2009-11-12

流す

おととい、トレーナーの樋渡さんのコンディショニングを受けた。


今回はヘンな歪み方もしてないし、
ストレスがたまっているときに押されたら絶対に痛い箇所も
全然痛くない。
そうじゃないかな、とちょっぴり自信があったので、うれしかった。


前回から今回までの4週間、
決して順風満帆、絶好調というわけではなかった。
カラダのリズムが乱れてめまいっぽくなったときもあれば、
なんとなく気持ちがのらないときもあったし、
心に引っかかるうれしくないこともあった。


いままでの私なら、多少のストレスを感じて
カラダに影響が出ていてもおかしくない4週間だった。


カラダは正直だ。
だいじょうぶ、だいじょうぶと思っていても、
根本的な部分がだいじょうぶでなければダメージはかならずカラダに表れる。


ぐずぐずと思い悩んでためいきをついてばかりよりも、
たとえ表面的であれ自分に気合いを入れて明るく振舞うほうが
精神的にはプラスだと思う。
ポジティブに行動することで、気持ちも引っぱられていくからだ。


だけど、そこで一歩進んで根本解決したい。
表面的にじゃなく、ほんとうに「だいじょうぶ」な自分に。


で、この4週間どうしていたかというと、いい意味で「流していた」。
できごとや現象をずずんと受けとめてとどまるのではなく、
自分の軸を確認したらあとは流す。


自分の状態を把握して、
場合によっては自分の信念をあらためて確認したら、
あとはこだわらず、ひきずらず、流す。
はじめはなかなかうまくいかなかったけど、
心がけるうちに慣れてきた。


心に耐性ができてきた、って感じ。


そもそもきまじめすぎるところがあるので、
「流す」くらいでちょうどいいかなあ、と思っているところ。

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2009-11-11

びっくりされてびっくり

きのう、夫と一緒に名刺交換をして驚くことがあった。


夫より遅れて差し出した私の名刺を、相手の方はまじまじ見つめたのだ。
「ご主人と苗字、違うんですか…?」


え? 
そこに驚く?


驚かれた私のほうこそ驚いた。
夫婦別姓の法案が提出されようとしている時代に
別姓でびっくりする方がいるとは。
ちなみにその方、男性で年の頃は40前後である。


夫がもっともらしい理由をいうと、その方は納得。
で、あらためていうのだ。
「苗字が違うので、びっくりしました」


この名刺交換のシチュエーション、
夫がメインで私はついでみたいなものだったうえに、
私たちが夫婦だということを相手の方は知っていたので、
「奥さんだから当然同じ苗字」という思い込みがあったのかもしれない。


それにしても。
いまどき、そんなにあからさまに驚かなくても。


そういう人には想像できないだろう。
自分自身の名前に対するこだわりとか、責任とか、思い入れとか。
名前がモチベーションの源になることとか。


別姓で活動をする、と決めたときの武者ぶるいや高揚感。
生まれたときからずっと呼ばれ続けた名前と私自身の一体感。
長い間自分と切り離すことのなかった名前に対する誇り。


そんな思いをしょってる人間もいるんだよ。


わかんないだろうなあ。

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2009-11-07

なるようになる

年若い友人から採用面接の相談を受けた。
もちろん、友人は面接を受けるほうである。


求められたアドバイスのひとつに
「面接でうまくいくポイント」があった。


んんん。


すこし考えてから答えた。
ひとつ、深呼吸して臨む。
ひとつ、「なるようになる」と腹をくくる。
以上。


私の答え、いまとても悩ましい状況に置かれている友人には
あまり納得のいかないアドバイスだったらしい。
でも、ごめんね。
私にはそうとしかいいようがない。


採用面接をクリアするポイントって、
「こうすればうまくいく」という単純なものではないと思う。
入試なら、求められる基準の点数を出せばいい。
そのために必要な勉強をすればいいわけで、
それを実行できるかどうかは別として、道筋はシンプル。


でも、採用となると事情は変わる。
面接する側が欲しているものと、面接される側がもっているもの。
そこが合うかどうかにかかってくる。
要するにそういうことだ。


採用する側の求めているものがはっきりしているなら対策の打ちようもある。
だけど、それが明確でないなら、真っ向からぶつかるしかない。


結局は、それまで自分がどう生きてきたかが問われるのだ。
小手先の付け焼刃はすぐ見抜かれる。


相談してきた友人は、熱い情熱をもったまっすぐな若者だ。
いま、体力的にも気力的にもしんどいのぼり坂で
あえぎあえぎ重い足を一歩一歩運んでいる状況なのだと思うが、
友人ならその坂をのぼりきれる、と私は信じてる。


もしのぼりきったと思った先に、さらに険しい道が続いていたとしても、
ひと休みしてまたのぼればいい。
アナタならできる。
情熱をもってここまできたんだから。


祈ってるよ。
どんな場所であれ、アナタがその情熱をもって仕事できる日がくることを。
きっと、なるようになる。


単なる気休めじゃなく、そう思ってる。

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2009-11-05

思い出したひとこと

日経新聞の夕刊で武谷なおみさんという方のインタビュー記事を読んだ。
武谷さんはイタリア文学者である。
日本人と比較しながらイタリア人気質について語っていて、おもしろかった。


いわく、
「イタリア人はマニュアルを持っていない、
横に合わせようという意識がゼロに近い」


それを聞いたわが家の夫は、思わずうめいた。
「うわあ、オレなんか横並び意識が強い典型的な日本人だよなあ」


だとしたら、私は典型的な日本人像から離れているかもしれないねえ。
そう思ったときに、ふとあることばを思い出した。
ずいぶんむかし、アメリカ人の青年にいわれたひとことである。


「Atsukoは日本人じゃないね」


そういわれて、ああ、確かに、と不思議に納得した。


彼は、息子が生まれる前に通っていた英会話スクールの講師。
まだ大学を出たばかりくらいの若さで、
アメリカで覚えてきたというきれいな日本語を話した。
とても厳しい目つきでシビアなものの見方をするかと思えば、
漢字を書きながらおかしなことをいって笑う青年だった。


先のひとことは、クラスで弟のことを話したときにいわれた。
「日本人って、障害があることをそんなふうにオープンにいわないよね」
Atsukoの気質や感覚は日本人的じゃないね、と彼は淡々といった。


彼のことばはなんだかとてもしっくりきた。
ああ、そうか、と妙に納得していた。
確かにそうかも、と。


弟に障害があるということは、一般的に考えると「普通」じゃないのかもしれない。
でも、私にとって弟は障害があろうがなかろうがただひとりの弟で、
それが私には「普通」のこと。
自分や自分たちがほかの人たちとおなじかどうかは
まったくもってどうでもいいことだった。


いまでも「みんなとおなじ」「みんなといっしょ」に価値を見い出さないのは、
子ども時代からのそうした考え方によるのだろう。


物事の良し悪しの根本的な基準は、他人や世間にあるのではなく、
自分の中にある。
それが私にとっては心地よいのである。

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2009-11-03

あまのじゃく

日経新聞朝刊の最終面に「私の履歴書」というコーナーがある。
毎月ひとり、各界の功成り名を遂げた方が
1ヶ月間毎日、紙面で自らの半生を振り返っていく。
今月は、昨年12月にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さんだ。


このコーナー、もともと知っている方や興味のある方なら初日から読むし、
見出しのおもしろさに惹かれて途中から読み出すこともある。
今月は、ノーベル賞受賞の折に何かと耳目を集めた益川さんである。
お、と興味津々、読んでみたら、実際とても興味深かった。


益川さんは、ノーベル賞受賞を「たいしてうれしくない」と素っ気なくいい放った御仁だ。
そのいいぶりがあまりにも世間の期待とは逆だったうえに、
同時に受賞された方たちと対照的だったこともあって、
相当偏屈な方という印象を世の中に与えた。
その偏屈ぶりが徹底していたので、むしろおもしろい方だと思えたほどだ。


「私の履歴書」の初回で、益川さんはその点について触れている。


「誤解を与えやすい言い方だったかもしれないが、
私なりの理由があっての発言だった。
これから私の生い立ちを語ることになるが、
この物語を通じて私という人間をわかってもらえれば、
誤解は解かれると考えている。」


ちょっと意外な気がした。
「誤解は解かれると考えている」というところが。


誰に誤解されようと一向に構わない、真に理解する人が存在すればそれで十分、
というスタンスゆえの偏屈発言だと私は勝手に思っていたのである。
凡人の想像を超える騒がれ方をされると、
さすがに誤解されっぱなしはたまらない、と思うものなのかもしれない。


でも、益川さんの性質を表すことばには深く共感を覚えた。


「私は外から何か枠をはめられようとすると反発を感じてしまう、
天邪鬼な性格だ。」


なるほどなるほど。
その性格からあの発言につながったんだ、となんとなく合点がいった。


実は私もそういうところがある。
外から何か枠をはめられようとすると反発を感じてしまうのである。
自分では「あまのじゃく」とまでは思っていないが、
はたからすればそう見えるかもしれない。


私の場合、益川さんのように誤解がかたまりになって押し寄せてくることもないので、
多少の誤解は許容の範囲かな、と悠長に構えている。
時間がたつにつれてわかってもらえたらうれしいし、
よしんぱそうでなかったとしてもそれはそれ、と思う。


若いときには、自分を全部理解してほしいと思ったものだが、
ふれあう人すべてに自分を完璧にわかってもらうなんて到底無理。
そう気がついてからずいぶん気がラクになった。


私の「あまのじゃく」(と自分ではあんまり思ってないけど)を
良しとしてくれる家族や友人には感謝しよう、と思う。

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2009-11-02

11月に思うこと

5時になるととっぷり陽が暮れるようになって、
ああ、そういえば11月になったんだものなあ、と思う。


11月の声を聞くと、
指折り数えるまでもなく今年も残り少なくなってきたと感じる。
駅の改札前では年賀状が売り出されていたし、
文具店では早や来年のカレンダーや手帳を選ぶたくさんの人たち。
気の早いクリスマスのデコレーションを目にするのもそう先ではないだろう。


こうして年末に向けてどんどん急き立てられていくんだけれど、
いま私は、かなりゆったりした気分でいる。
冷え込んできた静かな夜に穏やかな心持ちでいられるのは、
なんだかちょっとうれしい。


去年もおととしも息子の受験前だったから、
平静を装いつつやっぱり内心では落ち着かなかった。
戦うのは本人なわけで、
私はただ母としてでき得るサポートをするだけ、と心得ているつもりでも、
決戦の日が刻一刻と近づいてくる音が聞こえてくるような気がして
気持ちは急いた。


だけど、見えない何かに追い立てられるように過ごした日々も、
過ぎ去ってみれば思い出のアルバムにうまい具合におさまっている。


つとめてへらへらしながらも、
一枚皮をめくれば祈るような思いではちきれそうだったあのときの私を
いまの私が温かなまなざしで振り返っている。


振り返るその時々で、その時なりに一生懸命だった私が見える。
悩んで立ち止まったり、一歩も動けなくてうずくまったり、
渦にもまれているその時にはがんばれない自分にいらだっていたけれど、
否応なしに前に進めばその意味もわかる。
あのときの自分がいて、いまの私がいる、と。


ひとつひとつの過去の積み重なりでいまがあり、
いまをひとつひとつ積み重ねていくことで未来が作られる。


思いどおりにならなくて涙をこぼした私や、
やけくそになって暴言吐いてた私でさえ、
みんないまにつながり、それなりに私の色や味になっている。


なんだかいいじゃない。


いまここにいる自分が、なかなか悪くないじゃない、って思えることが
ちょっとうれしい。

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2009-11-01

求めない

加島祥造さんの「求めない」を読んだ。


大きな反響を呼んだ2年前の出版時から興味があった詩集である。
3日前の新聞に掲載されていたインタビュー記事を
「求めない」の加島さんとは知らずに読んで、
どうしても読みたくなった。
加島さんの温厚な笑顔にも心惹かれた。


読んでよかった。
いまの自分の気持ちにとてもしっくりきて。


私の気持ちの先を加島さんがやさしくいい当ててくれてるみたいで、
何度もくすっと笑った。
笑うとからだの力が抜けて、「求めない」ってらくちん、と思った。


モノであれ、ヒトであれ、人間はいろんなことを求める。
何かを求めることと生きていくことは、表裏一体だから。


加島さんはいう。
求めることを否定するんじゃない。
求めないですむことは求めないってことだ、と。


求めないことにすると、すごくラク。


求めても得られないことに失望し、
求める自分の執着心に嫌悪を感じ、
逆に、過剰に求められる重みに辟易し。
そんな求め求められるどろどろぐちゃぐちゃに疲れを覚え、
「私は求めないぞっ!」と肩ひじ張って意地張って、
ココロもカラダもかえってがちがちになってしまったことがあった。


でも、求めすぎたり求められすぎたりの状態から抜け出てみると、
そのうち、なんてことないじゃない、って心境になってくる。
過剰に求めたり求められたりしなければいいんだ。
要するに、とてもシンプルでいればいい。


シンプルな私でいい。
いまここに息づく私で。


ああ、らくちん。

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2009-10-31

茨の道

高校3年の秋、受験一色に染まった学校で、
早々に受験路線から離脱した私にクラスメートがいった。


「アナタには進むべき道があるからうらやましい。
私たちはそれが見つからないから、大学を受けるのよ」


長い年月が流れ、
当時を知る友人に何十年ぶりかで会うと、たいてい驚かれる。
「てっきりバレエの世界に進んだんだと思った」と。


確かに私はあのとき、
ちいさい頃から憧れていたバレエの世界をめざして一歩踏み出した。


覚悟はしていたものの、それは文字どおり茨の道だった。
とげとげの茨が生い茂った細い道を
そのときに限って太ってしまったカラダで無理やり通ろうとして、当然傷だらけ。
太っている自分も、うまく踊れない自分も、みじめだった。


それでも、バレエは好きだった。
心の中は、バレエに対する夢でいつもいっぱい。
やめたいと思ったことは一度もない。


「遊べなくてかわいそうに」
有名大学に通う幼なじみが私をそう哀れんだとき、
なんて的外れなことをいうんだろうと腹が立った。
私は心から好きなことに打ち込んでいるだけ。
日々お遊びに血道をあげているアナタにはわからないでしょうけど。


結局、バレエの道に進むことはかなわなかったが、
あのとき茨の道に分け入ろうともがいたりあがいたりしたことは、
私の血となり肉となった。
悩んだことも、涙がこぼれたことも、力がわかなくなったことも、
なにもかも、いまの私の一部になっている。


いまでもバレエは好き。
レッスンの帰り道、素敵に踊っている自分を想像しながら
真っ暗な夜道を鼻歌歌っていたはたちの私が、いまも息づいている。


今日、自分の夢に向かって邁進している19歳に会った。


打ち込むものに対する純粋に好きだという気持ち。
好きだからこそかなえたいという揺るぎない思い。
打ち込む自分を信じる強さ。


たとえ選んだ道が茨の道でも、アナタならきっと夢をかなえる。
そう思った。


幼さが残る笑顔に、時折意志の強さが垣間見えた。
まっすぐ未来を見据えたまなざしが、うれしかった。

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2009-10-25

19歳の彼女へ

フィギュアスケートのシーズンがはじまり、
なんとなく結果を気にするこの頃である。


なんたって気になるのは、息子と同い年、19歳の真央ちゃんだが、
思わしくない結果にはついため息がこぼれる。


涙にぬれた弱々しいまなざしをインタビュアーに向けて、
消え入りそうな声を振り絞りつつていねいに答える彼女の姿には、
さすがに胸が痛んだ。


そっとしておいてほしい時でさえ、カメラの前に立たなければならない状況。
神さまに選ばれた、稀有な才能に恵まれた者が負う過酷さだと思った。


明らかにうまくいかなかった試合の後に、
気落ちしながら結果を受けとめる彼女のとなりでコーチがしきりに叱咤激励する。
ことばは聞こえないから想像だが、
その様子からはたたみかけるような叱咤激励にしか見えない。


これが世界の第一線で戦うということであり、
世界で戦える才能に恵まれたということなんだ、と思いながら
テレビに映る彼女のうつむいた顔を見つめた。


どれだけの者が彼女の才能をうらやんでいることだろう。
でも、恵まれた才能の分だけ背負うものも大きいということには
なかなか思いはいたらない。
神さまに与えられた天賦の才に見合うだけのプレッシャーや責任の大きさは、
与えられなかった者にはとても想像がつかない。


解説者たちは口を揃えて「気持ちを切り替えることだ」という。
気持ちを切り替えて前に進もう。
失敗にとらわれずに前向きにいこう、と。


気持ちを切り替える、か。
強い精神力でネガティブなイメージを払拭するのだろうか。
心から味わう安心感でふたたび前に進みだすのか。
いずれにせよ、いうほど簡単なことではないと思うが、
私も一ファンとして願う。
気持ちを切り替えて、成功するイメージに向かって進みますように、と。


彼女自身にとって納得のいく演技ができますように、と
心から祈るばかりである。

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2009-10-24

あの頃といま

はたちの頃によく歩いた街を
思いがけなくいま、ふたたび歩いている。


あの頃といま。
坂の下で信号待ちをしながら、気づく。
おなじ街角に立っているのに、見えてるものが違うことに。


はたちの私は、いつも不安におののいていた。
自分はこれからどこへ進んでいくのか。
どうなっていくのか。
やりたいことも進みたい道も自分でわかっていたけれど、
やっていけるのか進んでいけるのか自信がなくて、
心は波間に浮かぶ小舟のように絶えず揺れていた。


それでも。
いまになってみると、あの頃の私は心のどこかで
「なんとかなる」と楽観していたようにも思う。
たとえ思うように進めなくても、なんとかころがっていくのだ、と。
とてもせっぱ詰まった気持ちでいながら、
それなりに鷹揚に構えていたような気がする。


そう。
なぜなら、はたちの私の前には無限に未来が広がっていたから。


いま、信号待ちをしながら空を見上げる私は知っている。
目の前の未来が無限ではないことを。
人生の時間には限りがあることを。


だから、自分の進みたい方向があるならば、
そちらにしっかり足を向けるべきなのだ、と思う。


不安におののく心細さはあの頃とたいして変わらない。
いまも私の心は絶えず揺れている。


だけど、もう悠長なことはいっていられない。
だって、いつかこの人生には終わりが来るのだから。


自分の気持ちや感覚に素直になる。
しないでいい無理はやめる。
あらゆる人に対して「いいひと」でなくていい。
誤解されても、理解されなくても、ノープロブレム。
失敗してもへこむ必要なし。


漠とした心細さは相変わらずだけど、
自分が生きやすいようにいくんだ、と思ったらかなり気がラク。


限りある時間を、らくちんにがんばっていくつもり。

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2009-10-22

ある街の坂道で

都会の真ん中で、
広い歩道を人にじゃまされずにゆったり歩くのが好きだ。
それはある意味、とても贅沢なことである。


街の雰囲気は好きなのに、人が多すぎて残念に思うことはよくある。
先を急ごうとすればあふれかえる人に阻まれ、
のんびりそぞろ歩こうとすれば人にせかされる。
どちらもすこしばかりいらっとする。


きのう出かけた街も、行く前はきっとそうだろうと覚悟していた。
まあ、いい。
街歩きが目的じゃなく、レッスンに行くためなんだから。


駅を出てすぐのスクランブル交差点。
平日の午前中だからか、人とぶつかることもなくすんなり渡れる。
スタジオははじめて行く場所。
余裕をもって出てきたので、ここはゆっくり歩こう。


スクランブル交差点を渡って右へ。
目的地は道なりに坂をのぼった先にあるはず。


カーブを曲がって勾配の先を見通すと、思いのほか人がすくない。
この道、こんなに余裕あったっけ。
なんだかちょっと得した気持ちになって坂を進む。


坂の先へ行けば行くほど、人はすくなくなっていく。
秋の陽が燦々とふりそそぎ、街路樹の緑は光を反射してきらきら輝く。


あれ。
この街、こんなにきれいだったかな。


そういえば、と思い出した。
このへんははたちの頃、レッスン帰りによく歩いたものだ。
朝のレッスンを終えて、ひとりでてくてく歩いてた。
いまみたいに携帯プレーヤーもなく、もの思いにふけりながらてくてくと。


あの頃はなにを思って歩いていたんだろう。
27年後の私は、思いがけない街のすがすがしさにちょっとした感動を覚えながら
空なんか見上げてる。
青い空は雲ひとつなく澄み渡っている。


レッスンを終えて、坂の途中で息子とおちあった。
携帯の向こうで「あ、オレンジのバッグが見えた」と息子がいった。
「目立つねえ」
私も坂の下に真っ赤なバッグを見つけた。


なんかこの街、悪くないね、なんて話しながら
ふたりで広い歩道をゆっくり歩いた。

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2009-10-20

生き直す

息子の通う大学は、高校生だった私がもっとも憧れていた大学である。
入った暁には何を勉強するのか、心に決めてもいた。
でも、結局のところ私は大学受験すらしなかった。


「アナタだったらきっと入れただろうに」
息子がいう。
「いまからだって遅くないよ」


息子にそういってもらえるのはとてもうれしい。
でも、いまの私には入る目的がない。


すくなからず「行きたい」と思ったのは高校生の時だったが、
あの時私は違う道を選択した。
その選択があったから、いまの私がいる。


しかし、選択した別の道で、私は十分力を発揮できなかった。
いや、もともと発揮するだけの力があったのかどうかもわからない。


選択の末に歩みだしたバレエの道で、
いまのようなトレーナーの存在や解剖学的な知識があったら…
とちらりと思う。
でも、あの時にはなかった。
それだけのことである。


あの時ああだったら。
あの時ああしていたら。
そう仮定することに意味はない。
思い返しても、過去は変えられないのだ。
過去を振り返って仮定で考えるのはナンセンスなだけである。


何かを選択して思うような成果が得られなかったとしたら、
選択したことを悔やむより、これから先どうするのか考えればいい。
過ぎたことは引きずらずに、前に進む。
だって、過去は変えられないのだから。
でも、未来を変える可能性は十分あるのだ。


日々レッスンやトレーニングの中で
からだの使い方が変わっていくのを実感しながら、
人は意識すれば何度でも再生できるのだ、と強く思う。
若い時には体得できなかった細かなからだの使い方を積み重ねる度に、
自分が生き直しているのを感じる。


さまざまな選択を繰り返してきたいまの私だから体得できたのだ。
こじつけでもなんでもなく、そう思う。


それは、「進歩」や「進化」といったことばで表してもいいのかもしれない。
でも、実感としては「生き直す」というほうがしっくり。
もしくは「再生」という感じ。

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2009-10-19

サクラ咲ケ

息子には二浪中の仲間が何人かいる。
その中にはとりわけ仲のいい友だちもいる。


きのう息子は、そのうちのひとりと会った。
私もたまたまだったが、ちらっとだけ顔を合わせた。


別れ際、彼に「がんばってね」と声をかけた。


「がんばって」なんて。
なんとも月並みで陳腐なことばをかけたものだ。
時によっては、人にいわれなくてもがんばってるよ、と反発を招きかねない。


でも、彼の顔を見たらそういわずにはいられなかった。


秋と冬を乗り越えて、勝ちに行くんだよ。
そして満開の桜、咲かせますように。


そう願って口をついたことばだった。


いまや陽が傾いたかと思うとたたみかけるように夕闇が迫り、
夜の長い季節になった。
やがてやってくる冬を思い、なんとなくせかされるような気持ちになる。


深まる秋から寒い冬へとうつろい、その向こうで決着がつくのかと思えば
先はまだまだ長い気がするけれど。


息子の友だちをはじめ、これから勝負の時を迎える人たちに願う。
自分自身と、自分の未来を信じる気持ちに疑いを持たずに、
強いまなざしで前を見据えて突き進んでほしい、と。


そう願いつつ、そっくりそのままおなじことを私自身にも望む。


人生は、いつだって勝負だ。
自分に何かができると信じるなら、花を咲かせたいと願うなら、
強い気持ちで前に進め、と。


いつかこの世に別れを告げる日がくるまで、
自分を信じてできるだけのことをやろうよ。
見たいじゃないの、私の桜を。


『嵐』の『サクラ咲ケ』を歌いながら、そう思う。

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2009-10-16

戦わなきゃ

しし座の占い、「運気は絶好調です」と出ていた。


よし、いい感じ。
きてる、きてる。
私本来の元気がやっと戻ってきたところに、追い風の運気。
そのことば、額面どおりに受け取っちゃおう。


ところが、そんな私に息子が水をさすようなことをいう。
「元気になるとさ、熱苦しく(あつくるしく)なるんだよね。
ちょうどいい感じにはならないの?」


ははは。
いつもいわれること。
ごめん、ごめん。


元気なときとそうでないときとのギャップが激しいので、
そばにいる家族はいささかうっとうしいことだろう。
「『いささか』じゃなく『かなり』!」といわれるかもしれない。


否定はしない。
エネルギーが高まってくると、積極的になってよく動くし、よくしゃべるようになる。
積極的を通り越すと、やや過激だったりやや熱苦しかったりするのである。
(ちなみに、『暑苦しい』ではなく『熱苦しい』のほうが私の感覚にぴったりする)


いま、息子にうっとうしがられているのは、
事あるごとに香川照之ばりに「勝たなきゃゴミだ!」とがなること。
「カイジ」の中のセリフである。


正直なところ、さすがに「勝たなきゃゴミだ」は極論だと思っている。
私の心情としては、「戦わなきゃゴミだ!」ってところ。
それでもじゅうぶん過激かもしれないけど、でもしっくりくる。


なんとしても勝ちたい、という思いで戦いに挑んだとしても、
勝てるとは限らない。
でも、結果的に勝てなければ意味がないかといえば、そうでもない。
準備周到で戦いに臨むことも、勇気をもって戦いに挑むことも、
勝ち負けにかかわらず自分自身に何かをもたらしてくれるのだから。


しかし、はなから戦いを放棄していれば何も変わらない。
変わらないことを望むかどうかは人それぞれだが、
もし自分の人生の主導権を自分の手におさめていたいのなら、
戦わなければ。
新たな一歩を踏み出して、戦いに挑まなければ。


「戦わなきゃゴミだ!」と熱苦しくがなりながら、
どんなふうに戦おうかと戦略を練りはじめた私である。

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2009-10-15

思いどおりに

少女時代、図工も美術もあまり好きじゃなかった。


圧倒的な拒絶感に支配された体育に比べればましだったものの、
それでも作業の遅さがいつも足かせになり、苦手感がつきまとった。


おまけに、図工や美術には夏休みの宿題があった。
いったいなにを提出すればいいんだろう。
これには困った。


あの頃、どんなものでお茶を濁していたのか、いまとなってはよく思い出せない。
ただ1枚の水彩画――中3の夏休み最後の夜に描き上げた静物画を除いては。


明日は始業式というせっぱつまった夜、
遅まきながら腹をくくった私は、椅子に木彫りの像を置いて描きはじめた。
父のハワイみやげだったか、異国の神を模したずっしりと重量感のある立像である。


鉛筆でのデッサンはそこそこうまくいくのに、
色をのせはじめると台無しになるのがいつものパターン。
でも、そのときだけは違った。
絵の具を重ねれば重ねるほど、木彫りの質感が増していく。
異国の神のいかめしさが、そのまま紙にのり移ったかのような写実感。
家族が寝静まった夜中に、ひとり絵筆を動かしながらひそかに興奮を覚えた。


私にとって、あんなに思いどおりに描けたことは後にも先にもない。
会心の出来だった。


学校で提出すると、美術教師がちらりと私の顔をうかがったような気がした。
先生がいぶかしく思うのも無理ない、と不快にも思わなかった。
それくらい、自分でも驚くほどうまく描けたのだから。


そんなことを思い出したのは、
今朝、あまりにうまい文章に打ちのめされるような思いをしたから。
とてもこんなふうには書けない、と思わずうなってしまったから。


まがりなりにも毎日ほそぼそと文章を書いていて、
時として目に映った情景と心の風景がうまく書き表せたように思うことがある。
自分の心情と紡いだことばがイコールに近づいたとき、
「ああ、書けた」という安堵感がからだ中に広がる。


でも、今朝新聞で読んだエッセイはあまりにもうまくて、からだの力が抜けてしまった。
こんなふうに書けたら、「思いどおりに書けた」と思えるんだろうな、と思った。


やさしすぎるほどのことばが、訥々と綴られている。
訥々としているのに、その情景は鮮やかに目に浮かぶ。
くどい説明は何ひとつないのに、心情がしんしんと伝わってくる。


すごく好きな文章。
和合亮一さんという詩人の、「ぴいい。」というエッセイ。

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2009-10-14

焦らない焦らない

私が通うバレエスタジオと駅の間に、割と長い階段がある。
スタジオに向かうときは、すとすとと足どり軽くおりていくのだが、
レッスンの帰りはだらだらとのぼらなければならない。


2年前にレッスンを再開してしばらくは、そののぼり階段が心底つらかった。


さんざん使ってよれよれになった太ももを無理やり上げて、
息も絶え絶えに一段一段のぼる。
最後の力を振り絞ってのぼりきると、自宅まで帰る体力が残っていない。


結局、よろよろとスターバックスに立ち寄り、
疲れきったカラダに甘い飲みものを流し込んでからようやく電車に乗り込む、
ということもしばしばだった。


やがて体力がつき、元気100%どころか120%ぐらいになると、
長い階段は友だちとおしゃべりしながらでもするするとのぼれるようになった。
階段をのぼりきったところで、空を見上げて深呼吸するのも好きになった。


さて。
夏の体調不良の養生後は、前以上にのぼり階段がきつく感じられた。


だいたいレッスンが終わるとすべての力を使い果たしているから、
着替える力が残っていない。
それでも、今日もなんとか動けたと満足し、やっとの思いで着替えて外に出る。
しばらく歩くと、待っているのは長階段だ。
相当衰えたなあ、なんて思いながら一段一段ふみしめる。


リハビリ、リハビリ。
焦らずいこう。
とにかく、1時間半のレッスンにカラダがもっただけ進歩、ってこと。
そう自分にいい聞かせて階段をのぼった。


それからしばらく体力の戻りは8割と9割の間を行ったり来たり。


焦らない、焦らない。
きっと100%に戻る日が来る。
100%から120%に振り切れる日も来る。
それまでリハビリ、リハビリ。


でも、きのう階段をのぼっていて「今日の体力、95%?」と思えた。
100%も近いかも。
階段をのぼりきったときに味わったその実感は、心からうれしかった。


100%に戻って、120%のエネルギーに満ちたら、
新しいチャレンジに向けて前に進もう。
体調不良で中断してしまったいろんなことを、また新たに練り直そう。


実は、95%のいま、すでに気持ちはうずうずしはじめている。


でも、焦らない、焦らない。
じっくり体力戻して、ココロもカラダもエネルギーで満ちるのを待って、
アタマをクリアにして。


きっとその日はもうすぐ来るから。

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2009-10-13

無理せず前へ

朝、ずっと音信不通だった友だちからメールが来た。
元気そうな文面に、うれしくなる。


この間は、めちゃくちゃ忙しくしている友だちとひさしぶりにメールのやりとり。
まずは無事を確認したところで、エールを交換。


みんながんばってるなあ。
私もがんばろう。
素直にそう思う。


今日は何を着て出かけようかな、とちょっと迷って、赤にした。
ひさしぶりの真っ赤なカットソー。
自然と気持ちが引き立つ。


秋晴れの陽射しはまぶしく、
ビルも街路樹も私もきらきらと照らされて、街全体が白く輝いている。
私は陽の光のほうへずんずん歩く。
まぶしいのがうれしくて、大股で風を切って歩く。
iPodのイヤホンから流れる歌が、私の背中をどんどん押す。


このところ私の応援歌はもっぱら『嵐』。
「前へ 前へ」と彼らが歌うのにあわせて、私の気持ちも前に向く。


エネルギーが落ち気味のとき、
自分を奮い立たせるために元気の出る歌を聴くことはよくあるけれど、
今日はそんなんじゃない。


歌と気持ちが自然に呼応して、無理なく前に進んでいける感じ。
こんな感覚、ひさしぶりかも。
いっちゃえ、いっちゃえ、どんどん前に進んじゃえ。
いいエネルギーが自分の中から湧いてくるようになったらしめたもの。


稽古場では、ココロとカラダに純粋なエネルギーが循環するのを感じながら
存分に踊った。
レッスンを終えると、今度は月に一度の樋渡さんのコンディショニングへ。


近況を話しながらコンディショニングを受けていたら、
樋渡さんがすこし驚いたようにいった。
「精神的に強くなりましたね。2ヶ月前とは比べものにならないほど」


そうですか?
だとしたらうれしいです。


毎月私のカラダとココロを見続けてきた信頼するトレーナーだからこそ、
そのことばには真実味があってありがたい。


もし私に進歩があったとしたら、
さまざまな出来事や出会いの中で
自分にとってほんとうに大切なこととそうでないことが
区別できるようになったからかもしれない。


いろんな意味で無理をしない。
そう割り切ったのも、よかったのかもしれない。

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2009-10-07

慣れ

人って慣れるものだな、と思う。


最近慣れたなあと思うのは、
無調整の豆乳と、カカオ70%以上のダークチョコレート。
どちらもカラダのために口にしはじめたときには
とても続けられそうに思えなかったものだ。


無調整の豆乳は、まさに豆腐そのものの味。
冷たい飲み物はめったにとらないので
当然のように温めて飲んだら、完全に湯豆腐なのである。
インスタントコーヒーで味をつければすこしはいいかなと思えば、
今度は油揚げを焼いたような味。


うーん。
悩ましい。


ココアにして飲めばコーヒーよりは悪くないけど、
毎日ココアはちょっと面倒。
結局、観念して冷たいままで飲むことに。


でも、人間慣れるものなのである。
毎日習慣で飲むうちに、豆乳そのものの味が好きになってきた。
いまでは、温めても「やさしい味」なんて思えるほど。
ホット豆乳とダークチョコレートがまたよく合うのだ。


そのダークチョコレートも、はじめは苦みやえぐみにちょっと辟易。
ミルクチョコレートみたいなとろりとした甘さはもちろんなく、
苦みえぐみが口の中にいつまでもへばりつく感じなのだ。


ああ、でも。
これがカラダにいいんだよね。


断固としてあま~いミルクチョコレートには目もくれず、
こっちのほうがカラダにいいのだと言い聞かせ、カカオ70%にこだわった。


そのうち、あーら不思議。
苦みえぐみがおいしくなっちゃったのだから。
ひさしぶりにミルクチョコレートを食べてみたら甘ったるく感じるほど。
いまでは、86%もOKである。


慣れてしまえばこっちのものだ。
カラダにいいものを毎日の習慣にしてせっせといただくのみ。


しかし、である。
どうしても慣れないものがあるのも、また現実。


お向かいの幼稚園から響いてくる園児の叫び声は
9年たったいまも慣れることができずにいる。


ぎゃーっ!とか、うぉーっ!とか、ひぃーっ!とか、
そりゃもう、すごいのだ。


幼いわが子が喜ぶ声なら
どんなにけたたましくても可愛く聞こえたものだけどね…


人なんて、わがままなものである。

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2009-10-06

正直であること

正直な人間だと思う。
より正直でありたい、とも思っている。


心にもないことはいわないし、いう必要もない。
というより、いえない。


自分の感覚を信じて、心のおもむくように動き、
自分の感情に忠実に、思いを伝える。


そんなあり方が、不器用だといわれることもある。
自分でもそうかな、と思う。


でも、きらいじゃない。
不器用な私もそう悪くない、と思っている。


ただ、日々生きていると、時として
自分の気持ちとは遠いところで向き合わなければならないことに遭遇する。


たとえば、過大な期待。
「彼女ならきっと受けとめてくれるはず」という期待。
私自身の思いをよそに、ずっしりとのしかかってくる相手の気持ち。


大きな期待はうれしいけど、過大な期待はつらい。
私がもつ価値観とは遠いところにある相手の思い。
受けとめられない、とても。


人はみな違う。
価値観も、あり方も、感じ方も。
違うことは、公序良俗に反しない限り単に違いでしかなくて、
間違いではない。
だから、違ってあたりまえ。


でも、その違いを理解するのと、
それを受けとめて受け入れるのとはイコールではない。


そうできるほど私は寛容ではないから、
ずっしりと遠い思いがのしかかってくると、過剰に反応する。
平静でいられなくなる。


でも、はっとわれに返り、じいっと自分の心の声を聞く。


どう感じてるの?
どうしたいの?
何ができるの?


答えはおなじ。
自分に正直に。
できないものはできない。
受けとめられないものは受けとめられない。


やっぱり正直に生きたいのである。

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2009-10-05

雨降りに思う

きのう、おとといの澄んだ青空は、ほんのつかのまの秋晴れ。
今日のお陽さまはすっかり雲に隠れ、朝からどんよりと薄暗い。
夕方前から降り出した雨はやむ気配がなく、
きっとこのまま予報どおり雨降りが続くに違いない。


「雨の日は、どうすればポジティブな気持ちになれますか?」
と聞かれた。


ふむ。
雨の日と、ポジティブな気持ちの関係。


子どもの頃、運動会の朝に雨が降っていると、私はポジティブになれたっけ。
雨降りバンザイ。
プールの授業がある日の雨も、間違いなくポジティブになった。


いまはどうだろう。
出かける用がない日の雨は、ちょっとうれしい。
お向かいの幼稚園の園庭に子どもたちが出てこれなくて静かだし。
からだがだるいのさえ、雨の日は歓迎。
さわさわさわさわ雨音のさざめきを聞きながら、
体調不良を低気圧のせいにしてまどろむことができるから。


「雨の日は、どうすればポジティブな気持ちになれますか?」
と聞かれて、恵みの雨もまた良し、と思うことかな、なんて
実にありきたりなことを頭をひねって答えたけれど。


どうなのかな。
考えてみたら、無理することはないのかな、と思えてきた。


雨が降ると服や靴がぬれて、お陽さまが見えない空は薄暗くて、
憂うつな気分になることも多いけど、
雨降りは雨降り。
それ以上でも、それ以下でもない。


まずは雨が降ったことを淡々と受けとめる。
それだけのこと。
受けとめたら、傘をさして出かける。
ぼやくこともなく、無理してテンションを上げることもなく。


雨降りだって、いいことや素敵なことが起きる確率は
晴れの日と変わらない。
たぶん。
いや、きっと。


生き方もおなじかな、とふと思う。
まずは自分のありようを淡々と受けとめる。
自分にないものを嘆いたり、できないことを卑下したりすることなく。
自分がいまあることを認め、自分にできることを信じる。


それでいいんじゃないのかな。
いや、それがいい。

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2009-10-04

心かよう出会い

人は生まれてから死ぬまでの間に
いったいどれくらいの人と出会うんだろう。
そして、どれくらいの人と心をかよわせるんだろう。


からだ中から絞りつくすほどに汗をかいたレッスンの帰り道、
ゆらゆら歩きながらそんなことをふと思う。


おなじ空間で、おなじ音を聴いておなじ振りで踊る。
動きや表情で伝わってくるその人そのもの。
それはひとつの出会い。


何かの拍子にことばを交わす。
何度も顔を合わせるうち自然に出てきたあいさつや、
あまりの印象深さにことばをかけずにいられない衝動や、
きっかけはなんでもいい。


おたがいの気持ちが交錯したとき、ふいに感情が揺れる。
心かよった瞬間の、高揚感。


そんな瞬間が積み重なるほどに、人とのふれあいをいとおしく思う。


ちょうど1週間前に
12歳の頃の記憶を呼び覚まさせてくれたかつての稽古場仲間と、
今日、またことばを交わした。


彼女は、ほんの1週間前まで「たまたま顔を合わせていた人」だった。
それが、子どもの頃に濃密な時間を共有していたことがわかって
おたがいの距離が一気に縮まった。
記憶のパズルのピースがはまったことで起きた、奇跡に近い再会。


彼女は、赤いレオタード姿の私を覚えていた。
私のお気に入りのレオタード。
小学3年生の女の子の記憶に刻み込まれた12歳の私。
いまよみがえる記憶。


また一方で、
日曜朝のレッスンでよくバーの前後になる仲間のことばに心がふるえた。
体調不良だった私への、彼女の温かで繊細な心遣い。
彼女の控えめなやさしさが心にしみた。


彼女との出会いは、彼女のあいさつからだった。
何げない会話の中で、彼女のふるさとが私の弟の生まれた場所だと知って、
うれしかったのを覚えている。


道行く人々とすれ違いながら、
こうしておなじ時代に生きつつも、出会える人は限られているのだ、
とあらためて思う。
おたがいに温かな心をかよわせることのできる人はまたさらに限られる。


限られていようといまいと、それでいい。
生きている限り、人と出会い、心かよう奇跡は訪れるのだから。

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2009-10-02

1㎏

体重が1㎏落ちた。


いえ、落とした。
いや、落とせた、かな。


腹八分目作戦と、レッスン&トレーニングの成果である。
ふう。


しばらく前から、なんかヘンだと思っていた。
いつのまにか体重が増えていたのである。


このところ、体重は不安定だった。
カラダに水分をため込むと、あっというまに体重が増えてむくむ。
かと思うと、水分を排出すればそれなりに減る。
とはいえ、プラスマイナスゼロになるわけではなく、
結局はじわじわ増えて、気がつけばそのまま定着していた感じ。


心地いいと感じていた体重からプラス2kg。
「誤差の範囲」で済まされない重さである。


しかし。
2kgがいったいどこにどうついているのか、自分でもよくわからない。
しばらくカラダを動かせずにいたのだから、筋肉のわけはない。
これは余分にため込んだ水分だ、贅肉なんかじゃない、と思ってみるものの、
水分だけともいいがたくて、やっぱりヘンだ。


冷静に客観的に、とくと自分を観察する。


ん。


やっぱり太った?
特に、ウェストから股関節の間。
そういうことだよね。


実際に1㎏減ってみると、いままでどれだけおなかが重かったか実感した。
余分なものがすくなくなると、おなかに力を入れたときにストレートに力が伝わるのだ。
苦手のピルエットでは、気持ちよくおなかに力が入ってするするっ、と回れ、
ああ、そういうことか、と深く納得した。


いままで食べすぎだったよねえ。
私のカラダで三度三度しっかりきっちり食べるのは量が多すぎなのよ。
体調不良続きでカラダも動かせずにいたし。


三度は食べるけど、栄養のバランスをとりつつ三食の構成比も考えて、
質の高い食事を私のカラダにとっての適量で。
あとはレッスンとトレーニングでたっぷり汗をかいて。


もう1㎏。
この調子で気持ちよく落とせますように。

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2009-09-30

エレガントなひと

この間観た映画「ココ・アヴァン・シャネル」で
心がわしづかみされたせりふがある。


「あなたはエレガントだ」


ココがその生涯で愛した、ただひとりの人。
その男性がまだ無名のココにいうのである。


何の感情も交えずに、ただ事実をそのまま述べたような言い方が
むしろそのことばの真実味を際立たせているような印象的なせりふだった。


なんて的を射たことば。
彼女の本質をずばり言い当てて。


映画の中に描かれる若き日のココは(実際にもそうだったと思うが)、
時代の先を歩いているがゆえに、彼女の芯の部分が理解されにくかった。
しかし、びらびらした余分な飾り物が一切ない、彼女の潔いほどのシンプルさは
エレガントと呼ぶにふさわしい美しさなのである。


「ファッションはすたれても、スタイルは残る」
といったシャネルの、何ものにも左右されない彼女自身の魅力。
そのぶれのないスタイルこそが、彼女のエレガンスの源だ。


エレガントであることは、一朝一夕にはならない。
どんなに高価な洋服で着飾っても、中身はごまかせない。
たたずまいにその人自身がにじみ出てしまうのだから。


おにぎりをほおばりつつしゃべりながら電車に乗り込む30前後の女性、
電車のシートで音を鳴らしながらゲームに興じるオバサマ、
声高に人の悪口で盛り上がるオバチャンたち、…


悲しいほどに美しくない。
エレガントなひと、ってなかなかいない。


そんな現実に囲まれているからこそ、
エレガントなひととの出会いは、心のオアシスになる。
そんなひとを見た、というだけで心が澄んでいく気がする。


夏に、エレガントなひとを見た。
彼女は年若いバレリーナで、オーロラ姫を踊っていた。
長い手脚が優雅に舞うのを私は幸せな気持ちで見つめた。


レッスン中の彼女も、すれ違ってあいさつをする彼女も、
そのたたずまいは美しい。


純粋で、まっすぐで、素直で、ういういしくて。


若さゆえの硬質な部分と、彼女本来のやわらかさとがとけあって、
それが彼女のエレガンスになっている。


年は息子とおなじくらいかな。
こんなに若くしてエレガントな女の子が、現実にいることがうれしい。

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2009-09-28

34年ぶりのあっちゃん

子どもの頃から「A.I.」というイニシャルが好きだ。
もし将来苗字が変わることになっても、イニシャルが変わらない苗字がいい、
とさえ思っていたほどだ。


幸いなことに、子どもの頃の願いがかなって
結婚して夫の姓を名乗ることになっても、イニシャルは変わっていない。


とはいえ、日常生活を送るにあたって、大好きなイニシャルだけで通すことができるはずもなく、
人からはどうしても苗字で呼ばれることが多い。
自分から名乗るときはフルネームだけれど、相手が私を呼ぶときはたいてい苗字。


仕事上は、旧姓を名乗っているので「いとうさん」。
プライベートでは、戸籍上の本名「いしかわさん」。


ほんとうは、ファーストネームで呼ばれるのがうれしい。
親しい人からは「あつこさん」、古い付き合いやざっくばらんな関係では「あっちゃん」と呼ばれ、
それが自分としてもしっくり落ち着く感じ。


そうはいっても、相手のあることなので、
自分の好きなようにばかり呼んでもらえるわけでもない。
バレエスタジオでも、先生からは「いしかわさん」と呼ばれ、
「ああ、私『いしかわさん』だったっけ」などと思う始末である。


ところで。
きのう、レッスン後の更衣室で「いとうさん、ですよね?」と声をかけられた。


びっくり。


だって、稽古場では「いしかわさん」か「あつこさん」なのだ。
どうして「いとう」の名前を知ってるんだろう?


彼女はたまにレッスンで一緒になったことのある方。
いままで話をしたこともなかったし、お名前も知らない。


「私、仙台で『シンデレラ』に出てるんです。あっちゃんの『シンデレラ』に」
彼女は親しげな笑みを浮かべてそういった。
「この間、気がついたんです、『あっちゃん』だって」


ええーっ!?


中一のときに発表会で踊ったシンデレラ。
聞けば、小学生だった彼女が仙台の稽古場でたった一度出演した発表会が、
その「シンデレラ」だったのだという。


「今度会ったら、絶対声をかけよう、と思ってたんです」
彼女はうれしそうにいった。


なつかしいやらうれしいやら。
胸がいっぱいになった。
12歳のか細い私が、34年の時を経て彼女の脳裏によみがえったことを思うと、
感動的ですらあった。


うちに帰って「シンデレラ」のプログラムをひっぱり出して見ると、
いまの彼女をそのまま幼くした女の子が、写真の中で笑っていた。

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2009-09-25

思いがけないこと

汗がひかないままに地下から階段を上がって外に出ると、
車道を隔てて向こう側の歩道に息子が待っていた。


「お待たせ。…おつかれ」


そうか。
スタジオの真ん前だと直射日光で暑いものね。
車道を渡ってから気がついた。


向かいの歩道はちょうどいい具合に日陰になっていて、
いつもは人通りの少ない歩道を
お昼休みとおぼしきサラリーマンやOLが何人か通っていく。


「疲れすぎて、おなかすいてないや。のどはからからだけど」と息子。
とにかくお昼を食べに行こう、と駅のほうに歩き出す。


強い陽射しが容赦なく照りつける中、ふたりしてゆっくり歩く。
暑い。
見上げれば、雲ひとつない晴れ渡った空。
秋晴れというより、夏空という感じ。


「すごく汗かいたよ。開始10分でぼたぼた」
「ああ、私も。床にたくさん滴り落ちてた」


息子は10時半から、私は11時から、それぞれ別の場所でレッスンしていた。
おたがいに思うように動かないカラダと格闘して、
おたがいに汗をたくさんかいて、
それぞれの1時間半をめいっぱいバレエに捧げた。


ふたりがそれぞれに肩から提げるでっかいバッグは、
飲み干したスポーツドリンクの分軽くなって、
汗をずっしり含んだウェアの分重くなった。


いつもは歩調の早い息子と私が、へとへとゆえにゆっくりゆっくり。
すれ違う人も後ろからせきたてる人もなく、一歩一歩踏みしめるようにゆったり歩く。


ふいにふわあっと風が吹きつける。
ほてったカラダから熱が奪い去られて、なんともいえず気持ちいい。
めいっぱいカラダを使って汗を流したからこその心地よさ。


息子とレッスンの話なんかしながら、風に吹かれて歩く。


人生は思いがけない。
何がどうなるかわからない。


私が20数年ぶりにレッスンを再開して、
むかしと違うカタチでバレエに没頭しているのも、
ちいさいときにバレエをやりたいと望みながら、タップをはじめた息子が
いまこうしてバレエに夢中になりはじめているのも、
ほんとうに思いがけないこと。


そして。
思いがけないバレエとの再会で、命を燃やせる時間を持てるのは
ほんとうにしあわせなこと。

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2009-09-24

腹八分目作戦

きのうから取り組みはじめたことがある。
「腹八分目作戦」だ。


読んで字のごとく、「食事は腹八分目まで」。
意志を強くもって遂行するぞ、と心に決めて、2日目が無事終了した。


もともと自他共に認める少食で、おまけに食べるのがゆっくり。
特に意識せずともそうたくさんは食べられない。
そのうえ、あえて意識してコントロールもしていたから
たまに食べ過ぎることがあっても、まあだいたい腹八分目で過ごしてきた。


ああ。
それなのに。


ふと気がつくと、最近の私は腹十一分目。
食べ方もやや早くなっているような気がするし、
満腹になっていても惰性でもうひと口食べちゃったりする。
おかげで、からだも若干重い。


いつのまに?
どういうわけで?


ずうっと記憶をたどってみると、
「質の高い食事を」と思ったのが発端だったかもしれない。


カラダにいいもの、必要なものを
偏りなく摂ろうと意識しはじめたその発想は優等生。
でも、あれも必要、これもいい、と種類を増やしたついでに
全体の量も増えてしまったのだ。


おまけに、「カラダ動かしてるから」とか「体調悪いから」とか
もっともらしい理由のもとにせっせと食べたのはいいけれど、
冷静に考えてみると消費カロリーより摂取カロリーのほうが高くなっていた。


それが通常パターンで定着して
結局は、これも食べちゃおう、もうちょい食べちゃえ、となし崩し状態に。


やれやれ。
これじゃおなかも重いわけだ。


元気で長生きの方はみな口を揃えていう。
「食細くして命永かれ」と。


栄養的にバランスのとれた食事をバランスのいい量で。
摂取カロリーと消費カロリーのバランスもいい具合に。
ゆっくりおいしく食べて、ゆったりとおなかが満たされるのを待って。


カラダもココロもかろやかでいたいから、
「腹八分目作戦」、定着させます。

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2009-09-21

友だちと一緒

高校時代、よく映画を観に行った。


あの頃、家庭用の録画再生機は驚くほど高価で、
もちろんいまみたいに映画のビデオやDVDがあるはずもなく、
「映画を観る」ということはイコール「映画館に行く」ことだった。


テレビで放映される映画もそれなりに楽しめたけれど、
思い入れのある映画がCMのためにぶつ切りにされたり、
妙ちきりんな吹き替えだったりすると、腹が立った。


だから、映画を観るならやっぱり映画館だと思っていた。


映画館では、好きな映画なら3回くらい繰り返し観た。
完全入れ替え制じゃなかったから、
いようと思えば朝から晩までねばっていてもかまわなかったのだ。


学校の帰りにはよく名画座に行った。
バレエ映画の「愛と喝采の日々」なんて、ほぼ毎日通ったものだ。
終業のチャイムと同時に教室をダッシュし、バスに飛び乗って映画館に向かう。
途中だって何だってかまわない。
バリシニコフが見られさえすればよかったのである。


観に行くのはいつも仲良しの友だちと一緒。
映画でも芝居でも、いつだって彼女が一緒だった。
三校定期戦の開会式終了と同時に学校を抜け出して、2本立てを観に行ったりもした。
映画を観た後のおしゃべりはああでもない、こうでもないと果てしなく続いた。


彼女と最後に映画を観たのはいつだったろう。
高校卒業後、住む町も環境もまったく別々になってしまった私たちは
「あの映画観た?」なんて電話で聞きあうだけになり、
そのうちおたがいに観る映画も別々になってしまった。


さて。
きのう、友だちと映画を観に行った。
ひと回り下の仲良しである。
映画を観に行くといえば、最近では家族と一緒が定番の私にとって、
友だちと一緒に映画なんて非日常的なできごとだ。


映画の前にあれこれおしゃべりをして、
映画が終わってまたああだったこうだったとおしゃべりして、
カフェに場所を移せばおしゃべりもあちこちに飛んで。


カフェで彼女と食べたシュークリームのおいしかったこと。
「手に持ってがばっと食べる?」
「うちでならそうするけど」
なんてこしょこしょいいながら、結局ふたりとも気取ってフォークで食べたりして。


カフェをあとにしても、なんだか名残惜しくて銀座をそぞろ歩きながらまたおしゃべり。
歩行者天国で街頭インタビューを頼まれたのにはびっくりしたっけ。
そのうちさわやかに晴れ渡っていた空に秋のせつない色が混じりはじめると、
ようやくまたね、とお別れ。


友だちと一緒、が復活した感じ。
楽しかった。

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2009-09-15

スイッチオン

ものすごく具合が悪いわけではないけれど、
かといってうんと元気でもなく。
気持ちが高揚する瞬間は折々にあるけれど、
カラダにスイッチが入るまでは持続せず。


なんだか悪循環な状態。
きもちわるい。


もうそろそろエネルギーが上がってきてもよさそうなものなのに、
いまだカラダはエンストばかり。
水に浸かってるみたいにカラダの芯が冷たいのも不快きわまりない。


なんだろ、このうだうだ感。


家族のいたわりに触れては、自分はひとりじゃないと気づかされ、
心かよう人と語らえば、ぬくもりが心に蓄積され、
それなりに快適な住まいもあり、
とりあえず食べるものにも困らず。


そんなありがたい状況に身を置きながら、
エネルギー全開でない自分を憂えている。
わがままというか、贅沢というか。


100%元気な自分まであと一歩のところで足踏みしている。
ならば、今日は自分から仕掛けてみようか。
そう思って、稽古場に向かった。


玄関を出るまでカラダは重かったのに、
iPodを聴きながら歩き出したら
いままでぷすぷすくすぷっていたエンジンがかかりはじめた気がした。


なんだ、スイッチは自分で入れればいいんだ。


家族や友だちや、私を思ってくれる人たちの厚意に甘えてすがっていても
前には進めない。
最後の大事なスイッチはやっぱり自分で押さなきゃ。


1週間ぶりに踊ってみて、この間ほどへとへとにならずにすんだし、
レッスンの後、4週に一度のパーソナルトレーニングで樋渡さんに見ていただくと、
ここ最近続いていたヘンな歪み方はなかった。


カラダが元に戻ろうとしてるのを実感できた感じ。


この調子で、明日も自分でスイッチ押すかな。

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2009-09-14

星降る夜空

夕食のあとかたづけを済ませてほっとするひととき。
夜の冷たい空気を入れたくて、リビングの窓を開け放した。


ふと思い立って、窓から身を乗り出してみる。
ほんのすこしの期待を胸に、空を見上げて星を探す。


街の光を映してなんとなくほの明るい夜空は、漆黒の闇とは程遠い。
この空では、星の瞬きもかすかにしか見えない。


見たいのはこんなじゃないんだな…


やっぱりね。
わかっていたことだけど。


ないものねだりのわがままだってわかっている。
この街の夜空で星々がダイヤモンドみたいにきらめいているなんて
ありえないんだから。


でも見たいなあ。
まるで降ってくるような星空を。


バレエの修行で東京に出るまで、私は毎晩そんな星空を仰いでいた。


遅いレッスンの帰り道、やっとたどり着いた家の前で見上げれば、
きりっと引き締まった夜空は天の川の星くずたちで白くけむって見えた。
自分の部屋の窓を開けると、何にもじゃまされずに広く星空が見渡せた。


窓際のベッドでぼうっと夜空を眺めていると、
きらきら冴え渡る星たちがこころのもやもやをみんな吸い取ってくれた。
星の軌跡をたどるうち、波立った気持ちに平穏が戻った。


いま思うと、なんて贅沢だったんだろう。


星降る夜空。
白くけむる天の川。
星を眺めながら眠る夜。


あの星空、もう一度見たいなあ。

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2009-09-13

ご機嫌にゆっくり

ゆうべの雨が都会のくすみを洗い流してくれたのだろう。
空気も、空も、澄んだ朝。


今朝は隣りの工事も、お向かいの幼稚園も、お休み。
日曜の静けさがいっそう秋の空気を澄み渡らせる。


このところの騒音や振動にはかなりうんざりしていたから、
静かな朝に感動を覚えながらほっとする。
ゆったりした朝。


ほんとうなら、日曜は私にとっていつも以上にあわただしい朝。
6時前にははりきって起き出し、そそくさと身支度を済ませて出かける。
でっかいバッグにレオタードやタオルと一緒に、
意気込みやら情熱やら思いを詰めて、稽古場に向かう。


でも、今朝の私は、出かける代わりにデスクの窓の向こうを眺めてた。
すがすがしく晴れた青い空に、刷毛でなでたような白い雲。
その雲がほんのわずかずつ移動していくのにみとれて、
見えない風を感じていた。


なんてきれいな朝。
からだが鉛のように重いけど、そんなのはほんのささいなこと。


今朝はレッスンに行きたいなあ、と思っていたし、
きっと無理すれば行けたんだろうなあ、と思う。
そうしたら、からだ中からなけなしのエネルギーをかき集めて、
無理してでも全力投球で踊ったんだろうなあ、と思う。


やればできちゃうけどね。
でも、そこまでしなくていいよ。
からだが重いなら、無理しないでお休みなさいよ。


今日は、ご機嫌な気分でゆっくりしてよう、と決める。
からだに元気がわいてこないなら、わいてくるまで待ってればいい。
うっとうしいくらいに元気になる時がきっとまた来るだろうから。


そんなわけで、母と電話でたっぷりおしゃべりをし、
すっかり忘れていたたっちゃん(藤原竜也)のエドガー・アラン・ポーのDVDを観て、
あとは眠れるだけ眠った。
気分はすこぶるらくちん。


からだ、ちょっと軽くなった。

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2009-09-12

112歳のことば

きのうの新聞に、素敵な記事があって切り抜いた。
素敵な笑顔と、素敵なことば。
あんまり素敵なので、デスクの上においてある。


いま国内の男性で最高齢の、木村次郎右衛門さんの記事である。
木村さんは112歳。
ちょっとちゃめっ気を含んだ笑顔が心を和ます。


木村さんのことば。
「思うこと思うがままにならぬのが かえりておのが身のためにこそ」


木村さんはおっしゃる。
「こう解釈すれば苦労は吹き飛んでしまう」と。


ああ。


そうなんですよね。
「思うがまま」にならないものなんですよね。


がむしゃらに突き進んでみたり、立ち止まって深呼吸したり、
力を抜いてへらへらしてみたり、いろいろやってみるけれど、
生きる道のりには思うようにならないことのほうが圧倒的に多い。


でも、それはある意味、
自分の人生を味わい深いものにしてくれているのかもしれないし、
すんなりあっさりするするいかないからこそ、人としての深みが増すのかもしれない。
そういうことなのかな。


そういえば、この間テレビで聞いて深く納得したことばがある。


うまくいかないことがあたりまえ。
100回やって、うまくいくのは1回か2回。


何年もかけて、新しい農法を編み出そうと粘り強くチャレンジしている人のことばだった。


そうか。
そう思ったら、へこんだり落ち込んだりしてもまた前に進もうって思えるよね。
納得。


さて、112歳の木村さん。
こうもおっしゃる。
「苦にするな 嵐の後に 日和あり」


いろんなことが思うようにいかないと、ささいなことに引っかかっている自分がいる。
でも、もんもんとしているちっちゃな自分をあったかいまなざしで振り返れる日って、
かならずくるんですものね。


前向きにいくぞ、と心に決めながら、時にはひそかにふうっとためいきもつく。
そんな自分ってまだまだ青二才だなあ、と思いながら、
やっぱり前向きに生きて木村さんみたいになりたいな、と思う。

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2009-09-11

わが家にようこそ

誰かがうちに来るのって、ちょっとどきどきする。
外でどんなにとりすましていても、
自分のうちでは素の部分が全部透けて見えるような気がして。


でも、だからこそ誰かがうちに来てくれるのは、ちょっとわくわくする。
自分のもっともプライベートな場所で、一緒にくつろげるのが楽しみで。


しばらく前まで、誰かをうちに招くことはめったになかった。
お招きするにはするなりに、
それなりの準備が必要だと肩肘を張っていたから。


まずおそうじはカンペキにしなくちゃ、と思ったし、
手料理のおもてなしもするべきなんだろうな、とも思ったし、
お花も飾ったほうがいいよね、なんてことも思った。


で、そのとおりにしていた。


それはそれで楽しかったし、
「お招き」という目的のおかげで家中もすっきりするし、
なによりお客さまも喜んでくれてうれしかったけれど、
そのうち私の中で負担感が重くなっていった。


完璧主義の私がおそうじをカンペキにしようとすれば、きりがなく、
あまり手際のよくない私が手料理をお出ししようとすれば、おしゃべりの時間が減り、
あれもこれもと欲張って、結局はおっくうになってしまったのである。


そんなだから、わが家に家族以外の誰かがいる、ということは
しばらくなかった。


そんなわが家の空気が変わったのは、4年前にTAP BOYSが結成されてから。
打ち合わせはわが家でやろう、と練習の帰りにみんなで集まるうち、
誰かをうちに呼ぶときも身の丈でいるほうがラクだと思えるようになった。


床はぴかぴかで、カーテンも洗いたてで、お花がきれいに咲いていて、
家中いいにおいがして、おいしいお料理もさささっとお出しできて、
…なんてできればそれに越したことはないけれど、
うちの中はほどよく清潔であればいいかな、と。
できる範囲でできることをすればいいかな、と。


私が自然体でいられることがいちばん。


今日、息子の高校時代の仲良しがふたりやってきた。
ひとりはTAP BOYSのメンバー。
もうひとりは、高校時代からずっとうちに遊びに来たいといっていて、今日がはじめて。
私の誕生日に、日付が変わってすぐ素敵なお祝いメールをくれたふたりでもある。


いらっしゃい。
ようこそ。


すぐにうち中に笑いがあふれる。
私もいっしょに笑う。
彼らも、息子も、私もありのままにくつろいでる。


こんなのがいちばん。
ああ、楽しかった。

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2009-09-10

秋の夜

陽の落ちるのがめっきり早くなった。


陽射しの薄らいだ空がやわらかな色を見せてくれるのは、ほんのひととき。
そっとミルクを流してところどころやさしげなももいろがとけあったみたいで、
ほうっと見とれていたら、あっというまに夕闇に呑み込まれてしまった。


「秋の日は釣瓶落とし」ってこういうこと。
すこしさびしげで。
でもほっとする夕暮れ。


いま、わが家のマンションの隣りは、ガソリンスタンド解体工事の真っ最中。
朝8時からすさまじい轟音を近隣に響き渡らせている。
轟音のみならず地響きもかなりのもので、工事の間中わが家は小刻みに揺れる。
地震かゴジラ襲来か、ってくらい。


そのうえ、お向かいの幼稚園からは
工事の騒音をはねのけるような子どもたちの声。
喜びのあまりあげる叫び声やら、
先生のむやみに野太い「はあどっこい!」なんて合いの手まで、クリアに響いてくる。


窓をあければ乾いた秋の風がカーテンを揺らすのに…
あけられない。


だから、騒音と地響きと喚声から解放される夕暮れ時は
ほんとうにほっとする。
窓を開け放ち、風をとおす。


虫の音に誘われて、ベランダに出る。
うっすら広がった雲の間に、かすかにきらめく星がちらばっている。
月が見えないのは残念。


秋の夜には、月が見たくなるのになあ。


でも、いいや。
そのうちオレンジ色のまんまるお月さまにも出会えるでしょう。


ひんやりした夜の静けさが心をなでる。

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2009-09-01

9月の声

毎年9月の声を聞くと、
「これで今年も終わりに向かっていくんだな」と思う。


最高潮に達した熱狂から、
静かにすこしずつフェードアウトしていくような感覚。
たとえ残暑が夏さながらに厳しいとしても、
なんとはなしにカーニバルが終わったあとのような寂寥感が漂う。


今年の夏は天候不順続きのうえ、
自分自身の体質もよくなかったせいで、真夏の高揚感はいまひとつ。
それでなくても秋の訪れにはもの寂しい感慨が伴うものだけど、
今年はとりわけ消化不良の夏を引きずってなし崩しに秋を迎える感じ。


ま。


気持ち切り替えましょうか。


数ある中にはこんな夏もあるでしょう。
ココロもカラダも省エネモードの燃焼感に乏しい夏。
その代わり、ひと足先にもの想う季節ではありました。


今年はあと4ヶ月あるし、
迎えるのは実りの秋、収穫の秋。
夏にたっぷり思いにふけった分、
それをなにかしら実のあるものにつなげられたらラッキー。
つながらなかったとしても、経験することに無駄はなし。


夜を渡る風には秋の匂いがして、
草むらからは虫の声が聞こえてきた。


心にたくさんの収穫がありますように。
気持ち切り替えて、秋を楽しみます。

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2009-08-27

ねむいわけ

ねむい。
なんだかねむい。
だめ人間になっちゃったみたいにねむい。
どうしてこんなに一日中ねむいんだろう。


「眠いんだったら寝たほうがいいよ」
見かねた母と息子が口々に声をかける。


ん。
寝る。


ぱたりと横になったら、スイッチが切れた。
しばし意識不明。


ほどなく目を覚ますと、まだまとわりついてる眠気をはぎ取って身支度。
すがすがしい空の下に出る。


澄んだ水色にうっすらとうろこ雲が広がる。
うろこ雲か。
秋の空だ。


吹く風には冷たさが混じっていて、露出した肌から体温を奪っていく。
そういえば、仙台に帰ってから汗を一滴もかいていないかもしれない。


風に吹かれて息子と駅前の家電量販店まで歩く。
実家用の新しいPCを買うためだ。


PCもずいぶん安くなったものだね、なんて話しながら、
どこかに腰かけるとまたすぐ眠くなってしまいそうな私。
相変わらずカラダはぶわーんとしていて力が入らない。


「おなかすいた。がっつり食べたい」
という息子のリクエストにこたえて、
PCの箱をぶら下げてとんかつを食べに行った。
食べたら力がわいてきた。
カラダが温まった感じ。


そうか。
眠いのはこの涼しさのせいだ、きっと。
カラダが冷えて、冬眠前の動物みたいに動きが鈍くなったのかな。


それにしても、宵の気配が忍び寄ってきたと思ったらあっというまに陽も落ちて、
気配は秋。


ちょっともの寂しい気分。

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2009-08-26

ゆるやかな時間

仙台に帰ってくると、私の中で時間がゆっくり流れだす。
広い空を仰ぎ、ゆったり深呼吸する。
けやきの木々から醸し出される空気で肺が満たされる。


仙台に帰ってきたら、何もしない。
東京で仙台を思うときは、どこに行こうとか、誰に会おうとか、
たくさん心の中で予定をたてるのに、
いざ帰ってくると行動力はなりをひそめる。


いまや私にとって、仙台より東京で暮らす年月のほうが長くなった。
新しいものがあふれ、いつも刺激的な東京の街が私は好きだし、
スピード感も、喧騒も、その場に身を置いていればすっかり慣れっこだ。
それが自分を疲れさせているなんてこれっぽっちも思わない。


だけど、仙台に帰ると、カラダが仙台のリズムにすうっとなじむ。
仙台はやっぱり私の街だとカラダが覚えている。


ゆるやかな時間に身をゆだね、眠りたいだけ眠る。
母ととりとめなくおしゃべりをし、父と軽口をたたきあい、
弟とばかみたいな歌を歌う。


そうできる状況をありがたく思いつつ、
ココロからもカラダからも力を抜く。


今日は、夫と息子と3人でただぶらぶらと仙台の街を歩いた。
3人で仙台をこうして歩くなんてどれくらいぶりだろう。


一応仙台生まれだが、完全に東京っ子の息子は、
仙台の大学に在学する高校時代の友だちがいるおかげで
ずいぶん仙台の街を歩くのに慣れた。


夫はといえば、仙台では数年仕事をしていた。
彼にとっても、仙台はなつかしい街なのである。


積極的に目的をもってどこに行くでもなく、
ただなんとなく3人で歩いた。


息子と夫に遅れてふたりの後ろ姿をぼんやり見やりながら、
ふと不思議な思いにとらわれた。
夫よりもすらりと背が伸びた息子が、すこし父親を見おろしながら話している。
すっかり大人びた息子が、かつて夫に手をひかれてはしゃいでいたちいさな男の子とは
にわかに重ならない気がした。


甘やかな記憶。
思い出をやさしく包んで、仙台の時間はゆったり流れる。

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2009-08-23

とにかく行動!

カラダに元気が戻ってくると、俄然やる気もあがる。
新しいことにどんどんチャレンジしたくなるし、
やれば何でも実現しそうに思えて、そんな自分がうれしくなる。


体調が思わしくないときも、努めて脳天気にへらへらしてはいたが、
それでも突然足もとをすくわれるようにふっと気落ちすることがあった。


カラダが省エネモードでは、それもいたしかたないことなんだけど、
気持ちが萎えている自分はちょっとせつなかった。


まあ、そんなことも時にはあるか。
カラダの元気のありがたさを痛感した休養期間ではあった。


さ、これからまた行動的にいこう、とすでに気持ちは前のめり。
やりたいことを現実にするにはどう動いたらいいかな、と
アタマの中は前向きモードに切り替わっている。


こういう気持ち、って自然と湧きあがってくるものなんだなあ。


何もしないことを後悔するより、何かをして後悔するほうがいいよね。
やっぱり生きてる限り行動だよね。
思い立ったらとにかくやってみるべきだよね。


そうだそうだ、と心の中でうんうんうなずく私。


いくらアタマの中で素敵なことやすごいことをいっぱい考えていても、
行動に移さなければ何も存在しないのとおなじ。
行動すればこそ、空気が動いて、変化が生まれるのだ。


誰かが何かをしてくれるのを待つんじゃなく、自分で空気を動かすこと。
失敗がこわくても、勇気をもって自分で変化を起こすこと。
自分の意思で足を踏み出すことだ。


今夜、大胆な行動力で私に新しい風を吹きこんでくれた方とお会いした。
ひと月半ぶりの、Mさんとのうれしい再会である。


私の人生の舞台に、Mさんがふいに現れたときのことを
いまでもはっきりと覚えている。
明け方の薄暗い部屋で、心がふるえるような思いで
はじめていただいたメールを読んだことを。
胸がいっぱいになって、思わず涙がこぼれそうになったことを。


そしてMさんは、私のポジティブ コミュニケーション セミナーに
岡山から毎週飛行機に乗って参加してくださったのだ。


Mさんと、私と、息子と、おなじくセミナーに参加していた友だちのCちゃんと、
ひととき時間を忘れて元気トークに興じた。
これから何でもできそう、何でもやれそう、とエネルギーが上がったのは
Mさんのポジティブエネルギーのおかげ。


Cちゃんとの出会いも、思い返せば彼女の目を見張るような行動力によるものだ。
夫と共著の私の本を読んで、突然電話をかけてきたのが7年前。
数年のコーチングの関係から、いまは大の仲良しになった。


行動があればこそ、琴線に触れる出会いも生まれる。


とにかく行動!
帰りの電車で、ふたりの笑顔を思い返しながらそう心に誓った。

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2009-08-20

ゆく夏の夕暮れ

太陽が西に傾き、空に水色と薄オレンジ色がやさしく混じり合う時間。


広いリビングのテーブルで、私はひとりアイスバーをかじっていた。
練乳のとろりとした甘さと、氷の冷たさが口の中に広がって、
おいしい、とちいさくつぶやく。
窓越しに空をぼーっと眺めて、きれい、とまたつぶやく。


雲が夕焼けをほんのり映しながらふわあっとたなびいて、
空をいっそうやわらかな表情に見せている。
心のうちのいろんな思いをそっと受けとめてくれるような、そんな空。
知らず知らずに心が解きほぐされ、ゆったりと呼吸をする。


セミの鳴き声が遠くからさわさわさわさわ聞こえてくる。
ふと、ものさびしい気分。
なんだかすこしだけ。


このまま夏は終わっていくのかなあ。
ちっとも夏らしくないままに。


お陽さまと戯れて、汗をたっぷり流しながら
暑い空気の中に思いっきり心を解き放つ。
そんな夏の楽しみを満喫しないまま、夏が過ぎ去ろうとしている。


時にはそういう年もあるかな。
残念だけど。


人の温かさや理解と共感に心なぐさめられ、
また一方で人の身勝手さに心波立ち、
今年の夏は私にとっていつもよりもの想う夏、という感じ。


人と関わっていれば、
こちらの思いどおりにならないこと、理不尽なことはあってあたりまえだ。
いちいち腹を立てたり傷ついていたりしてたらとても身がもたないから、
うまくすりぬける術を探り探ってなんとか前に進む。
何年生きていても、学ぶことは多いもの、と思う。


でも、心悩ますことはふいに襲ってくるけれど、
真に心ふれあい、共鳴しあえる存在があればだいじょうぶ。
いろんな場面で力になってくれるあの人、この人に、心からありがとう、と思う。


ふいに、しばらく会っていない友だちに会いたくなった。

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2009-08-17

果報は寝て待て

毎日チェックしているケータイの占い。
今日のしし座は堂々の1位である。


全体運のコメントがふるってる。


―最高の夏を迎えています。つらかった出来事はもう過去のもの。
新しいあなたの前には輝く未来が。―


ほんと?
本気にしていい?
私の夏はこれからが本番ってことね?


「うんうん、そういうのは信じたほうがいいよ」と夫もうなずく。


健康運にもぐっとくる。


―体質改善のチャンスです。
精神的なケアも含めた治療を試してみて。―


ああ、きっと今日を境に上向いてくるってことだ。
実際いろいろ体質改善も試みているところだし。


やった!
遅まきながら、まだまだアクティブな夏を過ごせるぞ!


おどけて、おー!とこぶしを突き上げた私に、一瞥をくれた息子がぼそり。
「ひどい顔してるよ」


…!?


「具合悪いときの顔だよ。見ればわかる。それに、」
と彼は続ける。
「アナタはふだんからヘンな人だけど、
ことさら妙なふざけ方をしてるときは具合が悪いときだよ」


あら。
バレた?
息子の目はごまかせないなあ。


「悪いこといわないから、今日はおとなしくしてたほうがいいよ」


はい、と素直になる私。
ちょっと疲れて横になったら、そのままぐっすりたっぷり夢の中であった。


でも。
占いは当たってると信じてる。
今日を境に上向いていくんだ、きっと。


果報は寝て待て、ともいうし、あわてずあせらず、おやすみなさい。

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2009-08-16

夏の日に思う

ゆうべ寝る前、レッスンの用意をしておくべきかどうか迷った。
ちょっと迷って、結局朝にすることにした。


目覚ましは、願いをこめて5時50分にセット。
その時間に気持ちよく起きられたら、今度こそレッスンに復帰しよう、
と心に決めて。


さて、セットした5時50分。
電子音を止めながら、やっぱりやめとこう、と思う。
すきっとさわやかに起きられる感じがしなくて、
さすがにこの状態で朝から踊るのはキビシイかなあ、と。
残念だけど、断念。


それからもうすこしだけ眠って、起きた。
起きてみたら、思った以上にからだが重い。
あらら。
これで踊ろうなんて、絶対むり。


あ~あ。
すこしずつすこしずつ体調が上向いていたんだけどなあ。


今年の夏はほんとうに調子が狂う。
雲ひとつないすこーんと抜けるような青い空にはなかなかお目にかかれないし、
お陽さまに照りつけられて立ってるだけで汗をだらだらかいちゃうような暑さもないし、
それよりなにより、私自身の元気レベルが悲しいくらいに低いし。


あ~あ。
寒さにふるえてた冬からずっと夏がくるのを楽しみにしてたんだけどなあ。


「まあ、そんなときもあるから」
「そういうときは、『休みなさい』ってことだよ」
「とにかく無理しないで」


家族になぐさめられつつ、それもそうだとゆらゆら。
なんにもしないでただ休んでるのもシャクなので、
むかしの書類なんかを整理しようと引き出しのファイルをごっそり引っぱり出す。


メモとか、関わった人とのやりとりの記録とかは読んでみるとおもしろい。
渦中にあったときの、
頭に血がのぼる感じや焦燥感なんかが鮮やかによみがえってくる。
生々しいやりとりの数々を読みながら、当時とまったくおなじ感慨をもつものと、
すこし違う見方ができるものとがあることが、これまた興味深い。


それにしても、変わってないね、私。
あのころの熱さと、温度感は変わってない。


変わらない自分を確認して、書類の多くを思い切って処分した。
芯の部分が変わってなくて、ちょっとうれしかった。

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2009-08-15

思い出づくり

ここ最近、かつてスターと呼ばれた人の訃報が相次いだ。


一世を風靡した全盛期からは考えられない最期を聞くにつけ、
人は誰でも遅かれ早かれひとりで死ぬんだ、という事実を
突きつけられた気がする。


いのちの時間に限りがあることを、
息子の年頃には自分のこととして考えられなかった。
19の私の目の前には、途方もなく延々と時間が続いていて、
その長い道のりをいったいどうやって歩いていけばいいのか、
見当もつかなかった。


だけど、いまの私には、
「限りがある」という重い事実の現実味が増してきている感じがある。
切実ではないけれど、でもその実感はじわじわと迫っている。


限りがあるなら、いや、限りがあるから、
日々をていねいに生きたい、と思う。
ていねいに、というか、一日一日を思い出づくりのように生きたい、
というほうがいい得ているかな。


人とのふれあいは、おたがいに心かようものでありたい。
うんと親しい人であれ、そこそこ親しい人であれ、
たとえ名前も知らないちょっと顔見知りの人であれ、
心地よい距離感の中で温かいものを感じながら笑顔を交わせたら、
それがなにより。


年齢を重ねればこそ、限りがあればこそ、
心を寄せ合える人とのつながりを大切にしたい、と思うし、
どうしても心がかよわない人にはあまり無理をしなくてもいいのかな、と思う。


悪気がないとはいえ無神経なことばを投げつけてくる人、
相手の気持ちおかまいなしに一方通行の思いをぶつけてくる人、
自分の足で立たずに相手に依存しようとする人、
残念だけど心のシャッターはおりてしまうから。


むだな力を入れずに、
ほんとうに大切だと思えるものを大切にしていく。
毎日を思い出づくりにしながら。

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2009-08-12

10年休まず

ブログをはじめてもうすぐ丸5年になる。


以前、知り合いの若い絵描きさんが
「『10年休まず続けたら誰でも一人前になれる』
そんな言葉を真に受けてもくもくと続けてます」
と自身のブログに綴っているのを読んで、すごく共感した。
(彼はブログに「日記代わりのスケッチのようなもの」として
絵を描き続けている)
http://takejono.blogspot.com/


私も休まず10年ことばを綴り続けたら、
文章の一人前になれるかどうかはわからないとしても
何か進歩はあるはず。
そう思った。


10年の半分、ほぼ毎日書き続けてみて、
物事を深く考えるようになったかもしれない、と思う。
そして、頭の中で考えたもやもやをことばに変換するのが
おっくうでなくなってきた。
それは私にとって結構な進歩。


特別なできごとがあってもなくても、
生きていれば日々ものを感じ、考える。
ある日は人との出会いに胸がふるえ、
またある日は人との摩擦に胸が苦しくなる。


その考えたこと、感じたことを文字にしていくことは
自分の思いにあらためて納得すること。
ことばに紡ぐ過程でこんがらがっていた思いの糸がより分けられ、
自分の気持ちがよりクリアになっていくのである。


ブログをはじめた5年前の文章は、「ひとこと日記」のタイトルにふさわしく
ふと思いついたことをつぶやく程度の分量だったが、
だんだん物足りなくなって分量が増えてきた。
それはそれで進歩なのかもしれない。


人の上手い文章を読むと、
「ああ、どうしたらこんな言い回しがでてくるんだろう」
とためいきをついてしまうことがよくある。


でも、と思う。
つたないはつたないなりにないものねだりをせず、
心のひだを探りながらこれからも毎日書いていけばいいんだよね、と。

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2009-08-10

一年に一度の再会

ひさしぶりに会ったとき、
これ以上はないってくらいの笑顔になれる相手は
自分にとって心からなつかしい、温かい存在だ。


きのうの先生の公演では、
一瞬で心がぽっと温かくなる人との再会がいくつもあった。
仙台の稽古場の先輩だったり、後輩だったり…
それもまた年に一度の楽しみなのである。


とりわけ、かならず公演で会うのを楽しみにしている友だちがいる。
同い年の彼女は、少女時代一緒に踊ったことが一度もないのに、
とてもなつかしい存在だ。


おなじ師のもとで片や東京、片や仙台でバレエに励んでいた私たちは、
大人になってから旅先で偶然知り合った。
実はおたがいにおなじ先生の弟子だとわかったときには、
ほんとうに驚いた。
彼女が仙台に私が出演している発表会を見に来ていたと知ったときには、
もっと驚いた。


一年に一度、先生のもとで会う。
約束をしたわけでも、事前にメールで連絡し合うわけでもないけど、
きっと会えると確信していて、やっぱり会えたとおたがい満面の笑みになる。
開演前と、休憩時間と、閉演後にああでもないこうでもないとしゃべって、
じゃまた来年ね、といって別れる。


一年に一度の再会がこんなにも楽しいのは、
おたがいに心地いい共有感と、絶妙な距離感があるからかもしれない。


ああ、それから。
彼女のユーモアたっぷりの明るさが私は好きなのだ。
彼女が話すと、大変そうなこともしんどそうなことも、なんだか笑えちゃう。
あはははとさんざん笑ってから、
でもがんばってねとか、気をつけてねとかいたわったりして。


また来年。
一年後に先生のもとでまた会えるよね。
それまでおたがいにがんばって暮らそう。

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2009-08-07

そういう人

いつも元気で明るい友だちがいる。


人を惹きつける魅力にあふれた彼女は
とても自然に仲間をまとめてひっぱる力をもっていて、
高校時代は学校中の人気者だった。


おととい誕生日にもらったメールも、彼女らしい愉快な雰囲気いっぱい。
思いっきり笑って、会いたいなあ、と思った。


5年前、彼女のお父さまの訃報に接し、お通夜に参列した。
お父さまは、私の中学時代の恩師でもある。


彼女は何事もなかったかのように参列者の応対をしていた。
ひとり娘の彼女が悲しくないはずがない。
でも、それを見せずに淡々とふるまっている。
そんな彼女を前に、滂沱と涙を流す若い参列者。
それをいたわる彼女。


いい加減にしてよ。
私は参列者に腹が立った。


泣くんだったらよそで泣いて。
彼女に負担かけないで。
彼女だって生身なんだよ。
彼女をいたわってやってよ。


彼女には思った。
こんなときまで無理しなくていいのに、と。


むかしからそうだった。
元気で明るいリーダーの彼女には何をいってもだいじょうぶ、と誰もが思っていた。
みんなが彼女を頼りにしていた。
彼女がへこたれるわけがない。
彼女ならだいじょうぶ、と。


でも、イメージにとらわれてるみんなは見落としがちだったけど、
実は彼女は体調を崩すことがよくあった。
体調を崩せば彼女だって落ち込む。
落ち込む姿をみんなに見せていないだけ。


なぜか私の周りにはそういう人が多い。
その最たる人が、母、かな。

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2009-08-06

この世の奇跡

きのう、友だちがバースデーメールの中で
「人が生まれる確率は70兆分の1」だと教えてくれた。


70兆分の1。
人間の想像など及びもつかない確率である。
そんな確率でこの世に生命を授かるということは、
もう神秘とか奇跡としか表現しようがない。


70兆分の1の確率で生まれたもの同士が出会うこともまた、奇跡や神秘だ。
出会って親交を温め、信頼を築いていくことはさらに奇跡的なことだといえる。


信頼関係を築くには、時間がかかる。
出会ってすぐにおたがいを深く理解し合える稀有な存在もあるけれど、
たいていはゆっくり時間をかけ、行きつ戻りつしながら信頼感を育んでいくものだ。


でも、その過程で親交の度合いや信頼感に温度差が生じることがある。
ふたりの関係に対するおたがいの認識のズレ、とでもいうか。
いったん信頼関係ができたと思った後にさえ、何かの拍子でズレが生じることもある。


そのズレがどちらかの価値観に決定的な影を落とすものだと、
むりやりズレをなくそうとしてもうまくいかない。
躍起になればなるほど、ズレは大きくなっていく。


信頼関係を築くには時間がかかるが、壊れるのは一瞬だ。
それまで築いてきた信頼感を頼りに
がまんしたり、見て見ぬふりをしたり、良いほうに解釈したり、
いろんな手を打ちはするけれど、
しまいには金属疲労を起こしたみたいに壊れてしまうのである。


そういうこともあるかな、と思う。
それはそれで仕方のないことかな、とも。


誰が悪いとか間違ってるとか、そういうことではなく、
どちらか一方が「どうにも価値観が合わなくて許容できない」と思えば、
それ以上親交を深めようとか信頼関係を維持しようとかするのは
むずかしいと思うのだ。


いずれまた、時の流れとともにズレが解消されるかもしれないし、
そうでないかもしれない。
相手のあることだし、それはわからない。


ただ、自分の心には無理を強いないほうがいいのかな、と思う。
水の流れのように、心のままに、思うままに、
それが結果的には良いほうに向いていくかな、と。


ただ、自分にとって価値のある、
ほんとうの意味で奇跡的な出会いの数々に支えられていることを忘れてはならない。


心を尽くして大切にしていこうと思っている。

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2009-08-03

8月なのに

8月だというのに、いまひとつすっきりしないお天気。


ぎらぎらしたお陽さまに祝福されたすかーっと抜けるような青い空って、
いつになったら訪れるんだろう。
なんとなく控え目な薄青い空を見上げて、うらめしく思う。


ついでに、自分のカラダもちょっとうらめしい。
ここ何日か、皮膚の下にゼリーを貯えているような状態なのだ。
自分のカラダじゃないみたいにぶわん、としている。


体重なんか、毎朝起きるごとに増えていてびっくりする。
私って、成長期だっけ?
それとも、体重計こわれた?
ひとりで突っ込んで、もう一度デジタルの数字を確認していやになる。
とにかく、すごいむくみ。


いろんなバランスが崩れて引き起こされている状態だから、
リセットされればバランスは整う(と思う)。
時が来れば、また元に戻る(はず)。


だから「果報は寝て待て」と自分に言い聞かせて
努めてへらへらしているけれど。


それでも、ふと気持ちがふさいだりする。


家族が気遣ってくれて、
友だちが優しいことばをかけてくれて、
それ以上望むことなんかないはずなのに。


へんてこりんな歌を作って歌って、
げらげら笑って、
ふざける余裕があるんだからだいじょうぶなはずなのに。


だいじょぶだいじょぶ、と思いつつも、
ほんのすこしだけやりきれない気持ち。


「ま、たまにはそんな時もあるさ」と息子。
「うん」と私。
わかってはいるんだけどね。


とはいえ、早く余分な水分が抜けてくれますように。
早く100%元気に戻れますように。

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2009-07-27

つながってるから

すこし前まで、カラダもココロも全部つながっていることを
きちんと実感できずにいた。


なんとなくわかっていたことだけど、
ちゃんと考えればすごくあたりまえのこと。


カラダは、内臓も骨も筋肉も、
パーツパーツが独立して動いているんじゃない。
みんな、それぞれがつながって連動している。
どこかが不具合を起こせば、ほかのどこかも影響を受ける。


ココロも一緒。
ワタシという人間は、内臓や骨や筋肉でできてるこのカラダに、
このココロを宿して成り立っている。
だから、ココロの調子が落ちれば、カラダも連動する。
逆の場合も、もちろんある。


そんなあたりまえのことをちゃんと認識していなかったから、
前の私は具合が悪くなると
養生しつつもわが身の弱さを嘆いたものだった。


ああ。とためいきをつき、
ふう。とうめき声を上げる。


どうしていつまでたってもよくならないんだろう、
いつになったら元気になれるんだろう、と、
おばけみたいにやつれた顔して落ち込んでいた。


来る日も来る日も微熱やだるさが続けば、気も滅入る。
まるで出口の見えないトンネルに迷い込んだみたいに。


でも、毎回、それなりに時が経過すれば回復する。
だんだんに、というよりは、ある日するりとつきものが落ちたみたいに。
それはたぶん、不具合を修復するために必要な時間が過ぎたから。


じゃ、「ああ」とか「ふう」とか憂い顔して焦るだけ損なのかもしれない、と思った。
「あら、ちょっとカラダにメンテナンスが必要な時期なのね」って切り替えて、
余計なことを考えずに寝られるだけ寝ればいい。
そのほうが気はラクだし、なにより気持ちが回復を助けてくれそう。


で、今日も寝られそうだったので寝てた。
何も考えずに目をつぶれば、
眠りを欲したカラダからすうっと力が抜けていく。


目が覚めると、雨があがった西の空はほんのり茜色。
「見て見て!」と息子に促されて見た南の空には、虹のきれはし。


わあ、きれい、と思わず笑顔が浮かび、
ココロに純度の高いエネルギーがチャージされたのを感じた。

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2009-07-25

こころのよりどころ

朝、開け放った窓の向こうから蝉の声が聞こえてきた。
まぎれもない、夏の音。


梅雨が明けたといいながら、
ぐずぐずとはっきりしない天気ばかり続いて
100%真夏モードに切り替わらずにいたけれど、
蝉の声に夏を実感した。
そのままぼんやり突っ立って耳を傾ける。


あらためて空に目をやれば、
天気予報では曇りといっていたのに
今朝の東京は散らばった雲の間に青い空がのぞいている。


空があれば、
頭上に果てしない広がりを感じられれば、
それだけでほっとする。
青い空を見上げるだけで、
何かいいことがありそうで思わず笑みがこぼれてしまう。


毎日がうれしいこと、楽しいことばかりだったらどんなにかいいだろう。
そんなことを思ってちいさくためいきをつく日もある。


人間は感情の生き物だから、
いやなことがあれば心穏やかではいられない。
さっさと切り替えちゃおう、とか、プラスに転じちゃおう、とか
自分に言い聞かせて意識はするけれど、
しばらくの間は、波間に浮かぶ葉っぱのように
揺れ動く気持ちをもてあます羽目になる。


それでも、ばたばたしたあわただしさの中に
ふと飛び込んできた窓越しの夕焼け空の美しさに見とれていると、
自分の心を悩ませていることが実に些末で、どうでもいいことに思えてくる。


空があればいいや。


空と、大切な人たちの笑顔。
それから、自分の笑顔。


大好きな人たちと笑顔を交し合って、空を見上げていたら、
それでだいじょうぶ。

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2009-07-19

失敗は成功のもと

このところ、日曜朝の上級クラスは
いつも“大入り満員”の様相を呈している。


参加できるのが許可を受けた会員だけだった去年までは
こじんまりと10人前後だったのが、いまや3倍の30人。
会員のみならず、
カンパニーの準団員やプロをめざすタマゴが何人も来ていて、
平均年齢は以前に比べてぐっと下がった。


今朝の稽古場は、
エアコンが効かず(というより、そもそも入れてなかったのかもしれない)、
そのうえ大人数の熱気でかなりのむし暑さ。
バーの時から玉のような汗が全身から吹き出てきて、
床にぽたぽたと滴り落ちた。


暑さは体力を奪うなあ…
めずらしくそんなことを思った。


でもがんばろ。


周りを見渡せば、息子と同世代と思しき若者たちが躍動的に踊っている。
だけどこの私も、
娘や息子といっていい彼女・彼らと一緒に、おなじように踊っている。


やるなあ、私。


若さあふれるセミプロの彼女・彼らに、パワーや技術は及ぶべくもないけれど、
気概だけは負けてないつもり。
がんばろ。


うれしいことに今日は、苦手のピルエットが右は百発百中、余裕で回れた。
左も、かなり感触はよくなっていた。


うまくいった原因は自分でわかっている。
決して「若者たちに負けない!」という気合いではない。
前回の失敗を生かせたからだ。


とにかく子どものころから回転ものが苦手で、テクニック的に不安定な私。
先生にもいろいろ注意していただくのだが、
いまひとつ弱点を把握しきれないのが現状だった。


ところが、前回のレッスンで
うまく回れていないみっともない自分の姿がたまたま鏡の中に見えた。
「あ、手首が落ちてる…」


本来なら、大きな風船を抱えるようにからだの前で丸くしているアームスが、
キョンシーみたいに手首が落ちているために、全体のバランスを崩していた。


手首。
今日は手首をいちばんに意識した。
もちろん、「プリエで床を押す」とか、「重心は前寄りに」とか、
ふだんから気をつけていることも総動員したが、とにかく今日は手首。


そのかいあって、気持ちいいほどにバランスよくするする回れたのである。


「失敗は成功のもと」というけれど、ほんとうにそうなんだな。
失敗した自分を直視すれば、きっと成功への道につながる。
今日は、しみじみそう思った。

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2009-07-18

未来の自分像

コーチングの勉強をしているとき、
5年後、10年後の自分を思い描くよう求められることがよくあった。


5年後にどうなっていたいか。
10年後の私とは。


手にとるように、細かくはっきりと思い浮かべるよういわれるたび、
いささかの違和感を覚えた。


自分の意志で未来を作りたいとは思う。
自分がどう生きていきたいのか、その方向性は見失わずにいくつもり。
それだけじゃだめ?


だって、自分の意思に関係なく、
この先に何が起こるかなんて誰にもわからないんだから。


未来の自分がどんな気概をもって生きているかは容易にイメージできる。
でも、求められるような、
どんな服装をして、どんなところで、どんなことをしているのかは
ほとんど想像ができなかった。
苦しまぎれに口にしたこともあったが、
それはやっぱり口先だけのイメージで、自分でいっててどこかうそくさく感じた。


人によっては、未来の自分像を細かく具体的に思い描くことが
強力なモチベーションになる。
はっきりしたイメージがそのまま明確な目標になるから、
そこに向かって突き進んでいけるのだ。


でも、私の場合、ずっとずっと先の目標を設定することは
なんだか自分の肌合いにそぐわない気がした。
だって、自分の意思にかかわらず、
この先に何が起こるかわからない、と思っているのだから。


明日のわが身は知る由もない。
だけど、何が起きようとも、
命さえあるなら、起きたことを糧やらバネやらにして進めばいいと思っている。
いま、ここにいる自分が、せいいっぱい前に進もうとすれば、
さまざまなことが化学反応を起こして、きっと何かが変わるのだから。


いま、ここで生きている自分の行動が、未来の自分を形作っていく。
信念をもって動けば、目の前の未来も動く。
きっと。


その先に、自分の道を自分の足で歩み続けた未来の自分が確かにいるはずだ。




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2009-07-16

そうじをしなくても

「そうじをしなくても死なない」というのは、
忙しくてそうじまで手が回らないときの常套句。
実際、いままでにこのせりふを何度つぶやいたことだろう。


確かに死なない。
でも、きもちわるい。


そうじをしなければ、きもちわるくて不快なのも確かだ。


やりたいこと、やるべきこと、やらねばならないことは日々たくさんある。
そのなかで、その都度優先順位を考えて選択する。
一日のはじまりには、たくさんのことができそうな気がして大はりきりだが、
時間には限りがあって、やれることにも限りがある。
夜になって、あらら、今日もあっという間に過ぎていったな、と
時間の早さに驚いてしまう毎日だ。


ほんとうは、そうじは日々こまめにやれたらいちばん。
と思いつつ、あれやこれやとやることに追いかけられるうち、
「日々こまめ」が追いつかなくなる。
そうして、そうじはなんとなくずるっ、ずるっ、と順位を下げていく。


そのうちに、ああ、やだな、きもちわるいな、と思いながら
でも死なないし、なんて自分に言い聞かせて目をつぶることになるのである。
ああ。


でも。
今日は、あえてそうじの優先順位を上げた。
その代わり、ほかの優先順位を思い切って下げた。
今日は無理にでもそうしたいと思ったから。


暑くなったら、スリッパなんてはかないで、
さらさらにきれいなフローリングの床をはだしでぺたぺた歩くのが好きだ。
時々気が向いたら、つま先伸ばして足を上げて、
どこかのガラスに姿を映したりして。


ひさびさに優先順位が上位に輝いたそうじのおかげで、
“コックピット”の床もぴかぴかに輝いた。


デスクの下で、はだしのつま先を伸ばしてみる。
さらさら。きもちいい。


そうじをしなくても確かに死なない。
でも、そうじをしたら、確実に気持ちはすっきり軽くなる。

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2009-07-12

永遠の存在

今日は祖父の命日。


朝、稽古場に向かう道々、空を見上げた。
雲を散らした青い空。
その高い高い空を見上げるうちに、ふと祖父の顔を思い出した。


ああ、おじいちゃんはいつもやさしい笑顔だった…


初孫の私が生まれる前に、脳卒中でことばを失っていた祖父。
残されていたのは、このうえなくやさしい笑顔だった。
その慈しみと愛情にあふれた顔をはっきりと思い出すのは
ひさしぶりかもしれない。


いや。
ずっと一緒だった気もするなあ…


それは15になる直前だった。
おじいちゃんがいなくなってしまうなんて
信じられなかったし、考えたくもなかった。


あれから32年。
私の人生の3分の2を祖父なしで過ごしていることになる。


でも、そうなのかな。
いや、そうじゃない。
意識していなかったけど、私はずっと祖父と一緒に生きてきた気がする。


この間、新聞にとても心に響く文章があった。
「心に思う他者が一人でもいれば、世界に生きる意味が与えられる。」


心に思っていれば。
たとえそばにいなくても。
たとえもうこの世にいなくても。


たとえかすかな思い出だとしても、
そこに希望の記憶を見い出せるなら、それを心の糧に進んでいける。


ちょうど1年前、
「あなたにはたくさんの守護霊がついている。だからだいじょうぶ」
といってくれた人がいた。
守護霊がどんなものかわからないけど、
そのとき真っ先にイメージしたのは祖父のことだった。


おじいちゃんがいつも見守ってくれている。
だからだいじょうぶ。
このうえなくやさしい笑顔で。


いま、祖父のことを強く思い出して、なんだか泣きそうになっている。


14の夏にさよならした祖父。
もう会えないと思ってたけど、ずっとずっと私の心の中で生き続けていたんだね。
私が忘れない限り、祖父はずっと生き続けるんだね。


記憶と心に存在し続ける限り、人の命は永遠なんだよね。


そう思ったらすごくほっとした。
ほっとして、稽古場へ足早に向かった。

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2009-07-06

「数」にとらわれない

何げなく腕時計に目をやって、あっと思った。
今日は6日だ。


誕生日まで1ヶ月切ってる。


地下鉄の窓に映る自分の顔を見る。
そこにいるのはもうすぐ47歳になるはずの私。


47、ねえ。
ちっともピンとこない。


子どものころには、47歳なんてとてつもない数字だったと思う。
そんな年齢に自分がなるなんて想像もつかなかった。


子どもだって少女だって1年たてば誕生日がめぐってくるのに、
それでも自分の年を重ねた先に40いくつという数字が訪れるとは
思いもよらなかった。


あらためて自分の年の「数」に向き合ってみると、
単純に驚いてしまう。


誕生日がやってくれば年はひとつ増える。
その事実に変わりはなく、ひとつ増えたからと何かが大きく変わるわけでもない。
そんなふうに、いつからか私はあまり自分の年齢に頓着しなくなった。


そのせいか、46歳という年齢と自分の実態がマッチしているのかどうか
よくわからない。
「年相応」ということばが具体的に何をさすのかもよくわかっていない気がする。


開き直り、というのとは違うのだが、
「いいじゃない、別にいくつでも」と思ってるところはあるかもしれない。
46歳であれ、47歳であれ、たいした意味はないと思っているのかもしれない。


今日も、もてる力をせいいっぱい振り絞って踊ってきた。
こんなにも一生懸命踊るのは、そこに命を燃やす私が存在するから。


命には限りがある。
その現実はやっぱりこわくて、ふだんは考えないようにしている分、
ふと思い出すと愕然とする。


でも、限りがあるからこそ、「数」にとらわれずに生きていきたいと思う。
そうするのが私らしい気もするし。

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2009-06-22

そんなこと

ちいさいころ、毎日一緒に遊んだ大の仲良しがいた。
お人形さんみたいにとっても可愛くて、
そのうえ優しい彼女が私はほんとうに大好きだった。


私が転校して離れ離れになっても、私たちは友だちだった。
ひんぱんに手紙をやりとりしたし、写真も交換した。
送られてきた写真を眺めては、彼女がちっとも変わっていないのがうれしくて、
また会いたいなあ、とそればかり思っていた。


新しい町で新しい友だちがどんなにたくさんできても、
私にとって彼女はやっぱり大切な友だちだったから。


離れ離れになってから何年もたち、思春期の入り口に立ったころ、
彼女が私の住む町にはるばるやってくることになった。
そのころはもう、手紙のやりとりもそうひんぱんではなくなっていたが、
それでも、彼女との再会はこのうえなく待ち遠しかった。


会うのはどれくらいぶりだろう。
どんなに話がはずむんだろう。
どんなにうれしいんだろう。
期待に胸がふくらんだ。


それなのに。
会ってみたらなんだか思っていたのとは違った。
認めたくなかったけど、すこしがっかりしている自分がいて、
そんな自分に困惑した。


彼女にがっかりしたんじゃない。
彼女は彼女だった。
私ががっかりしたのは、私たちの関係が変わってしまったことだ。
話がうまくかみ合わなくて、価値観も違っていて、
ちいさいときみたいに無邪気なおしゃべりはできそうになかったのだ。


私と彼女の友情が思い出に変わってしまったのを
私は暑い駅のホームで感じていた。
もうあのころみたいには戻れないんだな、と。


彼女とはそのうち手紙のやりとりも途絶え、
いまはどこにいるのかもわからない。


そんなことってある。
友情が育まれていたことはほんと。
でも、何かが変わって友情が消えてしまったこともほんと。
誰が悪いわけでもなく。


そんなこともある。




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2009-06-17

ワタシは好き

息子が、時々古いアルバムを引っぱり出しては
むかしの私を見て顔をしかめる。
で、「きもい」とか「ださい」とか「ひどい」とか、さんざんなことをいう。


否定はしない。
だって、自分で見てもきもかったりださかったりすると思うから。


まあ、時代の流行によってファッションもメイクも変わる。
そのせいだということにしておこう。


それにしても。
思い出のスクリーンに映し出されるかつての自分は可憐でみずみずしいのに、
写真で見るとギャップを感じてがっかりするのはなぜだろう。


思うに、自分の姿を自分で見ることはできないからだろう。
たぶん。


自分の中では「こんな表情をしてるはず」「こんなからだの動きをしてるはず」
とイメージしていても、その一部始終を見て確認することはできない。
むかしの自分にいたっては、思い出というフィルターを通す分、
美化されているところもある。


それがギャップ、ということなんだろう。


写真でさえそうなんだから、踊っている映像なんてもっとおそろしい。
欠点は自覚しているけれど、自覚のない欠点まで見えてくる。
イメージと実際とのギャップ、
それにほんものの美しいバレエとのギャップまでが加わる。
かなりキビシイ。


そんな思いがあるので、むかしの自分の映像なんてこわくて見られない。
大デブになった19のときのビデオなんかもってのほか。


なのに、あるとき意を決して16のときの映像を見た。
ショックを覚悟で。


それが、見てみたら不思議な感覚にとらわれた。
確かに、自覚どおりの欠点だらけ。
自覚のない欠点もぞろぞろ。
「でも私、このコ好きだ」と思ったのである。


このコの雰囲気、持ち味、私は好き。
うん。好き。


その発見は自分でうれしかった。
16の自分をいまの自分が好きだ、と思える感覚。


いまも、おなじような感覚を覚えることがある。
時々、自分の書いた文章をずうーっと読む。
読んで、「私、このヒト好き」と思うのである。


いろいろあるけど、私はアナタが好き。
だから、がんばって。




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2009-06-16

「知らない」ことを知っている

以前、一緒に仕事をした方に
「アナタにはなんでも見抜かれそうでコワイ」
と冗談混じりにいわれたことがある。


その方は私より年上の男性だったが、行動傾向や性格に共通点が多かった。
私を評して「ワタシを女性にしたような人ですね!」とおっしゃったほどなのだ。
(この発言に周りの人たちは驚いたが、当の私はそうだなあ、と大納得だった)


似ている部分が多いから、考え方や行動を予測することはできる。
その予測が当たることも多い。


でも、だからといってその人のすべてが見通せるはずなどない、と思っている。


いまは亡き著名な心理学者のことばを思い出す。
人は(心理学者である)自分が人間のことをなんでもわかっているようにいうが、
自分は「人間のことを知らない」ということを知っている。
そんなようなことをいっていた。


それを聞いたときに思った。
なるほど。
やっぱりね。そうだよね。


自分自身のことさえよくわからなかったりするのに、
他者の内面を100%わかるはずなどないのだから。


人はさまざまな状況に応じていろんな顔をもっている。
いくつもの顔がさらにさまざまな感情に揺れ動く。


私が知っているあの人のあの顔は、
たくさんあるうちのほんの一部分かもしれない。
というより、その可能性のほうが大きい。


よく知っているはずのあの人には私の知らない過去やドラマがあり、
内面には知る由もない感情が渦巻いている。
そのほうがあたりまえなのだ。


だから、人間はおもしろいのだ。
ふれあってその人を知ることがおもしろいのだと思う。
思いがけない顔が垣間見えたとき、ふと感動で胸がひたされ、
人間って深いな、としみじみ思い、ふつふつとうれしさがこみあげたりするのだ。


今日ふれあったふたりの方の、新しい一面を知り、
そんなことを思った。




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2009-06-13

ミステリーツアー

知り合いが息子の様子を尋ねる。
「どう? 息子さん、コンパとかサークルで忙しい?」


いえいえ、コンパには出ないし、サークルにも入ってないです。
その代わり、一生懸命勉強してる。


ドイツ語の先生が結構厳しいらしく、
予習してないことがわかると減点するとかで毎晩遅くまで必死。
実際、先生に大減点を言い渡された学生がふたりもいるとかで、
息子は減点されてはならじと懸命に勉強している。


浪人したおかげかなあ。


そう思っていたら、本人もいってた。
「オレ、こんなに勉強するようになったのって、予備校のおかげだよね」


彼の浪人生活はムダじゃなかったんだねえ。


「ほんと、よくあの大学に入ったわよねえ」というのは私の母。
「うん、オレもそう思う」と息子も応じる。


なんであれ、大切なのは入ってからどうするか。
それは入った本人にかかっている。


入った早々授業を休む者や出席しても寝ている者が多いというが、
なんだかなあ、と思う。
もしかして、大学に入るだけで燃え尽きちゃった…?


息子が大学に入ってもそれなりにまじめに勉強しているのは、
彼がこれまでその年齢にふさわしい楽しみ方を
その時々に十分堪能してきたからだと思う。
特に、高校生活の3年間は十二分に謳歌したはず。


だから、「とにかく大学に入りさえしたら遊ぼう」とか
「羽目を外して発散しよう」とかいうことにならないのだろう。


息子の大学の同級生に、
授業に出ないで息子のノートを写してばかりいる青年がいるという。
彼がいったそうだ。
「考えなくちゃ」


何を?


「とにかく『レベルの高い大学に入る』ことしか考えてなかったから、
入ってからどうするかをまるで考えてなかった。
だから、これからどうするかまじめに考えなくちゃ」


はあ。


若者。
何を考える必要がある?
まず目の前のこと一生懸命やろう。
キミが選んだ授業、さぼってないで出ようよ。


たいそうなことしようとしなくていい。
たいそうなことなんか考えなくていいんだ。
いや、考えてもいいけど、まずはいま目の前のことからやってみようよ。
大きな何かに向かう一歩は、まずそこからなんだから。


一足飛びにジャンプなんかしなくたっていいじゃない。
時間はまだまだたっぷりある。
どこに自分の可能性が伸びていくかわからないミステリーツアーの途上でしょ。


とにかく行動しよう。
でなくちゃ、もったいない。




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2009-06-04

ぐるぐる

このところずうっと気がかりを抱えていた。


そういう事態になるかもしれない、
とあらかじめ想定していたことではあった。
それが、思いもよらずはじめのシナリオが急遽変わったり、
その後の見込みが大きく外れたりと、
ふたをあければ現実は私の予想をはるかに超えていた。


想定外の事態である。


さて。


手をこまねいていても時がたつばかり。
手を打とう。
とにかく、考えうる手を打てるだけ打とう。


いま、自分ができることを粛々と、
いや、「粛々と」なんてカッコつけてる場合じゃない、
必死にやる。
祈るような思いで。


しかし、なんとか事態が好転することを願いつつ必死になるものの、
なかなか思いどおりにはいかない。
私を気遣う家族や友人が差し伸べる手に遠慮なくすがりながら、祈り続ける。
その温かみに励まされながら。


どうしたらいいだろう。
どうすれば現状を打破できるだろう。
どうすれば。


気持ちは次第に焦りに変わり、なんとかしなくちゃ、という思いに変わる。
なんとかしなければ。
道を探さなければ。


頭の中がぐるぐる。
心の中もぐるぐる。


あれ。


さんざんぐるぐる回ったら、元の場所に戻った。
元の場所に戻ったら、心から焦りが消えた。


いま自分がやれるだけのことはやったんだよね。
打てるだけの手は打ったんだよね。


ならば、そこから出る結果がベストだよ。
で、いまの経験は絶対次につながるはずでしょ。


心を縛りつけていたものが外れて、とてもラクになった感じ。
なんか、得した気分。




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2009-06-03

行動すること

自分がこうする、と決めたら、ほとんどの場合そうする。


相談して止められたらいやだから、
自分が納得してそうしたいと思えば、誰にもいわずにそう行動する。
むかし、相談したら止められたことがあって、
以来、ほんとうにそうしたいと思ったら黙ってすればいいんだな、と思っている。


私にはそういうところがある。


思慮深そうにしていて実は猪突猛進なところがあり、
慎重な面もありながら大胆な部分もあって、
我がことながらなかなかおもしろいと思っていた。


「ストレングス・ファインダー」で
「自分だけの特長的な資質」のひとつに「活発性」というのがでてきて、
その説明を読んだときには、ああ、これだ、と納得した。


「活発性」の長い解説の中にこんな一説がある。


「行動だけが何かを起こすことができるのです。
行動だけが功績につながります。
決断が下されると、あなたは行動を起こさずにはいられません。」


そうです。
そのとおり。
私はいつもそう思ってる。


いつでも動いてるわけじゃない。
自分が心から納得したことや、直感的にこれだ、と強く思えたことだけ。
でも、心の声がGOサインを出したら、私はそれに従うのみ。


動いてすいすい進むこともあれば、がつんと何かにぶち当たることもある。
ぶち当たって、転がって、気がつけばあざを作っていることもある。


あざができれば痛いけど、それでも行動したことを悔いたりはしない。
なぜなら、それは私がそうしたいと思って動いた結果だから。


「活発性」の解説にもある。
「あなたは、行動がなければ成長できないと考えています。」


そう。
行動すればこそ、何かが動く。
動くからこそ、何かを経験し、何かを知る。


どんなにりっぱな考えをもっていても、
どんなに素晴らしいことを思っていても、
行動で表に出さなければ、何も変わらない。


このところあざがあちこち。
でも、後悔しない。
行動してこそ、経験すればこそ、得るものも大きいのだと思っている。




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2009-06-02

変人

「アナタって、ほんと変人」
息子が私を評してそういう。


「具合が悪くても、落ち込んでても、
よくヘンな歌歌ったり、踊ったりしてるよね」


死ぬ間際もきっとそうだよ、変人だから、といって笑う。


確かに。
多少具合が悪かったり落ち込んだりしていても、
結構おちゃらけたことをやったりいったりしてるかもしれない。
困難な状況で不謹慎なほどに笑っちゃうこともよくある。


なんだろう。
しぼんだりしめっぽかったりする自分を景気づけたいってことかな。
無意識にそうしてるから自分ではよくわからないけど。


変人、ね。
ま、ほめことばと聞いておこうか。


ただ、そんな変人な私でも、笑い飛ばせないことはある。


「ツレがうつになりまして。」がドラマ化されておもしろそうだというので、
録画して見ることにした。
原作のコミックは私の本棚にちゃんと並んでいる。
それこそ不謹慎なほどに笑いながら読んだものだが、
うつやうつ傾向の人を理解するのにこれほどいい本はないと思う。


しかし。
ドラマは5分と見ることができなかった。
ツレさんがベランダで下を覗き込みながら涙をぼろぼろこぼしているシーンで
ギブアップ。


ああ、だめ、身につまされる、思い出す、とつぶやく私に息子がすぐ反応した。
「見ないほうがいい、見なくていいよ」
彼はテレビの画面を変えた。


もうずいぶん前になる。
ツレさんほどではないものの、私にとって非常に苦しい時期があった。
苦しんでいる自分を笑い飛ばすことなど、これっぽっちもできなかった。
あの時は、私だけでなく家族もともに苦しかったはずだ。


「ツレがうつになりまして。」のコミックでは
はいはいはい、そうそう、よくわかる、と笑えたのに、
ドラマの映像ではあまりにリアルで笑えなかった。


幸い、私は医者の助けも借りずに短い期間で済んだが、
二度とあんな思いはしたくない。


おちゃらけて、ひゃらひゃら歌い踊って笑い飛ばせる変人の自分が
ほんとうに幸せ。
なんでもない毎日がほんとうにありがたい。


しみじみそう思う。




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2009-05-31

珠玉のひととき

小学生の頃、大好きな友だちがいた。


放課後はたいていどちらかの家で遊んだし、
長い休みがくるとおたがいの家に泊まりっこをした。
毎日一緒にいても飽きることなんかなくて、
友だちとの楽しい時間は永遠に続くような気がした。


高校時代の仲良しとは、毎日よく語り合った。
たとえ定期テストの朝だって、顔を合わせれば話さずにはいられなかった。
放課後、教室のベランダに出て夕日が沈むまで語り合い、
それでも足りず家に帰ってから電話をかけてまた語り合った。
どうしてこんなに彼女と語らうのは楽しいんだろう、と思いながら
いつも時のたつのを忘れた。


9歳の私と友だち。
17歳の私と親友。


私たちはいつも安心に包まれていた。
彼女といると心が浮き立ち、そしてほっとした。
気持ちは高揚するけれど、波立つ感情とは無縁だった。
私たちはいつも安全な場所にいられた。


9歳の記憶も、17歳の感慨も、私の心の引き出しに大事にしまってある。
私にとって珠玉のひととき。
いまも鮮やかによみがえる、友だちとの大事な思い出。


おとなになったら、そんな友だちはもうできないかと思ったけど、
その歳々で出会いがあり、その歳々で友だちができた。
時を忘れて語らえる友だちもできた。


そんな友と一緒にいるひとときは、やっぱり安心に包まれている。
何も身構えることなく、素の自分でいられる安心。
友は私を受け入れ、私も友を受け入れる。
共感があり、共鳴があり、理解があって、おたがいに安心していられる。


今日、そんなかけがえのないひとときをひと回り下の友と過ごした。


彼女の顔を見て話していると、ラクに呼吸できた。
気持ちがなごんで、すこしこわばりかけていた心がリセットされる気がした。


今日のことは、彼女のやさしい笑顔や声音と一緒に
いつでも鮮やかに再生できるんだろうな、と思う。


彼女に出会えてよかった。




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2009-05-30

眠りの変化

気がつけば、5月ももうすぐ終わり。
気候の変動は激しいものの、季節は早や初夏の風情である。


「受験が遠い昔に思えるよ」
とりあえず大学生活に慣れつつある息子がぽつりという。


なかなか起きられないながらも決まった時間に起き、毎日学校に通う日々。
自宅からの通学時間は高校、予備校とそう変わらず、
基本的な生活リズムはたいして変わっていない。


しかし、環境は大きく変わっているわけで、
受験期でカラダがなまりきったことも相まって
一度疲れるとその疲れがなかなか抜けない様子。
特に、水曜午後のバレエの授業が相当カラダにこたえているらしい。


そんなわけで、週末ともあれば彼は死んだように眠っている。
一応目覚ましはセットしているけれど、起きるはずがない。
というか、起きられない。


「起きる時間があんまり遅いと、一日をムダにしちゃった感じがするよね」
なんていうから、私も適当な時間を見計らって声をかける。


声をかけられればかすかに意識が戻る息子。
でも起きられない。


そんなやりとりが何度かあって、今日息子がようやく起きたのは2:00だった。
「おはよう」というより「こんにちは」、いや、「おつかれさま」。


寝だめはできないとか、
どんなに疲れていてもいつもどおり早く起きたほうがいいとか、よく聞く。
自分に照らし合わせてみてもそう実感する。


でも、そうできるときに寝られるだけ寝るのもいいのかな、と思う。
それができなくなる時期もいずれ訪れるから。


私も、息子くらいのときにはよく寝てた。
カーテン全開でぴかぴかに明るくされようと、そばで掃除機かけられようと、
ぐうすか寝てた。
とにかく、よく寝られた。
いくら寝ても寝たりないくらい、眠れた。


でも、その状況は息子を産んでから一変する。
かすかな物音でも、ちょっとの揺れでも目が覚めるようになった。
それは私にとって劇的な変化だった。


いまではよほど具合が悪いのでもない限り、いつも決まった時間に目が覚める。
たとえ睡眠不足でも、いったん目が覚めたらもう寝てられない。
まあ、いいか、早起きのほうが一日有効に使えるし。
そう思って起き出す。


家族でいちばんのねぼすけだった私が、まさかの変わりようである。


なんだろう。
「責任」なのかな。


そのときに背負ったもので、眠りも変化するのかもしれない。




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2009-05-29

年齢と尊敬の関係

ある若者を年長者が紹介した。
「若いけど、なかなかしっかりしてるんですよ」


よく聞くセリフ。
よく見る光景。
でも、なんだか違和感。


若者は、30を過ぎたばかり。
しかし、その道では10年以上のキャリアがあった。
彼は腕の立つ職人だった。


一方、ちょっとしたり顔で彼を紹介した年長者は
その道に関してはまったくの門外漢だった。


「若いけど」は余計ではないか。
そう思った。
すでにプロとしてその道を歩み続けている彼に
その前置きをする意図は何?


年長者の傲慢さがすこしばかり鼻についた。


ある時、20年下のトレーナーを心から信頼して尊敬しているのだと話したら、
同い年の友だちに驚かれた。
「そんなに若い人を尊敬できるアナタを尊敬するよ!」と。


これまた違和感。
たまたまトレーナーが私より20下だったというだけで、
彼が信頼できるプロフェッショナルであることに何も変わりはない。
彼の向上心や誠実さといった人としての部分もみんなひっくるめて
尊敬に値するのだし。


年齢はひとつのものさしではあるけれど、
それがすべてを決定づけるわけではないよね。
いいものはいいわけで、
単純に自分が生きてきた年数と比較するのはナンセンスだと思う。


私がレッスンを受けている先生方はほとんどが私より若い。
だけど、年齢なんてまったく関係ない。
みな私にとっては敬愛する素晴らしい先生方である。


年齢という呪縛から解き放たれると、
シンプルにその人そのものを見ることができる気がする。
その人の生き方、あり方がすうっと浮き彫りになる。


その骨格の部分と共鳴したら、年齢は関係ないのだ。
そう思う。




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2009-05-28

きわめる

振り返れば、
子どもの頃から「きわめたい」と思っていたかもしれない。
「きわめる」ことへの憧れは、
ちいさいときから脈々と持ち続けていたのかもしれない。


ちいさい頃。
もちろんバレエをきわめたいと思っていた。
バレリーナになって、世界を舞台に踊る。
そんな夢を抱きつつ、楽しく稽古に励む日々を送った。


しかし、そのうち、稽古はすれども
できないことの多い現実の壁に突き当たる。


それより何より、稽古をしてしてし尽くすだけの体力が
私にはなかった。
それって、「きわめる」以前の問題ではないか。
稽古をし尽くす前に力尽き果ててしまう自分が
いつも情けなく、歯がゆかった。


きわめたい、と思いながらその道はあまりにも遠い。
きわめることに近づきたいという思いは強いのに、
現実の自分はいつも消化不良で、中途半端。
だからこそなおさら、「きわめる」ことへの憧れは増した。


いまも私は何もきわめていない。
だけど、すくなくともいまの私は
きわめていない自分を否定的にとらえてはいない。
何事かをきわめたいと願い、あがいたりもがいたりしてきた自分を
むしろ「よくやってるじゃない」と思っている。


きわめる、なんてそう簡単にできることじゃない。
でも、そこであきらめたらおしまい。
すこしでもきわめることに近づこうと一生懸命になれば、
かならず何かは手に入る。
わずかずつでも進歩する。


それに、実際のところ、私はあきらめていないのだ。
何かをきわめることを。


それは別に、誰かと比較して優劣を競ったり、
世間から大々的に評価を受けたりするものでなくていい。


私自身が納得のいくまでとことん精進すること。
それがいまの私にとっての「きわめる」。


道はまだまだ。




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2009-05-26

単なる疲れ、ではなく

泣き言、言い訳、キライである。
それをいうヒマがあったら、
プラスに転換して前に進むことを考えたいと思う。


自分の気持ちの持ちようで、前進も後退もできるのだ。
自分次第なんだから、自分にプラスになるようにとらえたい。


一方で、理不尽なこと、不愉快なこと、筋が通らないことにはよく怒る。
息子に「しつこい」とうっとうしがられるほど、熱苦しくなる。


はいはい、しょうがないね、とスルーする手もあるし、
実際そうしようと試みる。
しかし、その場はスルーしたとしても、
心のうちで納得がいかなければ、やっぱり怒りの火種は消えない。


自分次第で変えられないだけに、
苛立ちや腹立たしさが募るのだろうと思う。
ただ、よくよく考えてみれば、
それとて自分の心持ち次第でいかようにもなりそうなんだけど。


ところで、3日前に突然、ひさびさのめまい発作に見舞われた。
何の前触れも予感もなかったので、気のせいだと思いたかったが、
そうじゃなかった。


うーん。
なんだろう。


思い当たる節はないでもない。
でも、単なる疲れ、かな。


今日、4週間ぶりにトレーナーの樋渡さんに見てもらって、
変調が「単なる疲れ」ではなかったことがわかった。
私のカラダはあちこち相当ぐちゃぐちゃにずれていたのである。


思い返すと、いろいろあったものなあ…


理不尽さに怒り、しかしそれをバネに気持ちを奮い立たせ、
でもちょっと弱気にもなり、だけどやっぱりがんばろうと前を見据え、
…と結構アップダウンが激しかった。


基本的には気持ちがいつも前を向いているからだいじょうぶ、と思っていたが、
それなりにアップダウンの負荷はかかっていたのだろう。
カラダに正直に表れた。


でも、相変わらずの樋渡マジック。
丹念にずれやゆがみを修正してもらい、
終わった時にはキモチもカラダも自然体。


これで明日からまっすぐなカラダと健全なエネルギーで前に進んでいける。
よかった。




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2009-05-23

エネルギッシュなヒト

「おはようございます!」とバレエスタジオにチェックイン。
手渡されたロッカーの鍵を見ると、ナンバー85。


「うわっ」と声をあげる私。
「85、私の誕生日」


「8月5日?」
受付のKさんが私の顔を見る。
「夏生まれ… イメージぴったり。夏!って感じがする」


「うん、夏大好き」
「でしょ? 夏のイメージよ。エネルギッシュで」


ありがとう、といって更衣室に向かいながら思う。


夏のイメージ、か。
エネルギッシュ、だって。
そんなふうに見られてるんだ、いまの私。
うれしい。


たぶん、10年前の私に「夏のイメージ」はなかったはず。
5年前だってそう。


ジムでカラダを鍛えはじめた頃、
「アナタに筋肉は似合わない」といった友だちがいたけど、
筋肉が燃えるカラダとか、ほとばしる汗とか、太陽の季節とか、
以前の私とは結びつきにくかったことばかもしれない。


「『ああ、また具合悪いのか。夕飯のおかず、何か買ってこなくちゃ』
ってよく思ったよ」
と夫はいう。
病弱なヒトなんだよな、仕方ないな、と思っていた、と。
「まさか、こんな元気なヒトになるとはね」


体調を崩す度に長びかせる私を、息子はよく気遣ってくれたが、
「学校から帰って寝てるアナタを見ると、『また?』って暗い気持ちになったよね」
と明かす。
その息子も、いまの私の体力にはかなわない、と脱帽してくれる。


そうだねえ。
家族にはよく心配をかけたっけ。
前向きなキモチはあの頃も持ってたはずだけど、
なにせカラダが追いつかなかった。
体力がなくて、すぐに具合を悪くする自分を、
「そういう体質」となかばあきらめているところもあった。


ぱっと見にはエネルギッシュに見えていたようだけど、
それも実体の伴わないカラ元気。
暑くても寒くても快適に過ごせなくて、それに対して特に疑問ももたず、
そんなものかなあ、と思いつつしょっちゅう横になっていた。


それに比べると、いまの私ときたら。


筋肉も体力もついた。
暑くても寒くてもなんとかだいじょうぶ。
それなりに時々体調不良を起こすものの、
「ま、そのうちよくなるでしょう」なんてやり過ごしているうちに回復してる。
とにかく元気。


なんだろう。
「自分を生き直してる」って感じ、かな。


さんざんあがいたりもがいたりもしたけれど、
自分をしっかり生き直そうとするキモチが私に真の活力を与えてくれた、
とでもいうか。


そんな感じ。

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2009-05-22

グリーンカクテル

青汁を飲みはじめた。


粉末青汁と水をシェイカーに入れて、シェイク、シェイク、シェイク。
起き抜けの「グリーンカクテル」は今朝で7日目。


「グリーンカクテル」とはうまい呼び方だと
「世界一の美女になるダイエット」を読んで感心した。
(事実、カクテルみたいにシェイカーでしゃかしゃかするし)
ミス・ユニバース・ジャパン公式栄養コンサルタントの
エリカ・アンギャルさんがそう呼んでいるのである。


そもそも「青汁」って誰が命名したんだろう。
「あおじる」という語感がいかにもおいしくなさそうでよろしくない。


実際、ずいぶん前に青汁を試飲した時には
あまりの飲みにくさにノーサンキューと思ったものだ。
どんなにカラダにいいといわれても結構です、と。


それがまたみずから進んで飲もうと思い立ったのは、
「世界一の美女になるダイエット」を読んだからである。


この本のタイトルもすごい。
世界一の美女などそうそうなれるはずもないのはわかりきったこと。
それでもこの本を買ったのは、カラダのため、
ひいては自分自身から醸し出される本当の美しさのために、
何を食べて何を食べるべきでないのかが書かれた実践的な本だったからだ。


この本を読んであれこれ納得した私は、さっそく青汁と豆乳を飲みはじめた。
ちょっとおなかがすいたときにつまむのに、
以前はよく食べていたドライフルーツもふたたび買い求めた。
甘いものがほしくなったときのために、砂糖どっさりのチョコではなく、
カカオたっぷりのダークチョコを食べることにもした。


「そんなに気をつけることないじゃない」
なぜか息子は不服そうである。
「いまだってじゅうぶん気をつけてると思うけど」


いや、とりたてて神経質にきりきりしてるつもりはないのよ。
カラダのためにいいものをバランスよく食べたらどんなふうにいいのか、
実感できたら楽しいと思うしね。


それに、私、100歳になっても元気でいたいもの。


「え? 今日で私100なの? あら、すっかりトシ忘れてた。
まだまだやりたいことあるから、まだまだ元気でいるわよ」
なんていうのが理想なんだから。


ところで青汁、いやグリーンカクテル、お味は悪くない。
ものすごくおいしいわけではないけれど、もう飲み慣れちゃった。

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2009-05-17

エネルギーのもと

今朝はすこし雨模様。
傘越しに空の様子をうかがうと、
うっすらとした雲がものすごい速さで煙のように流れている。


私はそれを信号待ちの間、呆けたように見上げる。
空はどんな空でも、眺めているだけで心が解き放たれる。


電車に乗っておりた先は雨があがっていた。
街路樹の葉っぱは雨に洗われて緑が一段と濃い。
枝からちょんと飛び出た若い葉は、そこだけが赤みがかっている。


葉っぱの間から透かして見える薄曇りの空と、
洗いたての緑のコントラストが目に心地いい。


稽古場でたっぷりの汗をかき、その汗が引かないままに外に出る。
吹きぬける風が頬にあたる。
汗にぬれて束になったままの髪にも風が吹きつける。


私は風に向かってずんずん歩く。
胸をはって大股で進む。
もし、この行く先に困難が立ちはだかっていようとも、
このまま立ち向かっていけそうな気がしてくる。


あらゆるものが、私にエネルギーを与えてくれる。
太陽の光を浴びて走るソーラーカーみたいに、
純粋なエネルギーをカラダいっぱいにチャージして、私は歩く。


駆け込んだ地下鉄のホームで、
ついさっきまで教えてくださっていた先生の後ろ姿を見つける。
大急ぎで先生の後を追いかけると、「お疲れさまです」と声をかける。


何よりも今日、私にエネルギーを与えてくれたのは先生だ。
1年とすこし前にお会いして以来、
私は先生に「踊るいのち」を新たに吹き込んでもらったと思っている。


音楽に気持ちをのせて。
からだはどこまでものびやかに。
心はのびやかなからだとともに解き放って。


先生のとてつもなく豊かで温かなエネルギーは、
その芸術性やキャリアもさることながら
先生ご自身の人間性によるところが大きい。


先生の懐の深さと、太陽のような笑顔に触れるだけで
エネルギーがどんどんチャージされていく。


先生と、あらゆるものに感謝して、
ひるむことなく前に進んでいこう、と素直に思った私である。

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2009-05-15

等身大のありのまま

等身大の自分をありのままに見てくれる人にはほっとする。


否定をせず、それ以上でも以下でもなく。
そのまんまの私を受けとめて、受け入れて。


受けとめたうえで私にしてくれるフィードバックは、心に響く。
ああ、そんなとらえかたもあるか、そういう見方もできるか、と
視野が開ける。


そんなことばは、ある時は勇気を、ある時は安らぎを、
そしてある時はこのうえない喜びを与えてくれる。


なんでも自分で決めたい私は、あまり人に助言を求めない。
でも、等身大の私を受け入れる人からの助言ならば、
素直に耳を傾けることができる。
私を受けとめてくれる人のことばなら、するりと受け入れられる。
たとえそれがどんなに意外なことばでも。


それが、真に100%私のためのことばだとわかるから。
その人の意図を優先した押しつけではないから。


そして、その人との間に生まれる、大事なものを共有している感覚は
何よりも温かい。


逆に、否定的なアプローチから入ってくる人には、当然身構える。
スルーで済めばいいけれど、時には抵抗して、反発して、けんか腰。


もしそれが、広い視野のもとにあえてしてくれた耳の痛い苦言なら、
「良薬口に苦し」であとからじわじわ効いてくるものだ。
でも、たいていは単に価値観の相違からくるダメ出しでしかない。


価値観の押しつけだったらいらない。
私が信念もってやってることにいちいちケチつけられてるみたいで、
とても聞く気になれない。
親身な助言じゃなくておせっかいな干渉だったら結構、と思う。


さりとて、実態以上のものを過剰に期待されるのも困りもの。
初対面ならまだしも、割と交流のある人からだと
「よく見ていただいてありがたい」とはなかなか素直に思えないのである。


私、聖人君子でも、マザー・テレサでもないんだよ。
理想を押しつけられてるみたいで窮屈。


なんかそういうのって、居心地が悪くて、やりきれない。
共有している実感はもちろん生まれない。


どんな価値観をもっていようと、どんな理想を抱いていようと、
人それぞれ。
でも、相手を等身大のありのままでとらえることができたら、
人とのかかわりはもっと豊かになるんじゃないかと思う。

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2009-05-14

ココロの動脈硬化

他人を変えることはできない、ってよくいわれてること。


当然でしょう。
誰かを変えようなんて傲慢もいいところ。
人を変えられるのは自分以外にないのだから。


でも、自分を変えることもいうほど簡単じゃない。
強い意志をもって、というのもなかなかきつい。
何か劇的な経験をしたり、
強い影響を受けたりすれば変われるかもしれないけれど、
そんな体験は日常にそうごろごろしているわけではない。


だけど、新しい行動をしてみることならできる。
「行動を変える」のではなく、「新しい行動をしてみる」こと。


たとえば。


顔を上げて空を見上げてみる。
30分早く起きてみる。
深呼吸してみる。
鏡に向かって笑ってみる。
背筋をあと1センチ伸ばして歩いてみる。
大きな声で歌ってみる。
相手の話を否定しないで聞いてみる。


ちょっとしたことだけど、
1日1回毎日やってみたら何か新しいものが見えてくる。
行動することで、何かが変わる。きっと。


心のうちにもやもやをためこんでいても何も変わらない。
楽しいことが何もないとぼやいたり、他人をうらやんだり、
うまくいかないことを人のせいにしたり。


自分のあり方も生き方も、自分がする選択の積み重ね。
もやもやにまかせてよどんでいたら、ココロは動脈硬化を起こしてしまう。


ネガティブなエネルギーをまきちらすのも、誰かにぶら下がるのも、
自分のためにも周りにも何にもいいことなし。


すくなくとも、前向きな気持ちでいたら
ココロの動脈硬化とは無縁です。

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2009-05-13

いまの自分

「いままで生きてきたなかで、いまの自分がいちばんいい」
といったら、おない年の友だちにひどく驚かれた。


そんなに驚くことかなあ。


心からそう思ってる。
人間の質も高くなっているし、純度も高い。
20代なんかよりも、いまのほうが純粋だって思える。
人からどう見られてるかはわからないけど、
とにかく自分でそう思う。


友だちは、私の息子の話を聞いてため息をつく。
「大学生っていいなあ…」
さも自分もその頃に戻りたそうな顔つきである。


若かったあの時。
楽しかったあの頃。
過去は思い出であふれている。


でも、過去を振り返ることはできても、過去に戻ることはできない。
最近の私は振り返ることもしないなあ。
興味があるのはいまと、すこし先の未来。


友だちは、いささか「いま」に疲れている様子。
気持ちが萎えた時にはどうしているのか、と私に聞く。


「空見上げるんだよ」
「空?」


友だちはけげんそうに聞き返す。
その声の調子で、空なんか見上げたことないんだろうなと思った。


顔上げて空見上げて、とびきり前向きなミスチルの歌聴いて。
風を感じたら胸郭広げて胸いっぱいに息吸い込んで。


これでいいのかな。
だいじょうぶかな。
私、何やってるのかな。
そんなちいさな迷いや不安を、
頭の上に広がる空と、桜井さんの前向きさが振り払う。


行こう。
楽しんで進もう。
だいじょうぶ。
後ろなんか振り向かないで胸はって。


いつでもどんなところにも空は広がってるし、
希望も可能性も存在してるんだから。


そんなふうに思ってるいまの自分がやっぱりいちばんいい。

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2009-05-12

宝塚の男役風

真顔で「宝塚出身ですか?」と聞かれたことがある。


一度ならず、二度三度。
元タカラジェンヌに間違えていただくとは光栄至極。
そういわれるたびに恐縮した。


しかし、なにゆえ私が元タカラジェンヌ?


「そりゃ、やっぱり『男役』に見えるんだろ」と息子。
「それにしちゃちっちゃいけどね」


どちらもごもっとも。
『男役』に見えるというのも、『男役』にしては背が低いというのも。


身長160㎝。
『男役』ならせめてあと5㎝は必要だろう。
この間、宝塚の特集番組を見たら、
『男役』か『娘役』かは自己申告によるのだとはじめて知ったけど。
それにしても、160㎝だとやっぱり小柄すぎるんではないだろうか。


まあ、自分でも『男役』っぽいと見られるのはわかる気がする。
実際、家族(夫と息子)からも「オトコだ」とよくいわれるし、
きのう会った幼なじみ(男性)も「ほんと、オトコだよな」と何度もいっていた。


「話を聞かない男、地図を読めない女」という本の「男脳・女脳テスト」では
両方にまたがってる「オーバーラップ」に位置して、自分でも納得だった。
自分がオンナオンナしていないことはとっくに自覚済みだし、
「オーバーラップ」気質は自分でも気に入ってるところ。


今日、バレエ仲間の若い友だちと笑った。
「私、スカートもってないの」と彼女がはにかみながらいう。
「なんだか女らしくするのって、気恥ずかしくて」
ほんとほんと、私もそう、といってふたりで笑いあった。


でも彼女、実はとっても女の子らしいヒト。
パンツ姿でもそこはかと女の子らしさがにじみ出て、可愛らしいのだ。


私は、というと。
やっぱり「宝塚の男役っぽい」というのはいい得て妙だなあ、と思う。


で、そんな自分の気質が好きなのである。

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2009-05-11

家事、家事、家事

いまの家に越してきた時、うれしかったことのひとつに
「食器洗い乾燥機が設置されていること」がある。


以前は、夕食後にひとり黙々と洗いものをするのがゆううつだった。
前に住んでいた家はキッチンが隔離されている配置だったので、
夫と息子が楽しんでいるテレビの様子はほとんど聞こえてこない。
そのうえ、ガス給湯器が危険なほど旧式で、
キッチンではちょうどいいお湯が出ないのもゆううつに拍車をかけた。
結局、1年中ゴム手袋をはめて水で洗っていた。


私もゆっくりテレビを見たいな、とよく思ったものだ。
でも、さっさと済ませてしまわないと後でなにかと滞る。
とにかく急げ急げ、と自分に言い聞かせて毎晩洗いものをした。


いまや、食器洗い乾燥機の活躍しない日はない。
これのおかげでどれだけ夕食後の家事がラクになったかしれない。
食器洗い乾燥機に入れられないグラスやおわんも、
設定した温度どおりに出てくるお湯で快適に洗える。
前の家から比べると、極楽である。


考えてみれば、洗濯環境も同じような変遷をたどっている。
全自動になって喜び、乾燥機を買って便利さに感激し、
ドラム式一体型に買い換えてその進化に驚き、
この家に越してからは浴室を乾燥室として使えることに感謝し、と
どんどん便利になってどんどん家事はラクになっていく。


ああ、それなのに。
家事というものはどうしてこうきりがないんだろう、と思う。
ラクになってるはずなのに、やってもやっても毎日やることいっぱい。


家事のほかにやりたいことややるべきことがたくさんあるからだ。
それはわかってる。
むかしとは時間の使い方が劇的に変わっているからだ。
それもわかってる。


私を完璧主義だという人たちは
「きちんとやろうとするからじゃない?」というけれど、さにあらず。
あちこちでずいぶん簡略化しているし、
とてもじゃないけどそうしないと毎日暮らしていけない。


時間の使い方とか、要領とか、いろんな要因があるかとは思うが、
とにかくしのごのいわずにやり続けるのが家事だ。
そう思いながら、できることをできるかたちで私なりにやればいいか、という感じ。


そう考えると、母はすごい。
バレエで何かと手間のかかる娘と、障害のある息子を抱えながら、
日々おいしい食事を用意し、家の中も衣類もきれいにしてくれていた。
食器洗い乾燥機も衣類乾燥機もなかったけれど。


まだまだだなあ、私。
母を超えることは到底できそうにない。
母の偉大さにすこしでも近づくべく、しのごのいわずに家事しましょう。


でも、「いつもありがとう!」なぞといわれれば
うれしくて家事の疲れも吹っ飛んでしまうきのうの母の日であった。

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2009-05-10

若さの季節

街のすべてが強い光を浴びて輝いていた。


強い陽射しの中に飛び出していくと、私にも容赦なく光がふりそそぐ。
顔を上げれば、雲ひとつない抜けるような青空。


うれしくなって思わず深呼吸。
抑えようとしてもひとりでに笑みがこぼれる。


太陽の季節到来、といってしまうのはまだ気が早い。
でも、夏は確実に近づいている。
そう感じた。


夏。
生きてることをいちばん実感する熱い季節。


ここ数年、夏が恋しくてしょうがない。
照りつける太陽と、青い空と、流れる汗。
熱くなった筋肉と血液で絶えずほてっているからだは汗をかくごとにしぼられ、
動きはどんどんなめらかになっていく。
そんな夏が私は好きだ。


すこし前まで、夏はかなり苦手な季節だった。
仙台生まれの私に東京の夏は過酷ですらあり、
クーラーの効きすぎた部屋で半病人になって過ごしたこともすくなくない。


たぶん、TAP BOYSと過ごした夏が私を夏人間にしたのだと思う。


彼らの純粋さにエネルギーをもらい、さらに太陽が私にエネルギーをくれた。
私が生まれた夏に、
私はTAP BOYSとともに踊ることで生まれ変わったのかもしれない。
彼らと一緒に過ごせば過ごすほど、
踊ることがどれだけ自分にとってかけがえのないことか、浮き彫りになった。


そのいくつかの夏を経て、私はいま、自分のためにバレエを踊っている。


「バレエは若さの芸術」だと誰かがいってた。
じゃあ、「夏は若さの季節」といったところ。
そんなイメージ。


若さの季節に、若さの芸術に没頭する。
年齢はどこかに置きっぱなし。
特に意識する必要もなく。
それでいいんじゃないの、と思ってる。


ほんとうに、今日は夏さながらの一日だった。
夏よ来い、と待ち遠しくなった。


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2009-05-06

連休最後に思う

息子の7連休は今日が最後。
ゴールデンウィークもとうとう終わりである。


「疲れはとれた?」
「…ん…」
息子からは微妙な返事。


聞くまでもないか。
見ればわかる。


疲れもとれて、リフレッシュして、すっきりばっちり、
とはなかなかいい難い状態なのだ。
休んだことでかえって疲れがずるずると芋づる式に出てきて、
収拾がつかなくなっているのかもしれない。


長い受験の疲れと、合格発表の待ち疲れ、
そこに慣れない新生活の疲れがのっかったんだから無理もない。
気候の変動も激しいし。


まあ、夏を迎える頃にはカラダも慣れて
年相応の体力も戻っていることだろう。


そういえば1年前は、と思い返してみると、
ゴールデンウィークなぞまったく関係のない生活だったはず。
去年の手帳と日記をめくってみたら、息子は連日予備校通い。
模試も受けていた。


思えば、1年前はついこの前のようでもあり、はるか遠い昔のようでもある。
鮮明に思い出せることがある一方で、忘却のかなたに追いやった記憶も多い。


それでも、もっとずっと前の、息子とおない年の私を
はっきりと思い出すことはできたりする。
それに、いまの私とおない年の母も。
時を飛び越えてすぐに27年前の私に戻ることができる気さえするのだ。


「あっという間よ、人生は」
母がおととい別れ際にそういったのを思い出す。


あっという間、か。
そうかもしれない。


ついこの前までいたはずの19歳の私はいなくて、
代わりに19歳の息子がいる。
ついこの前46歳だった母は、母であることは何も変わっていないのに
気がつけば70の齢を重ねている。


あっという間。


「だから、思うように進みなさい」
母はそうことばを継いだ。


そうだね。
そうだよね。
あっという間だからこそ、自分の思うように歩みたいよね。


そんなことを思った連休最後の夜。

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2009-05-03

長生きの秘訣

100歳を超えてなおさまざまな分野で活躍している方たちを
テレビで見た。


どなたもみな、明るくいきいき。
笑顔が印象的である。


「長生きの秘訣は?」と聞かれると、
「楽しく生きること」「欲ばらないこと」「気長でいること」
といった答え。


それぞれに答えは違うけれど、
いまなお好奇心を失わずに
自分自身の人生を楽しんでいる様は共通している。


いまに感謝をし、
自分の可能性に見切りをつけず、
奢ることなく、
いい具合に力が抜けて自然体。
そしていい意味で楽観的。


どの方も向上心にあふれ、努力家である。
孫ほどの若い人に教えを請い、
健康のために自己を律して節制をする。
自分がこうと決めたことは毎日たゆみなく続ける。
からだも鍛錬している。


だけど、それらすべてをゆとりをもって楽しんでいる。


なるほどなあ。
やっぱり笑顔で前向きがいいんだなあ。


もうひとつ、なるほどと納得したのは
どなたも少食だということ。


種類は多く量すくなめ。
よくかんで腹七分目。


遺伝子の研究者によれば、
カロリー制限をすることで長寿遺伝子が活性化するんだそうだ。
マウスの実験では、通常のエサを食べていたマウスに比べ、
カロリー制限のマウスの寿命は1.5倍だったという。


あら。
やっぱり少食ってからだにいいんだ。
というか、長生きできるかもしれないってことね。


元気で明るく(ついでに美しく)長生きしたいから、
何事も楽しみ、からだを鍛えて笑顔で少食だ、
と心に決めた46歳である。

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2009-05-02

20歳の私と5月のけやき

仙台駅のホームに降り立ったとき、
温度は東京とさほど変わらないと感じた。


暑くもなく、寒くもなく。
いちばんきもちのいい季節。


駅から実家まで歩きたい気もしたが、
母と弟はすでに行きつけのイタリアンで待っているという。
息子と私はバスに乗った。


青葉通りも定禅寺通りも、
3月に帰ったときには若葉の気配がまだ感じられなかったけやきが
みずみずしい葉っぱを風に揺らしていた。
控えめに萌え出た葉っぱたちのすきまから、ちらちらと光がこぼれる。


この季節のけやきがいちばん好き。


バスを降りて、メディアテークとなりのイタリアンに向かう。
若々しいけやきの緑が縁取る定禅寺通りを歩く。


5月連休の定禅寺通りがいちばん好き、とはじめて思ったのは20歳だ。
そう思ったときに何を着ていたかもよく覚えている。
ライムグリーンの五分袖のブラウスジャケットとキュロットスカート。
あの頃とても気に入っていた。


20歳の私は東京のバレエ修行から帰ってきたばかり。
文化庁の研修期間も終わっていたが、けが続きの不本意な帰還だった。


おなじ5月の定禅寺通りを歩きながら、20歳の私に思いをはせる。
すると、ただただ「この季節のけやきがいちばん好き」
と感じながら歩いていたことだけが思い出される。


失意や落胆は抱えていたかもしれない。
でも、あのときの私はそんな思いにとらわれていなかった。
定禅寺通りの広い歩道を風に吹かれて、
ライムグリーンの服の着心地に満足しながらただ歩いていた。


それから先、どんな荒波にもまれることになるかも知らず。
過去にも未来にも縛られることなく。


あのとき私が感じていたのは、
けやきのみずみずしさと、お気に入りの服のコットンの感触。


定禅寺通り沿いにあるイタリアンで食べたピッツァはおいしかった。
おなかいっぱいでお店から出て顔を上げると、
けやきの葉っぱたちがきらきら光って見えた。


やっぱりこの季節のけやきがいちばん好き、とあらためて思った。

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2009-04-30

がんばる人は報われる

お昼を食べながらなんとなくテレビを見ていたら、
「スタジオパークからこんにちは」にエド・はるみさんが出てきた。


この人をはじめてテレビで見たとき、激しく度肝を抜かれたっけ。


年の頃は私とおなじくらいに見えるが、いままで見たことのない顔だ。
ってことは、まさか新人…?
まずそこで興味を惹かれた。


きれいな顔立ち。
張りのある声と、なめらかな語り口にも引き込まれた。
でも、そこから一変する、
いまではおなじみのあのすさまじい形相にはのけぞった。


うわ…


ちょっとした拒絶反応だった。


その後、彼女はまたたくまに売れっ子になった。
あのすさまじい形相を目にしない日はないほどになったが、
私にはなかなか慣れることができなかった。


彼女が時の人になってまもなく、彼女の半生を描いたドラマが放映された。
相変わらず彼女の芸風にはなじめなかったものの、
本人による再現ドラマにはすこし興味があった。
何とはなしに途中から見たら、結局最後まで見てしまった。


はあ…
すごい…


並々ならぬ覚悟と決心でお笑いの世界に飛び込んだ彼女。
そのひたむきさと努力には、ただただ脱帽するのみ。
ドラマが終わる頃には、彼女のことが好きになっていた。


今日、インタビューを聞いていて、
あらためて彼女のきまじめさと、人生に対する前向きさを見た。


決して順風満帆だったわけではなく、むしろ逆だったといったほうがいいかもしれない。
それでも彼女は夢を胸に前に進むことをやめなかった。


若者に混じってお笑いの勉強をはじめる時には、
傷つくかもしれない、いやな思いをするかもしれない、とさすがに躊躇したという。
でも、あえて行動することを選んだ彼女。
傷ついても、それを逆手にとりながら前に進み続けた彼女。


あっぱれである。


がんばる人はちゃんと報われるのかなあ、とあたたかな気持ちになった。
涙で潤んでいたのか、前をひたと見据えてきらきら輝いていた大きな瞳が印象的だった。


ああ、私もがんばろう。
そう素直に思えた。

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2009-04-27

初代ハンサムウーマン

そのタイトルに思わず惹かれた。
「明治 悪妻伝説 初代“ハンサムウーマン”新島八重の生涯」。


ハンサムウーマン。
これは見なくちゃ、と水曜の夜に録画した。
ゆうべやっと見ることができたが、見てよかった。


NHKの「歴史秘話ヒストリア」という番組である。
新島八重は、同志社大学の前身である同志社英学校の創設者、
新島襄の妻だ。


女性は男性の後ろを三歩下がって歩くのがあたりまえの時代に、
臆することなく男性と対等にふるまった八重。
21世紀のいまでさえ、
男性と女性が真の意味で対等だとはいいがたく感じるのに、
明治においては言わずもがなである。


でも、八重は誰かにおもねたりひるんだりせずに、
自分の考えのままに行動する。


当時の常識から大きく逸脱した彼女の言動は、当然のごとく非難の対象に。
しかし、彼女はまったく動じない。
そして、対等な男女を理想にしていたアメリカ帰りの夫・新島襄は、
そんな妻を「生き方がハンサムだ」と尊敬するのだ。


見ていてとてもうれしくなった。


芯のある人。
軸がぶれない人。
要するにそういうことだ。


彼女が肩肘張って何かと闘っていたとは思わない。
自分のなかに確固としたものをもっていたから、こわくなかったのだろう。
そう思う。


多くの修羅場を経験したことで彼女の肚は据わっていたのだ、と
研究家は語っていた。


修羅場をくぐりぬけるなかで、
自分の内側の確かなものは信じられたから、
世間の評価という不確かなものになど左右されなかったのだろう。


その強さたるや。
かっこいい。


ハンサムウーマン。
やっぱり憧れる。

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2009-04-26

きれいな空、そして

きのう一日降り続いていた雨は、朝にはすっかりあがっていた。


外に出ると、強い風。
となりの幼稚園のチューリップが
風になぎ倒されて一斉におなじ方向に傾いている。
歩きながら、時折吹きつける突風にからだがあおられそうになる。


それにしても、今日の空の晴れやかさといったらどうだろう。
風で雲がきれいさっぱり吹き飛ばされ、青々と晴れ渡っている。


きのうの雨で汚れを全部洗い流された街は
空の青さに照らされて輝いて見える。


ぴかぴかになった街をうきうきしながら歩く。
歩くうちにどんどん加速して、どんどん大股になっていく。


今朝はいつにもましていい気分。
心のうちに、いままでとはちょっとちがう気持ちが広がっているから。


確信、かな。
だいじょうぶ、という確かな思い。


私に共感してくれる。
私を応援してくれる。
そういう存在からもらうエネルギーの、なんと大きいことか。


ピュアなエネルギーをたくさんチャージして、
私はだいじょうぶ、と思える。
きっと。


午後、ふたたび空を見上げると、
朝にはなかった雲がいくつも浮かんでいる。
風はやんでいた。


空の青さと、ちぎれた雲の白さのコントラストがとてもきれい。
みとれて思わず笑みがこぼれる。


こんなきれいな空があって、
心には確信がある。


さ、はりきっていきますか。

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2009-04-23

ほんとうの自分

読みたいと思って買いながら、
ちゃんと読んでいない本が書棚に何冊もある。
途中まで読んで尻切れとんぼ状態の本が数冊。
まだページをめくってもいないものも1、2冊。


最近、一日のなかにまとまった読書の時間を設けていないせいもあって、
読み始めたとしてもなかなか前に進まない。


本、って、ある程度勢いつけてがーっと読んだほうが流れで捉えられるものだ。
もともと読むのは早いほうでもあるから、一気に読んだほうがいいのだ。


そう思いつつも、
いまは日々空いた時間にちまちまこまこまと読み進めている状態。
で、そのうち流れが捉えきれずに中途半端になってしまう本が出てくるのである。


そんな中、「さあ、才能に目覚めよう」はいまの私としては健闘しているほうだ。
350ページという分量と、
アメリカの翻訳モノ特有のくどさに若干嫌気がささないでもなかったが、
読み進むうちにくどさにも慣れた。
なにより内容に惹かれているから、こま切れで読んでも集中が途切れない。
いまやっと240ページまで読み進んだところだから、あとすこしだ。


惹かれるのは、
なんといってもこの本によって導き出された自分の「5つの資質」の的確さだ。
何度読んでも、そのとおりだと深く納得する。


5つの資質の解説文を打ち出して、特に自分に当てはまる箇所を色づけしてみたら、
「私」という人間がよりいっそう浮き彫りになった。


人一倍認められることを望む「私」。
目標を掲げて高みをめざし続ける「私」。
他人にコントロールされずに自分の裁量だけで成し遂げたい「私」。
常に熱く燃える「私」。


ああ、確かに私だなあ、と思う。


親しい人のなかには、私の持つ資質がその人の価値と相容れないために
改めたほうがいいと助言する人もいる。
また、その人にとってはよかれと思う親切心からでも、
私にとってはすこしもうれしくない言動をとる人もいる。


そんなとき、心はかならず波立つ。
どうしてこんなに心が波立つのかと、自分でもいやになるのだが、
それも無理からぬことだったのだ。


なぜならそれは、「私」を否定されることにほかならなかったのだから。


この本を読むうちに、開き直るのとは別の意味で
「私は私でいい」とあらためて思うことができた。
というか、「私は私でいい」と自分に自信をもてた、というほうが
いい得ているかもしれない。


本のなかに印象的なことばがあった。


「ほんとうの自分でいる、そして、そうなれる人間になる、
それが人生における唯一の目的である」(バルーク・スピノザ)


ほんとうの自分でいつづけるために、
自分を信じて熱く前に進み続けようと思う。

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2009-04-17

資質を磨く

人に仕切られるのがキライである。


押しつけられること。
決めつけられること。
支配されること。


かんべんしてね、である。


7年前に「さあ、才能に目覚めよう」のストレングス・ファインダーで導き出された
私の5つの資質。
「最上志向」も「目標志向」も「責任感」も「活発性」も
どれも私をよく表しているキーワードだと大いに納得だけど、
とりわけ「自我」は「よくぞいってくれました」という感じである。


本の中に「『自我』を強みとする人の活かし方」という項目がある。
その冒頭の文章にはしびれてしまった。


「この人は独立心がすこぶる強い。
だから、干渉しすぎは禁物である。」


そのとおり、ですね。


ストレングス・ファインダーを実施した7年前に自分の5つの資質にぴんとこなかったのは、
たぶん「自我」のあたりで
「アタシ、こんなイヤなヤツじゃない…」
と思った、なんてところじゃないだろうか。
“強み”どころか“嫌み”ととらえたのかもしれない。


いまはもちろん、私を特徴づける強力な資質だと心得て
どう磨こうかと思っているところである。


本にも書かれてある。


「人生における真の悲劇とは、傑出した強みを持たないことではなく、
強みを活かせないこと、ということだ。」


「どんな資質も強みとなる可能性を秘めている。
だから、そうした自らの資質がせっかく見つかりながら、
それを実現する手助けをする職務もパートナーも見つけられなかったら、
それだけが考えうる唯一の失敗ということだ。」


人はそれぞれに特有の資質をもっていて、
私はたまたま「自分ひとりで自分の思うようにやりたい」という資質だっただけのこと。
正しいとか間違っているとかではなく、ただ私はそうだというだけ。


そして、もし私特有の資質を活かすようなやり方で
仕事なりなんらかの活動なりをしていくことができるのならば、
その資質は磨かれ、私自身光を放つようにいきいきと生きていくことができるのだろう。


そんなことを強く思うこの頃である。

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2009-04-13

やる気のわくデスク

机の上がすっきりしていると、やる気がわいてくる。
どんどん進めちゃおう、とか、新しいこと考えちゃおう、とか、
かなり前向きになる。
そのエネルギーたるや、
ごたごたしていた時とは比べものにならないくらいだ。


いま、私のデスクの上に余計なものはのっていない。
PCのモニターと、電話と、
あとはアロマライトとか、オフィーリアのミニチュアの絵とか、
お気に入りの小物がぽつぽつ並んでいるだけ。
広々使えて、実に快適である。


本を出して用が済んだらすぐ書棚に戻すし、
書類をプリントアウトしたら、しかるべき場所にしまう。
だから、デスクの上はいつもすっきり。


これが、ひと月前までは悲惨な状態だったのだ。
デスクの上は、落ち着かない心を反映するかのようにごちゃごちゃ。
まともなスペースはほんのすこしで、何かをしようにもやる気が起きない。
片付け大好きの私が、この時ばかりは手がつけられなかったのである。


両脇に積み上げられたごたごたの山を見るたびにうんざりした。
かといって、デスクの上のみならず書棚も引き出しもわやわやになっていて、
どこにもしまいようがない。
いったいどこからどうしたらいいのか、途方に暮れるまま何日も過ぎていった。


でも、一念発起で片付ければこのとおりだ。
多少時間はかかったが、それに見合うだけの効果はばっちり。
いや、それ以上である。


ふと息子のデスクに目を転じれば、ごたごたのわたわた状態。
不用になったテキストやらプリントやらずいぶん処分したものの、
まだまだモノが多すぎるのと、追いかけるように新しいモノがふえて
一向に片付かないのである。


それに、いま本人は大学生活に慣れるのに必死。
ハードな校舎移動の連続で、帰った時にはへろへろなのだ。


これじゃ2000字のレポートもおぼつかないよね…
ちょっとお手伝いしちゃいましょうか。
すっきりデスクでアタマもすっきりさせて、
気持ちよくスタートダッシュを決めようよ。


ということで、まともなスペースがなくなりかけていた息子のデスク、
すっきりさっぱり片付けた。
ちょっとした達成感である。


「自分の机じゃないみたい」と息子。
「ありがとう」


いやいや、どういたしまして。
さ、これで2000字のレポート、がんばってくれたまえ。

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2009-04-12

三つ子の魂

ちいさいころから、脚光を浴びるのが好きだった。


といっても、「私が、私が」と我が強かったわけではない。
むしろ、幼少期は性格の強い子に押されて影が薄くなるようなところがあったくらいだ。


それでも、うれしいことは誇らしげにうれしいと表明し、
得意なことは率先して披露するのが大好きな子どもだった。
それこそ、いちばん好きでいちばん得意なバレエは、
どこでだって誰にだって踊って見せた。


私だけでなく、子どもなら概ねそういうものだろうと思っていた。
でも、どうやらそうでもないらしい、と後になってから気がついた。


小学3年のとき、同級生の女の子にすごく素敵なできごとがあった。
その「すごく素敵なできごと」がなんだったのか、いまとなっては思い出せないが、
とにかく私だったらうれしくてうれしくて黙っていられないようなことなのは確かだった。


先生がみんなの前でいったからわかったことだったが、
当の本人ははにかんだようにうつむくだけ。
それが私には不思議でならなかった。


どうして黙ってたのかな。
先生がみんなに公表しても、どうして静かにほほ笑んでいるだけなのかな。
私だったらみんなに「すごーい!」っていってもらいたいけどな。


おなじようなことが高校でもあった。
控え目でとても勉強のできる同級生に、これまた「すごく素敵なできごと」があったのだ。
(こちらも「すごく素敵なできごと」がなんだったのか忘れてしまったけど)
この彼女もやっぱり黙ってほほ笑んでいるだけ。
もちろん、彼女の口から明かされたことではなかった。


うれしくないのかしら。
私はいぶかしく思った。
みんなに知ってもらいたくないのかしら。
私だったら絶対黙っていられない。
みんなにも「すごく素敵なこと」を知ってもらって、「すごいね!」っていわれたい。


やがて大人になり、みんながみんな私のように自慢したいわけではないことを悟った。
私はいうなれば、目立ちたいのだ。
でも、世の中には「目立ちたい」と思わない人もすくなくないのである。


ただ、「目立ちたい」といっても、「悪目立ち」はいやなのだ。
目立つに値する、しかるべき正当な理由や要因があってこそ、「目立ちたい」と思うのである。


この前、「さあ、才能に目覚めよう」の「ストレングス・ファインダー」から導き出された
私の5つの特長的資質を読んで、つくづく三つ子の魂だ、と思った。
特に「自我」という資質。
子どものころから脈々と変わることなく私の中で息づいている特性である。


「あなたは、他人の眼にとても重要な人間として映りたいのです。」とある。
「具体的には、あなたの持ち前の強みによって人に知られ、評価されたいのです。」と。


そうなんだよねえ。
変わってないんだねえ。


そのうえ、「独立心の強いあなたは、(中略)好きなようにやらせてほしい、
または自分のやり方でやるための余地を与えてほしいのです。」とも。


そこは大人になってから強まったところだねえ。
独立心は、確かに強いものねえ。


この資質、「自我」ということばがいまひとつしっくりこないような気がしたが、
英語では「SIGNIFICANCE」。辞書を引くと「重要性、重大さ」。


要するに、他者から「重要だ」と評価されたいだけでなく、
自分でも自分を「重要だ」と認識したいということだろうか。


この資質、まさに私らしくて、きらいじゃない。

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2009-04-08

5つの“強み”

2週間ぶりのレッスン後とあって、さすがにゆうべから筋肉痛。
今朝はトレーニングに行くつもりでいたが、
あまりのカラダばらばら状態に予定変更。
カラダは休めつつ、デスクワークに専念することにした。


デスク周りの書類を整理していたら、
「あなたの『自分だけの特長的な資質』を見る」という印刷物が出てきた。


覚えている。
「ストレングス・ファインダー」の結果だ。
日付は2002年4月28日。
ちょうど7年前。


当時、「さあ、才能に目覚めよう」という本を夫に勧められるまま買った。
本には1冊1冊個別にアクセスIDがついており、
確かインターネット上の「ストレングス・ファインダー」にアクセスして
いくつも提示される質問に答えたんだったと思う。
『自分だけの特長的な資質』とは、そのときに導き出された5つの“強み”である。
(正しくいうと、「強みが築けるもっとも可能性の高い資質」のことで、
強みを築くために磨き上げられるかどうかは自分次第、とある)


なんだかぴんとこなかった。
しっくりこなくて、他人事のような気がした。
本がなければ「ストレングス・ファインダー」にアクセスできないので買ったものの、
350ページに及ぶその本を結局読破しなかったのは
結果に納得性がなかったからだ。


7年たって、あらためて“強み”だということばに目をやった。


妙に心に訴えかけてくる感じがする。
これって、もしかして私を表しているかもしれない、と思う。


本棚の奥から「さあ、才能に目覚めよう」を引っぱり出す。
私の“強み”だという5つのことばについての解説を読む。


笑った。
私のことだ。
誰か私を観察してた?
そう思うくらい私を言い得ていた。
確かにこれらは私の『特長的な資質』だ。


なるほど、これらの資質を尊重するやり方でないと
私はたちまちやる気をなくすのだ。


しかし、私のような資質を持ち合わせていない人から見れば
それは単にわがままであり、偏屈でしかない。
軋轢があれば、自分がいけないのかと悩みもした。
自身を生かすために自分のやり方を通そうとすれば、摩擦も生じた。


いま、5つの“強み”を突きつけられ、あらゆる謎が解けたような気がしている。
そうなのだ。
軋轢と摩擦を承知で自分の生きかた、やりかたにこだわっていたのは、
それが私のもって生まれた資質だからだ。


ちなみに、私の5つの“強み”とは、
「最上志向」「目標志向」「責任感」「自我」「活発性」である。

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2009-03-30

心機一転

息子の友だちがやってきた。


高校時代からの友である彼は、
息子にとってともに浪人生活をおくった同士でもある。
私が彼と会うのは、卒業式以来だから1年ぶり。


1年前と変わることなく、彼は元気だった。
「心機一転です」
彼はさばさばと笑いながらいった。


彼はひと月ほど音信不通だった、と息子から聞いていた。
やっと連絡が取れるようになったのはここ最近である。
もう1年浪人することにした、ということだった。


「元気そうでよかった」と私。
「はい、そういわれます」


友だちとの連絡を絶ち、ひとりで自身の思いと向き合った1ヶ月。
いま彼が自然な笑顔でいられるのは、その時間を耐えたからだろう。


人生にはさまざまなことがある。
好むと好まざるとにかかわりなく、それはもういろいろ。


ただ、そのいろんなことを糧にできればもうけもの。
というか、糧にしたもの勝ちである。
転んでもただでは起きないことだ。


渦中にいるときは視野も狭くなりがちだけど、
いつかかならず視界は開ける。
そして、苦しかったことを笑い話にできる日がきっとくる。


「応援してるからね」
別れ際の握手にありったけのエネルギーをこめた。
「私の熱苦しい“気”をおくるね」


自分を信じて。
自分の持ち味を信じて。


がんばって。

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2009-03-29

心を鬼にして捨てる

このところ、時間を作ってはぼちぼち片づけものをしている。


いる・いらないを選別して、いらないものは捨てる。
捨てよう、と思い立ったときが片づけ時なのである。


―いらないよね、これ。
―でもやっぱりいるかも。
―あとで使うかもしれないもんね。
―ちょっと思い入れもあったし。
―やっぱりとっとこう。


…なんてやってると、いつまでたってもモノは減らない。
「いるかも」と思って、後で要りようになったためしはほとんどない。
「使うかも」とふたたびしまいこんだその時から存在を忘れてしまうのだから。
「思い入れ」の思い出をどうしてもとっておきたいなら、最小限にとどめることだ。


とにかく、心を鬼にして捨てる。


といいつつ、実際に捨てられるのはその決意の半分くらい。
残り半分にはどうしてもためらいがつきまとう。
結局は「やっぱりやめとこう」とか「次の機会に」とかいって
いったん手にしておきながら元の場所に戻してしまうのだ。


それでも、半分といいつつ捨てるのは結構な量だ。
これでも私は片づけ上手なほうだと自負している。
どんなに忙しくても、どんなに調子が悪くても、
家の中はいつもそれなりに片づいている。


それなのに、モノはほうっておくとどんどんふえる。
ふやすつもりがさらさらなくても、気がつけば周りはモノであふれている。


何年も前の年賀状、そんなにためこんでどうするの?
目を通すことのないむかしの書類、取っててどうするつもり?


とにかく、思いきって腹を決めて、さらばさらば。
収納スペースには限りがある。
いらないものに別れを告げて場所あけなくちゃ。
でないと新しいものが入らない。


この間TAP BOYSのメンバーが来た時に
英語関係のCDや本を引き取ってもらって大いに助かった。
捨てるには忍びないけど息子は使わないし、どうしようかと思っていたのだ。
おかげで、本棚にずいぶんスペースがあいた。


今日もずいぶん紙モノを処分した。
息子のほうも浪人時代のプリントをかなり整理して、おたがいすっきり。


身辺がすっきり片づいただけで、
新しいことに取り組む意欲ってわいてくるのよね。

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2009-03-28

むちゃなこと

自分でHPを作ろうと思い立ったのはいつだったか。
デスクトップにインストールしてあるソフトが「2004」とあるから、
5年前なのだろう。


「アナタならできる」と夫にいわれてその気になり、
やる気満々でドリームウィーバーというHP作成ソフトを買った。
いま思うと、なんと無謀な暴挙に出たことか。
なんの知識も技術も経験もなく、いきなり高度で高価なソフト買っちゃって。


いや、いま思いだしたけど、「自分で作ろう」ということじゃなかったよね。
さすがにそこまで無謀ではなかった。
あくまでも「自分でこまかな更新ができれば」ということだったんだっけ。
そうだった、そうだった。


HPは作ってもらったのだ。
それがドリームウィーバーで作られたものだったので、私も買ったのだ。
もちろん、ソフトだけじゃどうにもならないから
分厚い虎の巻を2冊買い込んで。


一応挑戦してみた。
ソフトにも虎の巻にも投資したんだもの、ムダにしたくなかったし。


いやはや、全然歯が立たなかった。
そもそも結構ばたばたしてた時期で、
そんなときに独学で未経験のことに取り組むなんてむちゃ以外の何ものでもない。


かくして、ドリームウィーバーは悲しくもお蔵入り。
その後、忙しさに紛れて存在すらも忘れ去られる運命に。


1年前、自分でHPを作ろうと思い立った。
今度こそほんと。
ドリームウィーバーをインストールしたことさえ忘れかけていたけれど、
とにかく簡単シンプルなのを自力で作ろうと思った。


がんばるぞー、と意気込んだけど、やっぱりむりだった。
いや、じっくりじっくり時間をかければできたのかもしれないが、
その時間はなかったのだ。
もったいないなー、ドリームウィーバー、と思うけど、むりなものはむり。
残念でした。


さて、あれから1年。
私は新しいHPを開設しようとしている。
構想は1年前とおなじ。
でも、作り手は専門家。
やっぱり餅は餅屋、ってことです。


私はサーバをレンタルしたり、取得していたドメインを移管したり、
掲載する原稿を用意したり、それだけであっぷあっぷ。
とてもとても自分で一から作るなんてできっこない。


とはいえ、今度こそ簡単な更新くらいは自分でできたらいいなと思っている。
まあ、やり方を教えてもらいながらだけど。


いずれにせよ、近々新しいサイトを開設するのでお楽しみに。

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2009-03-24

新しい春

息子がにやにやしながら何かいいたげに近寄ってきた。
何をいうかと思ったら、
「なんかちょっとどきどきしてきた」
だって。


「大学に行く日が近づいてきたよ」


そっか、どきどきしちゃうんだ。
夢に見続けた憧れの大学だもんね。


この間まで「実感がない」とか「オレが行っていいのかな」とかいってたけど、
いよいよその実感がわいてきたってところかな。
英語のレベル判定テストも受けたし、科目登録の書類はどっさり届くし、
カウントダウンははじまってるもんね。


息子の春は夢いっぱい。
桜が咲いたら、青い空と桜のもとで19の春を祝福しよう。


今年の桜はとりわけ待ち遠しい。
レッスンの帰りに通った駅ビルの入り口に桜の花が飾ってあって、
それを見ただけで笑みがこぼれた。


駅ビルの通路をMr.Childrenの「東京」を聴きながら足早に通り抜ける。
すっかり東京モードに戻った感じ。


ゆったりした仙台はもちろん大好き。
私が帰っていける場所でもある。
でも、この東京もおなじくらい好き。
私がいま生きている場所だ。


その東京に、大阪の友だちが越してくるという。
今朝メールで知らされて、驚くやらうれしいやらで声をあげて笑ってしまった。
彼女が東京で暮らすなんて考えてもみなかった。
でも、これからおなじ東京の空の下でおたがいにがんばれるのかと思ったら
すごくうれしかった。


なぜかこのごろ、東京で暮らすのが想像もつかない友だちが
仕事の新しい展開によって東京(もしくは東京近郊)に移り住んできている。
今朝の彼女で3人目だ。
これって何かの偶然?


でも、いえるのはみんながんばってる、ってこと。
新しい環境で新しい春を迎えようとしている。


私もがんばらなくちゃ。
元気がわいてきた。

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2009-03-23

2日ですでに…

仙台に帰っている間は
毎日三食、母の手料理を上げ膳据え膳で食べた。
母はむかしから料理がうまい。
ほんとうにおいしかった。


羽を伸ばしてただただゆったり休ませてもらえるのだから、
実家とはなんとありがたい場所だろう。
私ときたらなんていいご身分なんだ、と帰りの車中にしみじみ思った。
両親にはひたすら感謝するばかりである。


さて、ゆったり気分から明けて2日。
すでにしっちゃかめっちゃか状態の私である。


切り捨てることのできない「やるべきこと」が山のようにあって、
それを考えただけで心拍数は上がりっぱなしなのだ。


ひとつひとつはそう面倒なことじゃない(はず)だし、
そんなに時間もかからない(はず)なので、
優先順位とそれぞれの期限を考えながら
順番につぶしていくのがいちばんだろうと思う。


そう頭ではわかっているが、
まずやることの多さに圧倒されて心臓はかはか。


そして、つぶしているのと同時に「やりたいこと」がふえていくのだから
困ってしまう。
「やりたいこと」っていうのは、「うち中ぴかぴかにそうじしたい!」とか
「いらないものを思いきりよくみんな捨てたい!」とか
ほとんど家事にまつわること。
いままであえて優先順位を下げて目をつぶってきたことだ。


そうやって「やるべきこと」は雪だるま式に増えていくのに、
やれることは限られているから、結局時間に追われてまた心臓はかはか。


そんな最中にもレッスンやトレーニングには行く。
よっぽどでない限り休みたくない。
カラダを動かすことで、かえっていいリズムが作れるものだから。


ああ、私が5人くらいいたらいいのに…!
せめてあと2人いたら助かるなあ、なんて思う。


ひとりには日常的な家事をしてもらって、
もうひとりには私のコックピットを徹底して片づけてもらう。
なにより、ごちゃついているのをきれいさっぱりリセットしたい。


そして私本人はといえば、ずうっと心に温めている新しいことを進める。


とにかく、わんさかある未完了やらごたごたをひとつでも減らして
前に進みたいと思っている。


まあ、深呼吸して落ち着いて地道につぶしていきましょ。

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2009-03-21

バランス

ふだんの私が健康を保てる睡眠時間は6時間半だ。
でも、仙台に帰っている間は8時間くらい眠っていた。


それだけでもう十分なはずなのに、食事が終わると眠くなり、
ぼーっと椅子に座っているだけでふと眠くなり、
テレビを見ている最中にまた眠くなり、
眠くなってはソファーに転がったり、テーブルに突っ伏したりして眠った。


よほど気持ちがゆるんだのだろう。
そもそも、澱のように疲れがたまっていたのだ、相当に。


夕方、東京に帰ってきた。
車内は満席で、仙台から東京までの間赤ちゃんがずっとぐずっていたが、
さほど気にならなかった。


しかし、大宮に近づく頃から2列後ろの男性の話し声が気になりだした。
寄生虫の研究がどうのこうの、なんとか大学の論文がどうしたこうした…
男性の講釈は単調に延々と続く。


iPodのモーツァルトで締め出そうとしたが、
いったんイライラしはじめた気持ちは東京に近づくにつれゆるやかに加速。
それをなんとか理性で抑えこみ、東京駅のホームに降り立った。


そこには人、人、人、おびただしい人。
人の渦にいきなり放り込まれたような戸惑いを覚える。
エスカレーターの左端に連なる人、その右側を駆け下りていく人、
誰もがせかせかと先を急ぐ。


あまりの人の多さに圧倒されて息苦しくなる。


地下鉄のホームでは、赤ちゃんを前にくくりつけた若い母親が
笑いながら電車に駆け込もうとしている。
そのすぐ後ろを小太りの夫がこれまたもたもたと駆けていく。
幸か不幸か、赤ちゃんの手前でホームのドアが閉まった。
駆け込み乗車、失敗。


5分も待てば、すぐ次の電車が来るのに。
5分早いことと、赤ちゃんの安全とどっちが大事なんだろう。


そう思いつつ、ほんの5日前までは私も5分のために急いだし、
人の渦の中にもためらわずに突っ込んでいった。
それが東京で暮らすことだと不思議にも思わなかった。


ひさしぶりにふるさとでゆったりと過ごして戻ってみると、
東京では結構気を張って暮らしているのかもしれないな、と思う。
けっしてそれはきらいじゃないんだけれど。


でも、時にはふうっと気をゆるめることも必要かもしれない。


たぶん明日には、私はふたたび東京の街を大股で足早に歩いているはずだ。
力を抜きながらもやっぱり気は張って。


要はバランス。
バランスが大事なんだよね。

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2009-03-20

定禅寺通りで

仙台在住の息子の友だちに1年ぶりで会った。


高校の同級生の彼は、仙台の大学に現役で合格している。
その入学したての彼を呼んで
息子と私と母と弟の5人でカレーランチをしたのは去年の4月。
今日はその時とおなじ顔ぶれでピッツァランチをした。


息子が彼に浪人時代の話をする。
「アナタも過去形になったわねえ」と孫にいう母。
友だちがほほえむ。


5人でおいしいピッツァをほおばりながら(息子だけリゾットだったが)
穏やかな、でも心楽しいひとときを過ごした。


「またランチに誘うわね」
「はい」
別れ際、母のことばに友だちがうなずく。


素直で、誠実で、ピュアな若者。
息子の友だちはみんなそうだ。
あの高校に行ったからこその出会いだったと思う。
ほんとうに息子はいい友だちに恵まれた。


レストランを出ると、息子は友だちと、母と弟は買い物へと
三手に分かれた。
私はひとりですこしぶらぶらすることにした。


定禅寺通りの広すぎる歩道を歩く。
まだ葉のないけやきの枝を風が揺らす。
空には白い雲がほかっと浮いている。
誰にじゃまされることなく、ゆったり、のんびりと歩く。


近くの手作りガラスのお店をのぞいたり、
芸術的な雑貨のお店に足を踏み入れたり。
ちょっとだけ眺めるつもりが、お店の人と他愛もないおしゃべりをして。


心にほんとうの余裕が戻ってきたかな。
ふとそう感じた。


何ものにも追い立てられることなく、
ゆっくりした時間をゆっくりとなぞって。


仙台はやっぱりいい。
刺激がいっぱいの東京ももちろん大好きだが、
心を癒してくれる仙台はやっぱりいい。


東京に帰ったら、またエンジン全開でがんばれそうだ、と思った。

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2009-03-14

19の春

19の春は門出の春。
27年前の私にとってもそうだった。


まだ海外留学は夢のまた夢、という時代。
踊るなら東京でなければ!と思っていた。
バレエを本気で続けていくのに
仙台にいても道は開けないと思っていたから。


家族大好きな少女だったので、ひとり暮らしは正直さびしかった。
でも、これで毎日レッスンができるのだ。
それも東京で!
一流のバレエ学校で!
文化庁の芸術家国内研修員に選んでいただいたことも誇らしかった。


だけど、その1年の苦しかったこと…!
結論からいうと、私は見事に挫折したのである。


きらめくような才能の持ち主たちに圧倒されて萎縮したうえ、
激増した体重が自信喪失に拍車をかけた。


もともとの華奢な体型のままだったら
あそこまで落ち込むこともなかったのに、と思う。
でも、何をしても増えてしまった体重は減らず、
顔はアンパンマンみたいにまんまるなのだった。


何でがんばり通せなかったのかなあ…
私にはどうしてあの苦境が乗り越えられなかったのかなあ…


自分の弱さのせいだ。
精神的に弱かったせい。
がんばりきれなかった自分が情けなかった。


あれから27年がたち、息子があの時の私とおなじ歳になった。
息子とともに歩みながらおとなになった私が19歳の私を見つめなおす。


そんなに自分を責めなくてもいいんだよ、と声をかけてやりたくなる。
あの状況で、あなたなりにがんばったと思うよ、と。


家族大好き、わが家大好き、友だち大好きの私には、
家族やわが家と離れ、立場が変わってしまった友だちとも疎遠になり、
新しい友だちもできない環境はちょっと苛酷だったよね。
体型が戻らなかったのもつらかったね。


それでも、ほんもののバレエの世界に身を置くことができて貴重な時間だった。
条件はよくなかったけど、自分の望んだこと。
かけがえのない経験をしたことに変わりはなかったよね。


すくなくとも、あの時の私がいるからいまの私がいる。
そう思うと、19歳のアンパンマンみたいな顔した私がいとおしく思えるのである。

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2009-03-13

手続完了

きのう、息子の入学手続の一切を終えた。


10日長く待たなければならなかった分だけ
合格発表から手続期限まで間がなく、
あわてながらも用心深く、慎重ながらも大急ぎで
こまごましたあれこれを進めた。


出願の時にも緊張したけど、今回はそれ以上かも。
せっかく切符を手に入れたのに、
遅れや不備のせいでふいにしたら泣くに泣けないもの。


限られた時間での作業。
家族三人で分担し、チェックし合いながらひとつひとつを終えた。
それは、息子を囲んだ家族三人の、新しい門出を祝う儀式のようだった。


「実はね」と息子。
「最後の試験が終わった時、
『もうここに来ることはないのかもしれない』って思ったんだよね」


「また行けるんだなあ」


そうだよ、行けるんだよ。通うんだよ。
楽しみだねえ。


私も入学式が楽しみ。
私にとってもあの大学は憧れの場所だったんだから。


進学校にいながら、さっさと受験路線から降りてしまった私。
ほんとうは、進学するならあの大学に行きたい、と思っていた。
確か3年のはじめには赤本も買ったように思う。


だけど、よくよく考えてみるに
不器用な自分が親元を離れた環境で
バレエと大学の両立がはかれるとも思えなかった。


で、進学をやめてバレエの道に。
憧れの大学に対する未練はこれっぽっちもなく。


あの時、息子とおなじように憧れの大学めざして勉強していたら
どうだったんだろう、と思わなくもない。
しかし私はあの時、確かに自分で選択したのである。


思いどおりにいくいかないは別として、
選択した道をもがいたりあがいたりしながら
一生懸命歩んできたことにまちがいはない、と思っている。
それはこれからもおなじ。


さあ、また私も進もう。

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2009-03-12

高みをめざすってこと

「アナタの子でなかったら、あの大学はめざしてなかったと思う」
息子がそういう。


「たぶん、第二志望の大学で十分満足してた。
もっと上をめざそうなんて思わなかったよ。高校もそうだったけど」


そう。
そんなふうに思ってたんだ。


私、キミならがんばれるはず、って思ってたから。


おしりをたたいたつもりはないし、キミもたたかれたとは思ってないだろうけど、
そこそこの力でそこそこの結果でそれでいいやって妥協してたら
もったいないと思ってた。
目いっぱいやるだけやって、たとえそれで力が及ばなくても
自分の中に残るものが必ずあるはず、って思うから。


自分でハードルを高く設定すると
クリアするために工夫もするし努力もする。
そうやってもてる力をフルに発揮してとことんやってみることで
自分、ってものが見えてくるんだと思わない?


それは男の子も女の子も関係ないよね。


男の子だから高い目標掲げて、女の子だからそこそこでいいなんて、
どうして区別するんだろ。
そういってる人に時々出会うけど、私にはよくわからないや。


人はひとりじゃ生きていけなくて、助け合って支え合っていくものだけど、
誰かが助けてくれるのをはじめから当てにするのとはちがう。


誰かに依存したり甘えたりするんじゃなく、
自分の力でがんばって、自分の足でしっかり歩いていく姿勢って
すごく大事だと思う。
どう生きていくにせよ、自分自身の姿勢次第だから。


私も、まだまだ自分で道を切り開いていきたいと思ってる。
それには強いきもちが必要だよなあ、と思うところ。

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2009-03-11

サクラ咲ク

「サクラ咲ク。」
と書かれたポストカードが届いた。


白地におおきく花開いた桜の花がきらきら。
切手も桜。
「合格おめでとうございます!」という手書きの文字も桜色。


差出人は何年か前に旅先で知り合った友人だ。
出会ったとき高校生になりたてだった息子は、
第一志望大学への夢を口にしていたという。
彼女はそれを覚えていて、素敵なカードを送ってくれたのである。


「彼はほんとうに幸せね」
仙台の母が孫をそういう。
「直接に、間接に、たくさんの人に励まされて、祝福されて」


私もしみじみそう思う。
きのうバレエスタジオに行ったときも、事情を知るレッスン仲間が
結果を聞くや手を握ってくれたり抱きしめてくれたりして、
心から喜んでくれた。


直接息子に会ったことがないのに、
こんなに気にかけてくれて、喜んでくれて。
人の情のありがたさが身にしみた。


息子はいまだ夢見心地だ。
「受かったことが信じられない」「実感がない」
とぽーっとした顔でいう。


でも、報告した友人や先生に祝福されるごとに喜びがふくらみ、
幸せな気持ちで満たされているようである。


さ、あとは入学手続のあれこれを着々と進めなくちゃね。
キミもちゃんと書類を書いてください。
私もそれが無事済んだら、自分のことを進めるから。


ただその前に、たまった疲れをちゃんととらないと、と思ってる。
私が勉強して受験したわけじゃないのに、なんなの? この疲れ具合!
という感じなのだ。


ここでさらにアクセルを踏み込んじゃうようなことをよくするので、
つとめてカラダを休めるようにしましょう。
でないと、気持ちだけ空回りして結局にっちもさっちもいかなくなっちゃうし。


(でも、レッスンだけは別。踊るのは活力のもとだからね)

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2009-03-10

春の空気

ひさしぶりの青い空。


空気にはかすかに甘やかな匂いが混じっている。
春。
春の匂い。


いつもの交差点で信号を待つ間に見上げる空は
それはそれは晴れやか。
信号を渡ってビッグイシューの販売員さんと笑顔をかわす。


駅に向かう道々、街路樹の葉っぱ越しに空を透かして見る。
上へ上へ伸びる葉の間からやわらかな光がさす。
めぐる季節の中で毎日見上げた3本の木。


この道を大股で歩きながら、何度Mr.Childrenを聴いたことだろう。


たとえ自分が「選ばれた者」じゃなくても、走っていっていいんだよね。
たとえ夢をかなえられないかもしれなくても、まだまだがんばっていいんだよね。


桜井さん、ありがとう。
アナタの歌にどれだけ力をもらったかしれない。


おおきく息を吸い込むたびに
ほのかに温かな春の空気が私をほがらかにする。


息子の伸ばした手は憧れに届いた。
夫ががんばって書いたものが本になった。
ずっと音信不通だった友だちが元気にしていた。


この空の下で、みんながんばってる。
それぞれがそれぞれの道を希望を胸に歩んでいる。


私も進むんだ。


しばらくストップしていた私のプロジェクト、再開。
今度は私の番。


私自身にも春が来ることを願って。

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2009-02-19

直感の力

人のいうことを鵜呑みにしないタチである。


評判、噂話、とりあえず耳に入れる。
「ふーん、なるほど」くらいに。


○○さんってとってもいい人だから会ってみるといいですよ、とか、
△△ってつまらないから行ってもしょうがないよ、とか、
人はいろんなことをいう。


ふーん、なるほど。
そうなんだ。


ただ、それはアナタの価値観からそう思うこと。
私がどう感じるかはわからない。
周りの評価はそういうことになっているかもしれないけど、
私にとってはどうなのかな。


人から聞いたことは参考にとどめておく。
だって、いいかどうか、好きかどうかを判断するのは私。
自分の目で見て、耳で聞いた感覚をいちばんに信頼しているから。


とりようによっては、頑なで可愛げのない性質だ。
でも、私には私自身の感覚がもっとも信用できるのだ。
私の体内に埋め込まれたセンサーの反応とでもいうか、
そのセンサーが送ってくる信号が誰の助言よりもいちばん自分にしっくりくるのである。


それは「直感」といいかえてもいいかもしれない。


とても感覚的なことだから人に説明するのはむずかしいが、
そもそも感覚的な人間なのだろう。


コーチングの勉強中、
相手の話を理屈で聞こうとしている仲間に違和感を覚えることがあった。
「コーチングは目的をもって相手の話を聞くことだ」といわれると、
それはそうなんだろうと頭では理解しても、私にはそぐわない聞き方だと思った。


相手の心に添うようにしながら、あらゆる感覚を研ぎ澄ませて聞く。
そこに込み入った理屈は存在しない。
センサーだけが頼り。


もちろん、感覚だけがすべてとは思わない。
コーチングであれ、踊るのであれ、しかるべき技術は不可欠である。
感覚だけに走るとひとりよがりになる恐れもある。


ただ、自分にとっての感覚、直感は何より大事にしたい、と思うのである。


私の好きな脳科学者・池谷裕二さんがいっている。
「ひらめきや論理性のみを重んずる社会よりも、
言葉にできない直感を大切にする社会の方が、より人間の本質に根ざした社会である」と。


そう聞いて、かなりうれしくなった私である。

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2009-02-14

春…?

いま、2月だよね。
2月の半ばだよね。
2月って、1年でいちばん寒い時期だよね。


なに? この暖かさ。


ベランダに出たら、ほわーんとなまぬるい空気。
外がこれほどまでにあったかいなんて、予想以上。
七分袖のカットソー1枚で外に出られちゃうのだ。
この暖かさと身軽さのセット、何ヶ月ぶり?


ニュースでは6月並みの陽気だと報じている。
驚き。


この冬は雪を見ずに終わりそうだと思っていたらこれだ。
バレンタインデーの東京で23℃って、チョコも溶けちゃう。


季節外れの暖かさにびっくりを通り越してあきれてしまったけど、
それでもからだは素直に春の陽気を歓迎している。
寒さで縮こまっていたのが芯からゆるんでいく感じ。
自然に解放されて、動きやすくなっていく。


いますぐ踊りだしたい気分。
大声で歌うんでもいいや。
ここはやっぱりソラで歌えるようになったミスチル?


ただ、この異常なほどの陽気はもちろん一時的なもの。
だんだんに気温は下がって、また冬に逆戻りすると予報でいってた。


春の予告編だけ見せといて、本編はまだ先ってこと。


気温のアップダウンに翻弄されないよう、
からだもこころも気を抜かないで健康管理といこう。
いずれほんとうの春がやってくる時のために、元気で冬を乗り越えよう。


春はかならずくるものね。

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2009-02-12

それで十分

今日の空はよく晴れ渡って、
そのまま心が全部吸い込まれてしまいそうに青く澄んでいた。


交差点で信号待ちをしている間、
このままずうっと空を見上げていたいと思った。
どんどん顔を上げて空を仰げば、
その青さと高さをからだいっぱいに感じて心が満ち足りていく。


今日もこうして生きていて、
頭の上には青い空が広がっていて、
からだになじんだジーンズの履き心地はちょうどよくて、
短い髪がいい感じに風に揺れて、
大股ですいすい歩ければそれで十分。


それだけで十分しあわせ。


道が狭くて建物が高ければ空も一緒に切り取られるし、
電線が交差していれば空に網が張られたように見える。


でも、それがなんだというのだろう。


どこにだって空はある。
都会に空がない、なんてうそだ。
見上げればきっとそこにある。


生きていると、思いもよらず苦しい目にあったり、
悲しいできことに遭遇したり、
ふっと気持ちが落ち込んだり、いろいろある。
世の中は驚くほど刺激に満ちていて、
波風なく穏やかに過ごしていくことを許してはもらえない。


それでも、青い空の高さと広がりを感じて、
短い髪と履き心地のいいジーンズで歩いていければ、
それで結構満足。
いろいろあるけど、生きてく、ってそういうことだから。


今日の風にはかすかに春のにおいがして、ちょっとうれしかった。

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2009-02-11

誰かとつながってる

ケータイが突然バイブし出す瞬間が好きだ。


ぶーっ、ぶーっ、ぶーっ、と3回震えて止まったらメール。
誰が私にメッセージを送ってくれたんだろう、
と考えただけでドキドキする。


今朝、ひと回り下の友だちから思いがけなくメールがきた。
青いランプがふわっ、ふわっ、と点滅しているケータイを開ける瞬間も好き。
どんなメッセージだろう、とワクワクする。


彼女らしさがあふれた短い文面。
ふっと笑みがもれ、心がゆるむ。


ありがとう。
さりげない息子への声援。


「キレイなおねえさんからだよ」と息子に見せる。
「おうっ、ありがとう」だって。


息子は息子で今朝、出陣の友にメールをしたという。
高校時代からの友だちで、
おなじ予備校で一緒に浪人生活を送ってきた仲間だ。
彼にとっては今日が第一志望の試験日だったのである。


息子は熱い励ましを送り、
彼は大いに勇気づけられたと返してきたそうだ。


どうだったかな。
力が発揮できる一日だったかな。
私も息子の友だちに思いを馳せる。


私が外出から帰ると、「さっきばばと電話で話をしたよ」と息子がいう。
メールがきたので、勉強の区切りがいいときに息子からかけたのだと。


そう。
それはよかった。
ばばがエネルギーを送ってくれたよね、たくさん。


人とつながってると感じると、心がこんなにもあったまる。
力がわいてくる。
もっとがんばれそうな気がしてくる。


明日はいよいよ息子の第一志望の入試。


だいじょうぶだよ。
キミはたくさんの人とつながってる。
自分を信じていってらっしゃい。

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2009-02-10

がんばり過ぎるべき時

旅立つ女の子に、男の子が
「がんばり過ぎるなよ」と声をかけるCMがある。


あまのじゃくにも「がんばり過ぎて何が悪い」とつぶやいた。
すると「アナタ、がんばり過ぎてこわれちゃったの忘れたの!?」
と即座に息子に突っ込まれた。


ああ、そんなこともありましたっけ…?


でもさ。
すこしがんばり過ぎることがあってもいいんじゃないのかな、
なんて思ったもんだから。


「まあね」と息子。
そこはあっさり同意してくれた。


がんばるのって、私は好きだ。
確かに、がんばり過ぎてからだをこわしたり、
精神的に行き詰まったりしたこともあったけど、
いまとなってはいい経験だったかなと思える。


めいっぱいやってみないと、自分がどこまでできるのかなんてわからない。
振り切れるまでやればこそ、力を抜くことの大切さも身にしみる。


なんとなくできる範囲内でとか、なんとなく知ってる範疇でとか、
危険も苦労も疲労も伴わずにやっていくこともできるんだろうが、
そんなの、びろーんと伸びきったパンツのゴムだ。


四六時中がんばり続けるのはさすがにしんどいし、
ココロにもカラダにも負担をかけそうだけど、
人にはがんばり過ぎるほどにがんばるべき時があるのだと私は思う。


息子はいままさにその時なんだろうな。


いままでだって、19年の人生のその時々で
彼ががんばるのを目の当たりにしてきた。
高校受験もTAP BOYSも、
病気の入院や学校に行きたくないと悩んだ小学校時代も、
彼のがんばりを見守りながら支えてきたつもりだ。


でも、この受験は彼の19年の人生の集大成、という感じなのだ。
私が先導したり伴走したりではなく、
彼が彼自身の思いに突き動かされて走っているのだから。


ここまでがんばっていたら、逆に「がんばって」ということばは野暮だ。
だって、実際がんばっているのだから。


がんばる息子の姿にほれぼれする親バカな母である。

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2009-02-06

スイッチオン

かなり長いこと、自分は体力がなく病気がちだと思っていた。


実際、微熱でだるくなることが多く、その微熱もいったん出るとなかなか下がらない。
何度か検査もしたが、原因はわからずじまい。
ちょっとからだを動かしても疲れやすいし、これは体質なんだと思うしかなかった。


いまになってみると、なんという思い込みだったんだろう。


体力がない?
病気がち?
体質?


笑ってしまう。
いまや家族の誰よりも丈夫で、風邪すらめったにひかない。


体質改善したというより、自分の中のスイッチをオンにしたんだろうな。
思い込みのブロックを外し、年齢という壁も取り払い、自分の可能性を信じてみることで、
連鎖的にスイッチがばんばん入っている気がする。


レッスンでプロのダンサーと一緒になる時、
仲間たちは「うっとり眺めるだけで十分よね」と口を揃える。
それはそうなんだけど、と思う。
私も多少はうっとりするが、それより「どうやったらあのレベルに近づけるんだろう」と考える。


「ええっ? 何様なの? 身の程知らずもいいとこでしょ」
と息子があきれる。
「相手はプロだよ」


わかってる。
そんなこと、いわれなくたって自分がいちばんよく知ってる。
20数年前、プロの入り口に立った時にすでに経験もしている。
その時ならいざ知らず、20数年のブランクがある46歳のいま、
若いプロのダンサーに近づこうと望むのが無謀だといわれることくらい、わかってる。


でも、そうしたいと欲しているのだ、私が。
私の内側からそういう欲求が湧き上がってくるのだ。


だから、ほんのすこしでいいからレベルを上げたい、と思うし、
ほんのすこしでいいからいまより高みをめざしたい、と思うのだ。


そう思うことで、実際にすこしずつでも階段をのぼれてきたのである。
からだが思う以上に動くようになってくるのだ。
そうするとだんだん欲ばりになってきて、ますます自分に期待をかけるようになる。


いけるぞ、私。
もうちょい、いこう。


そうやってハードルを高くしていくと、クリアするための工夫や努力をするようになる。
現状に甘んじていたら決して出てこなかった発想で、クリアしようとするのである。


この分でいくと、森光子さんみたいに80代ででんぐりがえしも夢じゃないかも、
と思うこの頃である。

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2009-02-01

リストアップ

何の気なしに引き出しから古いバインダーを引っぱり出してみた。
これが、めくってみたら非常に興味深い。
9年前の、コーチングの勉強をはじめたての頃の記録である。
当時といまのギャップに自分のことながらかなり驚かされる。


いろんなリストアップに取り組んでいるのだが、
まずは“自分を健全な状態に保つための望ましい日常的な習慣”の10項目。


「6.P.M.9:30までにふとんに入る」


ずいぶん早寝を目標にしてたんだ。
明け方にでも起き出すつもり? と思って次を見ると。


「7.A.M.6:00までに起きる」


ええっ? 何時間寝るの? 
8時間半、って寝すぎ。


まあ、結構長いこと「自分は8時間眠らないと健康が保てない」と思い込んではいた。
実際、睡眠時間を8時間確保しないと体調不良を起こしやすかったので、
そう信じていたのだ。


いまは6時間寝れば十分。
8時間なんて、寝ようと思っても病気か二日酔いでもない限り寝ていられない。
ただ、いまでこそ目をつぶればすとん、と眠りに落ち、朝はスカッと起きられるが、
8時間を理想にしていた頃はなかなか寝つかれないし、なかなか起きられないしで
眠りの質は良くなかったのだろう。
何たる違い。


“自分が最も望んでいる10の事柄”というのも出てきた。


「1.自分でコントロールできる柔軟なからだ」


おおっ。筆頭に出てきた。
9年後のいまは、まあまあそれなりにコントロールできてるんじゃないの?


「2.踊ること」


踊ってます。
この頃もやっぱり踊りたかったんだね。


「3.『踊る』以外の自己表現法の発見」
―こうやって文章書いてるのはそうだよね。


「4.息子のまっすぐな成長」
―ああ、まっすぐ成長してますねえ。


「10.犬を飼うこと」
―そういえば本気で犬がほしいと思ってたっけ。
いまはそうでもないけど。


これ、すごくおもしろい。
状況ががらりと変わってるものもあったり、
望みどおりに手に入れてるものもあったり。


いま現在のリストアップをして、あとで見るのもおもしろいかも。

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2009-01-27

白鳥の王子

子どもの頃、アンデルセン童話の「白鳥の王子」が好きだった。


継母の王妃に迫害された王女が
白鳥に姿を変えられた11人の兄の呪いをとくためにイラクサで上着を編み続ける。
そのひたむきさに、幼いながら胸打たれたものである。


編んでいる時に口をきけば呪いはとけない。
イラクサのとげで指を傷つけながら
王女は何も言わずにひたすら上着を編み続ける。
しかし、魔女の疑いをかけられた王女は処刑されることになってしまう。


うちに絵本があったのか童話集があったのか記憶は定かでないが、
クライマックスのシーンはいまでもありありと目に浮かぶ。


処刑場に引かれていく車の上で、
罵声を浴びせかけられながらも一心に編み続ける王女。
残された時間はあとわずか。
頭上には彼女を守るかのように11羽の白鳥。


結末がわかっているのに、何度読んでもどきどきした。
息詰まるシーンである。


あともうすこし。
がんばって。
あとすこしで上着は編み上がるから。
お兄さんたちも待ってるから。
がんばって。


よもやこれまで、と思った時、王女がイラクサの上着を空に投げ上げる。
ここから先は私の頭の中でスローモーションの映像になる。


王女の手から離れる11枚のイラクサの上着。
ふうわり、と空に舞った上着が白鳥のからだに吸いつく。
と、イラクサを身にまとった白鳥が美しい王子に身を変えながら地面に舞い降りる。
11羽の白鳥が、次々に11人の王子へ。


感動のクライマックス。


何が感動的って、王女の並外れた辛抱強さである。
それに、最後の最後まであきらめなかった意志の強さも。


少女の私はほっと胸をなでおろすと同時に、
王女の信念の勝利にちょっと圧倒されたものだ。


いまあらためて考えてみると、
あきらめずに最後の1分1秒までしがみつくように粘ることで
可能性は確実に広がるのだと思う。


息子よ。
しつこいほどにあきらめないでいこう。
最後の最後までがんばれ。

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2009-01-18

だからだいじょうぶ

今朝はきのうと打って変わってどんよりした曇り空。
冷たい空気は湿気を含んでいっそう寒さを増す。


今日は空から元気がもらえないなあ、
とふと顔を上げたその頭上に、
たれ込めた雲のすきまからほかっと青い空が見えていた。


一面灰色の雲がそこだけ綿を引きちぎったみたいに薄くなって、
きれいな空色がのぞいている。
ほんとうにそこだけきれいな空色。


ああ。


雲の向こうにはいつだって青い空が広がっている。
雲にさえぎられているとそのことを忘れそうになるけれど。
かならずあるのだ、頭の遥か上にはかならず。


ふいに胸が衝かれて、涙が込み上げそうになった。


なにを泣きそうになってるんだろ、私。
iPodのイヤホンからはMr. ChildrenのGIFT。
この曲のせいかな。


ま、いいか。
こういうことも時にはある。
なんだかすごくおおきな力を得た気分になって、大股で駅に向かう。


「自分を信じて前に進む」


いうのは簡単。
だけど、どんなに強い信念をもってるつもりでも
ふっと気弱になって足が止まることがある。
それはまるで、しっかり踏みしめて歩いていたはずの道が
気がついたら草に覆われて見えなくなっているような感覚だ。


でも、道は確かにある。
自分の進む先に存在する。
かならずある。


だから、だいじょうぶ。


そういい聞かせてまた前に進む。
たとえ見えなくても、足元には道が続き、頭上には青い空。

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2009-01-10

10日たってあらためて

2009年を迎えて10日がたった。
今年は私にとってどんな年になるんだろう、とあらためて思う。


一年の計は元旦にあり、というけれど、
「今年はこんな年にしたい!」とか「こんなことをする!」とかいった
具体的な目標は立てなかった。


息子だったら、
「希望の大学に合格して、憧れの大学生生活をスタートする」
という明確な目標があって、そこに向かってまっしぐらに進むだけだが、
私の場合、進むべき道筋が彼のようにははっきりしていない。


もちろん、ゴールをはっきり決めてそこに向けて着々と進んでいくというのが
いちばん主体的で積極的なやり方だということはよくわかっている。


でも、明確なイメージがないままに
無理やり「これっ!」といった目標を決めなくてもいいかな、と思ったのだ。
姿勢さえはっきりしておけばいいのかな、と。


どんなときも前向きに。
どんなときも笑って。
自分を信じて。


それだけ心に刻んで前に進めばいい。
あとは進んでいったその時々で考えたり決断したりすればいい。
その過程で「これは」という目標を持つことができたら、
それを達成するために軌道修正して進めばいい。


そんなふうに思ったのである。


去年はとてもいい年だった。
だが、年の初めにイメージした「いい年」とはかなり違っていて、
私自身が得たもの、学んだものも当初に予想していたものとはずいぶん違った。


ただ、予想外の展開を繰り広げた1年ではあったが、
結果的に私の人生においてなくてはならない密度の濃い1年となった。
自分にとってのやりたいこと、できることも浮き彫りになった年だった。


2009年も、年の終わりに「いい年だった」と振り返れたらいいなと思う。
どんなことがあっても、それらすべてを自分の糧にして進み続けていこうと思う。


まずは自分にできることから、である。

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2009-01-09

寒い一日

今朝、東京では初雪が観測されたという。


でも、この目で雪を見ることはできず仕舞い。
6時半にカーテンをあけて窓の外に見えたのは、そぼ降る雨。
ゆうべの予報ではお昼前までに積雪があるとさんざん脅されたが、
結局雨が雪に変わることはなかった。


それでも、強い北風が冷たい雨を吹きつける寒い一日だった。
バッグにつっこんでおいた帽子だけは出番がないままだったけど、
風邪予防のマスクはあったかで助かったし、手袋も手放せなかった。


風に飛ばされないようしっかり傘を握りながら、
寒いと汗かけないからつらいんだよなあ、なんて思う。
夏だったら、こうして街を歩いている間にも
じゃぶじゃぶ汗をかいて気持ちいいのになあ、と。


だから、ふだんの生活で汗をかけない分、
稽古場ではたっぷり汗をかけるようにする。
レオタードの上にニットを2枚重ねて、レッスン開始。
動くにつれてどんどんからだが暖まり、じわじわ汗をかき始める。
そのうち汗は玉になってしたたり落ちる。


それだけ汗が出るほどからだが暖まれば、
動きも大分なめらかになるし。


さんざん汗をかき、さんざん動いた後は、
ふたたびセーターとコートに身を包んで外に出る。
汗をぬぐったばかりの髪に、冷たい風がしみるなあ。


だけど、仙台の寒さに比べたらこれくらい序の口、とも思う。
氷点下まで下がるわけじゃないし、歩く間に足が冷たくかじかむこともないし。


寒いけど、寒くない。
まだまだだいじょうぶ。


ただし、私が耐えられるのは仙台の寒さまで。
仙台以北の寒さには順応する自信まったくなし。


でも、東京暮らしが長くなったいまとなっては
仙台の寒さにだって対応はむずかしいのかもしれない。

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2009-01-07

日記

この間、新聞に「三日坊主ランキング」が出ていた。
「これまでに立てた目標や計画のうち、短期間で挫折したこと」だという。


第1位は「日記をつける」で、回答者の約3割。
以下、2位は「家庭内トレーニング」、3位「ダイエット」、4位「家計簿」、
5位「節約してお金をためる」だそうである。


1位の日記にくじけた理由として目立ったのは、「毎日のできごとが平凡」。


ふーん。
毎日のできごとが平凡だから続かない、か。


じゃ、そもそも日記をつけようと思った理由は何だったんだろう。
何を日記に書こうと思ったんだろうか。


そういう私は、毎日日記をつけている。
このブログも毎日書いているが、自分のためだけの日記も毎日書く。
そちらの日記は所要時間10分足らず。
1日あたりの書くスペースはとてもちいさいのだ。
というか、負担にならないようあえてそういう日記帳にしているのである。


私の日記歴は長くて、かれこれ25年くらい。
これだけ続けていれば、書かないとかえって気持ち悪い。
ただ、どうしても書けなかった時もあって、
母方の祖母が亡くなった時と、マイコプラズマ肺炎で高熱と咳に苦しんでいた時。
この二度だけは、文字を綴ることができなかった。


日記に書くのは、その日に感じたこと、思ったことだ。
高校生ぐらいの頃は、特別なことがあった時(要するに平凡でないできごとの時)に
そのすべてを詳細に書きとどめておきたい、と思ったものだが、
そういうのって時間がかかるから続かない。
結局、手短にその日の思いを綴るスタイルで長続きしている。
実家の店長をしていた頃は、あまりのハードワークに「疲れた」「眠い」のひとことのみ、
ということもよくあった。


いまとなっては完全に習慣化していて、
日記を書くのは寝る前にパジャマに着替えるのとおなじくらい自然なこと。
私にとって儀式みたいなものだ。


たまに、前の日記を読み返すことがある。
1年前の今日、とか2年前の今日、とかいう具合にページをめくる。
そこにはいまと変わらない自分がいることもあれば、遠いむかしを見る思いだったりもする。


おもしろいのは、その時々の思いが匂い立つようによみがえってくることだ。
写真や映像とは違う、綴られた文字が呼び起こす記憶。
確かにその時間を生きていた私がそこに存在することをあらためて思う。


日記をつけることは、その日その日を生きていた証を刻む行為なのかもしれない。


さ、このブログを書き上げたら日記書いて寝よう。

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2009-01-01

2009年は…

あけましておめでとうございます。
「A.I.のひとこと日記」、2009年も毎日書き続けていくつもりなので
どうぞよろしくお願いいたします。


さて、新しい年。


やっぱり今年も踊るんだろうなあ、と思っている。
というか、そのつもり。


踊ることを推進力に、前に進み続けるつもりである。


舞台では、あたりまえのことだが音が始まったらかならず踊りだす。
緊張と不安に押しつぶされそうになっていても、
わけのわからない恐怖に足がすくみそうでも、
コンディション不良で脳天までしびれるほどに足が痛くても、
音が始まったら笑顔で舞台に出ていって踊る。


踊りだすと、からだと魂は音と一体化しようとする。
そのただひとつのものを求めて無心に踊るうち、
緊張も恐怖も痛みも薄れていく。


踊り終えて全身を満たすのは、「踊ってよかった」という喜び。
そしてあんなに舞台を恐れたことも忘れて、また踊りたいと思う。


数すくない舞台の経験ではあるけれど、
私のからだに濃密にしみこんだ体験である。


どんな時も前へ。
ポジティブな気持ちで前へ。
自分を信じて前へ。


その先に大いなる喜びが待っていることを信じて前に進み続ける。


2009年がどんな年になるのか、すごく楽しみである。

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2008-12-31

2008年最後の日

大晦日の今日、
わが家にTAP BOYSのメンバーがやってきた。
1週間前に会ったメンバーとは別の、
山形の大学に行ってるメンバーだ。


息子は大晦日と元日の2日間だけ冬期講習の休み。
帰省中の彼と会うのにどこか外よりうちがいいよね、
ということで来てもらったのである。


しばしおしゃべりに興じ、
「友だちはいいもんだ」のひとときを過ごした。
(むかし、劇団四季のミュージカルで聴いた好きな歌だ)
息子とメンバーのふたりのみならず、
私も一緒に楽しんだのはいうまでもない。


彼は帰り際、「がんばれよ! がんばれよ!」といいながら
息子と固い握手を交わした。
「受験が終わったら、またみんなで集まろうね」と私。
彼を見送った後、息子は「ああ、楽しかった」と満足げにつぶやいた。


やっぱり友だちっていいよね。
特に、TAP BOYSはただの友だちじゃない。
ともに踊り、熱い時を過ごした仲間だもの。


友だち。
踊る。


そういえば、どちらも私にとって今年を象徴するキーワードだったかもしれない。


とにかくこの1年、踊った。
こんなに自分が踊るようになるとは思わなかったくらい。
踊ることでたくさんのことを学び、あらゆることに気づき、自分と向き合った。
まさに、バレエあっての今年の私だった。


そして、今年はさまざまな友との交流があった。


古くからの友だち。
ひさしぶりに再会した友だち。
さらに親交を深めた友だち。
新たに友情を交わした友だち。


その多くの友だちに、
ある時はなぐさめられ、ある時は刺激を与えられ、ある時は励まされ、
常に勇気づけられてきた。


こうして振り返ってみると、いい年だったなと思う。


バレエの神さまと先生に感謝。
多くの友に感謝。
また、私を見守り、支えてくれた家族に感謝。
そして、この日記を読んでくださったみなさまに感謝。


ほんとうにありがとうございました。
来る年がまたよい年でありますように。

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2008-12-30

年の瀬に思う

今年も残すところあと2日。
もうここまでくると
大そうじは計画倒れに終わったな…という感じ。


今シーズンはめずらしく
早々にそうじ箇所のリストアップなんかしたのである。
これだったら空いた時間にすこしずつやり進めそうだと
リストを眺めて悦に入ったりして。


ところがどっこい、
年の暮れというのはその実感がなくてもなんだかあわただしい。
無駄に過ごしているつもりは全くなくても、
時間がいつの間にか過ぎ去っている。


で、今年も例年のごとく本格的な大そうじをしないまま年を越すのである。


まあ、年賀状はかなり早めに投函し終えたし、
お正月飾りも2日前に済ませたし、
それだけでも御の字と思おう。


それに、2008年はあと1日ある。
「大」そうじとまではいかなくても、せめて「小」そうじくらいはするつもり。


さて、年内中に済ませたいことがもうひとつ。
手帳の引継ぎだ。


システム手帳のレフィルも、売り場が混雑する前に、と
10月くらいにはすでに買い求めてあった。
もちろん、「やることリスト」にも「来年の手帳」とメモ。


でも、ずうっと緊急度が低かったものだから優先順位はいつも下のほう。
やっと取りかかれたのは今日なのだ。


まず、誰かの誕生日とか命日とか、記念日を書き写す。
誰々さんは何月何日に誕生日で何歳になって…、ともごもごいいながら
ペンを走らせる。


ああ、TAP BOYSのメンバーも息子の友人たちも来年ははたちか。
早生まれの息子より一足先に彼らは成人の仲間入り。
おお、父はとうとう70の大台にのるのね。
うわ、おばあちゃんは95歳だって!
ひとりひとりの顔を思い浮かべながら手帳を埋めていく。


逆に命日では、もうあれからそんなにたつのか、と過ぎた年月を思う。
在りし日の面影を思い浮かべながら、誰々さん何周忌、と記入する。


この手帳に命日がふえませんように。
みんなが何事もなく無事に年を重ねられますように。


祈るような思いでひとつ数をふやしながら書き写し続けた。


いまこうして生きているのは、けっしてあたりまえのことではない。
でも、あたりまえに毎年毎年誕生日を迎えられるというのは
なんと幸せなことか。


どうか来年もそんなあたりまえの年でありますように。

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2008-12-29

しゃべり納め

朝の電車の人がすくない。


あれ、何曜日だっけ? と一瞬考えて月曜だったと思い出す。
平日の朝ならホームも車内も人でいっぱいなのに、すかすか。


そうか。暮れもいよいよ押し迫っているってことだ。
私自身は年の瀬の実感がいまひとつ湧かないけど、
世の中の多くの人たちは年末年始のお休みに突入しているのだ。


出先から帰る途中、友だちのところに寄った。
彼女は今日が仕事納めだといってたから、顔見てしゃべり納めといこう。


彼女のオフィスはわが家から2分のところにある。
ご近所なんてものじゃない近さ。


以前仕事でお世話になった方が秋のはじめに新しい会社を起ち上げて、
そのオフィスで別会社をやっているのが彼女である。
お知らせの住所を見た時にはあまりの近さに驚いた。


彼女とは、ごあいさつに伺ってはじめて会った時から
おたがいに感じるものがあった。
次に会った時にはかなりざっくばらんな話ができて、
以来、彼女とは旧知の仲といえるほどの親しさである。


「何でも話せる友だち、っていそうでそうそういないものよ」
と彼女がいう。


そうかもしれない。
自分を繕うことなく、
その時にそうしていたいという気分にまかせた自分でいられる相手っていうのは
そう多くないのかもしれない。


私は何かに感嘆した気分を表すのにたまに「すっげー」ということがある。
「すごい」ではそのニュアンスを表しきれなくて、
「すっげー」ならぴったりしっくり、という時だ。


だけど、たいていの場合、私が「すっげー」といった途端に空気が凍りつく。
親しくなってるからだいじょうぶかな、と思ったんだけど結果はNG。
私のイメージと「すっげー」ということばとの間にギャップがあったんだろうな。
で、やっぱりまずかったか、と大いに反省するのである。


でも、彼女は「すっげー」もすんなりするりんと受け入れてしまう。
そのらくちんさといったらない。


たぶん、おたがいに鏡なんだろうと思う。
彼女が正直にナチュラルに話すから、私も正直にナチュラルに話せるのだ。


今日もコーヒーをいただきながらあんな話、こんな話が尽きず、
あっという間に窓の外は夕暮れ時。


名残惜しかったけど、また来年。
というか、また来週。


「まじめに努力してる人にはいつかきっとごほうびがあるものよ」
彼女のそのことばにとっても励まされた。
ありがとう、がんばる。


彼女と出会えた今年に、感謝。

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2008-12-20

心細さに出逢うとき

ふいに、えもいわれぬ心細さに襲われて
身がすくみそうになることがある。


得体の知れない不安が薄い膜のように全身を覆い、
動きがからめとられる。


―私は何をしようとしているんだろう。
―そもそも私は何者なんだろう。


足元からじわじわと冷気が立ち上ってくる。
こわばった足を踏み出すのがためらわれる。


―何をばかな。
―このまままっすぐ進めばいいんだよ。


進む先には確かなものがあるはずだから。
たぶん。


ためらいを振り切って、歩を進める。
ほんの一瞬の躊躇。
実際には歩みの速度は落ちていない。
そのままずんずん歩き続ける。


歩くうちに恐怖に似た不安は霧のように消えていく。
とりあえず心細さとはお別れ。


心細さは突然現れて、
しょせん人は自分の足で歩いていくしかないのだという事実を突きつける。


人は、基本的に生まれる時も死ぬ時もひとりなんだから。


だけど。
心を寄せてくれる人、頼りにしてくれる人の存在は心細さを忘れさせる。
私を私のままで善しとしてくれる人たちの温かさが私の背中を押す。


そんな温かさに触れる時、つくづく思う。
人はひとりでは生きにくいものなんだなあ、と。


支えているつもりが、実は私のほうが支えられていたり、
誰かを応援しながら、自分のほうが励まされていたり。


結局、誰かのおかげで
こうしてすこやかに生きていられるんだと気づかされる。


かかわりあうさまざまな人の温かさに後押しされながら進む先には
きっと確かなものがあるはず、と信じられる。

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2008-12-18

じっくりじっくり

スロースターターである。


遅咲き、というか。
そもそもこれから咲くのかどうかもよくわからないけど。


「じっくり型だよね」
たいしてつきあいが長いわけではないのに、そう評した友だちがいた。
人の本質を見抜くことのできる人だった。


ああ、私ってじっくり型か。
そういわれればそうかもしれない。


深い話のできる友だちだったが、異国で事故に遭い死んでしまった。
彼とはもっとたくさん話がしたかったのに。


思えば、子どもの頃から何事においてもじっくり型だった。
目から鼻へ抜けるタイプではもちろんない。
バレエだって運動神経がいいほうじゃないから
新しいテクニックがぱっとこなせる、なんてことはまずもってない。


なんでもぱぱっとできちゃう人ってすごいな、と憧れた。
ぱっとできて、頭角を現して、脚光を浴びて、さらにぐんぐん進んでいく人。
自分がそうできないのは、きっと努力が足りないからだと思った。


がんばらなくちゃ。
私だってスポットライト浴びたいもの。


しかし、熱意だけで進んでいけるほど世の中単純ではない。
まだまだ努力不足なのか、
もともと才能がないからなのか、
はたまたアピールが足りないからなのか。
なかなかきわだった成果には結びつかないのが悩ましい。


でもちょっと待って。
もしかしたらヘンにないものねだりしてない?


じっくり型だよね。
スロースターターだよね。
その持ち味で進んでいくんじゃだめなの?


もちろん、いままでもそう思って生きてきたのだ。
ただ、無理に自分に言い聞かせているところがあった。


そうじゃなくて。
無駄な力をすとんと抜いた自分にいちばん合ってるやり方ってなんだろう、
とあらためて考えてみると、やっぱり「じっくり型」だったってこと。
それがいちばん無理がない。


ちびくろさんぼのトラたちが木の周りをぐるぐる回り続けているうちに
いつのまにかバターになっちゃったみたいに、
じっくりじっくりやり続けて気がついたらそこに生み出すものがあった、
というほうが私らしい。


じっくりじっくり。

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2008-12-13

饒舌に語れること

いまでこそスポーツの分野以外でも認知度の上がったコーチングだが、
私がコーチングで仕事をはじめた頃はなかなか理解されなかった。


「何のスポーツ?」と訊かれるのは想定内。
「は? 工事? 何の工事ですか?」と訊かれた時には
ああ、そう聞こえたか、と心の中で苦笑い。
何とか内容を説明し終えた後に「で、それって占い?」といわれた時には
どういえばわかってもらえるのかな、と困りながらもやっぱり苦笑い。


その頃を思うと隔世の感がある。
いまや「コーチング」といっただけで
かなり多くの人に「ああ」と納得してもらえるのだから。


コーチングが広く認識される前、ブームのようにもてはやされた時があった。
コーチング関係の書籍が次から次と出版され、
「コーチングはいける!」と着目した人たちが
こぞって「われこそはコーチングの専門家」と声高らかに名乗りをあげたのである。


しかし、その中にはコーチングなんてこれっぽっちも勉強したことのない人も含まれていた、
というのが現実だった。


そんなある時、知り合いになった人の会社が業務内容にコーチングをあげていた。
興味をもって内容について伺ったところ、「これから勉強するんです」との答え。


それって順序が逆ですよね。
内心あきれた。
でも、当時はそんなところが多かったのである。


できないことや不案内なことを看板に掲げて、何の意味があるのだろう。
他人に語るべきものがないならば、そこには意味も意義も存在しない。


「他人に語れる」というのは、もちろんはったりや付け焼刃のことではない。
情熱を傾け、経験を重ねたうえではぐくまれた自分なりの考えや思いを
自信をもって伝えるということだ。


そんなとき、人は饒舌になる。
誰かの受け売りや借り物じゃないことばなら、それは人の心を打つ。
経験と熱い思いに裏打ちされた真実のことばだからだ。


だから、経験も情熱も持ち合わせていない事柄について何かを語らなければならないとしたら、
それほどきついことはない。


ただ世の中には、経験なんかなくてもそれっぽく語ってしまうはったりのうまい人もいる。


私にはできない。
できないし、したいとも思わない。


どんなささやかなことでもいい。
私が私のことばで、熱く饒舌に語っていけるものを私はやっていきたい。
そう思っている。

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2008-12-10

自分にとっての「いいこと」

好きじゃないことは続かない。
それがどんなに「いいこと」でも、
好きじゃなければ自分にとっての「いいこと」にはなりにくい。


結婚したばかりの頃、夫と一緒にプール通いをしたことがある。
彼は水泳部に所属していたくらいだから、泳ぐのが好きである。
「カラダにいいし、泳ぐと気持ちいいよ」
彼はそういって私に勧めた。


私はカナヅチではないが、とりたてて泳ぐのが好きなわけではなかった。
むしろ苦手な分だけキライなほうだったかもしれない。
でも、水泳が全身運動でカラダにいいとはよくいわれることだったし、
やってるうちに好きになるかもしれない、と淡い期待を抱くところもあった。


確かに、水の中は気持ちよかった。
だけど、それだけ。


泳ぎ続けるのはつらく、
プールから上がった後のメイクや髪のことなんかは面倒だった。
そのうちプールからは足が遠のいた。


マラソンのQちゃんは好きだけど、走ることにも食指は動かない。
どんなに彼女が人の心をとろかす笑顔で「走るのって楽しい!」といっても、
私にとってそうはならないなあ、と思う。


結局、好きなことが自分にとっていちばん「いいこと」なのだ。
そして、好きなことからなら、あらゆることが学びとれるのである。


バレエのレッスンを本格的に再開してから1年余り。
踊らずにいた20数年を取り戻すかのようにスタジオに通い続けた。
週に1回だったレッスンは、もっと踊りたい気持ちから徐々に回数がふえ、
いまはとにかく踊っていれば幸せである。


脚なんて上がらなくてあたりまえとは思わずに
すこしでも上がるようになりたいとあれこれ工夫をし、
高く跳べなくてあたりまえとあきらめずに
ステキに跳べるようにと鍛え、
いつもいまよりすこし高い基準を求めてレッスンにのぞんできた。


そしてたどり着いた「力を抜く」こと。


思えば、3歳の時にテレビでレニングラードバレエの「眠りの森の美女」を見てから
バレエはずっと私の一部だった。
踊っていなかったときでさえも。


生きる姿勢も、人としてのあり方も、
もっとも愛してやまないバレエからずいぶん学んできたのだ。
それは再開したいま、以前にもまして深く思うところである。


きのうより今日、今日より明日の私はもっといい。
そう思ってレッスンするのみである。

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2008-12-09

ココロを守るバリア

カラダとココロはつながっている。


あたりまえといえばあたりまえのこと。
誰に教わったわけでもなく、きっとそうだとずっと思っていた。


ただ、カラダとココロは別々に扱われることが多くて、
そのうえカラダはパーツごとに細かく分けられてうんぬんされる。
それに慣らされてしまうと、
「カラダとココロはつながっている」ということがあやふやに思えてくる。


でも、カラダとココロは自分が思っている以上に密接につながっている。
両方にきちんと向き合ってみて、そう確信するようになったのである。


ココロにダメージを受けると、カラダももろに影響を受ける。
逆もそうだが、カラダのほうがまだ悪影響から身を守りやすいのではないだろうか。
しかし、ココロを守るのは思う以上に容易ではない。


どんなダメージからもココロを守ってくれるバリアがあったら…


何度そう思ったことか。
きっと私に合う手立てがあるはず、とトレーナーと話したこともある。
いわゆる「メンタルが強い」というのは、そういう手立てがあって、
ココロがいい具合にバリアに守られているということなんだろうから、と。


もしバリアに守られていたら、
いつも体軸をしっかりもって、ゆるぎなく立っていられるはずだ。
そんな自分になれたらどんなにいいだろう、と思った。


でも。
いつの間にか私はそのバリアを手に入れていたのかもしれない。


きのう、ジムからの帰り道に「ああ、そうか」とふと思い至ったのだ。
カラダが歪んでいないこの状態は、バリアに守られていたおかげかも、と。
そのバリアのもとになっているのは、「力を抜く」ことなのだ、と。


踊る時も、トレーニングする時も、ふつうに歩いている時も、
必要なところ以外は力を抜く。
で、カラダの力が抜けると、おもしろいようにココロのほうも無駄な力が抜ける。


無理に考えようとしてないし、感じることさえあえてしようとしていない。
意識することを自分に無理強いしていないから、ココロがナチュラル。
あるがままに受けとめる、ってこういうことかもしれない、と思ったりする。


気がついてみると、とても意外な感じだ。
「バリア」って、意識して作り上げたり手に入れたりするイメージがあったのに、
実際は逆。


意識しない。作ろうとしない。手に入れようとしない。
力を抜く、ってそういうこと。


ココロもカラダも、らくちんである。

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2008-12-05

基礎

バレエのレッスンは、たいていバーについてプリエからはじまる。


プリエ。
フランス語で「折りたたむ」という意味。
足の裏を床につけた状態でひざを曲げる動きである。
バレエの場合、足は外向きに使うので、
子どもの頃はプリエを「がに股」といって恥ずかしがる子がいたものだ。


プリエは、バレエのあらゆる動きに伴う大切な動きである。
跳ぶのはもちろんのこと、回るにしてもプリエなしには考えにくい。


それほどまでに大事で、
先生にもちいさい頃から幾度となくそういわれ続けて、
意識するまでもなく当然できてるつもりだったプリエ。


でも、バレエ復活1年にして気がついた。


私はプリエの本来の役割とほんとうのやり方を
ちゃんとわかっていなかったかもしれない、と。


9歳からバレエをはじめて以来、
プリエは「身についているはず」なんていちいち思う必要もないくらい
あたりまえの動きである。


だが、どうだ。
私がやってきたことは、単にひざだけを曲げることだったのではないか。


だから、せっかく生じた力がひざで止まってしまう。
ひざから足首、足首から足の裏に力が柔軟に伝わっていかないから、
床を押す反動が生かしきれないのだ。


子どもの頃からよく注意されたものだ。
「プリエで床を押して!」
「床を感じて!」


勘所の悪い私がやっていたのはたぶんプリエもどきだ。
ただひざを曲げるだけだから、床を押す感覚だっていまひとつつかめずじまい。
うわべだけをなぞっていたに過ぎないのかもしれない。


バレエに限らずそういうことって、案外多いんじゃないだろうか。
一見あたりまえで簡単そうだから、ちゃらっと流してしまいがち。
でも、実は奥が深くて、
きっちり押さえておかないと根幹を揺るがしてしまうようなことが。


それは、たいてい「基礎」と呼ばれるようなこと。
何事も基礎は大事だし、基礎が強い人にはかなわない。


プリエであらためて床を確かめる私である。

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2008-12-01

今日から12月

今日から12月だなんて、何かの間違いじゃないだろうか。


月めくりのカレンダーは確かに最後の一枚になり、
街はクリスマスの彩りでいっぱい。


でも、ほんとうに今年最後の月…?


なんだか不思議なほどに実感がない。
いつもなら世の中の気ぜわしさにあおられて息苦しささえ感じるのに、
いまの私ときたら、あっけにとられてきょとんとしている感じ。


なんだろう、これ。
いままでに味わったことのない感覚。


ほんとうに1年近い月日を過ごしてきたのだろうか。
それにしてはあまりに早い。


これまで過ごしてきた2008年の11ヶ月が
走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
記憶の引き出しからは、
実体をともなった過去の風景たちが断片的に飛び出してくる。
そのひとつひとつは匂い立つように鮮明で、
その時々の想いまで濃密に再生する。


思えば、いつも何かを思い、何かを感じ、空を見上げていた。
都会の真ん中で、空の色や空気のにおいに季節を感じていた。


11ヶ月、確かに歩いていたのだ、私は。
もしかしたら、いつの年よりもずっと
一日一日をいとおしんで暮らしていたのかもしれない。


師走の声を聞いてはじめて、そう思った。


しかし、息子のほうはそんなのんきなことをいってる場合じゃない。
12月のカレンダーを見て、はあっ…と深いため息をつく。


「きっと、多くの受験生が12月の訪れにため息をついてると思うよ」


その気持ちもわかる。
でも、日々いとおしむように濃密に暮らせば、使える時間はまだまだあるはず。


これからが勝負のしどころ。

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2008-11-27

安定感の源

ある時期、
「よだれをたらして眠る」のを目標にしていたことがあった。


なんとも奇妙な目標ではある。
もちろん、私は大まじめだったのだが。


その頃は、眠っている時でさえ力が抜けていない自覚があった。
起きた時にあごのあたりがこわばっている感じがしたものである。
力が抜けないから、当然気持ちよく眠れない。


そんなへんてこな目標を掲げなければならないくらい、
その頃の私は日々時間に追われ、四六時中緊張していたのだった。
「よだれをたらす」のが目的ではなく、
それほどまでにリラックスしたい、という切なる願いだった。


いまとなっては笑い話みたいな目標だが、
結局達成したかどうかはよく覚えていない。


いまやそんな目標がなくても、
目をつぶればすぐさま脱力、夢の世界にまっしぐらである。
ただ、カラダとココロの両方において
文字どおり力が抜けるようになってきたのは、ごく最近のことだ。


力がいい具合に抜けているときには、安定感がある。


そう気づいたのは、もちろん踊っているとき。
ムダな力を抜くと、カラダは自然とまっすぐな軸を持ち、安定するのである。


いままで逆のことをやっていたんだなあ、とつくづく感じる。
軸を取ろうとするばかりに、カラダのあちこちにムダな力を入れていたのだ。
体感してみれば、それではバランスが取りにくいことがよくわかる。


ココロだっておなじだ。
自覚はなかったけれど、振り返ってみればずいぶん力が入っていたかもなあ、と思う。
ココロに無理をしないほうが、断然ラク。
ココロもカラダも、妙な力が入っていないほうが
ここぞというときにはエンジンがかかりやすいだろうな、という気がする。


いいことに気づくことができて、すごくよかった。
力が入っていたからこそ、力が抜けたときの良さもわかったのだと思う。


ホリスティック・コンディショニングの勉強をしているとき、
先生が事あるごとに「軸! 体軸とって!」とおっしゃっていたが、
その極意がわずかながらわかったような気がした。


必要なのは、余計な力が抜けているということ。
自然体がいちばん安定するのだから。

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2008-11-25

楠木と空

バレエスタジオの入り口には、太い木が生えている。
地下のスタジオに降りていくためには
そのごつごつした幹を回り込まなければならない。


おそらく、そこにビルが建つずっと以前からあたりを見守ってきた古い木だ。
ふと視線を上げると、「くすのき」と書かれた札がかかっているのが見えた。


1年もの間、何度その木の脇をすり抜けたかしれないのに、
木が「くすのき」だと知ったのはほんの最近のことである。


楠木は圧倒的な存在感で半ば入り口をふさぎ、
いつも変わらずそこに根を生やし続けていたのだ。
でも、目先のことしか見ようとしない私には木の幹しか目に入っていなかった。


楠木を回り込んで階段を降りる時には
いつだってこれから踊ることで頭がいっぱいだったし、
階段を上がって楠木の脇をすり抜ける時には
心地よい疲労感と充実感で胸がいっぱいなのだった。


楠木の脇をするりと通り抜けてしまわずに立ち止まってみた。
立ち止まって、がっしりした幹に沿って視線を上げてみた。


すると、思いのほか高いところに、
お陽さまの光をあびた葉っぱたちがきらきら広がっていた。
そして葉の間からは、青い空がちらちらのぞいていた。


知らなかったなあ…


いままでずっとこの楠木に守られて踊っていたかもしれないなんて、
全然知らなかった。
意識することなく通り過ぎていた日々をすこしもったいなく思った。
空は毎日見上げていたのに、この木を見上げようとはちっとも思わなかったんだなあ。


どんな街を歩いていても空を見上げるようになったのは、いつからだろう。
いまでは、細い路地でも、高いビルの隙間でも、顔を上げて空を仰ぐ。
どんなところにもかならず空は広がっていて、そのことが私の心を安堵で満たす。


以前は、さえぎるもののない広々とした空こそがほんとうの空だと思い込んでいた。
でも、ある時気がついた。
空はどこでもつながっている。
ほんとうの空も、ほんとうじゃない空もない。
空は空。
どこにだって空はある。


これからは、空を見上げるのとおなじように、
スタジオに行くたびに楠木も見上げるようになるだろう。


楠木と空の高さを感じたら、きっと私の心は落ち着くのだ。

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2008-11-23

アホ

スキーヤーで登山家の三浦豪太さんが
日経新聞夕刊におもしろいコラムを書いていた。


コラムのテーマは「アホ」。
遺伝子工学の第一人者である村上和雄名誉教授と
ある雑誌で「アホになることについて」対談したのだという。


村上先生は「アホは神の望み」という本を出してらっしゃるので、
そのつながりだろうか。
(ずいぶん前に、先生の「生命の暗号―あなたの遺伝子が目覚めるとき」を読み、
以来、「良い遺伝子のスイッチをみずからONにするぞ」と意識するようになった。
「宮本亜門のバタアシ人生」にも、亜門さんと先生の対談が収録されている)


さて。
豪太さんがいうところの「アホ」とは。


「焦らず、おごらず、腐らず、陽気に笑い人を笑わせ、不器用だがすべてに前向きに取り組み、
回り道をするが最後には大きな答えにたどり着く人」だという。


で、豪太さんはお父さまの雄一郎さんを「アホ」だとほめている。


雄一郎さんのお名前が出てくると気がひけるが、
「アホ」の定義を読んだとき、実はとても親近感を覚えた。
私もかなり「アホ」に近いんじゃないか、と。


「焦らず、おごらず、腐らず」…


焦っても事態が変わらないなら焦ったってしょうがないと思ってるし、
おごるようなことははなから何もないし、
腐ったって何かがうまくいくとも思わないから腐るだけエネルギーのムダだと思うし。


「陽気に笑い人を笑わせ」…


よく笑う。
具合が悪くてよろよろしてる時でさえ、
へらへらくだらないことをいって笑っているので、息子によくあきれられる。
私が笑えない時はよっぽどだ、とも。


「不器用だがすべてに前向きに取り組み」…


不器用だ。
でも前向きに取り組むほうだと思う。


ここまでほぼ定義とぴったり。
でも、締めで自信がなくなる。


「回り道をするが最後には大きな答えにたどり着く」…


回り道をしているような気はする。
だけど、それで大きな答えにたどり着けるかどうかなんて
自分ではわからない。
もしそうなら、こんなうれしいことはないけれど。


そういえば、市原悦子さんにいわれたっけ。
「花開かなくたっていい。続けること」
無理に花を開かそうと思わないでとにかく続けていたら、
そこには何かがあるってことかもしれない、と胸に刻んできたことば。


不器用だから、これ、と信じたことを愚直に続けるしか能がない。
要領よく上手に立ち回る才もない。
即座に成果を求めたがる人なら、何を悠長な、といらだつことだろう。


でも、それがいちばん、私が私らしくいられるやり方だ。


もしそれで大きな答えにたどり着けるなら…
ちょっと自信をもってアホでいられるかな、と思う。

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2008-11-22

いいこと

バレエスタジオに向かう途中の駅ビルが
すっかりクリスマスの装いに変わっていた。


きらめくオーナメントで飾りつけられたクリスマスツリーも、
花屋の店先を飾るポインセチアも、
クリスマスケーキのディスプレイも、
なんとはなしに気持ちを浮き立たせてくれる。


レッスン前にウォーミングアップをしながら若い友人が楽しげに話す。
「ハロウィンにはじまって、クリスマスがやってきて、お正月を迎えて…
これからの季節って、好きなんです。なんだかいいことがありそうで」


実際にはいいことなんかないんですけどね、といって彼女は笑う。


すでに彼女の家ではクリスマスの飾りつけがされているのだという。
大きなツリーを飾って、テーブルクロスもクリスマス用に変えて。
そうしたクリスマス気分こそ、彼女にとっての「いいこと」なんじゃないかなあ、
とちょっぴりうらやましく思った。


私も、10日ほど前に思い立ってちいさなシルバーのツリーを出した。


いつもぐずぐずしているうちにたいした飾りつけをしないままクリスマスを迎え、
後悔するのだ。
ほんのちいさなツリーだが、それだけでもなかなか存在感がある。
クリスマスがやってくる、という気分になってくる。
これからの季節はいいことがありそう、という友人のことばを思い出して、
ほんとにそうかもしれないな、とちょっと心があったかくなる。


ほんとうは、街がクリスマス一色に変わると
心は焦りに似た気持ちに侵食され始めるのだ。
いつもそう。


年賀状やお歳暮やその他諸々のことが次々と頭の中を飛び交い、
そわそわしはじめる。
何事も早めに手をつければ後であわてることもないから、といつも思うのに、
結局なんだかんだとぎりぎりまでばたばたする。


もうそういう季節なんだなあ…
ついこの間まで半袖のカットソーで汗かいてたのに…
時の流れのあまりの早さにびっくり。


でも、時の流れが早いからこそ、
その時その時を楽しまないともったいないのかもしれない。


「いいこと」を願いながら過ごしてみたら、
年末までの40日間、すこしは気ぜわしさも楽しめるだろうか。

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2008-11-21

イメージする

イメージするのは楽しい。
踊るようになって、ふたたびイメージの世界に身を置くことが多くなった。


空想や想像、時には妄想。
頭の中に思い浮かべたことが
あたかも実体があるかのように鮮明になっていく。


イメージの世界では、のびやかに踊る。
すっと背筋を伸ばしてかろやかに歩く。
ふんわり笑う。
とびきり素敵な自分をイメージする。


イメージ・トレーニングは、スポーツでもダンスでも重要だといわれる。
どれだけ自分にとっていいイメージをはっきりと思い描けるか。
それによって、その後のパフォーマンスに影響するという。


レッスン中、センターでほかの人たちが踊っている間には
自分の世界に入ってイメージしていることが多い。
実際に思う存分からだを動かせなくても、
イメージの世界では素晴らしく踊っている私がいる。


ただ、回転ものに関しては、いいイメージを作ることがむずかしくて困る。
そここそ、いちばんうまいイメージがほしいのにもかかわらず。


レッスン中に限らず、音楽を聴いている時もそうだ。
たとえば、「白鳥の湖」第3幕の黒鳥のコーダ。
オディールが32回グランフェッテを回る有名なところ。


イメージの中でさえ、私はどきどきする。
実際に動いてるわけじゃない。これは頭の中のイメージ。
そう自分に言い聞かせて、うまく回ってるところをイメージしようとする。


それなのに、イメージの中の私はどんどん減速し、
次第に首が追いつかなくなり、目が回り始める。


ああ。
これじゃ、実際に動いてる時とおなじ。
悪い癖もみなおなじ。


まいった。
これってどういうことだろう。


つらつらと思い返してみた。
要するに、こういうことだろうか。
少女時代からの失敗の積み重ねが成功体験をはるかに上回っていて、
容易に取り崩せないダメージとして心にはびこっている、ということ。


うーん。
そんなダメージ、取り払ってしまいたい。


成功体験も確かにあるのだ。
うまく回れた時の爽快感は、ちゃんとからだが覚えてる。
それだけをかき集めてイメージすればいいのだ、きっと。


それにしてもおもしろいもので、自分の体験をはるかに超えることは
たとえ想像の世界とはいえイメージできない。
ほかの人はどうか知らないが、すくなくとも私はそうだ。


もし、自分の体験以上のことをイメージする術があるなら、
知りたいものだと思う。

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2008-11-18

無愛想で無口

亡くなったいとことは、一緒に何かをした記憶が薄い。
いとこの中でいちばん年が近いのに、しみじみ語らった記憶もない。


子どもの頃は、離れて暮らしていた私たちが会うチャンスはめったになくて、
大人になり距離が近くなっても、今度は彼が仕事であちこち飛び回っていて、
会う機会はもっとすくなくなった。


ただ、私はバレエ修行中に伯母の家に居候していたことがあり、
その時は、短い間だがいとことおなじ屋根の下に暮らしている。


社交的な弟のほうとはとても仲がよくて何でも話せるのに、
彼とは顔を合わせてもあいさつ程度。
会話の糸口が見つからず、ようやくかけたことばもつながらず、
おたがいなんとなく気詰まりに黙ったままのことが多かった。


だから、私にとって彼は「無愛想で無口ないとこ」。


その彼の意外な一面について聞いたことがある。
母が彼にひさしぶりに会ったときのことだ。
たぶん、私が出席できなかった誰かの結婚式だったと思う。


いとこは、血のつながらない叔母である私の母に
とても人なつっこくあったかいことばをかけてくれたというのだった。


私はかなりびっくりした。
びっくりしたが、ちょっとうれしい気もした。
彼は変わったのかもしれない、と。


私が伯母の家にいた頃の彼は体調不良を抱えていて、
そのせいで無愛想だったのかな、と思った。
ほんとは人なつっこいやつだったのかも、と思うと、
今度会った時には自然にしゃべれる気がした。


残念ながら、その機会は永遠に訪れることはなくなったけど。


きのうの通夜と今日の告別式には、
彼にお別れをしに大勢の人が駆けつけてくれた。
その多くの人が、棺のもの言わぬ彼に語りかけ、男泣きに泣いた。


あんたのためにこんなにたくさんの人が悲しんでる。
別れがたくて、あんなに泣いてる。
みんなに愛されてたんだね。
ほんとはすごく人なつっこいやつだったんだね。


私は穏やかに眠っているような彼に黙って手を合わせた。

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2008-11-16

思考派、直感派

「宮本亜門のバタアシ人生」は、
亜門さんと「11名の人生を謳歌する人達」との対談、
それに亜門さん自身の半生について書かれた本である。


さらさらっ、と読み進むのはもったいない気がして、
一言一句かみしめるように読んだ。
自身の生き方や想いについて語るそれぞれのことばには、
簡単に読み流すことのできない重みと真実味があった。


ところで、11名の対談者の中に、須藤元気氏がいた。


私は格闘技にまったくもって興味がないけれど、
彼はプロの格闘家だった頃からちょっと気になる存在だった。
たぶん新聞か雑誌で彼のことばを読んだのだろう。
本質を突きながら、ひねたところのない素直な考え方に共感を覚えた。


さて、亜門さんとの対談の中で彼はこう語っている。
「直感に従っていけば間違いないと感じています」


彼はいう。
目標や夢を実現するために、人は考えてしまう。
考える、というのは損得勘定で判断すること。
それよりも、面白い、楽しいと思うものを感じるだけのほうがうまくいく、と。


ああ、なるほど。
私のおなかにすとーんとはまることばだった。


割と長い間、私は自分を「思考派」に変えようとしてきた。
物事は論理的に考えなければ。
何かを判断する場合にはまずメリット・デメリットを列挙しなければ。
よりよく思考するための技術も身につけなければ。
とにかく、フルに考えなければ、頭を使わなければ、と自分に強いてきた。


しかしここ最近、実はそれが私という人間にとってはキツイことだと
うすうす勘付きはじめていた。
時に、計算高く駆け引きしなければならない場面ではお手上げである。
できないのだ、私には。


須藤元気氏のことばを読んで、そもそも自分は「直感派」なのだと再認識した。


基本的な判断基準は、自分の直感。感性。心の声。
好きか、嫌いか。
いい感じか、やな感じか。
人の話を聞くときも、自分の直感に従って耳を傾けていくのが私本来のスタイル。
踊る時だって、音が流れ始めれば魂を解放し、感性に導かれるまま。


そうか。
そうだよね。
もともと直感で判断するほうが性に合ってる。


苦手なことにチャレンジし、努力するのは悪いことではない。
「思考」するのも大事なことだ。
しかし、無理はよくない。


考えるよりも感じること。
はじめから、そのほうが好きだったのだ。
だったら、素直にそれでいけばいい。

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2008-11-14

力を抜く

力を抜くこと。


いま私がいちばんに掲げるテーマである。


無駄な力を抜けば圧倒的に動きやすくなる、と体感してから
レッスンでは力を抜いて踊ることが目下最大のポイントだ。
それをバレエ以外でも実践しようというのである。


力を抜く。
文字どおり、街を歩くときでも電車に乗るときでも夕食の支度をするときでも、
筋肉から無駄な力を抜く、ということだ。


目にぐっと力を入れない。
眉間にしわをよせない。
歯も食いしばらない。
力を入れずにナチュラルに。


力を抜こう、と意識してみてはじめてわかる。
いままでどれだけあちこちに余計な力が入っていたか。


それはカラダだけでなくアタマの中もおなじだ。


何かを生み出さなければ。
そのためには、絶えず考え、絶えず動いていなければ。


そう自分を追い立てるようなところがあった。
そのくせ実際には新たな考えも浮かばず、たいした行動もしない。
それがかすかな罪悪感となり、さらに自分を追い立てる。
悪循環だった。


義務感で考えようとしても、いい考えは浮かばない。
力みが思考をじゃまするからだ。
振り返ってみると、いい考えが浮かぶのはいつもお風呂の中だった。
お湯の中でリラックスして、カラダからもアタマからも力が抜けているせいだろう。


思えば、力を抜くように人からアドバイスされたことはいままでも何度かあった。
でも、いくら人からいわれても、自分自身が深く納得しなければ実践できないのだ。


自分で体感すること。
そこには、劇的な気づきや感激も、みずから痛い思いをすることも含まれる。
そういった自分のカラダで感じることがなければ、
新たな領域に足を踏み入れることはなかなかできないものなのだと思う。


とにかく、力を抜く。
力を抜いて、自然体で感じる。
考えるよりも感じる。


それがテーマ。

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2008-11-13

導かれた理由

きのうの昼、私は恵比寿にいた。
JRの改札前をいったんは通り過ぎたものの、立ち止まって考えていた。


―渋谷に行こうかなあ…


恵比寿から渋谷までは一駅である。
しかし、渋谷に特別用があるわけではなかった。
昼食はまだだし、冷たい雨も降りだしていた。
むしろ、地下鉄に乗ってさっさと帰るほうがふさわしいような状況である。


でも、なんだか私はぐずぐず迷っていた。
心の中で得体の知れないもやもやがうごめいているのだ。
またJRの改札前に戻ってきて立ち止まった。


―どうしようかなあ…


人々がせわしなく行きかう雑踏の中で、
私だけが無為に時間を過ごしているような気がした。
行っても行かなくてもいいと思うのに、なぜか行こうかどうしようか迷い続けている。


やっぱり行こう。


やっと決めたらすっと心が軽くなった。
改札を抜け、ホーム行きのエスカレーターに乗ると、
バッグからカロリーメイトゼリーを取り出した。
当面、これでおなかはだいじょうぶ。


雨の渋谷で向かったのは、スクランブル交差点を渡ってすぐのシブヤ西武。
ここには私が愛用する服のお店があり、仲良しのスタッフがいるのだ。
このところちっともお店に顔を出していなかったので、すっかりご無沙汰している。
ちょうど1年前の雨の日、お休みの彼女と一緒にランチを食べに行ったのを思い出した。


ただ、彼女がお店にいる保証は何もなかった。
休みかもしれないし、遅番かもしれないし、休憩中かもしれない。
4人体制のお店だが平日の昼間は2人のことが多いので、いないかもしれない。


でも、お店に向かっているときはそんなことをこれっぽっちも考えていなかった。
とにかくひさしぶりのシブヤ西武をそのお店めざして歩いていったのである。


彼女は、いた。
ひとりでカウンターにいて、台帳のようなものを眺めていた。


「あ、」
彼女は驚いたように顔を上げた。
「いま、顧客名簿を見ていたら、お名前見つけて…
で、『お元気かなあ』って考えてたところなんです…!」


店内には彼女ひとり。
「私、きのう休みで、明日も休みで… 一日ずれてたらお目にかかれなかったですよね…」
彼女は顔いっぱいに笑みを広げていった。
「鳥肌立っちゃいました!」


あんなにもぐずぐず迷いながら渋谷にやってきたのは、彼女とつながっていたからだろうか。
不思議なことなのに、「つながてったんだよねえ」とすんなり受けとめてしまえたのは
1年くらい前からおなじようなことが時々起こっていたからかもしれない。


「実は… 入籍しました。それもご報告したいと思っていたんです」


ああ、1年前のランチに聞いていた彼と。それはおめでとう!


そうか。
帰り道、なんとなくひとりで納得した。
それを聞くために渋谷に導かれたのかも。
なるほど。

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2008-11-12

究極の法則

長いこと、かなり長いこと、私はある誤解をしていて、
最近、その誤解が解けた。


しばらく前から気づきはじめてはいたのだ。
大きな氷のかたまりがすこしずつすこしずつ溶けだすみたいに。
でも、最後には熱が加わって、誤解という氷は一気に溶けた。


バレエは、頭のてっぺんからつま先、指の先に至るまで
全身に神経を行き渡らせて踊らなければならない。
ずっとそう思っていた。


それはつまり、絶えずどこもかしこも力が入っているということ。
そう思ってきた。


結論からいう。
力を抜くところは抜くのだ。
全部に力が入っているということではなく。


もし全身に力が入りっぱなしなら、思うように踊ることはできない。
余計なところに力を入れず、むしろリラックスしたほうがうまく動けるのである。


バーレッスンでよく「上体の力は抜いて」といわれる。
「筋肉で動かそうとしないで、骨で動かして」ともいわれる。
「余計な筋肉に力を入れないで、でも腹筋だけは絶対力抜かないで」とも。


力を抜く。
骨で動かす。
腹筋の力は抜かない。


繰り返しいわれ続けて、すこしずつ自分の思い込みが外れていった。
と同時にからだの意識も変化していった。
すこしずつではあったけど。


いま、自然と腹筋を意識し、理想的なポジションを骨が探し、
上半身は抜けるだけ力を抜いている私がいる。
腹筋の力はキープしていても、
それ以外はここまでラクにしていいんだと思うほど力が抜けていて、
それがからだをなめらかに動かしてくれる。


苦手の回転でもそうだ。
余計なところに力を入れず、いかにリラックスするかが決め手。
ヘンに力んでしまうと、せっかく骨が作った美しいポジションも崩れてしまうのだ。


腹筋と骨をきっちりして、余計な力は抜く。
究極の法則だなあ、と心の中で何度か反芻していたら、はっとした。


これって生き方そのものにも相通じることじゃないだろうか。


体幹の基盤となる「腹筋」は「土台」、
からだの枠組みを形作っている「骨」はそのまま「枠組み」とすれば、
「自分という人間の『土台』と『枠組み』がしっかりしていれば、
妙に力まず力を抜いているくらいのほうが
自分の生きたいようにすんなり生きられるんじゃないの」と。


自分、という人間の根幹を成す土台と、自分を形作る枠組み。
それさえきっちりもっていれば、
がちがちになったりせっかちになったりする必要はない。
案外、自然と自分の行きたいほうに進んでいけるんではないだろうか。
そんな気がする。


そう思ったら、ふっと肩の力が抜けた。

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2008-11-09

陽気だけれど…

陽気な友だちがいる。


冗談はいうし軽口はたたくし、いつも目が笑ってる。
つられて笑えば、からだの中から温度が上がる。
会うといつだってエネルギーをおすそ分けされる。


友だちをよく知らない人の中には、
上っ面だけ見て「軽いヤツ」と勘違いする人もすくなくない。


でも、私はよく知っている。
友だちがけっしてへらへらした軽薄人間じゃないってことを。
軽薄どころか、根は硬派なんだってことも。


そんな友だちが私には何人かいる。
みんなポジティブで、楽天的に物事を考える愉快な友だちだ。


でも、友だちは“脳天気”ということではない。
むしろ、繊細で傷つきやすい感受性の持ち主たちである。


そういう友だちにひさしぶりに会う。
会って楽しいひとときを過ごし、しばらくしてからはっとする。


へらへら笑って話してたけど、あれってものすごく深刻な状況だよね、と。
よくよく考えてみたら笑えない話。
それを、なんでもなかったみたいに軽やかに話していたことに思いが至って
ふいに胸が衝かれる。


たぶん、渦中にあったときは苦しかったはず。
ひとりつらい思いをしたはず。


でも、後日談になっているときにはすでに友だちの中では消化済み。
どこかの笑い話みたいに話して聞かせるのだ。
泣き言をいう代わりに笑い話にして、前に進む糧にしている。


そんな友人たちの親玉みたいなのが宮本亜門さん。
…と、私は勝手に思っている。


お陽さまのような亜門さんの明るい笑顔と輝かしいキャリアからは、
彼の波瀾万丈な半生はなかなか想像できない。
登校拒否、自殺未遂、引きこもり…
悩み、苦しみ、あがき、もがいた日々があったと知ったときには
大変な衝撃を受けた。


今日、その亜門さんの新刊本を買った。
「宮本亜門のバタアシ人生」である。


読むのはこれからだ。
亜門さんの「突き抜けた強さ」の根源に触れられるはずだと
期待している。

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2008-11-08

顔が本質を物語る

「見かけはきつそうだけど、割と優しい人だった」とか、
「とっつきにくい感じだったのに、話してみたら気さくだった」とか、
見た目と中身のギャップを感じさせられる人がいる。


そういう私自身も、よくそんなことをいわれたほうだ。
ギャップを感じてしまう相手は、
私が発信しているらしいさまざまなものからイメージを作り出し、
そのイメージと実際に話してみた感じが違う、というのである。


まあ、私だってのっぺりした一面的な人間ってわけじゃない。
日々多様な感情の波間に揺れて、いろんな面を行き来しながら生きている。
私は私でしかない、と思っているけれど、
他者の持つイメージが自分の本質と若干ずれることがあっても仕方ない。
そう自分に言い聞かせつつ、戸惑いから逃れてきた。


しかし会って間もなくても、核の部分にさらりと焦点を当てる人たちもいる。
ギャップうんぬんという代わりに、するっと本質をいい当ててしまう。
あまりにすぱっと見抜かれると、その人の感性には感服するばかりである。


ああいう感性ってどうしたら磨かれるんだろう。
もって生まれた勘の鋭さってことなのかなあ、と思っていたが、
案外その方法はシンプルかもしれない、と最近思うようになってきた。


顔、だ。
顔を見るのである。


顔を見ればその人がわかる。
顔はその人の本質を物語るのである。


顔をぽん、と見たときの印象。
余計な情報に惑わされないその印象に、その人の本質が集約されている。
たくさんの顔を見るうちに、つくづくそう思うようになった。


特に目だ。
目は多くを語る。


明るい目をした人はオープンマインドだし、
意地悪に光った目の人は、やっぱりどこかに底意地の悪さがある。


顔はその人そのものを映す鏡。
自分の顔も、まず私自身が好感をもてる顔でありたい、と思うこの頃である。

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2008-11-07

進化

このブログの文章ももうすぐ1600本になる。
ほぼ毎日書き続けて4年である。


書き始めた頃の文章を読み返してみると、
おもしろいくらいに書いたその日の情景がよみがえってくる。
4年も前の些細な日常の1シーンなのに、ありありと目に浮かぶ。


4年前の風景。
そこにはいまと何も変わらない私の姿と、
変わる以前の私の姿が交錯している。


4年前に比べて私は進化している、と思った。
自分でいうのはおこがましいのかもしれないけれど、
自分でもうれしい感慨だった。


10代や20代の頃、自分の40代なんてまったく想像がつかなくて、
というより、想像してみようとも思わなかった。
漠然としたイメージとして、
40代から先にするべきことは、それまでに積み重ねてきたものを大成すること、
と捉えていたかもしれない。


若さの真っ只中にいたときは、
いまこそが新しいことにチャレンジすべき時であり、
この時期を逃したらあとは自分のつけた道筋を歩んでいくしかないのだ、
と思っていたような気がする。


踊れなくなったら終わり。
結婚してしまったら終わり。
それから先は、道が細くなりこそすれ広がっていくことはない。
いま思うと、視野の狭い、閉塞感にあえいでいた20代だった。


ところが、40代半ばのいま。
何も終わってはいない。
終わるどころか、絶えず変化を求めて新しい何かをはじめようと思っている。
道はけっして先細りになってはいない。


4年前の文章を読み返してみて、
その傾向はいまのほうがさらに強くなっているように思った。


カラダは期待をすれば応えてくれるのだと気づき、
自分の人生は自分が主導権を握らなければだめだと悟り、
何かをはじめるのに遅すぎることはないと知り、
しなかったことよりしてしまったことに後悔したいと望み、
まだまだいける、まだまだだいじょうぶ、と自分に言い聞かせて前に進もうとしている。


そんな自分が好きだ、と思う。


いま、かなえたい夢があり、達成したい目標がある。
自分に大いに期待をかけて、かなえたいと思っている。

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2008-11-01

気合いが入るとき

気合いを入れようとすると、なぜかあごが出る。
いや、“猪木顔”になる、というほうが正しいか。


おなかにぐっと力を入れる。
歯を食いしばる。
瞬発力で動く。
強い決意を胸に秘める。
そういうとき、あごが出てる。


息子に「あご!」と指摘されることもあれば、
自分ではっと気がつくこともある。


それはなにも私だけじゃない。
指摘してくれる息子だっておなじだ。
小学校の運動会の写真がそれを如実に物語っている。
徒競走のスタートラインで構えている息子は完全に猪木顔なのである。


教えていただいているバレエの先生もそう。
「腹筋に力を入れてっ」といいながらやって見せてくださるとき、
まちがいなく猪木になっている。


息子の憧れの、あのキム・ヨナだって力が入っているときは猪木になる。
彼女だとそれはそれでなんとも魅力的な表情になるんだけど。


なんでだろうね、猪木顔。
もちろん無意識だよね。


まあ、なににせよ、気合いが入ってる状態って悪くない。
あんまり力が入りすぎてるのは逆効果かもしれないけど、
気合いによって適度なプレッシャーと緊張感がある状態って好きだ。


さらに気合を入れるために、ってわけじゃないけれど、
今日髪を切ってきた。
前回切ってから5週間がたち、この1週間は早く切りたくてむずむずしていた。


「今日はどうします?」と聞かれ、
迷わず「短くいっちゃってください」とお願いする。
はじめこそ「えっ?」とひるんだ様子のゴトウさんだったが、
あとはじゃんじゃんはさみを入れてくれた。


仕上げはちょっとパンクロッカーふう。


気合いのスイッチ、オン。
また無意識に猪木になるかも。

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2008-10-31

失うものは何もない

― 玉砕しても何も失ってないんだなぁ ―


友だちがメールでくれたことば。
このことばがここ最近ずっと胸に刺さっている。


玉砕しても何も失ってない…
たとえ当たって砕けても何も失わない…


ならば。


行動してみればいいんだ。
とにかく前に進んでみればいいんだよね。


それで自分の思い描いたとおりにならなくても、
ちょっと自尊心が傷ついちゃって落ち込んだとしても、
命がとられるわけじゃない。
失うものは何もない。


ずうーっと長いこと心にあたためていたことがある。
そうなったらいいなあ、とほのかに思い続けていたこと。
チャンスがあったらいいなあ、と心の奥で待ち続けていたこと。


そのほのかな思いに火がついた。
思いっきりどんっ、と背中を押されることがあって、
「そうなったらいい」が、明確に「そうしたい」という目標に変わった。


いままで、それを実現するための手順とかツテとか
どうでもいいことで逡巡していた。
うまくいかなかったらへこむなあ、とか
人とのかかわりでつまずいたらつらいなあ、とか。


いいじゃない。
うまくいかなかったら、うまくいくようにやり直せば。
失うものは何もない。
当たって砕けたら、また体勢を立て直して当たればいい。
ほんとうにそうしたいと思うなら、二度でも三度でも何度でも。


いま、そう自分に言い聞かせて目標に向けて一歩踏み出したところ。


玉砕しても何も失わないんだから。

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2008-10-28

突き抜ける

今日の秋空はとびきりの青さ。


いつもの交差点で見上げた空は雲ひとつなく冴え渡り、
秋の陽射しと乾いた空気が建物の輪郭をくっきり浮かび上がらせている。


真っ赤を着てよかった、と思った。
快晴の青空のもとで着る赤いカットソーは、否が応でも気分を高揚させる。
ジャケットはカーキ。
これまた私にとっては気持ちを盛り上げるアイテム。
意図したわけではなかったけれど、心にスイッチが入ったのを感じた。


よし、行け、私。
iPodのイヤホンからは「踊る大捜査線」。
ひさしぶりにこの曲を聴きたい気分。


がしがし大股で歩きながら私は考えていた。


「突き抜ける」と強いよね。
いい意味で「開き直る」というか。
「ひと皮むける」というか。


たいていそうなる前には長いトンネルがあるんだけど。


「こうあらねば」という義務感に縛られるのはそもそもキライ。
でも、「こうありたい」という理想も高すぎれば
自分をがんじがらめにしかねない。


自分が譲れないこだわりはこだわりとして。
どうしても守らなきゃならない大切なものは大切なものとして。
あとは、もっと心を柔軟にしててもいいのかな。


心の声によーく耳を澄ましてみる。
「まっ、いっか」と思えたら心のおもむくままに。
力を抜いてしなやかに。


何にせよ、無駄に力が入ってると疲れちゃう。
この間レッスンでも先生に
「腹筋とかつま先とかにしっかり力入れてたら、あとは力抜いてラクに踊って」
といわれた。
きっとそれとおなじ。


私はある人からもらったメールのことを考えていた。
そのメールには、長いトンネルを抜けた後の涼やかな風が感じられた。
それと、いい感じに力が抜けた末の突き抜けた強さも。


突き抜けちゃおう、私も。
スイッチも入ったことだし。


そう思いながらがしがし大股で歩き続けた。

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2008-10-26

毎日書く

たまたま私のブログをのぞいた知人に
「まめに更新してるんですねえ」といわれて違和感を覚えたことがある。


確かに毎日書いているので、「=まめに更新」ではある。
でも、なんだかしっくりこなかった。
私にとって「毎日書く」という行為の目的が、「まめに更新」ではないからなんだろう。


私が毎日日記を書いているのを知った古い友だちが
この間「そういうのががんばりすぎなんだよ」といった。
その場はスルーしたが、あとからじわじわ腹が立ってきた。


余計なお世話。
古いつきあいなのにわかってないね。
「毎日書く」ことをがんばってなんかいないよ、私。
だいたい、読んでもいない人にいわれたくないよね。


もともと毎日続ける類が性に合っているのである。
いやだったら続かない。
というか、正直なカラダに拒絶反応が出て続けられないはずである。


プライベートな手書きの日記も20年以上書き続けているが、
すっかり習慣になっているので書かないと気持ち悪い。
このブログもおなじなのだ。


はじめは「綴り方」のつもりで書き始めた。
「書く」トレーニングである。


もともと書くことはきらいではない。
ただ、ひとりで本(「不安な気持ち・いやな気分がラクになる本」)を書いたときに、
自分の気持ちにしっくりくることばがなかなか見つからないもどかしさをよく感じた。


毎日書いてたらなんとかなるかも。
専業主婦からひさびさに仕事に復帰した時、一種の失語症状態でうまくしゃべれなかったが、
それだって意識してしゃべることでそれなりにことばは戻ってきた。
書くのもきっとおなじ。


そうやってほぼ毎日書いてきた。
今日は何を書こうかなあ、と題材を探すのも自分にとっては楽しいレッスン。
楽しみこそすれ、苦にしたことはないんだよなあ。


それに毎日毎日続けていると、カメの歩みにもそれなりの変化が生じる。
それこそが続けることのおもしろさなのかもしれない、と思う。


ある時から「書く」ことに「感情の浄化作用」という意味合いが加わるようになって、
書かずにはいられないと思うことも増えた。
以前ならことばに変換するのを面倒がって思うのも考えるのも避けたことを、
いまは「とにかく書いてみよう」とチャレンジするようになった。


自分の気持ちがうまくことばに書き表せたときは、達成感!である。

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2008-10-25

最後の最後

きのうの「私生活」のプログラムに出演者に向けて24の質問が載っていた。
それぞれの答えが興味深い。


質問は「好きな色」にはじまり、「好きな格好」「好きな情景」…、と
好きなものをあれこれ訊いている。


私だったらなんだろう。


好きな色――ワインレッド、ターコイズブルー。
好きな格好――ジーンズとコットンのカットソー。(内野さんとほぼおなじ)
好きな情景―― …うーん、そうだなあ…


…なんて他愛もなく考えながら(結構考え込んじゃうものだ)休憩に読み進んでいると、
橋本じゅんさんの「好きな絵画」に目がとまった。


「作者は知らないが、水面に浮かぶオフィーリアの絵」。


じゅんさん!
それ、ジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」です!
いま東京に来ています!
わあ、教えてあげたい!


…と、ひとり客席でちょっと興奮。


どなたかがすでに教えてさしあげてればいいんだけど。
ついでに、渋谷まで足を伸ばしてほんものをご覧になってればいいんだけど。


そのジョン・エヴァレット・ミレイ展もとうとう明日で閉会。
きのう、これで最後の最後、と思って見てきた。


ふたたび「オフィーリア」の前に立ち、母のことばを思い出す。


「見ている人みんな、きっと自分に重ね合わせていることでしょうね。自分の純粋さに。
人は誰だって純粋だった時がかならずあるんだから」


純粋さゆえの、繊細さゆえの悲しいまでの美しさに、やっぱり涙がこみ上げる。
どうしてこんなにもせつなくなるかなあ…


でも、惹かれるのだ。
純粋さと、繊細さに。
そして、自分の中の傷つきやすさと不器用さが重ね合わさって。


だけど。
いいのかな。


けっして要領よく小器用になんか生きられないけど、私は私。
それでいいのかな。
そう思った。


4回通ってオフィーリアの前に立って、そう思えた。

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2008-10-17

オフィーリアふたたび

ジョン・エヴァレット・ミレイ展に行った。


閉会が迫っているせいか、
会場内は先月訪れた時よりもたくさんの人で混雑していた。


私はただ1枚、「オフィーリア」の絵が見られればそれでいいと思った。
「オフィーリア」がイギリスに帰ってしまう前に
いま一度胸に刻みつけておきたかったのである。


会場入ってすぐ、「オフィーリア」の絵の前には
大勢の人が肩を寄せ合いひしめきあっていた。


人々から発せられる熱気とけっして混じりあうことのない
オフィーリアの静寂な世界。
その静謐さに吸い寄せられるように私は「オフィーリア」の前に立った。


純粋すぎた彼女の心。
繊細すぎた彼女の魂。
私は彼女の白い顔を見続けた。


こんなに悲しい絵なのに。
こんなにも心惹かれる。


水面に流される彼女のうえに
彼女の魂がうっすらと浮かんでいるような気がした。


混じりけがないばかりに彼女はあまりにも無防備すぎて
儚く壊れてしまうしかなかったのか。
それは、シェイクスピアの描いたオフィーリアのみならず、
この絵のモデルを務めたエリザベス・エレナ・シダルにも通じる。
彼女もまた、愛を得られず33歳の若さでこの世を去ったという。


研ぎ澄まされた感受性。
やわらかで無垢な精神。
まっすぐな心。


私は好きだ。


でも、と思う。
それらは強さと共存できないんだろうか、と。


感じやすく、傷つきやすく、不器用だから
心も脆くて儚いなんて、あまりにもせつない。


純粋さはシンプルさにつながる。
シンプルゆえの強さがあるはずではないだろうか。


せつなさに胸を締めつけられながら、そんなことを思った。

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2008-10-14

占い

最近、朝に欠かさずすることがある。
それは…


占いを見ること。


起き抜けにPCを起ち上げたら、Yahoo! の今日の運勢を見て。
携帯の電源を入れたら、docomo のi.ch の今日の運勢を見て。


なんとなくいまの自分にしっくりくることが書いてあると納得顔でうなずき、
いいことが書いてあるとひとりにんまりし、
警告めいたことであればちょっとだけ心にとどめおき、
よくないことであればほぼスルー。


たいてい一日のいろいろがはじまってしまうと
どんな運勢だったか忘れてしまう。
でも、とびきりいいことやしっくりくることは携帯にメモして
あとでちょっと見たりする。


内容がよくてもそこそこでも、
「今日の運勢」には背中を押される感じがするのだ。
いい運勢なら信じて前向きに進めばよし、
そこそこの運勢ならそれはそれなりに注意すればよし。


この間、いつも利用している化粧品会社から来年の手帳が送られてきた。
もうそんな季節か、と思いながらぱらぱらめくると
巻末に来年の運勢が。


気が早いなあ、と思いつつ、まず自分の獅子座をチェック。


ん。
まあまあ。


で、次に息子の水瓶座。
これが見て読んでびっくり。


「12年に一度訪れる最高に輝く年」だって!


「12年に一度のラッキーイヤー到来、あなたの願いが叶う最高の年です。
めでたく結婚、入学、就職できる。」
ときた。すごい!


これ信じていいよ、いや信じたほうがいいよ、絶対励みにするといいよ。
さっそくコピーして、厚紙に貼って、息子のデスクに飾った。


私も社労士試験の時には占いを信じてがんばったもの。
とんかつ屋さんの箸袋の裏に書いてあった運勢だったけど、
その時の私にすごくしっくりくることばの数々で、
いつもそれを眺めて励みにしたものだった。


それにしても「12年に一度のラッキーイヤー」か。
その運を自分に引き寄せられるかどうかは息子次第。


自分を信じてがんばれ!

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2008-10-11