母の“洗脳”
息子をはじめて劇場に連れていったのは、
1歳の誕生日を迎える前のことである。
ベビーカーで赴いた先は、私の恩師のバレエ公演。
もちろんずっと客席にいられたわけではないが、
とにもかくにも彼の劇場初体験であることは確かだ。
その後、息子は3歳で本格的な観客デビューをする。
観にいったのは、かつて私も出演した牧阿佐美バレヱ団の「くるみ割り人形」。
シートにちょこんとおとなしくおさまっているちいさな男の子に、周りのお客さんたちは
「まあ、なんておりこうさんに観てるんでしょう」
としきりに感心してくれた。
口々にほめられて、本人もはにかみながら誇らしそうにしていたものである。
ちいさな彼を連れて、映画にもよく行った。
英語で何をいってるかわからなくても、ストーリー展開についていけなくても、
ちいさな息子はおとなしくスクリーンに見入っていた。
要するに、私と夫が映画を観たかった。ただそれだけのことである。
それにしても息子はぐずりもせず、よく付き合ってくれた。
とはいえ、さすがにお芝居となると話はちがう。
いくら劇場慣れしているとはいえ、
セリフだけの凝縮された時間と空間をもちこたえられるとは思えなかった。
あるとき、高1からファンとしてお付き合いのある俳優座の堀越さんを
息子連れで楽屋に訪ねたことがあった。
(お芝居は観ずに陣中見舞いにだけ行ったのだ)
堀越さんは息子にしんみりいったものである。
「キミも早く大きくなってお芝居観にくるんだよ」
しかしそれからほどなく、
息子は小学3年生でストレートプレイも観客デビューする。
市原悦子さんと江守徹さんのふたり芝居「ディア・ライアー」である。
以来、息子とは数々の舞台をともに観てきた。
私が中2で感銘を受けた「ハムレット」を一緒に観たときには感慨深かった。
奇しくも、息子も中2であった。
そんな息子は、大学で「舞台芸術入門」という科目をとることにした。
きのうがその第1回だったのだが、
帰ってくるなり「すっごくおもしろかった!」と興奮気味。
いままでに自分が観た蜷川幸雄作品やシェイクスピアが話題だったという。
先生も、「男の子でこんなにたくさん舞台を観ているのはめずらしい」
と喜んでいたそうだ。
息子は「母に洗脳されたんです」といったそうだが。
確かに“洗脳”だったかもしれない。
とにかく一緒に楽しみたかったから。
でも、その“洗脳”が功を奏して
ともに舞台について語り合えるようになったことは、このうえない喜びである。

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