうれしくてたまらない様子なのである。


中学まで超優等生だった娘に期待もしただろうに、あっさり裏切られた父。
娘に見た夢を孫がかなえたカタチになったのだ。
それはやっぱりうれしさもひとしおだろう。


素直な喜びにあふれる仙台の家で、しばらくゆっくりする予定。

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2009-03-16

バケモノ

息子が私を「バケモノ」という。
「10年前と全然顔変わってないんだもん」


きのうも遊びに来た友だちとむかしのアルバムをめくって
「変わってない~」
と声をあげていた。


そんな彼らが、浪人生活ですっかりなまってゆるんだカラダを憂える。
「二の腕なんかぶゆぶゆだよ」


「私はぶゆぶゆしてないよ」
とさりげなく自慢げに腕を差し出す。
「ほら」
「うわっ、ほんとだ」
息子と友だちが筋肉で締まった二の腕を交互にさわって目を丸くする。
「バケモノ~」


バケモノ、か。
シビアなキミたちからのバケモノ呼ばわりは最高の賛辞。
ありがと。


顔が変わってないかどうかはあまり自覚がないけど、
からだは確実に10年前よりいまのほうがいい状態だといえる。
筋肉も、柔軟性も、体力も。


そんななりゆきを自分がいちばん意外に思ってるし、
あきらめないって大事だなあ、とも実感している。


「母さんがバケモノみたいに若いから目立たないんだけどさ」
と息子。
「父さんも結構若いんだよね」


ひさしぶりに父とふたりで出かけてそのことに気がついたんだという。
「アナタほどじゃないけどさ、若いよ」


息子に「若い!」といわれた夫は今日で51歳。
そうだねえ、年齢だけ取り上げるとギャップを感じる。
うん、若いよね。


年齢を重ねることで人としての厚みを増し、
(といっても、ボディじゃなくて中身のほう)
それでいていつまでも若々しくいる、って理想的。


そんな51歳に乾杯。
お誕生日おめでとう。

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2009-03-15

友とわが家で

子どもの頃、外で活発にからだを動かすより
家の中でお人形遊びやごっこ遊びをするのが好きだった。
(要するに“演じる”遊びが好きだったってことだ)


すごく仲のいい子とはおたがいの家に泊まりっこもした。
行き慣れた仲良しの家は、とてもくつろげて居心地がよかった。


ところで。
息子の場合、友だちが家に遊びに来るようになったのは
高校生以降である。
それまでもぽつぽつ来ることはあったけれど、
日常的なできごとというより、それはどこか突発的なイベントに似ていた。


うちに遊びに来るのはTAP BOYSのメンバーである。
はじめは舞台本番前のミーティングやイメージトレーニングを目的に集まったものだけど、
いまは純粋にうちでくつろいでくれるのがうれしい。


さて。
今日、TAP BOYS以外の息子の仲良しがはじめてわが家を訪れた。
思えば1年前の卒業式に「遊びに行っていいですか」と訊かれ、
いつでもどうぞと約束してたんだっけ。


あれから息子も彼も浪人生活に突入し、
おなじ予備校で互いに励ましあって1年を過ごしたのである。


彼のほうはまだ結果待ちの身。
待ってる間、どれだけ時間が遅く感じられるか息子も私も痛いほど知っている。
うちで友と一緒に気楽に過ごすことですこしでも和むといいな、と思った。


私が自室で片付けなければならない用を済ませている間、
ふたりは人生ゲームに興じていた。
人生ゲームって案外おもしろいのだ。
去年の夏にTAP BOYS 4人でやった時、大いに盛り上がったもの。


「ふたりじゃさっさと終わるね」
なんていってたのに、なんのなんの。
かなり長いことリビングからは交互にふたりの歓声が響いてきて、
あんまり楽しそうで私の顔もほころびっぱなし。


息子と彼の楽しげな雰囲気がうち中に広がる。
いいよね、こういうの。


陽が暮れかけた頃、彼は笑顔を残して帰っていった。
いい結果が出ますように。
また来てね。


さ、山形に行っているTAP BOYSのメンバーが帰ってきたら、
またわが家に集結だ。
いまから楽しみである。

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2009-03-14

19の春

19の春は門出の春。
27年前の私にとってもそうだった。


まだ海外留学は夢のまた夢、という時代。
踊るなら東京でなければ!と思っていた。
バレエを本気で続けていくのに
仙台にいても道は開けないと思っていたから。


家族大好きな少女だったので、ひとり暮らしは正直さびしかった。
でも、これで毎日レッスンができるのだ。
それも東京で!
一流のバレエ学校で!
文化庁の芸術家国内研修員に選んでいただいたことも誇らしかった。


だけど、その1年の苦しかったこと…!
結論からいうと、私は見事に挫折したのである。


きらめくような才能の持ち主たちに圧倒されて萎縮したうえ、
激増した体重が自信喪失に拍車をかけた。


もともとの華奢な体型のままだったら
あそこまで落ち込むこともなかったのに、と思う。
でも、何をしても増えてしまった体重は減らず、
顔はアンパンマンみたいにまんまるなのだった。


何でがんばり通せなかったのかなあ…
私にはどうしてあの苦境が乗り越えられなかったのかなあ…


自分の弱さのせいだ。
精神的に弱かったせい。
がんばりきれなかった自分が情けなかった。


あれから27年がたち、息子があの時の私とおなじ歳になった。
息子とともに歩みながらおとなになった私が19歳の私を見つめなおす。


そんなに自分を責めなくてもいいんだよ、と声をかけてやりたくなる。
あの状況で、あなたなりにがんばったと思うよ、と。


家族大好き、わが家大好き、友だち大好きの私には、
家族やわが家と離れ、立場が変わってしまった友だちとも疎遠になり、
新しい友だちもできない環境はちょっと苛酷だったよね。
体型が戻らなかったのもつらかったね。


それでも、ほんもののバレエの世界に身を置くことができて貴重な時間だった。
条件はよくなかったけど、自分の望んだこと。
かけがえのない経験をしたことに変わりはなかったよね。


すくなくとも、あの時の私がいるからいまの私がいる。
そう思うと、19歳のアンパンマンみたいな顔した私がいとおしく思えるのである。

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2009-03-13

手続完了

きのう、息子の入学手続の一切を終えた。


10日長く待たなければならなかった分だけ
合格発表から手続期限まで間がなく、
あわてながらも用心深く、慎重ながらも大急ぎで
こまごましたあれこれを進めた。


出願の時にも緊張したけど、今回はそれ以上かも。
せっかく切符を手に入れたのに、
遅れや不備のせいでふいにしたら泣くに泣けないもの。


限られた時間での作業。
家族三人で分担し、チェックし合いながらひとつひとつを終えた。
それは、息子を囲んだ家族三人の、新しい門出を祝う儀式のようだった。


「実はね」と息子。
「最後の試験が終わった時、
『もうここに来ることはないのかもしれない』って思ったんだよね」


「また行けるんだなあ」


そうだよ、行けるんだよ。通うんだよ。
楽しみだねえ。


私も入学式が楽しみ。
私にとってもあの大学は憧れの場所だったんだから。


進学校にいながら、さっさと受験路線から降りてしまった私。
ほんとうは、進学するならあの大学に行きたい、と思っていた。
確か3年のはじめには赤本も買ったように思う。


だけど、よくよく考えてみるに
不器用な自分が親元を離れた環境で
バレエと大学の両立がはかれるとも思えなかった。


で、進学をやめてバレエの道に。
憧れの大学に対する未練はこれっぽっちもなく。


あの時、息子とおなじように憧れの大学めざして勉強していたら
どうだったんだろう、と思わなくもない。
しかし私はあの時、確かに自分で選択したのである。


思いどおりにいくいかないは別として、
選択した道をもがいたりあがいたりしながら
一生懸命歩んできたことにまちがいはない、と思っている。
それはこれからもおなじ。


さあ、また私も進もう。

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2009-03-12

高みをめざすってこと

「アナタの子でなかったら、あの大学はめざしてなかったと思う」
息子がそういう。


「たぶん、第二志望の大学で十分満足してた。
もっと上をめざそうなんて思わなかったよ。高校もそうだったけど」


そう。
そんなふうに思ってたんだ。


私、キミならがんばれるはず、って思ってたから。


おしりをたたいたつもりはないし、キミもたたかれたとは思ってないだろうけど、
そこそこの力でそこそこの結果でそれでいいやって妥協してたら
もったいないと思ってた。
目いっぱいやるだけやって、たとえそれで力が及ばなくても
自分の中に残るものが必ずあるはず、って思うから。


自分でハードルを高く設定すると
クリアするために工夫もするし努力もする。
そうやってもてる力をフルに発揮してとことんやってみることで
自分、ってものが見えてくるんだと思わない?


それは男の子も女の子も関係ないよね。


男の子だから高い目標掲げて、女の子だからそこそこでいいなんて、
どうして区別するんだろ。
そういってる人に時々出会うけど、私にはよくわからないや。


人はひとりじゃ生きていけなくて、助け合って支え合っていくものだけど、
誰かが助けてくれるのをはじめから当てにするのとはちがう。


誰かに依存したり甘えたりするんじゃなく、
自分の力でがんばって、自分の足でしっかり歩いていく姿勢って
すごく大事だと思う。
どう生きていくにせよ、自分自身の姿勢次第だから。


私も、まだまだ自分で道を切り開いていきたいと思ってる。
それには強いきもちが必要だよなあ、と思うところ。

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2009-03-11

サクラ咲ク

「サクラ咲ク。」
と書かれたポストカードが届いた。


白地におおきく花開いた桜の花がきらきら。
切手も桜。
「合格おめでとうございます!」という手書きの文字も桜色。


差出人は何年か前に旅先で知り合った友人だ。
出会ったとき高校生になりたてだった息子は、
第一志望大学への夢を口にしていたという。
彼女はそれを覚えていて、素敵なカードを送ってくれたのである。


「彼はほんとうに幸せね」
仙台の母が孫をそういう。
「直接に、間接に、たくさんの人に励まされて、祝福されて」


私もしみじみそう思う。
きのうバレエスタジオに行ったときも、事情を知るレッスン仲間が
結果を聞くや手を握ってくれたり抱きしめてくれたりして、
心から喜んでくれた。


直接息子に会ったことがないのに、
こんなに気にかけてくれて、喜んでくれて。
人の情のありがたさが身にしみた。


息子はいまだ夢見心地だ。
「受かったことが信じられない」「実感がない」
とぽーっとした顔でいう。


でも、報告した友人や先生に祝福されるごとに喜びがふくらみ、
幸せな気持ちで満たされているようである。


さ、あとは入学手続のあれこれを着々と進めなくちゃね。
キミもちゃんと書類を書いてください。
私もそれが無事済んだら、自分のことを進めるから。


ただその前に、たまった疲れをちゃんととらないと、と思ってる。
私が勉強して受験したわけじゃないのに、なんなの? この疲れ具合!
という感じなのだ。


ここでさらにアクセルを踏み込んじゃうようなことをよくするので、
つとめてカラダを休めるようにしましょう。
でないと、気持ちだけ空回りして結局にっちもさっちもいかなくなっちゃうし。


(でも、レッスンだけは別。踊るのは活力のもとだからね)

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2009-03-10

春の空気

ひさしぶりの青い空。


空気にはかすかに甘やかな匂いが混じっている。
春。
春の匂い。


いつもの交差点で信号を待つ間に見上げる空は
それはそれは晴れやか。
信号を渡ってビッグイシューの販売員さんと笑顔をかわす。


駅に向かう道々、街路樹の葉っぱ越しに空を透かして見る。
上へ上へ伸びる葉の間からやわらかな光がさす。
めぐる季節の中で毎日見上げた3本の木。


この道を大股で歩きながら、何度Mr.Childrenを聴いたことだろう。


たとえ自分が「選ばれた者」じゃなくても、走っていっていいんだよね。
たとえ夢をかなえられないかもしれなくても、まだまだがんばっていいんだよね。


桜井さん、ありがとう。
アナタの歌にどれだけ力をもらったかしれない。


おおきく息を吸い込むたびに
ほのかに温かな春の空気が私をほがらかにする。


息子の伸ばした手は憧れに届いた。
夫ががんばって書いたものが本になった。
ずっと音信不通だった友だちが元気にしていた。


この空の下で、みんながんばってる。
それぞれがそれぞれの道を希望を胸に歩んでいる。


私も進むんだ。


しばらくストップしていた私のプロジェクト、再開。
今度は私の番。


私自身にも春が来ることを願って。

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2009-03-09

解放!

振り返れば、長かった。
1年、というより、最後の10日間が。


ただ待つだけの10日間。
努めて考えるのをやめようとしても、からだが勝手に反応した。
ドキドキしようとはかはかしようと、結果が出る時には出る。
そう自分に言い聞かせてゆったり構えていようと思ったが、無理だった。


第一志望がだめだったら落ち込むんだろうなあ、と思うと気が滅入った。
当事者じゃない私が落ち込んでどうする? と自分に突っ込んでみたが、
本人のがんばりをいちばん身近に見てきた者としては
やっぱり第一志望に合格してほしいと思うのが素直な気持ち。
自然な感情として結局は落ち込んじゃうんだろうなあ、と思った。


でも、ゆうべ眠りにつく前に思いなおした。
落ち込むのはやめよう。
どちらに転んでも、息子が大学生になれることに変わりはない。
たとえ思う結果が出なくても、
そっか、そういうこともあるか、と事実を受けとめ、受け入れて、
新しいスタートを切る息子を応援しよう、と心に決めた。


さて、朝9:30。
いよいよ発表の時。


電話の前に立った息子も、ダイニングテーブルの私も、ソファに座った夫も、
緊張しきって押し黙っていた。
やがて息子がプッシュホンを押し始める。
心臓はいまにも破裂しそう。


「おめで…」


最後まで聞かなくても十分。
待ちわびた「おめでとうございます」そのものだった。


はじけるように息子に駆け寄って、抱きつく。
よかった。おめでとう。
涙がぼろぼろこぼれる。
よかった。ほんとうによかった。


夫が手にしていたiPodのスピーカーから音楽が流れ始める。
夢にまで見た憧れの大学の、あの校歌。
「きっと受かる、って信じてたからダウンロードしてたんだよ」
そういう夫の顔も泣き笑いだった。


息子と私と夫と、抱き合って校歌を聞いた。
息子は信じられないような顔をしていた。


すぐに息子は仙台に電話。
ケータイから母の喜びの声がもれ聞こえる。
替わった父は、眠れなくて早くに目が覚めたそうだ。
「録音しておきたかった」と息子が思うほど、うれしそうな声だったという。


なんとも劇的な幕切れ。
12年に一度のラッキーイヤーはほんとうだったね。


たくさんの人に励まされ、どれだけ心強かったかしれない。
応援してくれたみなさん、ほんとうにほんとうにありがとうございました。

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2009-03-08

「ご安心ください!」

光ファイバーのセールスマンが訪ねてきた。


はじめはインターホンのモニター越しに断ろうかとも思ったが、
いま使っている光ファイバーにいささか不満があるのも事実。
とにかく話だけでも聞いてみることにした。


というのも、実家の光に比べるとわが家のは光とは思えないほど遅い。
そのうえ、家族3人でそれぞれのPCを同時に使うと止まることもよくある。
それに、夏は故障してマンション全体で使えなくなったことも何度かあるのだ。


そんな現状なので、乗り換えてもいいね、という話は出ていた。
工事やら手続きやらで時間や手間がかかってはいやだな、と
躊躇はあったけれど。


「オレが聞こうか」と夫がいうので、玄関には彼に出てもらった。


ドアの外には、あぶらっけのないぱさぱさした茶髪の小柄な若者が
スーツ姿でにこにこ立っていた。
彼は「こんにちは」と頭をぴょこんと下げると、
いきなりチラシを差し出しながらセールストークをはじめた。


夫が容赦なく突っ込む。
「このチラシに書いてあるここなんだけど、実際いくらかかるの?」


若者はわが意を得たりとにっこり笑ってひざを曲げる。
「ご安心ください! 5ヶ月間キャンペーン期間中ですから、かかりません!」
そういってまた説明をはじめる。
かすかななまりは茨城か福島あたり。


また夫が口をはさむ。
「工事はどの程度の手間がかかるの?」
若者はまたひざを屈伸しながら片手をひょいと前に出す。
「ご安心ください! 5分しかかかりません!」


「それって、要するにルーターを取り替えるだけってこと?」
私が夫の後ろから質問をする。
「…ルーター…?」
若者はちょっとけげんそうな顔。
「そう、ルーター。つないである機械。それを差し替えるだけ?」と私。


「ルーター! はい、取り替えるだけです! ご安心ください!」
彼はうれしそうにまたひざを屈伸する。
そして、夫に申込書とボールペンを差し出す。
「こちらにサインをどうぞ」


「まだ契約すると決めたわけじゃないよ」
夫が淡々という。
「すこし検討してからキミに連絡するよ」


若者の説明と、夫の質問と、それに対する若者の説明とが幾度も幾度も繰り返され、
最後に若者からパンフレットと名刺をもらうと、ドアを閉めた。
若者が締め出された玄関で、乗り換えてもいいかなあ、と私は思った。


しかし、それは冷静に判断したうえで内容が魅力的だったからであって
けっして若者のセールストークに“安心”したからではない。
むしろ彼の連発する「ご安心ください!」には不安をかきたてられたほどだ。


いったい彼は何度「ご安心ください!」をいい、ひざを屈伸したことだろう。
ワンセンテンス話すごとにかならず「ご安心ください!」といっていたのである。


一生懸命さは買おう。
だけど、キメ文句のはずの「ご安心ください!」はキマってなかったぞ。

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2009-03-06

おもしろかった!

雨の外出はおっくうだ。
靴もバッグも雨にぬれるし、かさの分荷物は多くなるし。
「なんかめんどうだねえ」と息子も浮かぬ顔。
「あそこ遠いしさあ」


「遠いしさあ」という今日の目的地は、彩の国さいたま芸術劇場。
池袋から埼京線で約30分、さらに駅から歩いて7分。
どうしてこんなところに劇場があるの?って感じのところに建っている。
ここに行くのは今日で3度目だが、なぜかいつもお天気が悪い。


観に行くのは、「ムサシ」。
井上ひさし作、蜷川幸雄演出、藤原竜也・小栗旬主演の話題作で
おととい初日を迎えたばかりである。


藤原竜也の宮本武蔵、小栗旬の佐々木小次郎ときたら
絶対に見逃すわけにはいかない。
新作なので筋立ては皆目見当がつかないが、
とにかくどんな舞台になるんだろうと楽しみにしていた。


ただ、上演時間を調べたら、休憩を含めて3時間半だという。
「長い…」
息子がまたまた浮かぬ顔をする。


先週観た「パイパー」の2時間で腰が痛くなった彼である。
悪いことに、風邪をひいて鼻水が止まらないという思わしくないコンディションでもある。
私のほうも、おとといの晩ひさしぶりにめまいの発作を起こして頭痛状態。
どうしてふたりしてこんなときに、といささかうらめしくなったが、
「だいじょうぶ?」「そっちこそだいじょうぶ?」といたわりあいながら出かけた。


ところがしかし!
3時間半の芝居が終わったあとの私たちには力がみなぎっていた。
「なんかさあ、元気になったよ、オレ」
「うん、私も」


「ムサシ」、すごくおもしろかったのである。
これぞ極上のエンターテインメント。
芝居ってこれだからいいよね、と素直に楽しめた。


「これ、DVDになったら絶対、買い!」と1幕が終わったところで息子がいったが、
私とて異論なし。
意外な動きに笑い、ことばのあやに感心し、思いもよらない展開に驚き、
普遍的な真理にほろりとする。


役者たちもみなうまかったし、さすが井上ひさし、さすが蜷川幸雄、と思った。
とにかく、文句なくおもしろかった。


すっかり元気になって劇場をあとにした私たち、
強い雨風をものともせず、今度は有楽町めざしてまっしぐら。
急遽夫と待ち合わせて3人で映画を観ることにしたのである。


有楽町の映画館で今日が最終日の「二十世紀少年 第二章 最後の希望」、
これまたおもしろかった。

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2009-03-05

心から感謝

友人たちが私や息子にさまざまな気遣いをしてくれる。
立っているのがせいいっぱいの身には、その温かさは慈雨のように心にしみる。


ありがたいと思う一方で、
その心遣いや反応にはそれぞれの価値観や背景が反映されていて、
とても興味深いなあ、と思ったりする。


「どこの大学であれ、息子さんが行くことになったところが最良の大学よ」
と静かにいった友だち。
「大学入試はひとつの通過点だから」ともいう。
彼女にはもうすぐ社会人になるお嬢さんと大学3年になるお嬢さんがいて、
母親としての経験に基づく実感なんだろうなあ、と思いつつありがたく聞く。


「きゃあ! お母さんも一緒になってドキドキしちゃうのね!」
といいながら、私のドキドキ感を受けとめてくれたのは20代の友だち。
彼女は幼稚園に通う坊やのお母さん。
きっと私に将来の自分を重ねているのだろう。


「とにかく二浪がなくなってよかった」
と心からほっとしてくれたのは、長いつきあいになる同い年の歯医者さん。
先生も一浪して大学に入っているのだという。
「二浪だとモチベーションの維持が大変だし、自信もなくしがちだからね」
ああ、そういうものかな、とあらためて息子が大学生になれることをかみしめる。


「息子さん、よく逃げずにがんばったよね!」
と賛辞を送ってくれたのは、息子と同世代のお子さんがいる友だち。
「アナタもほんと、よくがんばった!」
とふいに私を抱きしめてくれた時には、すごくうれしかった。
カラダごと彼女のハートが伝わってきた。


「とにかく祈って。私も祈ってるから」
彼女は真顔で私をじっと見つめた。


「あとすこし。あとすこし。祈っています」
そうメールを送ってきたのは同い年の友だち。


祈ってもらうだけでどれだけ気持ちが強くもてるかしれない。
内側から力がふつふつとわいてくる。


どっちに転んだら命がとられる、というわけでもない。
もちろんこの世の終わりでもないし、長い人生のプロセスに過ぎないことも重々承知。
それでも、祈らずにはいられない。
それがいまの率直な感情なのだ。


そんな私にそれぞれのやり方でエールを送ってくれる友人たちには
心から感謝!である。

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2009-03-04

穏やかな時間

ふとカレンダーを見ると、3月4日。
なんだか不思議な気分。


3月を迎えて4日もたったという実感がないのだ。
私の中ではまだ2月が延々と続いているような感じ。


確かにきのうはおひなまつりで、桜もち食べたいなあなんて思っていたし、
1日の朝には、恒例の月初めメールを「今日から3月~!」とTAP BOYSに送っている。


だけど、心の奥には新しい月を送るぞという新たな思いがわいていない。
気持ちに区切りがついていないせいだろう。


今朝も浅い眠りの中で夢を見て、目覚ましより早く目が覚めた。


そんな自分に言い聞かせる。
ドキドキしようとしまいと、然るべき時が来れば結果は出る。
だったらどんと構えてゆったりしていようよ、と。


でも、そんな気持ちとうらはらに心臓は時折勝手に高鳴る。
それがいちばん正直な心の反応なのかもしれない。


まあ、自然なままでいようか。
自然な気持ちの流れのままに。


今日、TAP BOYSの東京在住のメンバーが遊びに来た。


息子と彼のやりとりを聞きながら、私も時々会話に加わり、みんなで笑う。
息子も彼も私も誰も飾ることなく自然体。
心地よい時間が穏やかに流れる。


彼の手みやげのどらやきはやさしげにふわふわで、
とろけるようなあんこの甘さが口の中に広がった。


「結果が出たらすぐに電話してよ」
たくさんのおしゃべりの後、帰り際に彼が息子にいった。


息子のすべての受験日程が終わった時、
彼は「おつかれさま」とねぎらいのメールをくれたという。
友だち、ってありがたいよね。
私は息子にしみじみいった。


ほんと、友だちはありがたい。
今日、あらためてしみじみ思った。


ありがとう。
どらやき、おいしかった。
息子も私もしばしドキドキから解放されてたよ。

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2009-03-03

「すごい空の見つけかた」

きのう、雑誌の書評で1冊の本にひと目ぼれした。


「すごい空の見つけかた」。


タイトルもさることながら、表紙に目が釘付けになった。
ターコイズブルーよりもっとこっくりと濃い青空に
もくもくと広がる綿のような雲。


見たい。
この本、ほしい。


ほしいとなったらすぐにほしかった。
ネットで注文して届くのを待ってるのはまだるっこしい。
いますぐ手にとって眺めたかった。


「オレ、買ってこようか?」
息子がいう。
彼は友だちと出かける約束をしていた。


「体力が残ってたら本屋に寄ってくるよ」
ほんと? うれしい。
「で、オレがプレゼントするよ」
うわ。もっとうれしい。


はたして、彼は本を携えて帰ってきた。
私は息子からの贈りものをありがたく頂戴した。


まず表紙の美しさにうれしくなった。
こんな青い空、なつかしい。
おととしの夏は空の青さがこんなふうに濃かったけど、
去年の夏はちっとも青々しくなくて物足りなく思ったものだ。


本を開いて、ますますうれしくなった。
ページをめくるごとにさまざまな表情の空が広がっている。
心焦がれるような空、この世のものとは思えないような空、
まるで絵に描いたような空、息をのむような不思議な空…


顔がひとりでにほころんでいた。


左のページに空の写真があり、右のページにその解説。
写真と文章は、空の写真を30年以上撮り続けている武田康男さん。
気象予報士で、高校教諭でもあるという。


科学的なことにはほとんどむとんちゃくだった私だが、
武田さんのやさしい解説で空に対する新しい視点をもらった。


ありがとう、武田さん。
ありがとう、息子。


今日も窓から空を仰ぎ、いつもの交差点で空を見上げて笑っていた私である。

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2009-03-02

待ちましょう

今朝、最後に受けた試験の合格発表を聞いた。


残念。
でも、本人の感じからもきっとそうだろうと思っていたので、想定内。


ということで、まず明日締切の第二志望校の入学手続きをする。
息子が「ここはほんとうにおもしろそうで興味があるんだよ」という学部である。


そして、あとは待つ。
第一志望校の補欠合格の発表を。


「ほんとうに申し訳ない」と息子が神妙な顔で頭を下げる。


いやいや。謝ることなんてない。
せっかく可能性が残ったんだもの。


どっちに転んでもキミは大学生になる。
春から新しい生活がはじまる。
それは決まっているんだから。


待ちましょう。
みんなでどきどきしながら。


第一志望の夢がかなえばいうことなし。
でも、いまやキミの力ではどうすることもできないところに決定権はある。
何も考えずに待つしかない。


たとえだめだったとしても、
心からおもしろそうだな、と思える大学に行くことができる。
納得のいかないところにしぶしぶではない。


まあね。
そんなことをしたり顔でいってるけど、実は私もいても立ってもいられない気分。
一日に何度か心臓が「どっくん!」と激しく打つことがあって、
誰かが私の名前をデスノートに書いたのかと思っちゃうくらい。


だけどね。
これだけははっきりいえる。
いつかこのことが笑って話せる日がくる、って。
この経験をこれからの自分に生かすことができたらね。


神さまも粋な計らいをするなあ。
最後の最後まで「受験」という大イベントをたっぷり味わえ、ってことだよね。

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2009-02-28

親子の空気感

きのう、外出先から帰る途中、友だちのオフィスに寄った。


彼女のオフィスはうちから2分、文字どおり「帰る途中」である。
一連の息子の状況を知らせるのにメールで、とも思ったのだが、
せっかく息子も一緒だし、せっかくなら直接伝えたいと思ったのである。


「はじめまして」
息子は彼女にあいさつ。
「なんだかはじめて会う気がしないわね」と彼女。


すぐに帰るつもりだったので、オフィスの入り口で立ち話。
それでも、あれこれ報告をするうちにどんどん話が弾む。
息子も初対面とは思えないほどに意気投合して、くつろいだ様子で話をする。


「敦子さんと話しているみたい」と彼女が笑う。
「テンポなんかがおなじだからかしらね」


確かに。
実は、私と息子はマナカナみたいによくハモる。
それはもう、どうしてそこでそのことばが同時に出てくるんだろう、と
いった自分たちが驚きあきれるほどだ。


そういえば、ふだん私も彼女とこんなふうに話してるなあ。
息子と彼女の会話はそばで聞いていてとても自然で心地よいのだ。


じゃまた今度ゆっくりね、と約束してオフィスをあとにした。
「彼女とはじめて会ったときから気が合った、っていうの、わかるでしょ?」
「うん」
うちまでの2分の間にそんな話をした。


前に、何十年ぶりかで会ったかつての同級生に
「息子さんにむかしのあっちゃんとおなじ空気感を感じるよ」
といわれたことがある。


息子も母もやや性別を超越したようなところがあるし、
はたから見ても似てるんだろう。


きのう今日と仙台から来ていた母と話をしていて、
やっぱり母と娘でおなじことをおなじ感覚で捉えてるなあ、と思うことがしばしば。
この母から脈々と受け継がれているんだなあ、としみじみ感じ入った。


親子だよね。

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2009-02-27

スリリング…!

きのう、息子の第一志望校2学部目の合格発表があった。


合否を聞くために電話をかけるのもこれで6回目。
去年を含めれば8回目で、憧れの第一志望校に限れば4回目。


流れてきたのは、無常にも「残念ながら不合格です」というアナウンス。
4回目もだめだったか。
あれだけがんばっても、憧れになかなか手が届かない現実。


続く今日、第一志望校3学部目の発表があった。
発表の時刻、息子はぶっきらぼうな様子で電話の前に立つと、
やおらプッシュホンを押し始めた。


私はダイニングチェア、夫はソファに腰をかけ、息子を見つめながら耳をこらす。
今日こそ「おめでとうございます、合格です」が聞けるのか、
それとも5回目の「残念ながら不合格です」が流れるのか。


しかし、オンフックで電話機から流れてきたのは予想外のアナウンスだった。
「あなたは、」ときたのだ。


あなたは?
はい?


「補欠者となっています」


え?


息子が吉本新喜劇の役者みたいに横にくずおれる。
補欠者。補欠。補欠? …補欠!


急におかしくなって私は笑い出した。
息子は憮然としているのに私の笑いは止まらない。夫も笑っている。


すごいじゃない。
とうとう憧れのあの大学に王手をかけたんだよ。


「なんであれ来週の月曜にはやっとすべてから解放されると思ったのに…」
息子がうめく。
「解放の時期が延びちゃって… ある意味、最悪の気分」


あらそう?
なんとも劇的だよ。
あと10日近くハラハラドキドキできるなんて。
最後の最後までスリリングな思いをするよね。


ちょうど東京に来ていた母にすぐ電話で知らせる。
「あらっ」
楽天家の母はもちろん浮き立った声で喜んだ。


仙台の父にも電話をすると、
「そうか、うん、だいじょうぶだ。だいじょうぶだよ」と真剣な声。
いつものブラックユーモアがみじんも混じってないまじめ100%の父なんて、
いつ以来か思い出せないくらい。
父の孫に対するこのうえない愛情に触れたように思った。


さて。
これから先は、どうじたばたしてもしょうがない領域だ。
あとは幸運の女神が息子にウィンクしてくれるのを祈るだけである。


もうしばらく、不眠と胃痛におつきあい。

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2009-02-26

「ピーターラビットと仲間たち」

すりきれ息子(&母)のリハビリ第2弾。
今日は、Kバレエカンパニーの「ピーターラビットと仲間たち」を観た。


私がこのバレエを映画で観たのは、仙台の少女時代。
そのリアルさと楽しさにどれだけ胸がわくわくしたことか。


まるでビアトリクス・ポターの描いた動物たちが
絵本からそのまま抜け出てきたかのようなのである。
さしずめ、「実写版『ピーターラビット』」。
なにがすごいって、リアルなウサギやカエルやブタがバレエを踊っているのだ。


この映画がのちに英国・ロイヤルバレエ団で舞台化され、
今回Kバレエによって日本初演されることになったのである。


いやあ、楽しかった。
観ている間中、ずっと顔が笑っていた。
たぶん、観ていた人はみんなそうだったはず。


しょっちゅうあちこちでくすくす笑いが起きるのだ。
だって、なんともいえず可愛らしいのだから。
可愛らしくて、ほほえましくて、顔はずっとほころびっぱなしだった。


ほんわかと幸せな気分に浸れるこのバレエ、これから何度でも観たいと思った。
フィナーレなんて、幸せ気分のせいで手拍子しながら涙がにじんだくらい。
知らない人は一見の価値あり。見なくちゃ損だ。


それにしても、リアルな着ぐるみとマスクであれだけの踊りを見せてくれるとは
さすがKバレエカンパニー。
すごいなあ、と何度も舌を巻いた。


さて、幸せ気分をたっぷり満喫したところで、息子とひさびさの出待ちをした。
待っていたのは、時々日曜朝のクラスでご一緒する神戸里奈さんである。
今日は、はちゃめちゃにいたずらの限りを尽くすネズミをチャーミングに踊っていた。


「神戸さん、」と声をかける。
「時々日曜のクラスで…」といいかけると、私を思い出してくれた。


「ブログ、」と彼女がいう。
え? 何のブログ? 誰の?
「母が偶然見つけて、読みました」
もしかして、私のブログ?
「私のこと書いてくださって、とてもうれしかったです」


わあ。
ご本人に読んでいただいてたなんて。
(1月に「美しいバレリーナ」と題して神戸さんのことを書いていたのである)
私こそうれしい。
ネットってつながってるんだなあ、としみじみ思った。


神戸さんにサインしていただき、また日曜朝に、と笑顔をかわしてお別れした。


幸せ気分いっぱい。
うれしいきもちを胸に抱いて、いつまでも笑顔が消えなかった。

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2009-02-25

「パイパー」

すりきれ息子と、ややすりきれ母のリハビリ第1弾。


ひさしぶりにふたりしてよそゆきで出かけた。
向かった先は渋谷Bunkamura。
野田秀樹の新作「パイパー」を観るためである。


「パイパー」情報が最初に耳に入ったのは、確か去年の秋だ。
宮沢りえと松たか子が主演と聞いて、息子は色めきたった。
「ぜぇ~ったい、チケットとってよ!!」


受験で疲れきった心を癒すのに
大好きなふたりの女優が主演とはまさにうってつけだと思った。


さて。
息子は癒されたのかというと、あまりの刺激的な舞台に圧迫感を覚え
疲れを増していた。


確かに癒される芝居ではない。
しかし、すごかった。
豊かな語彙と表現があるなら
その「すごさ」をどれだけのことばで表すことだろう。
だけど、私はただただ馬鹿のひとつ覚えみたいに
「すごかった」と繰り返すことしかできない。


とにかくすごかった。
とりわけ、ふたりの女優が手をつないでひたと正面を見据えたまま
おそろしいほどの速さで掛け合いのようにセリフをいいあうシーンは圧巻だった。


機関銃のように飛び出すおびただしいことば、ことば、ことば。
ことばだけで生々しいまでのイメージを呼び覚ますすごさ。
胸元まで迫ってくる宮沢りえと松たか子の強烈な存在感。
そのすべてを観客に突きつける野田秀樹のすごさ。


圧倒され、わけもわからず涙がこみ上げた。


やっぱりすごい。野田秀樹。
そして、思った以上にすごすぎる宮沢りえと松たか子。


劇場をあとにし、ふたりでお茶を飲んだ。
「私もね、アナタが生き延びるためならあの母親とおなじことをするよ」
母親はわが子のためならどんなことだってするのだ。


息子は「大倉孝二がよかったねえ」といった。


Bunkamuraロビーラウンジのホットチョコレートはやみつきになるほどおいしかった。

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2009-02-24

すりきれ状態

「思考停止状態」と息子がいう。


きのうは髪を切りに行き、今日は皮膚科に行ってきた息子。
受験勉強中、ストレスが原因なのかずっと湿疹に悩まされていたのである。
塗り薬と飲み薬を処方されてひとまず安心ではあるが、
皮膚科に出かけたことで体力は使い果たしたという。


「何も考えられない。めんどくさい」


疲れすぎてすりきれ状態、なんだろう。
解放感でチャラになってしまうような疲労感ではない。
4月の新生活まで時間はあるから、ココロもカラダもリハビリだ。
十分睡眠をとって、楽しいことをして、すこしずつカラダを動かして。
焦らなくていい。


消耗しきっているのに無理をするとろくなことはないから。


私はいままでに何度かそういう失敗をしている。
そもそも自分に疲れているという自覚がないまま走り続けて、
とんでもない転び方をするのだ。


特に、カラダの疲れはまだしも、ココロの疲れは気づきにくいかもしれない。


本を書き上げた後がそうだった。
あとで振りかえってわかったことだが、
すべてを出し尽くしてからっぽ状態、ココロには余裕もバリアもまったくなし。
そんな無防備状態だったので、ささいなことに敏感に反応し、傷ついた。
自覚がなかったばかりに、しばらく傷だらけのココロを抱えて泣き暮らす羽目になった。


さて、いまの私。
実のところ、息子ほどではないにせよいささかお疲れ状態である。


いつものごとく前に進もうとしながら
「○○しなくちゃ、△△もしないと」といっている自分に気がついてはっとした。
ふだんの私ならそういういい方はしない。
「しなくちゃ」といってる時点でなけなしの力を振り絞っている状態だ。
精神的によろしくない。


たぶん、発表とか手続きとか受験にまつわるすべてが終わらないと
心底ほっとすることはできないのだろう。
それはそれで自然なことだと思うので、あとは必要以上に無理をしないことか。


といいながら、今日ももてる力をかき集めてレッスンしてきた。


だって、たとえカラダを追い込んでも踊っているときは幸せなんだもの。

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2009-02-23

守られますように

息子がひさしぶりに髪を切った。


ああ、やっと元に戻ったって感じ。
元が短かったから、4ヶ月近く切らなかったといっても
いまどきのべろべろな長髪にはならなかったけど、
それでもやっぱり清潔感漂うすっきりした短さのほうが彼には似合う。


ところで、短い髪になった息子は電話をしながら帰ってきた。
誰? 仙台のばばさま?
いぶかしく思っていると、息子は友だちの名前をあげて
私に「替わる?」という。


ああ、彼。
ちょうどメールをしようと思っていたところ。
そうぼそっというと、
「メールしようと思ってたんだって」と息子がケータイに向かっていう。


「じゃメールする? それともいま替わる? 替わるね~」
息子は私とケータイとに交互にいったかと思うと、
私に自分のケータイを突き出した。


「もしもし、仙台は寒い?」


彼は本命校受験のために今日、仙台に行ったのである。
息子同様、彼も去年からずっとおなじ大学をめざしている。
その憧れの大学の試験は、いよいよ2日後に迫ったのだ。


「いや、今日の東京とおなじくらいで、さほどでもないです」


文系と理系、私立と国立、とめざす大学の方向は違っていても、
ともに浪人生活を支えあった大切な友である。
高校3年間も仲良しだったが、何かと不安や焦りに襲われる中では
おたがいの存在がどれだけ心強かったことだろう。


「青葉山の神さまに守られますように」
私がそういうと、彼はくすっと笑った。
彼のめざす大学はくねくね道を上った青葉山の上にあるのだ。


「それから、仙台でも会おうね」
「はい、そうですね」


彼がめでたく合格したら、私たちも仙台に遊びに帰ろう。
TAP BOYSのひとりは山形にいるし、東京のメンバーも誘って
みんなで仙台で会うのも楽しそう。


どうか青葉山の神さま、彼を守ってください。

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2009-02-22

ついに終了

4時過ぎ、息子からメールがきた。
「おわったーー!!!!」


彼の長い長い挑戦と闘いがようやく終わったのだ。
おつかれさま。
今夜は心おきなくたっぷり眠れるね。


今日は私大7戦目、センター試験から数えれば8戦目の最終戦だった。


彼はすでに精も根も尽き果てていた。
最後は、ありったけの力をかき集めて臨んだことだろう。


十分がんばってきた彼に、がんばれとはもういわなかった。
やるだけのことはやったね。
ラストゲームを楽しむくらいの気持ちでいっちゃって。
そう思った。


さて、今朝の私。
目覚ましは5時にセットしてあったが、2時くらいに1回目を覚ました。
いったん眠りに落ちたら朝までぐっすりの私にはめったにないことである。
その前の晩は、目覚ましが鳴る前に3回くらい目を覚ました。
結局意識が覚醒してしまったので、予定より早く起きることになった。
こんな状態がここ何日か続いたせいで、思いもよらぬ寝不足状態。
たぶん、心の奥の緊張が安眠を妨げていたのだろう。


心配、というのとはちがう。
緊張、というのがやっぱりいちばんしっくりくる。
時々自分の意に反して心臓がどくん、とおおきく鳴っては呼吸が浅くなった。
受験する当事者でない私が緊張してどうする、と思ったが、
正直なところ私の気持ちも相当はりつめていた、と白状する。


いつものようにおにぎりを握り、目覚ましのココアを淹れていると、
ケータイにひと回り下の友だちから激励のメールがきた。
ありがとう、こんな早朝に。
ふっと気持ちがなごむ。


いつもよりピッチを上げて家事と身支度を済ませ、息子と一緒に家を出た。
息子は試験会場へ、私はバレエスタジオへ。
息子を見送って家でひと眠りしようかとも思ったが、
こんな時だからこそ踊りたいとも思った。


さすがに寝不足続きのからだでレッスンはこたえる。
いつにもまして集中していないと跳べないし、回れない。
なけなしの力を振り絞って踊る、という体験を久々にした。


ああ、息子もこんな感じなのかな。
とめどなく流れる汗をぬぐいながら、ぼーっとするアタマで思った。
限界ぎりぎりで何かを絞りつくす、っていうのも悪くないかもね。


夕方帰ってきた息子は、解放感をにじませてにやりと笑った。


がんばり続けたキミを心から誇りに思うよ。
ほんとうにおつかれさま。


今夜は私もぐっすり眠れるかな。

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2009-02-21

あのときがあっていまがある

30代のはじめだったか、それとも20代の終わりだったか。
ある時期、自分の20代がキライでたまらなかった。


なんて自分勝手で、なんて未熟で、なんてみっともなかったんだろう。
息子を産んだ、ということだけが唯一20代において誇れることで、
それ以外は20代の記憶のすべてを真っ黒に塗りつぶしてしまいたいと思った。
思い出すだけではずかしかった。


でも。
不思議なもので、その意識はいつしか変化していった。
あれほどまでに忌み嫌っていたのがだんだんいやでなくなり、
そのうちなつかしい思いで振り返れるようになったのである。
いまでは、みっともなくもがいていた20代の自分をいとしいとさえ思う。


だって。
あの自分勝手で未熟でみっともなかった20代の私が
いまの私につながっているのを知っているから。
あのときの私がいるからこそ、いまの私がいるのだから。


あれが若い、ってこと。
あれ